「ま、ざっとこんなところよね」
煽情的な衣装を身にまとい、身の丈すら上回る巨大な弓を携えた女神は、天界の大地に仰向けに倒れた少女を睥睨する。
「無駄に頑丈で思ったよりも時間はかかったけど……所詮は天の人。天空の女主人たる私にかなう道理はないわ」
「――こ……のっ!!」
青い長髪を持った少女は、倒れ伏したままであろうともその視線だけは下げずに女神を睨みつける。
反抗の兆しを見せられた女神は、しかし逆ににんまりと笑って見せる。
「ふふっ、そうやって地に伏したまま見上げられるのは悪くないわ。傲岸不遜な相手なら、尚更に」
「ぐ……このくらいで、勝ったと思うなよ! ちょっと体がピクリとも動かないだけだ!」
「負け惜しみが心地いいわー。うーん、心が折れるまで相手をしてあげてもいいけど――生憎と今は別件を優先したいの。あなたもなかなかの才能だし、磨けば光るかもしれないわ。宗旨替えしたくなったらいらっしゃいな。巫女として使ってあげる」
傲慢に、見下すように――しかしそうであることに何ら疑問を抱かぬ様子で、女神は宣告する。
「約束通り、ここら一帯の土地は貰うわ。どうせ無駄に余らせているんだから、私が有効活用してあげる。ああ――見物くらいなら許してあげるわよ? 人間上がりとは違う――生まれながらの女神が為す、正真正銘の女神の御業というやつを」
ふわふわと浮かびながら、女神イシュタルは笑った。
◇
「マスター、おるか? 入るぞ」
マイルームにてマシュとフォウ君というお馴染みのメンバーで寛いでいると、突然景虎を伴った信長が訪ねてきた。
「ノッブに景虎さん、どうしたの?」
「フォーウ?」
「命蓮寺の宝塔の件で進展があったので相談に来たのですが……」
景虎が信長を見ると、彼女は神妙な面持ちで低く唸る。
「お主たちもバタバタしておったから忘れていたかもしれんが、宝塔の行方が分かった」
「星さんの神宝ですね。見つかったのなら良かったです!」
マシュが両手を合わせ我が事のように喜ぶが、反面信長の顔は晴れない。
「うむ、仮に文面に起こせば一冊文庫本を書けそうなくらいの大捜索劇じゃったが――実は少々……いやかなり……いやいや極めて厄介なことになっておっての」
「フォフォウ?」
「私はまだカルデアに召喚されて日が浅いので、信長の語る“厄介さ”が今一つ理解できないのですが、どうしてもマスターに相談すべきだと言って聞かなくて。お疲れでしょうが、力を貸してもらっても?」
「どんとこい!」
既に関わった相手であるし、何か困っていて力になれるというのなら喜んで力になるところだ。
そう伝えると、信長は顔をほころばせる。
「わっはっは! そうかそうか。それでこそわしのマスター! これで1,800万人力じゃな! ……それでは単刀直入に話すとするが、実は宝塔には宝石を生み出す力があるそうなんじゃが――」
「ゴメン、突発性の仮病が」
「フォーウ!?」
あっさりと前言を撤回しフォウ君を枕代わりに、ヨヨヨとベットに横になり布団を被る。
これぞ刑部姫直伝、即席シェルターの陣。
「さすがに経験者、察しがいいの! 気持ちはわかるが逃げるなっ! ってこれは火炎伯爵!? ええい、礼装変わり身とは小器用な!」
「むっ――そこです!」
こっそりとマイルームから脱出を図っていた立香は、景虎に羽交い絞めにされ逃走を阻止された。
「後生だからお虎さん! 離してくれっ!?」
「あのマスターが何のためらいもなく逃げに徹するとは……それほどの相手という訳ですか」
数多のジャイアントキリングを成し遂げ、如何なる境地にも立ち向かってきた立香。
景虎自身その光景を目の当たりにしているため、彼が本気で逃走を図るというのは何だか新鮮にも感じた。
――いやまあ、頼光とか清姫とかからは偶に逃げている気もするのだが。
「ともあれ、まずは命蓮寺に向かうとしましょう。詳しい話はあちらで……」
◇
「これはこれは……ようこそおいで下さいました。先の宴会以来になりますね」
命蓮寺にて出迎えたのは、人知を超えた阿闍梨――聖白蓮。
案内された一室にてにこやかな表情で歓迎の言葉を述べるが、その顔色にはわずかな翳りが見える。
もっともとなりにいる妖虎の顔色などは、前会ったときのキリっとした表情が崩れ憔悴しきった様相なのだが。
「あの、星さん……大丈夫ですか?」
「これはみっともないところを……」
「実はご主人、先んじて相手方との交渉に入っちゃってね」
「なんと――わしらがマスターを連れて戻るまで待っておくよう言っておったろうに。先走った真似を……」
「あまり責めないでやってくれるかい。ご主人も責任を感じていたんだ。まあ、結果はご覧の有様な訳だが」
星の従者であるネズミ妖怪のナズーリンは、耳をぺたりと畳みこむ。
「悪い事は重なると言うが……うん、ひどく実感したよ。以前の古道具屋にも吹っかけられたが、今回は法外が過ぎる。アレは実質的に、返すつもりがないという意思表示だろうな」
「私も毘沙門天の代理人ですので、神仏相手なら多少は話が通じると思っていたのですが……甘く見積もり過ぎていました」
揃ってため息を吐く主従に、立香もさすがにこの状況で逃げ出すわけにもいかないと腹を括る。
「えっと、イシュタルは何て言ってるんです?」
カルデアにおける女神系サーヴァントの一柱。
天空の女主人であり、美と愛、そして戦を司る金星の女神。
よかれと思って世界規模の災害を引き起こすトラブルメーカー。
彼女こそが、今現在寅丸星の宝塔を所持している張本神であった。
「とりあえず、これを見てくれ。彼女からの宝塔引き渡しに対する要求だ」
「拝見します」
「フォウ」
ナズーリンから差し出された用紙をマシュが受け取り、目を通す。
「………………???」
マシュは一旦眼鏡をはずし、服の裾で目を拭った後再度眼鏡をかけもう一度用紙を見る。
しかしそこに書かれていることが間違いでないことを、改めて認識することになるだけだった。
横から覗き込んだ景虎も固まっている。
「……なんです、これ?」
「気持ちはわかる。誰だってそーなる。私だってそーなる。でも悲しい事に現実なんだ」
「でもこんな額っ!? こんなの、ギルガメッシュ王くらいしか払えないのでは!」
「むしろ払える人がいるという事実の方が、私としては驚きなのですが」
マシュの言葉に星はどこか遠い目になっていた。
「富の偏在は社会問題の一つというからのう」
「……とにかく、そういう訳なのさ。正直命蓮寺を質に入れたところで到底払いきれる額ではない。宝塔を新調する方がまだ目がありそうだ」
「新調、できるのですか?」
景虎の問いかけに、ナズーリンは両手を上げる。
「さあ? ご主人は破門になるかもだけど」
「そんなぁ」
肩を落とす星だが、その肩に白蓮が手を置く。
「此度の一件、星にも落ち度があるのは事実でしょうが、それを差し引いてもこの要求は些か筋が通らないでしょう」
「聖……」
「神仏が相手とはいえ言われるままに鵜呑みにするのは愚挙。――故に解決には、別の方法を用いたいと考えています」
「それは?」
「幻想郷流の決闘方法……スペルカードルール。通称“弾幕ごっこ”です」
弾幕ごっこ――今現在において、幻想郷のおけるもめ事を“力”で解決する場合に主流となっている決闘方式。
妖怪は人間を襲い、人間は妖怪を退治する――その在り方が人間と妖怪、両者にとっての一般的な関係なのだが、小世界である幻想郷には些かそぐわない部分があるのも事実。
本気で“力”でぶつかり合えば勝っても負けても被害が大きく、かといって争わなければ力と存在は衰えていく――
そんな現状を打破すべく、新時代の戦いの仕組みとして生み出されたのが弾幕ごっこなのだ。
「弾幕ごっこにて女神イシュタルに勝利し、宝塔を取り戻します。その為にはまず、相手をこちらの土俵に乗せることが必要なのです。故にそのことで知恵をお貸しいただけますか?」
「なるほど……それでしたらあまり難しくはないかと。イシュタルさんは“美”と“戦い”の女神。弾幕ごっこは“美しさ”を競い合う“戦い”であるとも聞きます。その辺りを突けば、勝負には乗ってくると思います」
自身の管轄する域において勝負を挑まれる――プライドの高い彼女であれば、全く話を聞かないということはないだろう。
少なくとも貸す耳くらいはあるはずだ。
「――しかし、イシュタルさんは女神として最上級。あくまで
現状では、単にイシュタルが宝塔を拾ったというだけ。
つまり、星が正当な所有権を主張できる状態なのだ。
しかし勝負の景品として賭ければ、負けた場合それもできなくなる。
その可能性をマシュは指摘するが、白蓮は静かな決意を込めた瞳を返してくる。
「これもまた試練――その時はその時と考え、また一から積み上げるだけです。――教えも悟りも、立場そのものではありません。星も破門になるかもしれませんが、共にまた修行を重ねていきます。失敗は決して、終わりではありません。糧として再び歩むためのものです。星の真面目さは私もよく知っています――きっと大丈夫でしょう」
「聖……ありがとう。勿論私も戦います! 自らの手で宝塔を取り戻して……」
「いや、ご主人は宝塔がないと弾幕ごっこ向きじゃない。毘沙門天の代理人である今、妖獣としての本性で戦う訳にもいかないだろう?」
「それは……」
「大丈夫です、星――私が戦います。自分で言うのもなんですが、命蓮寺における最大戦力は私。女神イシュタルは弾幕ごっこには慣れていないはず。些か小狡い気もしますが、下手に回数を重ねて学習する前に、私が出て片を付けます」
強者としてのオーラを漲らせ言い切る白蓮に、立香もそれならばと提案する。
「イシュタルの戦い方とかだったら、こっちからも教えられます」
「ありがたいお話ですが、そこまでしてもらってもよろしいのですか?」
立香がマシュに目配せすれば、よく出来た秘書かと言わんばかりに意思疎通が成立する。
「はい、今回の件はイシュタルさんにも非があります。カルデアに戻ればシミュレーターで、イシュタルさんを模倣した戦闘データなども用意できますから、事前に戦ってみるのもよろしいかと」
「助かるよ。しかし神らしいと言ってしまえばそこまでだが、君たちも苦労しているだろう?」
「根が邪悪なだけで、決して悪気とかはないんです」
「フォフォウフォウ」
「余計に性質が悪い気もするけどね」
「その分、助けられてもいます」
苦笑いを浮かべるナズーリンに、立香も肩をすくめた。
その後ろでは、景虎がううむと唸っている。
「弾幕ごっこでは私はあまり力になれそうにないですね……」
「ビーム撃てないからな。お主」
「火縄銃からビームが出るあなたの方がおかしいんです。――でしたら私は、毘沙門天への必勝祈願をさせていただきますか……うん? これは――曲者!!」
気合一閃――景虎が顕現させた槍を襖へと投げ放つ。
哀れ襖は無残に貫かれるが、槍は闖入者を貫く前に弾き飛ばされる。
聖が「ウチの襖……」と小さく呟いていたが、周囲の意識は槍を弾いた相手へと向けられていた。
「ふふん。私の気配に気づくとは、猪武者かと思っていたが思ったより修行を積んでいるようじゃあないか」
「あー、ゴメン聖。客が来ているからちょっと待ってって言ったんだけど、人の話を聞かなくって……」
額に汗を浮かべているのは依神女苑。泣く子も黙る疫病神。
煌びやかな装飾で彩ったお嬢様風の縦ロールな髪形なのだが、その足元には弾かれた槍が刺さっていた。
女苑の前で両手を組んでふんぞり返っているのは、桃のついた帽子を被った青髪の小柄な女の子。
彼女の瞳は立香の姿を捉える。
「お前がカルデアのマスターか。……なるほど、聞きしに勝る平凡さだな」
「えっと……君は宴会で見たような」
「うん? どこかで会っていたか? でも覚えていないなら仕方ないな! 覚えられない平凡さが悪い!」
快活に、一切悪びれることなく言い切る少女に立香も唖然。
同時に、何となく目の前の少女のことを察してしまったのだった。
「――そんな事よりだ」
「先輩のことはそんな事じゃないかと思いますが」
「マシュさん、気持ちは分かりますが一先ず押さえて。一つ物申したら、五つになって返ってくる相手です」
「はぁ……」
不満げなマシュを白蓮が宥めると、青髪の少女が再び口を開く。
「話は聞かせてもらったが、どうやらあの女を倒す算段をしているようだな」
「あの女って……」
「決まっている! あの傲岸不遜で、傍若無人! 自分勝手で人の迷惑も考えず! 貧相な体を見せびらかして、我が物顔で天空を飛び回る女だ! うん? そこの僧侶、何をキョロキョロしているんだ?」
「いえ、鏡はどこにあったかと。てっきりご自分を罵倒しているものとばかり……」
「ち・が・う!! あのイシュタルとかいう自称女神だよ!」
イー! と口をとがらせる少女。
なんだか面倒くさい展開が更に混迷さを増してきた――それが立香の偽らざる感想だった。
「その話、天人であるこの私――比那名居天子も一枚噛ませてもらおうじゃないか!」
◇
カルデアのシミュレーター内にて――マシュと立香は天子と名乗った天人の少女と向かい合っていた。
「――つまり天子さんはイシュタルさんに負け、天界の一部が乗っ取られている状況だと」
「負けてない! 一旦勝負を棚上げにしているだけ。戻ったらすぐにボコボコにしてやるんだから」
何というか、非常に負けず嫌いな少女だった。
「それで一旦戦いを切り上げ、勝率を高めるためにこちらに来たとか」
「ああ、命蓮寺にあの女のマスターが来ているって聞いたからね。……しかしここは面白いな。絡繰り仕掛けの幻術世界とは――人はこんなことまでできるようになっていたのか」
「魔術的な要素も取り入れてありますが、最先端の技術の一つですね」
ちなみに白蓮も訪れており、『スパーリングの相手は見つけていますので』と三蔵ちゃんと共に別の領域にいる。
今頃は彼女や、量産型シャドウイシュタル相手にトレーニングを重ねていることだろう。
「それで、私の相手は誰がするんだ?」
ポンポンと柄のみの剣を弄びながら、天子は問いかける。
「はい。先ほどの自己申告から似たスタイルの相手をお呼びしていますので、そろそろ来られるかと」
ちなみに自己申告では――
『比那名居天子、天人をやってます。主に大地を操れます。他には剣とか弾幕とかビームとか使えます。この要石を使って、相手を殴ったり、潰したり、貫いたりとかもできます。あと体が硬いです』
――と、何故か丁寧語になって語っていた。
ちなみに立香が頬を触ってみたら、普通にやわかった。怒られたが。
「お待たせしました」
凛とした声がシミュレーター内に響く。
やって来たのは金糸の如き髪と緑の瞳を持った、青を基調としたドレスと鎧が組み合わさった装備を持つ女性。
「あなたがテンシですか。始めまして――私はセイバーのサーヴァント、アルトリア・ペンドラゴン。此度の特訓相手です」
カルデアにおいても最古参のサーヴァントの一騎、騎士王アルトリア。
色々と霊基のパターンが増えている彼女だが、一番オーソドックスなセイバーのアルトリアだ。
「へぇ……私ほどではないにせよ、なかなか高貴そうな身じゃないか」
「生前は王として過ごした身です。またイシュタルが何やら企んでいると聞きます……話は早々に、特訓に入るとしましょう。いえ、その前に――」
アルトリアは天子を俯瞰するように見て、やがて納得したように目を細める。
「マスター、少々お耳を」
「何?」
顔を近づけ、アルトリアは言付けをする。
内容が意外だったため立香は少し驚くも、頷き返すと彼女も『頼みます』と再度頭を下げた。
「それでは始めましょうか」
アルトリアが不可視の聖剣を構える。
「天人の戦い方を見せてやろう!」
天子が柄を掲げると、気質が炎のような刃となって飛び出す。
「「いざ!!」」
◇
立香がアルトリアからの頼まれごとを終えシミュレーター内に戻ると、二人の少女は剣戟をメインに戦っている最中だった。
「マシュ、どんな様子?」
「お帰りなさい、先輩。アルトリアさんは言わずもがなですが、天子さんも大変お強いです。剣術はアルトリアさんの方が上なのですが……天子さんも呑み込みがお早い。どんどん動きがよくなっています」
アルトリアの剣は、言ってみれば王道の騎士剣術。
生半可な小細工など、真正面から押しつぶす暴威。
「っ、痛った! 天人の肌は鉄みたいなものなのに、よく斬れる!」
「鉄の肌なら斬鉄の要領で斬るだけです! 実際カルデアには鋼鉄そのもののサーヴァントもいますから! それにシミュレーター、死にはしません!」
嵐の如き刃が、天人の肌にめり込まんとする。
しかし天子の大地操作によってアルトリアの足元が隆起し、バランスを崩す。
天子はそこに向かって横凪のカウンターを放つが、騎士王は魔力放出によるジェット噴射で体を飛ばし、その一撃を回避する。
「今のは良かったです。頑丈なせいか最初は回避がおざなりでしたが、攻撃への対処パターンが増えてきましたね」
「散々斬られたからな! というか褒めるのなら一発くらい素直に当たっておけ!」
「それは嫌です」
きっぱりと、一切の躊躇もなく言い切る騎士王。
彼女も非常に負けず嫌いであった。
天子が手を上げると複数のしめ縄が巻かれた円錐状の岩――要石が浮かび上がる。
――要石『カナメファンネル』――
要石から次々に放たれる閃光。魔術を介した攻撃ならば高ランクの対魔力スキルの前に霧散するが、これはもっと純粋な気質の放射。
だが高ランクの直感を持つアルトリアは、余裕をもって四方八方から放たれる攻撃を回避する。
だがここまでの模擬戦で、天子にもそれは織り込み済み。むしろ動きを拘束するために放ったと言ってもいい、牽制レベルの攻撃。
続けざまに幾つもの要石を回転させながら、ドリルのように飛ばす。
対抗するようにアルトリアは風王結界を使って目の前に竜巻を生み出す。
――星光・拡散――
斬撃にて竜巻を分割し複数の小竜巻として放射――螺旋をもって螺旋を迎撃する。
天子が緋想の剣を地面に突き刺し土津波をおこして相手を飲み込まんとすれば、聖剣の限定開放による光の一閃で怒涛の勢いで迫る土砂を吹き飛ばす。
土砂に隠れるように接近していた天子が放つ緋想の剣の一振りを、風の鞘による不可視化が途切れた聖剣で受け止める。
「近所の爺様相手の将棋よりは読みが必要そうだな、これは!」
「あるいは読みすら不要になるほどの大規模攻撃、でしょう?」
「それだけの隙を晒してくれればな!」
力と力、技と業をもって応酬を続ける二人を俯瞰しつつ、マシュが尋ねる。
「そういえばマスター。白蓮さんと三蔵ちゃんの方はどうでしたか?」
「仲良く殴り合いをしてたよ」
「……白蓮さんも格闘技を使うのですね。キアラさんもそうですし、私が知らなかっただけで、実はブッディストのデフォルトスキルなのでしょうか?」
「前に玉藻が、開祖さんはカラリパヤットEXだとか言っていたっけ。殴られたら普通に負けていたとか何とか」
「玉藻さんも不思議な方ですよね。……そういえば、先ほどアルトリア陛下から耳打ちされていたのは?」
「ちょっと呼んでほしい人がいるって。本人に伝えたら固まられたけど……あ、来たみたい」
「フォウ?」
シミュレーター内に、新たな人影が現れる。
「あの……お待たせしました」
消え入りそうな声で囁く、深くフードを被ったアルトリアと変わらぬ体格の少女。
片手に持つのは、奇妙な匣。
彼女を視界に入れたアルトリアは天子から大きく距離をとり、構えを解く。
「なに? 私はまだまだいけるぞ」
「――選手交代です。槍の私でもよかったですが……あなたには彼女の方が相応しい」
アルトリアはスタスタと、現れた少女へと近づく。
反面、少女はあからさまに体を強張らせる。
「――よく来てくれました。私を苦手にしているのは知っていたので、断られるかもとも思っていましたが……」
「いえ、その……決して、あなたのことが嫌いという訳ではなく……すみません。拙もカルデアにいる以上、いつまでもこんなじゃダメだとわかっているんですが、心の準備が……」
「イッヒヒヒヒヒヒ! 今回もはじめの一歩になればと、なけなしの勇気を奮ったんだよな!? ってあぎゃぎゃぎゃぎゃぎゃぎゃー!?」
口の悪い匣を、少女は無言でガチャガチャと振るう。
匣はというと情けない悲鳴を上げているが――アルトリアはどこか懐かし気な表情を浮かべた。
その様子を見ていた天子が、蚊帳の外は気に入らないというように腰に手を当てる。
「で、その陰気な雨合羽とやかましい匣は何? 大道芸人は呼んでいないけど」
「――あ、失礼しました。拙はグレイと申します。このやかましい匣はアッド」
「いやいやいや、長年の友達にやかましいはないだろ」
「そっ。でも私の前で顔も見せないとは、なかなかに不遜なやつね」
「え……あの、顔はちょっと」
「事情があるのです、テンシ。あまり触れないであげて下さい」
「ふーん? まあいいけど……」
天子は上から下までグレイを見通し――眉を顰める。
「それにしても……死臭がしみついているな。死神のそれとは違うようだが」
「あ……拙はその、霊園の出身なので……」
「へぇ、墓守か何かか? 天人たる私には関わりのない職だな。――で、そいつに私の相手がつとまるって訳?」
「ええ――グレイ、それにアッド。マスターからは聞いていますね?」
「はい。でも本当にいいのですか?」
「ええ、少々荒っぽくはなりますが――では失礼」
アルトリアの細い手指が、そっとアッドに触れる。
流し込まれる彼女の魔力――それに呼応するように鼓動する匣。
「聖槍を励起させました。それでは頼みます――テンシ、あなたも構えなさい」
「――っ!! その匣、周囲の気質を!?」
「古き神秘よ、死に絶えよ。甘き謎よ、尽く無に還れ」
アッドがシミュレーター内に疑似再現されたマナを喰らい始める。
――際限なく、貪欲に、枷の外れた獣の如く。
「第二段階、限定解除を開始」
先ほどまでとはうってかわった、アッドの無機質な声が響き渡る。
匣はグレイの正面に浮かび上がり、巻き起こる風でグレイのフードが捲り上がり、その素顔が露わになる。
髪や瞳の色こそ違うものの、アルトリアと瓜二つの容貌が――
「なるほど――面白い! これは喰い合いだな! 緋想の剣よ――森羅万象、全天を束ねよ!」
緋想の剣から伸びる気質の刀身が、一気に拡大し、膨張する。
天までも伸びんとする極光――一見すれば巨大な光の束と見まがうところだが、その実態は膨大な数の気弾の集合体。
対するグレイも、既に光の螺旋として姿を変えつつあるアッドを天子へと向け構える。
膠着は一瞬にも満たず――互いに極技を放ちあう。
「聖槍……抜錨! 『
「無尽の空にて押しつぶせ! 『全人妖の緋想天』!!」
二つの極光がぶつかり、軋み、喰い合い、混じりあう。
やがてそれはオーロラの嵐となり、シミュレーター内を照らす。
天国か、あるいは地獄か。
この世ならざる極彩色の中で天子が悟った事は一つ――
(違う……
光が広がり、天子の意識は途絶えた。
〇比那名居天子
天人の少女。傍若無人でプライドが高い。目的の為なら負けを装う強かさもあるのだが、今回の場合は同属性持ちが相手なので、負けず嫌いな側面が出ている。
〇イシュタル
公式公認邪神。自分の落とし物の場合はしっかりと所有権を主張する。
〇依神女苑
疫病神で、かつての異変では他人の富を奪いつくすべく行動した。お嬢様風縦ロールスタイル。そういえば、お嬢様なハイエナもいたような……
〇玄奘三蔵
星の三蔵ちゃん。徒手空拳の使い手、妖怪の弟子がいるなど割と白蓮と被る部分も。
〇アルトリア・ペンドラゴン
青い王様。オーソドックスなセイバーさん。負けず嫌い。そろそろ原初にして頂点の名を名乗れるかもしれない。
〇グレイ
墓守の少女で、幽霊が苦手。この辺りの属性は妖夢と被り、宴会の時には実は色々語り合っている。
今回は中編の予定。大体2~3話を想定しています。時系列としては本編終了後ちょっとして。天子の口調については、初期は女性的でしたが最近は割と中性的なので、そっちに合わせています。――でも祭りが始まるので、更新はちょっと遅れ気味になるかも?