【完結】サメ映画をご存じない!?   作:Wolke

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XX17 サメの根源はどこにあるのか?

「すごかったね! 大自然に呑まれたマチュピチュ! 結構時間経ってるのに、思ってたより綺麗に残ってたし、まさに古代遺跡って感じで迫力あった」

 

「そうだね。あの辺りはガンマ線バーストシャークの通り道近くだから、大勢が即死したことで逆に混乱が無かったんだと思うよ。さすがに無傷ってわけにはいかなかったみたいだけど……」

 

「そこがカッコよくない? こう、時間の流れを感じさせるっていうか───そう! 渋い!」

 

 マリアナ海溝の最深部でわたしはあこちゃんと談笑していた。その辺にある適当な岩石をクッションのように柔らかく変質させ、あこちゃんと海底に寝そべっている。よくわからないサメの力も日菜さんがほとんど解明してくれたおかげで、日常生活を少しだけ便利にするにはとても助かっている。

 

「次どこ行こっか? 水辺周辺の観光名所はほとんど行き着くしちゃったから、また陸を散策する? それともバミューダトライアングルにもう一回アタックしてみる?」

 

「アフリカの方はどうかな? あそこはまだ戦場になってないし、サバンナとかすごいことになってそう」

 

「たしかに。それはあこも見たいかなー」

 

 わたしはあこちゃんと話しながら、次の旅行計画を詰めていく。かつてないほどに穏やかな時間が流れている。とは言え、世界は今でも血生臭く、酸鼻を極めている。

 

 陸と海に別れた大戦はかれこれ三百年ほど続いていた。〈人類笑顔同盟(スマイリスト)〉とフカきものども(シャーク・ワンズ)の争いは現在進行形で行われている。留まるところも終わる兆しもまだまだ見えない。

 

 良いニュースがあるとすれば、地球の自然が回復したことくらいだろうか。もちろん世界中の海岸では死が溢れ、雑草一本、小魚一匹すら生息しない不毛の領域と化している。しかし戦火から離れた内陸や海原の真ん中では、雑多な生物が新たな生態系を形作っていた。

 

「オゾン層が直ってよかったぁ。やっといろんな生き物が見れるようになってきたもんね」

 

「酸性雨ももう降らなくなったしね……空気中に溢れてた二酸化窒素が酸性雨として地中に溶け込むことで、天然の窒素肥料になったし。植物が育つ地盤さえ整えば、あとは早かったね」

 

「海の中も、海面近くまでいろんな魚が泳ぐようになったし、泳いでいる魚も種類が増えたし。ごはんが増えるのはいいことだよ!」

 

 海の中でも、強力な紫外線によってプランクトンが死ななくなった。徐々にプランクトンを餌にする小魚が増え、さらに小魚を餌にする大型の魚が増えることにより、食物連鎖が復活した。

 

 街を歩けば死体が転がり、海一面に死骸が浮かぶ光景が失われたのだ。これは素直に喜ぶべきことだろう。その代わりに人とサメは三百年も時間をかけて、死体の山と血の海を築いたわけだが。

 

 この戦争は、一体どこまでエスカレートするのだろうか。新たな時代は世代の代謝が恐ろしく早い。次々と死んでいく生命を補充するため、〈人類笑顔同盟(スマイリスト)〉もフカきものども(シャーク・ワンズ)も生命の量産体制をとっている。

 

 いわゆるデザインソルジャー計画。人間をクローニングし、優秀な兵士となるよう遺伝子を改造する。懐かしき蒸気熊(スチーム・ミッシェル)も、今では効率良くフカきものども(シャーク・ワンズ)を殺すために人工知能を搭載しているほどだ。

 

 フカきものども(シャーク・ワンズ)も内情はさして変わらない。現在の同胞たちは徐々に人としての理性と知性を失った。実態はもうほとんどサメ同然だ。けれど効率良く人を食らうために、徒党を組み、狩りの知恵を磨く。

 

 最早倫理はない。相手を滅ぼすためなら何をやってもいい。〈人類笑顔同盟(スマイリスト)〉もフカきものども(シャーク・ワンズ)も、互いを打ち倒すべき宿敵と認識していた。

 

 かつて同じ種族だったことを覚えている者は一体どれだけ残っているのだろうか。フカきものども(シャーク・ワンズ)の古株はあらかた戦火に呑まれてしまった。母体となった〈ダゴン秘密教団〉を覚えているサメすらもういない。人類側も、あのころは長期的に記録を保持する考えなどなかった。ひょっとすると、歴史を追えるのはわたしとあこちゃんと日菜さんの三人しかいないのかもしれない。

 

 どこまでも残虐に、残酷に、ただ目の前の敵を屠ることだけに熱中する彼らを見ていると、その暴力性は人由来なのかサメ由来なのかわからなくなる。

 

「あ───」

 

「りんりん? どうしたの?」

 

「ううん、大したことじゃないよ……ただ、いまどこかで大量虐殺兵器が使われたなって」

 

「──────」

 

 あこちゃんは仰向けに寝転がり、耳を澄ますように目を閉じた。

 

「うーん、ダメ。あこにはわかんないや。ちょっと前までならあこの方が感覚鋭かったけど、もうりんりんには敵わないなぁ」

 

「そういう風に進化したからね……まだあこちゃんより鈍いようなら、わたしの立つ瀬がない、かな……」

 

 かつて日菜さんは言った。サメ因子によって安定した肉体を崩壊させ、再構築したのがフカきものども(わたしたち)だと。この考え方はフカきものども(シャーク・ワンズ)になることが終点ではなかった。まだ先がある。フカきもの(シャーク・ワン)の肉体を崩壊させ、さらなるサメへと進化できた。進化のプロセスを突き詰めていくと、あらゆる道がローマに通ずるように、一度はサメを介さなくてはならないというだけの話だ。

 

 あこちゃんはわたしをダイオウイカから助けるために、攻撃的な進化を果たした。わたしはそれを補うため、感知能力に特化する道を選んだ。三百年前の知識と照らし合わせると、わたしはハンマーヘッドシャークと同じ道筋を辿っている。

 

「サメエネルギー、だよね? りんりんが感じ取ってるの」

 

「細かく言うと活性化状態のサメ因子だけど……まあサメエネルギーを感知してるって言っても、間違いではないよ……」

 

「みんな簡単に使ってるけど、実はあこ、まだいまいちわかってないんだよね、サメエネルギー」

 

「そう? 原理的にはわたしたちが進化するのと同じだよ……? サメ因子が活性化することで物質が一度崩壊し、再構築される。その瞬間は膨大なエネルギーが生まれるから、物質が再構築する前にエネルギーだけを取り出して、別の用途に転用してる感じかな……」

 

 元々サメにはロレンチーニ器官というものが備わっていた。これは生体電流によって生じる磁場を知覚するための器官だ。ロレンチーニ器官は瓶の形をしており、ゼリー状の物質が詰まっている。瓶の底には知覚神経が通っており、その神経が磁場の変化を脳に伝えていると言われている。

 

 生体電流とはざっくり言ってしまえば、筋肉を動かす際に生じる電位差だ。移動するときはもちろん呼吸にも筋肉を使うため、餌となる魚が巧妙に隠れていたとしても、たちまち見つけて平らげてしまう。特にハンマーヘッドシャークはロレンチーニ器官を発達させたサメである。あの特徴的な頭部が餌を見つけ出すためのロレンチーニ器官なのだ。

 

 わたしはその器官を特化させた。感じ取るのは磁場の変化ではない。サメ因子の活性状態だ。副次的に発生するサメエネルギーの多寡も感じ取れる。

 

 マリアナ海溝の底部に居ながら、海面付近のいざこざを感知できた。地形が変わるような大規模な戦闘があったと見るのが妥当だろう。

 

 そして、ぐらりと地球が揺れた。

 

 海底の水が荒れ狂う。

 

「わっ」

 

 と、わたしが驚くと同時に、あこちゃんがわたしの上に覆い被さる。あこちゃんは身体から海底へ向けて剣を突き出すと、それをアンカー代わりに固定した。

 

 揺れが収まるまで十数秒ほど時間がかかった。

 

「───結構、長かったね」

 

 海流が落ち着くのを感じながら、わたしは口を開いた。

 

「うん。なんだか最近多いよね、地震。上の戦争も関係してるのかな?」

 

 剣を海を底から引き抜きながら、あこちゃんが言う。

 

「最近の地震って、揺れる瞬間にものすごく強いサメエネルギーを感じるの。ひょっとすると、どっちかが人為的に地震を発生させる装置を開発してたりするんじゃないかな……?」

 

「あー。サメエネルギー自体は原理が分かれば誰でも使えるから最近は〈人類笑顔同盟(スマイリスト)〉も使い始めたんだっけ?」

 

「おかげで定期的に核爆弾みたいな兵器をぽんぽん撃ち合うから、ちょっとした島国とか半島はもう残ってないところが多いと思うよ……」

 

「あーあ。あこたちの観光地がなくなっちゃったね」

 

「うん。タイミングさえ合えば、次は日菜さんと紗夜さんも誘いたいけど……陸地が無くなってないといいなぁ……」

 

 サメエネルギーの抽出に成功した辺りで、日菜さんは紗夜さんを完全なフカきもの(シャーク・ワン)に変生させた。そしてついに紗夜さんを目覚めさせることに成功したのだ。

 

 ただ、紗夜さんのサメ抑制因子はよほど強いのか、彼女は少し活動するだけですぐ休眠に入ってしまう。次目覚めるときは前回よりも多くのサメエネルギーを必要とするため、日菜さんはエネルギーの確保や抽出の効率化に奔走している。

 

 そこまで専門的な話になってくると、わたしたちに手伝えることはほとんどない。たまに日菜さんの気晴らしに付き合うのが精々だ。

 

「あ。また揺れそう」

 

 あこちゃんと話している間にも、わたしは海底からサメエネルギーが立ち上ってくるのを察知した。それを聞いたあこちゃんは、すぐさま先ほどと同じように、わたしごと身体を固定する。

 

 ほどなくして、またしても大きな地震がわたしたちを襲った。海そのものが撹拌され、巨大な津波が引き起こされる。今度は収まるまで時間がかかった。

 

「……りんりん? もう大丈夫そう?」

 

「──────」

 

「りんりん?」

 

「……なんだろう? 地盤の下にすごく活性してるサメ因子がある……」

 

「新しいサメが生まれたのかな? 地震もそいつが引き起こしてたり?」

 

「する、かもしれない……わたしたちって結構強い部類になったけど、なんか、下のは桁が違う……」

 

 わたしは久しぶりにひしひしとした緊迫感を味わっていた。一個人では太刀打ちできないような、巨大な暴威が迫る感覚。嵐がやってきたときは、嵐が過ぎ去るのを待つしかない。それと似た感覚を久方ぶりに感じている。

 

 再び、強大なサメエネルギー反応がわたしの全身を駆け巡った。

 

「あこちゃん! もっと深く根を張って!」

 

 咄嗟に叫んでいた。あこちゃんのサメ因子が活性化するのを肌で感じる。

 

 その直後、わたしたちのすぐ間近で断層が起こった。地層そのものが隆起し、わたしたちが寝そべっている岩盤が捲り上がる。これまでとは比較にならないほどの乱流がわたしたちを打ちのめす。流されまいと、わたしは必死にあこちゃんにしがみついた。あこちゃんもまた、蟻の巣のように広く深く剣を岩盤へ打ち込んでいる。

 

 わたしたちがいるのとは反対方向のプレートが一部吹き飛んだ。圧倒的と言っていい質量がゴムボールのように跳ね回る。その度に海水は撹拌され、死を伴った津波が四方八方から混ぜ返される。

 

「──────っ!」

 

 あこちゃんの声にならない悲鳴が聞こえる。再び突き上がるような衝撃がわたしたちを襲う。わたしたちが根を張る岩盤が、大元の岩盤から剥がれ飛びかけたのを堪えきった衝撃だった。わたしの知覚器官が正しく状況を認識しようとも、それを処理するだけの余裕がわたしには無い。

 

 あこちゃんの限界も近い。どうにかしなければ二人とも死んでしまうが、スケールが違いすぎて打開策が思い浮かばない。蒸気機関の強化外骨格(パワードスーツ)や太古から恐れられた巨大な深海生物など、この驚異と比べれば児戯に等しい。

 

 震源ではいくつもの海流がぶつかり合っている。そのひとつひとつが数十万の命を奪うのに十分すぎる威力を秘めている。あこちゃんが耐え抜いているのは奇跡に近い。そして、奇跡は続かない。

 

 そのとき、わたしは見た。正確な視覚情報ではない。進化したロレンチーニ器官が捉えたイメージ図のようなもの。それが頭に浮かんだ。

 

 隆起した断層の狭間から、巨大な瞳が天を仰いでいる───

 

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