「鈴仙――」
永琳の静かな――そして怜悧な声が突き刺さり、鈴仙は反射的に背筋を伸ばす。
「純狐が本当は何者なのか――その答えを知って、あなたはどうするつもりなのかしら?」
声音そのものは責めも非難も感じさせぬものだが、同時に偽りを許さぬという意志が込められている。
わずかに残った酔いなどとっくに醒め、背中を伝う汗がやけに冷たい。
「どうしたい……というものじゃありません」
「………………」
無言で続きを促す師。
ヘタな答えを返せば師の口から答えが明かされることは永遠に無いであろう。
鈴仙は確信めいた予感を抱くものの、正解など分からない。
故にただ――その思いを口にするだけだ。
「藤丸たちの――異聞帯での話を聞いて、思ったんです」
異聞帯――過去に分かたれた人類史の“もしも”であり、平行世界からすら斬り捨てられた脱落者。
埋葬すらされなかった仮説は空想の樹を定礎として、白に塗りつぶされた地表に根付かんとしている。
「カルデアと異聞帯の戦いは、最終的には脱落者を決めるしかありません」
椅子取りゲーム、トロッコ問題。
地球規模で発生しうる中においては、その究極系とも言える戦い。
「どれだけ理解しあっても、情を育んでも、最後には全部無くしてしまうしかない――弾幕ごっこみたいに、美しさを競う遊びじゃ済まない。そんなの、空しいですし、悲しいじゃないですか」
人が死ぬのは悲しいことだ。
それが知った顔、親しい相手であれば尚更に。
月にいた頃の鈴仙は“死”というものに触れる機会はほとんどなかったが、地上に降りて、異変を機に永遠亭が拓かれ、薬売りを始めて――通っていた家のおじいさんが亡くなったと知った時、胸に抱いた感情は――言葉に出来ないものがあった。
だったら、最初から知らない方が楽なんじゃないか?
薬売りなど止めてしまおうかと考えたこともある。
「でも藤丸たちは、滅ぼすしかない相手のことを理解しようとするのを止めませんでした」
敵A、敵Bではなく、その名を知った上で戦うのは大きな負担だ。
手にかけるのが正体不明の敵ではなく、隣人になるのだから。
「一度、藤丸に聞いたことがあります。『異聞帯のことを知るのは、辛くないのかって?』」
今更ながら、酷い質問をしたものだと思う。
確定した決別を思えば、辛くないはずがないのだ。
「『辛いこともあるけど、それだけじゃない』って……ホント、なんて強がり」
言葉通り、知ることによって得られるものも大きいであろう。
所詮第三者に過ぎない自分が悲観的過ぎるのも、当事者にとっては失礼なことだろうとも思う。
それでも、波長を見る鈴仙の目ならば分かるのだ。
さとり妖怪のように心までは覗けずとも、その奥底には大きなストレスを抱えていることくらいは。
託された想いと願いで傷口を塗り固めながら前に進むその様は、強さと呼ぶにはあまりにも痛々しいのではないか?
「正直、逃げちゃえばいいじゃんと思うことはあります。私は、横腹に苦痛を抱えながら走るランナーに頑張れと言えるような兎じゃないですし」
むしろ薬師の端くれとしては、一度横になって休めと言いたい。
「そもそも彼らに責任を問うような相手もいない上、今なら逃げ込める幻想郷もあるんですから」
「あなたみたいに?」
口を挟んできた師に一瞬あっけにとられるものの、鈴仙は苦笑する。
「はい、そうですね。実際、逃げた先にも道はあるんです――私みたいに」
かつての鈴仙は、月と地球の戦争という噂話に本気で怯えて逃げ出した。
結果論として、傍から見れば笑い話だろうし、とんだ勘違い、間違いだったとも言えるだろう。
それでも、その間違いを犯したからこそ今の自分がいる。
「でも、自分だったらどうかとも考えたんです」
かつてレイセンだった頃の私。
鈴仙・優曇華院・イナバとなった私。
「かつての私は、相手のことを何も知らず、知ろうともせず、ただ漠然とした恐怖に追いかけられるように逃げ出しました」
あとのことなど知らず、先のことなど分からず、形のない衝動に押されて。
「その結果である“今”に後悔はありません。――でも藤丸たちの愚直さを見ていると、あの時の逃げるという選択肢は変わらないにしても、目を瞑ったまま逃げることはなかったんじゃないかとも思うんです」
思えば今の幻想郷のシステムは、そういうものなのかもしれない。
異変を起こし、解決者を迎え撃つ。
これはある種の、お互いの主張をぶつけ理解し合うプロセスではないだろうか。
「もし――また純狐さんが月に攻め込んだ時、再び私が戦うことになるかもしれません。その時にあの人のことを知らないまま戦うのが正しいことなのか――」
いや違う、そうじゃない。
正しいなんてお為ごかし、本当に思っているのか。
妙な飾り立てを取り除いてしまえば、本音が顔をのぞかせる。
「いえ、やっぱり今のはなしで。正しさは別にどうでもよかったです」
師の顔を見て、ハッキリと答える。
「私がこのモヤモヤを抱えたまま戦うのが納得いかないだけです」
その答えを受け止め――永琳はフッと微笑んだ。
「鈴仙……あなたは本当に地上の兎になったのね」
「お師匠様……」
「本当に、月にいた頃のあなたからすると随分変わったものだわ」
「お師匠様……いえあの、別に私たち月では会ったこともなかったんですけど」
「そこは適当に良い感じの空気を出しておきなさい。師匠甲斐がなくなるから」
「あっ、ハイ」
この人、こんなこと言えたのか。
鈴仙はまた一つ、学んだ。
「さて――ここから先は、他言無用よ」
「あ、教えてくれるんですね」
「ええ、漏れたら近いうちに、兎鍋が食卓に並ぶかもしれないけど」
「あー、うん。やっぱ聞かないという選択肢は」
「とはいえどこから話したものか……」
鈴仙のささやかな抵抗は黙殺される。
これもまた世界の縮図か。
「そうね……あなたは嫦娥が何時から月の都に住んでいるのか、知っているかしら?」
何故純狐の話でその話題になるのかと不思議に思いながらも、師匠の言う事ならば明確な意味があるのだろうと、返答をする。
「何時って……月の都が作られた時から――じゃないんですね、はい」
嫦娥は幽閉こそされているものの、月の都の中でも有力者の一人である。
なので自然と、ずっと昔からいるんだろうと思っていたが、師の顔を見るに違うらしいと鈴仙は察する。
「嫦娥は元々外様の女神――亡命者よ」
永琳はそう、語り始める。
「その昔、嫦娥の夫である羿は所属していた神群のトップの不興を買って、神格を奪われ地上に追放されたわ。妻である嫦娥も共々に、ね」
「そこだけ聞けば、嫦娥様もとんだとばっちりですね……となると、羿が純狐さんと結婚したのもその後ですか」
古の時代、それも神々の話だ。
重婚だろうが近親婚だろうが別に珍しい話ではない。
そう踏まえての発言だったが――
「いいえ、違うわ」
「え?」
「疑問に思うのももっともだけど、話を聞いていれば分かることよ。――地上に堕ちた羿は各地で暴れていた魔獣を退治し、人々から英雄視されたわ。彼を慕った者達が集まり、集落も出来ていたようね。でも嫦娥は、神格を失い定命になった境遇が面白くなかった。そんな妻の為に、羿は不老不死の手段を探していた」
「めげないというか……健気な人ですね」
故郷を追われたというのに、人々の為妻の為にと動くのはなかなか出来ることではないだろう。
……そのような人物が、何故自分と純狐の間に授かった子を殺すことになったのか、という疑問は湧いてくるが。
「そんな時に、羿は私に出会った」
「お師匠様が、地上に……ですか?」
「サンプリングにね。時が止まったような月の都では、自然から生まれる新しい研究資料を望むのは難しいから」
皮肉な話だけど、と永琳は苦笑する。
穢れを遠ざけた故、穢れから生まれるものを求めて地上に向かうのは、確かに皮肉なのだろう。
そして同時に、不思議に思ったことを尋ねる。
「でもそんなの、それこそ兎でも向かわせればよかったんじゃ」
月の頭脳とも呼ばれる師がわざわざ足を運ぶ必要はない、と。
そう思ったのだが――
「フィールドワークもそう莫迦に出来たものじゃないわ」
それに、と永琳は続ける。
「当時はまだ、玉兎はいなかったから」
「そうなんですか?」
「話を戻すわね」
鈴仙の疑問を一旦切り上げ、永琳は話を進める。
「羿の境遇を聞いた私は、彼に蓬莱の薬を渡したわ。ちょっと特別性で、嫦娥と分けて呑めば不老長寿。全てを一人で呑めば、完全な不老不死に加え、神格も取り戻せる」
「蓬莱の薬って、そうほいほい渡していいものですっけ」
「月で服用するならまだしも、地上の者に渡す分にはそう大きな問題はないわ」
濫用しない分にはね、と永琳は但し書きを付け加える。
「ところでなんで薬を渡したんですか?」
「半分は同情とか、そういう心情的な理由。あとは……治験ね」
「治験」
「蓬莱の薬、作ったものは良いものの月で使う者はいなかったから」
「お師匠様……そういうとこありますよね」
「まあ、そういう訳でお互いの都合が噛み合った訳なの」
鈴仙のジト目を永琳は涼し気に受け流す。
「あとは少しだけ様子を見たけど、すぐに使う様子もなかったから月に戻ったわ。成果はおいおい確かめればよかったから……そして、程なくして蓬莱の薬を全て呑んだ嫦娥が亡命してきた」
「それは……羿が嫦娥様に薬を譲った、ということでしょうか?」
鈴仙が指摘した優しい答えに、永琳は首を横に振る。
「嫦娥曰く――薬をどう使うかはすぐに決められず、隠しておいた。しかし悪漢がそれを嗅ぎつけ奪おうとしたので、仕方なく全てを呑んでしまった。寿命が大きく分かたれた以上、夫と共に暮らすのは辛く、元の神群からは追放された身。故に月の都で匿ってほしい、と」
なるほど、一応理屈は通った話だ。
しかし同時に、確認しておきたいこともある。
「でも、蓬莱の薬を呑んだ以上穢れの問題がありますよね? よくお貴族様たちが亡命を受け入れましたね」
蓬莱の薬を服用した蓬莱人は、月の都でもっとも忌避される穢れを発するようになる。
それ故の質問であったが、永琳はわずかに苦笑する。
「……本当はね、蓬莱人数人程度の穢れなら、月の都全体で見れば大した問題ではないの」
「初耳ですが……考えてみれば、そう不思議な話でもない……」
例えば鈴仙の今の主である輝夜は蓬莱の薬を呑み一度は月の都を追放されたが、一定期間の後呼び戻されようとしていた。
つまり少人数の蓬莱人の穢れで、月の都に致命的な危機が訪れることはないのだ。
「地上への追放は蓬莱の薬を服用した月人への罰則――つまり、月人でなかった嫦娥には当てはまらない」
「あっ、確かに……」
「とはいえ嫦娥の亡命に関しては、月の都の上層部でも意見は割れたわ」
「むしろ議論になった方が意外なような……」
月の都は基本的に、選民思想で排他的。
上層部ほどその傾向は強くなる。
「ひとつは単純に、嫦娥の境遇への同情論。加えて、月夜見様と同じ月を司る女神をおいそれと追い返すのは憚られたことと、嫦娥が持ってきた交換条件。あとは政治的なパワーゲームだけど……詳しく聞きたい?」
「いえ、結構です」
兎からすれば政治なんて、遠くから表面上だけ眺めて愚痴を零すものだ。
詳しく説明されても耳が萎れるだけだろう。
「ちなみに嫦娥が用意したカードのひとつが労働力の提供」
「それって……」
「ええ、あなたたち玉兎よ」
「私たち、売られたんですか?」
「そうとも言えるわね。単純な労働力なら自動機械で何とかなるけど、それを味気ないと感じる者も多かったから」
「えぇ……」
鈴仙は少しガックリと来たが、同時にそんなものかとも納得する。
多分月の貴族たちは、自分たちの特別性をより自覚するため、傍に比較する相手が欲しかったのだろうと。
「そして嫦娥の亡命は成り――程なくして、謎の神霊……らしき存在による月の都への攻撃が始まった」
ピンと――鈴仙は背筋を伸ばす。
いよいよ話が本題に入ったと理解したためだ。
「狙いはすぐに嫦娥だと判明したわ。思いっきり名前を叫んでいたし」
「純狐さん、ですか」
「ええ。もっとも、最初は名前なんて名乗っていなかったけど」
永琳はため息を吐くが、その様すら絵になる。
「でも狙いが嫦娥様なら、匿うのを止めようって話にはならなかったんですか?」
「嫦娥の亡命は正式な契約によって締結されたもの。軽々しく破ることはできないわ」
例え口約束であろうとも、神々が交わしたものであればある種のギアスにもなりうる。
「嫦娥を問い詰めたけど、その神霊に関しては本当に知らなかった。ただ、心当たりはあるようだったから改めて一連の流れを調べ直したの。……ここから話すことは、推論も混じっているわ」
永琳からの念押しに、鈴仙は承知しましたと首肯する。
「まず嫦娥が悪漢に蓬莱の薬を奪われそうになったから呑んだ――これは事実だった。表面上は」
「そういう見せかけ、ってことですか」
「ええ……それでこの悪漢だけど、その正体は羿と嫦娥の息子」
ここにきて新たな人物の登場だった。
「息子って……いえ、夫婦ですから、別におかしくはないんですけど」
「もともと、あまり性根の良くない息子だったようね。蓬莱の薬の存在を知った彼は、羿が留守にした隙をついて盗み出そうとした――そのように、嫦娥が誘導した」
「――え? 誘導って、なんで嫦娥様がそんなことを……?」
「蓬莱の薬を、一人で全部呑んでもおかしくない状況を作るためね」
分けて呑めば二人が不老長寿。
分けずに飲めば一人が不老不死と神格の回帰。
確かに師はそう言っていたと、鈴仙は思い返す。
「つまり嫦娥様は、夫を裏切って……? でも、なんでわざわざそんな演技までして……」
「ある種のアリバイ作り」
つまらない話だけどね、と永琳は嘯いた。
「夫を裏切り家族を置いて一人永遠を取り戻した女と、やむを得ない状況の中で薬を服用するに至った女。亡命を受け入れる側からすれば、どちらの方が心証はいいと思う?」
「そんな、理由で……?」
悪妻と、かつて師が嫦娥を指した言葉を思い出す。
「もっとも、嫦娥も最初は家族を裏切ることに対して迷いはあったようだけど」
「そうなんですか?」
「ええ――だからこそ、彼女は棄て去った。その迷いの素になる部分を、自分の中から」
「棄てたって――」
それは如何なる意味なのか。
単純に割り切った、という意味では収まらない含みが、永琳の言葉には宿っていた。
「さて、思惑通り不老不死になって月の都に亡命した嫦娥だけど――地上の状況は、彼女の意図しない方向に動いてしまった」
「残された、夫と息子……」
「息子が蓬莱の薬を奪おうとして、嫦娥が呑み天に昇った――この事件には、目撃者がいた。そして不幸なことに、その目撃者は見た事を見たままに帰ってきた羿に告げた」
つまり――と永琳は一息置く。
「息子が嫦娥を襲って嫦娥は天に召された。息子は逃げていった、と」
「それ、は――」
鈴仙は絶句し――同時に理解できてもしまった。
確かに目撃者が神秘にも蓬莱の薬にも詳しくないただの人間ならば、目にした事態をそう解釈しても何ら不思議はない。
「受けた報告、荒らされた部屋、姿も気配もない妻、無くなった蓬莱の薬、逃げていった息子――状況証拠としては十分。彼がその時何を思ったのかまでは分からないけど、親殺しを為してしまった――ように見えた息子に、羿は自分自身で引導を渡した」
「……そんなのって――」
あんまりだという言葉を、鈴仙は呑み込んだ。
誤解と勘違いが重なった故の、子殺し。
その時羿が抱いていた感情は、怒りか、悲しみか、それとも義務感か。
歯車が一つ違えば、起きなかった悲劇。
「嫦娥自身、ここまでのことになるとは思っていなかったようね。夫と子は地上で好きに生きて天寿を全うすればいい――そんな程度の考えだったみたい」
でも――と永琳は言葉を繋げる。
「嫦娥の最大の計算違いは、この後の出来事だった」
「……まだ、これ以上のことがあるって言うんですか?」
既に悲劇的な状況なのにと、恐る恐る鈴仙は尋ねる。
「先ほど言ったでしょう。嫦娥は家族を裏切ることへの迷い――その素を棄て去ったと」
永琳はわずかに間を開け、告げる。
「迷いの素とは、母であり妻であるという事。だからこそ嫦娥は自分の中の母や妻といった要素を純化して棄て去った」
「は……? 純……化?」
鈴仙は絶句する。
何故ならば、純化というのは――
「純化の能力こそが、嫦娥の持つ天賦の才。そして嫦娥の最大の計算違い――それは不要だと切り棄てたはずの廃棄物が、意思をもって勝手に動き始めたこと」
ここまで言われてしまえば、鈴仙にだって察しはつく。
「つまり、その動き出した廃棄物が――」
「今現在、純狐と名乗っている仙霊よ」
嫦娥から始まった話が、ようやくここで純狐に繋がった。
同時に納得する。故にこそアルターエゴなのだと。
嫦娥から分かたれた別側面――母であり妻であることを主体とした分霊。
「先ほど話したけど、この時点では純狐に名はなかったわ。でも便宜上、純狐と呼ばせてもらうけど……あとは以前話した通り。母として、妻としての存在である純狐は、子を殺した夫を許すことが出来ずに、殺した。そして元凶とも言える嫦娥に対しても、当然その怨みの矛先を向けた」
「……不思議には、思っていたんです」
呆然としつつも、鈴仙は必死に頭を回す。
「子を殺した羿に対する復讐は、わかります。でも、その妻というだけで嫦娥様への怨みがそこまで深くなるものかと」
逆なのだ。
むしろ純狐が本当に、そしてより苛烈に怨む相手は――
「――そうね。自分自身のことだからこそ、許せること、許せないこと、いろいろとあるでしょう」
永琳は深く頷く。
「正直なところ、当初の純狐は月の都にとってはそこまで脅威ではなかった。でも、純化の力故かどんなに撃退してもその存在が霧散することはなく、襲撃を繰り返す度にその力は見る見るうちに洗練され、強大化していった。肉体を失ったせい、というのもあるだろうけど」
「――と、言うと?」
「肉体は、場合によってはある種の枷になるから。肉体という出力器官があるうちは純化の力も制限されていたけど、霊体になってからはその上限は取り払われた。あの純化の力は、霊体とはすこぶる相性がいいの」
「そういうものなんですか」
「そういうものなの。だからこそ、月の都の上層部は約定通り嫦娥を保護しつつも、手元に置いたままより厳重に飼い殺しすることにしたのだけど」
物騒な発言だった。
「飼い殺しって……」
「嫦娥は証明してしまった。自身が月の都すら脅かす分霊を生み出しうる存在だということを。だからこそ“次の純狐”を生み出したりしないように、監視して管理するというのが彼らの主張。もっともこれも、純狐による復讐の一環かもしれないわね」
「……純狐さんが月の都にとって脅威であり続ける限り、嫦娥様が自由になることはない?」
鈴仙の口から漏れた考えに、永琳は無言の肯定を返した。
そしてすっかり冷えたお茶を喉に通し、湯呑をコツンとテーブルに置く。
「さて、一通り知りたかったことは話したと思うけど?」
「はい、ありがとうございました」
「感想は?」
「……なんで、ここまで事態が悪化しちゃったんでしょうね」
切欠はあった。
思惑はあった。
それでもひとつひとつに分けて見ればまだ小さいもののはずで。
それらが悪い方向に絡まり合って、不運の大玉になって崖の下に転がり落ちてしまった。
「それはきっと、本人たちが一番そう思っているでしょうね」