レミリア・スカーレットは百合百合暮らしたい 作:名無しのメイド
妖怪の山の麓。そこには幻想郷一の技術者集団にして変人集団、河童が住んでいた。彼の種族は閉鎖的な幻想郷という世界においては間違いなく天才的な革新派である。しかし全く協調性がなく、各々が好き勝手に別々の研究発明をしたがる上に気分屋ですぐに当初の目的と別の物を作ってしまうという、一流の技術力があるにも関わらず種族的気風によってあまりそれを活かせていないのが実情であった。
「う~ん、色々とアイディアは浮かんでくるんだけど……」
そう一人ごちたのは、『河城にとり』。河童の中でも、特に優れた技術力を持ち、ついでに変人度も高い人物である。とにかく発明好きな彼女はしかし、現状新たな発明に着手する事が出来ずにいた。その理由は。
「金がない!!」
何の事はない、単なる資金不足であった。人間だろうが河童だろうが、研究開発となれば元手がなければどうにもならないのは同じなのである。
「なんということだ。先日はあれだけあった私のお金はどこへ消えてしまったんだ……?」
気付いたら金を使いきっていた人間のお決まりの台詞を言うにとり。現状の彼女の手持ちでは、新たな発明に着手するなど到底不可能であった。となれば、稼ぐしかない。
「こうなったら人里に下りて私の研究成果を売りに出すしかないな。まぁ、私の発明だ。高値が付くことは間違いないね」
◇ ◇ ◇
かくして、新たな開発資金を手に入れるべく、人里へと下りたにとりであったが、その成果はというと。
「う、売れねぇ~~!!」
全くもって売れていなかった。それもそのはず。外の世界、現世と比べて文明レベルの落ちる幻想郷である。そんな幻想郷において、現世にも通用する物すら作り上げる河童の技術は革新的すぎて、人里の人間たちには理解不能な代物にしか見えないのだ。金を出してまで欲しがる酔狂な輩はそうそういなかった。
「買わないまでも興味ぐらい示してくれてもいいじゃないか! 話も聞いてくれないなんて世間が冷たすぎる! 河童と人間は盟友じゃなかったのか!?」
なお、盟友とは河童が一方的に人間に対して思っているだけであり、人間からすれば河童は多少人間に友好的な妖怪の一種でしかなかった。悲しい片想いである。
そんなにとりであったが、天が彼女の願いを聞き届けたのか、彼女の発明に興味を示してくれる人物が通りかかった。
「あら、河童さんは人間と仲が良いのね。それは素敵なこと」
「はい?」
よく通る声が聞こえてにとりがそちらを向くと、傘を差し優雅に微笑む少女の姿があった。にとりの発明品を興味深げに見つめている。
(え~と、この人もしかして)
にとりはなんとなく目の前の人物の正体を察した。というか誰でもわかるレベルだ。
「お客さん、見ない顔だね。私は河城にとりって言う河童だよ」
「ご丁寧にどうも。私はレミリア。見ての通りただの幼女よ」
(嘘つけ!! どう見ても吸血鬼じゃないか!!)
どこの世界にそんな禍々しい翼を生やした幼女がいるというのだ。蝙蝠の翼といい、真っ昼間から傘を差していることといい、どう見ても最近幻想入りして来たという吸血鬼その人だった。というかレミリアと名乗っている時点でまず隠す気がない。菓子折り配りの影響で幻想入りして来た吸血鬼の名前がレミリアだということは知れ渡っているのだ。
「そんな事より、河童さんは何を売っているの?」
「よくぞ聞いてくれました! ご覧あれ、私の発明した便利グッズの数々を」
にとりとしては、買ってくれるなら幼女だろうと吸血鬼だろうと構わない。意気揚々と並べられた発明品を紹介する。
「お客さん、家の落ち葉の掃除なんかに困ったことは?」
「あるわね。うちの庭は広いから」
「そんな時はこちら!」
現世の通販番組のノリでにとりが見せたのは小さな車のような形をした機械だった。
「こいつはその名も『全自動落ち葉掃除機』! こいつを庭に置いておくだけでなんと! 周辺の落ち葉の量を感知して、自動で移動して落ち葉を吸い込んでくれるのさ! しかも電源は太陽光なので燃料も不用!」
「あらすごい」
河童の技術力を存分に発揮しただけあり幻想郷の文明レベルを考えるとかなりのオーパーツな代物であった。その技術力を使ってやるのがただの落ち葉掃除でいいのかはともかく。
「もちろん、集めた落ち葉の処理も完璧。吸い込んだ先は小型の焼却炉になっていて、自動的に燃やしてくれる。さらにその火力を利用して焼き芋も作れちゃう!」
「まぁ素敵」
そうして焼いた芋がこちら、とあらかじめ用意していた掃除機の火力で作った焼き芋をレミリアに渡すにとり。もう完全に現世のテレビ番組のノリである。
「こんなに美味しいお芋が焼けて、お庭の掃除もしてくれるなんてすごく便利ね」
「そうでしょう! お客さん話がわかるね」
上々の反応に機嫌がよくなってきたにとりは他の商品も売り込めないかとレミリアにトークを仕掛ける。
「他に日常でお困りのことはないかなお客さん?」
「そういえば、こっちに越して来てからやけに館にネズミが出るの。おかげでメイドの仕事が余計に増えてしまって」
「なるほど、ネズミの駆除だね。それなら丁度いいのがあるよ!」
そう言ってにとりが差し出したのは、高さ1メートル程度のロボットらしきものであった。
「こいつはネズミを駆除するために生み出された対ネズミ用決戦兵器!
「よくわからないけどすごそうね」
ネズミを駆除するだけなのにやたらと物々しいネーミングのロボットである。まずネズミと決戦する機会があるのだろうか。
「まずこいつの燃料はただの水。一月に水1リッター補給するだけで、面倒なメンテナンスは一切不要で動き続ける」
「ほうほう」
「そして機能はシンプル。指定した場所を巡回し、ネズミを見つけたら駆除する」
にとりの解説中にもネズミネーターはにとりの周囲を巡回していた。発声機能がついているらしく、何やら機械音声で『死んだ鼠だけが良い鼠だ』などと喋っていた。
「駆除方法として、最高時速70キロで対象に接近しアームで絞殺、撲殺が主だ。接近できない場合に備えて肩には小型の銃を搭載している」
「なるほど」
「ネズミが反撃してきても銃撃にも耐える事が可能な装甲を完備。半径500メートルまで焼き払う事が可能な火炎放射と、最終手段として自爆機能もついている!」
「素晴らしい」
にとりの解説にパチパチと拍手するレミリアだが、どう考えても過剰戦力である。一体どんなネズミを駆除対象に想定しているのだろうか。
「注意点として、定期的に反鼠プロパガンダを喋るのでちょっとうるさいので気を付けてくれ」
『鼠は悪疫ゆえに粛清せねばならぬ』
ネズミへの謎の殺意に溢れる機械だがレミリアはお気に召したようで、興味深げにネズミネーターの挙動を観察していた。
「でもお高いんでしょう?」
「とんでもない。この2つでお値段なんとたったの1000円!」
そう言うにとりだが、1000円というのは「たったの」などとつくような金額ではない。現世と異なり幻想郷において円という通貨は非常に価値が高い。何しろ「文」が未だに流通している世界であり、厘や銭でも高額貨幣とされている。一般人では円など見た事もない人間がほとんどであろう。
幻想郷では富裕層の部類に入る鴉天狗が情報を買うのに出す単位が1円であり、2円となれば高すぎると顔をしかめる程度には円の価値は高かった。ではそんな世界でなぜにとりは1000円などと言ったのか。
(まぁ1000円はジョークとして、実際いくらで売るべきかな? セットだから割り引きとかすべきだろうか)
そう、なんの事はない。単なるジョークである。現世の駄菓子屋の店主が100円の品を100万円と言うのと同じノリで言っただけの話であった。実際はどの程度の値で売るべきか、頭の中で算盤を弾いていたのだが……ここでにとりはひとつ失念していたことがあった。
「あら、それだけでいいの?」
「へっ……?」
そう。ジョークはそれがジョークと認識できる相手にしか通じない。何しろレミリアは普段の買い出しは全てメイドに任せており、幻想郷の一般的な金銭事情を知らない。そしてレミリアは、最近まで現世で暮らしていた新参である。そう、円が日常通貨として流通している現世で暮らしていたのだ。よって、その反応はある意味当然だった。
「はい。これでいいかしら?」
「は……? はあぁっ!?!?」
レミリアが事もなげににとりに渡したのは、1000円札。現世では日本人なら誰でも持っており──幻想郷ではとんでもない価値となる紙幣であった。
(えっ……ちょっ……せ、1000円札うぅ!!? 私そんなの生まれて初めて見たんだけど!? というかなんで普通に1000円で買おうとしてるの!?)
にとりとしては当然パニックである。ジョークとして言った金額をそのまま渡されてしまったのだ。駄菓子屋の店主が本当に100万円渡されたようなものである。
「ちょ、待った! ほ、本当に1000円で買う気かい!?」
「? だって、それらの値段は1000円なのでしょう?」
(そりゃそう言ったのは私だけどさあぁ!!? いいの!? いいのかこれ!?)
自分で言ったとはいえ、本当に1000円で売ってしまっていいものか狼狽するにとり。一方でレミリアはなぜにとりが急に慌てだしたのか全くわかっていなかった。彼女としては価格1000円だと言われたから1000円出しただけなのだから当たり前だが。そして、にとりの出した結論は。
「お買い上げありがとうございました(う、売っちゃった……)」
商品を持ったレミリアを見送るにとりの手にはしっかり1000円札が握られていた。結局、彼女は目の前に降ってわいた大金を見逃すことができなかった。
「ま、マジで売っちゃったけど……大丈夫だよな? 後で殺されたりしないよね?」
あの商品の出来には自信はあるが、どう考えても1000円の価値はない。にとりの見る限りレミリアは終始穏やかな人物だったが、後で価値を知られたら怒り狂うかもしれない。そうならないことを祈るばかりである。
「で、でもやったぞ。これで私は幻想郷有数の大富豪だ。この1000円札があれば……1000円『札』?」
震える手で1000円札を見つめるにとりであったが……ここで彼女はとんでもない事に気付いてしまった。
「し、しまったああぁ!? 1000円札なんて貰っても、こんなとんでもない金額、どこの店でも支払いに対応できないから使えないじゃないか!」
そうである。レミリアが1000円を持っていたように、そもそも幻想入りしてきた外来人は現世の通貨を持っているのだから、彼らがその通貨を幻想郷で使えば今頃幻想郷の経済はとんでもない事になっているはずなのだ。ではなぜそうなっていないのか。事は単純で『使えないから』。
そもそも1円ですら、高額すぎて日常で使うにはやや不便な部類なのである。では、そんな世界で1000円札で買い物しようと思ってできるだろうか? まず無理である。現世の感覚で言えば、コンビニで買い物するのに一億持っていくようなものだ。当然、店側が釣り銭など払えるわけがない。結果、幻想郷において1000円札を始めとする紙幣はとんでもない価値を持つだけのただの紙と化す。
「いくら大金持ちでもそのお金が使えないんじゃ意味ないじゃないか! ど、どうしよう……」
頭を抱えるにとりであったが、ふと思い付く。
「そうだ! あのレミリアって人、1000円札を持ち歩いてたってことはそれを管理するだけの能力があるはず! 彼女に普通に使える額に両替を頼んでみよう!」
ここに他人がいれば商売人が客に両替を頼むのはどうなんだとかお前そもそもさっきまでレミリアに殺されないか不安がってただろとか突っ込みが入っただろうが、今の彼女は色々と冷静ではなかった。
思い立ったらすぐ行動、にとりはレミリアが歩いていった方へと走る。幸いにもお嬢様らしく優雅に足を進めるレミリアの歩みは遅く、にとりはすぐに追い付くことができた。
「あら、河童さん。どうかしたの?」
「レミリア嬢、ものは相談なんだけど、この1000円札、もう少し下の通貨──銭とかに換えてもらえないかな? もちろん後日で構わないから」
そう言ったにとりだったが、ふと思う。
(あれ、私なんかかなり失礼な事言ってない?)
よくよく考えてみれば1000円という金額を銭などに両替するとなるとかなりの手間だし、そもそも払った側の客にそこまでしてやる謂われはない。段々と冷静になってきたにとりは「あれこれ無理じゃね?」と思い始めていた。
「よくわからないわ」
「ああ、そうだよね。こっちこそ無理を言ってすまない」
そう言うにとりに、レミリアは首を振った。
「あぁ、そうではないのよ」
「えっ?」
にとりとしては冷静になった今、断られて当然だろうと思っていた。しかしそれに対するレミリアの返答は彼女にも想定外のものだった。
「不勉強でごめんなさいね。円より下の単位があるなんて、初めて知ったものだから」
──あまりにも住む世界が違いすぎる発言に、絶句するしかないにとりであった。