落枝蒐集領域幻想郷   作:サボテン男爵

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番外編13 閻魔の休息日

「しっかし映姫様」

 

 リラックスした表情の小野塚小町は、両手をうんと上げて伸びをしながら上司に尋ねる。

 

「よかったんですかね? 私までお呼ばれしちゃって」

 

「せっかくのご厚意――無下にせず受け取るのが礼儀というものです。仕事中だってさぼり気味なんだから、妙なところで遠慮しないの」

 

 人里離れた山の中。

 生い茂る木々を掻い潜れば、山中とは思えぬ立派な旅館が悠然と建っている。

 閻魔亭――人ならざる者達の養生施設。人ならば招かれぬ限りは立ち入れぬ迷い家。

 

 楽園の閻魔たる四季映姫・ヤマザナドゥと三途の水先案内人である小野塚小町は、冥界の女主人エレシュキガルからの招きでこの閻魔亭へと訪れていた。

 ちなみに二人とも、普段とは違い閻魔亭で貸し出された浴衣に袖を通している。

 

「いやぁ~、しかしエレシュキガル様も太っ腹ですね。いつかの礼ってことで、こんな立派なお屋敷に招待してくれるなんて。もっとも本人はヘカーティア様を迎えに行って少し遅れるそうですが。“異界”じゃなくて正真正銘の“異世界”ってことで少し気後れしてましたけど、こんな風光明媚な観光地だなんて。しかも一応“地獄”のカテゴリというじゃないですか。ウチらの地獄とはえらい違いだ」

 

「養生施設と刑罰の施設では、そもそも用途が違うから。それに閻魔亭は迷い家としての性質も併せ持っているようですからね」

 

「幻想郷の迷い家も、こんな感じになってくれたらなぁ~」

 

「サボり先を増やすために?」

 

「そうそう――っていえいえ! 違いますよあははは~」

 

 わざとらしく笑って見せる部下に、映姫はこれ見よがしにため息を吐いて見せる。

 

「まったく……最近は山の仙人の家に入り浸っているようですし、あなたは少し――」

 

「あーあー! やめましょうよホラ! せっかくの旅館での休暇なんですから! 私も他の閻魔様たちから言われてるんですよ。『あの娘いつも働きづめだし、せっかくの機会だからしっかり骨休めさせてくれ』って!」

 

「む、それは……」

 

「それにあれですよ。あたいたち部下としても、上司が休日まで人間たちの説教して回っているのを見ると、あんまり心安らかに休めないっていうか」

 

「サボり魔が何を言っているんですか」

 

 映姫からのジト目を向けられた小町は、冷や汗をかいて目を逸らした。

 

「まあいいわ。あなたへの説教はいつでもできること――この場では控えましょう」

 

「できればいつも控えてもらえば……」

 

「ならば相応に振舞いなさい。ところで――その子、いつまで抱えているつもり?」

 

「フォウ?」

 

 安楽椅子にゆったりと腰を下ろした部下が、胸元で抱えっぱなしにしている白い小動物。

 映姫の視線に反応し、コクリと首を傾げている。

 

「いえ、だってホラ。すっごいモフモフなんですよ? モフモフ」

 

「それは知っています。私もさっき触ったから。ただの獣相手なら私も口うるさくはしないけれど――その子は、あまり私たちが触れ合うべき獣ではないわ」

 

「へ? それってどういう……?」

 

「フォーウ?」

 

「――どちらにせよ、飼い主も探しているはず。珍しい子だし、聞き込みすればすぐに飼い主は分かるでしょう。散歩がてら探してくるといいわ」

 

「あ~、確かにそうですね。それじゃあ、ちょっと行ってきます。ほら、行こうか?」

 

「フォウ!」

 

 フォウ君を抱えたまま立ち上がる小町。

 そんな彼女に、映姫が一声。

 

「ああ、小町。立ったついでにそこの窓を開けていってくれるかしら? 少し風を浴びたいの」

 

「分かりました。じゃあここの窓を……」

 

「いくわよーーー!! 豚(雀)どもーーー!! 一番、恋はドラクル!!」

 

 開け放たれた窓からなだれ込んでくる不協和音の奔流――

 

 ――バタン!!

 

 小町は速攻で窓を閉じた。

 

「……今ちょっと、真剣に命の危機を感じました。死神だけど。この部屋、防音も一級品ですね」

 

「ふむ、今の歌は……地獄の刑罰の一環として盛り込むことを考慮すべきでしょうか?」

 

「フォウ!?」

 

「やめましょう。罪人たちよりも先に獄卒が参ってストライキを起こします。じゃあこっちの反対側の窓を開けて――」

 

「あ、こんにちはなのです!」

 

 体中からコケや草を生やした巨大な女の子が笑顔で覗き込んできた。

 

「あ、うん、こんにちは。えっと、邪魔したね……」

 

 小町は速攻で窓を閉じた。

 

「……今の、何だったんでしょう? デイダラボッチの亜種とか?」

 

「神性の気配がしましたし、巨神の類でしょう。手間をとらせましたね」

 

「はあ……じゃあ改めて行ってきます」

 

「ええ、私は読書でもしていますので」

 

「へえ? 一体どんな本を――うん?」

 

 映姫が取り出した本のタイトルを見て、小町は小首を傾げた。

 

「コンピュータの本、ですか……? なんでそんな本を――?」

 

「電脳生命体、という進化の可能性を小耳に挟みまして」

 

 映姫はページを開き、淡々と答える。

 

「いずれ人間は肉の体さえも幻想に変え、全く新たな生態に進化するかもしれません。その時への備えとして、少しずつ勉強を」

 

「はあ……?」

 

 ピンとこないといった風情の小町に、映姫は告げる。

 

「もし人間がそのように進化した時は、“死”や“魂”の在り方さえも、ガラリと変わるでしょう。あるいは“死後”という枠組みすらも、消失するかもしれません。その時になって慌てて対応しても、とても間に合いませんからね」

 

「考え過ぎじゃないですか?」

 

「そうかもしれません。しかし備えあれば患いなし、ともいうでしょう。近年における人類社会の発展は著しく、加速しています。どんな未来を辿ってもおかしくないほどに。閻魔の数が増えたように、我々“死後”のサイドもいずれ変化を余儀なくされる時が来るでしょう。閻魔帳はタブレットになるかもしれないし、あなたが受け取る渡し賃もデジタルマネーや仮想通貨になるかもしれない」

 

「シュールな光景ですね」

 

「お金だって昔は貝殻でした。かつての当たり前と今の当たり前、そして未来の当たり前は違うのですよ。まあ、今は頭の片隅に止めておく程度で構わないでしょう」

 

 尚もピンとこないといった風情の部下を送り出し、映姫は細い指で一枚、また一枚と頁をめくる。

 

 ――しんとした静寂に包まれた部屋、ほのかに香る木々の香り。

 こうした静かな時間も最近は少なかったなと思いつつ、時を過ごす。

 

 ――バタン! と、突如勢いよく襖が開けられ静寂は破られた。

 

「とうちゃーく!! ってアレ? あなたダレ?」

 

 姿を見せたのは、顔に傷のある小柄な銀髪の少女――ジャック・ザ・リッパーであった。

 その後ろにはナーサリーライムとジャンヌ・ダルク・オルタ・サンタ・リリィの姿も控えている。

 

「私は四季映姫・ヤマザナドゥ――閻魔です」

 

「閻魔様!? いけないわいけないわ! ジャックとリリィのおへそをとられちゃう!」

 

「ふぇえっ!? 私もですかー!? は、早く隠さないと――」

 

「私のお腹、解体されちゃうの?」

 

「落ち着きなさい、へそをとるのは閻魔様ではなく雷様ですよ」

 

 慌てふためく少女たちの後ろから姿を見せたのは、褐色の肌の仮面を被った白髪の神父。

 

「それに部屋を間違えています。私たちがとった部屋はもう一つ先です」

 

「あ、本当だ!」

 

「ジャックったら、白うさぎみたいにあわてんぼうなのね」

 

「私は気づいていましたよ! 本当ですよ!?」

 

「――騒がしくして申し訳ない、閻魔様。ほら、あなた達も謝りなさい」

 

「「「ごめんなさーい!!」」」

 

「間違いは誰にでも起きるもの。非を認めて受け入れることができるのならば、構いませんよ」

 

 頭を下げてくる3人娘に、映姫は微笑んで見せた。

 はしゃぎながら子供たちは去っていき、その場には映姫と神父のみが残される。

 

「元気な子達ですね」

 

「ええ、喜ばしい事です。複雑な背景を抱えた子達ですから、ああやって普通に笑い合えるのは尚更に」

 

 映姫の何気ない呟きに、神父は首肯する。

 

「そのようですね。特に、あの顔に傷があった娘は……」

 

「ジャックですね。ふむ……人の善悪をはかるあの世の裁判長。あなたは彼女を裁きますか?」

 

「――いいえ」

 

 神父からの問いかけに対し、映姫はゆっくりと首を横に振った。

 

「世界が違うというのもありますが――私の役割は、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()では、罪を指摘するだけならまだしも裁くとなると、道理が違います」

 

 少女の姿で現界したジャック・ザ・リッパー。

 幼げな容貌の中に詰め込まれたのは、数多の堕とされた子供たち。

 善も悪も成す前に拒絶された魂。

 

「――なるほど、ジャックにとってはある意味厳しい事実ですね。生まれる前に不要とされ、死後でさえ向き合ってくれる相手がいないというのは」

 

「ええ、他者から裁かれない罪は、自分自身で向き合い続けるしかない。彼女が人間として成長するほどに、自らの影は重みを増すでしょう。……もっとも、個人的な説教で良ければいつでも付き合いますが」

 

「ハハハ……それはそれは。ジャック自身は嫌がりそうですがね」

 

 映姫はスウっと、瞳を細める。

 

「何なら、あなたにも説教をしましょうか? 身に過ぎた大望を抱いているように見受けますが」

 

「……いやはや、これは手厳しい」

 

 神父は苦笑する。

 

「興味はあるところですが、またの機会にお願いするとしましょうか。今の私は全人類の救済を願う裁定者ではなく、子供たちの引率をする宣教師ですから」

 

「全人類の救済とは、大きく出ましたね。あなたは少し、傲慢が過ぎる」

 

「理解していますよ。半世紀以上、ずっと自問自答していたのですから。もっとも人理を巡る旅の中で、方法論については少し見直す必要があるとも感じていますが――」

 

 自虐するように、神父は肩を竦めた。

 

「善なる世界に至るため、全ての悪を排除しようとしたインド異聞帯は剪定され、私が人類救済の手段として考えていた魂の物質化を成し遂げた世界ですらも、人々の争いは消えなかったそうです。想定が甘かったというべきか――まったく、世の礎というものはままならない」

 

「個人の頭の中に納まりきれるものではありませんよ。世界というものは」

 

「お師匠様ー?」

 

 ひょこんと、先に向かっていたリリィが戻ってきた。

 

「まだお話し中でしたか?」

 

「いいえ、もうお終いですよ。引き留めて悪かったですね」

 

「いえ、説教の続きはいずれまた。それでは失礼しますね、閻魔様。――リリィ、もう荷物は片づけたのかい?」

 

「はい! 今からみんなでかくれんぼするところなのです!」

 

「――それは、アサシンのジャックが有利過ぎるのでは? ナーサリーも本になって狭い場所に隠れられるだろう?」

 

「そ、そうだったー!? どうしよう、私鬼ですよ!?」

 

 慌ただしく去っていく師弟を見送り、映姫は読書を再開する。

 

 ――程なくして襖の先から声がかけられ、一人の少女が姿をあらわした。

 

「失礼するでち、映姫様。茶菓子をお持ちしまちた」

 

 割烹着を纏った小柄な雀の少女。

 閻魔亭の女将――舌切り雀の紅閻魔であった。

 

「ええ、ありがとうございます」

 

「閻魔亭は人外を招く隠れ里でちが、異世界からのお客様を招くのはさすがに稀でち。何か至らぬところがあれば、何でもおっしゃってほしいでち」

 

「いえ、大変よくしてもらっていますよ。ところで、私たち以外にも異世界からの客が見えることが?」

 

「……ええ、まあ。二刀流の女剣士とか、零落した竜種とかがでちね。境遇には同情しますが、さすがに他のお客様にまで迷惑をかけるのは見過ごせないでち」

 

「客商売故の苦悩ですね」

 

「チュン」

 

 紅閻魔が持ってきた茶菓子と手ずから入れたお茶に舌鼓をうちつつ、世間話に花を咲かせる。

 

「しかしまさか、異世界の閻魔様をお迎えすることになるとは思わなかったでち。縁とはかくも不可思議なものでちね」

 

「私は神格としての閻魔というよりも、役職としての閻魔の比重が強いので、そうかしこまる必要はありませんよ」

 

「チュチュン、そうはいきまちぇん。伝え聞いた話だけでも映姫様はよくよく閻魔のお仕事に努められているでち。あちきも閻魔の名代として、閻魔亭をあずかる女将として精一杯ご奉仕させていただくでち」

 

「――ここで遠慮するのは、かえってあなたの仕事を貶めることになりそうですね。折角なので、お言葉に甘えさせてもらうとしましょう。……こちらの閻魔大王も、良い娘さんをお持ちになったものです」

 

「て、照れるでちね……」

 

「そうだ、よければ後程ご挨拶させてもらっても?」

 

「チュン。親父様も忙しいので直接は難しいでちょうが、奉納殿越しに話くらいはできると思うでち。手配しておきまちゅ」

 

「ええ、よろしくお願いします」

 

 片や中途採用の閻魔、片や閻魔の名代。二人の話は弾むのであった。

 

「チュチュン。そういえば小町様は、三途の川で渡し守をされているんでちたよね?」

 

「ええ、人気の良くない仕事ですが、本人は好んでこなしています」

 

「あちきも賽の河原に勤務していた時期が長いので、少しお話してみたかったのでちが」

 

「それでしたら後程小町に言っておきましょう。おしゃべりが好きな死神ですから、喜んで付き合ってくれるでしょう。――その小町とも話していましたが、この閻魔亭は大変立派な旅館ですね。この現代にこれほどの隠れ家が残っているとは驚きです。異世界という交通の便の悪さがなければ、同僚たちにも紹介したいところですが……」

 

「お褒めあずかり恐縮でち。――これでも、1年前は畳むことを考えるくらい寂れていたんでちよ?」

 

「おや、そうなのですか。この賑わいからすると意外という他ありませんね」

 

 映姫はロビーに訪れていた多くの客たちを思い出しながら呟く。

 

「以前色々とありまちて……それでも1年前にカルデアの皆が来てくれて、こうやって全盛期並みの閻魔亭を取り戻すことができたでち。――いえ、今冷静に考えると2週間も経たずに、閉じた部屋も露天風呂も天守閣も再建してお客様を集めるとか、魔法としか言いようのない恐るべき手腕でちたが」

 

「カルデアの人々は仕事が早いのですね。小町にも見習わせたいくらい」

 

「教え子やお客様に救われあちきの未熟を感じまちたが、同時にとてもありがたくもありまちた」

 

「それもあなたが、これまで積み重ねてきた徳というものでしょう。己が善行が万事己を救う訳ではありませんが、それでも時折、ひょっこり“幸運”という形で返ってくるものです」

 

「チュチュン、まるでおとぎ話のように――でちね」

 

 紅閻魔は何かを思い出したのか、胸に手を当て微笑んだ。

 

 女将が仕事の為に下がり、再び一人でゆったりとした時間を過ごす中。

 死神の小町が部屋に戻ってきた。

 

「ただいま戻ってきました、映姫様。ヘカーティア様とエレシュキガル様もちょうど到着しましたよ」

 

「お待たせしたのだわ!」

 

「来たわよん」

 

「お疲れ様でち、お二方」

 

「……映姫様。口調、移ってますよ」




〇閻魔亭
 山の中に立つ赤い立派な旅館。ポツンと一軒家。山中だが海の幸も手に入る。人外の養生施設にして、人の欲望を試す迷い家。今回は、かつてのお礼ということでエレシュキガルが映姫や小町、ヘカーティアを招待している。閻魔亭だったのはヘカーティアが興味を持ったのと、メソポタミアの冥界はおもてなしには適していないという自覚があったため。


〇天草四郎時貞
 全人類の救済を願う聖人にして、サンタアイランド仮面。その為の手段はやや強引だが。カルデアのイベントデータから、「魂の物質化という方法論では救済足りえないのでは?」との疑問を抱きつつある。あとサーヴァントユニヴァースでの出来事の記録を閲覧した際は、「カレーがないとは、知り合いのシスターが荒れ狂いそうだ」とのコメントを残している。



 最近まで閻魔亭が復刻されていたので、閻魔亭のお話でした。Fate関連ではfake新刊や事件簿マテリアル、FGOマテリアル新刊も発売されいろいろ情報も入ってきましたし、今後の展開がますます楽しみに。オデュッセウスはアトランティスで実装されませんでしたが、マテリアルの各鯖からのコメントを見る限りトロイの木馬がホワイ〇ベース的な何かにしか思えなくなってきました。つまりトロイの木馬作戦は、無防備な敵本拠地のど真ん中に万全の宇宙戦艦を配置したという驚愕の真実に……オデュッセウス、軍師レベルが高すぎる。
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