「ますたあ、ちょっといいかい?」
ある日のカルデアにて、立香は葛飾北斎――水着姿のお栄から呼び止められた。
隣には彼女のとと様であるタコのような形容しがたい生物が浮かんでいる。
「どうしたの?」
「ホラさ、最近かるであに青髪の仙女様が時々顔を出しているだろう?」
霍青娥――幻想郷に住まう邪仙。
とある珍妙な経緯から縁が繋がった女性である。
「おれも未来の仙女志望としては、是非とも話を聞かせて貰いたいと思っていたもんでネ。先日言葉を交わす機会があったんだが、なんと幻想郷では仙術を学べる道場があるそうなのサ!」
目を輝かせて、胸の前で両拳を握りしめるお栄。
とと様はやれやれといったように目を伏せていた。
「そ、それでサ……」
お栄の勢いが萎み、彼女はちょっと恥ずかしそうに顔を赤らめた。
「紹介状を書いてもらったんだけど、そのぅ……良かったらますたあも一緒に着いてきてくれないかい?」
こうして立香は、仙人たちの住まう神霊廟へと赴くことになったのであった。
◇
「まずはようこそ、と言わせてもらおうか」
お栄、そしてマシュと共に神霊廟へと訪れた立香へ、耳当てをした少女は歓迎の意を述べた。
「私は豊聡耳神子――聖徳王なんて呼ばれたりもするけどね。こっちは物部布都」
「うむ、よろしく頼むぞ」
案内された一室で待っていた少女たち。
立香たちもそれぞれ自己紹介を交わす。
そんな中で仙術を学びに来たお栄はというと――
(こ、これが聖徳太子……そして本物の仙女様かい! 口調は軽いのに言葉の圧――いや、存在感そのものがとんでもない。かるであの王様系さあばんとには引けをとらねぇや!)
慄きながらも憧れの視線を送っていた。
一方は神子はというと、そんな視線は慣れたものなのか余裕の表情で微笑んで見せる。
「日本で一番有名な名前は聖徳太子ですよね。かつては貨幣にも載っていたとか。かの救世主と同じく、馬小屋で生まれたという逸話もあるそうです」
「アハハ、それは救世主の逸話にあやかった軽い冗談だよ。高貴な私がそんな臭う所で生まれるわけないでしょう」
「……その、マルタさんには聞かせられないお話ですね」
何とも言えない表情で目を伏せるマシュに、立香も同意した。
基本温厚なのだが、場合によっては一気にメーターが振り切れる聖女様なのだ。
もっともそれはカルデア勢の問題なので、神子はお栄へと視線を移す。
「さて、青娥からの紹介状は確かに受け取った。修行を受けたいというのは、君で良かったかな? 葛飾北斎」
「お、おうサ! これまでも独学で術を齧っちゃみたがぁ、本物の仙女様がいるのなら是非とも学ばせてもらいたいと思ってネ」
「道とは究極的には自ら学ぶもの――まずはその学習意欲こそが大事なのさ。私たちは門戸を広く開いている。しかし、ふむ……」
神子は瞳を細めお栄をじいっと見つめ――否、見透かすように視線を送る。
「な、なにサ? ひょっとして服装がてぃーぴーおーとかに合ってなかったとか? 霊基の問題でそうひょいひょいとは変えられねぇから、そこは勘弁してほしいんだけどサ」
「いや、そこではない。――確かに些か露出が多いとは思うが。いやね、君は青娥が興味を持ちそうな人材だと思ったからね。直接指導しないのは何故かと思ったまでさ」
神子の話によると、青娥は気に入った相手や力ある相手に仙人になることを勧める傾向があるらしい。
神子自身も青娥から仙術を伝授されたということだったが――
「その、今はちょっと手が離せないんだと思う」
「……? ふむ、その様子だと何かあったようだな。我が師ながら自由奔放な人だから、何か問題でも起こしたのか?」
「というよりも何というか、一緒に来ていたキョンシーの子なんだけど……」
「ああ、芳香のことか」
「ナイチンゲールに消毒された挙句、間違ってアスクレピオスの試作型蘇生薬を浴びちゃって……何というか半分くらい生き返ったような状態に」
「今は状態の把握に忙しいようです。アスクレピオスさんも『貴重な被検体だ』とか言って一緒に調査に参加しています」
立香の台詞を引き継いだマシュが告げると、神子は一瞬ポカンとした後愉快だと言わんばかりに大笑いした。
「ハハハハハ! それはさぞかし慌てていたことだろう! 何せ芳香のことは大事にしているからな! いや、できれば私もその様を間近で見ていたかったものだ」
「あの、太子様。それは少々不謹慎……いえ、これはむしろ目出度いことなのでしょうか?」
「ふふ、そう言うな布都。ちょっとしたお茶目だよ。長く生きているだけあって安全圏を見極めるのがうまいからな、彼女は。たまには普段見せない顔も見てみたいだけさ」
ひとしきり笑った後、神子は部下へと告げる。
「それじゃあ布都、北斎の面倒を見てあげなさい。先日門を叩いてきたあのちっちゃな子らの修練に混ぜてあげるといいでしょう」
「道士ノブたちですね、承知しました。それでは北斎殿、着いてまいれ」
「おうサ! よろしく頼むぜ、お師様!」
「お師様……フフ、悪くない響きじゃな」
◇
教導を行う布都、仙術の修練に励む道士服に着替えたチビノブたちとお栄、それをサポートする立香。
少し離れた所からその様子を見ていたマシュ。
そんな彼女に声がかけられる。
「やあ、調子はどうかな?」
「あ、お疲れさまです。神子さん。……頑張ってらっしゃいますが、さすがにまだ術を会得するところまでは」
「だろうね。そう簡単に覚えられては、我らの立つ瀬がないところだが」
神子はマシュの隣へと腰を下ろし、そのタイミングを見計らってマシュも言葉を発する。
「それにしても、まさかちびノブたちが発生しているなんて思ってみませんでした。しかも仙人に弟子入りしているなんて」
「最近は里でもちょくちょく見かけるね。割と何でもできるから小間使いとしても重宝しているよ」
「意外と小器用なんですよね……」
「ところでアレはどういった生き物なんだい? 妖怪や妖精とも違うし、最初はゆっくりの亜種かとも思ったけど」
「生き物というか、ナマモノというか……」
マシュが現在分かっていることを説明すると、神子は興味深そうに頷いていた。
「ところで先ほど仰っていたゆっくりとは?」
「いやまあその……幻想郷の力ある住人の姿を模した――生首?」
「えっと、確かそういう妖怪がいると聞いたことがあるような」
「飛頭蛮のことか。アレとはまた違うと思うけど……というか一緒にしたら飛頭蛮からクレームが入りそうだな」
「あまり深く考えない方がいい話題ということですね。マシュ・キリエライト、了承しました。特例事項としてデータベースに記録しておきます」
真面目な顔で律儀に頷くマシュに、神子は苦笑した。
「しかし葛飾北斎だったか……絵師と聞いているが、かなり特異な存在のようだな」
「わかるんですか?」
「フフ、君も聞いたことくらいあるかもしれないが、良く聞こえる耳を持っていてね」
神子は自らの耳当てをコツコツと指で叩く。
「確か10人の話を同時に聞くことができるとか」
「まあそんな感じだ。――とはいえ聞こえすぎることも、時にはよくない場合がある。一人で静かに過ごしたい時や、聞いてはいけない声を目の前にした時なんかだ」
神子は人差し指と親指で円をつくり、それを通してお栄を覗き込む。
「彼女から虚ろに感じる神性――なかなかどうして、厄介なものと見た」
「空想から這い出た邪神――今のところ、そうカテゴライズされる存在です」
「邪神、か。月の兎どころではない狂気の片鱗……アレと対面しようと思えば、私でも相応の覚悟と準備が必要になるな。青娥も魅入られたりしなければいいが」
「容易く現実を崩壊させかねない存在ですからね。こちらでも、青娥さんがカルデアにいらっしゃっている時は、注意して見ておくことにします」
「頼むよ。色々と身勝手な人だが、一応我が師になるからね。死なれたら、多分1日くらいは目覚めが悪い」
「ええっと……」
マシュは言葉に詰まった末、話題を変えることにした。
「遅くなりましたが、今日は急に押しかけたというのに面倒を見てもらい、ありがとうございます」
「何、持ちつ持たれつというやつさ。それに私も君たちには少し興味があったからね」
「……というと?」
「サーヴァントという在り方にさ。良かったら少し話を聞かせてもらってもいいかな?」
マシュが首肯を返すのを見て、神子は話を続ける。
「私は元々、不老不死を求めて仙人になった口なんだ」
「つまり仙人になることが目的ではなく、あくまで手段であると」
「話が早くて助かるよ。少し聞いた限りでは、英霊の座と呼ばれる場所に本体が存在し、状況に応じてその分霊とも言える影法師が地上へと送り込まれる。ある意味、不老不死の完成系の一つと言ってもいいだろう」
如何なる仙術か。
神子の手のひらから小さな光弾が生まれ、地面に幾つもの影を伸ばす。
「肉の体に縛られない、魔力と霊核が続く限り朽ちぬ霊基の体。例え端末と呼べる体が消滅しても、本体には影響がない。なかなかに唆る話だ」
神子とスッと手を振ると、地面に写った影が消え、それでも光弾は爛々と輝いたまま。
「仰ることは分かりますが、それは少し違うと思います」
しかしマシュはきっぱりと、神子の言葉を否定する。
「前提条件として、サーヴァントの皆さんは一部の例外を除けば死者です。召喚される度に、それは別々の生だと仰っています。なので自己の連続性という意味では、所謂不老不死とはかけ離れたものになるのではないかと」
「だろうね」
神子は特に反論することもなく、あっさりと頷いて見せた。
「聖徳太子という存在そのものの保全にはなっても、豊聡耳神子という私個人の存続となるとまた別の話。……実のところ、一番気になっているのは私が英霊の座とやらに存在するかどうかなんだ」
「虚構説が広がりつつあるとはいえ、神子さんほどの知名度があれば英霊の座には登録されているかと思われますが」
「そこでさっき君が話した前提条件が問題になる。英霊とは皆すべからく、死者であると。今回私は君たちと――カルデアのマスターと縁を持った。これで仮に私がカルデアに召喚されるような事態になれば、それはいつかどこかで私の不老不死が失敗するということの証明だ」
「あっ……」
思わず声を漏らしたマシュに、神子は浮かべていた光弾を握りつぶした。
「別にそんな顔をすることはない。その時はその時というだけの話だ。ただ、もしカルデアに私が召喚されるようなことがあれば教えてくれるかな?」
「はい、それは別に構いませんが……」
「よろしく頼むよ。見返りと言っては何だが、君も仙術を学んでみるかい? 人を超えた力と寿命、ゆくゆくはそれすらも超えた永遠――興味はないかな?」
その誘いに、マシュはきっぱりと首を横に振った。
「――いいえ。その問いかけを、永遠を、私は既に否定した身です」
「ほう」
神子はここで初めて、興味深そうにマシュの顔を見た。
「人は何故死を受け入れねばならないのか――それは私のかねてからの疑問であり、不満であった。だからこそ私は青娥の誘いに乗り、その運命を乗り越えんと仙人になった。君は何故に、永遠を否定する結論に至ったのかな?」
「“生きる”ということは、“死から逃げる”こととは違うからです」
「………………」
「私は元々、一般的なものよりも遥かに短い寿命の身です。今でこそ人並みの寿命を手に入れていますが、デザインベイビーとして生を受けた時点で30歳まではもたないとされ、デミ・サーヴァント実験によりその寿命は更に10年以上縮みました」
「遺伝子操作に人体実験、というやつか。しかしならばこそ、君はその運命を恨まなかったのか? 何故私だけがと、理不尽を嘆かなかったのか?」
「……いいえ、ごめんなさい。神子さんが本当に私に同情してくれているのは分かります。でも、違うのです。死という終わりは全ての命に与えられた終着点。人という存在を構成するごく当たり前の要素であって、決して嘆くものではないのです」
神子はマシュのはっきりとした物言いを前に、押し黙った。
「私は既に、二度死んでいます。一度目は爆発によって落ちてきた瓦礫に押しつぶされて、二度目は星を貫く熱量を受けとめて。そしてその度に命を繋いでもらいました。私の中に宿っていた英霊に、優しい声をした誰かに。いいえ、それ以前にDr.ロマンの尽力がなければ、とっくに終わりを迎えていたでしょう」
「かつての私は自分の短命を、受け入れるまでもなく“設計上そういうものだ”と単なる事実として認識していました。寿命は誰にでもあって、自分はただ人よりもそれが短いだけだと。でも今は、終わりがあるからこそ当たり前の日々が美しいのだと思っています。ただ生きるだけの永遠は、惰性の延長線に過ぎないと」
「特異点を巡る旅の中で、私は多くの命の在り方を見ました。死にゆく人を、その意思を継ぐ人を見ました。――人はきっと、生きたいから生きるのです。死から逃げるためではなく、明日が待ち遠しいから生きるのです。例え明日終わりが訪れることになっても、その“さよなら”まで私は先輩の傍にいたい――それが私の願いです」
「かつてDr.ロマンは私に言いました。『人が生きることに意味などなく、終わった後にこそ意味が生まれる。それを“人生”と呼ぶ』のだと。――だから、ごめんなさい。私はいつか自分の人生を手に入れたとDr.ロマンに胸を張るためにも、永遠を求めようとは思いません」
そこまで言い終わった後で、マシュはハッとしたように顔を上げた。
「す、すみません! 私ばかりが話し続けてしまって……」
「――いや、とても興味深い話だったよ」
神子は目を瞑り、大きく息を吐いた。
「“生きたいから生きる”か……いやはや、盲点だった。私はいつか来る“死”ばかりを意識して、その過程たる“生”には目を向けていなかったからな。聡いというのも考え物か。穴があったら入りたい気分だ」
「い、いえ……あくまで私の考えであって、そう大層なものでは。かつての魔神王との会話を思い出して、ヒートアップしてしまったのもありますし」
「いいや、今の話の中には私も考えさせられる部分があった。……もしかしたら、私は自分の生に不満を持っていたのかもしれないな」
「不満、ですか?」
「自分で言うのもなんだが、私は天才だったからな。だからこそ、生まれながらに人を導くという一本道しかなかった、そうなることを見通せてしまったことが不満だった。もっと色んな事ができるだろうに、最初から道筋が決まっていることが」
「それは……」
マシュの脳裏に浮かんだのは、生まれついての――そして生を終えるまで王であった男の顔。二度目の生にて、ようやく人になった王の姿。
「不老不死になれば、より多くのことに挑戦する時間ができる。いろんな生き方を選ぶことができる。無意識の内に、そう考えていたのかもしれない……まあ我がことながら、実際のところはわからないけどね。やれやれ、私もまだまだ修行不足だったようだ。今一度、改めて自分自身を見直す必要があるか。色々と話してくれてありがとう」
「いいえ、大したことでは。それに……」
マシュは僅かに、顔を暗くする。
「この考えは、特異点を修正する旅の結論として得たものです。異聞帯を消し去る旅が終わった後には、ひょっとしたらまた別の結論に至っているかもしれません」
「それもまた、
「――はい、覚えておきます。……ってアレ? 今、私の呼び方が……」
「気にすることはないさ。――さて、布都たちも休憩に入るようだ。私たちもお茶にしようじゃないか」
視線の先にはとと様にスミを吹きかけられたお栄と、慌ててタオル代わりに自分の烏帽子を差し出す布都。
その光景を見てマシュは思わず微笑んでしまい、神子から差し出された手を取り彼女たちの元に向かうのだった。
〇葛飾北斎(水着)
絵描きにして剣豪にして未来の仙女。隣に浮かぶ形容しがたいタコのような生物はとと様。別に不老不死とかが目的ではなく、思春期特有の憧れから仙術を学びに来た。とと様は『またか』とそっとため息とスミを吐いた。
〇物部布都
道士の少女。神子に対する忠誠心と信頼が厚い。実験台にされたりもしたが。若干行動が空回りする部分がある。
〇豊聡耳神子
道士の少女。人の死の運命を嘆き、克服しようと道教を進行し仙術を学んだ。現在は宝剣が肉体となっているため、仮にサーヴァントになった場合のクラスはセイバーが有力。
〇マシュ・キリエライト
デミ・サーヴァントの少女。人の死の運命を当然のものと考え、故に生きている今を大事にしようと考えている。
〇道士ノブ
諸行無常を憂いて、人を超えることを望んだちびノブ。え? そもそも人じゃないって?
〇ゆっくり
幻想郷に存在する生首のような謎の生物? 様々な知識に精通している。
〇とある幕間
早鬼「ふん……それじゃあ先の一件に関する会合なわけだが」
八千慧「あら、暴力集団の長であるあなたに仕切れるの?」
ジャガーマン「つまらない挑発で話を止めるニャ。ネコと和解せよ」
早鬼&八千慧&饕餮「………………いや、誰?」
前話からちょっと時間が空きましたが投稿。ボチボチネタのストックがー……。太子様の口調は憑依華辺りから。作品によって微妙に変わってきますからね。東方でも剛欲異聞が発表され、旧地獄の温泉街とかいう美味しい設定が。これはきっとキャッキャウフフなゲームになるに違いない。え、違う? そんなー。