ドンドンドン! と扉がノックされる大きな音で、立香は目を覚ました。
不思議な夢を見た――そう感慨に耽りながらもノックに対して返事をすると、勢いよく 開かれた扉から顔を出したのは、真剣な表情の新選組一番隊隊長。
「マスター! 大変なのです!」
「沖田さん? 一体何が――」
幻想郷には訪れていなかったはずの沖田総司。
何か緊急事態が起きたのかと身構えるが――
「メジェド様が! メジェド様から啓示が! 私、今年こそ水着になれるって!」
「あ、はい」
普段なら共に喜びを分かち合うところなのだが、状況が状況なだけに生返事になってしまった。
だが彼女は気にした様子もなく、興奮した様子で続ける。
「ふっふ~んだ! ここ最近ぽこじゃか増えるノッブを調子に乗らせていましたが、これからはこの沖田さんが覇権を握ることは確定的に明らか。今年度の聖杯転臨率No1に輝く未来まで見えます! マスター、素材の貯蔵は十分か?」
「あ、うん。種火とQPもあるけど……」
「――ああ、安心した」
「でも新規素材の在庫がちょっと……」
「私、夏までに頑張ります!」
沖田がやる気を漲らせていると、開かれたままの扉から新たな人物が顔を見せる。
「おはよう、武蔵ちゃん。エリちゃん」
「はい、おはようございます。立香君! おっと、そちらの美少女は?」
初対面である二人の女剣士が自己紹介を交わすと、沖田がむむむと顔にしわを寄せる。
「えっと、何かしら?」
「いえ、初対面のはずなのですが今年の夏は強力なライバルになりそうな予感がして……」
「夏? 私もいろんな世界と時代にお邪魔している身なので、その辺りは何とも言えませんが」
「ですよね……でも不思議と予感が消えないというか」
「分からないことを気にしても仕方ないでしょう。あ、ところで立香君。枕の具合はどうだった?」
「………………うん、すごくよく眠れたよ」
それは良かったと満面の笑みを浮かべる武蔵に対し、さすがに女の子に膝枕される夢を見ましたとは言いだせなかった。
「えっと、子犬……」
エリザベートが不安げな表情で声をかけてくる。
「昨日のことは聞いたわ。進むのか、止まるのか――答えを出すべきなのはあなた達だってことはわかっている。分かっているけど、それでもアタシは――」
「うん、大丈夫」
「えっ?」
ポカンとした彼女に、笑いかける。
「オレはまだ、止まらない。だからこれからも、力を貸してほしい」
ぱぁっと顔を綻ばせるエリザベート。
沖田や武蔵も、力強く頷いてくれる。
本当に、頼もしい――支えてくれる人たちへの感謝を胸に、歩みだす。
「――さてと」
本日のミーティング――みんなに自分の思いをちゃんと伝えなきゃと、改めて気合を入れる。
◇
『なるほど、それがお前の意思か……』
昨晩に続くミーティング。
神妙そうな顔つきのゴルドルフ所長に、立香は深く頷く。
そして改めて告げる。
「だけど、オレ一人では戦えません。――わがままなのはわかっています。でも、どうか一緒に戦ってください!」
目の前に現れた安寧――それを捨ててくれとカルデアの皆に頼み、頭を下げる。
確かな事なんて何もない。全部徒労に終わるかもしれない。最悪の最後を迎えるかもしれない。でも、まだ諦めたくはないと――
「私は――」
最初に告げたのは、マシュだった。
「私は、先輩についていきます! 先輩と一緒なら戦える……いえ、それだけではありません。私は人類史を巡る旅で、多くの色彩を得ました。私一人ではなく、多くの人々の軌跡が今の私を形作っている――私はまだ、何も世界に返せていない。いつか――今度は私の軌跡が誰かの色彩になれるように、私は世界を終わらせたくはありません!」
続くは人理焼却のころから共に戦い続けたカルデアスタッフ、ムニエル。
『昨日さ、あの後スタッフのみんなで話したんだよ』
ポリポリと、彼は頬をかく。
『俺だってこれまでの人生順風満帆だったわけじゃないさ。学生の頃好きだったクラスの女子から告白されて、それが罰ゲームだって知った時には『こんなクソッタレな世界滅びちまえ!』と思ったもんだよ』
「それで男の娘にはしって……」
『それは今は突っ込まないで!? ゴホン……他の奴らだってまあ、似たようなもんさ。多くの挫折や苦難を味わって、一度ならず『こんな世界』と思ったことはある。でもな、本当に滅ぼされちまったらやっぱり悔しい――ああ、悔しいさ。俺の、俺たちの挫折も成功も、何処かの誰かの都合であっさりと潰されちまう程度のものだったのかってな』
「ムニエルさん……」
『それに俺たちにだって、曲がりなりにも長年人理保証機関の一員としてやってきた自負がある。もう一度世界を救えば、それがやられちまった仲間たちへの最大の弔いにもなるだろうからさ。――自分の命は大事だけど、まだ目があるってんなら諦めたくない。……それが俺たちスタッフの総意だ』
「――ありがとう」
『へっ、今更だぜ。水臭い。まあ俺自身、ここで根を上げたらお袋にどやされちまうからな。ただでさえ雪山籠りでろくに親孝行も出来てないんだ。このままじゃ、あの世に行ったとき何言われるか分からねぇよ』
とぼけたような言い草に、クスリと笑ってしまう。
続いてはホームズが――
『私はもとよりサーヴァント……マスターがそう決めたのなら異論はないさ。これまで通り、力を尽くさせてもらおう。ダ・ヴィンチ――君は?』
『勿論私だって戦うさ! 私はサーヴァントだけど、先代ダ・ヴィンチが用意した躯体に記憶を継承させたデミ・サーヴァントでもある。私はさ、まだ自分自身の目で私が生まれた世界の姿をちゃんと見てないんだ。あんな白いだけの世界で納得して、新天地に旅立つつもりはさらさらないよ!』
『もともと人理漂白は私が見つけた難題であり、演劇狂いの養父から『自分でなんとかしろ』とも言われた宿題でもあります。それを途中で放り出すなんてナイナイ! むしろ私から協力をお願いする立場です』
「みんな……」
――本当に、俺は縁に恵まれているな……
この逆向の道を敢えて進もうとしてくれる仲間たち。
その頼もしさに、胸が暖かくなる。
そして最後に、全員の視線がゴルドルフ所長に集まる。
彼に対して口を開くのは、ダ・ヴィンチちゃん。
『えーと、ゴルドルフ君はここでさよなら?』
『今の流れで私だけかねっ!?』
『アハハ、勿論冗談だよ。――でもそういうセリフが出るってことは、ゴルドルフ君も一緒に戦ってくれるってことでいいのかな?』
『え、なんか今の誘導尋問じみてなかったかね? 私の気のせい?』
ゴルドルフ所長は一旦息を大きく吐き、叫ぶ。
『大体だね、所長である私を差し置いて話をどんどん進め過ぎなのだよ! 上の人間を立てるということを知らんのかね!? そんなんじゃ時計塔ではあっという間に針のむしろだぞ!』
『とは言ってもなぁ、オッサン』
『ほら言った傍からー! せめて所長と呼んでくださいよホントにもう! ……そもそもだね、私が本当に何の責任も感じていないとでも思っているのかね!?』
『へ』
『私自身女狐に誑かされた哀れな子羊だったはといえ、あの日旧カルデアにアルターエゴ達を招き入れたのは紛れもなくこの私だっ!』
始まりにして、終わりの日――
カルデアは強襲されて奪われ、地上は白く染まり、空想は地に落ちた。
そして生き残った僅かなカルデアスタッフたちは、シャドウボーダーで虚数空間に逃れ今に至る。
『連中は周到だった! 私がいなくても、私以外の誰かを使って旧カルデアを落としただろう! だがな、それでもあの日あの場所にいたのは私なのだ!』
歯を食いしばりながら、ゴルドルフ所長は続ける。
『私は冷徹な貴族主義者ではあるが、だからこそ責任を取らねばならない! 旧カルデアのことだけではない。異聞帯は侵略者であるとはいえ、その大半は無辜の非戦闘員。お前ら下っ端が命の責任云々を口にする以前に、カルデア総司令たるこの私にこそが真っ先に背負わねばならないのだ! 故にこのゴルドルフ・ムジークが真っ先に脱落するなど、決して許されることではない!』
「所長……そこまでの覚悟を」
マシュが悲壮な顔でゴルドルフ所長を見る。が――
『もっとも、実際に責任を追及される時になったら諸君らが全力で弁護してくれると信じているのだがね!!』
『オッサン、格好つけるならせめて最後まで格好つけてくれよ……』
『やかましい! 背負うつもりではあるが、実際問題世界なんて一人で背負えるか! 私とて自分の器くらい弁えておる! いいか藤丸、貴様もくれぐれも一人で抱え込もうなどと考えるな! 耐えきれずに押し潰されるのが関の山だからな。お前は人理修復の要――自分勝手な責任感で折れられては話にならん。我々は最早一蓮托生――辛ければサーヴァントでもスタッフでも私でも、誰でもいいから相談しろ。何、部下の悩みを聞くのも優秀な上司の務め。幸い時計塔と違い、それをあげつらう輩はどこにもいないからな!』
「――っ! ありがとうございます」
一人で思い詰めていたのがバカみたいだった。
一人でこの世の全てを体現するのは、それこそ異聞帯秦の始皇帝のような人物。
自分たちは人“間”で、人“類”なのだ。一人ではなく、その繋がりこそが力。
――それがこれまで奪ってきた命、これから奪うであろう命に対する言い訳にならないことは分かっている。
それでも自分の世界を取り戻したいと――立香は改めて自覚した。
……
…………
………………
『それで方針が固まったところで問題になるのが、八雲紫への対応だね』
ダ・ヴィンチちゃんが問題を提示する。
『彼女は異聞帯を手に入れることを“本気”だと言った。つまり我々が協力を拒めば、独自に行動を開始する可能性がある。彼女が独自の勢力だけで異聞帯を攻撃するのか、それとも私たちを何らかの手段で篭絡してそれを為すのかはわからないけど』
『ならば悪い事態を想定しておくべきだ。すなわち、ヤクモユカリと決別し我々が――最悪幻想郷全体との戦いになるという事態を』
――それは、あまり考えたくない展開だった。
昨日出会った人妖たちは癖こそ強いが、戦争をしたいと思う相手ではなかった。
もっとも、それは誰が相手であれ同じなのだが……
「その心配ならないと思うわよ」
突如部屋の扉を開け入ってきた吸血鬼が、そう切り出した。
「レミリア?」
「ハァイ、立香。決意表明は終わったみたいだったから。私の耳がいいのもあるけど、外まで聞こえる大声だったわよ」
『む、それは失礼した。しかしレミリア嬢、先ほどの言葉は本当かね?』
「ええ、幻想郷の連中は基本的に纏まりなんてないもの。余程根回ししているならともかく、昨日今日で声をかけても足並みなんて早々揃わないわ。同じ勢力内でさえ、動きがバラバラなんてことも珍しくはないし」
彼女が席に着くといつの間にか隣にメイド長の咲夜が現れており、レミリアの前のみならず立香たちの前にも新しい紅茶が用意されていた。
「確実に紫が動かせる戦力といったら、自分自身と式神の藍――あとはその藍の式神である橙くらいね」
『式神――東方の使い魔だったか。しかし式神の式神とはなんともややこしいな』
「ただ橙はともかく藍の実力は折り紙付きよ……なんせ九尾の妖獣。加えて紫から力も授かっているわ」
『九尾とは……幻想郷にはそんなものまでいるのか。あまつさえそれほどの存在を配下に置くとは、やはり相当な力の持ち主のようだな。八雲紫は』
唸るホームズに、シオンが応える。
『となるとやはり、戦う以前に彼女の目的を察する方が賢明ですね。そうなれば他に手の打ちようがあるかもしれません』
『だね。その辺り推理具合はどうなんだい? 名探偵』
ダ・ヴィンチちゃんから顔を向け垂れたホームズは、眉を上げる。
『ふむ……そうだな。あくまで八雲紫が持つ情報量が我々と同程度と仮定した場合であるが、思い当たる節がないでもない』
『え、ホント!?』
『ああ、別に最初から難しく考える必要はない。彼女が必要だと言ったのは異聞帯ではなく、“空想樹”と“クリプター”だ。まだ実行前ではあるが、フーダニットは八雲紫。ハウダニットは空想樹とクリプター。要するに、空想樹とクリプターが揃って初めてできることこそが、彼女の目的になる』
ゴクリ、と立香は唾を飲み込んだ。
皆も固唾を飲んで次の言葉を待つ。
が――
「あの、ホームズさん? 続きは……」
『うん? あくまで推測の段階を出ないからね』
ガクリと、全員揃って肩を落とした。
「今は語ることではない?」
『というよりも、本当に推測の段階に過ぎないんだ。ここで話したところで、余計な先入観を与えることになりかねない。それに――ホワイダニットの部分が不透明過ぎる』
「それってエルメロイⅡ世がよく言っている……」
『仮に私の推測が的を射ているとして、八雲紫にとってソレが一体何になる? 空想樹には謎が多い……幻想郷に何らかの益があるにしても、抱え込むリスクがそれ以上に未知数だ。幻想郷の管理者的な立場である彼女がソレを為す意味が、分からない』
『へぇ、君がそこまではっきりと“分からない”なんて口にするのは、珍しいね?』
『ハハハ、私とて決定的な情報不足はどうしようもないさ。ともかく今必要なのは情報だ。レミリア君、誰か八雲紫について詳しい人物はいるかな』
レミリアは額に指をあてて考える。
「そうねー。冥界の幽々子に鬼の萃香か……後は霊夢かしら? 摩多羅隠岐奈も知り合いっぽいけど、居所が知れないし。アイツあんまり人付き合いとかないし」
『だったら一番近い博麗神社からだな。頼めるかな、マスター?』
「了解です!」
『あっ、博麗神社の巫女といえば結界関連の担当者でしたよね? 私も聞きたいことがあったので、ちょうどいいです』
「あっ、霊夢に会いに行くなら私も行くわ」
「お嬢様、私はどうしましょう?」
「そうね……フランのこと見ててくれるかしら? 久しぶりに美鈴と出ることにするわ」
こうして一行は、昨日に引き続き博麗神社に向かうことにする。
――そこで待つモノを、未だ知らぬまま……
〇沖田総司
救われた。
〇ジングル・アベル・ムニエル
カルデアスタッフ。男の娘好き。偽名ではないと信じている。
博麗神社の描写までは終えるつもりでしたが、切りがいいところでそこそこの文字数になったので一旦打ち切り。次話もできるだけ早く投稿予定です。