レミリア・スカーレットは百合百合暮らしたい 作:名無しのメイド
──妖怪の山。人あらざる者の楽園たる幻想郷の中でも特に秀でた勢力を誇る種族『天狗』たちが住まう山。
排他的で内輪での明るい生活の維持を好むこの種族にも、安定より変化を求める変わり者はいた。
「うーん、何も思い浮かぶネタがない! これは所謂スランプというものかしら」
そう言ってガシガシと自身の髪を掻くのはその変わり者の筆頭、鴉天狗の『射命丸 文』。輪の内より輪の外へと興味を示し、人里でも新聞記者として広く名を知られた異端児であった。
「ネタがないってことは騒動がないってことですよ、文さん。平和で何よりじゃないですか。もぐもぐ」
菓子を頬張りながら生真面目な科白で文に話しかけたのは、山の監視と警備を担う下級天狗、白狼天狗の『犬走 椛』。彼女は奔放で何かとトラブルを起こしがちな文をいつも気にかけていた。
「またそんな事を言って、真面目の権化ですかあなたは。そも安定と言えば聞こえはいいですがそれは停滞でもあって……」
と、椛に自説を展開しようとしていた文であるが、椛が食べている菓子に目を止めるとその動きが停止した。
「椛」「はい?」
文は椛の肩を掴むと真剣な顔で彼女に詰め寄った。
「その御菓子、一体どこから盗ってきたんです? 記事にはしませんから正直に話して下さい」
「はぁ!?」
いきなり窃盗犯疑惑をかけられた椛。心外な様子で文に反論する。
「真剣な顔で突然何を言い出すんですか! これは盗んだものじゃありません!」
「いやいや、白狼天狗の稼ぎでそんな高級そうな御菓子を買えるわけがありません。日々の仕事のストレスで魔が差してしまう事は誰にでもありますから……」
「だから違いますって!!」
からかっているとかではなく何やら本気で心身の心配されている事に、椛は慌てて菓子の出所を説明した。
「この御菓子はこの前、里に降りた時にもらったんですよ。断じて盗んだわけじゃありません」
「もらった? そんな高級品を配ってる奇特な方がいるんですか?」
文の見立てでは、椛が食べている菓子は天狗社会で各部署の管理職を任される大天狗でもそうそう口にしたことはないであろう一品だ。天魔様ならば日常的に食べているかもしれない、というレベルである。
そんな品をタダで配るなどどんな金持ちだろうか。
「最近幻想郷に入ってきたという新参の方々ですよ。お近づきの印に、と配ってたんです」
「へえ、新参の……新参!?」
何気なく流しそうになった文だったが、椛の言葉を理解し驚愕した。
「幻想郷に新しい住人が入って来たんですか!?」
「え、ええ。つい先日。あれ、文さん知らなかったんですか?」
椛としては、てっきり文は既に知っているものだと考えていた。いつも新鮮なネタを探して幻想郷を飛び回っている文のこと、数日前に幻想入りしてきた住人のことなどとうに把握しているものだと思っていたのだ。
「初耳ですよ! ここ最近は山の中の調査にあたってたので外の変化にまで目が行かなかったんです」
こうしてはいられない。幻想郷に新しい住人が移住して来たなどまさしく文が探していた記事のネタではないか。山に篭って愚痴っている場合ではない。
「どんな方なんです? その新しい住人というのは」
「そう聞かれても、私はこの御菓子を配っていたメイドさんに会っただけですので……」
「メイド! メイドがいるということは個人ではなく団体……それなりに大きな住居を構えていそうですね」
「じゃないですかね。なんでも館ごと幻想入りしてきたらしいので」
「なるほどなるほど」
椛からの僅かな情報から文は来訪者のことを推察する。まず、館ごと幻想入りして来るということは、それができるだけの実力の持ち主だということ。次に、メイドがいるということは社会的かつ文化的な集団であること。そしてわざわざ先住民に菓子を配るなどしていることから社交性のある友好的な存在であるということだ。
「ちなみに名前とか聞きました?」
「はい。館の名前が紅魔館。当主がレミリア・スカーレットお嬢様だそうです。なんでも吸血鬼だとか」
「なるほど、吸血鬼のお嬢様……吸血鬼!?」
文は椛の口から放たれた当主の種族に自分の耳を疑った。吸血鬼といえば、西洋の鬼であり天狗に比類するか下手したら上回りかねない大妖怪ではないか。以前幻想郷の支配を目論む吸血鬼の一派が幻想入りして侵略に乗りだし妖怪の賢者たる八雲紫が鎮圧しなければならなかった大異変である『吸血鬼異変』は記憶に新しい。……がしかし。
「ええと……椛、それ本当に吸血鬼です?」
「メイドさんはそう言ってましたよ?」
「まぁ確かに、吸血鬼なら館ごと幻想入りするだけの力は持っているでしょうけど……」
意図的に館ごと幻想入りするなど余程の魔力か妖力が無いと不可能だ。その点、強大な力を持つ吸血鬼ならばそんな芸当もあっさりやってのけるだろう。だからそれはいいのだが。
「あの傲慢が服を着て歩いているような吸血鬼が、御菓子配って挨拶回りなんて殊勝なことをするとは思えないんですが……」
「た、確かに……」
文が知る限りでは吸血鬼という種族は、傲慢でプライドが高く、他者を力で支配することを好む存在だ。これは文に限らず吸血鬼異変を知る者なら皆が抱いているであろう共通認識である。間違っても先住民に菓子を配って回るような精神の持ち主ではない。今幻想入りしてきたというレミリアお嬢様とやらは、はっきり言って吸血鬼のイメージと違いすぎた。
「……ええい、まどろっこしい! こんなところで顔も知らないお嬢様の人物像を推察していても埒があきません! 会って話してみればいいんです!」
「あっ、文さーーん!?」
言うが早いか、文は椛が制止する間もなくその場を飛び去った。幻想郷最速のブン屋のジャーナリスト魂は真実の探究に動かずにはいられないようであった。
◇ ◇ ◇
「むむむ、あれが紅魔館ですか」
妖怪の山から飛行すること数刻、文は霧の湖のほとりにそびえる真紅の館を発見した。文の記憶ではつい先日まではここには何もなかった為、館ごと幻想入りしてきたという情報はどうやら正しいらしい。
「いかにも吸血鬼が住んでます! って感じの雰囲気の館ですね。ここはイメージ通りです」
カメラで紅魔館を撮りつつそんなことを考える。自己主張の激しい紅一色の館は自身の力を誇示することを好む吸血鬼の印象と合致する。ますますお嬢様とやらがどういう人物かわからない。
「どれ、もう少し近くで……おっ?」
高度を下げた文は館の庭園に多数の影があることに気が付いた。よく見てみると、何やらチャイナドレスの人物が十字架に磔にされており、その周囲をメイド服を着た妖精たちが取り囲んでいる。それを少し離れた場所で日傘の下の椅子に小さな影が腰かけていた。
「あややや、何やらただ事ではない雰囲気ですね……」
文の脳内に磔にされた聖女が火あぶりにされるイメージが浮かんだ。庭園での会話を拾うべく、文は耳を澄ませてみた。
「お、お嬢様ぁ~! どうかお許しを! お嬢様の安眠を妨害するつもりは無かったんですぅ~!」
「あら美鈴、あなたは意図的でなければ私の眠りを妨げても良いと考えているの?」
「そ、そういうわけでは……!」
磔にされている人物……紅美鈴は小さな影……レミリア・スカーレットに許しを乞うが、笑顔でばっさりと切り捨てられて反論を封じられる。自身に降りかかる運命を変えるべく美鈴は主の横に控えている影に声をかける。……自分の主がどういう能力の持ち主かも忘れて。
「咲夜さん! 咲夜さんから何とかお嬢様にお口添えを……」
「うーん、美鈴、あなたが転移早々に面倒な襲撃者に当たってテンパってしまったのは理解できるけど」
「で、ですよね!? 咲夜さんと私の仲じゃないですか! どうかお嬢様の説得を」
咲夜の言葉に希望を見いだす美鈴だが、しかし。
「でもね美鈴? それこそ『あなたと私の仲』なのだから、私がこういう時どう答えるのか当然わかっていると思うけど?」
「うっ! ……レ、『レミリアお嬢様のお言葉は』」
「そう。『全てに優先する』のよ」
にべもなくそう言われ、がっくりと俯く美鈴。この場に彼女の味方はいないらしい。
「そういうことよ。さぁお前たち、やりなさい」
「「「畏まりました、お嬢様」」」
「いやあぁ~~!!」
レミリアの命令に一斉に動き出す妖精メイドたち。もがく美鈴。観察している文はごくりと息を飲んだ。そして──
「そ~れ、こちょこちょ~♪」
「ここか? いや、ここかしら?」
「あっはははは! や、やめ、うひはははは!」
──鳥の羽やら馬の毛やらの道具を取り出し一斉に美鈴をくすぐり始める妖精メイドたち。文はその光景を見て空中に留まったまま器用にずっこけた。
「そ、そこは拷問とかじゃないんですか!? い、いや、くすぐりの刑も確かに拷問の一種ですが……」
文としては火あぶりとか串刺しとかもっと凄惨な拷問を想像していた。『くすぐりの刑』も確かに拷問ではあるが、あの傲慢で暴虐なイメージの強い吸血鬼が部下への制裁として行うにしてはシュールすぎる。
「うーん、噂通りに穏やかな人物なんですかね? しかしそれならそもそも拷問とかしないような……」
レミリアの人物像を図りかねる文だが、何分レミリア・スカーレットという吸血鬼は外面と内面が違いすぎる人物である。内心で突拍子もない思考をしていてもそれが全く表に出ない人物なのだ。そう今も。
「なるほど、ここですね? ここが弱いんですね?」
「ほらほら、悶えろぉ~♪」
「い、いひははは! お、お嬢様、も、もう許し、へはははは!」
「あら、ダメよ美鈴。私の眠りを妨げたのだから、しっかり贖わなくてはいけないわ」
美鈴にそう笑顔で返答するレミリアが『うーん美鈴の悶え姿、眼福♪』とか考えているなど、この場にいる者は気付きもしないだろう。いかにもカリスマ性のありそうなお嬢様吸血鬼が実は安眠妨害にかこつけて部下にアレコレしたいだけのセクハラ上司とは誰も思うまい。
「あら?」「あっ」
と、レミリアが何気なく上に目をやった拍子に目を合わせてしまう文。ヤバいと思った文は早急にその場を離脱──
「うぐえっ!?」「うふふ」
──しようとした瞬間、自身の真上から現れた鎖に拘束され、強制的に地面に引きずり降ろされた。
「つかまえた。こんにちは、鴉さん」
「あ、あはは、こんにちは……」
上空から館を観察していた不審者に穏やかに挨拶してくるレミリアを不気味に思う文。なおレミリアは内心で『美少女ゲットぉ~♪』などとお花畑な思考を展開していた。
と、ここでレミリアが不審者を捕らえたのを察知した妖精メイドたちが一斉に文の方を向く。
(ひっ……!?)
瞬間、文は怖気が走った。自分を見る妖精たちの目があまりにもギラついていたからだ。文は奔放でいい加減な妖精がこんな目をするのを見た事がなかった。
しかしそんな妖精たちは不審者に対し何もしない。敵意すら向けない。主が文を敵として扱っていないからだ。
「鴉さん。どうしてうちを観察していたのかしら?」
「あ、あの、私こういう者でして……!」
返答を間違えれば自分がただでは済まないと思った文は、レミリアに名刺を手渡し自身の素性を知らせた。
「『妖怪の山所属、鴉天狗。「文々。新聞」記者、射命丸文』? あら、新聞屋さんなのね」
「そ、そうです! この度幻想郷に紅魔館の方々が来られたと聞きまして、取材をしようと思ったところ、お取り込み中のようでしたので……」
決して不審者ではないと必死に弁明する文。なおレミリアとしては文が不審者だろうが美少女ならなんでも良いのだが、文にはそんなことはわからない。
「新聞か。私たちはここに来たばかりで情勢に疎い。ちょうど情報源が欲しいと思っていたのよ」
「え、ええと…、それはうちの新聞と契約してくださるということでよろしいでしょうか……?」
「そう言っているのだけど?」
「あ、ありがとうございます。あははは……」
全く真意の掴めないレミリアとの、ほぼ強制的な契約に喜んでいいのか反応に困る文であった。
「ところで、新聞はいかほど御入り用でしょうか」
「そうね。まぁ300部もあればいいかしら」
「さんびゃくぶ……!?」
(美少女の困り顔いいわぁ~~♪)