「ほうほう、博麗神社。ならば私もお供しましょう! まだ行ったことがなかったしね」
同行を申し出た武蔵を加え、立香たちは博麗神社の鳥居を越えた。
「あらいらっしゃい! レミリアも一緒? お供が門番なのは珍しいわねぇ」
何故か昨日に比べ歓迎ムードの巫女――霊夢。
何かいい事でもあったのだろうか?
「昨日の話かしら? まだ託宣はやってないけど……」
「いや、今日はそっちじゃなくて――」
立香は告げる。八雲紫について教えてほしいと。
霊夢は意外だったのか、目を白黒させた。
「紫? と言ってもねぇ、私もあんまり知っていることは多くないわよ?」
『いや、何でもいいんだMs.霊夢。彼女の癖や考え方など、そういうことは分からないかな?』
「あら、新種の幽霊? そうねー。それなら、本人に聞いた方が早いんじゃないかしら。今ちょうど来ているわよ」
『……事実かね?』
「ええ。昨日の晩辺りから、結界の調整だとかって」
一同に緊張が走る。
さもありなん――今回はまだ情報収集のつもりでやって来たのだ。
今はまだ本人に接触するつもりはなかったのだが――それでも事態は進行する。
空中に境目が入る。
そこから姿を現したのは、特徴的な導士服に衣替えしたとはいえ紛れもなく八雲紫。
彼女は重さなどないかのようにふわりと境内に降り立ち、一同を見渡す。
「ごきげんよう、カルデアの皆様。昨晩以来ですわね」
「私もいるんだけど」
「あなたはおまけでしょう、レミリア。さて――正直もっと時間がかかるかと思っていましたが、あなた方の顔を見るに答えは決まったようね」
「ちょっと紫、剣呑な雰囲気を出してどうしたのよ」
「ああ、霊夢さん。ちょっとこちらに……」
美鈴が霊夢を引っ張り事情の説明をする。
紫はそれを一瞥した後、一つため息を吐く。
「もっとも、私が欲しかった答えではないようだけど。――それでもあなたの口から答えてもらえるかしら? 藤丸立香」
誤魔化しは許さないという強い意志を込めた視線を前に、立香は一歩前に出る。
予定外だったが、それでも事態は進んでしまった。
――ならば、ここは既に正念場だ。
「オレたちは、あなたには協力できない」
「………………」
「あなたが言ったことには一理ある。この道は間違いなのかもしれない。それでも、オレたちは自分たちの人理を取り戻すために戦うと決めた」
「――その為にこれからも、世界を破壊すると? 当てのない航海を続けると? 最後まで、立ち止まらずに歩み続けられると? 異聞帯の人々を殺し続ける覚悟があると?」
「わからない」
立香は正直に告げる。
「いつか、致命的に間違っていると気づいて膝をつくかもしれない。取り返しのつかない袋小路に迷い込むかもしれない。決して許されない罪を犯すんだろう――それでも、オレたちの人理はまだ死んでいないんだ! 共に進もうと言ってくれるみんながいて、助けてくれる仲間たちがいる。託して逝った人たちもいる。その礎がある限り、オレたちは諦めない。いつか立ち止まる時が来るとしても――少なくとも今じゃない」
「……なるほど。カルデア所長、ゴルドルフ・ムジーク。あなたも同じ答えかしら? この幻想郷――特に人里においてあなたの技術は有用。ここでなら、皆に認められるあなたになれるわよ?」
かつて旧カルデア崩壊の時、ゴルドルフ所長が口にしたコンプレックス。
“認められたい”という願い。
まさにそこを突く言葉だったが――
『フッ、私を甘く見るなよ。ヤクモユカリ』
彼は、不敵に笑って見せた。そして――吼える!
『このゴルドルフ・ムジーク! 技術的優位を笠に着て得た信用など、1年もあればきれいさっぱりマイナスまで持って行ける自信があるわ!!』
「えぇ……」
あんまりな告白に、幻想郷の賢者もさすがに困惑気味だった。
「え、ええっと……きっとその内認めてくれる人が現れるんじゃないかしら?」
『フォローするんならせめて疑問符は外してくれませんかねぇ!? ゴホン……そもそもだ、先の保証がないと言っておったな? そんなもの、この私の人生では日常茶飯事――むしろ明るい展望を抱けたことの方が少ないわ! 未来視系統の魔眼を持つ連中ですら、一から十までうまくやれることは少ないのだ。元より人の人生において先など見えぬもの。それにおびえて縮こまるばかりで、先が拓けるものか!』
「――っ!」
紫が僅かにたじろいだ。
立香もゴルドルフ所長に続くように、『それにさ』と告げる。
「今諦めてこちらの世界で安寧に浸ったら、多分その中で一生後悔し続けることになる。そんな悲観的に引きずり続けるような人生じゃ、今まで会ってきたみんなに申し訳がたたない」
言うべきことは言った――その意思を込め、紫に視線を送る。
それを受けた彼女は――
「……………………」
深く――深く目を瞑り、噛みしめるように沈黙していた。
異様な静けさが境内を包み――やがて彼女はポツリと零す。
「そう、ですわね」
宙に溶けるようなか細い声で、それでも深い感情がこもった声を響かせる。
「あなたの言うことは、よく分かります。ええ、本当に……数多の境界を渡っても、千を超える季節が巡っても、私は振り切ることができなかった。いつまでも、心の奥底に澱のように残り続ける――本当に、我ながら笑ってしまうくらいに未練たらしい女」
「紫……? どうしたのよあんた。今日はちょっとおかしいわよ? 何か悪いものでも食べた?」
問いかける霊夢の声には、戸惑いの色が混じっていた。
それも仕方ないだろう――彼女は八雲紫のこんな姿など、見たことがなかったのだから。
『私からも聞きたいことがあります』
スクリーン越しのシオンが、唐突に切り出す。
『幻想郷を幻想郷たらしめる2種類の結界――その中に、かつてカルデアで観測された極めて特殊な霊基パターンに酷似した要素が観測されました。“そのもの”ではなく希薄化され、弄られていたので確信を得るには時間がかかりましたが……』
「フフ、謙遜ですわね。この短時間でそこまで見抜いたというのなら、あなたもまた希代と称されるべき人材。そうね……こうなった以上、せめてもの礼儀としてあなた達にも話しておくべきかしら。さて、どこから話したものか……」
遠い何処かを見つめるように、過ぎ去った風景を眺めるように。
僅かな時間彼女の視線は虚空を泳ぎ、不意に呟いた。
「そう――私がまだ人間だった頃。境界が見える程度の小娘だった頃からがいいわね」
霊夢、レミリア、美鈴――幻想郷に住まう少女らが息を飲んだのがわかった。
「その頃の私は、一介の大学生でしたわ。単身日本に留学して、勉強して、オカルトサークルで相方と一緒に結界破りをして遊ぶ日々。私は元々境界を見る力を持っていたから、それを使っていろんな世界を覗いて、時には転がり込んでいた。相方は私の目を気持ち悪いと言っていたけど、私からすればあっちこそ気持ち悪かったわ。星を見れば時間が分かり、月を見るだけで自分の居場所がわかる目を持っているんですから」
懐かしむように、彼女は語る。
「だからソレも、最初はいつもの夢だと思っていた。別の世界に迷い込んで、またすぐに帰るのだろうと。境界を渡るのも、コツさえつかんでしまえば難しくなかったから――でも、帰れなかった」
紫は視線を、地に落とした。
「最初は戸惑うばかりで、次第に焦り、それでも帰れなかった。そのまま幾つもの世界へ転がり続けた。私の心に反比例するかのように力は加速度的に増大したけど、元の世界への道は既に開けなくなっていた。知恵と力を身につけなら世界を彷徨う日々――そしてある時ようやく、私は真相を突き止めた。もう私の帰る場所も待ってくれている人も、どこにもいないというどうしようもない事実を」
「まさか……」
「
どこか他人事のように彼女は語った。
――未だ、実感がわかないのかもしれない。
自分たちの世界が間違いだとして捨てられたなんて、嘘みたいな話に。
「あなたは私と同じ――異聞帯の放浪者……」
「ええ、始めましてご同類。まさか女の宮本武蔵が、同じ境遇にあるとは思っていなかったけど。――正直、途方に暮れたわ。文字通りどこにもない世界に対しては、境界もなにもない。同時に思った――なんとかしなきゃって。その時にはある程度の力はあったし、既に人から外れつつあった身には時間もあった。何か手はあるはずだと信じた――信じたかった」
彼女は自嘲するかのように、微笑んだ。
「――何も、できなかったわ」
「それ、は――」
その瞳に込められた無力感に、立香は言葉を失った。
「本当に、何もできなかった。帰るべき過去の手掛かりすらなく、時ばかりが刻まれていった。境界を操る程度の能力――これを神に匹敵する力なんて嘯く者もいるけど、なんてことはない。自分の身を守るだけの神に、一体何の意味があるのか……」
『それは仕方のない話だろう、Ms.紫。剪定事象は本来、人の手に余る案件。事前に手を打っていたのならともかく、急にその状況に放り込まれた所で何ができるものでもない』
「慰めは結構よ、シャーロック・ホームズ。――言ったでしょう? あなた達に敬意を表しているって。あなた達は一度、世界を取り戻してみせた。私にはできなかったことを……成し遂げた。それが結果の全て」
彼女はぎゅうっと、拳を握りしめた。
「結局“どうしようもない”という結果だけが得られて、私は折れたわ。そして考えた――居場所が無いのなら、自分で作ればいいって」
「それが幻想郷……」
「ええ、とはいえ私もそちらの女武蔵同様、世界からは拒絶される身となっていた。でも幸い、私にはこれがあった」
彼女は細い指で空間をなぞり境目――スキマを発生させ、黄金の杯を取り出した。
「聖杯っ!?」
『ちょっと待って! この観測結果は……それだ! クロスロードの同調先はっ!』
紫が掲げる聖杯に、一同の視線が集まる。
「昔世界を放浪するうちに、とある死骸と一緒に見つけたものよ。……願いを叶えるとはいえ所詮は贋作の聖杯――私の世界を取り戻すには到底力不足だけど、境界の力と併せれば私の存在をこの世界に焼き付けるくらいはできた。もっともその過程で、聖杯自体は力の大部分を失ったのだけど」
彼女はそう言うと、ポイっと聖杯をスキマの中に投げ入れた。
「この世界に定着した時に、私の存在は完全に人から妖怪へと変じた。その時に、昔の名前も捨てたわ……もう、呼んでくれる相手もいなかったことだし。妖怪である私の居場所――必然的に、作る場所も妖怪を中心にした郷になった。とはいえ妖怪も不便なものでね。人間がいなければ存在できないのに、人の社会が発展すれば今度は不要とされる。同時に私は、もう一度居場所を失うなんてごめんだった。だからこそ、私は幻想郷にある機能を設けた。落枝蒐集機構――人の世から否定され、不要なものとして切り落とされた枝葉たちを集める機能を」
「それが、幻想と実体の境界ってわけ?」
「その通りよ、レミリア。汎人類史として成立し続けるためにはいくつか条件があるけど、その中の一つが多様性――幻想郷は不要とされ捨てられた可能性たちが、完全に消し去らないように保護する役割もある。場合によってはその可能性を外の世界に再放出し、多様性を調整するために」
「そう言えばいつだか、座敷童たちを外に出していたわね。すぐに帰って来たけど……ってちょっと待って紫! まさか
何かに勘付いたかのような霊夢に、紫はよくできましたと言わんばかりに微笑んだ。
「幻想郷は外の世界なしでは成り立たない……同時に外の世界も、幻想たちが完全に消え多様性が失われればいずれ剪定される時が来る。――とは言えこの世界の人理は未だ盤石。現時点では、万一の保険以上の意味はない。だけどね、困ったことにその“万一”を味わった身としては、手を打たざるを得なかったのよ」
「紫、あんた……」
霊夢は複雑そうな表情をしていた。
彼女とて紫との付き合いはそれなりに長い。
だが妖怪の賢者と呼ばれた彼女が常に抱えていた危機感など、これまで知る由もなかったのだ。
「幻想と実体の境界を作るにあたっては、さっき話した聖杯と一緒に手に入れた死骸が参考資料として大いに役に立ったわ。やがて人の世の発展に伴い人理強度が増していくと、いよいよ人類社会に神秘の入り込む余地は減ってきた。そこで今度は博麗大結界を張って幻想郷の在り方をより確かなものとした。実際、この二つの結界を使った幻想郷の運用はうまくいったわ。私の想定を上回るほどに……でも皮肉なことに、そうなると今度は諦めたはずの過去が首をもたげたのよ」
紫はゆっくりと歩き、境内に植わった桜の幹に手を触れた。
「落枝蒐集機構は、人理から否定された幻想を集める為の機能。……本来はこの世界のみに限定された機能だけど、仮に人理という大樹そのものに影響を及ぼすことができれば?」
『まさか……』
「ええ、剪定事象――
『無茶だっ!?』
ダ・ヴィンチちゃんが叫んだ。
『理屈の上ではそうかもしれないけど、幾らなんでも飛躍し過ぎだっ! 仮にうまくいったとしても、異聞帯が蘇ればそれこそ濾過異聞史現象が発生する! そうなれば、幻想郷はおろかそちらの世界がまるごと滅びかねない!』
「……ええ、そのことはよく理解しているわ。多分あなた以上にね。だからこそ、私も大幅にボーダーラインをとった上での実験を余儀なくされた。私の世界を丸ごとなんて言わない……そのごく一部だけでも、蘇らせたかった。もっとも、うまくはいかなかったけど。精々が幻想郷への移住者が増えて、異変の規模と頻度が増しただけだったわ」
「ちょっ、紫!? それって――」
「ふふ……そういう意味では、ここ最近起こっていた異変の黒幕は私ということになるのかしら? もっとも幻想郷も少々停滞気味だったから、それはそれで悪くなかったけど」
「私がどれだけ苦労したと思っているのよ!」
「ごめんなさいね、霊夢? でも、それももう無くなるわ。もっとずっと確実な手段が、私の前に現れた。そういう意味では、私の聖杯も最後に仕事をしてくれたってことかしら」
幻想郷の賢者は――否、八雲紫という一人の少女は、カルデアの面々を見渡した。
「私が何を言っているかは、もうお分かりね?」
『やれやれ……私の推測は当たっていたということか。我ながらさすがに名探偵といった所か』
『ホームズ! 私に読めてきたけど、自画自賛してないで説明よろしく!』
『説明も何も、本人が目の前にいるのだから彼女に聞いた方が確実とも思うが……』
「あら、せっかくの名探偵の推理を拝聴する機会。説明役はお譲りしますわ」
『……そう言われては披露せざるを得ないな! まず、空想樹には異聞帯を蘇らせる機能がある。これは明白だろう。そして彼女が欲したもう一つのファクター――クリプターの特権とは何かな? 立香くん』
いきなり話を振られた立香は目を白黒させながらも、頭を捻り言葉を出す。
皆それぞれに優秀な力を備えたマスターだった。
だがそれを抜きにしたうえで、共通する特権と言えば――
「
「待ってくださいホームズさん! 大令呪には、まだ分かっていないことが多いはずでは? 今までの使用例は、オフェリアさんが英霊シグルドを強化するのに使ったくらい……その強化率は通常の令呪の比でありませんでしたが、その後オフェリアさんは――」
悲し気に目を伏せるマシュ。ホームズはそんな彼女の言葉を受け継ぐ。
『ああ、その通り。だがもう一件、大令呪を使おうとした場面はあっただろう?』
立香の脳裏によぎったのは、極寒に支配された獣国。
そこの担当者であったクリプター。
「カドック……」
『ああ、我々が最初に対決したクリプター、カドック・ゼムルプス……彼は大令呪を使おうとしてこう言った。『この世界でダメなら、異なる世界を構築する』と。これは、空想樹と大令呪が揃えば新たなる異聞帯を構築することが可能ということを示唆している。……ここまでは既に判明していた事実から推測出来ていた。だが八雲紫にはそれをなす動機がない。ああそうさ、幻想郷の賢者である八雲紫には動機はなかった。だがあくまで彼女個人としてみた場合――』
名探偵が犯人を名指しするように、その答えを告げた。
『――八雲紫。君は……自分の世界を取り戻すつもりだな?』
その答えに立香は、思わず紫へと視線を向け直した。
――それは他の面々も同様で……
その視線を向けられた少女は、その全てを受けとめた。
「ご名答――さすがは音に聞こえた名探偵」
『実際の所、今のは既に判明していた事実を並べただけだ。推理というほど大仰なものではないさ。賞賛の言葉は受け取るがね』
だがかく言う名探偵の面持ちには、既に自慢げな色はなかった。
「それって……私たちと同じ……」
呆然としたようにマシュが呟く。
『我々に移住を促したのは決して助け舟を出したわけではない……自分の世界を取り戻すのに邪魔だったという訳か』
言葉面こそ批判的だが、ゴルドルフ所長の面持ちも晴れない。
分かってしまったからだ――他の誰かならまだしも、他の世界を破壊し自らの世界を取り戻さんとするカルデアに、彼女を批判する資格はないと。
そんな中で、レミリアが口を出す。
「なるほどね……ねぇ紫? あなた、こいつらの世界より自分の世界が正しいと思う訳? 陰謀によって葬られた世界よりも、正式に剪定されたあなたの世界の方が正しいって?」
「愚問ね、レミリア」
紫は分かり切ったことをと、肩をすくめる。
「私の世界はもとより、“正しさ”の為に殺された。ならばそれを蘇らせようとする行為は、
「わかった上で突き進む、か。賢者様にそこまで我儘な面があったなんてね」
「幻想郷の妖怪なんて、みんなそんなものよ」
「違いないわ。私も含めてね」
「ちょっと……ちょっと待ってよ!」
二人の妖怪の会話に、巫女が切り込む。
その表情は焦ったような、信じられないことに気付いたかのようで――
「私には、剪定事象も汎人類史もよくわからない……でも紫!
境内に木霊する霊夢の声に――紫は嬉しそうに……そして寂しそうに微笑んだ。
「――っ! 答えなさい! さっき、居場所だって言ったわよね!? それとも、自分の故郷の方が大事だって言うの!?」
「――全ての子は、いずれ親の手から離れ行くもの。幻想郷にも、その時が来ただけよ」
「そんな事言いながら、アンタだって親元に帰ろうとしているんじゃないの!」
「あら、うまく切り返されちゃったわね。でも私は境界の妖怪。私の境界は、その矛盾も許容する。――そしてこれが、決別の証」
紫がすうっと、手を振る。
立香には何が起きたのか分からなかった。
――だが霊夢は、ハッと目を見開く。
「今、何を――」
「博麗大結界のシステムを更新したわ。とはいえ基本的に機能は今までのものと変わらないから安心しなさい。結界の要には他に使い道が出来たから、サブの方に切り替えたの。ここ最近の実験データの収集から、新しいシステムの構築も終わっていたしね。元々アレをいつまでも要として使い続ける訳にもいかないと思っていたから、今回のことはちょうどよかったわ。これまでよりも安定的かつ、安全に管理できる結界。管理者として、藍も置いていくわ。――これで、幻想郷は私抜きでもやっていける」
「ふざけるなっ! 散々人をこき使って来て、自分勝手に話を進めて!」
「そういえば霊夢――あなた、ここの祭神を知らなかったわよね?」
「は? いきなり何の話を……」
「いえ、無理もないわ。私もカルデアが来るまでは、この死骸の名前は知らなかったのだから」
紫がスッと、手を上げる。
――今度の変化は、劇的だった。
もっとも……それは立香にとって、予期せぬものだったのだが。
地響きと共に、巨大な異形が立ち上がる。
キィシャァァァァァァ!! と、耳をつんざくような叫びをあげる。
霊夢はそれを前にポカンと立ち尽くし、やがてハッとしたように叫ぶ。
「ちょ、この感覚……まさかずっと私と繋がっていた、結界の――。それに何? まさかコレが博麗神社の祭神だったっていうの!?
彼女の叫びは、ソレの造形を端的に言い現わしていた。
体中に瞳をこびり付けた、異形の肉の柱。
カルデアにとっては、身に覚えがあり過ぎる存在。その名は――
「魔神柱っ!?」
人理焼却事件において暗躍した人類悪――ビーストⅠ・ゲーティア。
その72分の1にして、眷属たるおぞましき魔神。
この異郷の地では、あり得るはずのない邂逅。
だがそれを確認したシオンは、冷静な声で呟く。
『やはりそうでしたか……』
「シオン! 何か知ってるの!?」
『ええ、先ほど話した幻想郷の結界に確認された霊基パターン。加工こそされていましたが、魔神柱のソレと酷似していました。そしてようやく納得がいきました。カルデアが幻想郷とつながったのは、聖杯によるものだけではない。カルデアと魔神柱との、切っても切れない因縁が関連していたのでしょう。――もっとも、何故魔神柱がここにいるのかまでは分かりませんが……』
シオンから視線を向けられた紫は、魔神柱の前に立ち答える。
「先ほど話した、聖杯と一緒に拾った死骸ですわ。最早意思も精神も宿さず、ただ力の塊としてだけ存在する骸。――これが何なのかは私も長年の疑問でしたが、その性質は解明できた。人理補正と人理焼却――矛盾する異なる性質を有するこれは、幻想郷の結界を作る上で参考になり、触媒としても上物だった」
『やはり……幻想郷の結界には、人理を限定的かつ小規模に崩壊させる機能があるのですね』
「ええ、その通りよ。元より通常の人理の中では存在できないモノたちを受け入れる為の処置。不安定になった人理は、時にあらゆる可能性を受け入れうる柔軟性を発揮する。そのことは、あなた達もよくご存じのはず」
「――っ!」
思い当たる節が、多過ぎた。
カルデアに属する、通常の人理の内では存在しえない多くのサーヴァント。
人理が不安定な今だからこそ許される、例外たち。
――そう言えば、幾人かのサーヴァントが言っていたか。
幻想郷は、カルデアによく似ていると。
「もっとも人理から剥離し過ぎれば今度は本格的に特異点化するし、その辺りの微調整は本当に大変だったわ……おまけに龍神がガチギレするし――いえ、この話は止めましょう」
紫は一瞬苦々しい顔になるもののそれを振り払い、話を続ける。
「そう言えば酒吞さんが昨日おっしゃっていました。この国では、昔から何でも神様にしてきたって……」
「その通り。怨霊も荒ぶる神も時に調伏し、時に宥め、時に煽て神として自分たちを守るよう定義付けしていった。私が言えた話ではないけど、本当にちゃっかりしているわ。――この死骸も、そうやって博麗神社の祭神に祀り上げ結界の要とした……もっとも下手に意思に目覚められても困るから、名前は与えなかったけど。巫女の役割はこの魔神柱の制御。幻想郷をあくまで人理の内に止め続けるには、人間の巫女こそが相応しかった」
「わかったわ! ウチの神社に参拝客が少なかったのは、こんな変な神様だったからね!?」
「それは純粋にあなたの営業不足。というか立地が悪いのよ、立地が。神社の性質上仕方ないけど。とはいえもう空っぽの神社だから、次はあなたの好きな神様に祭神になってもらいなさい」
興味深そうに魔神柱を眺めていたレミリアが、ふと呟く。
「それで紫――こんなものを喚び出してどうするつもり? さっき使い道があるって言っていたけど」
「――ああそれは……こうするのよ」
魔神柱の周りを、数多の光る文字が囲む。
それは魔神柱を縛り付けるように取り囲み、吸い込まれていく。
「新たな名を与えます――あなたは魔神柱パラドックス。矛盾を内包したその身にて、私の力となりなさい」
『――っ、式神化した!?』
「そして――こう」
式神と化した魔神柱は光の粒子となり、紫の中に吸い込まれていった。
「完全憑依っ!?」
霊夢の言葉を、紫は捕捉する。
「だけではないわ。都市伝説異変、英霊と幻霊の融合。異なる力と霊基を組み合わせる参考資料には事欠かなかった。それに私の境界を操る程度の能力を応用すれば、魔神柱の力――人理を喰らう獣の力を我が物にすることもできる」
『八雲紫の観測結果に変化を確認! ――霊基パターン、ビーストⅠ!! 魔神柱と同質です!』
「これから私が戦う相手は、異なる人理。だったら人理を滅ぼす獣ほど、振るうのにふさわしい力はないでしょう? ――さて、これで一通りこちらの事情は話したかしらね。私たちはお互いの事情を知った。ここからは、競争相手」
八雲紫は、不敵な笑みを浮かべ宣言する。
「あなた達カルデアは、自分の世界を取り戻す意思を示した。そして私も、忌まわしき剪定の手によって葬られた我が過去を取り戻すっ! ――されどこの二つの願いが同時にかなうことはない。用意された椅子は一つ。ならば結論は決まっている。始めましょう――あなた達が三度繰り返した戦いの続きを。どちらが世界を取り戻すか――力をもってその証明を!!」
彼女から発せられる魔力と戦意――それを前に、一斉に身構える。
「――っ! 八雲紫の戦闘態勢への移行を確認! アーマード・マシュ、行きます!」
「早速出番――でもいつもの事! 私も切り込むわ!」
マシュが盾を、武蔵が二刀を構える。
互いの陣営に緊迫した空気が張り詰める中、霊夢が呟いた。
「……わかったわ」
「霊夢――あなたは下がっていなさい。これは弱肉強食の究極。元より異変ではない。巫女たるあなたの出る幕はないわ」
「何を寝ぼけたことを言っているのかしら?
霊夢がお祓い棒を、ビシィっと構える!
「もともと妖怪相手にまっさきに話合いなんてのが間違っていたわ! まずは一旦ぶちのめす! 後のことはそれからよ!」
「つまりこれは、正式な異変ってことよね?」
霊夢の言葉に、レミリアがニヤリと唇を歪める。
「フフ……合法的に紫をボコれる機会なんてそうそうない。私も参戦させてもらうわよ!」
言うや否や、彼女の手に光が集まり一瞬にして巨大化――レミリアの身の丈をはるかに上回る長大な槍と化す。
「スピア・ザ・グングニル!!」
吸血鬼の膂力で投擲される、巨大な槍。
それは放たれてコンマ1秒にも満たぬ時間で紫の身へと到達し――そのまますり抜けた。
「は?」
「下がりなさいっ!」
ポカンとするレミリアを押しのけ、険しい顔の霊夢がお札を投げる。
それは紫の周りを囲み結界を構築するが――
「腕を上げたわね……でも今の私の前には無意味」
紫はその拘束を何事もないかのように、あっさりと抜け出した。
「それは――私のっ!?」
「急造品にしてはよく出来ているでしょう? あなたの夢想天生をモデルにしたスキル。そうね……ネガ・グレイズとでも名付けようかしら? 効果は言わずもがなね。最早私には、攻撃がかすることさえない」
「霊夢のインチキ奥義!? このっ、なんてものを!」
「でも困ったわね。レミリアは別にいいけど、霊夢を相手取るつもりはないし……場所を変えるとしましょうか」
次の瞬間、立香の視界が一気に下がった。
「ようこそ――私の
〇魔神柱パラドックス
八雲紫が世界を彷徨う最中訪れた特異点でたまたま見つけ、回収した死骸。カルデアに敗北し、虚数空間を彷徨った果てに特異点を構築していた。最早意思も精神も宿さぬ骸であり、自発的には行動しない。されどその身は極めて高性能な魔術素材・触媒として機能する。八雲紫はこの死骸を解析し、人理を喰らう獣としての要素を解析。幻想郷を覆う結界の参考資料にした。
博麗大結界の祭神として祀り上げることでその力を高め、要として利用。ただし参拝客があまりいなかったので、力はそんなに増えなかった。なお、単独顕現スキルにより信仰がなくとも存在し続ける。
此度は新たにパラドックスの名を与えられ式神化。とはいえやはり意思はなく装備品扱い。その名は、矛盾を内包し続けた紫が自分を皮肉る形で名付けた。ちなみに要を失った博麗大結界は、幻想郷の地脈を利用する形に更新され基本的な機能は据え置き。
〇八雲紫 クラス:ビーストⅠ
スキマ妖怪。幻想郷の賢者――なのだが、本作においては一個人として目的に向かって邁進する。独自に発展し、当たり前のように切り捨てられた世界の生き残り――その果ての姿。作中においては自らの世界を再生させるために行動する――が、実際のところ彼女は……。
魔神柱をある種の礼装として扱うことで、ビーストⅠの霊基を身に着ける。カルデアに確認されている例では、アメリカ合衆国歴代大統領を礼装とし自身の概念を補強するトーマス・エジソンがもっとも近い。――とはいえ、現時点ではあくまで疑似的に再現されたビーストであり、本来のビーストではなく獣の証たる角もない。カルデアの行動が予想以上に早かったため不完全な融合であり、魔力の上昇、単独顕現の獲得に留まっている。
・境界を操る程度の能力EX
「境界」と名がつくものならほぼ全てを支配下におく。論理的創造と破壊の能力。物理、空間、概念と万象に通用する能力であり、神に匹敵すると称されることも。
・単独顕現E
単体で現世に現れるスキル。単独行動のウルトラ上位版。本来はビーストしか持ち得ぬ特性。このスキルは“既にどの時空にも存在する”在り方を示しているため、時間旅行を用いたタイムパラドクス等の時間操作系の攻撃を無効にするばかりか、あらゆる即死系攻撃をキャンセルする。――が、八雲紫の場合はネガ・グレイズとの兼ね合いから最低限までランクダウンしている。
・ネガ・グレイズ
境界を操る程度の能力により自らの存在の境界を限りなく曖昧にすることにより、自身の存在の可能性を極限まで拡散。本来はそのまま消滅するところだが、単独顕現により存在が確定しているため“存在しないのに存在する”という矛盾した状態が成立してしまっている。不透明な透明妖怪。あらゆる干渉を受け付けず、当たり判定が消失する。
博麗霊夢の夢想天生をモデルにでっち上げた急造スキルであり、カルデアの戦績を知った八雲紫が『確実に勝利できる力』よりも『絶対に負けない力』を必要としたことから誕生した。
その反面相殺し合うためか単独顕現のランクが最低限まで落ち、素の耐久力も著しく減少している。とはいえ弊スキルが発動している限り、あらゆるダメージは発生しない。
ちなみにネガ・グレイズは八雲紫が勝手に名付けただけであり、本来ビーストが持ちうるネガスキルではない。
いつもの倍くらいの文量になってしまった……
という訳で、クライマックスフェイズです。八雲紫に関しては原作・二次創作のほぼ全てにおいて行動原理が“幻想郷の為”であるため、本作ではかなりの変化球になっています。
FGOプレイヤーの方には何となく想像がつくかもしれませんが、FGOにて武蔵ちゃんが実装された時に、“もしも八雲紫が同じ境遇だったら?”とふと思いついたことが今作の大本になっています。
今回の話で彼女の目的も一応明らかになりましたが、内面は色々と複雑。その辺りは次話やマテリアルで捕捉していこうかと。
ってか独自設定の部分が色々とトンデモ理論ですが、“そういう解釈もある”と全てを受け入れる心で生暖かく流してもらえればとw
このSSもいよいよ残り数話といった所ですが、最後まで書きあげるつもりです。