【完結】サメ映画をご存じない!?   作:Wolke

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XXX4 なあサメだろうおまえ。首置いてけ!! なあ!!

 高まりすぎた蒸気圧を調整するため、断続的に気送管から水蒸気が吐き出される。蒸気が空気に溶ける様を見届ける暇もなく、わたしが手繰る蒸気二輪(スチーム・バイク)は周囲の景色を遥か後方へ置き去りにする。

 

 道路には電気系統が壊れた車両で溢れている。異常に気づけなかったドライバーが多いのか、至るところで玉突き事故が発生していた。周囲には飛び散った車体の破片や、砕けたフロントガラスが散乱している。その破片も間近でよく見れば、強烈な酸性雨によってかなり劣化していることがわかるだろう。今はそんな余裕はないため、路上の障害物を躱すことに専念する。

 

 進むべき先には、乾燥し、腐ることのない死体が点々と転がっている。一年ほど野晒しにされた死体はすっかり干上がり、皮と骨だけの、ミイラ同然の姿になっている。オゾン層が大破したことにより、紫外線が減衰することなく地上へ到達するようになった弊害なのだと聞いた。

 

 弔いたいという気持ちは〈大崩落〉からひと月も経たぬうちにわたしの中から消えてしまった。かつての清浄な世界なら死体を見る機会など早々なかった。しかし今となっては、死体の存在など日常の地続きであり、そこかしこに溢れかえっている。わたしが運転中に亡骸を見て思うことは、ハンドルを取られないように気をつけないと、という一点だけ。

 

 荒廃と汚辱は留まるところを知らない。荒んだのは、わたし自身か。穢れたのは、世界そのものか。はたまた、その両方か。

 

 乾燥した夜気が頬を打つ。ゴーグル越しに見る夜天には、真白に輝く光点がひとつ。花火のように地上から打ち上げられたそれは、一呼吸の間に闇夜へと溶けていった。───照明弾だ。

 

「見えた! 近いよ、りんりん!」

 

 風切り音に負けじと、わたしの耳元であこちゃんが叫ぶ。まだ潤いに満ちている、切羽詰まった声。あこちゃんもタンデムには慣れたもので、重心が分散しないよう片手をわたしの腰に回し、シートとわたしの腰をしっかりと両膝で挟んでいる。わたしは気負いなく蒸気二輪(スチーム・バイク)を加速させた。

 

 首都高速道路四号新宿線を進んだ先。高井戸ICで廃車の隙間を縫いながら一般道へ降りる。さらに風を切りながら突き進むと、蒸気二輪(スチーム・バイク)のヘッドライトはサメに襲われている一団を照らし出した。

 

 ───サメ。

 

 そう。サメだ。人類はすでに、食物連鎖の頂点から退いている。代わりにこの荒れ果てた世界で頂点に君臨したのは、軟骨魚綱板鰓綱に属する魚類たち。いまや地球の覇者は人からサメへ変わっていた。

 

 まるで資金が潤沢なサメ映画。容易く現実を侵したサメたちは息をするように牙を剥く。

 

 サメは神出鬼没であり、海での出現は当然として、砂浜、川、地中、コンクリートジャングルで音もなく現れることが確認されいる。わたしの知るサメならば、きっと砂漠や雪山、果ては宇宙ですら事も無げに生存してしまうのだろう。

 

 最早新種の生命体だ。地球外生命体がサメの形態を真似ていると考えた方が理解に難くない。

 

 わたしの眼前でも、一体どのような揚力が働いているのか、サメは水中を行き来するフォルムのまま宙を泳ぐ。大口を開けたサメは二十名ほどの団体の中に頭を突き入れる。その直後、悲鳴とともに血飛沫が上がった。団体の中には鉈や鍬といった手近な農具で武装している人もいたが、抵抗虚しく、重傷者を出してしまった。

 

「りんりん!」

 

 シュッ、とわたしの真後ろで短く蒸気が吹き出る音が聞こえる。蒸気二輪(スチーム・バイク)に搭載された瞬間沸騰式小型ボイラーが生成する蒸気を別の機械に送り込む音だ。蒸気二輪(スチーム・バイク)のエンジン音に隠れるように、蒸気駆動のモーターが静かに唸る。

 

 直後。わたしに密着していたあこちゃんの重みが消える。あこちゃんは蒸気二輪(スチーム・バイク)のシートを蹴り、宙を舞う。眼前を泳ぐサメに、あこちゃんは手にした蒸気鎖鋸(チェーンソー)を突き入れた。サメの頭が飛ぶ。あこちゃんは空中で器用に体勢を整え、サメの胴体をクッションにして着地した。ぞりぞりとサメの肉がアスファルトで卸され、尾頭付きのなめろうが出来上がる。

 

 その光景を横目に、わたしは避難民らしき一団の傍で蒸気二輪(スチーム・バイク)を停止させた。静止に伴い、解放された蒸気が吹き出る。救急キットを引っ掴んだわたしは、先ほどの悲鳴の主のもとへ駆け寄った。

 

 場に満ちる蒸気と呆気にとられる余所者たちの中をすり抜けると、被害に遭った女性は腕を押さえ、蹲っている。

 

 幸いにも、腕を噛み切られたわけではない。浅くはないが、噛みつかれただけだ。命を捨てるほどではない。わたしは手早く救急キットの中からスプレータイプの止血剤を取り出し、負傷者の傷口に吹き付けた。

 

 わたしが治療行為をしている間に、サメの血を被ったあこちゃんが立ち上がる。頑丈なブーツで地を鳴らし、身にまとったコートをひるがえす。彼女の顔を覆うペストマスクの奥で、宇田川あこの瞳が光る。

 

「妾は死神。死神あこ。混沌満ちる世界にて汝らに終焉をもたらす者。その首──────ああもう! 口上中に攻撃してくるの禁止!」

 

 残念ながら、サメに美学は伝わらない。あこちゃんがまとう血の匂いに惹きつけられたサメが、あこちゃんのセリフを中断させる。邪魔をした報いとして、あこちゃんは差し出されたサメの頭を刎ねた。

 

 けれど、サメの数は一向に減らない。ひとつの群れに襲われているのか、サメはわらわらと集まってくる。応じるように、東京の闇夜に少なくはない蒸気機関の駆動音が谺する。音源へ視線を移すと、首都高や周辺道路でヘッドライトの明かりが列をなしていた。東京近郊を活動拠点としている自警団の到着だ。照明弾を見て行動を始めたのはわたしとあこちゃんだけではない。

 

 サメの数に対抗し、こちらも狩猟者の数が揃う。

 

 一年近く修羅場をくぐり抜けてきた猛者たちを前にして、サメの群れは立ちどころに駆逐された。

 

 最後の一匹を始末すると、狩猟者たちは蒸気鎖鋸(チェーンソー)を掲げて雄叫びを上げる。

 

「チェーンソーは家族だぁあああッッ!!!!」

 

『ォオオオオオオオオオオオオオオオオッッッッ!!!!』

 

『Asylum!! Asylum!!』

 

 荒廃した世界でV型8気筒を崇めるように、映画製作会社(アサイラム)の名が讃えられる。血に酔った狩猟者たちの叫び声が夜空に吸い込まれていった。

 

 その間にも、わたしは負傷者に応急手当を施していく。こちらの作業が一段落すると、わたしは蒸気二輪(スチーム・バイク)のクラクションを鳴らし、熱狂に水を差す。こうして区切りを作ってやらねば、この人たちは恐怖心を麻痺させるため、いつまでもサメへの怨嗟で喉を震わせ続けるのだ。

 

 数十もの視線がわたしを刺し貫く。うっ、と少したじろぐも、わたしはすぐに声を張り上げた。

 

「っ、み、みなさん! 日の出が近いです! 居住区に戻られる方は要救護者の運搬をお願いします! あと食料(サメ)の回収を忘れずに! 手すきの方は居住区近くまで彼らの護衛をお願いします! それでは解散してください!」

 

 各々が返事をし、三々五々と散っていく。このわたしが誰かに指示を出す立場になるなんて、きっと〈大崩落〉前のわたしに言っても信じないだろう。

 

「りんりん! お待たせ!」

 

 狩猟者の一団からあこちゃんが戻ってくる。

 

「お疲れさま、あこちゃん。……じゃあ、帰ろうか」

 

 わたしはサメに噛まれた女性と、あこちゃんを蒸気二輪(スチーム・バイク)の後ろに乗せ、居住区に向かって走り出す。

 

 これが今の世界における、わたしたちの日常だった。

 

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