今にも堕ちてくる空の、奇妙な街で ~ジョジョの奇妙な冒険、異伝~ 作:たんぺい
この話を見てくださっている貴方に、自分以外の『一番大切な人』を想像して欲しい。
例えばいちばん分かりやすく言えば両親、兄弟が居るなら兄や姉あるいは妹や弟…祖父母でも良いし孫でも良い。
恋人が居るなら、結婚しているなら妻や夫を想定してもそれは構わない。
或いは、家族より友人や教師や職場なんかの同僚を信頼していると言う方も否定はしない。
この際、
彼等の…貴方に想像できた一番大事な人、或いは通じあった人。
それらの持つ『気持ち』と言う不可視にて不可思議な領域を把握する事を、全てできる人間がいくらも居るだろうか。
…超能力でも無いならば、それは不可能だろう。
それは
ゆえに、心は時にすれ違い、そして心は時に法や秩序にぶつかりあう。
悪意があるからぶつかりあう、敵意があるからぶつかりあうと言う形の破局は良くある話だ。
信頼している人や好きな人に裏切られる事など、或いは失望したり見限る事は誰しも経験は有るだろう。
逆もしかりで、当然ながら誰かは常に誰かを裏切るなり見限らせる事をしていると言う証左でも有るのだが。
しかして、それらだけが理由でそうした結果を起こすと言う事だけでもない。
平たく言えば
純粋な誰かの優しさや普遍的な社会的正義が、テロイズムや戦争の引き金となったなど人類史にいくら転がって居るだろうか想像もできやしない。
ましてや
case12 『願い』
さて、どこまで語ったかと言うと…そう、『A・C』と言うスタンド使いの正体を
優姫が驚きながらそれを問い詰める。
彼女の質問は要約するとこうだ、『スタンド』が見えないどころかスタンドに関わる事すら初めてだろう一般人になんでいきなり『本体』がわかるのか、と。
エルも無言で聞いていたが、内心で同じような感想を抱くなか…陸部は臆せず、しかし冷静な口調でこう返した。
「『A・C』だったっス、かね。アイツの特性の要点を上げるならこういう事っスよね。
『太陽を好み日陰を嫌う、視界を持たないのに自然や光彩の概念を持つセックスモンスター製造者』…俺、心あたりが有るんス。
もしかしたら、いや、理屈で考えて見たら
犯人は…あれしかあり得ない!って」
そう言って区切りをつけた陸部に向かって嘴を挟んだのはエルだ。
…『アレ』って何かしらぁ?と。
そう聞かれた陸部は…
ひっくり返る二人エルと優姫だったが、陸部はこう続けるのであった。
「『名前』が思い出せない…と言うか、ここに越してきて日が浅いんで名前があったかどうかもわからないんス。ついでに言うとその明確な姿なんか記憶の彼方でして…
…おじさんに昔聞いた時は、名前を教えてもらった記憶が有るんスけど、もう幼稚園卒業するぐらいの大昔の話っスから。
そう強く言い切る彼から教えられた『正体』。
それを聞いた二人は…納得した。
そして特性やスタンドの存在も『そういう物』として納得がいく。
そもそも厳密な意味合いでの遠隔自動操縦ですら無いのかも知れないと言う新たな疑念はエルに湧いては来たが、いずれにせよ今回の事件の答え合わせとして向かうには悪くはないのかも知れない。
少なくとも、推理が外れた所で一手無駄にするだけだ。行って損はないだろう。
そう思い至った三人は、陸部の言う『犯人』の元に向かうことにした。
…と、言ってもそこから5分もかからない場所に『それ』は有る。
封鎖された
入口たる鳥居を抜けた先に、真っ正面に見える古ぼけた『象徴』が見えるもの。
肝心の本殿は無人となり十年単位で整備が出来ていないのか、蜘蛛の巣がはられて木や障子がボロボロと言う荒れた有様である。
老齢だった神主が引退しただか亡くなっただかで12年前に居なくなって以降、管理する人間が居なくなってからというもの…今ではすっかりこの有様だ。
その神社はと言うと最早心霊スポット一歩手前の、古いだけで有難みもなにもないものへと成り下がっていた。
そして、『それ』こそが、犯人であった。
エルと優姫にはわかる、スタンド使い特有のオーラと言うか生命エネルギーだろうか、それが溢れているのが伝わって来るからだ。
「…立派なイチイの木ね」
優姫がそれを見上げながら『犯人』をまじまじと見つめている…そして、陸部とエルも無言で追随する。
そして、その『犯人』の脇には、「縁結び祈願、樹齢280年」と書かれている埃をかぶった石碑。
見上げれば20メートルはあるだろう雄大な姿。
そう、『犯人』とは『良縁祈願や恋愛成就の神社にある御神体たる神木』であったのだ。
数百年近くに渡る、愛を願って祈りを込めたものの…成れの果てとして。
そこには…悪意はなかったのだろう。
ごく単純な願いを込め、かつてはたくさんの人達がそれを願っていた。
子供が欲しい、良縁が欲しい、愛が報われて欲しい…と。
それが『スタンド』になったとして、きっと何もおかしくはなかったのだろう。
『人間が縁を結び子を成す』と言う願いを叶えるスタンド、そういう形で具現化しても何もおかしくはない。
本来、『A・C』と言うスタンド自体はもっともっとごく単純な『願いを叶える』とかそんな優しく…そして本来ならば本体の職務に忠実なだけのスタンドだったのかも知れない。
さて、ご存じない方もいらっしゃるかも知れないのだが…植物には雄と雌が居るタイプが存在する。
銀杏やウリ科における野菜全般なんかも代表格だが、イチイの木も、例に漏れず雌雄を持つ植物の代表と言える。
雌雄の概念を持つと言う事は
ごく単純に、植物にはごく当たり前な戦略でもあるだろう『不特定多数の雄の遺伝子で、不特定多数の雌の遺伝子を妊娠させる』と言う事が、そのまま『繁殖する為の縁結びとしての最適解』として認識してしまった…要するにそういう事だ。
言わば不幸な事故でもあり、そして『人』がなんでもない植物を『神』にしたが故に、それがスタンド使いとして覚醒してしまったがために『人』がある日突然正気を奪われると言う『魔』として牙を向いてしまったのだ。
余談かも知れないが…現在の鳥居と階段の位置は昭和となかばの頃の区画整理で変更されたもので、元々あった参道や鳥居の位置は商店街の方から延びていたらしい…と言う事も追記しておこう。
ならば、本体たる神木がそちらに能力を仕掛けていた事もある程度は理由の予測がつくだろう。
兎に角も、結論としてはただの人類と植物とのボタンの掛け違い、それも人が植物へとかつて乞うたが故に起きたと言う事象だ、それだけだったのだ。
「…これは、有栖川先輩の『ザ・ポリス』には任せられないわね。
植物がスタンド使いだったなんて予想外だったけど…日本の法律は、植物には適用されない。だから、発動しようがない…」
優姫が…何気なくそう告げる様に、有栖川のスタンドがまず発動しない相手である。
『逮捕』も『勾留』もできない相手である以上、あのスタンドではこの本体にはなんにも出来やしない。
しかして、このまま放置し見逃しても、商店街に迷惑がかかり続けていく。
「…じゃあ、何かしらぁ…ホームセンターでも行って買ってきた除草剤でも撒けば良いのかしらぁ?
それとも、いっそ油に火を付けるのぉ?」
と、エルが物騒な事を言い出すが…まあ、手段としてはそうは間違っては無いのかも知れない。
スタンドは本体が死ねば消える、例外は無いのだ。倒すなら本体を狙うのは常道だろう。
ましてや本体は動きもないイチイの木、煮るなり焼くなり薬を巻くなり…あるいは根っこごと細切れにしてしまうと言うのも手だが、エルの提案は優姫は却下するかのようにこう告げる。
「…そんなことをしたら、証拠が残るでしょう?
だから…私の『スリラー』が、この『神木』を狩る。
証拠は残さず、完璧に、絶対に…私のスタンドは、命を喰らい尽くすのよ」
そう言って、優姫は背中から狼男の様な獰猛残虐無道なスタンドのスリラーを召喚するのだが。
その『スタンド』が見えないハズの陸部は、まるでその姿を認識していたかの様なタイミングであわててこう言う。
もしかしなくても…この木を、本気で枯らしちゃうんスか!?と。
優姫は、その言葉に…困った様な顔でこう返した。
「この『御神体』が、なんにも悪くはない事はわかるわよ。私は本当はバカだけど…それは、わかる。
理不尽で、そして最低な事をこれからしようとしてる事も理解しているわ。
本来なら、この『神木』だって守るべき命だけど…」
そういうなり、なんとも泣きそうと言うか悲しい顔で自嘲する様な口調に切り替わる。
「困った事に、私、警察官なんだなぁ。神様でも植物でもなくて、『人間』の味方、なんだなぁ…
商店街って人間が沢山いる、そういうのの、味方なの」
そう言って、くるりと優姫は視線を陸部から外すと…
こう宣言するかのように、自分の正義に言い聞かせる様に、急に強い口調へと切り替え吠えた。
「…今、楽にしてあげるッッ!!」
SRYYYYYYYYYYYYYY!!と言うスタンドの轟き響き渡る咆哮と共に、その神木へと牙を立て、爪を立て…
こうして、『A・C』の事件は、あっさりと終わりを告げるのだった。
…そして、3週間後。
特にあまり活躍しなかったエルや、要所で活躍してはいたが公僕たる優姫はともかく。
今回の事件でのMVPなみのファインプレーであり被害者たる一人の陸部はと言うと…すっかり、元の大学生活に戻っていた。
(当たり前だが『病気』ではそもそもなかった為に)病院から退院が許された彼は、叔父の家の下宿生活が許される様になって、変わらぬ毎日を過ごしている。
変わる部分と言うと、タトゥーシールの紋様がすっかりインキが腕から落ちた事とバイト先の肉屋のみならず商店街全体がそろそろ営業再開すると発表されたのに課題のレポートの提出も重なり忙しくなりそうな事ぐらいだ。
或いは、もうひとつ…
「…『神木』であったからあのスタンドとか言う力が大暴走した。なるほど、あの婦警さんの言ってた通りっスね。
でも、もう神でもなんでもない。
もうずっと一緒にいても俺が平気なあたり、結局…お前が一番苦しんで、そして一生懸命に背負ってたんスかねぇ」
そう言って、ちらりと自室の軒先の日当たりの良いベランダには…二十代の青年の趣味としては渋すぎるだろう盆栽鉢に、イチイの木が生えていた。
実は…イチイの木と言うものは、実は『挿し木』や『取り木』と言う形で、バラバラになった枝先から分けてクローンを生やす事ができる。
接ぎ木と並ぶ園芸用の木の増やし方の代表格であり、イチイはそうやって盆栽や庭木に植える植物としても有名ではあるのだ。
…そう、あの時、優姫は結局
『スリラー』は能力がそもそも対生物特効兵器の様なもの、生きてさえいれば、神だって殺せる。
しかして、例外だってあった…ほんの偶然ではあったのだが。
一本だけ、20メートルはあった神の木の『成れの果て』としてはあまりにもささやかな、20㎝もない、一本の枯れる前にたまたま折れてしまった青い葉のついた枝。
それはスリラーの吸収能力の偶然の範囲外だった…それを本当に偶然に陸部が見かけていたのだ。
そして、陸部の叔父夫妻とうち叔母が植物好きと言う事もあり、接ぎ木や挿し木のやり方も知っていた。
さて…それを見た陸部はと言うと。
…助けたい、と願ってしまった。可哀想だと、哀れんでしまった。
身勝手なのはわかっている、ましてや
それでも…それでも、あんまりではないか。
何百年も人の願いを聞き、そして力を得たが故に人の願いを叶えようとして…やり方を間違ってしまったばかりに、人から悪魔と同じように扱われ殺されて殺されるのは、如何に植物が相手でもそんなことはあんまりだ。
そう、陸部は感じたが故に、こっそりその枝を持ちかえり…水差しを花瓶代わりに水に生けたりしつつ回復した頃を見計らい土に植えかえ、そして現在に至ると言う訳だ。
そして、その献身が通じたのか…今は、すっかり陸部の部屋のオブジェの一角として青々と飾られている。
このまま盆栽として管理されるか、或いは叔父の家の庭木として植え替えられるか…と言う部分は未知数ではあるが。
少なくとも、そのイチイが二度と『神木』として成立する事はないし、厳密に言えばクローンであり同種でありながら別個体とも言えるが故に言える事はある。
少なくとも、『A・C』と言うスタンドはただのスタンドとはそもそも本質的に異なる。
土地と本体の特殊さがスタンドと言う才覚をあそこまでめちゃくちゃかつ人倫から見たら下品極まるスタンドとして確立させてしまった部分が大きく、単なる庭木や盆栽がそこまで大それた事を行うものにはならないだろう。
また、人間だって遺伝子的には同一な双子だって考え方や利き手が変わることが良くあるように、環境や行動パターンや欲望に応じてスタンドの形もまた個性として変わることが良くある。
少なくとも、全く同じ環境に生きた動物なり『複数の人間でひとつ』と言う形のスタンドならともかくも、完全に同一なスタンドはそうそう発生しないのだ。
故に、陸部が直感で理解した通り、神木でもなんでもない木に戻っただろうかのイチイから『A・C』が蘇る事は二度と無いだろう。
ただ、スタンドの才覚と言うもの自体は、そのイチイも受け継いでいる事は事実だ。
それがどうなる結実としてスタンド能力として目覚めるか…それ自体は、誰にわかる事ではないが。
少なくとも、今は…かつては願いを押し付けるだけ押し付けた癖に時代が変わると仮に枯れて死んだとしてもニュースにもならない『御神体』だった頃とは違う、自分をちゃんと見て植物としてそれなりに愛を注いでくれる人のいる、今ならば。
きっと、そのイチイの木が暴走する程の『願い』の使徒になる事も無いだろう。
ただ、それだけはわかる事だった。
『A・C』の神木:死亡(枯死)、ただしその願いを受け継ぐ二世に繋ぐ事ができた様だ。再起不能ながらも転生可能とでも言うべきか。
余談だが、例の盆栽は手がかかるとかだそうだが、肥料とかを与えたら無くしたものとか忘れ物をひょっこり取り出してくれるとかどうとかで…『願い』を直球かつ不特定多数と言うキャパシティオーバー極まる前世の能力とは違う、ごくささやかかつ個人的な形で叶えてくれる能力として変質する形の自動操縦のスタンドとして、陸部を長く支えてくれる能力になったそうだ。