落枝蒐集領域幻想郷   作:サボテン男爵

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ちょっと遅めになりましたが、その分ボリュームは多めです。
そして相変わらずの独自解釈です。


番外編5 天に座する者たち③

「アクセルッ――ターンッ!!」

 

 急加速、急旋回、急駆動――神業的とも変態的とも言える動きを駆使し、弾幕の雨を掻い潜ってみせるイシュタル。

 

「アーチャークラスなのにっ!?」

「スーパーなイシュタルさんを甘く見ないようにっ!」

 

 地上から見守る立香の叫びに応えるイシュタル。

 ――こういうところは、微妙に律儀なのだった。

 

 イシュタルの主武装たる巨大な弓に、彼女の意思を汲みひとりでに弦を引く。

 元は天翔ける船マアンナ――アーチャークラスとして現界する際に、その船首部分を弓として用いた一品。

 

 当然ながら通常の弓とは言い難く、そもそも弓としてカテゴライズしてもいいかも怪しい怪弓。――別にアーチャークラスでは、珍しくもなんともないのだが。

 

 引き絞られた弦が解き放たれ、幾筋もの光弾が空を奔る。

 あるものは曲線、あるものは直線を描き対峙する天子へと殺到。

 

 だが天子の前に円陣を組んだ5つの要石がそれぞれ気質の光線を放ち、それらは交差しまるで網目のような様相を見せる。

 マアンナから撃ちだされた矢は光網に阻まれ、急遽イシュタルがマニュアル操作に切り替えた一矢は網目の隙間を縫うも、緋想の剣の一振りでかき消された。

 

「ええい、味な真似を! ――というか今の動き、私のパターンに慣れていたわね。カルデアのシミュレーターにでも入ったのかしら?」

「そういうお前は変わったのは見た目だけか? いや、見た目もそこまで変わってはいないが……」

「変わっているわよ! 優雅に、華麗に、大胆に! 今年のミス・カルデアの座は私のもの間違いなし!」

「あの……イシュタルさん。ミス・カルデアコンテストは去年ごたごたがあり過ぎて今年は中止になりましたが」

 

 マシュからの指摘に、イシュタルが憤怒の表情を見せる。

 

「何ですって!? 一体誰の仕業!? っく、大方あの金ぴかか私の美を妬んだ“自称世界一の美人”なサーヴァント勢でしょうけど……」

「主犯はイシュタルさんとメイヴさんです」

「そうだったー!? いえ、でも私は悪くないわよ。悪いのは審査員を事前に篭絡しようとした蜂蜜女王のはず」

「イシュタルがそれに対抗して騒ぎを大きくして、他のサーヴァント達も負けじと……」

「ひどい、事件でしたね……」

「チェストーー!!」

「わおっ!?」

 

 天子が振り抜いた剣を、咄嗟の所で回避するイシュタル。

 それに対し天子は『チッ』と少女らしからぬ舌打ちを見せる。

 

「ええーい! 人が反省1割、『やっぱり私悪くないよね?』9割の感情に浸っているところを不意打ちとは卑怯な!」

「隙だらけだったからつい……でもそれ不毛過ぎない?」

「私のクラスの女神になると、正しさの方が私の行いに付いてくるのよ!」

 

 酷い言い草だった。こう、目を覆いたくなるほどに。

 

「しかし弓兵と聞いたが、思った以上に近接でも動けるものだな」

「輝けるウルクアーツよ! 今の私はオールレンジ対応型の女神なの!」

 

 依代たる少女の体得する中国武術のウルクアレンジ。

 それを駆使し、女神は機敏に動く。

 

「まっ、でもいいわ。このままちまちま続けるのもちょっとマンネリ化してきたところだし、あのバカコンビみたく3日3晩戦い続けるつもりもない――あっちの若作り僧侶もいることだし、大技で一気に片を付けるとしようじゃない」

 

 後方への急加速――そして停止。

 天子と一定の距離を稼いだイシュタルは、高圧的に告げる。

 

「あなたも戦いの最中、ちょくちょくマナを集めていたでしょう? あなたの一日の成果とやら、私に披露してみなさい」

「随分と余裕だな。親に甘えっきりの女神と聞いていたが」

「まだ私を甘く見ているようね――かつて神々すら恐れ敬ったエビフ山を蹂躙した私の神気と王権、その身で味わうといいわ。……全力でかかってらっしゃい。きっちり手加減した上で、正面から丸ごと踏み潰してあげる」

 

                      ◇

 

 ――草木の少ない、荒野然とした立地。

 その大地の上で、風見幽香は優雅な笑みと共に日傘を畳み、目の前の光景と向かい合う。

 

「弾幕っていうのは、幻想郷じゃあ別に珍しくもないわ。特に弾幕ごっこが普及してからは――身の程知らずの妖精が、私に挑んでくることもあるくらいだし」

 

 日傘を片手でくるくると弄び、ゆったりとした仕草で地へと突き立てる。

 

「でもここまでの“質”が揃うとなると――さすがに壮観さを覚えるわね」

 

 赤い瞳を細めつつ、彼女の称賛の声を漏らした。

 ほんの数瞬前まで閑散としていたはずの大地は、今や異形の森林へとその形を変貌させていた。

 

 地面から突き出すのは草木に非ず、数多の武具。

 剣、槍、斧、鏃、鎖――高い魔力を宿した一つ一つが一級品たる戦具が、その切っ先を一人の妖怪へと向け生え揃う。

 

「『民の叡智(エイジ・オブ・バビロン)』」

 

 たおやかな仕草で穏やかな笑みを浮かべるのは一人の英霊――エルキドゥ。

 指先一つで指揮するのは、致死たる暴力の嵐。

 されどもその前に幽香は臆さずに告げる。

 

「自然寄りの奴かと思っていたけど、文明の産物をこうも振るうのね」

「文明もまた、星より出でた自然の一つ――僕はそう解釈するよ」

「そう――まあどちらでもいい話だけど」

 

 告げるや否や、幽香の体はふわりと浮き上がる。

 浮遊に飛行――幻想郷の力ある住人ならば、方法論こそ違えどその多くが体得する技術。

 タンポポの綿毛を思わせる軽やかさで、反面彼女の体から溢れる妖力でその存在感は一時、また一時と増していく。

 

 腕を一振りすると同時に彼女の背後に浮かび上がるは、無数の妖力弾。

 薄緑、赤、黄――多彩な色合いを誇るそれらは整然と並び揃い、一輪の花を思わせる曼荼羅とも魔法陣ともとれる陣形を構築する。

 

 無言の内に、交錯は始まった。

 ほぼ同時とも言えるタイミングで放たれた、天よりの花と地よりの武具。

 

 一人の英霊に向かって撃ち落とされた無数の弾幕は、打ち上げられた武具によって迎撃され、その多くが食い破られる。

 ――さもありなん。数こそ幽香の花弾が武具を上回るものの、一つ一つに込められた魔力と存在の密度では武具に軍配が上がる――エルキドゥの作り出した武具は宝具としてカテゴライズできるほどの代物だ。

 それは奇しくも、人の文明による自然への侵略を思わせる光景だった。

 

 しかし花の妖怪にとって、その結果は最初から織り込み済み。

 一撃一撃が致死の威力を誇るエルキドゥの武器群に対し、元より弾幕は牽制用。

 武具の軌道をわずかでも逸らせればいい――その程度の認識だった。

 

 衝突の結果、面の制圧ともとれる武具の群れに隙間が生まれ――幽香は何の迷いもなくその間に体を躍らせる。

 多くの刃をやり過ごし、弾幕で逸らしきれなかった武具を日傘で打ち払い、拳で叩き落とし、足蹴にし――一級の芸術品であり宝具たる武具の数々への狼藉は、世の芸術家や魔術師が見れば嘆くか怒るかしそうな有様だった。

 

 無論幽香にとってはそんな感慨などどうでもよく、個の暴力として群の暴力に真正面から挑み――ついには食い破る。

 

 凶悪に笑い、花の妖怪は土人形に日傘を振るう。

 

「土遊びばかりもつまらないでしょう?」

「だったらチャンバラごっこといこうか」

 

 パァン! という、空気が破裂する音が響く。

 ――音を超える速度で放たれた日傘の一振りは、剣へと変じたエルキドゥの片手で受け止められた。

 

 エルキドゥは変容のスキルで筋力のパラメータを上昇させ、幽香ごと日傘を払いのける。

 ――対して彼女はその反動を利用しくるりと一回転。人間相手ならば触れただけで蒸発しそうな勢いの回し蹴りを放つが――エルキドゥの体に触れる直前にピタリとそれを止める。

 

 妖術で慣性さえ殺して止めた右の踵――その足首には、ぴったりと刃が添えられていた。

 仮に彼女が踵を振り抜いていれば、その勢いをもって彼女自身の足が切り落とされていたことだろう。

 

 その事実を認識した幽香は一旦距離をとる――などという真似はせず、身に纏う妖力を一気に増大させた。

 肌は鋼の硬さに、纏う妖力は鎧となり――名刀の刃をもってしても、容易には切り裂けないように。

 

 緑の嵐が爆発する。

 鉄板を貫く拳、岩盤を踏み砕く蹴り、大気を裂く威力で振るわれる日傘。

 疾く、重く、正確な一撃一撃をエルキドゥは持ち前の気配感知と動体視力を駆使し丁寧に、丁寧にさばき続ける。

 拳圧と溢れる妖力は乱気流を生み、大地へと無数の傷跡を残す。

 その傷跡を埋める瘡蓋のように新たな武具が産声を上げ、お返しとばかりに幽香に牙をむく。

 四方八方、全方位から――しかし串刺しの花が出来上がることはなく、幽香は死角からの攻撃にさえも躱し、いなして見せる。

 

「感覚の共有、だね」

 

 一旦開いた距離――エルキドゥは幽香の動きを見て、そう断言した。

 ささやかな呟きを捉えた幽香は、意外だという風に目を細める。

 

「あら、わかるのね」

「こんな荒れ地にだって、花や植物は生えている。彼らは人が思っている以上に物事に反応するし、敏感だ。君は植物間のネットワークに介入することで、膨大な視野を得ている」

 

 それは奇しくも、大地の声を聴くエルキドゥの気配感知と同系統のスキル。

 だからこそ、同時に疑問も浮かぶ。

 

「だとしたらもっと草花の多い――草原や森での戦いが君の本領だと思うんだけど……」

「無残に散る草花は少ない方がいいでしょう? それに――」

 

 幽香は大地から飛び出してきた鎖を掴み――

 

「いちいち能力に頼らなきゃ戦えないほど、可憐に見えて?」

 

 引き抜いた――大地ごと。

 鎖のついた巨岩。即席のモーニングスター。

 爛々と瞳を輝かせた幽香はその凶悪な武器を、片手で軽々と振り回す。

 

 エルキドゥが幽香の握った鎖をただの大地に戻すまでにかかった時間は、1秒に満たない。

 しかしその1秒未満で、巨岩のモーニングスターは周囲の武具を薙ぎ払っていた。

 ――鎖という支えを失い、遠投の如く飛んでいく巨岩。

 幽香は最早それに一瞥をくれることもなく――愛用の日傘を放った。

 

 異様な頑強さを誇る傘。

 無数の宝具級の武具と打ち合い、なお原形を止める理不尽。

 幽香曰く、幻想郷で唯一枯れない花。

 投げ槍の要領で放たれたそれは、寸分の狂いもなくエルキドゥの顔へと吸い込まれ――恐るべき超反応によって即座に首を回すことで回避された。

 

 ――だが首を回したことで背後への視界を得たエルキドゥが見たものは、もうひとりの風見幽香が日傘を受けとめる姿。

 

(分身――いや、両方とも実体か)

 

 最高ランクの気配感知は、正確に――無機質に現状をエルキドゥへと伝える。

 急な回避運動によって、エルキドゥには僅かな隙が生まれていた。

 基本形態を人へと固定した故の弊害――もっともエルキドゥ自身にとっては、価値ある弊害なのだが。

 

 だが幽香にとってそんなエルキドゥの感傷など知る由もなく、また知ったところでどうでもよく、当然隙を逃すつもりもない

 

 土人形へと向けられる日傘の先端。

 人の子ならば幼少期、傘を銃に見立てたことがあるかもしれない。

 どこにでもある、ごっこ遊びの風景。

 子供の戯れに過ぎないはずの幻想は、より凶悪な形となって結実する。

 

 ――白。

 ――熱。

 ――光。

 否――

 

「マスタースパーク」

 

 ただただ愚直な、それでいて圧倒的な力の奔流。

 日傘を起点として穿たれた白い砲撃。

 閃光はエルキドゥの視界を白に染め、その体躯を上回る太さの激流は英霊を飲み込む ――否、飲み込むはずだった。

 

 せりあがる大地――瞬時に生み出された半円形のドーム。

 流線を描いた即席のシェルターは一筋だった砲撃を受け流し、無数の光線へと枝分かれされる。

 

 拡散された光条は広範囲にわたり大地を抉り、焦がし、溶解させる。

 悪夢のような光の雨――しかしそれは延々と続くことはなく、数秒もすれば途切れた。

土煙と熱気が漂う荒野。赤熱化したシェルターの影から、エルキドゥは立ち上がる。

 

「大した威力だ」

 

 素直な称賛と感嘆の声を漏らす。

 

「それなりに硬くしたつもりだったけど」

「それなり、ね……」

 

 不機嫌そうに正面の幽香が呟く。

 

「挑発のつもり?」

 

 背後の幽香がゆっくりと歩きながらそれに続く。

 

「いや、別に。ただの事実だよ」

 

 エルキドゥからの返答を待ち、二人の幽香が並び立つ。

 

「そう」

「でも」

「「嘗められたままなのは、性に合わないのよ」」

 

 冷淡に、しかし寸分の類もなく声を揃える二輪の花。

 その姿は霞み、次の瞬間に上空に浮かんでいた。

 二人の幽香はそれぞれの片手を出して1本の日傘の柄を持ち、先ほどの焼き増しのようにその先端をエルキドゥへと向ける。

 

 残る片手を鏡合わせのように合わせると、傘の先端に燐光が灯る。

 

 エルキドゥの感覚は、二人の幽香の間で何らかのエネルギーの循環が行われていることを察知していた。

 それが如何なる作用を引き起こしているのか――灯った燐光は加速度的に膨張し、強大化していく。

 

(性能比べと言った手前、邪魔をするのは無粋、か――)

 

 親友は自分のことを『キレた斧』などと呼ぶが、自分にだってこんな時に空気を読むことくらいはできる――少なくとも、エルキドゥ自身はそう信じていた。

 

「構える様子も見せず」

「考え事とは随分と余裕ね?」

 

 もっとも、他人がどう受け取るかはまた別問題なのだが。

 

「そんなつもりはなかったんだけどね」

 

 膨張し、青白い小さな太陽を思わせるまでに成長した光を眺めながら対処の仕方を考える。

 

 防御――これは可能だろう。

 数重にシェルターを生み出し受け流せば、自分だけは無事に済むはずだ。

 周辺は色々ひどい事になるだろうが。

 

 回避――これも可能。

 だがせっかくの大技相手に、そんな面白くない手を打つつもりはなかった。

 

 迎撃――十分いける。

 今までのように小出しの武具ではなく、力を集約させた超大型の武具をぶつける。

 ベースは友の斬山剣辺りにすればいいか。

 なんならあの光線を切ってしまうというのも面白いかもしれない。

 

 大地のパーツを借りようと魔力を流しかけたところで、それに気が付く。

 

「「あら?」」

「これは――」

 

 二人の妖怪と一人の英霊は、同時にそれを感じ取った。

 まるで空気が撓むかのような感覚。

 幻想郷の別の場所で起こっている、もう一つの激突を。

 強大な、力と力の衝突を。

 

「他所も派手にやっているみたいね」

「ならこっちも、負けないくらい大きな花火を上げなくちゃ」

「正確には、上げるんじゃなくて落とすのだけど」

「幻想郷の底が抜けるかもしれない」

「行きつく先は旧地獄――きっと連中も、綺麗な花火を喜ぶでしょうね」

 

 あっけらかんと我の強さを見せつける幽香。

 旧地獄在住の皆様が聞けば、『いやいやちょっと待って』と首を横に振るだろう。

 

 突如訪れた災厄に泣き寝入りするなら、気にする必要もない。

 報復に訪れるのなら迎え撃てばいい。

 風見幽香にとっては、その程度の問題だった。

 

 日傘の先に膨張していた燐光が、一気に収縮する。

 それこそが、解放の兆し。

 

「「名もなき花よ――世界を穿て」」

 

 世界が明滅し、光の柱が落ちる。

 そうとしか形容しようがない、幻想的で破滅的な光景。

 攻撃範囲だけでも先ほどのマスタースパークの数倍――感じる力は更に上。

 空気が灼け、埃と水気は余剰の熱気だけで蒸発し、大気が身をよじるように荒れ狂う。

 これに触れれば何も残らないだろうと直感させる、青白い地獄。

 

 しかしそれを放つ瞬間、幽香たちは新たな異常に気付いていた。

 いつの間にか地面に顔を出す、無数の蕾。

 風見幽香の知らない花。

 

 緑の髪をたなびかせる英霊は事前のプランを破棄し、己が最奥の一つに手を伸ばしていた。

全てを受け入れるかのように両手を開く。

 花たちから流れ出るマナの奔流がエルキドゥへと伝わり――そのまま一つの力へと結実させる。

迫る光に全身を照らされながら、その真名を口にした。

 

「『人よ、神を繋ぎとめよう(エヌマ・エリシュ)』!」

 

 ――英霊は、槍と化した。

 

                     ◇

 

「おおっ! 見なさい咲夜!」

 

 紅魔館の主――永遠に紅い幼き月たるレミリア・スカーレットは、屋敷のテラスから身を乗り出し、目を輝かせてはしゃいでいた。

 

「金星が地上に降りてきたわ! これはもう、妖怪の世が訪れるって予兆じゃないの!?」

 

 遠方に輝く光を指さし、興奮したように捲し立てる。

 メイド長は頬に手を当て、輝きに目を細める。

 

「そういえば立香様が、金星の女神が弾幕ごっこをするとか仰ってましたね」

「女神? ルシファーの間違いでしょう! それよりおめでたい事だわ。咲夜、秘蔵のワインを開けなさい。乾杯よ!」

「それは構いませんが、お嬢様。その前に一つお伝えしたいことが……」

「何? 手早く済ませなさい」

「身を乗り出し過ぎです。日光に当たって煙が出ていますよ?」

「きゃーーー!?」

 

                     ◇

 

「偉業『ジュベル・ハムリン・ブレイカー』!!」

 

 ――またの名を、山脈震撼す明星の薪(アンガルタ・キガルシュ)

 金星の女神たるイシュタルの権限を最大限に利用した、アーチャーとしての彼女の宝具。

 金星という惑星の概念そのものを鏃として放つ、地球上への他天体の疑似的な降臨という異常現象。

 星をも畏れぬ大胆過ぎる破壊行為。

 

 迫る明星を前に、天子は右手に緋想の剣を構え、左手を前方に差し出す。

 その左手の動きに付き添うように前に出るのは、一つの要石。

 

『大地を操る程度の能力――そう言ったな』

 

 グレイの師を名乗る妙に不機嫌そうな男の言葉を反芻する。

 

『だがそれはおそらく副次的な作用――いや、備えている機能の一つといった所か。君もグレイの聖槍とぶつかり合ったことで何となく察しているようだが、他にも役割がある。全く、要石とはよく言ったものだ』

 

 男の言葉は天界での勉強に比べ、妙に耳に入りやすかったのが印象的だった。

 

『――もっとも時間がない事だし、役割に関しては一先ず置いておこう。要するに、君が地震を起こす際のプロセスの応用だ。エネルギーを蓄積し、一気に開放する。単純だが、故に強力だ。簡単に表現すれば――ものすごいデコピンということだよ』

 

 天界の秘宝である緋想の剣は、気質――万物が持ちうる“気”を操る。

 あの魔術師に言わせればオドやらマナやららしいが、その辺りの解釈は勝手にやってくれればいい。

 世界を循環するエネルギーを操れるということだ。

 

 今までは集めた気質をそのまますぐに転用することが多かったが、今回は違う。

 一旦、要石に注ぎ込む。

 地に差し込めば大地の歪みのエネルギーを抑え込む性質。

 プールできる気質は膨大だ。

 思えば今までも似たようなことは無意識にやっていたのだろう。

 何となくで要石から撃てていた気質レーザーなど、その最たるものだ。

 

 ――もっとも、今手元にあるエネルギーはその比ではないのだが。

 大地、大気、人、妖怪――そして対峙する女神からさえも。

 気質を集め、束ね、注ぎ、はち切れんばかりの“力”が収束する。

 

 まるで時が止まったかのような感覚。

 その中で、迫りくる明星の鏃を見る。

 体の頑丈さには自信があるが、なるほど――アレをまともに喰らえば、さすがに死ぬかもしれない。

 

「――だったら、星すらも落として見せようじゃないか!!」

 

 星を撃たれるという珍事の前に、笑って見せる。

 不敵に、大胆に、有頂天に――!!

 

「――抜錨」

 

 地上でならば、地震を引き起こす業。

 無秩序に溢れ大地を揺らすエネルギーを、眼前の敵へと収束させ放つ。

 要石を巻くしめ縄が震え、撓み、弾けた。

 

「『大いなる地から大いなる天へ(リリース・アン・キーストーン)』!!」

 

 それは奇しくも、明けの女神とは逆の一撃。

 

 地上から観戦していた中の誰かが言った。

 ――アレは、光の槍だと。

 

 明星の鏃と緋光の槍がぶつかり――拮抗する。

 天子とイシュタル、二人の気質の影響故か。

 この時幻想郷に、世にも珍しい『虹色の極光(オーロラ)』が観測できた。

 

 鏃と槍はじりじりと、押しつ押されつつ停滞する。

 空気は震えて乾き、激突によって溢れた気質と神気によって霊的な嵐さえ巻き起こる。

 衝突の基点から生じる雷の如き閃光が、大地に降り注ぐ。

 

 地上では命蓮寺の面々を始めとした力ある者達が、観戦に来ていた里人たちが被害を受けないよう守りに入っていた。

 もっとも守られている側の里人たちは神秘的な光景を前に『うぉぉぉ!』と興奮しているあたり、肝が太いというか何というか。

 

 一進一退の状況の中――女神は余裕をもって笑って見せた。

 

「そこまでは至ったか……でもまだまだ! 私は魔力放出(宝石)を発動していた!」

 

 宝石に込められた神気の開放――時間差での魔力のブースト。

 一時的に女神イシュタルの出力が上昇し、彼女は勝利を確信する。

 チェックメイトを宣言するかの如く、鏃に更なる魔力を乗せようとしたその瞬間だった。

 

 ――ドクン、と――

 

 大地が啼いた。

 

 その現象は、幻想郷の力ある者達の多くが感じ取っていた。

 まるで霊脈の力を手足の如く操るかのような所業。

 やった本人は『力に僕の体を貸している』とでも飄々と言い出しそうだが。

 

 それは当然、天子も感じ取っていた。

 地上にいる立香やマシュにとっても、覚えのある感覚だった。

 だがそれ以上に――

 

「あの土人形――!?」

 

 誰よりも、女神イシュタルが大きな反応を見せていた。

 そして――彼女は致命的なうっかりをおこす。

 

「あっ――」

 

 ――後にエルキドゥはこの件に対して、悪びれることもなく語った。

 

『うん? イシュタルが戦っていたのは把握していたよ。なんせ最上級の要注意対象だからね。確かに僕はその時相手の攻撃を迎撃するために宝具を使ったけど、それに対するイシュタルの反応にまでは責任を持てないよ。例え彼女が反射的に、自分に飛んでくるかもしれない『人よ、神を繋ぎとめよう(エヌマ・エリシュ)』に対抗するため目の前の相手から意識を逸らして、結果相対していた敵から隙をつかれることになったとしても、それは僕のせいじゃない。きっとイシュタルの日ごろの行いが悪いんだろうさ』

 

「ここだーーーー!!」

 

 天子が吼える。最後のひと押しにより天秤は傾き、緋色の光槍が膨張する。

 イシュタルがエルキドゥへの警戒から立て直すまでにかかった時間は数秒に満たず――同時に致命的に手遅れだった。

 

 槍は螺旋を描いて鏃を貫き、打ち壊し、女神へと向かい――

 

「しまったーーー!?」

 

 イシュタルは緋に呑まれた。

 

                      ◇

 

「見事――そう言わざるを得ないね」

 

 エルキドゥは、引きちぎられた右腕を『完全なる形』で修復しつつ、花の妖怪へと称賛を送った。

 

「分身を身代わりにして僕の宝具から離脱――更には僕の攻撃が終わった後の一瞬の隙をついて攻撃まで通してくるとは。ギルが見たらなんていうかな」

 

 称賛を送られた側の幽香はというと――不機嫌そうに『フン』とエルキドゥを睨みつけた。

 

「よく言うわ。平気そうな顔してるくせに。こっちは服がボロボロよ?」

 

 言葉通り幽香は煤だらけで服にはところどころにほつれや破れが見られ、肌が露出している部分もある。

 それでも五体満足であるあたり、彼女の頑丈さが伺えるというものだ。

 

「まだ続けてもいいけど――ここまでだね」

「あら? 私はまだやれるわよ」

「裁定者が来た」

 

 エルキドゥが空を見上げると、そこには幽香自身見知った紅白の影が飛んでくる姿が目に入った。

 

「こらー! あなた達ー!!」

 

 幻想郷の空飛ぶ巫女、博麗霊夢は怒りの形相と共に参上した。

 

「暴れ過ぎよ! 人が昼寝してたってのに!」

「いいわね、あなたは平和そうで」

「その二文字はさっき旅立っていったわ! 全く――霊脈をがっちり動かすから妖精たちが大慌てよ。大はしゃぎっていうのかもしれないけど」

「おや、そういうこともあるのか――それはすまなかったね。何なら鎮圧を手伝おう。みんな串刺しにすればいいのかな?」

「涼しい顔して物騒ね……別にいいわ。その内収まるでしょうし」

 

 げんなりとした霊夢を尻目に、エルキドゥは幽香へと視線を戻した。

 

「こっちに来るとき、幻想郷にはできる限り迷惑をかけないよう言われていてね。どの程度が迷惑なのかよくわからなかったから、とりあえず巫女が出てくるレベル――という風に判断している」

「人をメーター扱いしないでほしいんだけど」

「裁定者ならある種の秤ではあるだろう。自覚のあるなしはともかくね。という訳で今日は帰らせてもらうけど――」

 

 エルキドゥは返答を待つような色合いの瞳を幽香に向け――彼女は戦闘態勢を解いた。

 

「まっ、いいでしょう。幾らか暴れてスッキリしたし」

「幾らかって……ここまでやって?」

 

 砕け、割れ、陥没し、一部がガラス化した大地。

 霊夢はその惨状を見渡して、呆れたように言って見せた。

 

「幾らかよ。幻想郷が壊れてないでしょう?」

「――そういうのは、頭の中だけにしといてね。くれぐれも」

「でもコレ、幾らか霊夢の責任もあるのよ?」

「は? 何言ってるのよ?」

 

 胡乱気な視線を向ける霊夢に、幽香はあっけらかんと答えて見せる。

 

「先日、本物太子とやり合った時も止めに入ったでしょう? まったく……まだ『十七条の拳闘』も六つ目までしか見てなかったのに、空気が読めないんだから。おかげで不完全燃焼気味だったのよ」

「格闘オンリーとはいえ、里の近くで暴れる方が悪いんじゃない」

「ちょっとした手合わせでしょう。ギャラリーも喜んでいたわよ」

 

 お互い譲らぬやり取り――だがそこに緊迫感は薄く、独特の気安さも感じる。

 そんな中エルキドゥは、『最後に』と言って話しかける。

 

「それじゃあ幽香、改めて君の性能に称賛を送らせてもらうよ。君の力、個としてはまさしく上位に位置するものだろう」

「あら、土人形にはお世辞の機能までついているのかしら。さっきの“槍”も、まだ全力じゃなかったでしょう?」

「こちらの抑止力との同調もまだ十全じゃないし、あんなものさ――いつか機会があれば、お互いフルスロットルで性能比べをしたいものだ。それに、実際感心しているんだよ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 エルキドゥの言葉に、幽香は鋭く目を細めた。

 

「あら――どういう意味か、お聞かせ願えるかしら?」

 

 数秒前までとは違いどこか冷たさを孕んだ幽香の視線のエルキドゥは気づかず、素直に答える。

 

「君の動きはとても力強いが、どこか泥臭い――天賦のものではなく、ひたすらに積み上げてきた者の動きだ。力こそが絶対という信条も、力がなければ生き残れない環境に身を置いていたからだと考えれば納得がいく。それに植物を介した気配感知に、本物になりえる分身――多分君は元々戦うことよりも、()()()()()()()()()()()()()()()()()()だったんじゃないかな」

 

 風見幽香は――

 

「……………………」

 

 空恐ろしいほどの沈黙を見せた。

 

「……あの、あなた?」

「何かな、裁定者」

「もう戦わないって言っていたわよね。なんでそんな挑発的なの?」

「挑発……いや、単純に感じたことを言語化したまでだよ」

 

 淡々と、そして飄々としたエルキドゥの台詞に霊夢は、『あっ、コイツアカンやつだ』と今更ながらに察する。

 ――そして指摘を受けた幽香はと言うと……

 

「なるほど……侮蔑の意味合いはないか。だったら別に怒るほどの指摘じゃない――」

 

 ニッコリと、そして凶悪に笑って見せた。

 

「――なんて納得するほど、物わかりが良い訳じゃあないのよ。私は」

「えーと、幽香?」

「来なさい」

 

 はじめは僅かな振動――それは徐々に大きくなり、ドン! と一際大きい音と共に地面が隆起し、あまりにも巨大な食虫植物じみた怪物が現れた。

 

「うげぇ……」

 

 霊夢は心底嫌なものを見たという顔をする。

 半面エルキドゥは、相も変わらず涼し気な顔だった。

 

「神獣ならぬ、神花といった所か。こんなものまで使役しているんだね」

「戦闘的にはあんまり好みじゃないから普段は使わないけど、どうしてもあなたの泣き顔が見たくなって」

「あー、もうっ! 面倒なんだから……」

 

 花の妖怪。

 土人形。

 巫女。

 ――三つ巴の第二ラウンド、ファイッ!

 

                      ◇

 

「意外に、あっさりと引き下がるものですね」

 

 白蓮は戻ってきた宝塔を大事そうに抱える星を眺めつつ、内心を漏らしていた。

 

『ブレイク……ってやつね』

 

 そう嘯いた女神自身はまだピンピンしており、ため息を吐きながらも負けを認めた。

 幻想郷のルールに則った、と言えばそこまでなのだろうが……

 

「イシュタルさんも、勝負ごとに関してはしっかりした方なので」

「でもこう、構えていた分拍子抜けと申しますか……」

「実は戦いたかった?」

「立香さん、私は戦闘狂という訳ではありませんよ」

 

 ピシャリと断言する白蓮。

 

「私が手間を全部省いてやったからな!」

 

 傍へと寄ってきた天子が、威風堂々とした様子を見せる。

 

「そうですね……今回の一件で、正直見直しました。さすがは天人様といったところですか」

「そうだろうそうだろう! 盛大に感謝し敬うように!」

「でもその割には、あまり喜んでもいないようですが」

「むっ、それは――」

 

 図星を突かれたかのように、天子は頬を掻く。

 

「――あいつも、全力というわけではなかったからな。難易度で言えばイージーかノーマルといったところだった」

「確かに、霊基を変えた割にはそこまで暴れてなかったような……でも弾幕ごっこって、そういうものなんじゃないの?」

 

 攻撃の殺傷能力は抑えられていたし、いつもほどの苛烈さもなかった。

 動きの機敏さそのものは増していたが……

 

「弾幕ごっこだからで済ませてしまえばそこまでなんだが、なんだかこう、もやもやしたものが残るというか……」

「ですがイシュタルさんの宝具に打ち勝ったのですから、大金星だと思います」

「金星だけにか?」

「あっ……いえ、別に洒落を言うつもりだった訳では……」

 

 顔を赤らめるマシュに、天子は笑って見せる。

 

「まあ、そうだな。勝ったんだから、あまりうだうだ考え込むのも性に合わない。要石の使い方もこれまで以上に分かった事だし、いずれは実力でも上回るようになるさ」

「要石――」

 

 天子が使う不思議アイテム。

 だが先ほどの戦闘の中で、立香が連想したのは――まったく別のものだった。

 

「それって、ひょっとして――」

 

                       ◇

 

「ふんふんふーん」

 

 ――天界の一角にて。

 天空の女主人は、暢気に鼻歌など歌いながらフワフワと浮かんでいた。

 そんな彼女に話しかけるのは、羽衣を纏った青髪の女性。

 

「お疲れ様でした、イシュタル様」

 

 永江衣玖へと、イシュタルはのんびりと顔を向ける。

 

「あー、えーと、フリルの付喪神だっけ?」

「竜宮の使いです」

「ああ、そうそう。深海魚の」

「違います」

 

 竜宮の使いはコッソリと嘆息しながらも、それ以上は引き延ばさずに話を先に進める。

 

「お怪我の方はどうですか?」

「別にどうってことないわよ。見た目こそ派手だったけど、あの槍も私のキガルシュを突破した時点でほとんど威力を失っていたし、攻撃に回し損ねた魔力でしっかりガードしたから。あーあ、宝塔も返しちゃったし、プロジェクトG4は一旦お預けかぁ」

「……えっと、あの計画は総領娘様に発破をかけるためのダミーだったのでは?」

「え? そんなわけないじゃない。あの子が力と資格を示せなければそのまま実行していたわよ」

 

 ――今更ながらに天界の危機だったのだと衣玖は実感し、僅かに冷や汗を垂らした。

 同時にある疑問も浮かび上がる。

 

「あの、でしたら何故総領様からの話をお受けになったのですか? 貢物の財宝よりも、その計画で手に入る財の方がよほど多かったのでは……」

「彼は礼を尽くした上で私に頼んだわ。『娘に試練を与えてほしい』と――彼は私の信者という訳ではないけど、貢献には報いるのも女神の役目。まっ、それに嫌いじゃないのよね。娘に甘い父親っていうのは」

 

 イシュタルの発言に、衣玖は首を傾げる。

 ――甘い? 先刻行われていた戦いが?

 

「確かに総領娘様は好き勝手に振舞って、総領様も何だかんだでそれを許していました。ですが、だからこそ一度厳しく躾ける為に試練を用意したのでは? 『手痛い敗北を経験するならば良し。高い壁を超えることによる成長が得られるのならば、それもまた良し』と仰っていましたし」

「ええ、あなたにはそう言っていたわね。――でも透けて見えたのよ。娘により多くを与えたいという願いが。要石を司る一族の長としての悲願っていうのもありそうだけど」

「………………」

 

 ――きな臭くなってきた。

 空気を読んだ衣玖は敏感にそう感じたが、女神はそんな様子を気にすることもなく人差し指を下に指す。

 

「アレ、何だと思う?」

「何って……地面ですけど。天界の」

「ダメね。20点」

「何点満点中?」

「何点満点だと思う?」

「うーん、20点満点で」

「惜しい、25点満点よ」

 

 『なかなかふてぶてしいわね』とイシュタルは笑い、ある事実を口にした。

 

「確かにアレは天界の大地――そして同時に超巨大な要石でもある」

 

 一拍の間をおいて、衣玖は反論した。

 

「でも、それは“元”の話でしょう? 遥か昔に大地から抜け、やがて天界の大地へとその姿を変えた――」

「ええ、当時はさぞかし世界が荒れたでしょうね。なんせ、当時“世界そのものだった”テクスチャが剥がれることになったんだから。それこそ、世界が造り替わるくらいの異変が起こったはずよ」

 

 ――当然衣玖は直接その光景を目にした訳ではなく、伝承の中でしか知らないが。

 曰く、かつて天界となっている要石が大地から抜けた時、反動による大地震で地上の生き物は一度一掃されたと――そう聞き及んでいた。

 

「……要石の力は、地震を鎮めることのはずです」

「そういう機能も、確かにあるんでしょうね。でも同時にアレは、星の表層を縫い留める地の楔としての役割もあるのよ。そして機能は、未だ生きている。最も今はこうして浮かんでいるし、現在この惑星のテクスチャを固定する柱は別のものが担っているんでしょうけど」

「テクスチャ……」

「ああ、その辺りから知らなかったかしら? それとも世界間で用語が違うのか……わかりやすく言えば、何層にも地球という惑星を覆う世界法則。その一番上層にあるのが、人が“現実”と名付けた薄布。柱はそれを固定するためのピンね」

 

 衣玖の言葉に、イシュタルは答える。

 すると他にも疑問が湧き上がってくる。

 

「――他にも、同じようなものがあるんですか?」

「ええ、柱は点在するもの。形状は様々で槍だったり、塔だったり、柱だったり……後は樹とか」

「樹もなんですか?」

「生命の木、世界樹、宇宙樹――そんな名前くらい、聞いたことがあるでしょう? そう呼ばれる霊木の全てが柱という訳じゃないけど、樹は古来より天と地、神と人とをつなぐ役割を担うことが多々ある。星の楔としての経歴じゃ、他のものよりも古いわよ」

 

 女神の言葉は続く。

 

「樹と言えば、空想樹とやらもある種の柱なんだろうけど……実物を目にしていないから断言はできないけど、剪定事象を蘇らせている時点で真っ当な代物じゃないのよねぇ。観念的な話になるけど、さしずめ生命の木(セフィロト)に対する邪悪の根(クリフォト)……虚無の世界(ゴミ箱)から廃棄物を汲み上げるリサイクル装置なのかしら?」

「かしら――と言われても、私はそもそも空想樹が何か知らないのですが」

「ああ、今のは独り言みたいなものだからあまり気にしないで」

 

 ひらひらと手を振るイシュタル。

 

「でも要石が柱と言っても、小さいものなら比那名居一族にそれなりに数があるようですが……」

「あれはあくまで影。携帯端末と言い換えてもいいかしら? 本体はあくまでこの天界。ここから抜け落ち、力の一部を宿した断片」

「そもそも、要石がその柱だという根拠はあるのですか?」

「あら、心外ね。かつて誰も気が付かなかった世界樹を見出し、自分ちの庭に植え替えた私の眼力を疑うの?」

「いえ、いえいえいえ……植え替えたってなんでです!?」

「ちょっと世界を征服しようと思って」

 

 立場上天人や神霊と関わることも多い衣玖は、一つ悟る。

 この相手には、自分の尺度で相対してはいけないと。

 

「まあ、あの子は要石に対する認識が薄かったみたいだから、あなたに言ってカルデアまで誘導させた訳だけど」

 

 イシュタルからの指示で、天子にカルデアを頼るようにさりげなく言い含めたのは衣玖自身だった。

 

「カルデアには柱の担い手が何人かいるから、うまくいけば刺激になると思ったのよね」

「うまくいかなかったら?」

「その時はそれだけの話――あの子には資格がなかったって割り切るだけ。でもあの子は天運をもって、担い手としての資質を示してみせた。故に私は彼女が試練を突破したと認め、負けを受け入れたの。もっとも、エルキドゥの行動までは読めなかったけど……あの土人形、絶対分かった上で陰湿な嫌がらせをしやがったわ」

 

 ぐぬぬと弾幕ごっこに負けた時以上に悔し気な顔をするイシュタルに、衣玖はコッソリ呆れてしまった。

 

「ところで――」

「何?」

「その柱ですか……仮に総領娘様が担い手になったとして、具体的に何が起こるんですか?」

「そうねー……あなたの目から見て、天子は昔から変わっていない?」

「いつまでもお子様体形のままですが」

「そっちじゃないわよ、性格的な話。そう――あなたの視点から見てやたらと傲慢だったり、自分基準で動いたりとか」

「………………」

 

 天人になったばかりのかつては比較的、おとなしい方だった。

 徐々に天人特有とも言える唯我独尊さを身に着けていったが、不良天人と周りから呼ばれる反発からかと思っていた。

 博麗神社を倒壊させた異変以降は更に悪化した気もするが、ある種の増長だと捉えていた。

 だが――

 

「図星みたいね」

 

 女神の指摘に、衣玖の体がピクリと震える。

 

「ふふ、本当に柱と相性がよかったみたいね。……天人から、より高次へと移行しつつあるのよ。人の視点から神の視点へ――やがては神の心臓を得て、正真正銘の女神へと。私は直接会った訳じゃないけど、私たちの世界で第6特異点と呼ばれた場所にも居たのよ。柱に同調し過ぎた故に女神に至った王が」

 

 星の聖槍たる嵐の錨を振るう女神。

 そのデータを、イシュタルは閲覧していた。

 

「人を永遠のものとすべく聖槍を聖都へと変え、“正しい人間”のみを収容し管理する機構を生み出そうとした。――ああ、そう言えば要石から変じたこの天界もちょっと似ているわね。これは偶然なのか、それとも誰かの意図が関わっているのか」

 

 ――天界。

 正しく成仏した魂や、生まれつき――あるいは生きたまま天人となる資格を得た者のみが住む理想郷。

 ――ただひたすらに、“在り続ける”ことに特化した異界。

 その在り方に衣玖は疑問を抱いたことなどなかった。なかったのだが……

 

「聖槍の女神は世界を作り替えようとした。『地に増え、都市を作り、海を渡り、空を割いた』ってね。天子が女神となり、天界という名の要石を完全に手中に収める時がくればあるいは――この世界そのものが作り直される。そんなこともあるかもしれないわ」

「本当に、そんな事が……」

 

 だが衣玖は既に聞いていた。

 最近天子と行動を共にすることが多い貧乏神。

 依神紫苑がかつて遭遇したという、夢の世界の天子。

 彼女が語ったという言葉。

 

『天界を滅ぼし、地上を滅ぼし、人類を滅ぼし、地をならし、美しい四季を作り、新たな生命を造り、悲しむことのない心を創り、貧することのない社会を作り、この世界全てを作り直してやろう!』

 

 ――アレが冗談でも夢物語でもなく、実行可能な事実を示していたのだとすれば……

 

「……イシュタル様。あなたの言葉は、真実なのですか?」

「ふふ……さぁてね。女神の言葉に如何なる意味を見出すかは、下々の者達の役目。額面通りに受け止めるか、それとも裏があると読み解こうとするか。それで、あなたはどうするのかしら?」

「どう……とは」

「あの子はまだ女神の雛形。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()?」

 

 ――それが意味するところは、つまり……

 

「冗談はよしてください」

「冗談、ね。じゃあそういうことにしておきましょうか。今回は請われたから導きはしたけど、私は本来見守る側だから。――でも、天界は歓迎しているみたいよ?」

「何を、ですか?」

「担い手の成長を」

 

 まるで心臓が鼓動するかのように、天界の大地が一度揺れた。

 

 

「………………今のは」

「さぁて、あの子は至るのかしら? それとも擬きで終わるのかしら?」

 

 女神イシュタルは悪魔のように、ニマニマと笑った。

 

                      ◇

 

 ――紅魔館にて。

 

「あら、お帰りなさいませ。立香様、マシュ様。それに天人くずれまで」

「くずれって何よ、くずれって。それよりも相変わらず陰気な館だな……ってなんだ、陰気さの元凶はあの吸血鬼か。何をあんなに落ち込んでいる」

「お嬢様は金星が亡くなったということで心を痛め、喪に服しているそうです」

「………………あっ」

 

 この日立香は、天子主催の戦勝祝いとレミリア主催の金星の葬式という、世にも奇妙な合同祭事を経験することになったのであった。

 




〇比那名居天子
 本作中においては、女神の雛形。星の楔の一端たる要石に高い親和性をもち、現在進行形で神化中。ただ本人にその自覚はなく、アルトリアはそれを見抜き『半端な状態が一番危険』と判断してグレイと宝具の撃ち合いにもち自覚を促そうと一計を案じた。ただし自覚が自重に繋がるとは限らない。
 イシュタルと敵対していたのは、父親に呼び出され『ようやく謹慎も終わりかー』とルンルン気分で天界に戻ったところを襲撃され、更には散々挑発されたため。後相手がイシュタルが自分に似ている部分があるが故の、普段は表に出ない自己嫌悪的な面もある。
 ちなみに非公式に私物化している緋想の剣も、星の息吹を束ねる秘宝である。

〇イシュタル
 金星の女神。宝塔を手に入れプロジェクトG4に適した土地を探すため天界に訪れ、その秘められた性質を察する。何か事情を知っていそうな相手に話を聞こうとした結果比那名居一族に辿り着き、当主たる天子の父親へと接触。天子の父親は天界でさえ知るものが少ない要石の性質を見通したイシュタルの力を見込み、多数の財と引き換えに娘へと試練を与えてくれるように依頼。イシュタルも当初予定していたプロジェクトG4が、天界の大地の性質上思ったよりもうまくいかない可能性が出てきたため、これを快諾。この時点で最低限の利益は得ていた。また実際に会った天子が割と自分に似通った部分があったため、余計な同族意識から『目をかけてあげよう』と女神的解釈。つまり傍迷惑。

〇永江衣玖
 竜宮の使い。龍神のメッセンジャー。空気を読めるお姉さん。本作中においては比那名居一族が天界に来た時に、天界に慣れるまでの案内人的な立場であった。その為、それ以降も関係を持ち続けている。

〇十七条の拳闘
「貴人たるもの、自己防衛のための手段の一つは身に着けていますよ」
 そう言って穏やかに微笑む本物太子だが、ランクにして脅威のA+++。
 元は仏教徒共に密かに伝来していたカラリパヤットであり、それを本物太子が自分に合わせた形で改修したもの。拳闘と名付けているが、主に十七の形からなる総合格闘術。



 元は獅子王と憑依華の夢天子の台詞が似通っているなー、というところから始まった中編。そこに東方緋想天から憑依華に移る中での、天子の性格の微妙な変化や要石なども混ぜ合わせていった相変わらずの独自解釈・設定です。
 イシュタルの世界樹を植え替えた云々は神話上の逸話。イナンナ時代の話ですが、このころから変わってないなーと。ちなみにこの世界樹は“世界の領域を表わす”ものらしいです。樹が世界の柱であるというのは、この辺りやユグドラシルの逸話からの独自解釈。
 あと皆様大暴れしているように見えますが、幻想郷に致命傷にならないようにちゃんとセーブしています。しているはずです、きっと。三つ巴の第2ラウンドも、霊夢が適当なところで落ち着けてくれるでしょう。多分。
 ――それではギル祭ラストスパートに戻りたいと思いますので、この辺りで……

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