【完結】サメ映画をご存じない!?   作:Wolke

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XXX7 サメよサメよ何故踊る

「この世は舞台。人はみな役者とシェイクスピア───というか、せたがよく言っていたけど、まさか自分がZ級クソ映画の登場人物になるとはね。わからないものだね――ぇ、人生」

 

 口調に気怠さが滲んでいた。彼女の周りでは、無気力が層を成しているかのよう。覇気を感じない顔つきが浮かべる脱力した笑みは、どこか愛嬌を伴って見るものの心に滑り込む。けれど瓦斯洋燈(ガスランプ)に照らされた活力がない表情は、そのまま幽鬼を思わせた。

 

 居住区として使われているビルの守衛室に彼女は居た。黒髪のポニーテールを揺らし、見慣れたライトカーキのシャツを着ている。着飾るのが面倒と言わんばかりのシンプルな装いは〈大崩落〉を経ても変わっていない。

 

 とぼけたような表情でのほほんとした空気を醸す彼女とは、既知の間柄だ。わたしが人見知りをし損ねた稀有な人物でもある。

 

「お久しぶりです……ええっと───」

 

「呼び方かい? 前と同じように、スタッフさんと呼べばいいじゃないか」

 

 もうCiRCLEは無いんだけどね――ぇ、と彼女は寂しそうに笑った。

 

 新人さん。あるいはスタッフさん。CiRCLEを利用するガールズバンドメンバーから、彼女はそう呼ばれていた。ハキハキと物を言うまりなさんと間延びした喋り方をするスタッフさんの対照的な掛け合いは、一種の名物と言っても過言ではないほどに広く浸透していた。

 

 まりなさんよりもさらに若く、わたしたちと歳が近いせいか。はたまた彼女の矮躯と態度が欠片も威厳を感じさせないせいか。客と従業員という垣根を越えて、友だち付き合いのように接していた人は少なくない。身近な人を挙げれば今井さん。カウンターに座る彼女へ、手ずからお菓子を食べさせていた。さながら親鳥が雛に餌を与えるように。そういうことをしても許される、緩い空気が彼女にはある。

 

「言うほど久しぶりでもないんだけどね。しろかねはこっちに寄り付かないからな――ぁ」

 

「すみません……」

 

 数少ない知人の言葉に、わたしは弱々しく謝罪を返す。事実、顔を合わせる機会はそれなりにあった。けれどお互いに複数の仕事を抱え、忙殺されそうなときに限ってバッティングしていた。会釈したり、手を振ったり、簡単な挨拶を交わすのが精々だった。彼女は居住区での共同生活を受け入れて、わたしはそれを拒絶した。こうして落ち着いて話をするのは初めてになる。

 

 気にすることはない、と彼女は鷹揚に首を振った。

 

「どうだい? しろかねとうだがわ妹なら引く手数多だよ? そろそろ、システムの一部になってみないかい?」

 

「いえ、遠慮しておきます……スタッフさんが惰性じゃなくて、本心から組織に帰属したときに、また誘ってください……」

 

「ふふふ。それは無理な相談だね――ぇ。実際、かなり、この生活が面倒になってきているのだよ。私もバイクに乗って、明日に向かって走り出すときが来たのかな?」

 

 本気か、冗談か、どちらともつかない口振りで彼女は笑う。

 

「今は、何をなさっているんですか……?」

 

「何を、ね。ま――ぁ、色々だよ。建物の清掃、怪我人の治療、蒸気機関に使う部品の製造、飲み水の確保、菜園の管理、遠征先で物資の調達、あとはサメ退治。そして今は見張り番さ。しろかねと同じくらい、手広くやっているね」

 

 彼女はまさに有能な怠け者と呼ぶに相応しい。

 

 会ったときから、要領のいい人ではあった。先ほどわたしが彼女の呼び方に困ったときのように、察しのいい人でもある。ぼさっとした雰囲気とは裏腹に、テキパキと仕事を片付ける姿は、いつも大きなギャップを生んでいた。思えばCiRCLEで最も仕事ができたのは彼女だったかもしれない。まりなさんがかなり楽をできるようになって、納得いかないと愚痴っていた姿を思い出す。

 

 人は独りでは生きていけないというのが、今の社会の常識だ。他者を慈しみ、助け合う精神。人類が種として苦境に立たされているからこそ、相互扶助の関係で切り抜け無くてはならない。

 

 その強引な優しさが息苦しく、わたしは居住区に入ることができなかったのだけれど。それでも、あこちゃんという道連れを欲してしまう程度には、わたしもまた独りでは生きられない人間だ。

 

 けれど、彼女は違う。

 

 真実と虚構。善と悪。生と死。相反する二つの事柄は、彼女の中ですべて等号で結びついている。どちらでも構わないのだ。誰が居ようが、誰が居まいが同じこと。白と黒を混ぜ合わせて灰色を作れてしまう彼女は、誰の助けも必要としていない。のほほんと曖昧な笑みを浮かべながら、彼女は独りで荒野を進める人間だ。

 

「なんだい? なんだか、過剰評価を受けている気がするよ?」

 

「……どうして、スタッフさんはそんなに色々できるようになったんですか? できることが多いと、振られる仕事だって多くなって大変そうです。スタッフさんのスタンスとは合わないんじゃないですか?」

 

 どうでもいいからこそ、人助けだって厭わない。面倒になったらサバっと死のう。そんな人がこの狂った世界で意欲的に物事に取り組む姿は、わたしの目には奇異に映る。

 

「ふふふ。アオハルだね――ぇ。生きる意味に固執するのは、いつだって若者の特権だと思わないかい? ───うん。そうだね。私を参考にするのだけはオススメしないけど、これでも私的には結構モチベーションは高いのさ」

 

「それは、どうしてですか?」

 

「なぜなら私は、遠く海の果てからやってきたスパイだからね。こうして色んな施設に潜り込んで、情報収集を行っている真っ最中なのだよ」

 

「特に、理由は無いということですか……」

 

「いーやホントホント。女スパイ、嘘つかナイ」

 

 本心と嘘を綯い交ぜにしたような笑みを浮かべて、彼女はからころと笑い声を上げた。

 

 悪い人ではないのだけれど、この人が生きていることが、何かの冗談としか思えない。あるいは、冗談のような人だから、こんな世界でも生き延びられるのかもしれなかった。

 

「スタッフ株が落ちてしまったかな? じゃあちょっとくらいは、大人らしいこともしておこうかな」

 

 そうは言うが、彼女は特に仕切り直すような仕草をしない。いつも通り気怠げさを隠さないまま、鋭い言葉を抜き放った。

 

「ねぇしろかね。さっきの質問はそのまましろかねに跳ね返るんだよ? しろかねだって、私と同じくらいには色んな技術を磨いているじゃないか。人付き合いが苦手な癖に、面倒事を押し付けられるリスクを呑んでまで。それは、しろかねのスタンスとは、合わないんじゃないのかな?」

 

 しろかねは、何のために生きてるんだい? と、新人スタッフは言った。この世に執着する価値など無いと達観したような顔をして、その瞳は間違いなくわたしの心を射抜いていた。

 

 それは、貴族の問いだった。思考と時間に余裕のある、上流階級にのみ許される問答だ。生きているから生きているという、歯車になった人間からは終ぞ出てこない答え。

 

 わたしは貴族ではない。日々の糧を手に入れるだけで精一杯だ。けれど同時に考えることをやめたわけでもなかった。わたしは恐れているのだ。とてもではないが、己が正気を保っているとは思えない。死が身近にありすぎて、穢れがまとわりついている。そんな中で、わたしの軸となるものを言葉にしてしまえば、想いすらも歪んでしまいそうではないか。

 

「しろかね。心の奥から湧き上がるものに気づかない振りをして、曖昧なままにし続けていると、結局最後には何も思い出せなくなってしまうよ」

 

 考えることをやめたわけではない。けれどやがてわたしが擦り切れて、何のために考え続けているのか理由が思い出せなくなってしまったとしたら。

 

「わ、わたしは───」

 

 想いが歪むことよりも、そちらの方がとても恐ろしいことではないのか。

 

「あこちゃんを……あこちゃんだけは、死なせない」

 

 そのためなら、わたしはきっと()()()()()やってのけるだろう。歪に捻れてしまいそうなたったひとつの執着を、わたしは〈大崩落〉から初めて声に出した。

 

 言葉という明確な形を受け取った彼女は、穏やかに微笑んでいる。

 

「しろかねの真実(ほんとう)は優しいんだね。大切にしなよ。心も、お姫さまも、ね」

 

 ほら、お姫さまが帰ってきたよ。と、彼女はわたしの背後に視線を向けた。

 

 わたしが振り返ると、幽かな月光の中で小柄な影がこちらに向かって走ってきている。巡回中の警邏隊に顔見知りを見かけて、そちらへ駆け寄ったあこちゃんだ。戻ってきた彼女は、直前まで持っていなかった丈夫そうなケースを手にしている。

 

「りんりん! 見て見て!」

 

 わたしの目前であこちゃんはケースを開いた。中にはチェーンソーの刃が入っていた。

 

「これ、どうしたの?」

 

「もらった! 最近はロックシャークとか属性持ちが増えてるんだって! だからレスキューソーに使われてる超硬刃は持っとけって」

 

「そっか。じゃあ、帰ったら付け替えるね」

 

「うん! お願い」

 

 同時に警邏隊の人へのお礼も考えなくてはならない。彼らとは今の世界で最も仲良くしている団体と言っても過言ではない。彼らは簡単に血に酔うが、人間らしさというものを多分に残している。居住区にひきこもっているだけの人たちとは顔つきが違う。

 

「あ。あとね、この間遠征したときに助けた人たちが居たでしょ。その人がりんりんにお礼を言いたいんだってさ。どうする? 用事も無いし、病院行く?」

 

「……うん。そうだね。あの人たち、東京の外から来てたみたいだったし、外の様子を聞いてみたくはあるかな」

 

 機能している病院は、ここから少ししか離れていない。徒歩でも数分で移動できる距離だ。突発的ではあるが次の予定が決まった。わたしはスタッフさんに向き直る。

 

「すみません。そういうことになったので、そろそろお暇させていただきます」

 

「バイバイ、スタッフさん。また今度お話ししよう」

 

 あこちゃんとスタッフさんが手を振り合う。あこちゃんとともに踵を返したとき、「しろかね」と小さな呟きがわたしの背中に当たった。

 

 振り返ると、彼女はわたしに向かって何らかの小物を放っていた。何かが尾を引いて飛んでくる。わたしは危うげながらも、それを空中で掴み取ることに成功した。掌中に収まったそれは、真鍮製の鍵であった。首にかけれるように、ネックレスのチェーンが付いている。

 

「やっぱり、預かっていてくれないかい? 色々落ち着いたら、また返してもらいに行くからさ」

 

 はぁ、とわたしは曖昧に頷いた。

 

「預かるだけなら、構いませんが。……何の鍵なんですか?」

 

「しろかねの勘は正しい。居住区の連中と一線引くのは間違ってないよ。もう〈弦巻財閥〉はかつての〈弦巻〉じゃないからね――ぇ。付き合い方には十分気を付けないとダメだよ。それはしろかねの大切なものを守ることにつながるからね」

 

 私に言えるのは、この程度さ。と、スタッフさんは言った。彼女はいつものように気怠げな笑みを浮かべている。けれど、その中に何か芯のようなものが通っていると感じた。

 

 彼女が何を隠したのか、何を言いたかったのかはわからない。それでもわたしとあこちゃんの安全を引き合いに出してきたからには、きっとただごとではないのだろう。

 

〈弦巻財閥〉に心を許すな。

 

 その言葉を胸に刻んで、わたしはあこちゃんと夜道を往く。

 

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