【完結】サメ映画をご存じない!?   作:Wolke

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XX13 ある日コンクリートジャングルの中クマさんに出遭った

 わたしたちが都庁の外へ出るのと、地震のような揺動が足元で起こったのはほとんど同時だった。下からの突き上げるような強い衝撃。わたしは地下で小さくはない爆発があったことを察した。

 

 好都合だ。逃げるならこれ以上ないシチュエーション。

 

 位置的に一番逃げやすいのは、このまま西に向かい山梨や長野方面へ抜けていく道だ。甲州街道を走っていけば、容易く東京から脱出できるだろう。けれど、海なし県へ行くということは、新人スタッフさんの最期の言葉に反してしまう。

 

 蒸気二輪(スチーム・バイク)をいつでも発進できるように準備しながら、わたしは進路を決めかねていた。

 

 自嘲が浮かぶ。まさか今更進路に迷うことになるなんて。懐かしい字面に、ほろ苦い気分になる。悩みの種が進学先ではなく、あこちゃんとの逃避行先なのだから、本当に世も末だ。

 

 わたしは包み隠さず、この悩みと判断材料をあこちゃんと共有した。海か山。どちらに進むべきか。あこちゃんは「夏休みの計画みたい」と仄かに笑った。「たしかにね」とわたしも笑った。

 

 まるで高校生に戻ったよう。

 

 いけない。そう思う。時間が無いのに、思考が定まらない。親しい人がわたしの腕の中で死に行く感触が蘇る。生前彼女が浮かべていた気の抜ける笑顔が頭から離れない。CiRCLEに通っていた輝かしい日々。華やかな楽しい想い出。心が、あの頃に戻りたがっている。死体を見ても動じない心の防壁に亀裂が入る。一年かけて築き上げたものが、揺らぎ、崩れてしまいそう。

 

 ダメだ。それじゃあダメなのに。こんなことじゃあ、わたしはあこちゃんを守れない───

 

「スタッフさんを信じよう」

 

 力強く、あこちゃんは言い切った。わたしは目を瞬いてあこちゃんを見やる。

 

「海はサメのテリトリーだけど、心配しないで! サメ相手なら、あこがりんりんを守ってみせるもん!」

 

「うん……あこちゃんが守ってくれるなら、安心だね」

 

 大丈夫。落ち着いて。あこちゃんはわたしに一方的に守られてるだけの、弱い女の子なんかじゃない。わたしはあこちゃんを支えてきた。そして同じくらい支えられてきた。

 

 大丈夫。ふたりだからこそ、わたしたちは大丈夫。何度も自分に言い聞かせる。

 

「それにひなちんが生きてるなら、きっと紗夜さんだって生きてるよ! それにパスパレのみんなだって……っ」

 

「そうだね。本当にそうなら、最高だよ」

 

 久しく聞いていなかった名前に、あこちゃんは少しだけ涙ぐんでいた。

 

「スタッフさんを信じよう。海へ行って、日菜さんを探そう」

 

 わたしの言葉にあこちゃんは頷いた。わたしはアイドリング状態だった蒸気二輪(スチーム・バイク)を発進させようとする。

 

 まさにその瞬間───

 

 都庁の上階から何かが壊れる音がして、わたしたちの目前に人間大の何かが着地した。着地と言うよりも着弾と言った方が相応しい荒々しさ。轟音とともに舗装された地面が弾け飛び、ソレは全身から蒸気を吹き出す。

 

 月明りが、ソレの正体を露にする。身の丈は三メートルに届くかもしれない。どことなく丸っこいフォルムに、ピンクの塗装が成されたソレは───

 

「…………ミッシェル?」

 

 あこちゃんが呟いた。ミッシェルの右マニピュレーターがこちらを向く。途端、ぞっとするような寒気に襲われ、知らずわたしは叫んでいた。

 

「飛ばすよ!」

 

「出してりんりん!」

 

 奇しくも、わたしとあこちゃんの声が重なる。急発進した直後、わたしたちの居た場所が爆ぜた。爆風に煽られながら、転倒を避けるためわたしはハンドルにしがみつく。

 

「う、撃ってきた! ヤバいよりんりん! 普通の銃じゃなくて、あれ、あれあれ! ───グレラン!」

 

 あこちゃんの言葉に、自分がFPSゲームの的になったことを悟る。先ほど地下で起こった爆発は、どうやら、想像以上のダメージを与えてしまったようだ。〈弦巻〉の本気の殺意を感じる。

 

 慈悲を排した処刑人がわたしたちに迫る。

 

 みんなに愛される着ぐるみではなく、蒸気と鋼鉄をまとい反逆者を粛正する強化外骨格(パワードスーツ)。呼称するならば、あれは───

 

「───蒸気熊(スチーム・ミッシェル)

 

 一体何と戦争するつもりなのか。明らかに〈大崩落〉前の最先端を維持している。武器弾薬は防衛省や自衛隊基地から拝借してきたのだろうが、そんなものに狙われるとは絶体絶命にもほどがある。

 

 藪を突いて熊を出してしまった以上、全力で逃げるしかない。

 

 都民広場と駐車場を突っ切り、わたしは都営大江戸線都庁前駅A2出入口に蒸気二輪(スチーム・バイク)ごと突っ込んだ。階段は気にしない。オフロードタイヤは階段を下る小刻みな衝撃に耐えきった。ある程度進んだところで、わたしは蒸気二輪(スチーム・バイク)を停止させた。

 

 落ち着いて。わたしはどっちへ進めばいい───?

 

「り、りんりん! こんな近くで止まってたら黒服さんたち追いついちゃうよ!?」

 

「わかってる。わかってるけど───ド忘れしちゃった。ねぇあこちゃん、海ってどこだっけ?」

 

「えっ!? えーっと、えーっと───お台場! ビッグサイト!」

 

「あー。なるほど……」

 

 頭の中の路線図を開く。利用するのはりんかい線。あるいはゆりかもめ。都営大江戸線からの乗り換えを考えるなら───

 

「汐留駅……っ!」

 

 一番ホームに向かって走り出す。改札を越え、ホームドアを破り、線路上へ飛び出した。そのまま代々木駅方面へ向けて蒸気二輪(スチーム・バイク)を走らせる。

 

 線路上には停車したままの地下鉄車両が放置されている。本来ならば、それらはただの障害物だ。線路部分の空間を占める車両があっては前へ進むことなどできはしない。けれど、地下鉄という日光を気にせずに長距離を移動できるルートは、すでに先駆者によって開拓されている。

 

 前方に放置されている車両が見えた。車両の正面、その中央部分は切り取られ、バイク一台分の入り口が作られている。車高をなくすためのスロープまでつけられて。

 

 やや減速しつつ、わたしたちは地下鉄車両の中を走る。他路線と比べて幅が狭いと言われる大江戸線だが、走行の邪魔になるものはすべて取り除かれていた。運転室の操作盤は撤去され、車両の連結部ですら強引に押し広げられている。

 

 開拓者たちに感謝しつつ、わたしは蒸気二輪(スチーム・バイク)を走らせ続けた。

 

 そして、駅の表示案内がついに汐留を指す。

 

 蒸気二輪(スチーム・バイク)をホームの真下で停める。蒸気が吹き出す。さすがに、これをホームの上に持ち上げる術はない。ほんの数ヶ月しか乗り回さなかったが、捨て置くと思うととても惜しい。この子に救われた場面も多々あった。

 

「今までありがとう」

 

 あこちゃんが座席シートを撫でる。蒸気が空気に溶けるまでの数秒間、わたしは蒸気二輪(スチーム・バイク)のハンドルから手を離せなかった。

 

「行こう。あこちゃん」

 

 わたしは座席の上に立ち上がり、ホームに登る。ホームドアを乗り越えて、あこちゃんとともに駅構内をひた走る。

 

 駅周辺地図の前で一度立ち止まり、瓦斯角燈(ガスランタン)に火を灯す。ここから海に近い観光地は浜離宮であることを確認する。そして浜離宮に行くためには東口から出ればいい。構内の案内を確認するため、角燈の火は点けたままだ。あこちゃんは目が明順応することを避けているのか、片目を抑えながら走っている。わたしも片目を瞑りながら足を動かした。

 

 東口から外へ出る。

 

 わたしはその場にへたり込みながら、用済みとなった瓦斯角燈(ガスランタン)を片付ける。

 

「りんりん。ちょっと休憩しよ。ずっと走ってたし、つらいよね?」

 

「───大丈夫。水辺までは、直線で、二〇〇メートルもないよ……歩きながら、移動しよ……」

 

 軽い運動を終えたあとのような雰囲気を醸すあこちゃんとは対照的に、わたしはもう息も絶え絶えといった有り様で返事をする。わたしに気を遣っているのか、あこちゃんはゆっくりとしたペースで歩いてくれる。

 

「ここは、隅田川と東京湾の境い目のようなところだから、まだ海とは言えないかな……。黒服さんたちと十分距離を取ったと思うけど、海沿いを隠れながら移動しよう」

 

「わかった。海に近い場所を探してれば、そのうちひなちんに会えるんだよね?」

 

「うん。スタッフさんは、そう言ってた」

 

 わたしたちは一先ず浜離宮へ向けて最短距離を直進する。どうせ人は居ないのだから、ビルの敷地を横切り、車通りの無い道路を横断する。道路にある中央分離帯の柵を乗り越え、道路を渡り終えると、浜離宮を囲う水堀があった。

 

「これも、海と言えば海、かな……」

 

「そうなの?」

 

「うん。駅の地図だと、海と繋がってたから」

 

 浜離宮の入り口まで来てみたものの、これからどうするべきなのだろう。海沿いを探すと言っても、ざっくり北上と南下の二通りを選ばなければならない。それにもうそろそろ日の出の時間だ。身を休める場所を探した方がよい。

 

「あれ? 何か聞こえない?」

 

 あこちゃんが言った。わたしが聞き返す前に、わたしたちの正面に眩い照明が二つ現れた。

 

 ───トラックのヘッドライトだ。

 

 大型のトラックが、乗り捨てられた乗用車を蹴散らしながら、猛スピードで近づいてくる。

 

 咄嗟にあこちゃんと踵を返し、逃げようとした。けれど振り返った先では、高架道路から蒸気熊(スチーム・ミッシェル)が跳び下りてきたところだった。

 

 ───挟まれた。

 

「りんりんこっち!」

 

 あこちゃんに手を引かれ、わたしは浜離宮恩賜庭園へ侵入した。背後からは連続した銃声が轟く。かつて慣れ親しんだ打鍵音をずっと重くしたかのよう。視界の隅ではトラックのハッチが開き、二機目の蒸気熊(スチーム・ミッシェル)が立ち上がっている。

 

 酸性雨によって枯れ果てた植物の名残を踏みしめ、わたしたちは庭園の奥へと逃げる。闇に紛れ、遮蔽物を探す。咄嗟に逃げ込める場所がここしかなかったとはいえ、ここは不味い。

 

「あこちゃ、ここ、水堀に、囲われてるの。逃げ道が、無いっ!」

 

 わたしたちはなだらかな丘の陰に滑り込んだ。一際大きく息を吸うと、わたしの口からまとまっていない思考が漏れ出した。

 

「おかしい。いくらなんでも、早すぎる。〈弦巻〉は蒸気熊(スチーム・ミッシェル)を、量産して、各所に配置してる……? いやそもそも、なんで、わたしたちの居場所が……」

 

「やっぱり撃ってきたよりんりん! バババババババって! マシンガン!? 知らないけど! ていうかなんであんな軍隊みたいな装備してるの!?」

 

蒸気二輪(スチーム・バイク)は乗り捨てた。だから汐留駅周辺に居るのはバレる。けど発見からの行動が早すぎる。発見の報告をするのは、同じ時間をかけて都庁前まで戻らなきゃいけない。携帯がある時代じゃないんだから……」

 

「ていうかあんなの日本のどこにあったの!? 福岡!? あっ違う! 自衛隊だよね! えっ、じゃあ〈弦巻〉って自衛隊取り込んだってこと!? それもう軍隊じゃん!!」

 

「そう……軍隊……火器の出処はたぶん自衛隊。練度の高い本職が、たぶん黒服さんの中に混じってる。それに軍の設備を丸々利用できるなら───対EMPシールド!」

 

「EMP?」

 

「そう。電磁パルス攻撃対策。世界中の電子機器が壊れたのはガンマ線バーストシャークが地球全土に電磁パルスを振りまいたから。けど、それ以前から電磁パルス攻撃の対策は取られてたの。自衛隊や政府機関にはまだ生きてる電子機器がある。蒸気熊(スチーム・ミッシェル)を作れるんだから、小型通信機器の発電機くらい用意できても不思議じゃない。……電子機器はショートしてて当然だし、仮に使えたとしても発電所が全部死んでるんだから、使えないことに変わりないって思い込んでた……」

 

「だからあこたちを見つけるのがこんなにも早かったんだ。人に十九世紀くらいの縛りプレイやらせといて、自分たちは二十一世紀の最新式使うなんてズルい! チートだよチート! 垢BANモノだよ! それにあんな武装、居住区の近くじゃ誰も使ってなかったし、最初から海沿いに配置されてたりするのかな……?」

 

「うん。ありえると思う。リアルタイムで連携が取れるなら、あらかじめ近くに居る人を動かして包囲網を敷くなんて簡単だろうね」

 

 そしてわたしたちは袋の鼠だ。海辺が彼らの警戒区域なら、自ら敵陣に飛び込んでしまったとも言える。危険に身を晒してまで、「日菜に会え」とはどういうこと? 新人スタッフさんの真意をここに来て量りかねた。

 

 包囲網が狭まる音がする。政府機関や自衛隊を取り込んだなら、〈弦巻〉こそがいまの国家だ。わたしたちは〈弦巻〉に弓を引いた。つまり、国家の敵だ。テロリズムに走るような主義主張は無いけれど、いつの間にかテロリスト扱いされている。

 

 それにしても、小娘二人を殺すにしては大仰しすぎやしないだろうか?

 

 彼らは一体何を警戒しているのか。腑に落ちない点はあるが、細かいところまで考えている時間は無い。向こうの殺意は本物で、装備も〈大崩落〉前の最新式だろう。埒外の強化外骨格(パワードスーツ)が二機。暗視ゴーグルを装着した普通の兵隊だっているはずだ。

 

 対してわたしたちが持つ武器と呼べるものは、あこちゃんの蒸気鎖鋸(チェーンソー)くらいだ。そして浜離宮の数少ない出入り口は閉鎖されているに違いなく、逃げ道が無い。

 

 誓った。約束した。

 

 わたしはあこちゃんと、穏やかに、幸せに暮らすんだ。

 

 どうすればいい? どうすれば切り抜けられる? 震える手であこちゃんの手を握る。このままだと、わたしは殺されるだろう。わたしの目の前で、あこちゃんが殺されてしまう。

 

 徐々に空が白んできた。薄闇に影がぼうと浮かび上がる。薄闇を切り裂いて、マズルフラッシュがわたしの目を焼く。近くの砂礫が弾け、わたしたちに土をかける。身を竦めながらわたしたちはさらに奥へと駆け出した。追い立てられる兎のように。最早比喩ではない。わたしたちは狩られる寸前の獲物だ。

 

 逆転の目も、命乞いのセリフすら思い浮かばず、わたしたちは浜離宮の外縁部まで追い詰められた。背後は海。正面にはわたしたちを狙う銃口が、いくつもこちらを向いている。彼我の距離はたった二〇メートル。走って五秒足らずの距離は、彼岸と此岸ほどに開いている。

 

 銃口が火を吹いた。あこちゃんの短い悲鳴とともに蒸気鎖鋸(チェーンソー)が弾け飛ぶ。あこちゃんが悲鳴を上げた瞬間に、わたしは彼女の前に身を躍らせていた。わたしたちの命を刈り取る眼差しに背中を向け、あこちゃんを庇い抱き締める。

 

 驟雨が地を穿つような連弾と、曲の印象を引き締めるシンバルのような大きなサウンドがわたしを打ちのめした。

 

 唐突な浮遊感。わたしの薄い身体では銃弾を止めることなどできるはずもなく、夥しい量の血があこちゃんからも流れていた。けれど、千切れなかった両腕で、最後まであこちゃんを抱き続けたのは、わたしにしては大した気合だろう。

 

 わたしたちは海へ落ちる。わたしの覚悟など藻屑と変わらないとばかりに、波がすべてを呑み込んだ。

 

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