落枝蒐集領域幻想郷   作:サボテン男爵

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落枝蒐集領域幻想郷 エピローグ

「ね、ねえ霊夢? 流石にこれはちょっとないんじゃないかしら?」

 

 決戦から2日後の昼下がり――場所は博麗神社。

 異変終結祝いの宴会の席にて、八雲紫は頬に汗を垂らしながら博麗の巫女へと抗議の声をあげていた。

 

「ダメよ、外しちゃあ。折角あの金ぴかの人から提供してもらったんだから」

 

 抗議の声をあっさりと却下された紫はガクリと肩を落とし、自分の首にかけられた粘土板を忌々し気に睨みつける。

 

『私はダメな賢者です』

 

 ――そうデカデカと文字が刻まれた粘土板を。

 

「ああ、紫様……おいたわしや」

 

 式神の八雲藍が、狐耳を畳みながら紫を案じる。

 

「ひゃっはーっ!! いい気味ですねぇ!!」

 

 逆にその様子をここぞとばかりに撮影するのは、烏天狗の射命丸文。

 

「あなたの顔も、人のことを言えないくらいヒドイことになっているけど」

「そんなものっ! この瞬間は捨てますっ! こんな絵1000年に一度撮れるか撮れないか! 今を逃せば二度と弱みを握る――もといこんな貴重な絵を撮る機会などないのです!」

「とは言っても、これだけ参加者が多いんだから、弱みも何もない気がするのよねぇ」

 

 霊夢がマイペースに漏らしたように、本日の博麗神社の宴会は過去最大規模。

 幻想郷の住人のみならず、カルデアからも多くのサーヴァント参加しているのだ。

 あちこちで、多くの交流が生まれていた。

 

「まあまあ紫。今回ばかりは甘んじて受けておきなさいな」

 

 音もなく傍により声をかけてきたのは、冥界の亡霊姫――西行寺幽々子。

 

「まったく……私にさえ何も言わずに思い詰めて。ちょっとは反省しなさい」

「悪かったわね……」

「ところで紫。男の人と付き合ったことがないって本当?」

「ゲホッ!?」

 

 急な問いかけに賢者はむせた。

 その反応に、幽々子は得心がいったとばかりに首を振る。

 

「やっぱりねぇ……そんな気はしてたのよ」

「ちょ――それを言うならあなただって同じでしょうに」

「え、私? 私はほら、生前は壮絶なラブロマンスを繰り広げて、その末に非業の死を遂げたはずだし」

「……まったく、記憶がないのをいい事に過去を勝手にねつ造して」

 

 呆れ切った紫の視線に、幽々子は舌をペロッと出して誤魔化して見せた。

 

                     ◇

 

「そう言えば霊夢」

 

 普通の魔法使い――霧雨魔理沙は紅白の巫女に尋ねる。

 

「カルデアって所とのクロスロードだっけか? アレ繋いだままにするかもって聞いたけど、本当?」

「ええ、まだ検証中だって言っていたけどそうなるかもって。何でもあっちの人理修復に、紫の技術が役に立つかもとかなんとか」

「ふ~ん、巫女的には良いのか?」

「いいんじゃない、別に? 隣合わせの異世界なんて今更でしょう。それに――」

 

 その瞬間魔理沙は見た。霊夢の瞳が銭へと変貌しているのを。

 

「カルデアでは時々、大きなお祭りをやるそうなのよ! 場所はまちまちらしいけど、それを博麗神社に誘致できれば……ふふふ」

 

 魔法使いは察する。あっ、コレダメな時の霊夢だと。

 

「見なさいよ、この料理のクオリティと珍しさ。このクラスが揃うならそれだけでお祭りの成功は間違いないわ。――あ、そこの赤いお兄さん。そのでっかいザリガニ貰えるかしら?」

「ザリガニではなく伊勢海老なのだがね。ほらどうぞ、赤いお嬢さん」

「そういや珍しく海の幸が多いな」

「藤太って人が出してくれたのよ。紫が魔力リソースを提供して、彼の俵からお米やらお魚やらお肉やらお酒やらがワラワラと」

「ほほう! そいつは興味深いマジックアイテムだな!」

「でしょう? サーヴァントってやつみたいだしウチで神様デビューしないかって誘ったんだけど、断られちゃったわ。残念」

「そういや本格的に神無し神社になったんだったか。でもそんなに食料を出せる奴が神様になったら、秋姉妹が本格的に死に絶えるな」

 

 紅葉の神秋静葉――そして豊穣の神秋穣子。

 魔理沙は秋の姉妹神を例に挙げるが、霊夢はあっけらかんとしたものだ。

 

「別にいいんじゃない。もう半分くらい妖怪みたいなものだし」

「ひどい巫女もいたもんだな」

「あいつらの神活が足りないのよ」

 

                      ◇

 

「こんにちは、藤丸立香」

 

 人形のように美しい少女に、立香は話しかけられた。

 

「えっと、初対面だよね」

「あなたとはね。私はアリス・マーガトロイド。こういう物を作っているわ」

 

 手渡されたのは、3対6枚の羽を持った少女の人形。

 

「それはお近づきの証にあげるわ。大事にしてね――それじゃあ」

「へ?」

 

 言うだけ言うと、アリスは踵を返しスタスタと去っていき、立香はポカンとした表情でその後姿を見送る。

 彼女が最後に発した囁きには、当然気づかずに。

 

「あとは運次第――いえ、縁次第ね」

 

                      ◇

 

「ん、師匠か……そっちの別嬪な嬢ちゃんは?」

 

 ケルトの光の御子は、自らの師匠であるスカサハと山の翁――加えて見知らぬ美少女という珍しい組み合わせとかち合っていた。

 

「初めまして、私は蓬莱山輝夜。ばぁや、この人は?」

「うむ、我が弟子のクーフーリンだ。お主にとっては兄弟子ということにも――どうした? そのようなだらしのない顔を晒して」

 

 クーフーリンは愕然とした表情で、大あごを開けた表情へと変貌していた。

 

「は? え、いや、だって……師匠がババア呼びを許している?」

「んーそうか、そうかんー、死ぬか。ここで死ぬな? いや、むしろ殺すか」

「おかしいだろおいっ!? ってうおぅ!? 本当に槍持ちだしやがった!」

 

 追いかけっこを始めた師弟を見送りながら、輝夜は山の翁へと笑いかける。

 

「フフフ、女心がわからない殿方ねぇ」

「然り。――だが優れた戦士である。万の趣味にも通ずる男だ」

「へえ、そうなの? だったら今度何か教えてもらおうかしら」

「時に、我が契約者に言寄ったようだが……」

「偉業には飛び切りの報酬が必要でしょう?」

「ふむ。その時に契約者がどう答えるかは先の話であるが――我が旅が終わる前に、その場に居合わせるのもよかろうな」

 

                      ◇

 

「がおー!」

 

 ビースト⑨が現れた!

 

「な!? そ、その姿は――!?」

 

 立香の隣でマシュが顔を険しくする。

 何故ならば、目の前に飛び出してきた氷精チルノの服装は以前見た水色のワンピースではなく、デンジャラスでビーストなものだったからだ。

 

「ち、ちょっとチルノちゃーん!?」

 

 追いかけてきたのは魔法の森で見かけた大妖精――なのだが、こちらもスケスケなネグリジェっぽい、ロイヤルでアイシングな姿になっていた。

 

「い、一体どこでそれを――」

「黒いお髭のおじさんから貰ったのよ! 『これを着ればまさに最強でござるよグフフ』って」

「それは別の意味での最強な気がするなぁ……」

「先輩、そんな事言っている場合じゃありません! とにかくお二人とも、すぐに元の服装に戻って――あと黒髭さんを拘束してルーラー警察に引き渡す必要がありますね。天草さんなら強化解除があるので、あの無駄にしぶといガッツでも紙切れです」

「待って下されマシュ殿!?」

 

 そこに現れたのは、問題となっている海賊――黒髭。

 

「――ご自分から出てくるとは、その潔さだけは評価します。……そう言えばふーやーちゃんさんも強化解除を使えるようになりましたね。尋問班に加わってもらえるよう依頼しましょう」

「女帝殿が加わったら尋問じゃなくて拷問になるでござるよ!? というかマシュ殿がいつになく物騒に!?」

「そりゃあ、昔の自分の衣装を持ちだされたらなぁ……」

「先輩、お口にチャックです」

 

 言いえぬ迫力を醸し出す後輩ちゃんなのであった。

 

「マシュ殿! これは誤解……そう、誤解なのでござるよ!」

「ほう……つまり冤罪ということですか? 確かに片方の事情だけ聞いて事を進めるのは盾持ちサーヴァントの名折れ。――では、お二人に声をかけたのは?」

「拙者でござる」

「あの衣装を渡したのは?」

「拙者です」

「着るように勧めたのは?」

「それも拙者でございます」

「――ギルティですね!」

 

 清々しい笑顔でマシュは判決を下した。

 

「ちょ、仰ることはわかるけどー! 拙者の言い分も聞いてほしいでござるよ!」

「この後に及んで言い分ですか? 今の黒髭さん相手なら、アーサー王陛下の十三拘束も開放されるでしょう」

「殺生な!? でも、でもこれだけは言わせてもらおう――!!」

 

 ぐぐぐと歯を食いしばり、ためた力を開放するかのように黒髭は叫んだ。

 

「誰かが! 止めると思ったんでござるよ!」

 

 あまりにも堂々とした人任せであった。

 

「憎み切れないコミカルな悪党具合と、時折見せるシリアスさによるギャップ――その両面戦術をもって、吾輩はこれまで多くのイベントにおいて準レギュラーの座を勝ち取ってきたのでござる。そう、ぽっと出の人気サーヴァントなんぞに負けないように!」

「ええっと……」

「今回の一件も怪しく衣装交換を迫りながら、結局はマスターをはじめとした邪魔者によって拙者が退治されるという王道パターン。そのはずでござった――だがいつまで経っても邪魔は入らず、この子等はこの子等で大して拒む様子もないし――最初こそ『アレ? ひょっとしてイケちゃう? グフフ』と余裕を持っていたものの、実際に着替えてこられると『あ、これガチでヤバいんちゃう?』と焦る拙者! つまりこれは、止めなかったマスターたちにも責任はあると拙者は主張します!」

「なんという責任転嫁」

「こちとら海賊よ! 身の危険は全力で回避させていただく!」

「――でも、ちょっとは着替えてくるの期待していたんだよね?」

「そりゃあ勿論……あっ」

「黒髭さん――」

 

 ニッコリと笑うマシュの後ろに、いつの間にか天草四郎と武則天が訪れていた。

 

「やっぱりギルティです」

 

 ――拘束され引きずられていく黒髭を尻目に、マシュは妖精二人に語りかける。

 

「まったく、お二人もお二人です。怪しい人の言うことを聞いちゃいけませんよ?」

「は、ハイ。ごめんなさい……」

「でもどうしてこの衣装を着てしまったのですか?」

「ぐっちゃんを見習って!」

「……先輩。私は芥さん――もとい虞美人さんとはよく話せていませんでしたが、これを機に一度しっかり話す必要があると思いました」

 

                       ◇

 

 ――時間も夕刻に差しかかった頃合い。

 宴会の席に、竜殺しが訪れた。

 

「すまないマスター。遅くなってしまったな」

 

 ジークフリートのみならず、幾人かのライダークラスを中心としたサーヴァント達。

 それぞれに大荷物を抱えてこの場へと訪れていた。

 

「英雄王から提供してもらった因果逆転の印刷機を使って刷ってきたが、さすがに量が量でな。まだ全ては終わっていないが、とりあえず出来ている分は持ってきた」

 

 ジークフリートが荷物の封を解くと、そこから顔を見せたのは――

 

「あっ、本!? それもこんな一杯!」

 

 真っ先に飛びかかったのは人里の貸本屋・鈴奈庵の娘である本居小鈴。

 彼女はかっさらうように一冊の本を手に取り開いて見入るが、次の瞬間には小首を傾げていた。

 

「アレ? これって、写真?」

 

 ペラリペラリとページを捲る彼女の指。

 どのページにも、幾枚もの写真が載っていた。

 そしてあるページで、ぴたりと指を止める。

 

「この人……阿求に似ている?」

 

 その言葉に反応したのか、名前を呼ばれた張本人である稗田阿求も本を覗き込む。

 

「あら――これ、3回目の時の私ね」

 

 1200年前から転生を続け、何度も前世に舞い戻り続ける少女はあっさりと断定した。

 

「でもこの時代に写真なんてないはずだけど……これをどこで?」

 

 疑問を向けられた立香は、その問いに答える。

 

「魔神柱からのドロップ品」

 

 その言葉に大きく反応したのは、当然かの魔神柱を操っていた紫だった。

 

「どういうことかしら? 魔神柱がこの写真を落としたというの?」

「正確には――」

 

 宴の席に訪れていたホームズが、待っていましたとばかりに補足を入れる。

 

「かの魔神柱――パラドックスが遺したのはある種の魔力結晶だ。それを解析したところ一種の記録媒体であることが判明してね。中身を確認していったのだが――ただひらすらに、膨大な映像記録だった。それを現像化したものがそのアルバムだ。おそらく、幻想郷設立当初から記録され続けていたものだ。博麗大結界成立後からは更に増えているようだな」

 

 紫が驚きで目を見開く。

 

「パラドックスは、魔神の死骸だったはずじゃあ……」

「――あるいは、死骸だったからかもしれないな。死したことで、人理補正式としての機能が正常に働き始めた。元は情報を集める役割を担っていた魔神なのだろう。意思を持っての行動というより、単に生理的な反射に近い行動である可能性の方が高いだろうが……とにかく、幻想郷を見続けてその記録を残したということだけは純然たる事実だ」

「………………」

 

 名探偵の指摘を前に、紫は膨大な蔵書――アルバムの中から一冊を選びとり、開く。

 優しく、懐かしむように捲っていく。

 横からひょいと、霊夢と魔理沙が覗き込む。

 

「おっ、この巫女って――」

「先代ね。懐かしいわぁ」

「こ、この胸部装甲は頼光さんにも匹敵しますね」

「術ではなく、格闘戦を主体にした巫女だったわ」

「殴ルーラーですね、わかります」

 

 

「このちっちゃな集落って……」

「人里の初期ね。妖怪退治屋や、異能なんかが理由で世間からつまはじきにされた人間たちが集まって作ったもの。その名残か、今でも人里ではポツポツ異能持ちが生まれるでしょう?」

 

 

「あら、霖之助さんが映っているわ……これって魔理沙の実家?」

「ってことは修行時代の頃か。うわー、変わらないなぁ」

 

 

「おっ、この美人の巫女さんは――」

「博麗大結界を張った時代の巫女ね。霊夢とは違う方向だけど、優秀な巫女だったわ」

 

 

「……この金髪の妖怪、なんか見覚えがあるような?」

「ああ、それルーミアよ」

「今よりずいぶん大きいわねぇ」

「昔龍神がガチギレした時、流れ弾を膝に受けてね。だいぶ体と力を削られてあんな子供の姿になったのよ」

「そーなのかー」

「あなたのことよ」

 

 

「ちっちゃな霊夢発見! 見ろよ、抱っこしてる紫が蹴られてる」

「わんぱくなのよねぇ」

「妖怪退治の巫女として、将来有望だったってことでしょ」

 

 

「ああ、これは紅霧異変の時ね」

「そういや弾幕ごっこもこの辺りから本格化したんだったか」

「懐かしいわねぇ。生意気な人間の魔法使いを逆吊りにして、生き血を啜ったのを覚えているわ」

「どこの平行世界だよ、それ」

 

 

「あら、魔理沙じゃないの。この子供」

「恐る恐るって感じで箒に跨っているわねぇ。こんなに可愛らしいのに、今では泥棒の常習犯か」

「死ぬまで借りているだけだぜ」

 

 

「うん? この赤ん坊を抱えた女の人、なんか霊夢に似てないか?」

「ああ、その人は霊夢のお母さん。赤ん坊は霊夢ね」

「へ? 私お母さんっていたの?」

「そりゃいるわよ、人間なんだから。外の世界からある時ふらりとやってきてね。元々弱っていたのか、霊夢を神社にあずけたあとすぐに亡くなったけど……幻想郷でなら、“少し不思議な女の子”として生きられるだろうって」

「……“少し”?」

「“最後の神稚児”なんて呼んでいたけど、何のことかはよく分からなかったわね」

「――そっかぁ。この人がお母さん、かぁ」

 

 

 ――気がつけば、多くの幻想郷の住人たちがアルバムを手に取り、紫たちと同じように語り合っていた。

 ワイワイと、ガヤガヤと――

 楽しそうに、そして懐かしそうに――

 過去を語り、現在に繋げ、未来を想う。

 

 その様子を見ていたマシュが、ふと思いついたように漏らす。

 

「ひょっとしたらあの魔神柱は……ずっと幻想郷を見守っていたのかもしれませんね」

 

 一冊のアルバムの表面を、尊いものに触れるように優しく撫でる。

 

「勿論、魔神柱には誰も気づかなかっただけで実は何らかの意思があったのか、それとも単なる機能として動いていたのか――それを確かめる術は既にありません。ただそうあってほしいという――それだけの願望。でもそう考えた方が……きっと幻想(ロマン)があると思うんです」

 

 少女のささやかな願望を耳にした紫は、そっと目を伏せる。

 

「――だとしたら、パラドックスには悪い事をしたわね……」

「いや、そうでもないだろうさ」

 

 少女の自責を、探偵が否定した。

 

「魔神柱は、元は人理補正式。人々を見守るために編纂された魔術だ。――その魔神柱が見守っていたというのなら、この幻想郷は“見守るに値する場所”として認識されていたということだろう。最後こそあのような形になったが……おそらく君は、誰よりも正しい形で魔神柱を運用していた」

 

 投げかけられた言葉に、紫はまじまじとホームズの顔を見た。

 

「意外ね、あなたはもっと理論の塊みたいな人だと思っていたけど……そんな優しい言葉を口にするなんて」

「ハッハッハ、そうだな。――時にマスター、名探偵の仕事はなんだと思う?」

「それは――謎を解くことでしょ?」

「いや、それはあくまで手段の一つだよ。――名探偵の仕事は、事件を解決することだ。それもできうる限り関係者が幸せになれるように、未来に希望を持てるようにだ」

 

 ホームズは微笑みながら、ウインクを飛ばして見せる。

 

「その為なら推理もするしバリツも使う。滝壺にだって飛び込むさ。無論、肉盾(モリアーティ)を忘れる気はないがね。――それに、耳障りのいい言葉だって口にしよう。納得していただけたかな、Ms.紫?」

「そうね……現実の探偵なんて浮気調査ばかりしている人だと思っていたけど――もっとずっと、夢がある人達だったのね」

 

 少女はアルバムを胸に抱き、あどけない笑みを浮かべて見せた。

 そしていい事を思いついたというように、あるアイディアを口にする。

 

「私、記念館を作ろうと思うの。この写真たちを飾って、誰でも見に来れる――そんな場所を……どう思う?」

「いい考えだと思う」

 

 立香が即答すると、彼女は楽しそうな顔をした。

 

「ええ、今回の一件の後始末が終わったら、早速準備に入って――いえ、そうじゃないわね」

 

 紫は自分を窘めるかのように首を振り、集まった幻想郷の住人たちに声をかける。

 

「みんな――手を貸してくれるかしら?」

 

 一瞬場が静まり返り――

 最初は伊吹萃香が声を張り上げる。

 

「建築なら鬼に任せておくれ! 旧地獄の奴らも萃めてくるからさ」

 

 西行寺幽々子が魂魄妖夢を前に押し出す。

 

「私たちも手伝うわ。主に妖夢が」

「私ですか!? いえ、まあ木材の切り出しや庭の造形ならできますが」

 

 稗田阿求と本居小鈴が頷き合う。

 

「幻想郷としても貴重な資料。稗田家としても力を貸します」

「私も写真を掲示するくらいなら!」

 

 射命丸文と姫海棠はたてがカメラを掲げる。

 

「その手の事業なら、我々天狗を外してもらっては困りますね」

「“これまで”だけじゃなくて、“これから”の写真も必要でしょ?」

 

 少名針妙丸が全身でアピールする。

 

「私っ! 私の写真はぐーんと引き伸ばして!」

 

 多々良小傘が舌を出す。

 

「わちきも釘の準備とかなら。でもお給金をはずんでくれれば嬉しいです!」

 

 洩矢諏訪子が地面を踏みしめる。

 

「地均しなら任せておいてよ」

 

 レミリア・スカーレットが指を一本立てる。

 

「だったらウチのホフゴブリンたちも出すわ。アイツら小器用だから」

 

 パチュリー・ノーレッジが魔導書の表紙を撫でる。

 

「小悪魔たちもね。資料整理ならお手の物よ」

 

 蓬莱山輝夜が振り返る。

 

「だったら写真には永遠の魔法をかけましょうか。変化も大事だけど、ずっと残るものがあってもいいわ」

 

 八意永琳が姫の視線を受け頷く。

 

「どうせなら内部の空間を広げましょうか。それだけの写真、相当場所を使うでしょう?」

 

 摩多羅隠岐奈がふんぞり返る。

 

「扉ならば立派なものを用意しよう」

 

 本物太子が烏帽子に手を当てる。

 

「そういうことでしたら、多くの寺院の建立に携わった私の手腕もお貸ししましょう」

 

 豊聡耳神子が慌てる。

 

「何故私より自然に混じっている!? あ、風水とかなら手伝うよ」

 

 聖白蓮が手を合わせる。

 

「素晴らしい考えだと思います。我々もお手伝いさせて頂きます」

 

 比那名居天子が帽子で顔を隠す。

 

「まあ、頼み込んでくるなら地鎮くらいはやってあげるわよ?」

 

 上白沢慧音が腕を組む。

 

「里の人間が歴史に興味を持つきっかけになるだろう。私に出来ることであれば、力になろう」

 

 アリス・マーガトロイドが糸を手繰る。

 

「こちとら物作りが本職よ?」

 

 博麗霊夢がお祓い棒で手をポンポンと叩く。

 

「物販コーナーなら任せて」

 

 多くの人妖神仏が思い思いに語り合い、構想を口にし、あーでもないこーでもないと口論する。

 紫はその様子を本当に楽しそうに、愛おしそうに見つめ――

 

「霊夢の言う通り、私って本当にバカね……」

 

 いつの間にか暗く染まっていた空を見上げる。

 

「幻想郷は、こんなにもあたたかいのに――」

 

 夜空に、一筋の星が走った――

 

                      ◇

 

 夜分――神社の宴会はまだ続いており、かがり火の傍で騒ぐ酔っ払いたちも多く見ることができる。

 紫はその喧騒から離れ、一人静かに盃を傾けていた。

 

 思いを馳せる。

 これまでのこと。

 これからのこと。

 そして今のこと。

 

 空になった盃に再び酒を注ぎ――後ろから伸びてきた手に、盃ごとひょいっと奪われた。

 

「私も一杯貰うわよ」

 

 その少女は紫の隣に当然のように――ごく自然に腰を下ろし、盃の中身を一気に呷った。

 

「う~ん、美味しいっ! いつもこんないいお酒飲んでるの?」

 

 その姿をはっきりと目にした紫は、ポカンと口を半開きにし――やがておかしそうに笑った。

 

「ふふっ、いつもはもっと安酒よ。今日は特別」

「そっか。う~ん、最近はレトルトばっかだったから五臓六腑に染み渡るわ~」

 

 大きく伸びをする少女に、紫はやれやれと首を振る。

 ――この時を何度も夢想した。

 ――きっと劇的な瞬間になるだろうと思っていた。

 

 でも結局、こんな何でもない振舞いこそが自分たちには一番似合っている。

 そんな当たり前の事実に、ひどく納得してしまった。

 

「全く。ちゃんと野菜も食べないとだめよ」

「さっきまでは宇宙にいたのよ。大変だったんだから」

「そんな場所まで行っていたからこんなに遅刻するのよ」

「遅くなってごめん! 何分遅刻?」

「もう数えるのにも飽きたわよ、蓮子」

「だからごめんってば、メリー! それより、幻想郷を案内してくれる?」

 

 数多の時間と季節が巡り――

 それでも昨日別れた学友に会うかのように――

 二人は隣り合わせで笑い合う――

 ようやく埋まったスキマを温かく思いながら――

 

 

 

 

 

 ――その光景を目にしていた藤丸立香は、隣に座る幼き吸血鬼に尋ねた。

 

「レミリア――ひょっとして何かした?」

 

 永遠に紅い幼き月は瞑っていた目を開き、茶目っ気溢れる笑みを浮かべて見せる。

 

「――さあね? そんな事より、乾杯でもしましょうか」

「何に対して?」

「箒星が降った夜に」

 

 彼女はそう言祝ぎ、血のように紅いワインが注がれた聖杯を掲げてみせた。

 数瞬後――カァンと杯が合わさる音が夜空に響き、溶けていった。

 




〇ビースト⑨
デンジャラスビーストwithチルノ。いろいろあぶない。
人類が克服すべき欲望の一つかもしれなくもない。

〇アイシング大ちゃん
ロイヤルアイシングwith大妖精。きけんがあぶない。

〇本物太子
結局幻想郷に居座った。

〇宇佐見蓮子 クラス:フォーリナー
 とある剪定事象の生き残りにして放浪者。平行世界や異世界よりも更に遠い、コズミックホラー的な世界で多くの時間を費やしていた。本人曰く「求めているものとは何か違う。というかグロイ」。
 彼女の力には『自分を決して見失わない』という性質があり、その特徴を活かして探索者として活動しつつ、別れた友を探していた。
 その過程で邪神関連の事象に接触することもあり、その肉体はいつしか霊基の体へと変わっていた。そのクラスは、カルデアにおいてフォーリナーと呼称される特異霊基に当てはまる。彼女としては、別に邪神に魅入られた覚えはないらしい。
 探索者として活動を続けるうちにFGO時空から来訪したアビゲイル・ウィリアムズに接触――彼女の力も借り元の人理を基準とした世界群に帰還する。その後は平行世界をたらいまわしにされていた。
 幻想郷に来る直前には、それまでの活動の実績を買われ銀河警察邪神特捜科でバイトをしていた。――が、そのダークマター企業っぷりに脱走を決意。上司に辞表を叩きつけ逃亡し、その後幻想郷に流れ着いた。

 幻想郷では博麗神社の新米神様に就職。それを重石とすることで、東方世界線に霊基を留めている。霊夢とも仲良くやっている。ちなみにご利益は、“迷子防止”に“再会”。ラーマやカルデアのアビゲイル、それに謎のヒロインXXが度々訪れているらしい。

〇マエリベリー・ハーン
 幻想郷で時折姿を見るようになった少女。博麗神社の新米神様や巫女と一緒にいる姿をよく見かける。

〇神綺
 カルデアにて召喚された、3対6枚の羽をもつ謎の神霊。本人曰く魔界の神。地球上のあらゆる神話体系に存在が確認されず、当初カルデアを困惑させた。もっとも本人は、立香の持つ人形を見てひどく納得した様子を見せていたが。
 人理修復に力を貸しつつ、暇を見ては幻想郷に遊びに行っている。

〇幻想記念館パラドックス
 近い将来幻想郷に誕生する事になる新名所。多くの人妖神仏が建設に携わり、塔状の建物の中には幻想郷誕生から今日に至るまでの、数多の記録が収められている。
 また有志の手によって、『博麗の巫女セレクション』『幻想郷ガールズコレクション』『キャットクロニクル』などの資料が編纂されている。




 落枝蒐集領域幻想郷、完結です。短編から始まり、全20話に満たないとはいえ完結まで持ってくることができたことを嬉しく思います。
 当初は本当に短編のつもりだったのですが、『続きを読みたい』との感想をいただきかねてよりの妄想をぶち込んで攪拌して、何とか形にすることができました。この辺りは東方シリーズの柔軟性に、本当に助けられた形になりました。
 全体的な内容としては反省点も多いものの(特に戦闘シーンとか)、少しでも楽しんでいただけたのなら幸いです。
 ちなみに、一番動かすのが難しかったのは立香でしたねw もう何年もプレイしているゲームの主人公なのにw
 また何かネタができたら続きを投稿するかもですが、これにて閉幕。これまでお付き合いいただきありがとうございました。
 それでは最後に――

プレゼントボックスに『落枝蒐集領域幻想郷』クリア報酬が届いています。





〇魔神の見た幻想郷

おかしな話だが、夢を見ていたようだ。
ひとりの少女の物語を――

その旅は嘆きから始まった。居場所を欲し、郷を興した。
決して平坦な道ではなかった。失敗も過ちも、争いも諍いもあった。
それでも君は戦い続け、育み続けた。
私はそれを、ずっと見ていた。あの3000年よりは、有意義なものであった。

そろそろ死が追い付いてくるようだ。
この声が届くかは分からないが、最後に一つささやかなアドバイスを残そう。

一度立ち止まり、ゆっくりと周囲を見渡してみるといい。
そこには既に、多くの者達がいるはずだ。
その輪の中に、君の居場所はある。



――――それは魔神が見た幻想の記憶。
怒りと憐憫に溺れ、人理の悪性ばかりを見続けた瞳。
……それでも旅の果てに、美しいものを見た。
故にこの風景は、最後に遺した宝物。

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