【完結】サメ映画をご存じない!?   作:Wolke

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XX10 この天と地の間には、人間の哲学では思いも及ばぬサメが山ほどいるのだ

「うっわ。見てりんりん。ホントに車が動いてるよ」

 

 季節がいくつか巡ったころ。例年と比べて、平均気温は格段に低くなっている。オルビドス紀にあった大量絶滅を再現しているかのようで、いよいよ人類滅亡も目前に差し迫ってきたのかもしれない。

 

 そして絶滅へ向かって王手をかけられているのか、わたしの目前では奇怪としか言い様がない光景が繰り広げられていた。

 

 車が車を食べている。

 

〈大崩落〉の折、制御回路が大破し廃材と化した自動車が独りでに動き出していた。元は赤のミニクーパー。けれどミニクーパーのバンパーは縦に開き、隙間からは鋭利な牙のようなものが確認できる。そしてミニクーパーはガリゴリと異音を撒き散らしながら、辺りの放置車両を貪っている。

 

 ミニクーパーは最早軽自動車とは言えないサイズにまで肥大化している。内部構造がどのような変貌を遂げたのかは、この世の理から外れすぎて想像すら追いつかない。

 

 つまるところ、サメであった。

 

「アレなんて呼んだらいいんだろ? カー? モービル? うーん。なんかカッコイイ感じの名前付けてよ、りんりん」

 

「そう、だね……話を聞く限り、火を吹いて人を丸焼きにしたらしいし……」

 

 とても残念なことにサメの挙動はよく見える。月明りという乏しい光量ではなく、燦々と太陽光が降り注いでいるせいだ。わたしたちは殺人光線から身を隠すように物陰に潜み、双眼鏡越しにサメの動きを観察している。距離はざっと一〇〇メートル。いつでもすぐに逃げ出せる間合いだ。

 

 サメは欲望を具現化したように、辺りの車両を食い散らかす。その度にサメは少しずつ巨体になっている。今はワゴン車並みのサイズになっている最中だ。この成長に限界はあるのだろうか。やがてはベヒーモスのように完全な獣として陸地に君臨するかもしれない。

 

 その際限の無さ。放っておけば手が出せなくなる災厄の卵。その特性を加味した上で、呼称するならば───

 

「ドラゴンカーシャーク、でいいんじゃないかな……」

 

「ドラゴン───つまり、竜殺しだ!」

 

「違うよあこちゃん。あれはサメだよ……華々しい栄誉とかは、無い、かな……」

 

「あー、そっかー。まあ所詮サメだもんねー」

 

 一瞬だけ目を輝かせたあこちゃんだったが、すぐに意気消沈してしまった。組成がタンパク質から鉄に変わっているが、どこまでいってもサメはサメ。サメ退治は日々のルーチンワークでしかない。とは言え、今回はいつもと様相が異なっている。

 

「でも油断しないでね。サメはサメでも属性持ちだよ」

 

 あのサメを倒したところで特別な称号がもらえるわけではない。けれど、何の変哲もない一個体と一括りにはできない相手だ。

 

「わかってる。けど大丈夫だよ。あこにはりんりんがいるんだもん」

 

 りんりん、あこはどうすればいい。信頼を湛えた真紅の瞳がわたしにそう訴えてくる。サメに対する憎しみも殺意もなく、血に酔っているわけでもない。己のやるべきことを見定める、静かな色。

 

 戦士。

 

 気づけばそんな単語を連想していた。

 

「あこちゃん、勘でいいから答えて。蒸気鎖鋸(チェーンソー)だけで仕留められる?」

 

「うーん。無理、かなぁ。同じサイズの普通のサメならやれるけど、アレはどれくらい傷つければいいかわかんない」

 

 あこちゃんの言葉にわたしは頷く。個人の武装では仕留められない。もう少し待てば、警邏隊が集まって頭数は揃うだろう。しかし同時に、ドラゴンカーシャークも成長し、討伐の難易度は上がっていると思われる。

 

 サメ退治というよりも、車一台を大破させる心算で動く。使えそうな道具を思い描きながら、頭の中で都庁周辺の地図を引っ張り出す。現在地と照らし合わせて、わたしはおおよその目途を立てた。問題は本当にわたしが考えている罠が作れるのか。そして罠を仕掛けている間はドラゴンカーシャークの行動を監視できない。

 

 目的地までの往復移動時間と、仕込みにかかる時間を概算する。そしてそれをあこちゃんに伝えた。

 

「二手に別れよ。あこはりんりんの作戦通りにドラゴンカーシャークを誘導する。りんりんは準備を整えてドラゴンカーシャークを待ち受ける。つまり───あれあれ、えーっと……」

 

「釣り野伏?」

 

「たぶん!」

 

「───逃げ切れる?」

 

「余裕だよ。バイクと違って車は道中に停まってる車を避けながら進めないし。建物と建物の狭い隙間は安地だよ」

 

 わたしはあこちゃんの能力を欠片も疑ってはいない。彼女が無理なくできると言うのならその通りなのだろう。その言葉をわたしは信じる。

 

「わかったよ。あこちゃん。十二社通りってわかる? この道を真っ直ぐ行ったところに、左に曲がる三叉路があるから、そこを曲がって。急がなくていいから、怪我しないように立ち回ってね」

 

 わたしはひとりで蒸気二輪(スチーム・バイク)に飛び乗った。可能な限りのスピードを出して、道路に点在する車の隙間を縫って行く。

 

 目的地のひとつである金物屋からバールをはじめとした工具類を拝借し、近隣の民家に侵入する。思い描いていたものはほとんど調達できたと言っていい。できる限り急いで工作を終わらせると、わたしは来たとき以上の速度であこちゃんのもとへ向かった。

 

 時間をかけたつもりはない。しかし、三叉路を曲がった先は普段から交通量が少なかったのか、道が伽藍と空いている。あこちゃんがそこまで誘導を終えていれば、追い詰められている可能性があった。

 

 わたしの危惧を現実にするかのように、すぐ近くの区画から破砕音が響き渡る。弓なりに沿っている道路を進むと視界が開けた。わたしの視線の先でドラゴンカーシャークがマンションとビルの境い目に体当たりを敢行している。コンクリート壁の一部が瓦礫となって歩道に頃がり、車のバンパーはひしゃげていた。

 

 がこん、と音がすると、ドラゴンカーシャークはバンパーを取り外した。するとたちまち、新たなバンパーが生えてくる。付属部品の着脱よりも容易に。サメの歯が生え変わるような光景だった。

 

 ドラゴンカーシャークが口を開く。風に乗って、かすかな刺激臭が鼻腔を刺す。刺激臭の正体はガソリンだ。長らく嗅いでいなかった文明の匂い。わたしは蒸気二輪(スチーム・バイク)を加速させる。高まる蒸気圧を耳にしながら、わたしはバッグから防錆スプレーを手に取った。先ほど金物屋から拝借した内の一本だ。

 

 ギリギリまで近づいて、わたしはスプレー缶を投げつける。遠投は苦手だ。〈大崩落〉から多少なりとも体力はついたと思っている。けれど普段使っていない筋肉を瞬間的に酷使したことにより、二の腕には痺れのような嫌な痛みが残った。その甲斐あって、スプレー缶はくるくると回転しながらよく飛んだ。

 

 ちろり、と舌先のように炎が垣間見えた瞬間、熱気に炙られたスプレー缶がドラゴンカーシャークの口先で破裂する。次いで、金属が擦れる耳障りな音が響いた。好意的に、傷ついたサメの悲鳴と捉えることにする。

 

 すぐさま、わたしは蒸気二輪(スチーム・バイク)を反転させる。金属が擦れ合う音に混じって、懐かしきガソリンエンジンの駆動音が唸っている。サメの視線がわたしを刺し貫いている。あこちゃんよりもわたしにヘイトが集まったと確信した瞬間、わたしは全速力で来た道を引き返す。けれど即座に、蒸気機関の嘶きは内燃機関の咆哮に掻き消された。

 

 始動のスムーズさはスチームエンジンよりもガソリンエンジンの方が優れている。それは歴史が証明してしまっている。蒸気圧を高めた状態でなければ、すぐに追いつかれていただろう。

 

 逃げる距離はわずかでいい。先ほど物色した金物屋がある角を曲がる。身体を傾け、目と鼻の先を卸し金のようなアスファルトが流れていく。減速はほとんどしなかった。

 

 背後からはブレーキによって生じる甲高い摩擦音が聞こえてくる。後方を確認する余裕はないが、わたしの急カーブに対応するためドリフトしたのだと当たりを付けた。次いで、パンパンとタイヤの破裂音がした。

 

 即席のスパイクストリップが功を奏した。黒く塗装した板の上に接着剤で釘を貼り付けただけの代物だが、カーチェイスの嫌がらせには最適だ。ドラゴンカーシャークがどのように神経を通わしているのかは知らないが、突然タイヤがパンクすればコントロール不能になるのは必至。

 

 ギャリギャリと異音を発しながら、ドラゴンカーシャークは民家の中へ突っ込んだ。

 

 わたしは蒸気二輪(スチーム・バイク)を急停止させ、地面へ身を投げる。アスファルトに身体を叩きつけるような愚行だが、この痛みは堪えるしかない。地面にうつ伏せになったわたしは顎から力を抜いて口を開け、両手を広げて両耳と両目を塞ぐ。対爆防御姿勢だ。

 

 直後、民家が吹き飛んだ。

 

 轟音とともに、爆風がわたしの周囲を嬲っていく。かろうじて残っていた窓ガラスは砕け散り、民家にあった家具の残骸があちらこちらに飛んでいく。そして地響きを伴った振動がわたしの全身を駆け巡る。巨大な質量を持った物体が、道路をバウンドしているようだ。

 

 静かになるのを少しだけ待つ。人が居ない世界では、静寂は雄弁に存在を主張する。何も動く気配が無いことを確認し、わたしは物陰へ身を隠した。遮光対策は万全だが、いつまでも光の中に留まりたくはない。

 

 ドラゴンカーシャークを確認すると、タイヤではなくボンネットが接地していた。ワゴン車サイズの車がひっくり返っている。それだけの爆発をわたしが起こしたのだと思っても、いまいち実感が湧かなかった。

 

「死んだ、かな……? まだ生きてる、のかな……?」

 

 一先ず安全は確保できた。ドラゴンカーシャークは沈黙している。

 

 機械生命体とでも呼べばいいのだろうか。何をもってドラゴンカーシャークを無力化したと判断すればいいのだろう。わたしが石の下に隠れる虫のように物陰でじっとしていると、タタタタッと軽快な足音が聞こえてきた。

 

 あこちゃんだ。

 

 あこちゃんはわたしが見ている前で軽やかに地面を蹴り、車体の底面へ長刃の蒸気鎖鋸(チェーンソー)を突きいれた。超硬刃加工がされた刃は容易くドラゴンカーシャークを引き裂く。

 

 殺し方がわからないなら(バラ)せばいいという至極単純な解。なるほど手っ取り早いとわたしは膝を打った。わたしは物陰から飛び出して、あこちゃんのもとに駆け寄る。

 

「あこちゃん、怪我してない? 外套も破れたりしてない? ちょっとくるっと回ってみて」

 

「りんりん! さっきのどうやったの!? 時間なかったのにドーンって! あこちょーびっくりしたよ!」

 

「あれは、あらかじめ錆び止めのスプレーを置いておいただけだよ……そこの金物屋さんで箱詰めされてたからちょうどいいやって……消臭スプレーが二〇〇本あれば、ビル一つ吹き飛ぶことは知ってたから……」

 

「すごいすごい! その場にあるものだけで敵を倒しちゃうのってすっごい特殊部隊っぽい!」

 

 話しながらも、わたしたちはお互いの衣服を丹念に確認する。さながらダイビングのバディチェックのよう。チェックを怠ったとき、相棒に死なれてしまうのはどちらも同じだ。あこちゃんに怪我がないことを確認し終え、ようやくわたしは人心地ついた。あこちゃんもまた安堵の息を吐いている。互いの無事を確かめたわたしたちは、どちらともなく笑い出した。

 

 生きててよかった。あこちゃんも。わたしも。

 

「ちょっと待ってて」

 

 あこちゃんはそう言うと、ドラゴンカーシャークの解体に取り掛かった。大きく三つの塊に分けたところで「もういいかな」とあこちゃんは作業をやめた。

 

「さすがにここまでやっちゃったら、警邏隊の人も様子見には来るだろうし……属性持ちのサメを倒したことは、居住区の誰かに黒服さんへ伝言を頼めばいいかな……あ、でも警戒態勢はすぐに解除した方がいいのか……」

 

「グループチャットで一斉にメッセ送れれば楽なのにね」

 

「うん……そう思う。とりあえず、居住区に行こっか」

 

 そして、属性持ちのサメを討伐したという吉報を持ち寄ったわたしたちを待ち受けていたのは、新人スタッフさんが黒服さんに連行されたという凶報だった。

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