レミリア・スカーレットは百合百合暮らしたい   作:名無しのメイド

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メイド長の粗菓贈呈記

「今度こそ出発よ!」

 

 再び蘇生した咲夜は三度目の正直とばかりに舘から出る事に成功した。しばらく飛行しながら辺りの景色を見渡し──

 

「あら?」

 

 ──眼前に何も見えない闇が広がっている事に気付いた。しかもあろうことかその闇が段々と接近してきている。明らかに異常事態であった。

 

「ちょっ!?」

「今日の晩ごはん、はっけーん!」

 

 闇から少女らしき声が聞こえたと同時に咲夜は時間停止を用いて大きく距離を取る。声の主が腕を軽く振るうと、その拳圧で辺りの木々が棒きれのように吹き飛んだ。

 

「あれ?」

 

 その声の主、闇の中心部に潜む赤いリボンをした金髪の少女は不思議そうに首を傾げた。目の前にいたはずの獲物が急にいなくなってしまった。

 

「えーと、そこのお嬢さん?」

「あっ、いた!」

「えー、私は紅魔館のレミリア・スカーレットお嬢様に仕えるメイド、十六夜咲夜と申します。貴女のお名前は?」

 

 メイドの鉄則はどんな時でも冷静沈着でいる事である。咲夜は闇の少女との対話を試みた。

 

「私はルーミア。闇の妖怪よ! お腹が空いたからご飯を探してたの。というわけで……」

「お待ち下さい。こちらはいかがですか?」

 

 会話早々に飛び掛かってこようとするルーミアを制し、咲夜は件の菓子折りを彼女に手渡す。

 

「お? 何これ、お菓子?」

「はい。我が主人から幻想郷の皆様へのお近づきの印です」

「へー」

 

 ルーミアは手渡された菓子折りの包装を乱雑に破って中からひとつを掴んで口へ運ぶ。

 

「おぉー! これすっごくおいしい!」

「気に入っていただけて何よりです」

 

 目を輝かせるルーミアに咲夜は安堵の息を吐いた。いくら生き返れるとはいえ、さすがに生きたまま体を貪られるのは勘弁願いたい。

 

「紅魔館だっけ? その主人のレミリアさんっていい人だね! 私みたいな野良妖怪にもお菓子くれるなんて」

「お嬢様はとても器の大きな御方ですので」

 

 ルーミアの好感度が上がったのを見て咲夜は内心でガッツポーズをした。この調子で幻想郷の住人たちの心を掴んでいかねば。

 

「では私はこれで。よろしければ紅魔館の事をどうぞご贔屓に」

「うん! ばいばーい」

 

 ご飯から友人にまで格上げされたのか、手を振って見送ってくれるルーミアに手を振り返し、飛行を再開した。

 

「あ、そーだメイドさん。私の能力で真っ暗だけどこの辺りは大木が多いからぶつからないように──」

「ぐふぅっ!?」

「あっ」

 

 時すでに遅しであった。ルーミアの忠告も虚しく、咲夜は今まさに大木に激突してそのまま地面に落下している真っ最中であった。

 

(あと五秒早く言ってえええぇ!?)

 

 そんな事を心の中で叫びながら、パニックでうまく精神の集中もできずに時間停止し損ねて落下していくメイドの姿があった。

 

 ──死因:前方不注意

 

 

    ◇    ◇    ◇

 

 

「メイドは滅びぬ! 何度でも蘇るさ!」

 

 どこぞの大佐のような台詞をのたまいながら起き上がる咲夜。彼女が辺りを見回すと、そこは霧に覆われた澄んだ湖のようであった。

 

「霧の湖ですか。しかしそれを差し引いても寒すぎるような」

「そいつは多分あたいの仕業ね」

「はい?」

 

 咲夜が声のした方に振り返ると、そこには仁王立ちする青髪の妖精とその隣に控える緑髪の妖精の姿があった。

 

「あたいはチルノ。この霧の湖の妖精のリーダーの氷妖精よ! で、こっちが」

「大妖精です。チルノちゃんの友達やってます」

 

 大妖精といえば妖精でも相当な上位クラスのはず(紅魔館には結構いるのだが)チルノと名乗った氷精は彼女を上回る力がありそうだ。成る程、この寒さは彼女の冷気の影響らしい。

 

「これはお初にお目にかかります。私はこの度幻想郷に越してきた紅魔館のレミリア・スカーレットお嬢様にお仕えするメイドの十六夜咲夜でございます」

「紅魔館? あー、あの最近急にできた真っ赤な舘ね!」

「なんか妖精がいっぱい見回りしてたよね」

 

 どうやら既に紅魔館の存在は知られているらしい。まぁ、この霧の湖からはすぐ近くのようなので当然かもしれない。

 

「それでそこのメイドがここで何してんの?」

「実は今、我が主人から幻想郷の皆様にささやかな贈り物をしていまして」

 

 説明もそこそこに咲夜は懐から菓子折りを取り出して二人に手渡す。 

 

「あ、これお菓子ですか?」

「へー、そのレミリアお嬢様とやら、なかなか殊勝な心がけね! 覚えとくわ!」

 

 謎の上から目線は気になるが、この一帯の強者らしきこの二人に紅魔館の名を覚えてもらったのは成果である。咲夜は「紅魔館をよろしくお願いいたします」と二人に向けて握手を求め、二人も手を重ねながら握手に応じ──

 

「げふっ!?」「え?」「へ?」

 

 ──いきなり血を吐いて仰向けに倒れる咲夜。そのまま起き上がる気配もない。

 

 ──死因:握手

 

 唐突な惨劇にフリーズする二人だったが、しばらくしてチルノは横目で大妖精を見る。 

 

「だ、大ちゃん……まさかうっかり」

「うええ!? ち、違うよ!? 私、()()()()()ないよ!?」

 

 大妖精は両手を振って否定するが、チルノの疑念は晴れない。昔よく()()()()()()を見たからだ。

 

「違うってば! チルノちゃんこそ冷気かなんかでやっちゃったんじゃないのぉ?」

 

 大妖精からすれば、チルノの能力だって人間には危険な代物である。一方的に疑いをかけられるのは納得できない。

 

「いやいや、最強のあたいが制御間違えるとか有り得ないから。そもそもあたいの冷気って吐血するような代物じゃないし」

「私だって今さら制御間違えないよ!」

 

 こうなると最早どちらも譲らない。『やった』『やってない』の押し問答に発展する。

 

 ちなみに真相はといえば、咲夜と二人が握手した際に二人の力がごく僅かに咲夜の身体に流れ込んだダメージによるものである。

 

 ──つまりは、咲夜が二人の想像を絶するほど脆いというだけであった。傍迷惑なメイドである。

 

「私じゃないって! チルノちゃんでしょ!」

「いーや、あたいじゃないから! 大ちゃんだよ!」

「うーん……」

 

 二人が言い争いを続ける中、元凶となった張本人は何事もなく蘇生していた。気がつくと、言い争いをしている二人の仲裁に入る。

 

「お二人とも、落ち着いてくださいませ。私はこの通りなんともありません」

「「えっ?」」

 

 咲夜に声をかけられた二人は言い争いを止めて目を丸くして咲夜を見る。

 

「あれ? メイドさん、大丈夫だったんですか?」

「ええ? すっごい血を吐いてたけど」

「お騒がせして申し訳ありません。しかし、私はメイドですので死んでも復活できるのです」

 

 謎の理論を展開する咲夜。紅魔館のメイドに限れば不死身の存在しかいないので一応嘘ではない。

 

「マジ? メイドって最強じゃない!」

「はい。メイドは最強なのです」

 

 こんな理論だがチルノは納得したらしい。目を輝かせていた。咲夜はすかさず「どうですか、あなたもメイドに」と勧誘にかかるが、大妖精から横槍が入る。

 

「確かにすごいけど、私たちは元々死んでも復活できるよね?」

「あ、そういえばそうか」

 

 そうである。仮にメイドが死んでも復活できる能力があったとしても、元から不死身である妖精には関係のない話であった。咲夜は「ばれましたか」と笑って誤魔化すが、気付かれなかったらそのままメイドに勧誘するつもりであった。

 

「さて、私はまだ贈り物を配らねばなりませんので、これで」

「おう! 頑張んなさいよ!」

「お菓子ありがとうございました~」

 

 飛んでいく咲夜を手を振って見送る二人。血を吐いた時は驚いたが、面白いメイドであった。

 

「でも、さっきはびっくりしたね~」

「全くね、力の制御はちゃんとしないといけないわ」

「うんうん、そうだよね」

 

 頷き合う二人の間に、ほのぼのとした空気が──

 

「大ちゃんは」「チルノちゃんは」

 

 ──流れていた時がありました。

 

『『────は?』』

 

 この後、霧の湖一帯がしばらくの間、並の人妖では近寄れない魔境と化すのだが──その原因は未だに判明していない。


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