落枝蒐集領域幻想郷   作:サボテン男爵

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番外編5 天に座する者たち②

「あっちはどんな様子でした?」

 

 立香はシミュレーター室から出てきた長髪の男性――諸葛孔明の疑似サーヴァントであるロード・エルメロイⅡ世に声をかけていた。

 エルメロイⅡ世は不機嫌そうな顔を隠そうともせずに、長髪をかきむしる。

 

「まったく……我が弟子が騎士王に呼ばれたと聞いて様子を見に来てみれば、宝具の撃ち合いに巻き込まれるとは――シミュレーターでなければ霊基も体も消し飛んでいたぞ」

「なんかすみません」

「いや――中の状況を確認しなかった私も軽挙だった。挙句当の本人たちより、私の方が長く意識を失っていたのだからな。――私をグレイの目に入らないように移動してくれたのには、感謝する」

「いえいえ、当然のことです」

 

 グレイは師であるエルメロイⅡ世を強く慕っている。

 その相手を巻き込んで昏倒させたとなれば、激しく落ち込むのは目に見えていた。

 

「それで二人の様子だったか。今は二人で訓練している――しかし、天人というのはあんな化け物ばかりなのか?」

「何かありました?」

 

 エルメロイⅡ世は、より一層眉間の皺を深めた。

 

「少し面倒を見てきたが、ほとんど感覚だけで奇門遁甲を応用した陣を突破した。石兵八陣(かえらずのじん)までは使っていないとはいえ、だ。……全く、なんでこう私の前にはポンポン天才というやつが現れるのか……。話を聞く限りこちらの天人は我々の世界の天人とはまた違った存在のようだが、おそらく霊基が再臨している人間なのだろう」

 

 良く耳にする言葉の聞きなれぬ用法に、立香は驚きを見せる。

 

「霊基の再臨って……サーヴァント以外でもできるんですか?」

「手間とコスト、それに非常に高度な術式が必要になってくるがな。正確には存在の再臨とでもいうべきか。以前グレイも、とある迷宮で存在の階梯を高めようとした吸血種と交戦したことがある。その時は英霊数騎分の霊核を再臨素材にしようとしていたようだ」

「そんな事が……」

「天子から聞いた話では天人の絶対数は決して多くないようだが――そこに至る道が確立されているというのは、こちらの神秘も尋常ならざるものと言わざるを得まい。おまけにこの桃だ。ポンと渡してきたが、出すところに出せば相当な値段になるぞ、これは……」

 

 エルメロイⅡ世は手のひらに乗せたみずみずしい桃と睨めっこする。

 

「確か『食べただけで体が鍛えられる桃』でしたっけ。食べないんですか?」

「……正直、葛藤中だ。私の魔術回路が少しでも上等なものになるのなら魅力的ではあるが、こう、一応積み上げてきた魔術師人生的にそれでいいのかというのもあってだな。――もっともそんな感傷を抜きにしても、異界の食物など不用意に口にはできんが。うっかり人の世に戻れなくなったらたまったものではない」

「ああ、伊邪那岐と伊弉冉の逸話みたいに」

「『あの世の物を食べるとあの世から戻れなくなる』――この手の逸話は、魔術師でなくとも耳にすることはあるだろう。ああ、そういえばそちらの首尾はどうだった?」

 

 立香はエルメロイⅡ世へと、肯定の意を返す。

 

「イシュタルと連絡はつきました。勝負は受けるって」

「そうか。一先ず下地は作れた訳だな」

「ただなんだか、不気味なくらいあっさりと条件を受け入れたんで……正直、『自分が勝った時の追加景品を用意しろ』くらいは言ってくると思っていましたけど」

「ふむ――それは確かに気になるな。日時はいつに?」

「明日の昼です」

「それならば天子の仕上がりも間に合うだろう。さっきも話したが、彼女は天才だ。天人として並みのサーヴァントなら上回るだけのスペックも持っている。今まではその天才性とスペックを適当に振り回していて、実際それで何とかなっていたんだろうが……一度力の扱い方を覚えれば一気に化けるぞ、あれは……。それに、何故騎士王がグレイを呼んだのかも分かった事だしな」

「なんでだったんです?」

「そうだな――それは明日への宿題としておくか。しかし相手が相手だ……それだけで何とかなるものか」

 

 葉巻に火をつけ、口へともっていくエルメロイⅡ世。

 立香もそんな彼を前に腕を組み、考え込む。

 

「イシュタルは一体何をしようとしているんでしょう?」

「さてな……力も傍迷惑さも最高位の女神だ。少なくとも、人間にとって『良いだけの事』でないのは間違いないだろうが。天界の一部を占拠したというが、そもそも我々には天界の情報からして少ない」

 

 幻想郷とはまた別の、隣り合わせの異界。

 カルデアによる調査も、さすがにそちらまでは伸びていない。

 

「――後は宝塔」

「そもそもの発端――宝石を生み出す毘沙門天の神宝だったか。払いきれない額を提示しても手放そうとしなかったということは、何かしらの使い道を見出しているということだろうが……宝石は彼女の依代である人物にも、縁深いものだからな。なんせ宝石魔術の専門家だ」

「元々知り合いなんですっけ?」

「ああ――だからこそ、複雑な思いもあるのだが……ともあれ今は判断材料が少ない。明日、彼女本人から聞き出すのが一番手っ取り早いだろう」

 

                       ◇

 

「ふむ、ふむ、ふむ……うむ、これはなかなか……」

「どうだい? 口にあったかな?」

「ああ! 地上で一番おいしいな、ここの料理は!」

 

 夕刻のカルデア食堂にて――

 お代わりを運んできたブーディカに対し、天子は満面の笑顔を浮かべた。

 

「アッハッハ、元気でよろしい。ほら、こっちも試してみるかい?」

「もらおうか。ああ、明日幾らか包んでくれないか? 知り合いに持っていってやろうと思ってな。グレイ、お前も食べろ。そんなに食が細くちゃ体がもたないぞ?」

「え、あの、拙はあんまり食べる方ではなくて……」

「アタシもグレイちゃんは、前々から食べなさすぎだと思っていたんだよ。あれだけ激しく動いているんだから、たんとお食べ」

 

 ぐいぐいと笑顔で押してくる二人にたじたじになるグレイに、エルメロイⅡ世が助け舟を出す――そんな光景を尻目に、立香は白蓮に話しかける。

 

「――という訳で勝負は明日になりました」

「承知しました。――とはいえ先方は、あちらの天人様に譲ることになりそうですが」

「ですね。天子ちゃんもやる気ですし」

 

 同意した立香に、白蓮は目を丸くしていた。

 

「えっと、どうかしました?」

「――いえ、彼女をそのように呼ぶ方は初めてでしたので」

「そうなんですか?」

「ええ、“くずれ”がつくとは天人様。加えて少し前は貧乏神とつるんで暴れ回っていたので、些か以上に悪評も。大概の人は敬うか、畏れるか……あとはぞんざいに扱うか」

「ちなみに白蓮さんは?」

「え? え、ええ……それはまあ、ねえ?」

 

 曖昧にはぐらかされてしまった。

 こういう時は、必要がなければあまり突っ込まない方がいいと立香も学習しているので、違うことを尋ねることにする。

 

「ところで訓練の方はどうでした?」

「そちらは大変勉強になりました。――かの三蔵法師と語らう機会が得られたのは、真に僥倖なことです」

「御仏の加護、ってこと?」

「――ええ、きっとそうですね。明日はますます負けられません」

 

 やる気を漲らせる彼女に、立香も頷く。

 

「天子ちゃんは泊っていくみたいだけど、白蓮さんも?」

「いえ、私はこちらをいただいたら命蓮寺に戻り、明日に備えさせてもらいます」

「美味しそうなおはぎですね」

「ええ、殺生院さんという方から差し入れしてもらいました。――サーヴァントというのは基本的に歴史に名を残した方が至るものと聞きましたが、私は彼女の名に覚えがありません。不勉強故か、私たちの世界にはいないのか……彼女も大層修行を積んでいるように見受けられましたが、どのようなお方なので?」

「うーん……何というか、あんまり自分のことは話さない人なんでなんとも」

 

 ――というか深く考えようとするとこう、頭の中に靄がかかったようになるのだが。

 

「そうですか……ただ最近里の人たちが持ってきた貸本に、彼女の絵が描かれていたような」

「そうなんですか?」

「はい――何でも私に朗読してほしいと。仏教の入門書としては分かりやすく、初めての方にも受け入れやすいとは思うのですが……こう、読んでいると体が火照ってくるという不思議現象が。おかしな魔力の類は特に感じないのですが」

 

 そう言って若干顔を赤らめる白蓮さんなのだった。

 

                       ◇

 

 ――翌日、太陽が昇り切った時合。

 天空の女主人は、颯爽と姿を現した。

 

「ハァイ、立香にマシュ。そしてその他諸々。出迎えご苦労様」

 

 場所は人里や周辺の畑から少し離れた空き地。

 どこからか話を聞きつけたのか、今回の一件に関係のないギャラリーもちらほらと集まっているのが見える。

 彼ら彼女らをニヤニヤと、悠然と見下ろすイシュタル。

 

 フワフワと浮く彼女と同じ高さまで真っ先に飛び上がったのは、比那名居天子。

 

「――来たな」

「あら、昨日コテンパンにしてあげた小生意気な天人じゃないの。――そういえば再戦希望だったかしら。メインディッシュはあっちのお坊さんって話だけど、前座くらいにはなるかしら」

「――ふん、昨日までと一緒と思うな。『天子、一日会わざれば刮目して見よ』。その薄すぎる服をもっと薄くしてやる!」

 

 天子の宣言に、見物に来ていた里の男衆たちが『うおぉぉぉ!!』と沸き上がった。

 イシュタルがビュンと放った矢が足下に突き刺さると、一気に静まりかえったが。

 

「女神の柔肌は簡単に晒すものじゃないのよ」

「そんな格好して説得力がまるでないんだけど」

「シャラップ! ええい、ちょっと冥界下りの時を思い出しちゃったじゃないの! ――このむしゃくしゃした感情、あなたをいたぶって晴らすとしましょう」

 

 瞳を黄金に光らせ神気を漲らせるイシュタル。

 重力が増したかのように一気に重くなる空気の中、白蓮の凛とした声が響く。

 

「――その前に、女神イシュタル」

「何かしら?」

「宝塔は持ってこられていますね?」

「ええ、勿論」

 

 イシュタルが手のひらを出すと、その上に宝塔が姿を現す。

 ――それを確認した白蓮は、肩を少し落とす。

 

「安心しました」

「宝塔の無事に?」

「いいえ。これであなたを倒した後で、見つからないということはなくなったので」

「へぇ……」

 

 イシュタルが獰猛に、好戦的に唇に弧を描いて見せる。

 溢れる神気の重圧が、一段と増した。

 

「私を下せるという傲慢――魔性に堕ちた僧風情が、随分と増長しているようね」

「その言葉はそのままあなたに返しましょう。宝塔は元を辿れば毘沙門天より授けられた神宝――縁無きあなたに扱いきれるとお思いで?」

 

 白蓮の真っ当な指摘――しかしそれを、イシュタルは鼻で笑って見せる。

 

「私だからこそ、よ。――私を誰だと思っているの? 数多の神々の権能を装飾として身に纏った女神の中の女神。他所の神性の力だから手に余る? いいえ、むしろ本来以上の力を引き出す事すら可能!」

 

 その声に呼応するように、宝塔が眩い光を放つ――!

 

「――っ!! なるほど……大言壮語ではないという訳ですか」

「待ってください、イシュタルさん!」

 

 その光景を前に、マシュが大声を放つ。

 

「一つ、確認しておきたいことがあります。イシュタルさんが宝塔を扱えることは分かりました――ですが、それを使って実際に何をするつもりなのですか?」

「うーん……まあいっか。ビックリさせようと思って黙っていたんだけど、こっちに来るときの約束通り別に幻想郷に迷惑をかける訳じゃないし」

「そんなサプライズはノーサンキューです」

「ふふ、言う時は言うわねー、立香」

 

 イシュタルは指先でくるくると宝塔を弄ぶ。

 それを見た星があわあわとしているのはご愛嬌と呼ぶべきか、不憫と同情すべきか。

 

「本来私の神気は万能。でも知っての通り疑似サーヴァントとして現界している今、依代の影響かそれはだいぶ制限されているわ。主に宝石を媒介に扱うという形でね。だからこそ神話時代以上に宝石の存在が重要になるの」

「元々宝石に目がないしね」

「そうそう――って余計な茶々を入れない! ゴホン……だからまあ宝石を生み出す力を持ったこの宝塔は私にとってもおあつらえ向きだったんだけど――そのままじゃあんまり意味がなかったのよね」

 

 彼女はやれやれと首を振るって見せる。

 

「自然物でない即製品のせいか、いまいち神気の乗りが悪くてねー。最低限は扱えるけど、やっぱり星の内側で長期間かけて熟成された自然物には媒介という点では及ばない。でっかい宝石を創れるのは楽しいんだけど……そこで私は一計を案じました」

 

 人差し指を立てて見せ、女神は述べる。

 

「カドック・ゼムルプス――あなた達がロシア異聞帯で敵対したクリプター。彼は平凡な魔術師だったけど、発想は良かったわ。至高のゴーレムを生み出すために、原材料として神代の迷宮を使う――うん、サーヴァントの宝具を原材料にするっていうのはなかなかクレバーで私好みよ。つまり元から高い神秘を宿した原材料を用意すれば、神秘に対して高い適合性を発揮する宝石を生み出すことも可能」

「なるほど――それで天界に目をつけたという訳か」

 

 天子が得心いったというように呟く。

 

「天界の大地は、元は超巨大な要石。宿す神秘は地上の比ではない」

「その通り。元々余らせている土地をリサイクルしてあげるって言っているの。これ以上ない資源の有効活用でしょう?」

 

 イシュタルの言葉に、立香は不謹慎かと思いつつも若干の安堵を覚えていた。

 そう――これまでの経緯からもっととんでもないことをやらかすと思っていたのだ、この女神様は。

 

 星も同じ心境だったのか、顔色が僅かに晴れ口を開く。

 

「それでしたら、そこまで大きな問題には発展しそうにないですね。宝塔の力で一度に生み出せる宝石の量なんて、大地の大きさに比べたらたかが知れています。何かとてつもない悪事に使われるのかと不安でしたが、胸のつかえが少しだけ取れました」

 

 ――が、金星の女神は心外だというように頭を振った。

 

「え? 私がそんなちまちました真似をするわけがないじゃない」

「へ?」

「本人以上に扱って見せる――そう言ったでしょう?」

 

 ポカンとした星に、イシュタルは指をチッチッと振るって諭すように語りかける。

 

「ふふ――いいわ、説明してあげましょう。私の神知によって導き出された、驚天動地のプロジェクト・G4の全容を――!!」

「すみません、もうグガランナはお腹いっぱいなんです」

「なんでバレたのーーー!?」

 

 本気で驚愕して見せるイシュタルに、立香は冷たい視線を向ける。

 

「今までの、行いを、思い出して」

「ぐっ……そういえばあなたは毎回巻き込んでいたわね。さすがは私が見出した勇者――私と同じ感性を身に着けるのも道理か」

 

 酷い風評被害だった。

 

「ふん――でもさすがに詳細までは分からないでしょう?」

「できれば聞きたくないというか」

「聞きなさい! そして崇めなさい、この私を!」

 

 イシュタルはビシィ! っと指を天に立てて見せる。

 

「まずはマアンナを通して宝塔のレーザー光線を金星まで届けます! そして金星のレイラインを利用してその光を加速・増幅! 極大化した宝塔レーザーを私のキガルシュに乗っける形で天界の大地に照射! 天界の余っている大地を一気に変換・錬成! 私の神気も過程に挟んでいることで、私に対して適合性抜群の超弩級巨大宝石が生み出されるって寸法よ! 加えてその宝石を原材料に、グガランナマーク4を鋳造――これまでのマーク2、マーク3の犠牲と失敗は決して無駄ではなかったわ。作り方は大体確立できたし、オリジナルにも負けない――いえ、それすらも上回る究極のグガランナが生み出されるのよ!  そうなれば私もかつての――いえ、かつて以上の権能を取り戻せる。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()! ふぅ――自分自身の頭脳の冴えに、震えが止まらないわ」

 

 唖然。

 呆然。

 

 どうだと言わんばかりに腰に手を当て胸を張るイシュタルに、一同の視線が集中する。

 

「ふふん♪ あまりの驚愕に言葉も出ないようね」

「いえ――というよりも……」

 

 真っ先に立ち直ったマシュが問いかける。

 

「あの、それだけのレーザー光線、本当に制御できるのですか?」

「へ?」

「こう――話を聞く限り対星用の巨大兵器としか思えないというか……下手すれば天界のテクスチャすら破って、幻想郷――ひいては地球すら貫く砲撃になるのでは……」

 

 マシュの純粋な指摘に対して――

 イシュタルは思いっきり気まずげに目を逸らした。

 

「女神イシュタルっ!?」

「だ、大丈夫ようん。私の宝具に乗せる訳だし、ちゃんと制御は出来るわ……多分」

「せめて自信満々に言ってください!」

 

 続いて立香が口を開く。

 

「それにさ……」

「な、何よ? あなたも何か文句あるわけ!? カルデアの戦力になるんだしいいでしょ!?」

「いや――仮にうまくいったとしても……うまくいったからこそ、イシュタルそこで止まれる?」

 

 イシュタルの顔に、汗が流れ始めた。

 

「その、さ――うまくいったらいったで、多分同じことを繰り返し始めるよね?」

「………………」

「それこそ天界の余っている土地どころか、天界全部を宝石に変えるまで」

「………………」

「イシュタル?」

「え、えぇ……あー、うーん。まあそういうことも………………なくはないかも?」

「やっぱりダメ!」

「えーい!! だからってこんな素晴らしい計画思いついたのに今更止まれるかー!? よく言うでしょう! やらずに後悔するより、やって後悔しろって!」

「その言葉はやらかすための免罪符じゃない!」

「それでも私は、手に入れたいものは全部手に入れてきた女神! 手に入らないなら私諸共でも玉砕よ!」

「くく……」

 

 低い笑い声に、二人の応酬が止まった。

 

「ふ、ふふふ……あーはっはっは!!」

 

 声の主は比那名居天子。

 お腹を抱え、おかしくてたまらないという風に笑う。

 その様子に、イシュタルは胡乱気な瞳を向ける。

 

「何よ? あまりのスケールの大きさにおかしくなっちゃった?」

「いや、ね……まさかこんな展開になるとは思ってなくて」

 

 目尻の涙をぬぐいながら、天子は告げる。

 

「要するに、この一戦に世界の命運がかかっているって訳だろう? ふふ……私が守る側に立つとは思っていなくて。まさに大一番、血が滾る! こういうのを待っていたのよ!」

「へぇ、吼えるじゃない。昨日は逃げ出した天人の小娘風情が。……いいわ、前置きが長くなったけど始めましょうか。ごっこ遊びとはいえ神との遊戯。敗北は死に直結すると思いなさい!」

 

 爛々と輝きだす金の瞳。

 火山の噴火の如く溢れる神気。

 露出した肌に浮かび上がる悪魔の如き模様。

 

「スーパーイシュタル!?」

「――この幻想郷は神秘溢れる地。加えて天界で瞑想して神気をチャージしてきたわ! では開幕の銅鑼を鳴らしましょう。ふふっ、スペルカードはこう宣言するんだったわね」

 

 イシュタルの手のひらに金色のカードが浮かび、それをクシャリと握りしめる。

 そしてその拳を天子へと向け――放つ。

 

「神威――『女神ビーム』!!」

 

                      ◇

 

 一方、時間は少し遡り――

 

「ここはいいね」

 

 生い茂る緑の群れを前に、女性とも男性ともつかない存在は呟いた。

 ゆったりとした貫頭衣から手を伸ばし、夏に向け花開かんとする緑にそっと指先で触れる。

 

「強い生命力に満ちている。神々の森ほどとは言わないけど、懐かしさを覚えるな」

 

 流れるような動作に連動するように、緑の長髪が風になびく。

 しかしそのことを気にする様子もなく、楽し気に身を任せる。

 

「夏になれば、一面に向日葵が咲き誇るのよ」

 

 女性の声が軽やかに、同時に確かな存在感を伴って響いた。

 

 ウェーブのかかった、肩辺りまで伸ばした緑の髪。

 チェック模様の入った赤いベストとロングスカートを着こなし、片手に携えた日傘が女性へと影をおとす。

 

「それはさぞかし、見事な光景なんだろうね」

「誰が言い出したかは知らないけれど、太陽の畑なんて呼ばれているわ」

 

 英霊は立ち上がり、妖怪へと振り向く。

 

「サーヴァント・ランサー、エルキドゥ。君は――?」

「風見幽香。見ない顔だけど、最近幻想郷に?」

「ああ、少しばかり縁があってね。そういう君は長いのかい?」

「ええ――数十年、数百年、それとも千を超えていたかしら」

「大した永年草っぷりだね」

「そういうあなたは土の香り――粘土の体かしら? こねくり回して焼き上げたら、さぞかし立派な花瓶になりそう」

「活ける花はここの向日葵? それとも君自身かな?」

「向日葵は咲くのにもう少し時間がかかるし、私はジロジロと眺められる趣味はないわ。――ああでも、すぐに咲かせられる花があったわね」

「おや、そうなのかい? ここら一帯は、蕾すら付ける前の向日葵しか見当たらないけど」

「真っ赤な真っ赤な、血の花よ」

 

 幽香は久しぶりに出会った友人をランチに誘うような気軽さで、花咲くような笑みをこぼしながら囁いた。

 

「出会ってばかりでこういうお誘いは、淑女としてはしたない気もするけれど――ちょっとケンカしてみない?」

「性能比べなら、断る理由はないね。でもここで暴れたら草木を傷つける――場所を変えてやろうか」

 

 ――その瞬間。

 太陽の畑にたむろしていた妖精たちが、一斉に逃げ出した。

 




〇ロード・エルメロイⅡ世
時計塔の教授。諸葛孔明の疑似サーヴァント。最近はアニメ化で色々忙しいらしい。

〇エルキドゥ
ちじょうのいきものはみんなともだち。

〇風見幽香
はながだいすきなようかいさん。



 中編part2です。思ったよりか早い投稿になりました。part3でこの中編は終わる予定です。多分。ちなみにイシュタルは天界全宝石化計画を進行していますが、彼女の目的は今回説明した部分で半分くらいです。

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