落枝蒐集領域幻想郷   作:サボテン男爵

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番外編18 たとえそれが、どんな奇跡か間違いであったとしても

「マスター・・・・・・と、ジャンヌ・ダルクのオルタさん? 向かい合ってうんうん唸ってどうしたの?」

 

その日、ランサーのサーヴァント・宇津見エリセが声をかけたのは先の言葉通り、食堂の片隅で渋面を浮かべながら何やら話し合っている藤丸立香と竜の魔女であった。

 

「あー、エリセ。うん、ちょっとね・・・・・・」

 

額に浮かべていたしわをほぐしながら困ったような笑みを浮かべる立香。

どう口にしたものか、迷っているような表情だ。

 

「何か問題でも起きた? 私で良ければ力になるけど」

 

「やめておきなさい」

 

エリセが申し出た助力をあっさりと切って捨てたのはジャンヌ・オルタ。

青白い肌に冷たい瞳が、静かな拒絶を感じさせる。

 

「素人が興味本位で首を突っ込んでいい案件じゃないわ」

 

「むっ」

 

エリセの頬が軽く膨れる。

 

「私だってあなたほど古参じゃないけどマスターのサーヴァントだ。やすやすと遅れをとるつもりはないし、仕事はきっちりこなしてみせる」

 

「へぇ、中々いい啖呵を切るじゃないの?」

 

ジャンヌ・オルタは面白そうに唇を釣り上げ、目を細めて見せる。

 

「ちょっと二人共、喧嘩はほどほどに・・・・・・」

 

「お黙りなさい、マスターちゃん。――以前からネーミングセンスには光るものがあると思っていたけど、サーヴァントとしての覚悟を口にするのなら手を貸してもらおうじゃないの」

 

「望むところだ」

 

意図せずしてエリセを挑発する形になり、なし崩し的にパーティに加わることになった彼女だが・・・・・・

 

「ま、立ち話もなんだし座りなさい。何か飲む?」

 

「え・・・・・・あ、うん。じゃあ、この飲む麻婆を」

 

先ほどの挑発的な態度などなかったかのように席と飲み物を勧めてくるジャンヌ・オルタの様子に、エリセは少し毒気を抜かれたように頷くのであった。

一方ジャンヌ・オルタはというと――

 

(え? 何でこの娘ナチュラルに罰ゲーム用のを頼んでるの?)

 

――と内心ギョッとしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「もうすぐ夏だよね」

 

唐突に切り出した立香に、エリセは実感薄く頷いた。

 

「そういえば日本の暦の上ではそうなるのか……カルデアにいたら分かりにくいけど」

 

現在カルデアは彷徨海バルトアンデルスのエントランスを間借りしている状態であり、外界から隔絶された環境であるため当然季節感などない。

もっともこの特殊な立地がなくとも、白紙化された地球では季節感を感じることは期待できないだろうが。

 

「だったら幻想郷にでも行ってくればいいわ。そうすれば一発で分かるでしょう」

 

「幻想郷っていうと、確かカルデアと繋がっているっていう異世界の異界だっけ? 私はまだ行ったことはなかったけど」

 

「あら、都会育ちは田舎には興味がなかったかしら?」

 

「都会育ち・・・・・・ああ、そういう言葉もあるのか」

 

ジャンヌ・オルタの皮肉めいた口調に対し、エリセは最初ピンと来ない様子であった。

「どういう事?」と尋ねる立香にエリセが応える。

 

「私の世界じゃ基本、人の生きられる場所は再編され環境がコントロールされたモザイク市の中だけ。私の世代じゃ天然ものの自然を知っている人間なんて早々いないだろうし、本当に田舎と呼べる場所がどれだけ残っているのやら……」

 

「なるほど、そういうことだったんだね」

 

いちいち都会や田舎と分ける必要がなかったということだろう。

聞きようによってはなかなかに重い世界背景であるが、当のエリセはそれを当然のものと受け取っているので立香としては大げさな反応をしないことにした。

もっとも軽いジャブのような皮肉が何の効果もなかったジャンヌ・オルタは、つまらなそうな顔であったが。

 

「ま、いいわ。重要なのはもうすぐ夏ということ」

 

「だからそれが何なの?」

 

「暑くなると不審者が活気づくのよ」

 

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・は?」

 

ポカンとした表情でたっぷりの間の後に、呆けた声を上げるエリセ。

彼女は立香に顔を向けるが、真剣な顔で頷かれる。

戸惑いと不審を半々にしたような表情で、彼女は言葉を絞り出す。

 

「ええと、その、不審者って?」

 

「ジャンヌ・ダルク。忌々しい私のオリジナルの聖女サマ」

 

「キャスターの方のジル元帥とか、黒髭とか、キュケオーンの魔女とかじゃなくて?」

 

「私の前でジルを不審者扱いとは、度胸あるわね」

 

おずおずと確認するようなエリセの問いかけに、ジャンヌ・オルタは瞳を細めた。

 

「あっ、ゴメン」

 

「ま、客観的に見た目が不審者なのは否定できないけど」

 

あっさりと意見を翻しつつも、ため息を吐いたジャンヌ・オルタ。

 

「でも、夏の聖女サマはまた別のベクトルでヤバいのよ。そう、アレは忘れもしない・・・・・・何年前だったかしら? まぁとにかく夏のルルハワ――」

 

「あ、これもしかして回想に入る流れ? もう既にちょっとというか、かなり嫌な予感がしてきたんだけど」

 

腰を浮かせかけたエリセの手首を、ジャンヌ・オルタがガッ! と掴む。

 

「諦めなさい、アンタは自分から犠牲になる道を選んだの」

 

「こう・・・・・・せめて犠牲になる場所は選びたいというか」

 

「アンタ私と同じで幸運Eでしょ。理不尽なんて手をこまねいて待っているわ。最初の威勢はどこに行ったのよ」

 

「うぐ」

 

唸るような声を上げて、再び腰を下ろすエリセ。

それを見届けたジャンヌ・オルタは手を離し、口を開く。

 

「あんまり詳しく話すと私も頭が痛くなるから、簡単に話すわ。――ある夏、あの女は水着に着替え、姉を自称しだしたわ」

 

「最初から訳が分からないんだけど」

 

「安心しなさい。私にも分からないから。マスターちゃんにもね」

 

立香は無言で頷き、同意した。

 

「最初はまだマシ――比較的マシだったけど、イルカを撃ちだし、鮫と練り歩き、やがて洗脳怪光線を放つようになりと好き放題」

 

「洗脳って、確かにカリスマ系スキルなら広義の意味での洗脳ともいえるかもしれないけど」

 

「アレに理屈を求めるのはやめなさい、カリスマに失礼だわ。・・・・・・私もいったい何度、気が付いたら妹にされていたことか」

 

「ジャンヌ・ダルクというと聖女の代名詞みたいな存在だと思っていたけど、あの人って異聞帯の出身だっけ?」

 

「残念ながら正真正銘汎人類史の出身よ。元から壊れ気味だったブレーキをアクセルに付け替えて・・・・・・結局汎人類史が一番怖いのよね」

 

疲れたように首を振るジャンヌ・オルタに対し、エリセはどこか納得しがたい表情だ。

カルデアに来て以来ジャンヌ・ダルクとは何度か話したことがあるが、穏やかで優しく慈悲深い――それでいて鋼のような芯を持つ、まさしく英雄と呼べる女性。

たった今聞いた怪人物像とはどうにも噛み合わず、実感が湧かないためだ。

 

「どうにもイメージが合わないなぁ」

 

「他人事みたいに言っているけど、アンタも危ないわよ?」

 

「え?」

 

「ほら、アンタなんか水属性入ってるっぽいじゃない。あのボイジャーってガキンチョも金髪でしょ? 問答無用で妹と弟にされかねないわよ」

 

「それは、その・・・・・・畏れ多いというか」

 

エリセの基本的な価値観として、英霊は“尊いもの”であるため家族扱いされるとなると戸惑いと共に嬉しさも隠し切れない。

反面、エリセのそのそんな反応を見たジャンヌ・オルタは「実態を知ればそんな事言っている余裕はなくなるでしょうけど」と内心で呟いた。

 

「――とにかく! 私もいつまでも黙って妹にされるつもりはないわ。おとなしくしているならそれでいいけど、どんなトンチキを持ちだすか分からない以上事前に対策を――」

 

竜の魔女が謎の決意を示した、そんな時だった。

 

『あ、もしもしマスター君? 今時間があるなら管制室までよろしく~。急ぎの要件ではないから、別に後からでもいいけど』

 

軽い口調でのアナウンス――小さなダ・ヴィンチちゃんの声に、三人は顔を見合わせるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

最早見慣れた光景となった紅魔館。

ジャンヌ・オルタとエリセと共に、紅魔館の主であるレミリアに一言挨拶をし、「コイツまたスゴイ格好のヤツを連れてきたな」という視線に見送られながら目的地に向かう。

興味深く周囲を見渡すエリセに微笑みながら歩くことしばらく、長い階段を上り切り赤い鳥居を抜ければ人気の薄い割に生活感のある神社――博麗神社であった。

 

「あらいらっしゃい、立香さん。――と、そっちの二人は初めてだったかしら?」

 

夏も近いためか少し薄着になった霊夢が出迎えてくれる。

見慣れた巫女に立香が二人を紹介すると、霊夢は少し考えこんだ後「あぁ」と呟く。

 

「小鈴ちゃんのとこから借りた本の作家さんだったかしら?」

 

「ぶっ」

 

ジャンヌ・オルタは端正な顔立ちに似つかわしくなく噴き出した。

 

「知っているわ、作家系サーヴァントってやつなんでしょ。独特だったけど面白かったわよ。新しいのは描いているのかしら?」

 

「え、えぇ……まぁ、構想は幾つか」

 

「ふーん、出来たら読ませてね」

 

もちろんジャンヌ・オルタは作家系サーヴァントではないが、マイペースな霊夢の態度と同人誌の話になったこと。あと素直に褒められるという慣れない経験により完全に機を逸して、否定するタイミングを見失っていた。

 

「話が見えないんだけど」

 

「色々あってね」

 

首をかしげるエリセに立香は「この話はまた今度」と返す。

一言で語り尽くすには過分なほどの一夏の出来事であった。

 

「わざわざ足を運んでもらって悪かったわね」

 

「いいよ。それでどうしたの?」

 

紅魔館越しに、「暇な時でいいから少し聞きたいことがある」と伝言を受け取っていたのだ。

とはいえ初期に問題を放置して後々大きな事件になる・・・・・・ということは別に珍しくないので、早めに来たわけだが。

 

「ちょっと聞きたいことがあったのよ。まずはこれなんだけど……」

 

霊夢はスッと、一枚のカードを取り出した。

 

「これは?」

 

「最近巷で流行りだした謎のカードよ。何か知らない?」

 

心当たりのない立香は連れの二人に視線を送るが、首を横に振られる。

 

「絵柄からして、幻想郷発祥なのはほぼ間違いないわよね。説明文なんかもあるし、幻想郷のローカルTCGか何かかしら?」

 

ジャンヌ・オルタが氷精の描かれたカードをまじまじと観察し、意見を漏らす。

 

「でもただの遊び道具にしては、魔力を感じるけど」

 

「そこなのよね」

 

エリセの意見に霊夢が面倒くさそうに頷く。

 

「立香さんたちの・・・・・・概念礼装だっけ? アレに似ているから、何か心当たりがないかと思ったんだけど」

 

概念礼装――魔術世界においてはより広義な意味で使われるが、カルデアにおいては主に、カルデア式召喚システムの副産物的に生成される霊基補強用のカード型礼装を指す場合が多い。

 

「一応、ダ・ヴィンチちゃんにも話は聞いてみるよ」

 

「そう? お願いするわ。コレを巡って変に商売っ気まで起こしてる連中もいるみたいでね・・・・・・厄介なことにならなきゃいいんだけど」

 

物憂げに独り言ちる霊夢。

 

「・・・・・・商売となると首を突っ込みそうなのが何人かいるから、こっちでも気を付けておく必要があるかしらね・・・・・・」

 

ジャンヌ・オルタの言葉に立香は首肯を返す。

外様であるカルデアとしては、あまり幻想郷の経済事情に首を突っ込むのはよろしくないだろう。

 

「ま、カードに関しては私の方でもボチボチ調べてみるわ。それでもう一つ、アレの事なんだけど……」

 

アレとは何ぞやと首を傾げるカルデア一行に、霊夢が境内の一方向を指差し、それに釣られて皆視線を移す。

そこにいたのは・・・・・・

 

「ハニョブ!」

 

「・・・・・・埴輪ノッブ?」

 

いつかどこかのぐだぐだした邪馬台国で散々叩き割った埴輪型謎生物であった。

 

「げっ、まさかぐだぐだ案件なの?」

 

「ぐだぐだっていうと、確かたまに見かけるちびノブに関わっているとかいうやつだっけ?」

 

嫌そうな表情を浮かべるジャンヌ・オルタとカルデアで見た資料を思い返すエリセ。

そんなエリセの様子を横目に、何時か彼女も巻き込まれるんだろうなぁ、見た目的に。などと考える立香であった。

 

「似たようなちんちくりんは何度か見た事あるけど、やっぱりそっち案件だったのね」

 

「そうだろうけど・・・・・・どうかしたの?」

 

納得の言葉を零しつつも、どこか腑に落ちない様子の霊夢に立香は問いかける。

 

「いえね、見た目的にカルデア関係だとは思っていたけど、こっちとしても少し心当たりがあったものだから・・・・・・」

 

「心当たりって、あんなナマモノに?」

 

ジャンヌ・オルタが「嘘でしょ」と疑わし気な視線を送ると、霊夢は苦笑する。

 

「ナマモノというか焼き物よね。前に起きた異変で、埴輪造りの女神が――」

 

「私の事ね」

 

「そうそう、あなたの・・・・・・って、へ?」

 

いつの間にか、いた。

鮮やかな青いロングヘアーに、緑色の頭巾を被り、身に纏った作業用エプロンに取り付けられた各種彫刻道具が特徴的な少女。

何故今まで気づかなかったのかというまでに、膨大な神気を漂わせる女神。

 

「あんた、何時の間に・・・・・・」

 

「先日振りね、霊夢も、そちらの人間も。残りの二人とははじめまして、よね? 私は埴安神袿姫。人間霊たちの願いにより畜生界が霊長園に喚ばれし造形神(イドラデウス)

 

「“造形神(イドラデウス)”・・・・・・!!」

 

ふふんと胸を張る少女に、ジャンヌ・オルタが慄く。

多分、造形神のルビ振りに対してだろう。

 

実のところ立香は、袿姫とは初対面ではなかった。

とはいえ深い関連性があるかというと別にそうでもなく、先日の宴会の時に軽く顔を合わせて挨拶した程度の仲だ。

どちらかというと、ガラテアやアリス、神綺を交えて熱心に談義していた姿が印象的であった。

 

ツンツンとつつかれて顔を向けると、エリセが小声で話かけてきた。

 

「ねぇ、女神ってもしかしてガチの女神様? サーヴァントじゃなくて?」

 

「うん、まぁ。幻想郷じゃ神様でもたまにその辺をフラフラ歩いてるよ」

 

「そっかぁ、フラフラしてるのかぁ……」

 

カルチャーショックを受けたような顔で「怖いなぁ、幻想郷」と呟くエリセ。

そんな彼女に袿姫が声をかける。

 

「そこの際どい服装のあなた」

 

「際どっ!? ・・・・・・えーと、なんでしょう、埴安神様」

 

微妙にショックを受けつつも反応したエリセに、袿姫は小首を傾げた。

 

「何かしら? あなたからは妙なシンパシー的なものが・・・・・・もしやあなたもクリエイター?」

 

「へ? いえ、どちらかというと破壊者サイドですが・・・・・・死神とか呼ばれてますし」

 

「ふーん・・・・・・じゃあ何なのかしらね、この感覚」

 

「そんな事より袿姫」

 

小さく唸る造形神に、霊夢が鋭い視線を送る。

 

「あんたが出てきたってことは、あの埴輪ノッブとやらに関係しているの?」

 

「え、うん」

 

「自白したわね、秒で・・・・・・」

 

げんなりとした霊夢だったが、気を取り直して問いかける。

 

「で、具体的には何をどうやらかしたのかしら」

 

「やらかした前提で話を勧めないで欲しいのだけど……」

 

霊夢の問いかけに、袿姫は静かに目を閉じて神々しい雰囲気で諳んじ始める。

 

「あれは――そう、先日気まぐれに参加した宴会が全ての始まりだったわ」

 

「めちゃくちゃ尊大そうにすごく普通の事語り始めたわよ、こいつ」

 

「オルタちゃん、茶化さないであげて」

 

外野の小声など耳に入らぬとばかりに、袿姫は続ける。

 

「そこの人間――藤丸と挨拶した時に、彼から妙な魔力的因子を感じ取ったの」

 

「オレ?」

 

「そう。とりあえず後々何かの足しになるかもしれないからササっと回収しておいて、霊長園に帰ってから本格的に研究をしたの」

 

何時の間かに何か盗られているらしかった。

あなたの心です――とかではないだろう。

 

「・・・・・・立香さん、だいじょうぶ? 魂とかちょっと盗られてない?」

 

「自覚症状はないけど……」

 

霊夢から心配そうに指摘されちょっと不安になる立香であったが、袿姫自身がそれを否定する。

 

「だいじょうぶよ、外的な因子だし。多分」

 

「今多分って言ったわね」

 

「コホン・・・・・・ともあれ私は持ち帰った因子を研究、解析、抽出、生成、増幅、造形を行ったわ。伊邪那岐物質ともまた一味違うし、始めて見るタイプのものだったからさすがに手古摺ったけど。具体的には2週間くらいの研究の末、私は魔力的因子の発生元の再現に成功したという訳よ!!」

 

「ハニョブ!!」

 

ババーン! と埴輪ノッブを指差す袿姫に、応える埴輪ノッブ。

 

「えーと、つまり・・・・・・」

 

「キミに残留していた魔力的因子って、“ぐだぐだ粒子”ってやつの事?」

 

立香はエリセと顔を見合わせる。

ぐだぐだ粒子とは――まぁぶっちゃけよく分からないナニカである。

こう、世界観が乱れる系の。あんまり真剣に考えると大事な何かを失ってしまいそうな。

そのくせ時折世界崩壊級の危機に関わってくるあたり、カルデアとしても無視したいけど無視し切れない厄介な案件であった。

立香としても(残念ながら)その手の事件解決の第一人者であり、その際に僅かながら残留していたのであろう。

 

「マスター・・・・・・帰ったらしっかり魔力洗浄しておきなさい。特定危険外来種のキャリアになりかねないわ」

 

「はい」

 

ジャンヌ・オルタのもっともな提案に、立香は素直に頷くしかなかった。

 

「へぇー、あの因子ってそんな名前だったのね。発見者として名前つけなきゃと思っていたんだけど」

 

一人うんうん頷く袿姫に、霊夢が呆れた表情になる。

 

「――で、こんなの作ってどうするつもりよ?」

 

「ええ、造形神を名乗る身としてはコピーだけで済ませちゃダメだと思うのよ。模倣自体は創作活動の第一歩だし、全然アリなんだけど」

 

微妙に話のピントがズレていた。

とはいえある意味神様らしく、霊夢も承知の上なのかまずは話を聞く構えだ。

 

「この埴輪ノッブのデザインは私の発想とは違うものだったわ。そこで私は埴輪ノッブをリスペクトしつつ叩き台にして、私の造形術を組み合わせて新たな埴輪兵士を生み出したわ・・・・・・そう、それこそがこの次世代型埴輪兵士――名付けて“ちびマユ”!!」

 

「マッユ!!」

 

いつからいたのか、袿姫の声に合わせて飛び出てきたのは小柄な埴輪兵士だった。

先日の宴会の際袿姫に付き添っていた埴輪兵長をデフォルメ――というかちびノブ化したようなデザインである。

 

「磨弓ほどではないけどそれなりの戦闘力に加え、高い生産性とコスパに優れている! アレンジ性も高くバリエーションも増やしやすい! 我ながら久々の傑作だったわ・・・・・・なんだか造った覚えがない分まで勝手に増えている気もするけど、些細な問題ね」

 

「なんてことを・・・・・・」

 

多くの経験から立香は学習していた。

一度増えたちびノブ系列は、ミント並みにしぶといのだと。

 

「それで・・・・・・」

 

黙って聞いていた霊夢が、頃合いと思ったのか改めて尋ねる。

 

「こんなのを造って増やして、何をするつもりなの?」

 

博麗神社の巫女、幻想郷の守護者として幻想郷の脅威になるというのならば、面倒くさいが早めに釘を刺しておく必要がある。

そう考えての問いかけであったが――

 

「そうねー。まずは数を揃えて、しっかり整列させて行進とかさせてみようと思っているわ」

 

「・・・・・・何のために?」

 

 

 

 

 

 

 

 

「決まっているじゃない! 私が見てみたいからよ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

女神は思いっきり私的な理由を清々しいまでの勢いで言い切った。

それを聞いていたジャンヌ・オルタはうんうんと頷いている。

クリエイター同士、共感するものがあったのだろう。

霊夢はというと、よく分からないという表情だが。

 

「・・・・・・まぁ、幻想郷に特に害がないなら私からはこれ以上言うことはないわ。というか今日は結局何しにしたのよ」

 

「ちびマユはともかく埴輪ノッブは妙に自由なところがあってね。地上まで出ていっちゃったから、仕方なく迎えに来たのよ」

 

「・・・・・・そう、女神自らわざわざご苦労さん。そういう話なら部下に任せても良かったでしょうに」

 

「磨弓には増えたちびマユたちの統率を任せているわ。場所が神社だってわかったから、ついでに作品の自慢もしたかったし」

 

フリーダムな女神様である。

対する霊夢は最早、おざなりな態度になっていた。

 

「はいはい、スゴイスゴイ。用事が終わったんならとっとと・・・・・・」

 

「あ、ちょっとゴメン。磨弓から連絡が来たわ・・・・・・うん? 緊急用?」

 

袿姫が何やら土器のようなものを弄ると、神社の境内に埴輪兵長の慌て切った声音が響き渡った。

 

『け、袿姫様!? 大変です! 例の謎の因子研究の際に生まれた大量の失敗作! 再利用のために取っておいたアレらが、急に動き出して合体して! き、巨大な埴輪に! 様子を見に来た動物霊どもを蹴散らしながら移動中です! 地獄方面――おそらくですが、地上に向かって――あ』

 

パリンと、陶器が割れるような音と共に通信が途切れた。

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

 

各々が無言で顔を見合わせた後、霊夢がニッコリと笑う。

 

「――で、何か言いたいことは?」

 

袿姫は美しく微笑み返す。

 

「地上にはこんな言葉があるそうですね――失敗は成功の基」

 

「今は! そんな事! 聞いてない!」

 

霊夢が大幣でポカリと叩くと、袿姫は避けもせずキャンと声を上げる。

 

「今地上に向かっているのよね!? さっさと止めに行くわよ! あんたレベルの神格ならワープくらい出来るでしょう!」

 

「そりゃあまぁ、出来ますけど」

 

涙目の袿姫は霊夢に言われ、準備を始める。

 

「立香さんたちは――」

 

「一緒に行くよ。オレが原因でもあるみたいだし」

 

「正直あんまり話についていけてなかったけど、荒事なら力になれそうかな」

 

「まぁ、暴れて解決するなら分かりやすくて私好みだわ」

 

立香の言葉にエリセとジャンヌ・オルタも同意し、霊夢が頷く。

 

「そう、原因は立香さんかもしれないけど、元凶はそこの邪神だから、そこはあんまり気にしないでいいわよ」

 

「そんなぁ」

 

「ウソ泣きしない! 準備は――出来たみたいね。じゃあ行くわよ!」

 

そして一行は、袿姫の手によって畜生界へと向かうことになる――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──いざや掻き鳴らせ、『天遡鉾(アメノサカホコ)』!! ……こおろこおろ、こおろこおろ」

 

 

 

「ノッブゥゥゥ!?」

 

 

 

 

妙に可愛らしい癖に重低音なボイスと共に、巨大な埴輪ノッブ――凶ツ神もどきが崩れ落ちる。

 

「速くはないし動きも大雑把だったけど、やたらと頑丈だったわね・・・・・・」

 

巨神の崩壊する様を見届けた霊夢は、疲れたとばかりの近くの瓦礫に腰かける。

 

「造形術で袿姫が込めた魔力以外に、信仰の力も持っていたわ。おおかた畜生界の人間霊たちから向けられたものでしょうけど。“大きい”ってことは、それだけで畏怖の念を向けられやすいものだから」

 

「巨石信仰とか巨木信仰の類か。もしかしたら信仰心に当てられて暴走していたのかも。無理やりな合体式なせいか構造が不安定で、私の宝具が通りやすかったのは助かったかな」

 

汗を拭い、天遡鉾をクルリと手首の動きだけで一回転させた後地面に突き立てるエリセ。

 

「埴輪なせいか、私の炎は随分通りが悪かったけどね」

 

いまいち活躍できなかったせいか憮然とした表情のジャンヌ・オルタだが、そんな彼女に袿姫は首を横に振る。

 

「いやいや、十分仕事はしてくれたわよ。この緊急時にちょっかいかけてきた八千慧の牽制をしてくれて。竜に対する支配力だったかしら? あいつのあんなに嫌そうな顔、久々に見れたわ」

 

思い出し笑いをする袿姫に、立香は気になっていたことを訪ねる。

 

「磨弓さんの方は・・・・・・」

 

「だいじょーぶだいじょーぶ、ちょっと破損しただけだから。あのくらい、私の手にかかればちょちょいのちょいよ」

 

「それなら良かった」

 

「あなた、変わった人間ねぇ。自分よりよっぽど頑丈な埴輪のことを心配するなんて」

 

「どんなに強くて頑丈でも、心配位するよ」

 

「ふふっ、そうかしら? そうかもね」

 

袿姫はクスリと笑い、立香を――そしてエリセを見た。

 

「自分で言うのもなんだけど、私は結構寛大な神だと思うわ。人間が馴れ馴れしく接してきても大抵は許すし、畜生たちとだって弁えているのなら共存してもいい」

 

「えっと?」

 

「立香さん、下がって」

 

いつの間にか、霊夢が真剣なまなざしを浮かべ立っていた。

緊張を孕んだ声に反応して、エリセとジャンヌ・オルタも身構える。

 

「そんな私だけど、ちょっとなぁなぁで済ませられない事もあってね」

 

その視線はエリセと――その手に持った天遡鉾を捉える。

 

「もちろん本物じゃない。私が知っている物とは微妙に違うし、魔力と術で編んだ紛い物なのも分かる。でもただの紛い物と捨て置けない程度には、真に迫っている。()()()()()()()()()()()()()()()()()()を為してしまうのだから」

 

淡々とした声音だが、言霊が魂の髄にまで響き渡るかのような感覚。

 

空間そのものが圧力を持ったかのような神気。

 

その姿は屈託なく笑うクリエイターのものではなく――

 

「その矛と冥神の力、いったいどこで手に入れた――?」

 

――まさしく、“神”そのものであった。

 

「――っ!?」

 

嘘も沈黙を許さない――神の視線に射竦められたエリセは身を固くする。

しかし、答えることはできない。

エリセ自身も知らないからだ。

 

天遡鉾は準サーヴァント化の際に自動的に獲得した宝具扱いの魔術であるし。

冥神の力とやらも邪霊に関わるものであることは予測できるが、幼少期からの呪いだ。

その起源となるものは分からない。

 

仮にエリセ自身も知らないエリセの事情を知る者がいるとすれば――

 

「えーと、ちょっといいかな?」

 

かつて仮契約のラインを通して霊基情報が流れ込んだ、マスターのみだろう。

 

「・・・・・・博麗の巫女ならまだしもただの人間が、私の神気の下でよく口を開けたわね」

 

「そのくらいしかできないから」

 

「膝、震えているじゃない」

 

「でも、まだ加減してくれてるでしょ? ――本気だったら、多分立ってられない」

 

「・・・・・・ふふっ、健気ね」

 

袿姫がフッと笑うと、張り詰めた圧力が僅かに弱まった。

 

「いいでしょう。その健気さに免じて、口を開くことを許しましょう」

 

「その前に、ちょっと移動していいかな? そこの物陰にでも」

 

「うん? 内緒話? まぁいいけど……」

 

「ちょっとマスター」

 

咎めるような視線を向けるジャンヌ・オルタだったが、立香は大丈夫だからと視線で返すと仕方ないとばかりにため息を吐かれた。

ついで焦点であるエリセも、心配そうに声をかける。

 

「その――立香」

 

「だいじょうぶ、多分、話せばわかる神様だから」

 

「・・・・・・ゴメン」

 

「いいよ、コレはオレの役目だろうから」

 

最後に霊夢から「何かあったらすぐに声を上げなさいよ」と言い含められる。

場違いながら、犯罪者への対応みたいだな、なんて思ってしまった立香だった。

 

袿姫と立香が物陰に移動してしばし。

3人の少女の位置までには話している内容は届かないが、徐々に張り詰めていた空気が弛緩していくのが分かる。

やがて空間に充満していた圧力が、途切れるように消え去った。

 

「終わったみたいね」

 

霊夢の声に合わせた訳ではないだろうが、袿姫と立香が姿を現す。

だが立香はなんだか妙に疲れたようであり、反面袿姫はというと――

 

「なんかやたらと機嫌が良くなった・・・・・・?」

 

不思議がる霊夢の言う通り、先ほどまでとはうってかわってニコニコしていた。

博麗神社で早口でまくし立てていた時より機嫌がいいかもしれない。

 

「えっと・・・・・・話し合い、うまくいったの?」

 

「・・・・・・エリセ、先に言っておく」

 

「へ?」

 

「ゴメン」

 

「え? いやいやいや、急に謝られても何が何だか・・・・・・せめて事情を――」

 

唐突な謝罪に困惑するばかりのエリセであったが、その前にニコニコ顔の袿姫がやってくる。

 

「あの、なんでしょうか、埴安神様。ち、近いのですが――」

 

笑顔で迫られたエリセは若干引きつつも、何とか口を開くが――

 

「やーねーもう! そんな他人行儀な呼び方しちゃって」

 

「え? 一体何のこと・・・・・・」

 

「私のことは、そう。もっと気軽に――」

 

造形神はこの日一番の笑顔を浮かべ――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

()()()()()って呼んでくれていいのよ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「は」

 

エリセは口をポッカリと開けて――

 

 

 

 

 

「はいぃぃぃぃぃ!!?」

 

 

 

 

 

 

葦原の娘の声が、畜生界に響き渡るのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

後日――

 

「あの・・・・・・3人ともいったいどうしたのでしょうか?」

 

その日、マシュ・キリエライトが声をかけたのは、食堂の片隅で渋面を浮かべながら何やら話し合っている藤丸立香と竜の魔女、そして死神の少女であった。

 

3人は口を揃えて返す。

 

「「「ちょっと、姉を名乗る不審者についての対策を」」」

 




○宇津見エリセ
如何なる因果か、カルデアのある世界線とは異なる世界の未来より来訪した準サーヴァントの少女。元々住んでいたモザイク市《秋葉原》ではルール違反をした魔術師やサーヴァントを狩る仕事をしており、死神と恐れられていた。幼少期より邪霊と呼ばれる悪霊に憑りつかれており、霊障を引き起こす反面武器としても扱っている。また敬愛する先生譲りの独特のファッションセンスと味覚を誇る。――でもマスターにチョコと称した唐辛子の塊をプレゼントするのは最早テロなのでは?



○埴安神袿姫
偶像を生み出す造形神にして、天才クリエイター。畜生界の奴隷階級である人間霊の祈りに応えて召喚され、以後彼らを“保護”する。
日本神話に登場する波邇夜須比古、波邇夜須比売に相当する神性――と推測される。
大神・伊邪那美の死する直前に誕生した末子とも呼べる神性。母である伊邪那美は死後黄泉国にて黄泉津大神となり、痴情のもつれから生者を呪う存在と化した為、以降子を産む事はなく、当然直接的な妹や弟は存在しない・・・・・・はずであった。
もしも、仮に、彼女の前に“妹”と呼んでも差し支えない存在が現れたとすれば(例え別世界の存在だとしても)、潜在的に持っていた“お姉ちゃん欲”を大いに発揮して存分に可愛がることになるだろう。
・・・・・・もっとも善意から偶像に造り替えられて大事に“保護”される可能性があるので、妹本人にとってありがたい事かは分からないが。



・因縁キャラ
【宇津見エリセ】
「あなたがいったい、どんな奇跡か間違いから誕生したのかは知りません。
 ですが私は、あなたの生誕を祝福しましょう」

【ガラテア】
「ほほう、これはまた見事な出来栄え――ギリシャの造形王による傑作?
 ヘカちーの地元だっけ。こっちにもいるなら紹介してもらえないかしら。
 ・・・・・・でも、人間にする必要はあった?」

【加藤段蔵】
「絡繰り仕掛けの忍者・・・・・・この多彩なギミックは私とは違う発想ね。
 磨弓の参考にしてみようかな」

【フランケンシュタイン】
「・・・・・・フレッシュゴーレムの類はあんまり趣味じゃないかなぁ」

【マルタ】
「タラスク――西洋版吉弔ってところかしら。
 同族がいるのなら鬼傑組の組長も喜んで・・・・・・
 あぁ、ダメね。あいつ鹿専だったわ」
(後日、鬼傑組から抗議の声が入る)

【メドゥーサ(騎)】
「へぇ、石化の魔眼? なるほど、幾らか工程が省けそうね。
 しかし立派なペガサスねぇ、見ていて創作意欲が湧いてくるわ。
 驪駒のヤツよりもよっぽど速そうだし」
(後日、勁牙組から抗議の声が入る)


【玉藻の前】
「新手の動物霊・・・・・・うん? ううん?」









実のところ、埴輪ノッブが登場した瞬間からいつか袿姫様と絡めねば、とは思っていました。
何ならエリちを絡めてもいいじゃないかとも思いました。
色々調べていたら、いつの間にか姉が生まれた・・・・・・何故だ?

エリちの出生――というより母親に関しましては、現状判明している情報から可能性の高い神性を採用しています。
もし今後実は違うことは判明した場合は、まぁその時はその時で。

次回、『ぐだぐだ畜生界曼荼羅』、始まらない。
次話は未定です。2部6章後半も始まりますので、まずはそっちに手を取られそう。

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