朝からドタバタコメディ劇が起こり、何事もなく授業が開始されてから四限目が終了し、昼休み合図のチャイムが鳴り響く。
四限続けて爆睡していたハジメは机に突っ伏していた態勢を崩し、本日の昼食である、たった十秒でチャージ完了の簡易食、銀のパックに包まれたゼリーを取り出す。
開けた飲み口に口をつけ、ジュルルルルと一気に飲み干す。たった十秒間でカラッカラになった銀パックをしまい込み、もう一眠りしようと机にもたれ掛かる。
ところが、ハジメの元に嵐がやって来た。
「やぁやぁやぁ、ハジメたん! 今日が何の日か知っている? 忘れてないよね? 今日は『祝! ラブリーシスター、ハジメと一緒にご飯を食べる会』の日だぜぃ! というわけで、一緒に食べよ——」
「そんな記念日、私は知らないし約束した覚えもない。そしてうるさい、黙れ。早よ食べろ。昼寝の邪魔になるから」
「酷ひッ!? ハジメたんへ日頃の感謝も込めて昨晩徹夜で思考した、俺のハッピーなフェスティバルを速攻でお断り!?」
ハジメはしまったと、呻いてしまう。月曜日ということもあって油断していた。いつもなら
ハジメの隣で、口を開けば喧しいゲンは多少の落ち着きを取り戻し、再び口を開いた。
「ま、まぁ良いでしょう!! ハジメを困らせるわけにはいかないからな! 今日のところはスピーチを述べることで手を打とうじゃないか! では……『本日はお日柄も良く、それ以上に我が妹、ハジメはなんと可愛い天使なのでしょう。天使を産み出した両親には感謝してもしきれま——ムゴォッ!!?」
「良いから早く食べろ」
無駄に手間がかかった上に
内心で「これで少しは静かになるだろう」とハジメは机に伏せるが、またもや面倒な人がやって来る。
「ゲン君達、珍しいね? 教室にいるの。お弁当余分にあるんだけど、良かったら一緒にどうかな?」
不穏な空気が満たし始めた教室内で、ハジメは内心で悲鳴を上げる。心の中で「もう結構です! 頼んますからわっちに構わないでおじゃりまする!!」と、方言も言葉遣いもバラバラな叫びを叫んだ。
ゲンを置いて退散するという手もあるが、
「大丈夫だ、香織ちゃん。今日の俺はこの弁当を食すために朝ご飯も抜いて来たのだからな」
いつの間にか復活してハジメの隣に仁王立ちしていたゲンがコレコレ、と黒の重箱を指差す。それはゲンの必死な努力の賜物、文字通り体を張って手に入れた、ハジメが用意してくれたゲンの昼食である。
昨日の晩、愛しの妹が作ってきてくれた愛妻弁当ならぬ『愛妹弁当のシチュエーション』を希望したゲンは、八時間の土下座をハジメの自室の前で決め込んだ。兄の威厳の欠片もない姿を見た両親は哀れんでハジメにお願いし、ハジメも八時間以上も土下座をされるのはウザかったので渋々用意することになった。
そんな苦労をかけて手に入れた、ハジメお手製の弁当。シスコン極まりのゲンにとって、これ以上の至福はない。
「ハジメお手製のべ・ん・と・う♪ ……生きてて良かったーーー!! ありがとうハジメ様、妹様! 全てのシスコン神々よ、生きとし生きる同士達、俺はハジメたん手作り弁当を食べるぞーーー!!」
(((ああ、もう……マジうるさいし、滅茶苦茶ウゼェ……!!)))
上機嫌丸々で、騒がしいプラスただただウザいゲンに、誰もが非難の視線を向けた。クラスメイト達のゲンへの好感度はマイナス百、二百を超えて万まで到達する。「どうでも良いから早く食べて大人しくなってくれ」というのが大体の意見だ。
「さぁ〜てと、ハジメは何を作ってくれたのかな〜♪ 少し焦げたハンバーグかなぁ? 簡単なベーコンエッグかなぁ? それともサンドイッチかなぁ? ……ハジメの握ってくれた手作り弁当、いただきま——」
パカッ、と重箱を開くと中身は……一つの白い封筒のみ。
先程のテンションが急激に下がり、ヒュゥ〜……と、ゲンの周囲で寒い風が吹いた。南国リゾートでパラダイスを楽しんでいたら、いきなり絶対零度の極寒地へ飛ばされた気分になる。
白い封筒を開くと、そこには一通の手紙が入っていた。明らかにメッセージが込められているだろう紙切れを見た瞬間、ゲンの頭の中で、ハジメは『ドッキリサプライズ大作戦』を考えた末「実はね、その手紙は食べられるんだよ♪」的な展開を用意したものでは!? と、かなり前向きな考えをした。
手紙の内容を読んでいくと………
『南雲ゲンさんへ
箱と一緒に配布されているお金で、購買で何かもっと良いものを買って食べてください。料理なんてしたことない下手な私よりよっぽど健康に良いでしょうから。
ハジメより
P.S.しばらく部屋の前に来ないでくださいね? じゃないと一生口を開きませんから』
……という内容の手紙。丁寧な言葉遣い、まるで他人へ向けられたような綴りで、既に泣きそうになる。
重箱の蓋を裏返すと、もう一通の封筒がテープで貼り付けてられていた。テープを剥がして封筒内を弄ると、中には千円札が二枚。その金で購買に売っている何かを買え、というハジメからのメッセージ。
たちまちゲンはワナワナ震え出す。唇が小刻みに震えていた。それを見ていたクラスメイト達は雰囲気で何となく状況を把握し、クラスメイトの視線が敵意から哀れみに変わり、近くにいる香織も心配そうにゲンを見る。ハジメは知らん振りして机にうつ伏せていた。
「……べ、別にぃ〜? 俺は弁当が食べたいなんて、これっぽちも言ってなかったしぃ〜? …お、俺はただ……妹が用意してくれるのを期待していたわけでぇ〜? け、決してッ……悔しいわけじゃないからね!? 悲しいわけじゃないからね!? か、勘違いしないでよねぇええええッ!! く、く、悔じいよぉおおおおおおおおおお!! 下手でも良いがらハジメだんのお手製弁当、食べてみたがっだのにぃいいいいいいい!!」
女の子キャラが使うツンデレ口調だが、その可愛い要素がちっともないゲン。後半に至っては本音がダダ漏れで、世の女性が見たらドン引きするレベルである。血の涙を流しながら下唇を噛む姿はとても痛々しい上に哀れだった。見ているこっちまで心が痛くなりそうな程、痛々しいオーラが教室中に飛び舞う。
それを見ていたクラスメイト達は憐れみの視線を送りながら「自業自得だけど、流石に可哀想ね……」「アイツが百パー悪いけど、なんか弁当恵んでやりたいって思えてきた」「俺、彼奴のこと滅茶苦茶嫌いだけど……今だけなら優しくできる気がする」「根は良い人だもんね。言動とか性格とか直せば、本当に良い人だから」とヒソヒソ話を飛び交っている。特に男子生徒は、ゲンの希望した女子に弁当を作ってもらうシチュエーションが分からないことはないので同意する者も多い。
そんな哀れみの視線が集うゲンに、香織が勇気を出して飛び込む。
「た、大変だね、ゲン君……良かったら私の弁当食べる? 余分に作ってきたから分けてあげるね!」
「え? 良いの?」
ギランッッ!!! と視線が再び鋭くなる。クラスメイト(主に男子生徒)は『前言撤回!! やっぱ死ねえッ、南雲兄!!』と、歯ぎしりしながら殺意の視線を突き刺しにかかる。そんな大量の視線にゲンは一向に気づかず、「さ、食べて食べて!」と香織から手渡しされた桜色の可愛らしい弁当箱の蓋を開ける。
中身は肉汁溢れるデミグラスソースのハンバーグがメインに、胡麻ドレッシングのかかったサラダ、シャケ味のふりかけご飯と……ゲンの好物ばかりである。
因みに前もって作って欲しいと頼んでいないので、ゲンは好みを一切教えてない。香織は知らないはずだが、香織は色々な手段を用いてゲンの好物を明確に割り出したのだ。毎日購買で何を買っているのか、家から持ってきた弁当の何を食べたらどう表情が変わるのか、表情の筋肉の動きを際限なく観察し続け、メモに記し続けた。実験動物の観察、ほぼストーカー行為に近かった。恋する乙女とは恐ろしいものだ。
(おぉ〜、やけに俺の好物ばかり入っているなぁ。さては香織ちゃん……俺と好物が似ているな!?)
……的外れと言うか、能天気と言うか、全く怪しまないゲン。まぁ、ある意味知らない方が良いのかもしれない。見知った人が自分のストーカーなんて知れば、鬱病になってしまうだろうから。
と、そこへ光輝と龍太郎が現れる。
「香織、こっちで一緒に食べよう。南雲達は兄妹水入らずで楽しませよう。何より、香織の美味しい手料理を巫山戯ながら食べるなんて俺が許さないよ?」
「え? 何で光輝君の許しがいるの?」
素で聞き返す香織に対し、光輝はピシッと石化したようにスマイルが膠着した。その様子を見た雫とゲンはそれぞれ「ブフッ」「ブフォッ!」と吹き出す。その際、ゲンの口から食べカスも溢れて、その辺の床下が汚くなった。
遠回しに光輝は「香織の弁当を食べるな」と発言するが、既にゲンは完食してしまったため光輝の行動は何の意味もない。
困り顔であれこれ香織に話す光輝、ゲンが美味しそうに食べてくれたことに頰を赤くして嬉しそうな表情の香織、弁当を食べて満腹になり満足感に浸るゲン。いつの間にか自分の周囲に学校一有名な四人組と、違う意味で有名な問題児の兄が集まっていることに気づくハジメ。「あ、バカだ私。さっさと逃げれば良かった」と今更ながらの後悔を覚える。
はぁ~、と深い溜息を吐きながら、苦笑いでこの場を抜け出す術をあれこれ考える。いつもの手のトイレに行くフリして昼休み時間終了時まで退散しようと席を立ったところで……体が固まった。
「お、お兄ちゃんっ……何、それ……?」
「ん? 何って何のこと? もしかして、お兄ちゃんの魅力が伝わってきたことによって俺の魅力を再確認できたのかい? 良いんだぜ? 遠慮なく『お兄ちゃん大好き!』って飛び込んで来て………って、うおおおおおッ!! 何じゃこりゃぁああああああああ!?」
ハジメの戸惑った声にゲンは振り向きながら、かなり前向かつ見当違いの妄言を吐きながらポーズを決める。妹から見ても痛々しい姿から、急に驚愕した言動に変わり、ガタンッ! と席を立ち上がった。その衝撃で椅子は床に転倒して、ガッシャーン!! と騒音を教室中に轟かせる。
クラスメイトは「何々、今度は何?」と、呆れ顔でゲンを見るが、その表情がすぐ唖然としたものに変貌してしまう。ゲンの足元に光輝く環状の文字列が浮かび上がっていたからだ。アニメなどでよくある異世界召喚などで用いられそうな魔法陣、それによく酷似している。ゲンが立っている地点を中心に、魔法陣は徐々にその大きさと輝きを増し、教室全体を満たすほどの規模にまで拡大した。
自分の足元に異常が来したことを理解し、膠着状態に陥っていたクラスメイト達は一斉に悲鳴を上げてパニックになる。
「皆! 教室から出———」
未だに教室にいた愛子が咄嗟に叫ぶが、最後まで言い切ることはできなかった。魔法陣が爆散したように輝きを増して、ピカァアアアアアッ!! と光に包まれたからだ。
光によって教室の中が何も見えない状態が数秒間続き、光が晴れて再び見えるようになった頃、そこには誰もいなかった。下に倒れたままの椅子、放置された食べかけの弁当、カランカラン、と地面に落ちて散乱する箸やペットボトル。教室内の備品はそのままだったが、そこにいた人間のみが消え去っていた。
この日以降、学校関係者や保護者の誰もが、姿を消した生徒や先生の情報を掴むことができなかった。後に白昼の高校で起こった集団神隠しとして世間を騒がせる事件になるのだった。
———▲———
「……ん? ここは、どこだ?」
眩しい光量で目を開けることができなかったゲンは、光が収まったことに気づいて目を開く。さっきまで教室にいたというのに、石造りの部屋にいることに気づくが、今のゲンにとっては
周囲をキョロキョロ見渡し、ざわざわと騒ぐクラスメイト達を掻き分け、両手で顔を庇いながら目を開くハジメを発見する。
「ハジメ!!!」
ゲンは脇目も振らずハジメに駆け寄り、ガシッ! と両肩を掴む。
「大丈夫か! 怪我は!? どこにも異常はない!? 俺が誰だか分かる!? ハジメたんが大大大好きなお兄ちゃんだよ!? アーユーオッケー!? ユーラブミー!? フォエバー!?」
「分かった分かったから! 大丈夫だから、そんなに引っ付かないでって!」
「ハァ〜〜、良かった〜〜〜! お前にもしものことがあれば俺はもうどうしたら良いものかと心配で心配で!!」
涙腺が崩壊して涙目になりながらゲンは心の底から安堵する。たった今、自分達は未知の場所へ連れて来られたばかりだというのに、ゲンにとっては些細な問題でしかなかった。ハジメが泣いたり傷ついたりすることの方が何よりも大問題なのだ。だから何処へ飛ばされようとも、ハジメの身が安全なら気にしない。それが南雲ゲンである。
ウザく騒々しくも、どこか憎めない自分の兄を見てハジメは苦笑してしまう。
周囲を見渡すと、長い金髪を背負ったうっすら微笑みを浮かべる中性的な顔立ちの人物が描かれた、巨大な壁画を目にする。だがハジメはただならぬ寒気を感じ、無意識に壁画の人物の視線から目を逸らす。
巨大な美しい光沢を放つ白の建造物の中と分かり、自分達と同じように辺りを見渡すクラスメイト達が見えた。先生も含めてあの時、教室にいた全員が揃っている。
そして今、自分達がいる台座の前に祈りを捧げるようなポーズで跪く人々が三十人ほどいた。全員が一様に白地に金色の刺繍が施された聖人のような服を纏い、先端に扇状の装飾品がある杖を携えていた。
「ようこそ、トータスへ。勇者様、そして同胞の皆様、歓迎致しますぞ。私は聖教教会にて教皇の地位に就いておりますイシュタル・ランゴバルドと申す者。以後、よろしくお願いしまずぞ」
その中でも一番存在感がある老人、イシュタルと名乗る好々爺な老人は微笑を見せる。だがゲンやハジメの目にはどこか怪しい男に見えた。
ありえない事象からの、ファンタジー要素満載の格好をした人物達の登場、極め付けに『勇者様』という単語……創作物制作に携わる職業の両親を持ち、たまにその仕事を手伝っているゲンとハジメの南雲兄妹は、自分達は異世界召喚を果たしたのだと瞬時に理解した。
(ここは……『異世界来たーーー!!』とか言っておけば良いのか? どうなんだ?)
ゲンだけ論点がズレて、どうでも良いことに悩んでいたのだが……
最近ギャグ漫画の読み過ぎで私の中のシスコンを勘違いしてるような気が……
こんな感じで良いのか分からない自分がいるよ……
………まぁ良っか! (スンマセン……)