「サメ映画? ごめんなさい。よく知らないのだけど、どういう映画なの?」
「『ジョーズ』のようなものでしょうか? ジャンルとしてはパニックホラーで合っていますか?」
らしいというか、さすがというか。友希那さんと氷川さんはそれぞれの知識の欠落を埋めるために言葉を連ねる。知らないことをそのままにしておかないそのスタンスは、やはり同年代の中でも輝かしいものを持っていると思う。
「はい……。概ね……その認識で合っています」
彼女たちの知識を充足させるために、わたしは慣れない注釈を付け加えていく。
「
「でも怖くはないよね。アメリカの作品だからかな? ホラーって感じじゃなくて、なんていうか、ドーン! バーン! って感じ? あこも観てて身体がビクってしちゃうことはあるけど、怖い? って聞かれると微妙だよね」
「そうだね、あこちゃん。『リング』とか『呪怨』みたいなよくわからないものが音もなく忍び寄って来るものじゃなくて、相手がはっきりとサメってわかってるからその辺りの恐怖感は無いよね」
わたしたちがそこまで言うと、友希那さんも氷川さんもおおよそのイメージはついたらしい。簡単にまとめれば、モンスターから逃げながら戦う系の作品なので、類似する作品はいくらでもある。過去に観た何かしらの映画を連想したのだろう。
漠然とこれからわたしたちが観る映画に関して、共通の認識を深めていると、今井さんがおずおずと口を開いた。
「すっごく滑らかに喋る燐子にちょっとびっくりしてるけど、二人とも、なんで突然そんなニッチな映画にハマってるの?」
「いま流行ってるよ、サメ映画」
「流行ってるの!?」
「うん。あこたちもネトゲ友だちからオススメされて観始めたし」
「NFO───というかネットの界隈では空前のサメブームが到来してますから……」
信じられないというか、信じたくないというか、とてつもなく理解しかねるといった表情を今井さんは浮かべている。
その気持ちはわからなくはないが、わたしもあこちゃんもサメ映画を面白いと思っているし、面白いものは安易に共有していくスタンスを崩すつもりはない。なので何が何でも三人にはサメ映画を見せる所存である。沼に引きずり込める機会があるなら、積極的に活用しなくてはならない。
「リサ姉も観ておいた方がいいよ。サメ映画はね、なんていうか、人間の遺伝子に観ないといけないって書き込まれているくらいに観てて馴染むから」
「ちょっとあこ~、なんか危ないクスリ勧められてるみたいなんだけど」
「実際、中毒性はありますから……」
「そうそう! 今日観る予定の映画は一味も二味も違うんだよ! サメを伴った大いなる颶風が矮小な人間を切り裂く中、決して褪せぬ輝きを持った英雄が───」
あこちゃんが意気揚々と喋っている最中に、わたしは他三人の様子を伺う。たしかに当初はその映画を観ようという話だったが、基礎知識が『ジョーズ』で止まっている人たちを引きずり込むにはやや破壊力が高すぎる。もっとソフトランディングを目指すべきだろう。そう考えたわたしはすぐさまあこちゃんの言葉を静止した。
「待って。あこちゃん」
「なに? りんりん?」
「たしかに『シャークネード』シリーズは面白いよ……でも初心者向けじゃないと思う……」
「そうかな? 話の筋は大ヒットしてるソシャゲと一緒だよ? 一度滅びた世界を過去の偉人たちと協力して人理修復するんだから、入門にはいいんじゃないの?」
「わかるよ……とてもわかる……でもあのシリーズの面白さって、続編が出る度に予算が指数関数的に増えていくところも含んでると思うの……マラソンしない自信が、あこちゃんにある……?」
「ない!」
「うん。だよね。だから観るとするなら『ディープブルー』、『ロスト・バケーション』、『MEG・ザ・モンスター』あたりが妥当かなって」
なるほど、とあこちゃんはうなずいた。ちなみに『ジョーズ』は原点にして頂点であり、知名度がかなり高いので、あえてここで観る気にはならない。きっとそのうちテレビのロードショーでやるだろう。
最初から最後まで一般受けするクオリティを維持しているとなると、やはり先ほど挙げた三本が候補に上がる。世に出ているサメ映画は数あれど、正直九割近くは面白くない。面白くない作品から面白い要素を見つけられるようになってからが本番なのだが、サメ映画を今日はじめて観る人にそんな玄人向けの楽しみ方を強要するべきではない。
さて、この三本の中からどう絞ろうか、と考え出したところで、友希那さんが口を開いた。
「とりあえず、そろそろ片付けはじめないかしら? 燐子の家に行くにしても、早めに移動した方がいいでしょうし」
その鶴の一声でわたしたちはスタジオを去る準備を始める。借りた機材の返却やゴミの処理をテキパキとこなし、CiRCLEを後にした。最寄りの駅から都電荒川線に乗り、一度電車を乗り換えて、わたしの自宅近くの最寄り駅まで移動した。道中コンビニに寄り、お菓子やジュース類を購入する。
そしてわたしは四人を自宅に招き入れた。わたしの部屋へ通すと、すぐにPCのスリープ状態を解除する。最後にシャットダウンしたのはいつだったろう? そろそろ一度再起動しておくべきかな、と考えつつ、わたしはPCに繋がっている外部スピーカーの電源を入れた。ディスプレイ、スピーカーともにそれなりの値段はしているので、映像作品を観る環境は充実しているのだ。
動画再生ソフトを起動し、トリプルディスプレイのひとつが全画面表示となり黒く染まる。あとは帰宅中に決めたブルーレイディスクをセットし、再生ボタンを押すだけ。
あこちゃんたちには椅子やベッド、クッションを渡し、各々の視線を遮らないよう適当に座ってもらっている。すでにいくつかお菓子を開封しているようで、観る準備は万全だ。
そうして───上映を開始する。