落枝蒐集領域幻想郷   作:サボテン男爵

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今回は“舞台裏の指し手たち”回です。


落枝蒐集領域幻想郷 その17

 ――コツコツコツと、硬質な音が断続的に響く。

 ――コツコツコツ――コツッ……

 やがてその足音はとある一室の前で止まり、無遠慮にその扉を開けた。

 

「おやどうしたのかな名探偵? 大事件が解決したばかりだというのに休みもせずに――。第一ノックもせずに入ってくるとは礼儀がなっていないぞ? レディの部屋なら宝具が飛んでくるところだ」

 

 部屋の主――犯罪王ジェームズ・モリアーティは、来訪者である名探偵シャーロック・ホームズへと皮肉気に言い放った。

 

「少々聞いておきたいことがあってね」

「ふむ、この服装についてかね? いやはやこれから宴会があると聞いてね。私もバーテンダーとして少々腕前を披露させてもらおうと思った次第サ!」

「――参加者の大半は、実年齢はともかく見た目と精神は年若い娘たちだ。まさに犯罪的だな」

「やめてくれないかね! そのネタで弄るのは! ――ふう、邪魔しに来たのなら帰りたまえ。私も準備で忙しいのだよ。ほら、シッシッ」

「安心するといい。そちらの返答次第では、その準備の必要もなくなる」

「ほう?」

 

 モリアーティは面白そうに、禍々しく唇に弧を描く。

 

「よろしい。聞かせてみたまえ」

「――()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()?」

 

 言葉に確信の意を込め、ホームズは切りつけるように言い放った。

 

「今回の八雲紫の行動。カルデアへの侵入までは、まあいい。十分納得できるだけの力を彼女は持っていた。だがそこから先――誰にも気づかれずに、あれだけのスピードと正確さで情報を収集できたというのはあまりにも出来過ぎだ」

 

 犯罪王は無言で、名探偵に推理を促す。

 

「それに食堂に張られた幻想郷案内掲示板――アレはサーヴァント達がお祭り騒ぎに乗じやすいという性質をよく理解していなければ、取れない一手だ。間違ってもカルデアに遭遇したばかりの相手が選択する手段ではない。カルデアについて熟知した人物が、プランニングを行ったと見るべきだ」

「ふむ、納得のいく理由だ。それで、そのプランナーが私だと言うのかね?」

「その通りだ。何、既に証拠は挙がっている。まずは――……何のつもりだ?」

 

 ホームズは己が推理を、片手をあげて制して見せたモリアーティを睨みつける。

 

「――いや。折角の気持ちいい推理パートを遮って悪いが、一応忠告しておこうとは思ってね」

「忠告、だと? 君が、私にか?」

「ああ――今回ばかりは、()()()()()()()()()()()()()

「………………」

 

 飛び出した台詞にホームズは押し黙る。

 

「君がいかに神がかり的な推理や確定的な証拠を引っ提げてこようと、私の牙城を壊すことはできないと言っているのだよ」

「――それはおかしな話だな。私は自らの推理に絶対の確信を持っている。だがその自信――嘘や冗談にも見えない」

「何――実に、実に簡単な話なのサ」

 

 モリアーティは右手を振るい、自らの主武装たる超過剰武装多目的棺桶『ライヘンバッハ』を顕現させる。

 同時に研ぎ澄まされる魔力に細められる目。そして更に弧を深くする口元。

 

 対するホームズも、腰をわずかに落とし戦闘態勢に入る。

 それを見計らってかライヘンバッハから銃口が展開され、ホームズへと向けられる。

 

「――意外だな。このような短絡的な手段に出るとは」

「簡単な話だと、言っただろう。なんせ――」

 

 モリアーティは含み笑いをこらえ切れないかのように、そしてそれを開放するかのように言い放つ!!

 

「なんせ!! もう全部自白した(ゲロッ)後だからネ!!」

 

 パパァーン!! と、ライヘンバッハから軽快な音が響いた。

 同時に飛び出るのは鉛玉でも魔力弾でもロケットランチャーの弾頭でもなく、紙リボンと紙吹雪。それがふわりと、ホームズの頭や服にかかる。

 

「……………………」

「キャーキャー! 何かしら何かしら!?」

「お祭りの準備してるの? おじさん」

「おやジャック君にナーサリー君か。ほら、このクラッカーをあげるからあっちで遊んでいなさい。私はこの無駄にイケメン姿で召喚された男を嘲笑うフェイズで忙しいのでね。ああ、散らかしたらきちんと片付けるのを忘れないように」

「「ハーイ!!」」

「ハッハッハ、子供は元気なものだな。――ああ、そういう訳でついさっき事の次第は所長殿やダ・ヴィンチ君に全て報告してある。君が壊すべき牙城も解くべき謎も、とっくになくなっていたという訳サ! ハハハ、どんな気分だね? 心境を原稿用紙3枚以内にまとめて提出してくれ給え……おっと、ついつい教授としての癖が出てしまったな。ハッハッハ!」

「……

 …………

 ………………

 ……………………バリツ!!」

「うおうっ!?」

 

 たっぷりと溜めてから放たれたホームズの一撃を、モリアーティは腰を捻って回避した。

 

「ちょ、笑顔で急に殴ってくるのは止め給え!? 特に腰は! 今ちょっとピキッて音がしたのだがネ!」

「……チッ」

「柄が悪い!? 前々から思っていたが、サーヴァントになってから暴力に訴えることが増えていないかね!? 探偵としての矜持はどうした!?」

「何、推理だろうと武術だろうと事件を解決するための一手段。なんせカルデアには君に同情してくれるスコットランドヤードもいないからね。――正直なところ、生前のらりくらりと尻尾を掴ませない君の手管はなかなかに歯がゆかった。ライヘンバッハで君を肉盾にした時は気分爽快だったさ」

「聞きたくなかったのだがねそんな真実!? すり足でじりじり迫ってくるのは止め給えよ! ほらわかった! 答え合わせといこうじゃあないか!」

 

 両手を上げて降参のポーズをとるモリアーティにホームズはため息を吐き、眉尻を上げた。

 

「まあいい。動機については幾つか候補があったのだが……自白したというのなら、そういうことなのだろう」

「ああ、今回の一件は純粋に()()()()()()()()()()

 

 モリアーティは両手を広げ、やれやれといった様子を見せる。

 

「そもそもとしてだ、カルデアの中枢付近にまで侵入を許した時点で我々の負けだったのだよ。八雲紫の目的があくまで情報収集だったからまだよかったものの、破壊工作だったら致命的だった。ここの施設には取り返しのつかないものも多い。カルデアが数多のサーヴァントを召喚できる以上代替方法は存在するだろうが、それでも人理修復には大きな遅れが発生したはずだ。ならば下手に刺激して暴れられるよりも、欲しいモノを与えて穏便にお帰り頂くのがいいと判断したまでサ」

「その判断には同意しよう。その場にいたのが私でも、同じ手を取ったかもしれない」

 

 ホームズの返答に、モリアーティは唇を吊り上げる。

 

「だろう? 同時に幾つか契約も結ばせてもらったがね。――お互い、事が終わるまでは契約については誰にも話さない。私は彼女の欲する情報を提供し邪魔をしないが、彼女もカルデアの設備やスタッフの人命を保証する。もっともサーヴァントはその範囲外になるが」

「マスターは傀儡にされるところだったがね」

「それでも殺そうとはしなかっただろう? もっとも話している内に察したことだがね、彼女は他人に対して積極的に犠牲を強いるタイプではない。それは最後にして最悪の手段――なかなかどうして、善性に溢れている。契約抜きでも、よほどのことがなければスタッフの命は保証されただろうサ」

 

 犯罪王の観察眼。彼はそれをもって、胡散臭さのヴェールの向こう側をある程度見通していたようだった。

 

「年月と経験でカバーしているようだが、もともとそこまで腹芸がうまいタイプでもないのだろう。むしろ不思議ちゃんキャラで誤魔化しているのかな? 一皮むけてしまえば、案外素直なところがあるものサ」

「――確かに、ネクロファンタジアの決戦でもそのような部分はあったな。それで君のことだ。邪魔をしないと言いつつも、その辺りを突いて仕込みを行っていたのだろう?」

 

 ホームズからの指摘に、モリアーティは心底心外そうな顔を見せた。

 

「いやはや人聞きが悪い。そんなに人を疑って生きて、疲れないのかね?」

「生憎ともう死人の身の上。それで――?」

「遊びがない。まあチョーッとだけ、カルデアの事件解決能力のプレゼンを張り切ったりはしたがね? クロスロードによる世界間接続などカルデアなら3日もあれば解決し、お互いの世界は永久に交わることはないだろうと」

 

 おチャラけた様子の犯罪王へ向けて、名探偵は冷ややかな視線を送った。

 

「……そうやって彼女を急かしたわけか。彼女の望むものがこの世界にあると知りながら、急がねば手に入らないと」

「“幸運の女神は前髪しかない”――ああ、この諺はダ・ヴィンチ君の言葉という説もあったか。もっとも私は、空想樹が幸運の女神だとは到底思わないがね。むしろ逆に顧客のチップどころか、内臓の一片に至るまで食い尽くされそうな危うさすら覚える……話が逸れたか。――頭が良い者にありがちだが、彼女もどちらかと言えば事前にしっかりと計画を立てた上で事に臨むタイプだろう。少なくとも私はそう判断した」

「だからこそ、その得意分野を活かせないよう判断を急がせた。まったく、抜け目がない」

 

 呆れたように眉を顰めるホームズ。

 実際の所、モリアーティは何か嘘を言った訳ではない。

 カルデアの事件解決能力が高いのは、ホームズも認めるところ。

 それを詳しく説明するというのも、“邪魔”という行為には当たらない。

 結局のところ“嘘”はつかずに“事実”のみを使って“邪魔”をせずに、巧みに意識誘導して本領発揮を防いで見せたのだ――この犯罪王は。

 

「言っていることは真っ当でも、結果としてはマイナスになる、か……秦を思い出すな。人類存続の形としては汎人類史よりもはるかに安定していて、故に剪定された世界を」

「マスターたちや幻想郷に向かったサーヴァント達が収集した情報には私も目を通したが、本来アドリブ的なことはあの巫女こそが得意分野とするところなのだろう。タイプが違い、且つ補い合える二人の天才――仮に組まれていたら、実に厄介な相手だっただろうサ」

「そこに楔を打ち込んだ張本人がよくほざく」

「ハッハッハ、結果論に過ぎないサ。もっとも、さすがに疑似的なビーストにまで至るとは予想外だったが。ネガ・グレイズには肝が冷えた。あまり女性を追い詰めるものではないな」

「想定外のことが起こって悔しいかい?」

「無論、楽しいさ! 計算通りに行くのは快感だが、高々人間の頭一つで見通しきれるような世界など、それこそ真っ先に剪定されて終わりだろうからね!」

「だろうな。君はそういう男だ」

 

 正しい選択を取り続けた先にあるのが、正解とは限らない。

 逆に間違い続けた果てに、正解以上に辿り着くこともある。

 そう、例えば――

 

「もう一つ聞いておきたいが」

「何かな? 謎解き屋」

「事の発端になった()()()()()()()()()()()――あの場所の維持に力を貸しているのは、君だな?」

 

 ここで初めて、モリアーティが押し黙った。

 

「思えばあの特異点に姫路城が加わった一件、君の暗躍はあまりにもちぐはぐな印象を受けた。新たな霊基の確立、特異点としてのランクアップ――内容のイロモノさには目を瞑り冷静に見れば、やっていることはかなり大仰。だが自身の存在の隠ぺいについては大して気を使った様子もない。まるで見つけてくれと言わんばかりにね。生前と違い君の存在は既に知れ渡っているから、バレてもいい前提で動いていたのかとも思ったが――むしろ、バレることにこそ意味があった」

「オヤオヤ、さすがに疑い深いんじゃあないかい? そんなことをして、このアラフィフに何の得があるというのサ?」

 

 促すような返答に、ホームズも即座に切り返す。

 

「木を隠すなら森の中――ならば陰謀を隠すなら事件の中といった所か。君は事件の黒幕として暗躍し、敢えて最後には犯人として名指しされることで、あの特異点と君との関係は終わったものだと偽造――いや、誤認させた。なくした物を探すとき、一度探しきってしまった場所は早々もう一度探そうとはしないだろう? そういう心理を利用することによって。一体何を企んでいる?」

「企む、というのは人聞きが悪いネ……ふむ、我が宿敵よ。君は幻想郷のことをどう思う?」

 

 急に変わった話に眉尻を上げながらも、ホームズは答える。

 

「人外が人間を管理する、というやり方の話か?」

「ハハハ、そうシリアスな話じゃあないサ! 単なる一個人として、雰囲気がどうかとか、そういうレベルの話だよ。それにアレもある種の共存共栄。モニター越しではあるが、少なくとも人里の人間たちは現状に大きな不満は持っていないようだった」

 

 モリアーティは質問しながらも返答を待たず、言葉を続ける。

 

「単純に、引退先の一候補としてはありかなと思ったまでサ」

「引退? 今更堅気も戻るも何もないだろう」

「私のことじゃあないサ。そう――例えばジャンヌ・オルタ君」

「・・・・・・」

「他にはジーク君や、幻霊を融合させたサーヴァントなどもカルデアにはいるがね。おっと、それは私もだったか! 人理を巡る戦いに勝利するにしろ敗北するにしろ、特異な霊基たる彼らはその後どうなる?」

 

 ホームズは僅かな間をおいて、答える。

 

「――消滅だ。人理が不安定な“今”のみ存在を許容されているのであって、それが終わればこの世界にも英霊の座にも居場所はない。幻霊サーヴァントも、ただのサーヴァントに戻るだろう」

「その通り! もっとも君や私が何か言うまでもなく、彼ら自身そのことは重々承知しているだろうサ。でもね、勝利の暁には報酬くらいはあってもいいと思わなかネ? 例えば、身の振り方を選べる権利など」

「……つまり彼らの受け皿が、幻想郷だということか?」

「その通り! このカルデアと同じ、人理が不安定な領域――霊基の退去先として設定し直してしまえば、彼らの存続は可能だろう。この提案に関しては、先ほど所長にも話してある。何、『人理の為に尽力する彼らを使い潰すのか?』と言ったら一発だったよ。今頃クロスロード存続について、メリットとデメリットを天秤にかけているところだろう」

「悪辣だな。ゴルドルフ所長に、その言葉を無視できるはずがあるまいに」

 

 ゴルドルフ所長のアイデンティティの中で、その手の課題はまさに核心。

 絶対に考慮せざるを得ない事なのだ。

 魔導の道を進みながら、人の道も当然のように歩むゴルドルフ所長にとっては。

 

「エリザベート君の特異点も引退先の候補の一つ……もっとも当初は、カルデアの代替拠点を作れるのか? という実験だったのだがね。人理を巡る戦いの中、カルデア壊滅というパターンはありうるとは考えていた。そこで私が召喚される以前から高い存在強度を誇ったあの特異点に目をつけ、少々手を出させてもらったのだよ。君やダ・ヴィンチ君がシャドウボーダーを用意していたように、私も備えていたという訳さ。まあそちらに関しては、レイシフトの代替手段が見つからず頓挫したのだがね。いやはや大した技術だよ。アレは」

「つまり第2のカルデアとして、あの特異点を利用するつもりだったということか。それにしても、随分と精を出していることだな?」

「え? だって“こんなこともあろうかと!”とか最高に格好いいじゃあないか?」

 

 少年心を忘れない犯罪王であった。

 

「加えて、異聞帯における戦いにおいては我々こそが悪だ。ならば悪党筆頭としては、やる気を出すのも当然だろう?」

「悪をなす事と悪党であることは、また別問題な気もするがね」

「耳が痛いネ! 白状してしまえば、幻霊サーヴァントの誕生に関わった身としては少々責任を感じているというのもある。優れたプランニングには、アフターサービスも含まれるのだよ。他にはBB君の出身だというムーンセルとやらも引退先として考えてはいたが、こちらは正直手詰まりだ。私は縁が薄いのか、未だに干渉の術がない。かといって彼女に仲介を頼むのは、私といえど些か気後れするのサ」

 

 カルデア所属の中でも飛び切りの変わり種の一つ。

 一歩どころか半歩間違えれば、人類を独善的に――どこまでも際限なく甘やかす健康管理AI。

 

「しかしその割には、エリザベート君には首輪の一つも付けていないというのは意外だな。君ほど抜け目のない男が」

「ああ、それは至って簡単な話さ。アレは、おそらく私には制御できない」

「――何? かつてロンドン中に蜘蛛の糸の如きネットワークを張り巡らせ、多くの人間を躍らせた君らしくもない弱音だな」

 

 ホームズの言葉に対し、大仰に両手を広げて見せるモリアーティ。

 

「ハハハ、伊達に年は喰っていないのサ! どんなに緻密な計算を組み上げても、世の中それが全てじゃあない! 彼女を私の計算に組み込んだところで、おそらく肝心なところで予測もつかない行動に出てどんでん返しを喰らうだけサ! 彼女はまさしく、私のような数学者にとっては天敵と言える、トンでもないトラブルメイカーなのだよ!」

「随分と、彼女を買っているんだな」

「何、人類全員が理路整然とした計算通りの行動しかできない世界なら、とっくの昔に剪定の憂き目にあっている。彼女のように“予想もつかない変数”がいるからこそ、私たちは汎人類史を名乗っているのだよ。――私が言うのもなんだが、彼女の生前の行いは決して許されることではないだろう」

 

 真面目な顔つきになったモリアーティに、ホームズは大きく頷いて見せる。

 

「本当にどの口がといった話だ」

「ええい話を折るな! ――そんな彼女の行いも、我々の人類史を紐解けば数多ある残虐行為の一片に過ぎない。過去の負債を現在が精算し、未来にそれ以上の負債を残していっている――そんな自転車操業じみた世界が、我々の築き上げてきた人類史だ。だがそれでも数多の成功と過ち、無数の醜さと美しさ――その全てを糧としながら歩みを止めないことこそ、我々が汎人類史たる所以。だからこそ、死人の身(サーヴァント)でありながら善き未来へと進もうとするエリザベート君を、私は認めているのだよ」

 

 今のエリザベートは、かつての自分の行いの罪深さを知っている。

 サーヴァントは基本的に、成長することはない。

 ――その上で、より良き自分になろうと歩んでいる。

 暴走しがちだし千鳥足のような有様だが、それでも少しずつ前に進んでいる。

 

「あるいは彼女のような者こそが、やがて新人類になる日が来るのかもしれないな」

「私としたことが一瞬聞きほれてしまったが、それを言っているのが人類屈指の大悪人じゃあ恰好がつかないな」

「本当に一言多いな、名探偵!」

 

 犯罪王は抗議するも名探偵はどこ吹く風。

 その様子に肩をすくめながらも、モリアーティは告げる。

 

「まあなんてことはない。彼女を操ろうとして痛い目を見るのは、どこぞにいるであろう“自分の頭の中の世界”と“現実の世界”が同じだと思っている、賢しさを拗らせた私以外の数学者にでもやってもらえばいいさ! できればその光景を、酒の肴にでもしたいものだがネ! フハハハハハ!!」

 

                       ◇

 

「ふむ……そちらはうまく片が付いたようだな」

 

 夜色に染まった広い真球状の部屋に、低い声が響いた。

 声の主は50~60代に見える男性――身の纏う荘厳な空気は、男性の存在感をより力強く際立たせていた。

 目の前に浮かんだ本に指を滑らせながら、向かい合う女性へと視線を送る。

 

「ええ、おかげさまで。カルデアに干渉するにはこの部屋の方がやりやすかったのだけど、すっかりお邪魔しちゃったわね。おじ様」

 

 ――美しい女性だった。

 外見年齢は20代半ばに見える女性――青みがかった銀色のロングヘアーが微かに揺れ、紅い双眸がつまらなそうに閉じられる。

 

「あーあ。抑止力も面倒な仕事を押し付けてくれるものね」

「宮仕えは苦労するな、グランドキャスター」

「本当にね。……全く、他所の話にまで首を突っ込ませるなんて、私のことを使いっぱしりか何かだと思っているのかしら?」

「だが無関係という訳でもないのだろう? 幻想郷とやらは」

「……まあね」

 

 女性は瞳を閉じたまま、静かに答える。

 まるで瞼の裏に映る、雄大な光景を眺めるかのように。

 

「――此度の一件。賢者とやらの真正悪魔化を阻止するためだと言っていたか」

「正確にはその先――あのスキマ妖怪が本格的にビーストになったら、それに触発されてあの世界線のビーストが誤作動を起こす可能性が出てくるから止めろってね。まったく……そんな可能性、砂漠の中で一つの砂を探すようなものでしょうに」

「随分と心配性な抑止力だな」

「龍神に忖度しただけよ」

「……究極の一(アルテミット・ワン)の類か?」

「さあ? でもあの龍神は紫のことを随分気に入っているみたいだから。父親面しているし」

 

 呆れたようなセリフを漏らしながら、かけた椅子の背に思いっきり背中をつける。

 一目で最上のものと分かるアンティークの椅子が、ギシリと音を出して抗議する。

 女性の見た目によらず子供っぽい仕草に、初老の男は僅かに苦笑した。

 

「まあ、思ったよりは軽労働で済んだけど。“路”を紅魔館に繋ぎ変えて、天眼の放浪者を喚び込んで、カルデアのビースト因子持ちを幻想郷に入れないようにして……あら? 何気に最後が一番大変だったのかしら?」

 

 小首を傾げながらも、女性は『まあいっか』と椅子に掛け直した。

 

「駒さえ揃えたら、後は勝手に解決してくれた。おかげで余計な介入をせずに済んだわ。ドレミーや輝夜まで引っ張ってきたのは意外だったけど……レアルートね」

「ふむ」

 

 男性の前に浮く本が勢いよくひとりでに捲られ、あるページで止まる。

 

「月の不死人に夢の支配者か。なかなかの粒が揃っているな。ちなみにお主の本命は誰だったのだ?」

「あのガキンチョ吸血鬼。覚醒の一つや二つすれば他の面子と併せて勝てたと思うけど……全っ然真面目に運命を操る気がないわね、アレ。まあ分かっているから使わないんでしょうけど、それがまた腹立たしいというか」

「難儀な身の上だな」

「お互い様でしょう」

 

 余人には通じぬ会話を、世間話のように続ける二人。

 夜色の部屋と相まって、夢とも現実ともつかない雰囲気が辺りには流れていた。

 しかしその空気をあっさりと壊すように、女性が立ち上がる。

 

「さて、と……おじ様の方はスノーフィールドだったかしら? 間借りのお礼に何か手伝う?」

「気持ちだけ受け取っておこう。今回の聖杯戦争も、部外者を貫くつもりだ」

「そっ。今度は美味しい紅茶と茶菓子でも持ってくるわ」

「妹の方は、まだ見つからぬようだな」

「縁を“破壊”されているから、簡単にはいかないわね。でも縁だったらまたつなげばいい――今回の一件で、改めてそう思ったわ」

「そうか。ならば健闘を祈らせてもらうとしよう」

「ええ、それじゃあまた――」

 

 最後に女性はもう一度瞼を閉じ、遠い世界の幼き吸血鬼を幻視する。

 

「箒星を喚ぶつもり、か――まあ精々うまくやることね」

 

 微かな呟きのみを残し、彼女はこの宇宙の縮図から去っていった。

 




〇ジェームズ・モリアーティ
 犯罪界のナポレオン。カルデア悪だくみ四天王。人理を守るために腰を犠牲にし続けるアラフィフ。本件においてはささやかな暗躍を実行する。

〇賢さを拗らせた数学者
 どこかの世界でエリちゃんを利用しようとし、逆に台無しにされるかもしれない男。
 一体誰キメデスなんだ……

〇初老の男性
 平行世界の観察・運用を行う人物。礼装ではいつもお世話になっております。

○■■■■・■■―■■■ クラス:グランドキャスター

・容姿
水色がかった銀の髪、怜悧な色合いを宿す赤い双眸を持つ、20代半ばに見える女性の吸血鬼。

・千里眼(運命)EX
 過去と未来に渡って運命を紐解く。彼女の紅い双眸には、数多ある運命の糸が織り重なりまるで巨大なタペストリーを象っているように見えるとも。

・ノスフェラトゥEX
 吸血鬼としての、一つの到達点。不死性や高い魔力などの吸血鬼としての長所は強化され、日光・流水・銀などをはじめとする弱点はほぼ打ち消されている。しかし今でもニンニクは苦手。

・陣地作成EX
 工房や神殿ではなく、“場”と“状況”を整える極めて特殊な陣地作成。運命を操り縁を紡ぎ、一定領域内に彼女の望む要素を揃えることができる。しかし完璧なものではなく、作業の質と量が上昇するのに比例し彼女にも予期せぬイレギュラーが発生する可能性が高くなる。本件においては本物太子とか、メルトが受信した電波とか。

・経歴
とある吸血鬼が至りうる“if”。どこかの世界線において発生したグランドキャスター。八雲紫のビースト化はあくまで霊基の表面をなぞっただけの疑似的な在り方であり、正規のビーストクラスではない。そもそも東方世界の2019年における人理は盤石であり、未だ獣の予兆は存在しない。しかし八雲紫が本格的にビースト化を果たした場合、東方世界線の正規のビーストが誤作動的に発現する可能性が僅かにあったため彼女が派遣され、盤外から干渉を行った。

東方世界線とFGO世界線との間に発生したクロスロードは、八雲紫の聖杯とエリザベート・バートリーが持つ聖杯が同調した結果。しかしそれならば本来クロスロードは八雲紫の元へと開いたはずであるが、グランドキャスターによる干渉の結果“路”は紅魔館へと開かれた。

またカルデアのビースト因子持ちは、彼女によって幻想郷に入り込まないよう運命を紡がれていた。これは低い可能性はあったが、ビースト因子の共鳴により八雲紫のビースト化が進行する恐れがあったため。ビーストⅡの眷属たるキングゥの遺骸を取り込んだエルキドゥ、ビーストⅢの幼体である殺生院キアラとカーマ、零落したビーストⅣ、etc……が進入禁止を喰らっていた。あれ? カルデアって……

 本件の解決を請け負った彼女は事件を解決しうる力を持った人材を幻想郷に集め、経過を見守った。状況次第では直接介入するつもりであったが杞憂に終わり、偽りの獣は目覚めることなく沈黙した。

彼女自身は基本的に、その身を“世界の外側”に置いている。それは自身が干渉・存在することによって“その世界の運命”が確定される可能性を有している為であり、仮にそうなった場合人理という大樹は容赦なく、その枝葉を剪定するであろう。その在り方は、平行世界を運用する第2魔法使いにも似ている。

 現在は彼女との縁を“破壊”して姿を消した、とある獣を追っている。





 このSSも、残すところ一話となりました。駆け足気味で来ましたが、感慨深いものがあります――まあこの感慨は最後に取っておくべきですがw
 今回の話で舞台設定は大体出し終え、残すところは宴のみ。それではまた最終話にて。

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