「些か以上に状況が飲み込めないところではあるが……」
中華風の衣装に身を包んだ男は、戸惑いつつも口を開く。
ここは純狐の仙界。
男は召喚されるや否や、召喚者によって目の前にいた女性と共にこの場に跳ばされた。
「久しいな、嫦娥よ」
「………………」
嫦娥と呼ばれた女性は噛みしめるように目を瞑り、答える。
「その名は、ヤツが月に持っていったものだ。私は置き去りにされた名もない仙霊」
「仙霊、か。在り方は神霊のソレに見えるが――」
「私は嫦娥が神に戻るために棄てたモノだ。神霊を名乗るには、道理が足りんだろう。そもそもこちらから願い下げだ」
「そうか……ならば私は、君をなんと呼べばいい?」
「今は純狐と名乗っている」
「ならばそのように呼ばせてもらおう。如何なる由来のある名なのだ?」
「多少境遇の似た女から借りた名だ。……だが、よく私のことが分かったな」
「ああ、その眩いばかりの金の髪のことか? 当世風に言えばイメチェン、というものか。だがそのくらいで、妻の顔を見まがったりはしないさ。――しかし、だ」
羿の視線が純狐の背後に向けられ、軽く肩を竦める。
「その尻尾のようなオーラは……まあアレか。見栄張りなのは昔と変わらないな。ははは……」
「……“殺意の百合”」
ボソリとした宣言と共に、純狐を中心に無数の弾幕が放たれる。
歪曲するレーザーと無数の光弾を前に、羿はというと――
「うっ、うおおぉぉぉぉ!?」
避けていた。それはもう、必死に。
やがて弾幕が納まり、仙界の景観にも些かの瑕が残った中で、大英雄は冷や汗を拭う。
「ふん……それなりの初見殺しに仕上がっているとは思うが、ノーミスか」
「いや、ところどころ掠ったぞ。えげつないな今のは」
「律義に避けずとも、お前の弓なら適当に相殺すれば――いや」
純狐は目を細め、ジッと羿を見やる。
「今気づいたが、やけに弱いな」
「うん? ああ、どうやら召喚主に悪戯をされてしまったようでな」
羿は困ったように首を振る。
「最初に供給された魔力は最小限、クラススキルの単独行動も没収。おまけに契約もなしの野良サーヴァント状態。英霊の座から無理やり引っ張り出された感があるが、これでは戦闘どころか現界もままならん。というかもうすぐ消えるぞ、私は」
「……そうか、ヘカーティアが」
「それが私の召喚主の名か。どんな人物なのだ?」
「女神で、友人だ」
純狐の簡潔な返答に、羿は頬を緩めた。
「そうか、友人が出来たのか」
「……別におかしなことではあるまい」
「地上に堕ちたあと、周りに溶け込もうとしなかった君の姿を知っているのでね。それに、あの時の怨みに染まった君の目――君の果てが心残りであったが、今の姿を見て安心した」
「羿、お前は……」
微笑む夫に、純狐は僅かな逡巡を抱きながらも問いかける。
「あの時、最後にこう言ったな。『――嫦娥よ。私はどこで、間違えた』と」
「ああ、言ったな。我ながら、今わの際に情けない事を言ったものだ。もっと別に、言うべきことがあっただろうに」
羿は瞳を伏せ、悔いる様子を見せる。
「あの時私は、その問いに答えることができなかった。なんであんなことになってしまったのか、私にも分からなかったからだ」
「……私の戯言が、呪いになってしまっていたようだな」
「だが、受け止めるべき言葉ではあったよ。長い事その答えは出なかったが、昔出会った僧侶の言葉には腑に落ちるものがあった」
「それは?」
「“間が悪かった”、とな」
「なるほど……それは金言だ」
「もっともお前の場合は要領も悪かったとは思うが」
「……まいったな、これは一本取られた。確かに私は昔から、良かれと思ってやったことが裏目に出ることが多々あったものだ」
困ったように頭をかく羿に純狐は小さくため息を吐き、姿勢を改める。
「羿――我が夫よ。私には、お前に復讐する権利がある」
「ああ、そうだな。正直召喚された瞬間君が目の前にいて、八つ裂きにされるものだと覚悟した」
「だが同じくらい、お前にも私に復讐する権利があるはずだ」
「……………………」
「お前は私達の子を殺したが、私だって八つ当たりでお前を殺した。人を呪わば穴二つ、とはよく言ったものだ。私たちは結局のところ、同じ穴の狢なのだから――」
純狐の態度に、羿は察する。
仮に自分が彼女を害そうとすれば、抵抗もなく受け入れるつもりであろうということを。
だからこそ羿は、その覚悟を否定する。
「やめよう。激情に駆られて業を重ねるなど、もりこりごりだ」
「……………………」
「あいつ、な。こと切れる前に、言っていたよ。『置いていかれたくなかった』、と」
羿は思い出す。
息子の胸に突き立った、己が放った矢を。
「あいつは、蓬莱の薬の詳細を知らなかった。自分を置いて、私と君が天に帰ってしまうと思ったんだろうな」
あまり素行の良くない息子に、苛立った時もあった。
息子が妻を殺したと知らされた時は、まさかという思いとあいつならという思い、その両者で頭の中がぐちゃぐちゃになった。
そして息子を討つと見当違いの覚悟を決め、実行に移し、最後に見たのは怯えるような、縋るような目だった。
「英雄扱いこそされていたが、私は決していい親ではなかった。君が天で身ごもり、地上で生まれた我らの子。だが地上に落とされたことで君ともギクシャクし、距離を置いて――そんな環境では、ひねくれて育つのも仕方のない話だ。……それでもこんな情けない親を、あいつなりに想ってくれていたのだろう。私は最後までそれに気づかず、その想いを裏切った。……本当に、惨い真似をしてしまった」
数千年越しに告げられた息子の終わりに、純狐は沈黙する。
「今思えば、アレがあの異郷の女神が言っていた……いや、責任転嫁だな。これは」
「……異郷の女神? 月の頭脳――八意永琳か?」
「いいや、君には言っていなかったか。地上に堕ちて少し経った頃、海のように青い髪の女神に出会ったのだ。まあ、太陽を墜とした仕返しだとかで穏やかな話ではなかったが」
「仕返し――」
「ああ、何でも今後の生の中で一度、路を違える呪いだと言っていたか。それが何時になるかは、お前次第だろうということも」
純狐の中で確信に近い推論が描かれるが、それを口にする前に羿が告げる。
「何にせよ、選んだのが私だというのは変わらない。自画自賛にはなるが、私は弓に関しては天賦のものを持っていた。鍛錬も重ねた。その弓で、多くのものを射た。敵を射た。太陽を射た。悪獣を射た。――最後に射たのは、己が息子だった。この上妻まで射るなど、御免だ」
「それが、お前の答えか」
「ああ、そうだ。――こうして、もう一度君に出会って話すことが出来て良かった。召喚主に礼を言っておいてくれ」
「自分の口で言えば良かろう――いや、その体は……」
純狐は気づく。
夫の体からキラキラと、粉雪のような光が舞い上がっていることに。
「退去の時間、という訳だ」
「お前は、それでいいのか。お前の最後は、無念の死だったはずだ」
「それでも、私の生の果てだ。生きて死ぬということは、まあ何もかもうまくいくということはないだろう。何、その無念も君と語らったことで、全てではないにせよ晴れた。果報者と言えるだろうさ、私は」
「……………………」
「残る願いは君の果てが笑顔で終えられることだが……死者があまり、生者の方針に口を出すべきではないか」
「出しただろうが、今」
「む、そうだったな。まあそんな事を願った男がいた、程度に覚えておいてくれ」
純狐にとって、二度目となる夫の看取り。
その最後に夫である男は、バツの悪そうな顔をしながらも意を決したように口を開く。
「純狐よ――最後にひとつ、頼まれてくれないか?」
「第二宝具発動――“嫦娥奔月”」
この日、幻想郷に住まう人々は見た。
天に向かってどこまでも、細長く伸びていく金の光を。
「嫦娥よ、見ているか」
純化の力にてその潜在能力を引き出された羿の霊基は、退去寸前と言うこともありその力に耐えきれず、宝具の発動と共に消滅した。
その光景を見送った純狐は、天を――月を仰ぐ。
「アレで良かったの?」
佇む純狐に、声がかかる。
振り返らずとも、知己である女神だと分かる。
「嫦娥への当てつけくらいにはなるだろうさ。――それよりも、夫が礼を言っていたよ」
「あら、そうだった? 恨み言の一つも言われると思っていたけど」
女神――ヘカーティアは苦笑するように肩を竦める。
「あなたも、私に対して言いたいこと、聞きたいことが色々あるんじゃない?」
「そう、だな――思えばヘカーティアよ。初めて会った時から、お前は私に対して親切だったな。それはお前が、私に対して――いや」
純狐はヘカーティアに向き直り、挑発的な笑みを浮かべる。
「言葉にするのは無粋――とまでは言わないが、言葉だけでは語り尽くせぬものもある。郷に入っては郷に従え――ここは、幻想郷流でいかせてもらおう」
「あらあら、そういえばあなたとちゃんと弾幕勝負をするのははじめてね。せっかくだし、何か賭ける?」
「賭け、か――ならば私が勝ったら、改めて友達になってもらおうか」
「なるほど、先に言われちゃったわね。じゃあ私が勝ったら、改めて友達になりましょう」
「何とも、賭け甲斐の無い話になってしまったな」
「でも勝ち甲斐も、負け甲斐もあるでしょう?」
「違いない」
仙霊と女神は笑い合い、宙に浮く。
幻想郷の空に、花が咲く。
それは花というにはあまりにも凶悪で美しかったが、語らうように、奏でるように幻想郷の空を染め上げていった――
華美な装飾に彩られ、生活に不便の無い部屋。
月でもっとも豪華な幽閉所。
碌に変化も音もない空間に、小さな音が鳴る。
「?」
女が顔を上げれば、一本の矢が床に突き刺さっている。
それは月の都の誇る厳重な防御網と警戒網をすり抜け、当然のように最深部であるこの部屋にまで辿り着いた矢。
しげしげとその小さな矢を見つけ、女は気づく。
矢に紙と一本の金の髪が結われていることに。
ああ、そういえば――
遥かな昔、こうやって恋文を送ってきた男が居たなと、女は思い出す。
女は久方ぶりに体を動かし、畳まれた紙を解く。
中には急いで書きなぐったような、短い文章。
その一文一文に、時間をかけてゆっくりと目を通す。
やがて読み終わった文を畳み、胸に抱く。
女は部屋の一方に視線を向ける。
そこにあるのは窓もない壁であったが、その遥か先には地上があった。
「……ええ、見ているわ」
小さく、小さく紡がれた言葉は、吸い込まれるように消えていった。
○純狐
真名:喪失
本作においては、月の女神嫦娥より分かたれた、母や妻といった要素を主体にした名付けられなかった分霊。
嫦娥によって不要であると切り棄てられた末、自然発生した新たな自我。
母や妻として家族に対する愛情を持っていたものの、直後に起きた事件により怨みへと反転し、純化した。
分霊として独立当初は現在より気性が荒かったものの、後に出会った女性の境遇に共感し、彼女の復讐に手を貸した。
当時名前のなかった仙霊を不遇に思った女性は己が氏族の名を譲り渡し、以降純狐と名乗っている。このことが関係しているのか気性の荒さは落ち着きを見せ、宿敵以外に対してはだいぶ大人しくなった。
○嫦娥奔月
羿の第二宝具。
本来は妻である嫦娥の宝具であるが、羿の逸話の中に内包されているためか限定的に使用可能。
効果としては短時間の不老不死化、神代回帰、その後の地上からの退去までがセットになっている。
――なのだが、今回は嫦娥が月に昇った逸話の再演として使用。
純狐の髪を結いつけることで矢を嫦娥に見立て、月へと射る。
その矢は嫦娥の足跡をなぞる様に、彼女の元へと届くだろう。
共に届いた文の中身は、彼と彼女のみが知る。
いいですか、落ち着いて聞いてください。
貴方が眠っていた約1週間。
東方では新作の獣王園が発表され、
FGOではティアマトとドラコーが実装され、
刀剣乱舞ではチェイテピラミッド姫路城が乱立しました。
特に最後はナンデ?
あとドラコーガチャは爆死でした、南無三。
という訳で(?)、番外編19はこれにてお終いになります。
東方原作からして二つの逸話を統合された純狐というキャラクター。
色んな意味で扱いの難しいお方ですが、そこは二次創作らしくいかせてもらおうと。
いずれ原作で詳細が判明することもあるかもですが、
こういう解釈もあるのだと言うことでひとつ、お納めを。