【完結】サメ映画をご存じない!?   作:Wolke

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XX14 あ、あー。おれ、サメになっちゃったよー

 海。

 

 地上から見渡せる中で、最も色濃く死が満ちている場所。

 

 ガンマ線バーストシャークが撒き散らした放射線は当然海にも降り注いだ。厚い岩盤すら貫通するミュー粒子が海水程度で減衰するはずもなく、海中に生息するあらゆる生物の命を奪った。

 

 海面には大小様々な魚類の死骸、鯨など大型哺乳類の死骸、海上を飛んでいた鳥類の死骸、漁業や海遊に出ていた人間の死骸、あらゆる生物の死が積み重なっていた。

 

 またオゾン層が破壊されたことにより、紫外線の減衰がなくなった。強力な紫外線は海面付近の植物プランクトンや動物プランクトンを根絶やしにし、それらの死骸が赤潮や青潮となって海を覆う。

 

 生命の揺り籠とも言える海は、あらゆる生命の墓場と化していた。

 

 そして〈弦巻〉の手にかかり、水葬されてしまったわたしは、それが本当に海の表層でしか起こっていなかったことを知る。

 

 陽光が力を失う海底では、相変わらず多種多様な生物が生息していた。〈大崩落〉前から変わらぬ生命のサイクルが、破綻することなく連綿と続いている。今ではわたしも、そのサイクルの一部に取り込まれていた。

 

 白金燐子は生きている。

 

 宇田川あこも生きている。

 

 壁面が剥き出しの岩のような一室にわたしは居る。海底で目覚めたときは、なぜ生きているのか不思議でしかたなかった。けれど目に飛び込んできた我が身の変わり果てた姿は、いかなる説明よりも雄弁にわたしに納得をもたらした。

 

 一糸まとわぬわたしの身体に、肌色の皮膚はすでに無い。青白いざらざらとした鱗がわたしの全身を覆っていた。頭髪をはじめとした体毛は抜け落ちて、頭頂から足裏に至るまでどこを触っても瘡蓋のような感触がある。手足の指の間には水かきがあった。噛み合わせたときの歯の感触が著しく変わっており、手で触れるとギザ歯と呼称される鋭く尖った歯が並んでいる。

 

 まじまじと観察していると、自分が瞬きをしていないことに気づく。目蓋は薄い皮膜に変わり、目の乾燥を防ぐ理由がなくなっているのだと思い至った。

 

 最も違和感があるのは、息を吸うという感覚だろう。肺が膨らむ感覚も、空気が鼻腔を通り抜ける感触もない。わたしの意思とは関係なく、自動的に鼻から水が吸い込まれ、首筋にある鰓のような部位から水が吐き出される。

 

 わたしは人間でなくなってしまっていた。

 

 半人半魚とでもいうべき存在に成り果てることで、わたしは死地から生還した。

 

 変わり果てたことに恐怖はない。混乱もない。自棄になるなんて以ての外。ただ純然たる事実として、わたしは現状を受け入れていた。

 

 そしてわたしのような存在は、フカきものども(シャーク・ワンズ)と呼ばれている。

 

 呼んでいるのは彼女たち。

 

「大体傷は治ったっぽいねー。もうこの身体にも慣れたかな?」

 

 空気ではなく、水を伝播する声がわたしの耳朶を揺さぶった。

 

 クラゲのような生命体が、キラキラと発光し、部屋の中を照らしている。その光は、目前の彼女に衝突すると翡翠色に煌めいた。彼女はすでに人体から逸脱している。わたしと同じ半人半魚の肉体。ただ、背ビレがついていたり、尻尾が生えていたりと細部が少々異なっている。

 

 目前のフカきもの(シャーク・ワン)が浮かべる笑顔には、かつてCiRCLEで見た名残があった。

 

 彼女の名を───氷川日菜という。

 

〈弦巻〉に追われたわたしたちが、最後に探し出そうとした人物。新人スタッフが言い残した「海へ行け」という言葉は、海辺の町を探せという意味ではなく、言葉通りそのままの意味だったのだ。

 

「スタッフちゃんから聞いてたけど、久々にふたりの顔を見たときはるんってきたなぁ。海底だと変化なんてないし、退屈すぎるんだよね。あーあ。スタッフちゃんもさっさと海に逃げればよかったのに」

 

 すでに、日菜さんは新人スタッフさんの訃報を知っているようだった。

 

「あの、彼女は一体、何者だったんでしょうか?」

 

「んー? あたしも詳しくは聞いてないんだけど、元々ここがスタッフちゃんの実家の、なんていうか、本家? みたいなものらしいよ。なんてったっけなー……あっ! そうそう! 〈ダゴン秘密教団〉とか言ってたっけ」

 

 ガンマ線バーストシャークが来たとき、スタッフちゃんとお喋りしてたのが、あたしの唯一のラッキーだったね、と日菜さんは嘯いた。

 

 わたしは気怠そうな雰囲気をまとって、気の抜ける笑みを浮かべた新人スタッフさんを思い返していた。いつだったか、彼女が話をはぐらかすために口にしていた女スパイという言葉。あれは嘘でも、冗談でもなく、真実だった。

 

 そしてフカきものども(シャーク・ワンズ)の存在を、〈弦巻〉は察知していたのだろう。蒸気熊(スチーム・ミッシェル)のような過剰な武器はフカきものども(シャーク・ワンズ)との戦争を見据えていたに違いない。

 

 スパイ活動が明るみになった結果、彼女は薬物を使った洗脳を受け、生贄にされたのだろう。新人スタッフさんと懇意にしていたわたしとあこちゃんが、図らずも都庁地下施設を爆破してしまったことにより、抹殺対象に加わった。

 

 我が身に降りかかってきた災厄の元凶を、わたしは察した。

 

 新人スタッフさんの言葉を無視していれば、わたしはあこちゃんとまだ〈弦巻〉の庇護下で安穏と暮らすことができただろう。けれど、そのもしもを辿らなかったことに、わたしは深い安堵を覚えていた。

 

 今は反逆者を生贄にしているが、いずれ意志の統一が図られるだろう。そうなれば、次の生贄は反逆者から貢献度が低い弱者へと移る。弱者が減れば、その時々で選定基準を変えることは想像に難くない。

 

 大義名分を変え、生贄を見い出そうとする組織に、わたしとあこちゃんが求めるものはない。やがてサメのような怪物になることは目に見えている。

 

 わたしの知る限り、地上にハロハピの曲が流れたことは一度としてない。つまりは、そういうことだ。

 

〈弦巻〉と袂を分かったことに、わたしは欠片も後悔をしていなかった。

 

 つまり目下の問題は、日菜さんをはじめとしたフカきものども(シャーク・ワンズ)が、一体何を考え、何をしようとしているか。

 

「あっ! りんりん! もう動いて大丈夫なの!?」

 

 ひょっこりと、あこちゃんが部屋の外から顔を覗かせた。ほぼほぼこの部屋で眠りっ放しだったわたしとは対照的に、あこちゃんの回復は早く、すぐ動き回れるようになったらしい。わたしに意識があることもあったが、ほとんど夢半ばのような状態だったため、ちゃんと話をするのは今がはじめてとなる。

 

 あこちゃんも紫がかった鱗をまとい、フカきもの(シャーク・ワン)へと変じていた。にっこりと笑みを浮かべるあこちゃんの口元からは、可愛らしかった八重歯の代わりにより鋭い牙が覗く。すい、と泳いで、あこちゃんは距離を詰めてくる。間近に迫るあこちゃんに、わたしは目を伏せてしまった。

 

「りんりん? まだどこか痛い?」

 

 あこちゃんがわたしの肩を掴み、わたしの顔を覗き込む。

 

「だ、大丈夫……どこも痛くは、ないよ……」

 

「───ひょっとして、りんりんまだ殺されかけたこと気にしてる? まあ人間じゃなくなっちゃけど、そんなのちょっとしたことだよ。りんりんが居て、あこも居る。なんの問題もないよねっ!」

 

「うん……その通りだと、わたしも思うよ……この身体にも順応しきっちゃってるし……あこちゃんが居るなら、不満はない、かな……」

 

「じゃありんりん。なんでさっきからあこと目を合わせてくれないの?」

 

 ずい、とさらにあこちゃんは顔を近づけてくる。

 

「そのね……種族が変わったからって、やっぱり羽織るものくらいは身に着けておくべきだと思うの……」

 

 狼狽えながら、わたしは動揺の理由を口にした。人だった頃ならば、赤面どころか、耳や首筋まで真っ赤になっていたに違いない。

 

 ちらと様子を窺うと、あこちゃんはぱしぱしと目を瞬いていた。人の名残だ。感心する間もなく、わたしの目にはあこちゃんの華奢な肩が映る。ほっそりした鎖骨。控え目な小振りな乳房。少しだけ縦に長いおへそ。なよやかな腰つきから下腹部にかけて、すべてが見える。遮るものが何もない。

 

「でも海の中だと服って邪魔だよ。地上よりも資源がないから、水着だって無いし」

 

「それは、そうなんだけど、ね……」

 

「そもそもりんりんだって裸なんだから、お互い裸なら恥ずかしくないよっ」

 

 一緒に温泉に入っているようなものだと言われてしまえばそれまでだ。けれどあこちゃんの身体を見ることよりも、あこちゃんに身体を見られることの羞恥心がわたしの中で大きくなる。人の頃なら身体中が熱くなり、発汗が止まらなくなっていただろう。

 

 恥ずかしさのあまり、わたしは腕で局部を隠した。おっぱいがぐにゃりと潰れるのも構わず、あこちゃんから見える身体の表面積を小さくしようと、わたしは身体を縮こまらせた。

 

 この一年半近くであこちゃんの裸は幾度も見たし、わたしもあこちゃんに見られてきた。水浴びに使える安全な水だって限りがあったし、節約のため、数少ないお風呂に入れる機会は常にふたり一緒だった。なのに、なぜいまさら、心臓が痛いくらいにうるさくなるのだろう。

 

 わたしを見る、あこちゃんの目の色が変わる。あこちゃんはまるで生唾を呑むような動きをしたあと、ゆっくりとわたしに手を伸ばしてくる───

 

「あのさー、知り合いが盛ってるところ見ても全然るんってしないんだけど。あたしの用事終わらせたあと、あたしの居ないところでやってくんないかなー」

 

 飛び跳ねるように、わたしとあこちゃんは距離を取った。

 

「さ、さか、盛って……ッ!」

 

 盛ってなどいないと日菜さんに反論しようと試みたが、言うべき言葉が渋滞を起こして声にならない。

 

 呆れたように日菜さんは首を振った。

 

「人からサメになってすぐだからしょうがないとは思うけど、あんまり本能に忠実すぎないでよね。すぐに理性蒸発させて、ただのサメに成り下がるならわざわざ助けた意味なくなっちゃうし」

 

「た、助けた意味、ですか……?」

 

「そうだよ。あたしはふたりの命の恩人。断ったりはしないよね?」

 

 ぞっとするほど冷たい視線に、わたしの身体で燻っていた熱量などたちどころに消えてしまった。

 

「な、なにをさせる気、なんですか……?」

 

「あはは。別に身構える必要は無いよ。ただちょっと───」

 

 おねーちゃんを起こす手伝いが欲しいだけだからさ、と日菜さんは悲しげに頼みを吐露した。

 

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