ありふれた女魔王と宇宙戦士(フォーゼ)   作:福宮タツヒサ

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この度、更新が遅くなって申し訳ない!
リアルが忙しかったのに加えて、アニメやゲームするに忙しかったので……テヘペロ♪ ザケンナー! ボガッ!(←作者が殴られた音)
イテテ、スンマセンデシタ……前話の感想が檜山一派や勇者(笑)に対する非難ばっかでくそワロたww
皆、思ってることは同じなんですねぇ〜……
そして、アニメ二期おめでとう!
初っ端からグダグダ感満載だけど、始まるよ〜!!

注意!)今回、かなり字数が多いです(約15000字)
ご了承下さい!


6.月・下・談・話!!

檜山一派を撃退し勇者(笑)を退けた後、ゲンとハジメは夕食の時間だと食堂に行こうとしたが、クラス全員にメルド団長から連絡事項があると止められる。

 

「明日から、実戦訓練の一環として【オルクス大迷宮】へ遠征に行く。必要なものはこちらで用意しておくが、今までの王都外での魔物との実戦訓練とは一線を画すと思ってくれ! まぁ、要するに気合いを入れろってことだ! 今日はゆっくり休んで明日に備えとくように! では解散!」

 

伝えたいことだけ伝えるとあっという間に去ってしまった。ザワザワと喧騒に包まれる生徒達、それに混じって、メルド団長の話を全然聞いていなかったゲンが「あぁ〜、異世界で食う日本のカップ麺って美味いんだろうなぁ」と、確かに納得できるが今この話題と全然関係ないことを口走る。その様子を見てハジメは天を仰ぐ。

 

(はぁ……ホント前途多難)

 

胃腸薬、もしくは癒し成分が欲しいと思う今日この頃であった。

 

 

 

 

———◆———

 

 

 

 

ゲン達は、メルド団長が率いる騎士団数名と【オルクス大迷宮】へ挑戦する冒険者達用の宿場町【ホルアド】に到着した。新兵訓練によく利用するようで王国直営の宿場もあり、今夜はそこに泊まる。

王国内の豪華な部屋と違い、久しぶりに普通の部屋を見た気がするハジメはベッドにダイブして「ふぅ〜」と気を緩めた。その隣で「ベッド風情がハジメたんの抱擁を受けるなんてぇッ……ジェラシィ〜」と呪詛が込められた視線を無機物に送っていた(バカ)がいたが当然無視だ。

全員が最低でも二人部屋という宿泊なため、必然的に普段同室である南雲兄妹はここでも同室ということになる。

今回の迷宮探索だが、クラス全員強制的に参加するように上層部から命じられていたらしい。行くと言っても二十階層までらしく、それくらいならハジメとゲンをカバーできるとメルド団長から教えられた。その際「大丈夫だ、いざとなれば俺がお前らを守ってやるさ!」と男臭く笑って言われてしまい、留守番すると言う退路を断たれてしまったため、やむ得なく同行することになった。

その地獄の遠足に頭を悩ませていると、隣でゲンが睡眠を促す発言をする。

 

「ハジメよ。今日は遅いからもう寝なさい。明日は早いんだから」

 

「……寝ている最中にセクハラしたら絶縁するからね?」

 

「しないから!! 目にいれても痛くない寧ろ保養になる可愛い愛妹を、まるですやすや眠っている兎を前にした狐みたいに、俺がそんな野獣何某みたいな下衆男になると思ったのかい!?」

 

「だって普段の言動から説得力ないじゃん。前科あるの忘れてない? 何回お兄ちゃんにセクハラ紛いのことをされたと思ってるの? ……ねえ? いい加減にしないと『お兄ちゃん』と呼ぶのも止めるよ? それに狐と一緒にしないで、狐が可哀想でしょ?」

 

「………すいません、わたくしは珍獣以下の淫獣です以後気を付ける所存で御座います。ですからお願いします、俺と心の距離を遠ざけないで。ベッドごと物理的に俺から遠ざけないでえッ!?」

 

ズズズズッ、と自分のベッドをゲンのベッドから遠ざけているハジメ。涙目になりながらベッドの上で綺麗なフォームの土下座を決めるゲン。第三者から言わせれば「こんな夜遅くまで何やってんだよ」という光景。補足情報だが、ハジメの現在位置は床下、ゲンの位置はベッドの上なので、若干ゲンの頭が高い……

就寝には少し早い時間帯……睡眠を遮るかの如く、部屋の扉をノックする音が響いた。少し早いと言っても、毎夜徹夜の日常を日本で過ごしてきた南雲兄妹にとってはということなので、トータスにおいては十二分に深夜にあたる時間帯。そんな怪しげな深夜の訪問者。一体何者であろうか?

ゲンはすかさず「まさかあのゴミ一派共か? 証拠にもなく現れやがってぇええ……!!」と顔が鬼神のように染まりながら、部屋の隅に置いてあった釘付バットを手に取る。

 

「は、はいは〜い、今開けますよ〜」

 

扉に向けてゲンが声高めで呼びかけるとノック音が鳴り止んだ。しかし返事は返って来なかった。返事が来ないということは声を発せれない、素性を隠している……つまり、と檜山一派の確率が高いと勝手に解釈するゲン。

鍵を外して一気に扉を開けるとバットを振り下ろ——

 

「このしつこいゴミ害虫共がぁあああ!! 今すぐ駆除してやらぁああああああああああ!!!」

 

 

 

『きゃあああああああああああああ!?』

 

「ええ!? 何!? 何なの!!?」

 

——そうとしたが中止した。明らかに檜山一派ではない、布を引き裂くような女子の悲鳴が聞こえたからだ。

自室の前で血塗れの殺害現場? を朝から見なくてはならないというハジメの心配は全くの杞憂に終わった。扉を開けた先にいたのは純白のネグリジェにカーディガンを羽織った香織に、桃色の可愛らしいパジャマにカーディガンを同じく羽織った雫が立っていた。

まぁ、一歩間違えればクラスメイト、しかも学校で女神と称される美少女二人に怪我を負わせたと言う大事件に発展するかもしれなかったので、ゲンの急ブレーキはファインプレーであった。

 

「な、な〜んだ。香織ちゃんに雫ちゃんか……驚かさないでくれよ」

 

「こっちのセリフよ! その釘バットは何!? もしかしなくても、それで殴ろうとしたわよね! 相手の確認をしないで殴りかかっちゃいけません! いや相手が誰だろうと下手すれば死んでしまうから止めときなさい!!」

 

周囲から「こんな夜分遅くまでツッコミご苦労様です」と慰めをかけられるぐらいの勢いで雫が炸裂する。一方ゲンは「ハッハッハ」と他人事みたいに陽気になっていたため、雫は殴りかかるのを我慢してキッと睨みつける。

尚、今の香織や雫の格好は普通の男子、至ってごく普通な思春期男子には刺激が強すぎるため視線のやり場に困るものだ。しかし、ゲンはあくまで二人のことを『友達』としか思ってないため、二人の姿を目にしても反応は薄かった。そのことに残念そうな仕草をする香織。

最も……この格好をハジメがしていればシスコン魂が暴発して一気に超興奮状態(バーサーカー)になり、この部屋一面が真っ赤に染まるだろう……主にゲンの血で。

 

「で、どったの? なんか連絡事項でもあった?」

 

ポーンと釘バットを放り投げてゲンは気を取り直して香織達へ向く。

 

「ううん。その、少しゲン君達と話したくて……やっぱり迷惑だったかな?」

 

「香織がこう言ってウジウジしているから、心配した私もこうして付き添いで来たってわけ」

 

どうやら雫は香織の保護者的な立ち位置のようだ。それはいつもと変わらんことだ。

二人が来訪して来たことにゲンは特に嫌がる様子はなかったが、対応に困ったように表情を渋らせる。

 

「う〜ん、俺としてはちょっとなぁ〜。こんな深夜に女子と同じ部屋にいたのを誰かに見られでもすれば悪い噂が立ちかねんからなぁ。どうしたものか……ハジメはどう思う?」

 

「………………い、良いんじゃない?」

 

「そう? じゃあ良っか! それじゃ遠慮なくどうぞどうぞ〜! あ、お茶でもいかが?」

 

『ハジメの言うことは絶対権』が発動!(注:この権限は対象者が『南雲ゲン』にしか効果が発動しない)

周囲から「おい! 悪い噂云々の話は何処に行った!?」と匙を投げられる前言撤回の言葉を吐きながら招き入れる。何の警戒心も抱かずに香織は嬉しそうに、雫は申し訳なさそうに部屋に入る。ハジメにも話があるらしく、テーブルセットに座った二人と対面するようにハジメも窓際の方に腰掛ける。ゲンは紅茶のようなお茶を注いだカップを香織と雫に差し出し、そしてハジメの前に置く。

当たり前のようにハジメの隣に座る際、ゲンは「ぐっすり眠るよう、ハジメにはミルクをた〜っぷり入れておいたからな? でも飲み過ぎは体に悪いわよん?」と若干オネェ口調で囁いて、香織と雫と対面する。ハジメは「何故オネェ?」とツッコミたかったが、気にしたら負ける気がしたので、黙ってお茶を飲む。

………後日、ゲンの入れたお茶は美味しかったと、女子三人は語る。

いつまで経っても話が進まないと感じたハジメは埒が明かないと思い、強引に話を促した。

 

「それで、話したいって何ですか? もしかしなくても明日のこと、とかですか?」

 

先程まで浮かべていた笑顔が消えた香織は「うん……」と思い詰めたような表情になる。その隣で雫も、何処か浮かない顔をしていた。何があったのだろうか、と訝しむ南雲兄妹に、香織が話し出す。

 

「明日の迷宮だけど……ゲン君やハジメちゃんには街に残って欲しいの。メルドさんやクラスの皆は私が必ず説得するから。だから、お願い!」

 

身を乗り出すほど必死に懇願してくる香織の姿に、ハジメだけでなくゲンも当惑した。

性急しすぎる香織に、雫が「香織、落ち着きなさい。ゲン君達が混乱しているでしょう?」と落ち着かせるように肩を叩く。幼馴染兼親友に促され、自分の胸に手を当てて深呼吸しながら落ち着かせる。幾らか冷静になった様子でハジメとゲンと向かい合う。

 

「ご、ごめんね。いきなり過ぎたよね? でも私……嫌な夢を見たの……ハジメちゃんが大きな獣に捕まって、ゲン君が飛び込んで最終的には、二人共、暗闇に飲み込まれてしまうの……」

 

成る程、確かに不吉な夢だと南雲兄妹は納得する。しかもそれが自分達なら尚更だ。雫の表情も浮かなかったのはこのためであったのか、と確信する。

そこで話が終わるかと終わったら、香織はまだ言いたいことがあった。

 

「それで、最後に私が目にしたゲン君は……既にゲン君じゃない違う何かに変わってしまうの……可笑しいよね? ゲン君はゲンな筈なのに、まるで別人みたいになっちゃって……気がついたら、私の手が届かないところへ行ってしまうような気がして……それが怖くて私……」

 

もうそれ以上は口に出すことすら怯えている様子で、それ以上は不要だとゲンは手で制して話を中断させる。

 

「大丈夫だ、香織ちゃん。夢は夢だろ? それが百パー現実になるなんてあるまいし。それに明日はおっさん団長共ベテランがカバーしてくれるって言うんだ。細心の注意を払いながら探索に当たれば、まぁ何とかなるんじゃね?」

 

慰め……と呼ぶには余りにも楽観的な言葉だった。香織を落ち着かせる慰めの言葉としてはどうか思うが、これでもゲンなりに気遣った言葉であった。

 

「で、でも……」

 

「それに香織ちゃん……まず『俺が俺じゃない何かに変わる』こと自体が大きな間違いだぜ?」

 

「え?」

 

ゲンの唐突な言葉に、香織はキョトンとしてしまう。

 

「たとえ俺が女になろうがゴリラになろうがドラゴンになろうが小ちゃい蟻になろうが、そいつは歴とした俺だ。どんな姿になろうとも、そいつは愛妹ハジメたんLOVEな俺であり、最強のシスコンである俺であり、香織ちゃんや雫ちゃんの友達でもある俺——そいつは唯の『南雲ゲン』って男だ……な? 簡単な話だろ? ………あ、俺って結構良いこと言ってない?」

 

『…………』

 

ゲンの真面目な言動に呆気に取られる……と思えば最後の一言で全部台無しだと白けるハジメと雫。言ってることは支離滅裂だが、何となく彼の主張が分かった。香織を落ち着かせようとした、ゲンなりの優しさなのだろう。

その姿を見た香織は胸の奥から溢れ出そうになる言葉を押し込んで「……そっか」と呟くと、不安が消え去った顔をゲンに向ける。

 

「やっぱりゲン君、変わってないなぁ……」

 

「?」

 

ゲンが「何のこと?」と言わんばかりにポカンとしていると、その様子に香織がクスクスと笑みを零す。

 

「ゲン君と私が初めて会ったのは高校入学式の日からだと思ってるよね? でもね、私は中学二年の時から知ってたよ」

 

「へぇ〜、意外ですなぁ……あ、俺が『シスコン番長』なんて呼ばれていたから?」

 

「ううん。だってその時の私、ゲン君がそんなにハジメちゃんが好きだなんて思わなかったんだもん……私が最初に見たゲン君って、恐い人を追い返したんだから。私が見えていたわけないしね」

 

香織から聞かされた『恐い人を追い返した』という単語に、ハジメはすぐさまジト目でゲンを見やる。その恐い人とは何処ぞの不良なのか、893な“あれ”な人なのか、モノホンのヤバい職業の人なのか……

 

「お兄ちゃん……身に覚えは?」

 

「………………ダメだ。心当たりがありすぎる」

 

「貴方、一体どれだけの修羅場を潜って来たのよ?」

 

「いや〜、照れますなぁ〜」

 

「褒めてないから!」

 

思わずツッコミを入れてしまった雫。そして良く代弁してくれたと心の中で拍手を送るハジメ。

二人のそんな様子を見た香織が、慌ててゲンの弁解を述べた。

 

「あ、ちょっと待って! 別にそんな悪い感じじゃなくて! ……その時のゲン君を見て、私はとても強くて、とても優しい人なんだって思ったんだもの」

 

『………は?』

 

香織の言葉に、今度は南雲兄妹が耳を疑う。香織が言う『強い』の部分が強調されるのは理解できる。非常に凄く、ウチの兄は強いのはハジメが一番分かっている。仮に『恐い』とかなら納得できるが、『優しい』なんて表現が浮かぶだろうか? 答えは否だ。

ハジメは、もしや白崎さんは特殊な異性が好み? だからある意味特殊(へんたい)なうちの兄に興味が!? と、とてつもない失言を内心叫んだ。

 

「だってゲン君。小さな男の子とおばあさんのために体を張ったんだもん」

 

その言葉にハジメはますます訝しむが、ここでゲンは「あ、あれかぁ〜!」とようやく思い出した模様。

それは……一年と半年前の話。

 

 

 

 

———◆回想シーン◆———

 

 

 

 

……それは予想できなかった、正に唐突に起こったことだった。

脳裏にしっかりと刻み込まれて、香織は今でもあの嵐のような光景を忘れられずにいる。

その日の放課後、隣町のスーパーを目指して商店街を歩いていた。

ガヤガヤと聞こえる騒音を振り切り、メール画面に書かれてある母親に頼まれた夕食の材料を目に入れながら歩くのを止めない。

 

「……あれ?」

 

ふと、不穏な騒音が香織の耳に入る。

嫌な予感がしながら視線を向けると、残念なことに香織の嫌な予感は的中。

柄の悪い不良が怒り心頭な様子で怒声を撒き散らし、お婆さんが怯える男の子を庇って対面している。お婆さんは何度もペコペコ頭を下げて謝罪を繰り返している。

察するに、男の子が食べていたタコ焼きが不良にぶつかったせいで、不良のジーンズが汚れてしまったらしい。

 

「どうしよう……た、助けた方が良いよね?」

 

そうは言っても、幼い子供すら容赦のない暴君に見える不良の雰囲気に気圧され、足が竦んで動くことさえできなかった。

道行く通行人達もお婆さんと一瞬だけ目を合わせるも、すぐに目を逸らす。

香織はその通行人を非難することができない。当然だ、彼等は自分と同じく、後でどんな目に遭うか分からなくて恐れているからだ。

 

「……か、かえしてよ! そのお金は()()()()()()()()()()()()()()()()をッ」

 

「ああん? 元はと言えばテメエが撒いた種だろうがクソガキがッ!!」

 

どうするか戸惑っていると、いよいよ不良が男の子に手をかけようとした。

 

「や、やっぱりダメッ……危な………!」

 

 

 

 

「———おーい、危ないぞー!」

 

 

 

香織の言葉を遮って、男の声が何処からともなく聞こえた。

 

「あぁんッ? 今度は何処の誰だ……って、ほわぁああああああああああッ!?」

 

不良は頭上を見上げると、途端に奇声を上げてその場を退いた。何故いきなりジョ○ョ立ちになって男の子から離れたのか不明だったが……次の瞬間、理解した。

————ズドォオオオオオオンッ!!

鼓膜に響き渡る地面を砕く音、凄まじい風圧を巻き起こしながら、不良とお婆さん達の間に何かが墜落した。

上で工事していた工事員の手からペンチが落っこちた? 上に住んでいる住人が花瓶を落としてしまった? まさか、突然宇宙から小型隕石が降って来た? ……と色々考えたがどれも違った。その落ちた物体の正体を見た瞬間、その場に居合わせた不良とその連れ、お婆さんと男の子、そして香織や通行人の皆は顔が真っ青になる。

大きな亀裂を刻み、クワガタの角みたいに地面から二本の足が生えていた。簡単に言えば犬○家の一家みたいに突き刺さっていた。

………って言うか、人が落ちて来た。

 

「………え? ええぇッ!? じ、事故!? いや事件!?」

 

「いやいや、色々おかしいって! 普通こう言う事故とか、血塗れの格好になって地面に横たわるじゃん!? こいつの体勢何だよ!? 何で○神家!?」

 

「ぅ、うわ”ーーーーん”ッ!!」

 

案外、不良連中もそこそこ常識人だった。不良とその連れが騒ぎ出した途端、その場は混沌と悲鳴に包まれる。当然だろう、人身事故なんて新聞やニュースでしか見たことがない人が多い、二度も遭遇する人なんてそうそういない。そして案の定、殺伐とした現場を間近で見せられた男の子は泣いてしまい、お婆さんが混乱を押し殺して孫を泣き止ませようとする。

かく言う香織も混乱しまくっていた。事情聴取の際、何を語れば良いのか? 不良達のことは話さなくても良いのか? 緊張で話せなかったらどうしよう? また騒動に巻き込まれたから雫達に迷惑がかかる! ……と、色んなことを先走ったため、落ちた人は生きているのか確認すべきであることや警察や救急車を呼ぶことなど、最初にすべき段階をすっかり忘れていた。

 

「ヤ、ヤバいって、この状況! と、取り敢えず救急車を!」

 

「————あ〜〜、死ぬかと思ったわ」

 

『……って、生きてたぁあああああああああああッ!!?』

 

何の突拍子のなく、本当にムクリと起き上がった。と言うか、地面からボコッと抜き出た。

両脚でしっかり地面の上に立ち上がると、不良連中と顔を合わせる。通行人の全員がギョッとした目で見ている。お婆さんなんか、驚きの余りに腰を抜かして地面に尻餅着き、幽霊でも見たような顔になっている。そのままショックで魂が天に召されないか心配である。

その人物はパンパン、と身体中に付いた砂埃や破片やらを叩き落として不良と対面する。

 

「だから危ないって言ったでしょーが? 人の話を聞かないと予想できない事故に巻き込まれるんだぞ? 例えば、上から人が落っこちてくるとかな」

 

「さっき俺に言ってた声はお前だったのかよ! つーか話を聞いていたとしても、人が頭上から落ちて来るなんて予想できるかぁ! それと事故に遭ったのも起こしたのも俺じゃなくてお前ぇええええええええ!?」

 

案外、不良は常識人だった。連れの二人なんて「あのヒデちゃんが、ツッコミをしている……!?」とか「何、だと……!?」と驚いていた。

ゴキブリ以上の耐久力でピンピンしていた人物は、香織と同い年ぐらいの男の子。光輝みたいにキラキラした顔付きでもなく、龍太郎みたいに熊ぐらいの巨体でもない。黒髪黒目の普通に整った顔立ち。光輝ほど周りの女の子を虜にしてしまいそうな(香織や雫など除く)風貌ではないが、口を閉ざしていれば普通に女子にモテそうな感じの、兎に角『兄貴!』な印象が強い男の子だった。

……因みに香織的には結構好みだったりする。

 

「いや〜、上のビルで丁度アニメイベントが終わったところ、この現場を見かけてな。危なそうだったから、すぐに行こうと思って飛び降り着地をしようとしたけど……バランスを崩しちゃいまして。テヘペロ☆」

 

『お前の行動が一番危ないじゃねえか!? テヘペロ☆、じゃねーよ!!!』

 

今度は不良三人組全員がツッコミを入れた。

案外、彼等は常識を兼ね備え…………以下略。

 

「つ、つーか何だよお前!? そ、そのガキとババアの身内かよ!?」

 

「いいえ! 赤の他人です!」

 

『違うんかい!?』

 

「でも、妹を想う心は一緒だ。まだ子供だし、クリーニング代だけにして、この子の妹への誕生日プレゼント代ぐらい残してやったらどうだ?」

 

「は、はぁッ!? テメェ、何様のつもりなんだ……!」

 

「それになぁ? いくらお気に入りのジャージが汚れたからって、お年寄りから財布ごと掻っ攫うのは良くないのでは? おまけに子供に手を出すとか、大人としてみっともないと思わんのか?」

 

「う、うるせえ!! お前関係ねえんだから引っ込んでろよッ!」

 

ボコッ、と少年の腹を殴る不良。しかし、軽く七階から落下したのにピンピンしている頑丈なこの男に効くはずもなく、逆に殴った不良の方が手に痛みが走り出す。

特に痛がる様子がなかったが、その少年の空気が変わった。

 

「ほう、話で解決しようと思ったが手を出すのですか、そうですか……良い度胸をしているじゃねえか。へっへっへ、腕が鳴らぁ。妹の尊さをテメエらに教え込んでやるぜぇ……!!」

 

両目をキッと細め、戦闘態勢に突入したかのような雰囲気になる。

香織はこの後、喧嘩になるのではないか? と内心焦っていた。少年はとても強いんだろうけど、不良三人を相手に喧嘩できるのか? 数の暴力で返り討ちにあうのでは? と。

不良も「や、やんのかゴラァッ!?」と泣きそうにビクつきながらも戦闘態勢を取る。

少年のとった行動とは…………何と、

 

 

 

 

「……という訳で始まりました『誰でもマスターできるゲンさんのシスコン講座vol.45』!」

 

 

 

 

『……………………what(はい)?』

 

不良だけでなく、お婆さんや孫、香織を含んだ通行人全員の刻が止まり英語になった。

意外にも彼等は全員……もう言わなくても常識人って分かるよね? 非常識なのはこの少年——『ゲン』って言う男だけだよね?

何処から用意したのか、ゲンの手元に『サルでも分かる姉妹講座!』と言う題名の教科書が握られている。

 

「この講義を終えた頃にはあら不思議! 貴方は『妹』という存在の貴重さが身に染みて理解できます! まずは女姉妹という存在について話します。全人類の父母であるアダムとイブの愛の結晶の息子達から初めて女の子が誕生し、これが人類始まりの妹として知られるようになったわけですが、そもそもこれは三角関数の理論式から見ても科学的にも妹の素晴らしさが証明されて——」

 

(え? ……お、教えるって…そのままの意味……?)

 

香織の脳内はフリーズしたままだった。

いきなり何が始まったのか分からない、と言う感じで眺めるしかできなかった。

延々と信憑性を非常に疑うことを延々と語っている本人は周囲の視線など気にしない様子だった。

ポカンとしていた不良達は、震え上がりながらゲンを指差す。

 

「……な、何だよこいつ!? マジで何を語ってるんだよ!? 絶対ヤバいって、主に頭が! つーか怖えよ! 七階から落ちてもピンピンしてるしよぉ! 色んな意味でおっかねえよ!!」

 

「何か理論的なことを言ってるけど、要するに唯のシスコンを拗らせているだけだよね? つーかvol45!? 他にも44もパターンあるの!? コイツ、馬鹿とか変態以前に人としてヤバいよ!! 『俺、実は何かの薬を売買しているんだぜ?』って言われても納得しちゃうもん、俺!!」

 

「確かにヤバい、ヤバ過ぎる、主に頭が。これ、もう警察を呼んだ方が良いじゃッ………まさか俺の口からこんなことを言う日が来るなんてな」

 

実際、通行人の何人かが携帯電話を取り出して『110番!!』にコールする。通報の内容の殆どが『柄の悪い男達がカツアゲしている』ではなく『頭のおかしい変態が奇怪な行為をしている』というものになっていた。数分前までは被害者と加害者が違ったはずなのに、完全に流れが変わっている。

警察が通話に出ようとしたところで、一人の不良が首を傾げながらゲンを見る。

 

「んん? どっかで見たような…………あ"ぁ"ッ!? だ、駄目だってヒデちゃん!! 相手にすると大変だよ!! コイツ……あの『シスコン番長』だ!!」

 

「な……………何だってぇええええええええ!!?」

 

「シスコン番長って、巷であの有名な不良集団『蠱盧多尾死露四苦(このたびよろしく)』を一人で壊滅させ、妹についての会談を二十四時間フルに講義し続け、日本が誇る機動隊も素手で殴りにかかった怖いもの知らずって言う……あのシスコン番長かッ!!?」

 

香織は聞き覚えのない言葉ばかりで混乱するが、周囲が急に騒ぎ出したことに気づく。彼らの顔色を見ると驚愕と恐怖で真っ青に染まっていたことから、あのゲンと言う少年は不良連中よりも恐ろしい存在だと理解する。

 

「…………に、逃げろぉおおおおおおおおおッ!!」

 

「殺されるぅううう!! 物理的にも精神的にも地獄に突き落とされるぅうううううううッ!!!」

 

「ちょ、ちょっと待ってぇええええ!! 置いてかないでぇえええええええええええッ!!?」

 

色んな意味で恐怖に駆られた柄の悪い三人組は背を向けて泣き叫びながら逃げ出した。講義生(?)が逃げ出したというのを気付かないまま未だに講義し続けているゲンを残して。

 

「———と、この偉人達の活躍によって『妹』という存在は古ローマ時代から家宝として扱われて、これが後々の『シスコン』の原型になったわけだな。この歴史を『聖ローマ妹祭』として崇められて……って、あれ? アイツらどこ行った?」

 

延々と妹についての何かを語っているゲン。ようやく不良達がいなくなったことに気が付いて、その周囲に視線をやりながら「どこ行った〜? まだ短くても六時間ぐらいあるぞ〜」とか「隠れてないで出て来いや〜! 演説が終わり次第、肉体言語を教える予定だったんだから〜!」と探し回る。既にいないが、本人達がいたら真っ青になって震え上がる言葉だ。現に通行人の誰もが『鬼か、おのれは!?』といった視線をゲンに集めている……否、不良からすれば鬼の方がまだ可愛らしい。

そんな中、香織はおっかない人だったが、同時に可笑しな人だという印象を抱いた。

 

「お怪我はなかったですかい、お婆ちゃん?」

 

「あ、ありがとね……」

 

取り敢えず撃退? した不良が落とした財布を拾い上げ、持ち主にスマイルで手渡しするゲン。お婆さんは若干……いや、かなり引いていた。視線を合わせるのも躊躇して、早く孫を連れてその変人の元から走り去りたい衝動に駆られている。まあ、人として正しい思考だろう。

するとゲンは、未だに泣いている男の子に声をかける。

 

「お前、怖かったか?」

 

「う、うん……」

 

周囲からハラハラと視線を向けられる中、ゲンは膝を崩して男の子の視線に合わせた。

 

「そっか…………ナイスガッツだ!!」

 

「え?」

 

涙目の男の子が困惑した声で上を見上げる。

 

「よく頑張ったぞ! お前は怖くても『妹』を、『家族』を守るために立ち向かったんだ。その兄貴魂、俺はとても感動した! お前は男のなかの男、いや、兄貴のなかの兄貴だぜ!!」

 

そう言って朗らかな笑みを男の子に向けながら頭を撫で回す。年相応の、幼馴染みの光輝とはまた違った——『兄』の笑み。そんな彼の顔を遠目から眺めた香織は一瞬見惚れてしまった。一瞬だけだが、その男の妹のことを思うと、香織は妹さんが羨ましいと感じてしまう。

 

「これからもお前の妹を守るんだぞ? これは兄貴同士の約束だ」

 

「うん! ありがとう、お兄ちゃん!」

 

「頑張れよ、『お兄ちゃん』!」

 

男の子に手を差し出すゲン。おずおずとゲンの手を掴むと、ゲンは男の子と握手し、組手を変えて互いに拳を変えると何度も打ち合わせる。ゲン曰く『シスコン友の証』らしい。

荷物を纏めたお婆さんはゲンにぺこり、と頭を下げて男の子を連れて行く。お婆さんに手を引っ張られながら男の子は「ばいばーい!」と満面の笑みでゲンに手を振りながら去って行く。それをゲンは爽快な表情で手を振り続けていた。

香織はもう目を離せなかった。

その『ゲン』と言う少年を無茶苦茶で破天荒過ぎる人格だと感じたが、妙に惹かれてしまう。どうしてか分からないけど、彼に話しかけることにした。決してあの屈託のない笑顔に心を奪われたわけではない、と自分に言い聞かせながら。

 

 

 

 

 

「あ、あの———」

 

「ア”ァ“ア“ア“ア“ア”ア“ア”ア“ア“ア"ア“!!? 気付いたら最終バスが過ぎ去ってしまったぁ! えらいこっちゃあ!! こうなったらダッシュで帰るっきゃねえ! さもなくば、マイ・スウィート・エンジェルと約束していた今日から始まるアニメ『俺のダンジョン娘がこんなに可愛いわけあるか』の鑑賞会に遅刻してしまう! そッ……そんなのイヤじゃあああああああああああああああ!!?」

 

いきなり時計を見たかと思えばこの世の終焉のような顔を浮かべて絶叫し、香織の言葉を遮って「急げ急げ急げーーーーー!!」と走り去った。下手すればオートバイやスポーツカーですら追いつけないんじゃないか? という生身では絶対ありえない速度だった。どんなオリンピック選手でも追いかけるわけがないので、香織が追い付けるわけがなかった。

香織は全然悪くない。

 

「え、え〜と……ア、アハハ、元気な人だったね〜………」

 

ポツンと残された香織は、そう言って苦笑いするしか術がなかった。

もう一度言おう。

勇気ある行動をしたが不意にされた香織は全然悪くない。

 

 

 

 

———◆回想シーン終了◆———

 

 

 

 

「……ってことがあってね……」

 

「聞いた以上に壮絶な話ね……あら、ゲン君? 香織に何か言うことがあるんじゃないのかしら? ——ねえ?」

 

「——おい、駄兄(おにい)ちゃん。シスコン講座って何? いつからそんな悪徳宗教を広めていたの? お兄ちゃん……自分の前世の姿、見てみたいと思わない? ネェ?」

 

先程の釘バットを構えて恐ろしい威圧を出すハジメ。背後にゴゴゴッ! と魔王ガイ○スのようなオーラが見えた。雫の方はハリセンを持ってゴゴゴッ! と辻斬り侍オーラを背後に構えている……雫さん、そのハリセンは一体何処から出したんでしょうか? と言う呟きはこの際、置いてもらいたい。

ハジメと雫が恐い&香織への今更過ぎる罪悪感で、ゲンは頭を下げる。

 

「すまん香織ちゃん。声をかけられたことに気づかずさっさと行ってしまって……でもな、俺だって被害者さ。結局ッ、あの後ダッシュで帰宅したけど、家に着いた頃には既に終わってしまって……ハジメたんはッ、ずっと自室に篭ってしまったんだもんッ!」

 

忘れられない悲しい思い出のように語り出す。あの後、間に合わなかったゲンにハジメが『約束破った……お兄ちゃんの嘘吐き』と不機嫌そうな口調を残して自室に篭った。ゲンはハジメに嫌われたと思い「ア”ァ”ーーーーーーーー!!!」と初○機リスペクト絶望の叫び声を上げ、近所迷惑だと母親の鉄拳を受けたとか。

因みに、ハジメが自室にずっと篭っていた理由とは、ゲンと一緒にアニメを見るのを割と楽しみにしていたのだ。しかし来なかったので、約束をすっぽかされたと思い込んだ。仕返し的な意味を込めてゲンと顔を合わさなかった、というのが真相である。

……しかしこのことをゲンだけには言ってない。両親には一応話したが『ゲンにだけには話さないでおこう。絶対にめんどくさい展開になるだろうから』と両親も口を揃えて内緒にしてくれた。

話は完全に逸れてしまったが、香織は今でも覚えているように小さく笑った。

 

「強い人が暴力で解決するのは簡単だよね。光輝君とかよくトラブルに飛び込んで相手の人を倒しているし、ゲン君だって暴力で解決することが多いの……けどね、そんな怖そうな人が、あんな小さな男の子に自信を付けさせるって、中々できないと思うの。あの光景を見た日から、私は君のことが誰よりも強い人だって思ったの」

 

「香織ちゃん……俺はただ妹や姉の素晴らしさを理解してもらいたくて——」

 

「ゲン君は少し黙りましょう? 香織が真剣に話しているから」

 

有無を言わさずゲンのシスコン発言を遮る雫。

 

「だから入学式の時、一瞬だけでもゲン君に会った時はとても嬉しかった……でもゲン君ったら、ハジメちゃんのことばっかり話して私を後回しにしたことが多かったけど」

 

「その都度、うちのバカ兄が申し訳ありません。ほら、頭下げろ」

 

「重ね重ねすまないと思ってる。だが後悔はない」

 

『開き直るな!』

 

澄まし顔で決め台詞を吐くと、バシン!! とハジメ&雫から平手打ちとハリセンのツッコミ殴打を後頭部から喰らうゲン。

 

「光輝君は知らない人も含めて皆を助けようとするけど、ゲン君は身近にいる人との繋がりを大事にする人だよ。それは簡単のように聞こえるけど、世界を救うことよりも難しいことなの。だから今でもその人達と友好を築いているゲン君は、私の中でいつも憧れなんだよ」

 

「……(……………そーなのか?)」

 

「だから———死なないで、ゲン君」

 

ゲンが気づいた時、香織は背中に手を回して抱き締めていた。恥じらいも不安もかなぐり捨て、マーキングするかのように顔をゲンの腹に埋もれている。それを見ていたゲンは頬を赤く染めながら慌てふためく………こともなく「お? おぉ??」と抱っこ大好き少女の対処を受けているように、普通に困った顔をしていた。ただ何もしないのは流石に不味いと察したのか、香織の後頭部に手を回すと愛妹(ハジメ)にするかのように優しく撫で始める。

香織は一瞬驚いた仕草をしたが、撫でられるうちに安らぎを感じ始め、全身の震えが治まった。

 

「心配するな。ハジメたんを残してこの世から去っていく薄情なゲス野郎にはなりたくないからな。香織ちゃんに心配されずとも、俺は最強のシスコンであるが故に不死身なのだ!」

 

「ふふ、ゲン君って本当に真っ直ぐだね……それじゃあ、もしゲン君達が怪我をしたら、私が治してあげるからね?」

 

「おう、いつでもバッチこーい!! だぜ? ハハハハ!」

 

「うん!」

 

 

 

「……盛り上がっているところ悪いけど、私達がいること忘れてないかしら二人共?」

 

『ハッ……!?』

 

客観的立ち位置にいる雫の冷静な指摘に、ゲンと香織は同時に顔を上げる。誰が見ても分かる、完全に忘れて自分達の世界に浸っていた。

ハジメは香織の乙女大胆な行動にポカンとしていた。その隣で雫は額に手を当てながら溜息をついてしまう。現在進行形で油断しまくりの二人を見て不安しかない。

 

「仕方ないわね。ハジメちゃんは今日のこともあるし、何よりゲン君と香織だけじゃ不安だし……私が纏めて面倒見るわよ」

 

「あ、ありがとう……」

 

「おう、サンキューな。雫ちゃん。流石クラス一のオカンだぜ」

 

「その代わり、無茶だけはしないでよね? 貴方達がいなくなってしまったら、香織が一番悲しむんだから………それからゲン君、私との喧嘩がお望みなのかしら? 上等じゃない、今すぐ外に出て闘りましょう?」

 

まぁまぁ、と雫をハジメと香織が抑えた後、しばらく雑談の間があった。クラスメイトや王国の人達の視線もあってこういう機会は滅多にないから、ハジメはゲンと話す時とは別人のように表情に影がかかり、声も少々小さくか細くなったが、抱擁の大きい香織&雫とのガールズトークは盛り上がったりした。尚、ゲンは当然女子(ガール)に含まれなかったので隅っこで「天使が一羽、天使が二羽……」と意味不明なことを呟きながら体育座りをしていた。

 

 

 

 

———◆———

 

 

 

 

そうこうしてゲンとハジメの部屋を出て自室に戻っていく香織と雫の幼馴染コンビ。その背中を、月明かりの影に潜んでいた者が静かに見つめていた……

 

「アイツのせいで、俺はッ……!! ……殺すぅ……殺してやるよぉ……南雲ォ……ッ!!!」

 

それは、全ては自業自得なのを理解しようとせず、ひたすら憎悪を抱き続ける哀れな愚者だった。

 

 

 

 

———◆———

 

 

 

 

ゲンが爆睡した夜中、ハジメは横になりながら兄の姿を見る。鼻提灯を膨らませながら口を大きく開けて眠る姿は何処から見てもバカな印象を醸す。

ハジメは何故か、安心できなかった。いつもなら「相も変わらずアホそうな寝顔だなぁ」と一息ついてから就寝するのだが、その夜、眠ることができなかった。ゲンの特性ミルク入りの紅茶擬きを口にしたのにも関わらず。

クラスメイトと今後のことや家に帰る方法のこと、明日の迷宮のこともあるだろうが……一番気になったのはゲンのこと。

あの日、ゲンも楽しみにしていたアニメ観賞会に遅れたのは、どうせまた自称ボケ役な兄が面倒なことに首を突っ込んだからだと拗ねていた。それが小さな男の子を笑顔にさせていたなんて知らなかった。

確かに兄は特撮ヒーローものが大好物で、子供の頃なんて「俺はヒーローになるんだ!」と如何にも少年らしい夢を持っていた時期もあったが、それら全部シスコン一色に塗り潰されたと思っていた。

香織から聞かされて初めて知った兄の一面。兄のことなら何でも知り尽くし、実の両親よりも理解している……つもりだった。だが自分ではなく他の誰か、しかもよりにもよって兄に好意を抱いている女性に語られてしまった。

自分の兄が称賛されたことに素直に誇るべきなのに……何故か悔しくて、胸が痛くなる。

 

(? 私…どうしちゃったんだろう? でも、この気持ちは駄目。そんな気が……)

 

胸の痛みを感じながら、上に掛けてあったゲンのズボンを咄嗟に掴む。

客観的に香織を見れば、美人で気立ても良く誰にでも優しい女神のような存在。とても自分とは比べものにならないくらい女性として輝いている。そんな美女が、変態な兄とくっつくのか? だが、兄とて男だ。寧ろこれでもかというくらい香織の積極的なアピールに気が付かなかったことが不自然過ぎるのだ。

やっと春が来たのだろう、これでやっと、兄のウザすぎる抱擁から解放されるのだ。そう思うと安心感が………何故か湧かなかった。

 

「……お兄…ちゃん………」

 

適当に干されたゲンのズボン。それは今のハジメにとって寝付け薬代わりになり、ようやくハジメも寝静まった。

するとハジメが掴んでいたズボン、その臀部ポケットが急に光った。

 

 

 

《———switch on……》

 

 

 

やがて何事もなかったかのように光は消失する。

実はこの光、ハジメの天職【錬成師】にある技能の錬成に作用したものである。つまり無意識にハジメが錬成を行ったことで、ゲンが完全に忘れて仕舞い込んだままの物体が、新たに錬成されたのだ。

果たしてそれは彼等にとって……吉となるか……それとも凶となるか……それは彼等にしか分からないこと。

 




やっと変身アイテムが登場しました! これがこの先、どうなるのでしょうか!?  乞うご期待! ま、大方予想はついている人もいるんでしょうけどねー(笑)
何気に隠れブラコンを示すハジメちゃん……書いてる私ですらニヤニヤが止まらなかった。もうきゃわいいよぉおおおおおおお!!
因みに回想シーンのゲンが男の子にやった握手は、『仮面ライダーフォーゼ』の弦太郎がやるお馴染みの友達儀式です。分かる人にだけ分かってくださいな。

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