鬱蒼と生い茂る青青しい竹林。
ひんやりとした空気と朝露垂れる早朝の永遠亭。
その戸が大きな音を立てることもなく、滑らかに開かれる。
「ただいま戻りました~」
開いた戸に勝手知ったるものと身を躍らせるのは、耳がしなだれた一羽の兎――鈴仙・優曇華院・イナバ。
「あら、おかえりなさい。――昨夜はお楽しみだったわね?」
「宴会ですけどね」
迎え入れたのは、たまたま玄関近くにいた八意永琳。
(もしや今のジョーク? もうちょっと気の利いた返事をした方が良かったかしら)
などと鈴仙は内心で反省しつつ、靴を揃えて屋敷に上がる。
「輝夜とてゐは?」
「二人はもうちょっと遊んでくるそうです……あ、ありがとうございます」
永琳に促され近くの居間で腰かけた鈴仙は、手早く淹れられたお茶を受け取った。
「何でも地球のお姫様ってヒトがいて、一緒に箱入り娘格付けチェックをやってました」
「……どうやって?」
「色々とクイズとかミニゲームとかやって……今は延長戦ですね」
「――そう。まあ、あの娘が楽しんでいるのならいいわ」
(さすがはお師匠様、賢明な判断です)
即座に深く追求することを放棄した永琳に、感心する鈴仙。
何分、ツッコミどころが多くなる話なのだ。
「それにしても鈴仙」
話題を切り替えるように、テーブルの向かいに腰を下ろす永琳。
動作の一つ一つが機械的なまでに美しい。
「あまり酔ってない割には、疲れているみたいね?」
「う……まあ、そうですね。珍しい人たちが宴会に来ていたので」
「へぇ? 地底のさとり妖怪、畜生界のヤクザ者、後戸の秘神。あまり顔を出さない者は多いけど、あなたが会うだけで疲れるとなると――」
「――はい、ヘカーティアと純狐さんです」
片や三界を支配する地獄の女神。
片や月の民の天敵とも言える無名の仙霊。
二人共超ド級の力を持つ上、鈴仙としてはかつての異変で浅からぬ因縁が出来た身である。
「あの人たち、幻想郷での知り合いは少ないからか結構わたしに絡んできて……」
「相変わらず気に入られているわね」
「天体と宇宙怪獣が両側からじゃれついてきているみたいなものですよ。邪険にするつもりはないですけど、さすがに気疲れはします」
「あらあら、どんな兎も経験したことのない貴重な体験でしょう」
「ヘカーティアは途中から藤丸たちと話し込んでいましたけど、特に純狐さんは妙な圧があるというか……何となく逆らいにくいというか……」
「……まあ、相手が相手だもの。無理もない話だわ」
特におかしなものでもない師の返答。
しかし鈴仙は淡い違和感を覚え、結局その正体はするりと手から抜け落ちていった。
「そういえば――」
代わりに、昨晩の宴会。
その中で抱いた一つの疑問を、口にする
「気になることというか、不思議なことがあったんですが」
「あら、もったいぶった言い方」
「う……そんなつもりはなかったんですが、はい。と、ともかくですね! まずは宴会の余興で、クラス当てゲームをやったんですよ」
「クラス当て?」
首をわずかにかしげる永琳に促され、鈴仙は言葉を紡ぐ。
「ほら、サーヴァントの皆さんってそれぞれクラスがあるでしょう? セイバーとか、アーチャーとか。なので、まずはサーヴァントの方が名前とか特技とか軽い自己紹介をして、そこからクラスを推測して当てるゲームです。答えるのは当然、何のクラスか知らない私たち幻想郷の住人になりますけど」
「サーヴァントはむしろ、真名の方を秘するものだと聞いていたけれど」
「アハハ……言われてみれば逆になってましたね」
酒の魔力か宴の空気か。
どちらにせよ、あまり類を見ない類のゲームであろう。
「特徴的な武器なんかがあれば推測しやすいですが……ちなみに一番手強かったのはスカサハさんでした」
「彼女はランサーだって輝夜が言ってなかったかしら?」
「それが、原初のルーンで雑にクラスを変えてくるんで。もうほとんど当てずっぽうになっちゃうんですよ」
「大人気ないわね」
「まあわたしは霊基の構成パターンを波長で見れば
「もはやゲームの趣旨から外れてきているように思えるけど」
「使えるもんは使ってなんぼです。でも――」
ドヤ顔の兎がシュンとなる。
「ゲームに勝ったは良いものの、スカサハさんが『ほほう、ほーう?』って感じで見てくるんで……正直選択を誤ったかもしれません」
アレは獲物を見つめる視線だったと、鈴仙は身震いする。
バッドエンドルートは勘弁だ。
軽く首を振って悪寒を振り払い、本題に入る。
「ま、まあそれはともかく、その後は逆に、『もしも自分たちがサーヴァントだったらどんなクラスになるか?』って話になったんですよ」
「アーチャーだったら皆適性がありそうなものだけど」
「わたし達もそう思ったので、アーチャー以外で話しました。飛び道具があれば、最低限の適性はあるっぽい感じですからねー」
幻想郷の少女たちに広く普及している命名決闘法――通称弾幕ごっこ。
お札、ナイフ、魔法、斬撃――“ナニカを飛ばす”ということに関しては、皆お手の物だ。
鈴仙は宴会中の様子を思い出す。
霊夢『わたしだったら……卑弥呼さんや壱与にならってルーラーかしら? 同じ巫女だし』
魔理沙『異変の時の暴れっぷりはバーサーカーだろ』
咲夜『紅魔館でも異変に乗じて荒らしまくってくれたしバーサーカーね』
妖夢『白玉楼にもたまに食事を集りにくるのでバーサーカーでしょ』
魔理沙『わたしは当然、キャスター一択だぜ!』
霊夢『箒に乗って飛んでるのアンタくらいだし、ライダーでもよくない?』
パチュリー『泥棒アサシン』
早苗『星属性で星の魔法をたくさん使うので、ちょっと無理やりだけどフォーリナーでも……え? 本当は水属性? フォーリナーってそんな意味じゃない?』
咲夜『わたしの場合は……同じメイドのネズミさんがキャスターだし、一緒かしら』
魔理沙『メイドカテゴリは他にもいろいろいるだろ』
妖夢『セイバーにしときません? 刃物使いは少なくてちょっと肩身が狭いので……』
レミリア『アサシンメイドって響き、良くないかしら?』
妖夢『セイバーですね、当然。この楼観剣と白楼剣が目に入りませんか』
霊夢『通り魔だからアサシン』
咲夜『強盗だからバーサーカー』
鈴仙『庭師だからキャスター』
鈴仙『薬師見習いだし、キャスターあたりが妥当ね』
魔理沙『怪しい瞳で相手を術中に嵌めるあたりは確かにキャスターか?』
てゐ『脱いだら結構なもの……もとい暗器を隠し持ってるからアサシンだよ。くしし……』
妖夢『…………みょん……』
早苗『ああっ、妖夢さんが酔いつぶれて』
早苗『奇跡を呼び込むミラクル風祝ッ! 先達の聖人の皆さんに倣い、ルーラーで!』
魔理沙『常識が通じないからバーサーカーで』
咲夜『聖人に倣うのならライダーでもいいんじゃない? 風に乗るって感じでこじつけて』
妖夢『スヤァ……』
霊夢『妖夢ったら寝ちゃったわね。ちょっと蓮子ー! お布団用意してくれるー?』
(思い返したらバーサーカー認定がフワフワ過ぎるというか、みんな扱いが悪くないかしら?)
バーサーカーの皆さんに心の中で頭を下げつつ、自称と他称がほぼ一致しなかったのに鈴仙は今更ながらに苦笑する。
「それで、純狐さんも参加したんですけど」
鈴仙は目の前の師に意識を戻し、本題に入る。
「本人は、自分はアヴェンジャーだろうと言いました」
「妥当なところね」
「はい――わたしもそう思いましたし、彼女のことを知っている人は皆、同じ答えでした。でも――」
一人だけ、明確に違う答えを出した者がいた。
純狐のことを友人と称し、あの中では彼女をもっともよく知るであろう女神。
「ヘカーティアだけは違いました。その、『
「………………」
目の前の師の波長に揺らぎはない。
それでも――わずかに空気が張り詰めたのを、鈴仙は感じ取った。
「純狐さんは、その指摘を否定しませんでした。……それどころか、『だったら三番手はプリテンダーとやらか』、と」
以前――純狐とヘカーティアを首謀者とする月を焦点とした異変。
その折に、鈴仙は師である永琳から純狐の過去について聞いていた。
曰く――純狐の子供を夫が殺したため復讐に走った。
その夫が玉兎の支配者にして月の女神の一柱である嫦娥とも関係を持っていたため、復讐の矛先はそちらにまで向いた。
師の説明に嘘があったとは思わない。
しかし同時にあの時の説明は、要点のみが纏められたもの。
その内実を、鈴仙は知らない。
「お師匠様」
玉兎由来の好奇心故か。
純狐とあの異変に関わったが故の義務感か。
自分は聞いてはいけないことを聞いているのではないか――
畏れにも似た感情を呑み込み、その疑念を発露する。
「純狐さんって――いえ、あの人は、本当はどこから来た、誰なんですか?」
はい、お久しぶりの投稿になります。
今回は全4話予定の中編になっています。