今にも堕ちてくる空の、奇妙な街で ~ジョジョの奇妙な冒険、異伝~ 作:たんぺい
――どん底の掃き溜めだ。
J・ガンドは自分のルーツを振り返って見るたびに、こんな感想しか沸いてこなくなる。
自分はデトロイトに生まれ落ちた掃き溜めのゴミクズ、そんな感傷を抱えながら常に生きてきていた。
今は『J』を不死身の竜の血を浴びた戦士ジークフリートにちなみ、そうと読ませるように改名したが、もともとはそんな大仰な名前ではない。
ジャンだかジャックだか、大人はそう呼んでいたからきっと本来はジャクソンとかそんな名前だったとは彼は記憶しているが…今となっては全く思い出せない。
そもそも、親の顔も覚えていなければ、親の名付けた自分の名前すら正確には知らない。
何故なら、単刀直入に言えば彼は『捨て子』だったからである。
物心つく前に、公共の孤児院の前に段ボールに入れられ捨てられていた…親の手紙もまともに無く、監視カメラにもフードを被った姿しか映っておらぬならば親の顔も永劫わからない。
きっと、そもそものジャンだかの名前すら孤児院の職員が便宜的に彼につけた名前でしかなく、彼は正しく根なし草だった。
その彼が、ルーツと言うもの、或いはアイデンティティーと言うものを獲得したのは間違いなくリーと言う中年に出会った頃からだ。
その辺りの経緯はまた複雑怪奇ではあるが、少なくともリーとの出会いが己の忌むべきスタンド『カーペンターズ』を誇りに変えた事は、それは間違いない事ではある。
そしてもう一つ…
立花と言う日本人の少女との邂逅、そして交流の末に『子』と言う矜持を知れた。
それは間違いない、立花と言う少女に出会うまでJは親子と言う感覚を心で理解する事ができなかったのである。
そうした部分で言えば立花はそもそもリーの恩人ではある以上に、ある種の自分にとっての大恩人でもあるのが彼女だ。
ならばと常に心がけている彼等への恩返しの想いは、Jと言う黒人の青年にとっての本質的な部分に近い感性でもある。
要は根が義理堅い上に実直で不器用。
古い任侠映画や時代劇の用心棒にでも出てきそうな、そうした感傷的な情の男ではある。
Case32『カーペンターズ』その①
さて、そうしたリーの内心描写は兎も角も現状を整理しよう。
鉄球…立花がエルに向かって放り投げた凶器をガキンと弾き返したのは、守屋の『ステルス・オブ・デイズ』だ。
スタンド、それはスタンドでしか破壊する事は出来ない。
それは仮に鉄球だろうと変わらない、所詮は鉄球の本質は『技術』であり擬きでしかないのだから。
ましてや、立花の使うそれは模倣の更に劣化コピーなのだから、それでスタンドをどうこうなどできるはずもない。
「…いったい!痛い痛い痛い、っつぅ…プロボクサーのボディブローって言うの!?…ああいうのがズーンって果てしなく丹田に来てる、へその下の方にッ!?」
…まあ、とはいっても衝撃はスタンドに伝わる上にスタンドと本体は一心同体なのでやっぱり打たれ弱い守屋はお腹を押さえて悲鳴をあげるはめになったのだが。
守屋がいきなり現れたのは、それはスタンド『ステルス・オブ・デイズ』のステルス能力によるものだ。
玄関先の近くに隠れていたが、状況が動いて本当に殺し屋二人が立花と言う少女を引き連れて現れたので、守屋も姿を現さざるを得なかった…状況を整理するとこうなる。
しかし、それをリーたちはもちろん
要は事前に護衛を頼んでいたとか、そういう話ではなく守屋が独自の判断で勝手にやった事でしかない。
そうなると、次に起こるのは『混乱』、要は足並みが完全に乱れる。
仮に、そこに居るのがリーとJだけならば、それでも隙は出なかっただろうと言える。
言うなれば彼等は鉄火場のプロ、見ず知らずの第三勢力が沸いてきて襲ってくるなどと言うシチュエーションなどいくらでも切り抜けてきた。
ましてや『護衛』なり『加勢』で軍勢が一人増える、これはそれこそどんなシチュエーションだろうとプロもアマも問わず良くある事でしかない。
しかし、立花はどうだろうか。
所詮は小学校の高学年か中学に入りたて程度のガキでしかない。
想定外の状況が…否、仮にエルに対し護衛の身代わりが急に助けに来たと言うシチュエーション自体は頭の中でシミュレーションしなかったわけではないとしても、体がついて来れない。
体がついて来れないと、頭が情報量でパンクしてフリーズするのも仕方ない話ではないだろう。
となると、今度はリーとJが完全に足並みが乱れる。
立花の護衛に回るか『加勢』に来た第三者を始末するかエルを仕留めるか、そういった連携が完全に一瞬取れなくはなる。
ましてや、普段なら二人だけでならいわゆる『スタンドの念話』でノータイムで修正が効く事が、立花がスタンド使いではないせいでそれが出来ない。
そうした混乱は、エルからしても伝わり…そして、彼女もまた鉄火場には慣れている。
だが、守屋を巻き込んだとなるとまたあらゆる意味で話は別だ。
今回の件で、エルは友人を誰一人として巻き込むつもりなんかなかったが、その中でも最も巻き込みたくなかったのが守屋と言う人物だ。
少なくとも、優しすぎて戦いや争いと言う在り方から最も遠い気性を抱えており、精神的にも肉体的にも柔らかすぎて打たれ弱さをしている守屋に半ば無理矢理スタンド使い同士の戦い方を見せて教育した理由など『戦いの恐怖』をその魂に焼き付けて遠ざける為に過ぎない。
逆方向の免疫をつけさせて鉄火場に放り込ませる為では決してなかったのだ。
だが、現実は逆で、如何に守るためとはいっても自分から守屋は戦いの場に赴いた…それもエルの為に
そして護られた、しかもよりによって
そのせいで守屋は今少なくないダメージを受けている。
――これは、私の責任だ。
エルは脳内でそう冷徹かつ恥と自分への怒りに身と心を焼き尽くされるような衝動が走る。
その感情はまるで火をくべられたガソリンの様に爆発的に燃え上がり、
ぐっと、その細身でそう背の高くないエルのどこから沸き上がるのだろうと言わんばかりの力で、自分より背の高い守屋をお姫様だっこの形で抱き上げるなり、数段ある玄関から延びる階段からそのままエルは飛び降りる。
「そこをぉ……どけぇぇぇぇぇぇえッ!!!」
まるでライダーキックの様な構えの怪鳥蹴りの体勢で、猿叫もかくやと言わんばかりの凄まじい絶叫を腹の底から出しながら守屋を安全な所に運ばんと玄関先の正面を陣取る三人組に飛び掛かる。
だが…
「か、『カーペンターズ』!お、おでたちを、ま、守れ!!?」
そう、Jが慌てて叫ぶなり…彼は、まるで巨大ロボットアニメの超合金のオモチャのような鎧に包まれると、
そうして空中でスッ転びながら…しかし、守屋だけは庇おうと自分を咄嗟に下にして地面のクッションになるような形の受け身を取る。
ズザザザと地面を摩り、後頭部をガツンとうち脳震盪になりかけつつ砂利と草で背中を擦り傷だらけにしながらも守屋を守り抜いたエルは、若干痛みで半泣きになりながらも守屋に聞く、怪我はないかと。
「…私は、平気。それより増田さんは…」
エルに庇われ無事だった守屋は、逆に自分の腹の痛みを忘れてエルを心配する。
自分の怪我より明らかにひどいエルの怪我を見たのだからある意味当然の反応ではあるが、しかし…エルはそんな守屋を一喝する様にこう返す。
「私の事は良いからぁ!?兎に角、守屋さんは逃げてぇ!!」
倒れた状態のまま、エルは守屋に逃げるよう促す。
当然だ、先に書いた様にある意味で有栖川より巻き込みたくなかった人物を、よりによって巻き込んだのだから。
それでも、守屋は逃げようとはしない。
友達を見捨てられない、痛くても怖くても、ここは引いたらいけない場面だから…と。
そこに、リーがおどけた口調でこう割り込んできた。
曰く、こういう主張だ。
「あー…
バウンサーとかあの類いはね、『売られた喧嘩は絶対買う』、そして必ず勝利する。
マグロの競りみてーに喧嘩の値段とプライドは高値で吊り上げる事はあっても、安売りはしないわけよ。
だーけーど、
と、狂暴な笑みを見せながらこう言うなり、Jもこう続ける。
「あ、相棒は、たち、立場的にこういう頼み方しか出来ないけど…おで、おでたちは無関係な、いっ、一般人は巻き込めない。
お、おで達は、な、何人も地獄に送った男だけど、むさ、無差別に殺して笑う、げ、ゲス野郎にだけはなりたくない。
だか、だからな。おで、おで達からも頼む」
そう言うなり、Jは守屋に頭を下げる。
その二人が放つ言葉は嘘はない。そもそも守屋はあらゆる意味でターゲットでも何でもないのだから、ましてやバウンサーや護衛であっても快楽殺人者はおろか殺し屋ですらない彼等が彼女を殺す理由は無い。
ましてや…Jはもちろんリーも守屋は殺したいどころか傷付けたくすらない。
その意味で、エルと彼等は利害も考え方もある種一貫している。
それでも、守屋は引かない…引くわけにはいかなかった。
「…いい人達なのね、増田さんはもちろん貴方達も、きっと本当はすごくいい人達。
…私なんか10秒は要らず殺せる、それはわかるけど、私は逃げない。
…増田さんは殺されて欲しくないし、貴方達やあの女の子に増田さんを殺して欲しくない。
…私は決めたんだ、『悪い人じゃない人達が傷付けあう』なんて様は、もう二度と見過ごさないってッ!!」
そう叫び、『ステルス・オブ・デイズ』を構え直す守屋に対し…良心の呵責からか矜持からか目を背けてしまうJとは対照的に苦虫を噛み潰した様な顔になるリーが綺麗事をと吐き捨てると、立花が横から口を挟む。
一人では、リーとJに勝てるわけないと。
それに答えるかの様に…守屋はニヤリと笑みを浮かべるとこう返した。
「…『一人』じゃない!増田さんは、決して一人じゃないわよ!!」
そう叫ぶなり…増田家の庭に突如、まるでミサイルでも飛んできたかのような轟音が響き渡るのであった…
To be continued