「さすが。サメ界隈で五指に入るまともさだね」
『ディープブルー』のエンドロールが流れている最中に、そうあこちゃんは言った。
あこちゃんの言葉に、わたしは深く頷いた。まったくもってその通りだ。サメの知能の高さを表す演出。水没し、徐々に逃げ場がなくなる海上施設。そして次々とサメの餌食になっていく職員たち。コックつよい。
凡百なサメ映画とは一線を画す緊張感が、物語の終盤まで続いていた。シーンの緩急を作るのが上手く、オチも綺麗に決着が着いていい。爽快感とまでは言わないが、モヤモヤした感情を持て余さないところが、こういった映画の強みのひとつではあるのだろう。
「なるほど」
と、氷川さんも頷いている。
「いいですよね……?」
わたしが控え目に感想を訊ねると、氷川さんはすぐに同調してくれた。
「ええ。とても良かったです。これは現代科学に対して警鐘を鳴らす名作ではないでしょうか。ついこの間も中国で人間の脳発達に関わる遺伝子をサルに移植し、成功したというニュースがありました。たしかに科学の発展を第一に考えるのであれば、そういった倫理的側面は無視するべきなのでしょう。しかし、脳の発達経過を調査する以上、予想外の取り返しがつかない怪物が生まれる危険性だってある。この映画はフィクションでありながら、現実でも起こり得るかもしれない問題を提起しているのですね」
「…………」
わたしは安易に相槌を打つことを躊躇った。たしかに映画を観終わった直後は、ちゃんと言葉にできるかは別として、色々と感想を口に出したくなるものだ。けれど、なるほどというか、氷川さんはそういうタイプだったのか。
あこちゃんはきょとんと首を傾げている。あれ? 同じ映画観てましたよね? と言いたげな表情は可愛らしいものであるが、心情的にはわたしもあこちゃん寄りである。サメ映画はそんな高尚な感想を述べ合うテーマ性のある作品じゃないと思います。
「うん。けど面白かったよ。ね、友希那」
「そうね」
苦笑を漏らしつつも今井さんは好意的な感想を述べて、淡々とではあるが友希那さんも同意する。
「ところで、さっきあこが五指に入るまともさとか言ってたけど、やっぱアレなの? サメ映画って……」
「……まあ、今日スタジオで名前を出したもの以外は……まともとは言えない、かもしれませんね……」
「よくわからないんですが、ちゃんとしていない作品を販売してお金をもらっているということですか?」
「違いますよ紗夜さん! サメ映画はちゃんとしてないからいいんですよ!」
あこちゃんの言葉に氷川さんはますますわからないといった顔をする。これはもう直接見てもらった方が早いだろう。ちょうどエンドロールも流れ終わったところだったので、わたしはDVD再生ソフトを閉じ、インターネットブラウザを起動する。そして動画サイトから『シャークネード2』の予告編動画を開いた。ほんの数分で終わる予告編を見終わると、初見の三人は形容し難い表情をしていた。
「なに、この───なに?」
代表するかのように友希那さんが口を開いたが、三人の万感の思いが伝わってくる。
「これはですね。『シャークネード』といって、竜巻に巻き上げられたサメが空から降ってきて、その脅威と戦う人々をテーマにした作品です」
と、あこちゃんが解説する。正直言って意外なことに、初めに順応したのは氷川さんだった。
「ああ。ありましたね、アメリカで。海岸から数十キロは離れた内陸に空から魚が降ってくるという怪奇現象が。実際は、アメリカ史における最大級のハリケーンが到来した際に、海で巻き上げられた魚がそのまま風で飛ばされたという話だったと思います。そのときのエピソードが元になっているんでしょうか?」
「そうですよ! サメ映画は史実を元に作ってますから!」
そうだね、あこちゃん。サメ映画はノンフィクションだもんね。
息巻くあこちゃんにわたしも追随したかったが、あまり言い過ぎると、「サメは本来臆病な性格でシャークアタックと呼ばれている現象は滅多に起こりません。ホオジロザメが人喰い鮫であるかのように描かれるのは『ジョーズ』の影響であり、単純な凶暴性ならイタチザメの方が上です」と、割りと本気の指摘を受けてしまいそうなので黙っておく。
実際に氷川さんがそこまで詳しいのかは知らないが、これまでの知識量を鑑みるに、ちゃんとした生物学的知見を兼ね備えていても不思議ではない。
その後も少しばかりサメ映画の布教をし、サメ映画鑑賞会はお開きとなった。
◇
その帰り道のことである。
友希那とリサは同じ帰途に着いていた。帰る方向が違っているあこと紗夜とはすでに別れた後だ。
二人の会話は自然と先ほどまで観ていた映画の感想となる。内容はあのシーンが良かった、あそこの演出が良かったなど概ね好意的な意見で占められていた。
けれど、二人にも理解し難い感情が胸の内から湧き上がってくる。ふと、友希那が唐突に立ち止まる。帰宅途中にあるレンタルビデオ店の入り口だった。
「ねえ、リサ。あこがスタジオで言ったこと、覚えてる?」
「えーっと、どの話?」
「サメ映画を観ることは人間のDNAに刻まれているっていう話よ」
「あー。言ってたね」
「そう。変なのよ。なぜかものすごくサメ映画を観なければいけないという欲求が胸の奥から湧き出してくるの。───ねえ、リサ。付き合ってくれるわよね?」
「オッケー☆ 友希那がそう言うなら、借りてこっか」
そうして二人はレンタルビデオ店に入った。
◇
氷川紗夜は帰宅後、諸々の課題などを片付けると、リビングへ降り立った。
そうしてテレビと連携している動画配信サービスでサメ映画が観れるかどうかチェックする。
リモコン操作で文字入力をするという慣れない操作に手こずっていると、とてとてと妹の日菜が近づいてくる。
「あれ? おねーちゃん、映画観るの?」
「ええ。そのつもりだけど」
とりあえず燐子が勧めていた作品を検索しようとしたのだが、タイトルの初めの方で一文字抜けてしまっており、検索には一作品も引っかからない。
カーソル位置を変えようとしたのだが、どうもそういった操作は受け付けないらしく、結局入力した文字をすべて消すのが一番早い方法らしい。扱いづらいインターフェースに苛立っていると「じゃあ、一緒に観てもいい……?」とどこか遠慮気味に日菜が話しかけてくる。
「ええ。いいわよ」
「えっ!? いいの!?」
「いいって言ってるじゃない。まあ、人を選ぶものらしいから嫌ならいいわ」
「嫌じゃない! 観る! 観るよ! ……ところで、何観るの?」
「サメ映画」
そのときの紗夜は、まるで宇宙の底の底を湛えるかのような深く暗い眼差しをしていた。
◇
まるで原初の欲求を思い出したかのように、世界中で静かにサメ映画が流行りつつあった。