レッドとブルーが『ななしのどうくつ』で戦っている一方で、シオンタウンのポケモンハウスではある少女が慌てた様子で廊下を走っていた。
「フジじいちゃん!レッドさんが、ハナダシティの洞窟に向かったって!」
書斎の扉を勢いよく開き、フジ老人に伝える。フジ老人は読んでいた本から目線を外し、思い当たる節があるのか少女の話を黙って聞く。
「レッドさん、大丈夫かしら?ポケモンリーグチャンピオンになったとは聞いたけど…」
「うむ……」
本を閉じて窓の向こうのハナダシティの方向に目を向ける。
「恐らく……レッドくんのポケモン達は、奴には敵わないだろう」
「そんな!」
よく知った人物が傷だらけになっている姿を想像して、少女は悲痛な叫びを上げる。
「勝機があるとすれば……」
◇◇◇
「ファイヤー、フリーザー、タイミングを合わせるんだ!!『だいもんじ』『ふぶき』!!!」
「クワァオ!」
「クルァア!!」
右から大地を焼き焦がす業火が、左からは海を凍てつかせる氷河が、それぞれミュウツーに降り注ぐ。
「『サイコキネシス』で受け止めろ」
「オォ」
両手から念力が放出され炎と氷を空中に制す。
「反転させてぶつけてやれ」
ファイヤーに『ふぶき』が、フリーザーに『だいもんじ』がぶつけられる。普通なら効果は今ひとつであるこおりタイプの技でも、伝説のポケモンであるフリーザーが放った『ふぶき』は相性不利などお構い無しにファイヤーのHPを削り取った。効果抜群である『だいもんじ』を食らったフリーザーもその翼を地に落とした。
「ファイヤー!フリーザー!」
「これでお前が持っていた伝説の三鳥も戦闘不能だな」
「けど、まだ負けたわけじゃ……!」
「負けだよ」
後方で爆発音が鳴り響く。振り返るとカビゴンが瓦礫に身体を埋まらせて倒れていた。その近くではカメックスが砲身を向けている。
直ぐにボールを取り出してカビゴンを戻す。あともう少し戻すのが遅ければカビゴンはどうなっていたのだろうか、そう考えるとレッドの背筋に冷たい汗が流れる。
「そうだ、ラプラスは───」
「ちっ、相打ちか」
ブルーの言葉通り、ピジョットが放った『ブレイブバード』を受けたラプラスは戦闘不能になっていた。ピジョットも自傷ダメージを受けて気絶していた。
「戻れラプラス!」
ラプラスをボールに戻したレッドはブルーを睨みつける。
「……おい、ピジョット…戻さないのかよ」
「さっき言っただろ。弱いやつに、負けたヤツに興味はねえって」
「グリーン!!」
「うるさいんだよ」
ブルーの声に合わせてミュウツーがレッドに向けて『シャドーボール』を放つ。それをレッドの横で控えていたピカチュウが『10まんボルト』を撃つことで相殺させた。
ように見えた。
「ピィ───」
『シャドーボール』は電撃を押しのけてピカチュウに当たり、炸裂した。
「ピカチュウ!!ピカチュウ!大丈夫か!?」
「ピィ…カ……」
急いでピカチュウを抱き上げる。レッドの腕の中で弱々しく鳴き、ぐったりとしたまま動かなくなった。
「ピカチュウ……?おいピカチュウ!?しっかりしろ!ピカチュウ!!」
必死に声をかけ続けるとピカチュウが抱き上げているレッドの手に触れた。「自分は大丈夫。だから心配しないで」そう言っているようだった。
「ゴメン…!ゴメンな、ピカチュウ……!!ゆっくり休んでくれ……」
ピカチュウをボールに戻し、零れていた涙を拭って立ち上がる。
「次のポケモンを出せよ」
「………言われなくても、出してやるよ。いけっ!!!」
仲間を傷つけられ、かつての戦友を貶された怒りを闘志に、炎に変換えて、竜は飛び出した。
「リザードン!!!」
「グルオオオオォ!!!」
「来るか、リザードン」
リザードンは間違いなくレッドの手持ちの中で最強のポケモン。しかしミュウツーは態度を変えない。
「その余裕、すぐに無くしてやる!リザードン、『メガトンパンチ』!!」
「グアウ!!」
翼を羽ばたかせ、助走をつけて飛び上がる。そのまま地面スレスレを飛行し、大きく拳を振りかぶった。
「防げミュウツー」
「バオォ」
ミュウツーが手を振るうと半透明な壁がリザードンの拳を阻む。『バリアー』だ。もう片方の手には闇色のエネルギーが収束している。反撃を悟ったリザードンは直ぐに離れようとするがミュウツーの動きだしの方が早かった。
「『シャドーボール』」
「オオォ」
一発、エネルギーに撃たれリザードンの身体が仰け反る。二発、翼と肩を撃ち抜かれ更に後退する。三発、胴体部分に放たれた『シャドーボール』が炸裂し、リザードンの身体を吹き飛ばした。
吹き飛ばされた先にはレッドがいた。リザードンの身体を受け止めようとしたのだが、勢いに負けて一緒になってふっ飛ばされたてしまった。
土煙が晴れる。レッドはリザードンの下敷きになっていた。
「いつっ……だ、大丈夫か?リザードン」
「グルゥ…」
「終わりだな」
冷徹な声が響く。現在レッドは仰向けでリザードンに潰されているため身動きが取れず、ブルーのことを見上げることしか出来ない。
「何か言い残すことはあるか?」
ブルーがレッドと目を合わせて話しかける。思えば二人がこんなに長い時間目を合わせ続けるのは初めてかもしれない。そしてレッドは気づいた。ブルーの瞳の奥に光がないことに。
「グリーン……お前…まさか……」
「ないみたいだな。じゃあなレッド、さよならだ」
その言葉と共に、ミュウツーが闇色のエネルギーを放った。
パカン
ボールが開き、出てきたポケモンが『シャドーボール』とレッドの間に身体を割り込ませた。
ポケモンが『シャドーボール』を身体で受け止めると、エネルギーは霧散し、消失した。
『シャドーボール』はゴーストタイプの技、ノーマルタイプのポケモンにはゴーストタイプの技が効かない。
「なんで……」
二本の耳をピンと立たせ、その小さな身体でレッドとリザードンを守るように立ち塞がる。そしてつぶらな瞳でミュウツーを睨みつける。
「なんで、お前が」
恐怖で、圧力で潰れてしまいそうな心を奮い立たせる。
「ここにいるんだよ」
「ブイッ!」
「なあ……イーブイ」
◇◇◇
リザードンの身体を起こしてレッドも立ち上がる。そしてグリーンからイーブイへと目線を変えて話し始めた。
「イーブイは、俺が育ててたんだよ」
「……あ」
「ポケモンリーグに遅れたのはそれが理由だったんだ。博士に頼まれて、あとイーブイ自身にも───」
「そういう事かよ」
俯いてた顔を上げると、グリーンの瞳からは涙が流れていた。そして自嘲めいた笑いを零しながら口を開いた。
「そりゃそうだよな、レッドは主人公で俺はライバル。ピカチュウに次いで人気のある
「おいグリーン、それは違う!イーブイはグリーンの───」
「ブイ!」
イーブイが体当たりしてレッドのことを押しのける。すると先程までレッドがいた場所が陥没していた。ミュウツーがクレーターを作る威力の念力を使ったのだ。
「グルアァ!!」
レッドの身体を後ろに押しやり自身は火炎を吐くことでミュウツーとグリーンを追い払う。
先程のミュウツーの攻撃をレッドは不可解に思う。自分とグリーンの会話を遮るように、グリーンに聞かれると都合の悪いことでも起こるのだろうか。
やはり───
「ミュウツー……お前がグリーンを洗脳したんだな!」
ミュウツーを指さしてそう言い切る。対してミュウツーはつまらないものを見るように鼻を鳴らした。
「グリーンがイーブイに対して深い感情を持っているから、その話を聞いたことで催眠が解けるのを恐れたんだろ!!」
「バオォ…」
『黙れ』と言っているように聞こえた。しかしレッドは構わずに話し続ける。
「グリーン!目を覚ませ!イーブイはお前の為に強くなったんだ!!助けてくれたお前の力になるために成長したんだ!!それにイーブイだけじゃない、こいつらだって───」
「バオォ!!」
ミュウツーがレッドに向かって『シャドーボール』を撃つが、それをイーブイが受け止めたのを見てミュウツーは苦々しげな顔を浮かべる。
「目を覚ましてくれ!!催眠なんかに、洗脳なんかに負けないでくれグリーン!!」
「お、俺は……オレは……」
これまでの自分と今の自分が重なり合い混乱しているのか、グリーンは頭を抑えて地面に蹲った。イーブイがその様子を見てグリーンの元へ行こうとするのだがミュウツーがそれを許さない。
「『サイコキネシス』で岩石を持ち上げて投げるつもりか……!」
40や50を平気で超える数の岩を念力で持ち上げレッド等に向けて投擲する。恐らくリザードンとイーブイだけでは防ぎきれないだろう。
「くっ……!ここまでか……」
顔を俯かせ諦めるレッドを見てミュウツーはニヤリと笑った。
「なーんて、言うと思ったか!」
「!?」
「頼む!力を貸してくれ!!」
2つのボールを拡大させ宙へ投げる。ボールが開き、中から現れたポケモンが『サイコキネシス』によって投擲された岩石を砕き、叩き落とす。
「『つるのむち』で叩き落とせ!」
そのポケモンの姿を、グリーンは知っている。旅立ちの日に受け取らず、心の奥底で後悔していた自分がポケモンリーグに挑む前に、自分の存在に償う為、博士から譲り受けたポケモン。
「フシギダネ!!」「……フシギダネ」
奇しくもレッドとグリーンの声が重なった瞬間であった。
「だけど……俺にはフシギダネに顔を合わせる資格がない…」
グリーンじゃなく、【自分】の存在を消したくないがために無理を言って連れていったのに、ポケモンリーグやレッドとの戦いには着いて来れないと勝手に決めつけボックスに送ったのだ。しまいにはミュウツーの力に溺れてしまう始末……これでどうしてフシギダネの顔を見れるだろうか。
「ダネダネ!」
「グリーン!目を背けるな!!フシギダネもイーブイと同じなんだ!お前の力になりたくて、お前を助けるために、ここに来たんだ!!」
「そう……なのか…?」
「ダネ!」
恐る恐る顔を上げると、朗らかな笑みを浮かべるフシギダネと目が合った。グリーンは思わず涙が流れそうになった。
「フシギダネだけじゃないぜ、ほら」
そう言って目線を上げるレッドを見習ってグリーンもその方向に目線を向ける。そこには先程まで投げられていた無数の岩石が一つもなかった。全て砕き、叩き落とし、防ぎきったのだ。
そして砕き落とした岩が積み重なり出来た山の上で、グリーンは信じられないポケモンを見た。
「ラッタ……!」
「ガガッ!」
『ただいま』と言われたような気がして、グリーンの瞳から涙が零れた。