ありふれた女魔王と宇宙戦士(フォーゼ)   作:福宮タツヒサ

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更新が遅れて、申し訳ございませーーーーん!!
いや、マジでモチベーションがなくて集中できませんでした。
久しぶりなんで誤字やら何やらがあるかもしれませんので、ご了承くださいませ。

それから今回、見る人によっては後半部分が鬱展開になります。
ギャグしか受け付けないという方は前半部分だけ読んでも構いません。
では、どうぞ!!


9.蹴り・ウ・サ・ギ!!

奈落の底は生物の気配がないような暗闇が広がっているが、苔のように蔓延っている緑光石の発光で何も見えないほどではない。

しかし誰もが慄く不気味な空間であることに違いはない。

…………そのはずなのに、

 

「——いや〜、助かった〜! 流石に今回は死ぬかと思ったけど、これぞ“備えあれば憂いなし”ってやつだな!」

 

その場に漂う不気味な雰囲気を物ともせず明るいテンションで騒いでる能天気な男がいた。言わずもがな、手元にオレンジ色のスイッチを持っていたゲンである。

地面に激突する直前、スイッチを強く握り締めると無重力が発生したかのようにゲンの体が浮遊し、落下速度が急激に落ちた。その結果、ゲンは無傷で着地を成功するに至ったのだ。

……と言うか、そんな使い道があるなら早よ出せや。前回終盤辺りで無駄にシリアスなムードを出しやがって。

 

「しょうがねえだろ! 俺だってコレに、こんな使い方があるなんて知らなかったんだから! ……とまぁ、それは置いといて、ここどこ?」

 

その場にいない誰かに逆ギレした後、今更ながら自分の状況を確認し始める。

周囲は薄暗くて良く見えない。当然だ、オルクス大迷宮の奈落、誰も到達したことのない最下層……に相当する場所なのだから。

 

「はッ!? そう言えばハジメはどこに!? ウェア・アー・ユー、ハジメー!? ハジメたん何処へ!? お兄ちゃんが迎えに来たよ、マイ・スウィート・プリティーエンジェルーーー!!」

 

ハジメと逸れてしまったことを思い出した途端、ゲンは誰が見ても分かるように慌てふためく。壊れたゼンマイ仕掛けの人形のように手足がグルグル回転し出し、下手すれば壊れてしまうかもしれない。まぁ、元々壊れているのは違いないのだが。

ハジメは幾つもある滝の流れに乗っていたのを確認したので無事だと思うが、如何にも恐ろしい空間に一人でいるのは危険だ。

 

「こんな時こそ……“ハジメたんレーダー”の出番だ! 集中ぅううう……!」

 

皆にも分かるように説明しよう! 南雲ゲンは内なるシスコン魂を爆発させ、最愛の妹である南雲ハジメのイメージを強く念じることで、南雲ハジメの現在位置を瞬時に探し当てることができる——それが“ハジメたんレーダー”である!!

それでも分からない人は! ………まぁ、名称から何となく察してくれ。そう言うものだ。

 

「………あッ、しまった!? これはハジメたんに一度でも良いから『お兄ちゃん大好き♡』って言われないとレーダーが稼働しないんだった!!」

 

勿体ぶった挙句、クソの役にも立たなかった……

結局、行先を己の勘に任せて奥の通路へズンズン進む。

その巨大な通路は自然の産物である洞窟といった感じだった。

罠の確認やモンスターの襲撃など一切考えず、取り敢えず走って走って走り続ける。ゲンはRPGゲームでも基本“ガンガン行こうぜ”スタイルなのだ。

そうやってどれくらい経ったか、同じような洞窟を何度も目にしたゲンは休憩する。

 

「う〜〜〜ん、マジでどこだ? 全く分からん。こんな時、ハジメが傍にいてくれればなぁ〜……もしくはハジメたんからの激励を貰ったら、こんな洞窟を余裕で突破できるのに。ん? ハハハ“頼れる自慢のお兄ちゃん”なんて止めろよ、ハジメちゃん。もっと自慢なのは、ハ・ジ・メ・なんだから……」

 

『グルルル……!!』

 

「ん? 今の声は」

 

ブツブツ頭を悩ませながら恍惚状態に陥っていると、ゲンがいる通路の直進方向から猛獣の唸り声が聞こえた。

気になったゲンは声のする方へ向かうと、そこは幾つもの通路へ通じる穴がある広い空間。

唸り声が鳴り止まない方に視線を向けながら、岩場に身を潜めて様子を見る。

唸り声の主は白い狼であり、狼と対峙するように警戒しているのはウサギだった。だが二匹とも、ゲンの知る狼とウサギとは似ても似つかない容姿をしていた。

狼は大型犬ぐらいの大きさで尻尾が二本に分かれ、血管のような赤黒い線が全身を走って脈を打っている。一方ウサギの方はというと、大きさは中型犬ぐらいあり、後ろ足が大きく発達している。そして狼と同じく、赤黒い線が全身を張り巡らせ、まるで心臓のように脈を打っていた。

ゲンは内心「おおッ……イカす筋肉」と呟いていると、どこから現れたのか二匹目の二尾狼がウサギの前に飛び出た。

完全にウサギの捕食シーンだと予測したゲンだが、次の瞬間それは外れに変わる。

 

『キュッ、キュウ!』

 

可愛らしい鳴き声を漏らしたかと思った直後、ウサギはその場を跳躍し、空中で一回転して、太い長い後ろ足で二体の二尾狼に回し蹴りを炸裂する。

 

——ドパンッ!

 

——ゴキッ!

 

——ベキョッ!

 

ゲンでも出せるのか分からない蹴りの音を発生させ、二尾狼の頭にクリティカルヒットする。

首から鳴ってはいけない音を響かせながら、狼は二体とも首があらぬ方向に捻じ曲がり、そのまま倒れ伏せた。

直後、岩場に隠れていた他の二尾狼が次々とウサギに襲いかかってきた。しかしウサギの逆立ち回転蹴り、サマーソルトキックを真面に喰らい、二尾狼達は地面に叩きつけられてグロテスクな血肉のアーティストと化す。

 

「キュキュゥ!」

 

ゴングの鐘が鳴ったかのように、蹴りウサギは勝利の雄叫びを上げて耳を立たせる。

 

(嘘だと言ってよ、バー○ィ……!?)

 

流石に自称ボケ役のゲンも、目の前にいる蹴りウサギは厄介だと判断する。散々、苦労した単純かつ単調な攻撃しかしてこなかったベヒモスよりも手強いかもしれない。

ここは一時、蹴りウサギが去るのを待つしかないと思考を巡らせていると……

 

「———ぶぇっくしょいッ!!」

 

何故か……盛大なクシャミをしたゲン。

馬鹿なのコイツ? いや、馬鹿以前の問題だ。

その騒音は洞窟内に響き渡り、当然ウサギの長い耳にも入る。

 

『………』

 

「あ………」

 

バッチリ視線が合う馬鹿(ゲン)と蹴りウサギ。

ルビーのような紅の瞳がゲンの姿を凝視し続けている。

 

「んんッ……ハッハッハッ、先程の君の闘い、見せてもらったよ。中々素晴らしい格闘センスの持ち主じゃないか。そうだろう、ウサギくん?」

 

何をとち狂ったのか知らんが、何処ぞの幹部キャラのように拍手を送りながら堂々と蹴りウサギの前に歩み寄る。流石の蹴りウサギも予想外だったのか、ポカンとしたような表情でゲンを見上げている。

 

「キミのその類まれな戦闘技術、冷静な判断力、どれをとっても素晴らしいよ……どうかな、取り引きと行かないかな? 簡単なことさ、今迷子になっている我が妹を探して欲しいのだよ。もし手伝ってくれるのであれば、君の望むものを何でも差し上げると約束しよ……」

 

『——キュ』

 

途中から「もう良いや、メンドクセー」という感じになった蹴りウサギは飛び上がり、ゲンの説得を遮って容赦なく回し蹴りを炸裂した。

ゲンの左腕にドゴォッ!! と衝撃が鳴ると、ゴキィィイイイ!! と何かが砕け散った音が響いた。

 

「痛ぇえええええ!!? 折れた折れた折れた折れた折れた折れた折れた折れた折れた折れた折れた折れた折れた折れた折れた折れた折れた折れた折れた折れた折れた折れた折れた折れた折れた折れた折れた折れた折れた折れた折れた折れた折れた折れた折れた折れたーーー!!? 折れたよ今! 完全に骨折しましたってばよーーー!!」

 

ゴロゴロと転げ回りながら、プランプランと折れ曲がった左腕から来る激痛に発狂する。

因みに骨折どころではない、骨自体が完全に粉砕されているのだ。

 

「痛〜ッ!? ……こんの腐れウサギがァ! ちょっと可愛いから話し合いに持ち込もうかなぁ〜、って油断してたけど、調子に乗ってんじゃねえぞ!!」

 

『キュ、キュウキュゥ。キュウ〜キュキュキュウ〜♪

(訳:君みたいに如何にも怪しい阿保の言うことなんか聞かないもん。悔しかったらボクに一泡吹かせてみろみろ〜♪)』

 

「何だとぉッ!? もう勘弁ならねぇ、この現場をウサギファンクラブ共が見ていようが知ったことか! テメェだけはボッコボコのギッタギタに()めつけてから焼きウサギにして食ってやるぅッ!!」

 

蹴りウサギに小馬鹿にされたゲンはエセ悪代官風なキャラを崩し、本性剥き出しになる。骨折されても尚、その闘志を絶やさないのは流石だ! ……何で会話できるのアンタ等? というツッコミはこの際なしにしてほしい。

互いに闘志を燃やしながら『ハァァァ(キュゥゥ)……!!』と雄叫びを上げ、ジリジリと距離を縮めていく。

この時、蹴りウサギは調子に乗り過ぎたのか、それとも馬鹿(ゲン)が大声を出し過ぎたせいなのか、互いに気づけずにいた。二人(匹)共、人生終了のピンチに陥ってることに。

 

『ガルルルルルルルルルルゥ………!!!』

 

「げッ!?」

 

『キュ……!(訳:あ、ヤッベ……!)』

 

二人は……もとい一人と一匹は、二尾狼の群れに囲まれていた。その数、ざっと見積もって五十匹。

四匹の二尾狼にも苦戦せず蹴り倒した蹴りウサギだが、流石にこの数はマズかったらしく汗をかいて狼狽している様子だ。

蹴りウサギは覚悟を決め、紅の眼をカッと見開いた、次の瞬間!

 

『………キュキュウ〜!

(訳:用事を思い出したから帰る〜!)』

 

逃げ出した! 文字通り、脱兎の如く!

 

「あ、可愛い容姿のくせに性根が汚っ!? コラァ、糞ウサギ!! さっき狼共を簡単に蹴り殺していたじゃん! あれをもう一回披露してくれ! お願いします!!」

 

『キュキュ、キュゥキュキュキュゥ! キュッキュウキュキュ、キュキキキキュゥキュウ! キュウ!

(訳:すまない友よ、もうボクの足が限界に達しているのさ! ボクとの再決闘を果たすためにも、この試練を乗り切って今の君を超えてくれたまえ! さらばだ!)』

 

「嘘つけぇ!! そんなこと微塵も考えてねえだろ! 俺を囮にして自分だけ逃げる魂胆だろうが!? せめて半分でも良いから蹴散らしてくれよぉ!! おい、逃げるなぁ!! 待てやゴラァァアアアアアアアーーー!!」

 

普段ボケ役のゲンが振り回されるのは実に珍しい光景だ。流石、異世界クオリティ! もう魔物と会話できるぐらいじゃあ驚きもしないよう。

取り残されたゲン。しかも厄介なことに、ゲンの近くに仲間達の死体が転がっていたことから二尾狼達はゲンが殺したと勘違いし、毛を逆立てながら固有魔法である放電を尻尾から放っている。

 

「ええい、ただで殺られてたまるかぁ!! 来れるもんなら掛かって来いや、白髪(しらが)狼共ッ! 近寄った奴から、俺の世界で遙か古に伝わる暗殺武術“師州紺(シスコン)憲法”の餌食にしてくれ………こ、これは……!?」

 

怪しい拳法っぽい手の動きを披露していたゲンだが、突如として停止した。

 

「俺の“ハジメ天使アンテナ”が反応しただと!? ……ハジメは、あの洞窟の先か!」

 

頭部の頂点に少年漫画の主人公みたいなアホ毛が生えると、アンテナのようにピピピッ! と二尾狼達が這い出てくる穴の隣の通路へ向けた。

説明しよう! “ハジメ天使アンテナ”とは……遠く離れた地方にいたとしても天使(ハジメ)に危機が迫った時、南雲ゲンのシスコンパワーによって、ハジメの現在地を高い確率で探し当てることができる特技なのだ! ……さっきのレーダーの意味がないんですけどぉ!?

だが、義妹を一番大事に想っているゲンには分かる。間違いなくハジメがいる。しかも命の危機に瀕している。

なり振り構う余裕もなく、目の前に二尾狼がいようが知ったことじゃないと言わんばかりに無視し、ゲンはハジメがいるであろう洞窟の穴へ駆け出した。

 

『グルァアアァアアアア!!』

 

だが二尾狼は見逃すわけもなく、走り出したゲンに目掛けて一斉に襲い掛かる。二尾狼の鉤爪や鋭い牙がゲンの皮膚や衣服に引っ掻き傷を与え、尻尾から電気を放つなどして、ゲンを確実に狩りにかかる。

だが、それしきのことでゲンは止まらなかった。二尾狼との乱闘は極力避け、眼前に立ち塞がって通路を阻もうとする狼のみを蹴り倒し、先へ急ぐ。

 

『——グルァア!!』

 

そのうちの一匹が飛びかかり、狼の鉤爪がゲンの目蓋に傷をつける。三本の赤い筋が刻まれると、直後にプシュ! と出血し始めた。

 

「ぐぁッ!? いつッ〜〜! ——って、これしきの痛みで挫けてる場合か、俺!? すぐそこでハジメが泣いてるんだよぉ! 邪魔じゃボケーーー!!」

 

ゲンは一瞬怯みながらも、すぐに立ち直って狼を蹴り飛ばした。先程の蹴りウサギには劣るが、横腹をドゴォッ! と勢いよく蹴られた狼は『ギャン!?』と悲鳴を上げながら壁に叩きつけられ動かなくなる。

 

「うぉおおおおおおおッ!! ハジメーーーーー!!!」

 

 

 

 

———◇———

 

 

 

 

刻は十数分前。

奈落の底に落とされて奇跡的に生存していたハジメ。嘗てない恐怖と危機が目の前に姿を現す。

 

「ッ………!」

 

魔物に遭遇しないように用心深く、物陰に隠れながら探索していくと、渡ろうとしていた通路から魔物が出た。

それは巨体な魔物、一言で表現するなら熊。ただし童謡に登場するファンシーな熊さんとは大違いだ。二メートルはあるであろう巨躯に白い体毛。体中に走っている赤黒い線が血管のように脈を打つ姿が魔物の恐ろしさを物語っている。足元まで伸びた太く長い腕に、三十センチはありそうな鋭い爪が三本生えている。

爪熊はハジメを凝視したまま動かずにいる。襲うタイミングを伺っているのか、それともハジメを物珍しそうに観察しているだけなのか。

 

「……………」

 

ハジメは爪熊に襲われないように心の中で「私は石像だ私は石像だ私は石像だ……」と連呼し続けて石像の少女を演じようと必死だ。「石像を壊しても何の意味もないですよ〜?」と言わんばかりに。

恐怖のあまり、ハジメ は こ ん ら ん している!

 

『グルルルル………』

 

この状況に飽きたように爪熊は低く唸り出す。至近距離で猛獣の唸り声を聞かされたハジメは「ひッ!?」と小さな悲鳴を上げてしまい動いてしまう。死んだ振りならぬ、石像の振りは無駄だった。

 

『……グルァアアアアアアアアアアア!!』

 

「ひやぁあああーーー!!」

 

突然、唸り声を上げた爪熊を眼前に、ハジメは恐怖で冷静さを失って爪熊の視線から逃げ出してしまう。

この行為が仇となった、爪熊は完全にハジメを“獲物”と捉えてしまった。

その巨躯に似合わない素早さでハジメに迫り、その鋭い爪で切り裂こうとする。

 

 

 

「うちの大事な妹に、何してくれとんじゃコラァアアアアアアアアアアアーーーーーーーー!!」

 

 

 

ハジメが逃げようとした穴の、すぐ隣の洞窟から男が勢いよく飛び出す人影。爪熊の顔に蹴りを()ちかましながらハジメから離れさせ、爪熊を背後へ後退させた。

 

「お、お兄ちゃんッ……!」

 

その男はゲンだ。右の目蓋に刻まれた爪で引っ掻かれたような三本の傷が痛々しいが、ハジメを救うべく即座に参上した。

この長い時間、独りで歩き回って心細かったハジメは、爪熊に殺されかけた恐怖もあって、ようやく兄に再会できたことに涙が溢れそうになる。

爪熊の難を逃れ、奈落の底で再会を果たした兄妹は何とか逃げ出すことができた……何て都合の良い展開には残念ながら発展しなかった。今のゲンの飛び蹴りで爪熊はキレてしまい、狩りを邪魔したゲンに殺意を抱く。

 

「ハジメ、無事かッ!? 妹の守護神、お兄ちゃんが今来たぜッ———ごふッ!?」

 

「ッ! お兄ちゃん!?」

 

爪熊の動きが見えなかった。先程ゲンを弄んだ蹴りウサギの速度とは比にならず、ゴオッ!! と風が唸る音が響くと同時に、強力な衝撃を発生させ、ゲンの身体を壁に叩きつけた。

肺の空気が衝撃でより抜け落ち、咳き込みながらゲンは壁をズルズルと滑り崩れ落ちる。トラックに轢かれてもピンピンしている兄が倒れたことに驚愕を隠せないハジメは、近くに爪熊がいるのにも関わらずゲンの元へ走った。

 

「え…………?」

 

ハジメは一瞬、ゲンの姿を見て理解できずにいた。

 

——待って、これは何?

 

——何が起こっているの?

 

——どうして地面が真っ赤に染まってるの?

 

——どうして、(ゲン)が目の前で倒れているの?

 

ゲンは出血多量を起こしていた。その血が流失している箇所がゲンの左腕。正確には——()()()()()()()()

 

「嘘ッ……嘘でしょッ? だって、お兄ちゃんが、こんな簡単にッ………!」

 

頭や心が、理解するのを拒んでいるのだろう。どんなに殴っても罵っても頑丈な(ゲン)が為す術もなく、虫の息になって血を噴き出しているなんて。

だが、そんな現実逃避を覚ませるかのように、吐き気を催される咀嚼音がハジメの耳を打つ。

爪熊は“地面に落ちた肉塊”をグチャグチャと咀嚼している。

ハジメは、爪熊が咀嚼していた“それ”に見覚えがあった。

爪熊の口からはみ出ていたのは…………ゲンの左腕だった。

 

 

 

「あ……ぁ…………いやぁああああああああああああああああああああああああ!!?」

 

 

 

目の前で起こっている事象はハジメの許容量を既に超えていた。

喉が張り裂けそうになる絶望と恐怖に満ちた絶叫が洞窟内に木霊する。

ゲンの左腕は肘から先が、刀で斬られたように綺麗に切断されていた。

 

『グルゥウ……!!』

 

ゲンの腕を咀嚼し終えた爪熊がズシンズシンと足音を立てながら歩み寄る。その目にはゲンやハジメを見下す様子はなく、ただの食料として認識している目だ。

 

「ひッ!? れ、“錬成ぇ”ーーーー!!」

 

食い殺される恐怖と兄を失ってしまう絶望で涙や鼻水や涎で顔を体液塗れにしながら、ハジメは右手を背後の壁に押し当て錬成を行う。必死のあまり無意識の行為だった。

無能と蔑まれ魔法の適性も身体能力も低いハジメの唯一の能力。通常は武器や防具を加工するためだけの魔法であり、その天職を得た者は鍛治師に就く。しかし異世界人ならではの発想で騎士団員ですら驚愕させる使用法を独自に考え、クラスメイトを助けることもできた力。

決して役立たずではないからこそ、死の淵でハジメは無意識に頼った。

ハジメの掌から発光した直後、背後の壁に小さな穴が空いた。

そうは問屋が卸さないと言いたそうに爪熊は二人に迫る。

 

「ぁ……………こんの、熊公がッ……!」

 

辛うじて意識があったゲンは、血を流してない右眼で爪熊の顔を捉え、兄の底力を振り絞って爪熊の顔に蹴りを喰らわす。直後、爪熊の鼻先からベキョッ! と骨折した音が鳴り響く。

 

『グゥル!? グァアアッーー!!?』

 

ゲンの全力が込められた足蹴りは爪熊の鼻を圧し折って爪熊を怯ませる。追い詰められた弱者の手痛い反撃を受け、折れた鼻の穴から大量の血を噴き出しながら爪熊は鼻を押さえて固有魔法の爪で周囲の岩や壁の一部を粉々に切り刻んで暴れ出す。

その隙にハジメは力尽きて横になった血塗れのゲンを引っ張り、穴の中へ体を潜り込ませた。

 

『グゥルアアアア!!』

 

鼻を折られたことに怒りをあらわにする爪熊。咆哮を上げながら、ハジメが潜り込んだ穴からはみ出ていたゲンの右足に齧り付く。

ゲンの右足からベギッ! と骨と肉が重なる嫌な音が鳴り続き、足を咥えたままゲンの体を引き摺り出そうとする。

 

「嫌ぁああああッーーー!? “錬成”! “錬成”! “錬成ぇ”!! ………お願いだからッ、お兄ちゃんを離してぇ! お兄ちゃんが死んじゃう! 離してよぉッ!!」

 

幼児のように泣き出し、パニックになりながら少しでも爪熊から離れようと錬成を続け、必死になってゲンの体を引っ張った。

祈りが通じたのか、爪熊はゲンを離してくれた。しかし、代償として右足の足首から先を失ってしまうゲン。爪熊の口内は食い千切ったゲンの右足を咀嚼して血塗れになっている。

もうハジメは後ろを振り向かなかった。ゲンの体を引っ張り続け、がむしゃらに錬成を行い、奥へ奥へと進んでいく。

途中、背後から凄まじい破壊音と壁がガリガリと削られていく音が響く度に、ハジメは錬成を素早く行った。

そうやって、どれくらい進んだか。

感覚が狂って恐ろしい音が聞こえなかったが、しかしそれほど進んでいないだろう。一度の錬成の効果は二メートル位であるし、何より手と足を片方ずつ失った兄を引っ張っていたんだ。そう長く続けるものではない。

少しばかり落ち着き、ほふく前進の要領でゲンの顔に近づく。

 

「お兄ちゃん! 起きて! 目を開けてよ、お兄ちゃん!!」

 

ハジメの涙ながらの呼びかけに、ゲンは片目を開かせながら口を開く。

 

「………おぉ、ハジメ……こんな風に錬成を使えるようになって、お兄ちゃんは嬉しい、ぞぉ……」

 

まるでうわ言のように、羽虫のような弱々しい声を振り絞っている。

医療の知識が全くないハジメでも理解できる、出血多量で死にかけているのだ。

 

「ちょっと……無理しすぎた………か…も…………」

 

「お兄ちゃん、ダメッ! 目を覚ましてよ!!」

 

そう呟いた後、ゲンは再び目蓋を閉じて力尽きた。

信じられない目をしながら、ハジメはゲンに呼びかけ続ける。

 

「……ねぇ、今日だけは何を要求しても良いよ? 私にメイド服を着させて写真を撮っても良いよ、恋人みたいに食べさせ合いっこを要求しても怒らないから。私にセクハラ行為しても、もう”大嫌い“なんて言わないからッ……いつもみたいに騒がしく笑ってよ。いつもみたいに私に変態行為をやってよ……ねえってば!!」

 

恥ずかしさなんて今は要らない。それでまた、あの騒がしい気持ちを楽にしてくれる声が聞けるのなら、乙女の恥なんて捨てても良かった。

錬成のやり過ぎでハジメ自身も魔力が枯渇しかけ、意識が朦朧としながらも意識を繋ぎ留めながらゲンの体を覆うように抱きつく。

緑光石もない真っ暗な空間に慣れ、右目蓋の傷から血が溢れ止まらないゲンの素顔が見え出す。

いつの間にかハジメは昔のことを思い出していた。走馬灯に似ているのかもしれない。保育園時代から小学生、中学生に上がり、そして高校時代。

いつも(ゲン)自分(ハジメ)絡みのウザい行為をし、しょっちゅう奇行を繰り広げていた。それでも今のハジメには……ゲンとの思い出、全部が輝いているように見える。

 

「お願いッ……私を………独りにしないでよぉ…………お兄ちゃん」

 

呼びかけに答えてくれず目を閉じたゲンの胸に蹲り、ハジメの意識が哀しみと共に闇に呑まれていく。意識が完全に落ちる寸前、ぴたっぴたっ、と頬に水滴を感じた。

それはまるで、涙を流すハジメに同情してくれたかのような、誰かの涙のようだった……




……後にこの蹴りウサギが、今後ゲン達に関わっていくことを、まだ誰も知らない。(多分……その予定デス)

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