「お茶をお持ちしました――ってアレ? 幽々子様、お客様は帰られたんですか?」
死者たちが次なる生を迎えるまでの間、漂い留まる地――冥界。
生者の気配無き世界に建つお屋敷――白玉楼。
その縁側に一人座り、数多の桜の木が立ち並ぶ庭園を眺める主――亡霊の姫たる西行寺幽々子へと、魂魄妖夢は問いかけた。
ボーっと庭を眺めながら、亡霊の姫は振り返らずに答える。
「ええ、ついさっきね」
「そうですか……少し残念です」
「あら――ひょっとして妖忌のことでも思い出したのかしら? ちょっとだけ似ているものね」
振り返り、からかうような微笑を浮かべる主に対し、妖夢は僅かに返答を詰まらせる。
「……いえ、そのような訳では。相当な剣の達人とお見受けしましたので、一手御指南頂ければと考えていたのです」
「ふふ、そうね。そういうことにしておきましょうか。お茶を貰えるかしら、妖夢」
「あっ、はい。ただいま」
妖夢が素早く盆に乗せたお茶を運ぶと、幽々子は素早く――かつ優雅な手つきでお茶とお団子を手に取った。
「んー、いいお茶。腕を上げたわね」
「本業は庭師で剣術指南役なんですけどね、本当は」
「それは言わないお約束でしょう? 出来ることが多いのはいい事だわ。――でもちょっと残念。もう少し早ければ、あの仮面の下を見ることができたかもしれないけど」
先刻ふらりと冥界に訪れた、髑髏の如き仮面を被った大柄な客人。
音も無く、気配もなく、濃密ながら静かな“死”の気配を纏った、まるで冥界が人の形をとったかのような人物。
「確かに興味はありますね。さすがに飲食をする時は仮面も外すでしょうし」
「多分ねー。あっ、妖夢。お願いがあるんだけど……」
「はい? なんでしょうか」
お代わりだろうかと妖夢が考えると、幽々子は視線を庭に戻しある一点を見据える。
他の桜の木から独りぼっちのように浮いた、墨染の桜を――
「ちょっと聖杯を手に入れてきてもらえるかしら?」
◇
「――とは言ってもなー」
半人半霊の少女は、田畑の並ぶ幻想郷の農道をとぼとぼと歩く。
「聖杯なんて一体どうしたものやら……」
あまりにも唐突に言い渡された用事だったが、否とも言えず。
一先ずは幻想郷に来てみたモノの、当然聖杯の在り処など知らない。
聖杯なるものの存在は、以前冥界に流れ着き少しの間滞在していた女剣士・宮本武蔵から聞き及んでいる。
曰く万能の願望器。実際には万能という訳ではなく、性能もピンきりだというが……
「前の『春を集めろ』って言われた時もそうだったけど、唐突なんだから」
隣をフワフワと追随する半身たる人魂を撫でながら、妖夢は独り言ちる。
『春雪異変』――主である幽々子が思い付き、妖夢自身が実行犯として幻想郷中の春を集めた異変。
――思えばあの一件が切欠となり、妖夢の生活にも多くの変化が訪れたのであるが……
「それはいっか。とりあえず、あそこに行ってみようかな……」
「聖杯、ねぇ」
定位置である机の上で腕を組むのは、香霖堂の店主である森近霖之助。
外の世界の品を目玉にしている店であるが、実際には見た目だけのオカルトグッズから本物のマジックアイテムまで取り扱いがある。
「はい。拾い物で生計を立てている変人のあなたなら、何か知らないかと思って」
「いやね、君。いきなり変人とは些か不躾じゃあないのかい?」
「だって……」
妖夢は半身たる人魂に対して、威嚇するような動作を見せる機械の犬に視線を落とす。
「摩訶不思議な幻想郷と言えども、こんなのを飼っているのはあなたくらいでしょう?」
「……まあ、それは否定できないんだけどね。それと“こんなの”じゃなくて、ライカという名前がある」
霖之助の声に反応したのかロボット犬は彼に駆け寄り、妖夢の位置からは机に遮られて見えなくなってしまった。
「――で、一応聞くけど聖杯と言っても、まさか救世主の聖杯という訳じゃあないだろうね? だとしたらさすがにお手上げだが」
「ええっと、魔導の聖杯と呼ばれるものらしいですが」
「君、自分が探しているものが何なのか、はっきり理解しているのかい?」
「……実はあんまり。万能の願望器とは聞いているんですけど」
妖夢の返答に、霖之助はワザとらしくため息を吐いた。
「次からは、その辺りはしっかりと確認しておくことを勧めるよ。――君の探している聖杯は、所謂膨大な魔力リソースだ。ある種の、中身が書かれる前の白紙のルールブックとも言える。聖杯と呼ばれる物には先ほども話した救世主の聖杯、ウルクの大杯、バビロンの大淫婦が持つとされる黄金の杯、ダグザの大釜なんかがあるが、これらとは直接の繋がりはない。名前と形を借りた別ものと考えていいだろう」
「はあ」
突如始まった蘊蓄披露に、妖夢はやる気なさげに生返事をする。
「それはともかく、この店に置いているんでしょうか?」
「やれやれ、最近の若者は……急がば回れという言葉を知らないのか」
「兵は拙速を尊ぶという言葉もあるので」
「君は自分の都合のいいように解釈している気がするけどね」
苦笑する霖之助に「お互い様だろう」と内心で呟く妖夢だが、口にはしない。
これ以上続けても、口喧嘩では勝てる気がしないからだ。
「結論から言えば、無い」
「そうですか、お邪魔しました」
「まあ待ちたまえ」
回れ右して帰ろうとする妖夢を、店主の声が呼び止めた。
しぶしぶといったように振り返る少女。
「なんでしょうか、品揃えの悪い店の店主さん」
「君、なんだか僕に対して辛辣だな」
「あれだけ私をイジメておいて、にこやかに接してもらえるとでも?」
妖夢は以前仕事道具をなくしたことがあり、その一件で霖之助にこき使われたのだ。
半ば以上に自業自得ではあるのだが。
「意外と根に持つね。第一、アレは正当な取引だったと思うが……まあいいさ。さっきも言ったように、聖杯は膨大な魔力リソースの塊だ」
「ええ」
「さっきも言ったように“聖杯そのもの”はないが、逆に言えばその大魔力さえ用意できれば、聖杯を作り出すことができる可能性はある」
「なるほど、道理ですね。しかし具体的なアテはあるのですか?」
「西行寺家は古くからの冥界の管理者。倉庫の中に一つ二つ、何か転がっているんじゃないのかい?」
妖夢は白玉楼を思い浮かべながら考え込む。
「それはそうですが……それこそ家宝や秘宝とでも呼ぶべき類のものです。私の裁量で勝手に使うことは出来ません。ココには何か置いていないんですか?」
「まあ、無くはないけどね」
霖之助は机の上に置いていた算盤を手繰り寄せ、慣れた手つきで弾く。
「ウチの秘蔵の品を潰して加工したとして……技術料・手間賃含めてこんなところかな」
「うぇ……」
差し出された算盤を覗き込み、思わず少女らしからぬ声を上げ、顔を顰める妖夢。
「桁が幾つか間違っていませんか?」
「本来ならお金で買えるようなものではないよ。材料持ち込みならもっと安くできるだろうが……どうする?」
妖夢は少し考えこみ、声を絞り出す。
「……他で探してみて、見つからなかったら幽々子様に相談してみます」
半人半霊の少女は今度こそ店を後にし、捜索を続ける。
《エリザベート・バートリーの場合》
「聖杯? 拾うのよ!」
「拾う、ですか」
「ええ、そうよ! ライブのインスピレーションの為に散策とかしていたら、偶に転がっているのよ。いつの間にかポケットの中に入っていたこともあるわ!」
「なるほど、参考にさせてもらいます」
「あっ、そうだ。今度演奏会をやる時はまた呼んでくれるかしら? とっておきの衣装で歌声を披露するわ!」
「呼んだことは一度もありません。あなたがいつも勝手に来るだけです」
《ナズーリンの場合》
「――という訳で、それっぽいの拾ったことありませんか?」
「失せ物探しは得意分野だし、お宝探しのフィールドワークに足を伸ばすこともあるけど、そうそう大物なんて見つからないよ」
「そうですか……やはりネズミよりも竜の方が、財宝には縁があるということなんでしょうね」
「食糧探しなら部下もやる気を出すんだけどさ」
「やる気というより食い気でしょう」
「その聖杯が、無限に粥が湧き出る代物だったらよかったんだろうけどね」
《堀川雷鼓の場合》
「んー、聖杯の付喪神ねぇ。ちょっと聞いたことがないかなぁ」
「付喪神への伝手が広いと聞いたので、ひょっとしたらと思ったのですが」
「そもそも聖杯が何なのかよく分かっていないからねー。改造したらドラムに出来るかしら?」
「気軽に叩けないくらい高価なドラムになりそうですね。そういえば、エリザベートさんがまた演奏会に乱入してくるかもしれないのでご注意を」
「へぇ、そうなんだ。私、あの子の声そこまで嫌いじゃないけど」
「……え? 本気ですか? というか正気ですか?」
「ええ、こう雷鳴みたいな感じで体がしびれるのよね」
「……やっぱり道具だと感性が違うのかなぁ」
「あっ、そうだ。エリザで思い出したけど、カルデアのあの人がひょっとしたら聖杯の付喪神かも」
《
「付喪神……日本独自の概念だったわね。年月を経た道具がいつか意思を持つなんて、素敵な考え方。私は聖杯の端末だけど、あなたたち風に言えば付喪神と言えなくもないかもしれないわね」
「目的は付喪神じゃなくて、あくまで聖杯なのですが」
「あらあら、私攫われてしまうのかしら? ねぇ、可愛らしいお嬢さん。あなたは聖杯に如何なる願いを持つの?」
「私自身は特には。幽々子様が必要だとおっしゃるので」
「ふふ、自分の為ではなく人のため、か。嫌いではないけど残念。きっと私がついていっても、その人の望む結果にはならないでしょう」
「はぁ、そうなのですか?」
「ええ、きっとね。そういえば、日本にも聖杯みたいな御伽噺があったわね。ええっと、確か……」
《少名針妙丸の場合》
「私の打ち出の小槌は確かに願いを叶える道具だけど、小人以外には扱えないよ?」
「でももともと小人の持ち物という訳でもないんですよね?」
「うん、御先祖様が退治した鬼が持っていた秘宝よ」
「何か呪的な所有権のようなものがあるのか……もしや今の所有者であるあなたを退治すれば私のものに・・・・・・?」
「わっ、ちょっ、刀から手を離しなさいよー! もー、物騒なんだから。まったく……その手の貴重品なら、神様にでも聞けばいいじゃない!」
《八坂神奈子の場合》
「はぁ? 聖杯? あなたナチスの残党か何かだったの?」
「なんですかソレ」
「妖怪よりもオカルトみたいなものよ」
「よく分かりませんが……とにかく、大きな魔力が宿った秘宝とかそんな感じの物はないですか?」
「嫌味かしら。そんな余力があったら、そもそも外で落ちぶれたりしてないわよ」
「そんなつもりはなかったのですが……うーん、なかなか見つからないなぁ。他にありそうなところは、永遠亭に天界、神霊廟、それに地底に地獄……閻魔様にはあんまり会いたくないしなぁ」
「あなた部下みたいなものでしょう。酷い言い草ね」
「こちらを思っての説教なのはわかっているのですが……頭では。あっ、そうだ!」
「何か思いついたのかしら?」
「ええ、ほら幽霊って所謂“気”の塊でしょう? つまり幽霊を大量に集めれば、大量の魔力リソースになるんじゃないかと思って」
「コラコラ、物騒な事言わないの。自分だって半分幽霊なクセに。大体幽霊にだって人権が……ないか。それでも彼らも生きて……もいないわね」
「えっ? 私半分人権なかったんですか?」
「ともかくそんな理由で幽霊集めは止めておきなさい。閻魔の説教がガチモードに変わるから」
「それは嫌だなぁ……」
「本当に嫌そうな顔しているわね……ああ、だったらこれなんてどうかしら。ちょっと眉唾だけど」
「はあ? えっと、このビラなんですか? サバイバルゲーム大会?」
「あと数日で開催されるのよ。ウチも敷地を貸すんだけど。景品の所見てみなさい」
「ええっと――って、“聖杯”!?」
◇
『えーと、テステス……本日は晴天なり。いや、ホントはちょっと曇り気味だけど』
簡易的なステージの上に立つのは、ジャケットを着こんだ長い黒髪の女性。
マイクを握りしめ、若干緊張した様子でいるのが見て取れる。
『コホン、こんにちは皆さん。主催者の刑部姫でーす。本日はお集まりいただき恐悦至極……ありがとうございます。このサバゲー大会もホントはもっと小規模な予定だったんですが、いつの間にかこんなに規模が大きくなって正直アタフタしています。テンション上がって変な言動しても、おおらかな心でスルーしてもらえればなー、と』
集まった参加者及び観客たち相手に、刑部姫がスピーチを始める。
場所は妖怪の山中腹――守矢神社近辺。
屋台も多く出展されており、ロープウェイを使ってやって来たのであろう。
人里の住人の姿も見ることができ、賑わっているのが分かる。
『無駄に長いスピーチなんてヘイトが溜まるだけだし、何より姫自身がもたないんで早々に終わらせますけど、改めて優勝景品の発表を行います。聖杯――そう、聖杯です! カルデアの頭脳、ダ・ヴィンチちゃんからの保証書付き! 「聖杯としての規模は正直下の下だけど、ギリギリ聖杯とカテゴライズできるかな?」とのコメントもありますが、まぎれもない聖杯っ! ――ってコレホントにいいのっ!? これただのサバゲー大会なんですけどー!?』
『良い良い、スポンサーである私が良いと言っているのだからな』
慌てふためく刑部姫の手からスルリとマイクを抜き出し己の口元に近づけるのは、金のロングヘアーを揺らめかせる北斗七星の前掛けが特徴的な女性。
『皆の衆! 私は摩多羅隠岐奈! 後戸の神であり、障碍の神であり、能楽の神であり、宿神であり、星神であり、幻想郷の賢者であり、今大会のスポンサーでもある!』
椅子に座ったまま、マイク越しに声を張り上げる絶対秘神。
参加者、観客たちの注目が集まっているのに満足したかのように頷き、言葉を続ける。
『景品の聖杯は私が用意させてもらった。何、これでも現役の秘神故にな。少々
おーーーー!!!!
歓声が会場を震わせる。
「ちょっと! 私に振るのっ!?」との声も聞こえた気がするが残念。
大多数の声の前にかき消されてしまった。
『更にっ! 副賞として――』
おーーーー!!!!
『優勝者、並びに成績優秀者には私の童子となる名誉を与えるものとするっ!!』
シーーーーン……
空寒い程の静寂が、会場を包み込んだ。
やがてヒソヒソと、小さな声で会話が交わされるのが聞こえてくる。
――ほ、ほら。お前何か言えよ……
――そもそも童子って何さ?
――こういうの詐欺っていうんだっけ?
――月の兎やるのとどっちがお給料いいのかしら。
――えーと、棄権の手続きはっと……
そんな中で、隠岐奈はフッと不敵な笑みを浮かべ――
『大会を開始する! 参加者は所定の位置につくように!』
この瞬間、会場にいた者たちの心は一つになった。
(――この秘神、心が強い!!)
〇魂魄妖夢
半人半霊の少女。白玉楼の庭師であり、西行寺幽々子の護衛役兼剣の指南役。真面目な性格でまっすぐだが、それ故幻想郷の一癖も二癖もある住人達からはからかわれやすい。たまに物騒になる。また本来の業務外でも、主から無茶振りされることがある。聖杯探索を任させ、獲得のため魔境と化したサバゲー大会に挑む。
〇刑部姫
城化物の引きこもり。最近はサバゲーの味を覚え若干アウトドアに転向気味。幻想郷の山童たちとサバゲーを行う中、「ちょっと規模を大きくしよっか」と気軽な気持ちで小大会を企画していたら、いつの間にか隠岐奈がスポンサーにつき大会規模が拡大。聖杯が景品になるという異常事態にビビっている。あと輝夜という若干属性が被るガチお姫様の登場に慄いている。
妖夢の聖杯探索編。今回は上下分割を予定しています。文量次第でもう少し伸びるかも?
ちょっと忙しくなってきたので次話もすぐにとはいかないかもしれませんが、気長に待っていただければ幸いです。