落枝蒐集領域幻想郷   作:サボテン男爵

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番外編4 不死と忌死、あるいはタケノコ

「……というお話だったのです」

 

 締めくくりの文言を唱えると、自然に寺子屋の教室の中からに拍手の音が広がった。

 褐色の肌と豊満な肉体を持つ語り部は、返礼としてゆっくりと頭を下げる。

 

 女性の名はシェヘラザード――カルデアへと召喚されたキャスターの一人。

 普段は露出の多い格好をしているが、『さすがに子供の前でちょっとそれは……』と頼みこまれ支給された和風の上着を羽織っている。

 

「ありがとうございました。ほら、みんなもお礼を言うんだ」

 

 寺子屋の生徒たちにそう促したのは、腰まで届く青いメッシュが入った銀髪を持つ女性。

 彼女は上白沢慧音――寺子屋にて教師をつとめる獣人だ。

 

 『はーい!』と元気のいい声と共に子供たちは口々にお礼の言葉を発する。

 それに対し、こそばゆそうな反応を返すシェヘラザードであった。

 その光景に慧音は顔をほころばせながらも、口調を改める。

 

「よし、それでは本日の授業はここまで! 今回の特別授業の感想を宿題として出しておくが……その前に、まだ前回の宿題を集めていなかったな」

 

 一部生徒のテンションが目に見えて落ちるが、世の常たる光景である。

 慧音としても慣れたもので、手早く宿題を回収していくが――

 

「む、またやってきていないのか。全く……これで何回目だ?」

 

 常習犯を窘めるも、そっぽを向いて口笛など吹き悪びれる様子もなく。

 

「ええい、そこになおりなさい!」

 

 お仕置きとして頭突きを喰らわせようとする慧音。

 いつもなら数瞬後におでことおでこがガッチンコするところなのだが、今日に限っては後ろから彼女を羽交い絞めにする影が。

 

「いけません!!」

 

 特別講師として慧音自身が招いていた、シェヘラザードであった。

 

「ええと?」

「脳は非常に繊細な器官――わずかな衝撃でも場合によっては危険。頭突きなんてしたら死んでしまうかもしれません!」

「いや、私も頭突きのテクニックに関しては一家言あるというか」

「それでもです。例え1000回大丈夫でも、その次の1回は分からない。死という落とし穴は、常に見えないところで口を開いているものなのです」

「む……そうだな。あなたの手前、今回は控えておこう」

 

 結局少年は軽いデコピンと宿題の増量で今回のお仕置きは終わったのだが――そのことに対し彼が喜ぶどころか残念そうな顔をしていたのは……まあ見なかったことにしておこう。

 

                      ◇

 

「今回特別講師を引き受けてくれて、改めて感謝する」

 

 生徒たちが帰宅し閑散とした空気になった寺子屋。

 慧音はシェヘラザードに対して礼を口にする。

 

「物語は誰かを楽しませるためのもの……私の語りが力となれたのならば、幸いでした」

「何、宴会の時もそうだったが実際に大した代物さ。……言葉一つでああも臨場感を引き出せるとは、素直に驚かされた。まるで頭の中に物語の情景が浮かび上がるようだったよ」

 

 慧音は罰が悪そうに、後ろ髪をかく。

 

「未熟を晒すようだが、実のところ私の授業はあまり受けがよくなくてね。内容や喋り方がいちいち難解だとかで……私もあなたの半分ほどでも人を惹きつける語り口があれば、また違うんだろうか?」

 

 獣人の自戒に、語り部はゆっくりと首を横に振った。

 

「いえ、楽しいばかりでは授業にならないでしょう。時には厳しく教え導くことも必要かと。カルデアでも教師の経験がある方もおられますが、彼らも決してやさしいばかりではありません」

「ふむ……教えるというのはいつまで経っても難しいものだな。いっそその人達にも特別講師を頼んで、私自身もその授業から学ばせてもらうのも手か?」

 

 慧音のアイディアにシェヘラザードが真っ先に思い浮かべたのは、影の国の女王。

 

『んー、できない? そっかー、仕方ないなー。じゃあ死ぬしかないかー。残念だ』

 

 花の魔術師。

 

『獅子の子落としってあるだろう? え? いやいやまさか。別にこれだけの数を一から十まで教えるのが面倒って訳じゃないよ? 大丈夫、ちゃんと成功例(キャスパリーグ)がいるから問題ないさ! まあ僕は崖どころか塔の上から見ていたんだけど』

 

 悪の教授。

 

『よろしい! これでも生前は多くの学徒へと道を示したものだ。ではまずは、教科書としてこの邪悪教典(廉価版)を支給するので――』

 

「いえ、やめておいた方がいいでしょう……死人が出てしまいます」

「え、そんな震えるほどに?」

「死なずとも人生を大いに踏み外してしまう可能性は高いかと。ええ……人を選べば大丈夫だと思いたいですが、どこでどんな地雷を踏むか分からないので」

「死ねるような授業なら、私も受けてみたいところだけどな」

 

 シェヘラザードの耳に、突如聞き覚えのない声が入ってきた。

 思わず身構えてしまった彼女だが、目の前にいた慧音は特に不審がる様子もなく声をかける。

 

「妹紅、来ていたのか」

「よっ、邪魔しているわよ」

 

 生徒たちが開けっ放しにしていたふすまの影から姿を見せたのは、白に近い銀の長髪を揺らすモンペ姿の少女。

 

「所用で里まで来ていたから寄らせてもらった。廊下で聞かせてもらっていたが、楽しい授業だったよ。噺家さん」

「この国の、落語というカテゴリの語り部のことでしたか。でしたら私の称号としては相応しくありませんが……」

「語り一つで人を楽しませるんだから、同じようなものだろう? 嫌なら普通に名前で呼ばせてもらうさ。シェヘラザード、でいいのよね? 私は藤原妹紅――しがない健康マニアの焼き鳥屋だ」

 

 妹紅は肩越しに持っていた袋を差し出してくる。

 

「ほら、差し入れ。いつも通りタケノコだけどさ。アンタもよかったら持っていきな。授業料代わりだよ」

 

 シェヘラザードは受け取った袋の重さに若干よろめきながらも、中身を覗き込む。

 

「ありがとうございます。――なるほど、タケノコとはこういうものだったのですね」

「外人さんみたいだし、初めてかい?」

「はい。この国の竹取物語も私の千夜一夜物語の一篇として存在しているので、タケノコ自体は知っていましたが、実物を口にする機会はなかったもので。カルデアには日本出身の英霊も少なからずいますから、調理方法はお知りでしょう。……そういえば、かぐや姫は私と同じペルシア出身という説もあるとか。不思議な縁を感じるものです」

「………………」

「しかしこのタケノコの形。知っている顔を二人ほど思い出してしまいます。……あの、どうかされましたか? ひょっとして何か気に障ることを口にしてしまったでしょうか?」

 

 妹紅の様子に違和感を感じ取ったシェヘラザードは恐る恐る尋ねかけるが、少女は首を横に振る。

 

「――いいや、なんでもないさ。しかしタケノコで思い出すってのは、どんな奴らなんだ?」

「一人はフェルグス・マック・ロイ――ケルトの英雄です。螺旋の剣を振るう大変な偉丈夫ですが、男性としても色々と旺盛な方なので……幻想郷で問題を起こさなければいいのですが」

 

 シェヘラザードの声音から事情を察したのか、慧音は眉を顰める。

 

「そういった男性なのか。事を起こすなら、人里の外にしてほしいところだが」

「無理やり、ということはないようなので痛ましい事件にはならないかと。もう一人――というより一柱は、魔神フェニクス。こちらは直接の面識があるわけではないのですが……西洋における炎を纏う不死鳥――フェニックスとも同一視される、死と再生を司る魔神柱です」

「……死と再生の、魔神」

「私ならざる私を同胞と呼び、その不死性から来る生の苦しみ故に永遠の死を望んだ魔神。結局はマスターたちに敗北し、生に縋りつきながら滅んでいくという結末を迎えることになったのですが」

「……妹紅」

「いや――大丈夫だ。うん、大丈夫」

 

 深い色合いを宿した妹紅の瞳に、オロオロとする語り部。

 

「あの、やはり何か気分を害することを口にしてしまいましたか……? ええと、こういう時はヒトヅマニアの皆さんが考案した『浮気発覚時の対処法・謝罪編』を応用して……」

「必要ない。私が勝手に思い耽っただけさ。いや、それはそれでちょっと気になるんだが……それよりも、良かったらちょっと話を聞かせてくれないかい?」

「私は別に構いませんが……」

「ありがとさん。ええと、慧音。悪いけど――」

 

 視線だけで事を理解したというように、慧音は頷く。

 

「場所はここを使うといい。長くなりそうだからな。お茶を入れてこよう」

 

 こうして、当初の予定にはなかった課外授業が行われることとなった。

 口火を切ったのは、胡坐をかいた妹紅。

 

「いきなりこんなことを聞くのもなんだけど、カルデアには不死を殺す方法があるってこと?」

「妹紅」

「別に短気や自棄を起こすつもりはないよ、慧音。ただ、知っておきたいだけだ」

「はあ……シェヘラザード。おかしな質問だとは思うが、できれば答えてやってくれないか?」

「そう、ですね」

 

 シェヘラザードは事情を聴くべきかとも考えるが、自重する。

 これはきっと、根の深い問題なのだろう。

――少なくとも、好奇心の域を出ないうちに踏み込むべきではない。

 妹紅一人が相手なら答えるべきか悩むところだが、今は事情を把握しているらしい慧音が隣にいる。

 いざとなれば、彼女がストッパーになるはずだ。

 無論、語った者の責任として自らも動くつもりではあるが。

 

「前提として完全な不死を殺す方法というものは、存在しません」

 

 紐解いてきた御伽噺、サーヴァントとして召喚されてきた中で座に持ち帰った記録、カルデアで閲覧し疑似体験してきた旅路、キャスタークラスとして現界したことで手に入れた魔術知識。

 それらを総動員し、自分の中でかみ砕きながら説明する。

 

「本当に、死なないから不死なのです」

「だが実際に、フェニクスとやらは死んだんだろう?」

「ええ、なので――不死殺しは、まずは相手の不死性にケチをつけるところから始まります」

 

 異なる自分自身の手によって構築された地底世界。

 その最終譚の舞台――ラピュタにおいて散った不死の魔神の最後を、シェヘラザードは思い出す。

 

「不死はそのシステムが完全である限りは、どうしようもありません。――なので魔神フェニクス戦では、死と再生というサイクルを狂わせ、制御不能とすることでその不死性を剥奪しました。永遠という完全に、濁りを混ぜることで不完全な存在へと堕とす」

「濁り、か……それがあいつらの言う、穢れってことなのかな」

 

 妹紅は自分自身の、小さな手に目をおとす。

 

「フェニクスってやつは、生の苦しみから死を望んだって言ってたな」

「はい。彼の魔神がその不死性故に辿り着いたのは死の恐怖、そして残酷な生。そこから逃れるためにはどうしたらいいのか? という命題でした。もっとも、それは私も同じなのですが……」

「それは――ひょっとしてシェヘラザードも不死ということか?」

 

 慧音からの問いかけに、語り部は首を横に振る。

 

「いいえ、私という個体はあくまで普通に死にます。ただサーヴァントというのは、英霊の座と呼ばれる場所に座する本体から現世に投射された影法師。その本体が存在し召喚者がいる限りは、何度でも現界しえます。そしてその度に何度でも、最後は確実に死を味わうことになる。私のように死を忌避する者にとっては、終わりのない迷宮なのです」

「あんたは、死ぬのが怖いんだな」

「はい――永遠の生を得たいわけではなく、ただただ死が恐ろしい。あの恐怖を何度も咀嚼したくはない。――ですからフェニクスによって召喚された別の私は、魔神と互いに傷を舐め合い、被害者ぶって結託し、自らを召喚しうる神秘というシステムごと、世界を巻き添えに自殺しようとした。それを最後に、二度と死の恐怖を味わうことがないように」

「……スケールのでかい自殺だな」

「本当に、そう思います。そこまでやっても、本当に召喚されなくなるかは賭けの部分が大きかったのですが――でも、最後の最後で踏みとどまらせてくれた人がいた」

 

 想起するは螺旋の剣を携えた少年戦士。

 あの亜種特異点における自分の、唯一の誤配役。

 

「『その“生”は――いずれ避けられぬ“死”が待つものだからこそ――最低限、楽しくなくてはならん』。『心から惚れた良い男が傍におれば。愛を込めて育てた子が傍におれば、死を恐れる暇などないやもしれん』。――彼は死に怯えるばかりの(かのじょ)に、そう告げました。笑ってしまうほど単純な理屈です。でも確かに生前の私は、自分自身とその先に待つ死ばかりを見ていた。誰かを愛することも、続く誰かに託すことも忘れてただひたすらに――」

「傍にいる誰か、か……」

 

 妹紅は、消え入るような声を漏らす。

 

「不老不死っていうのは孤独だ。傍にいる誰かも、必ずみんな先に逝ってしまう。人の中で暮らしていけなかったってのあるけど、それ以上に私自身が人を避けるようになった――あいつらみたいに元から人間離れした精神なら話は違ったのかもしれないが、元がただの人間に過ぎない小娘には耐えられない――耐えられないはずなのに、壊れはしなかった。ははっ、これも薬の効能なのかな。今や死ぬことも老いることもない人の形の出来上がりだ」

「妹紅さん――やはりあなたは、そうなのですね……」

「一時の激情で当たり前の人生を捨てた女だよ。……『何が何でも死んでやる!』っていうのは今のところないけど、死ねる機会を逃したらそれこそ永遠に死ねないかもしれないって恐怖はある。死への恐怖と死ねない恐怖――あんたや魔神とは真逆になるけど、辿りつく答えがやっぱり“永遠の死”になるっていうのは、何ともおかしな話だよ」

 

 シェヘラザードは、かつて閲覧した第六特異点の記録を思い出した。

 聖剣を返還する為、1500年もの歳月を越えて旅を続けた隻腕の騎士。

 彼を指して、ある人物はこう告げた。

 

『そんな長い間―――ひとりで? 贖罪の旅を続けてきたのか、キミは!?

 そんな惨い話があってたまるか! 残酷にも程がある!』

 

 体が不老不死になったところで、人間の精神はそもそも元の寿命をはるかに超える歳月を想定されていない。

 目の前の少女がどれだけ生き続けたかは知る由もないが、あるいは彼以上に彼女は生き続ける可能性がある。

 かの騎士は王への忠義で精神を永らえさせていたが、妹紅の中にあるものは彼女自身が言ったように薬の効能か、あるいは――

 

「妹紅さん」

 

 シェヘラザードは、自然とその提案を思いついていた。

 

「一人だけ、永遠の死を実現した人物がいます」

「へ?」

「よろしければ、彼の話をさせていただいても? 少なくない時間をいただくことになりますが――」

「時間はまあ、構わないけど……どうせ永遠だし。あー、慧音はどうする?」

「私も同席させてもらおう。彼女ほどの語り手が推す物語――聞いておかねば損になる予感しかしないからな」

「――それでは、少々耳を拝借いたしまして……」

 

 シェヘラザードは己が宝具たる巻物を取り出す。

 カルデアで閲覧した各特異点のデータ。

 実際に旅をしたマスターたちから聞いた生の声。

 特異点に赴き、肌で感じ取った現地と戦いの空気。

 それらを元に『千夜一夜物語(アルフ・ライラ・ワ・ライラ)』にて組み上げた人類神話。

 “彼”と“彼ら”の、旅のお話――

 

「――これなるは、この世でもっとも新しい……人が世界を救った物語」

 

                      ◇

 

 ――夜は更け、月が弧を描く。

 その時間になって寺子屋からはようやく明かりが消え、彼女たちは人里の道へと出てきた。

 

「妹紅。もうこんなに遅い時間だし、やはり泊まっていかないか?」

 

 心配そうな顔の慧音に、妹紅は『いいよいいよ』と手を振る。

 

「私を誰だと思っているの?」

「小食気味で、不死身で、案外寂しがり屋の女の子」

「面と向かって言われると、ちょっと照れるんだけど……」

「この暗さじゃ、顔が赤くなっていても分からないさ」

「ならいっか。――今はちょっと、夜風を浴びたい気分でね。ゆっくりと寝床まで帰るさ」

 

 まるで憑き物が落ちたかのような、軽やかな声音。

 妹紅はシェヘラザードへと向き直る。

 

「今日はありがとう。色々と、ためになる話だったよ」

「――でしたら、語り部として幸いでした」

 

 続き様に、シェヘラザードは少し悩んだ様子を見せてから告げる。

 

「かつて私は、語り部として大きな間違いを犯しました」

 

 それは、自分ならざる自分がやった事。

 しかしシェヘラザード自身だからこそ分かる。

 仮に自分がその境遇に陥った場合、同じような選択をとった可能性が十分にあるということを。

 

「“あの人”は、自らの人生を見事に全うして見せました。王として生まれ国と民を導き、英霊として戦い、人として再誕し駆け抜けた果てに――若人に託して死んでいった。ですが私は、彼が迎えた“永遠の死”という結果のみを切り取って自分の都合のいいように解釈し、あまつさえ世界を壊す動機にした」

「………………」

「――その死の意味を何もくみ取ろうとせず、一方的に“羨ましい”などと口にした。語り部として相応しくない、致命的な失敗。――こんな私ですが、今の王は告げました。『あの旅の事を"彼の物語"として語ってほしい』と……だから私は語り続けます。いずれ“座”に帰る時もこの記憶だけは持ち帰り、次の召喚先でもきっと――」

「そっか。すごいな、語り部っていうのは」

 

 妹紅は片手をポケットから出し、後ろ髪をかく。

 

「私は長く生きるばっかりで、何もしてこなかった。いや、妖怪退治とかはしたけどストレス解消の意味合いが強かったし……今だから言えるけど、私のこれまでは“生きている”っていうより“死んでいない”だけって意味合いの方が強かったんだろうな」

 

 照れくさそうに、妹紅は語る。

 

「あんたの話、鮮烈だったよ。ちょっと生きる気力が湧いてきた……自分で思っている以上に、感化されやすかったのかな?」

「ふふっ、そうかもしれませんね。さっきの髪をかく動作、慧音さんにそっくりでしたよ?」

「えっ、本当?」

「むっ、私もそんなにガサツな手つきで髪に触れていたのか?」

「って慧音!?」

 

 ――気がつけば夜のとばりの中、三人で笑い合っていた。

 

「あー、もうっ! じゃあ、そろそろ帰るよ。……私も、死ぬ云々を考える前に最低限、やるべきことはやっておかなきゃならないからね」

「それは?」

「昔、恩を仇で返したことがあってね。ちゃんと詫びは入れておかなきゃ。じゃっ、お休み」

 

 そう言い残すと彼女はスタスタと歩き去っていき、やがてその背は見えなくなっていた。

 妹紅を見送った後、慧音はシェヘラザードに頭を下げる。

 

「授業もだが、今日は改めてありがとう。妹紅も幾らかは気が晴れたみたいだ」

「私は、物語を語っただけです。それを素直に受け止めることができたということは、彼女の感性のおかげでしょう」

「ふふっ、そうかもしれない。しかし――物語というのも凄いものだな。今日ほどそう感じた日はない」

「物語には空想上のものも多いですが、その中には“語られなかった歴史”を含む場合も多くあります。“あの人”の旅路も、公的記録として残るかはわからないところ。だからこそ、私が言の葉に乗せて紡ぎ続けるのです――」

「“語られなかった歴史”か……。歴史を創る者としては耳が痛い話だな。やはり私も、“語り”という物を少し勉強してみるべきか」

「私で良ければ、力にならせていただきます」

 

 シェヘラザードは少し考えこみ、告げる。

 

「そう、ですね……。いつか、妹紅さんの物語など語ってみては?」

「妹紅の?」

「彼女は何もしてこなかったと言いますが、人が歩けばそこには必ず足跡が残ります。“あの人”は『人は意味を見出すために生きている』と言いました。だったら誰かが、妹紅さんの歴史に意味を見出すことがあってもいいでしょう」

「そう、だな……妹紅は自分のことはあんまり人に喋らないから――誰か他に話す者がいてもいいかもな」

「ええ、勿論本人の許可をとってからですが」

「それが一番の難題だ」

「そうかもしれません。ですが――彼女の物語を語る者がいるとすればきっと、私などよりもあなたの方がずっと相応しい――」

 

 鳥の鳴き声が聞こえた気がして、二人は夜空を見上げる。

 そこには、一羽の火の鳥が空を駆けていく姿を見えた気がした――




〇シェヘラザード
 語り部のキャスター。死を厭う女性。宴会にて慧音と縁を結び、そこから今回寺子屋へと特別授業を頼まれ引き受けた。

〇上白沢慧音
 獣人の少女でワーハクタク。寺子屋にて教師を勤めるが、歴史の編纂も行う。

〇藤原妹紅
 不老で不死身の少女。主に火に関係した妖術も身に着けている。

〇浮気発覚時の対処法・謝罪編
 禁断の書物。円卓とかローマ皇帝とかその他諸々が関わっている。他にも逃亡編、開き直り編、誤魔かし編などが存在する。



 シェヘラザードって妹紅相手にはいろいろクリティカルな存在だよなー、って所から始まったお話。ちびちゅきではかぐや姫を演じたりもしていますからね。慧音の歴史も、物語に通ずる部分がありますし。“彼の物語”については、幕間の物語での約束もありましたからね。
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