美鈴に案内され立香たちは人里に辿り着き――そのまま通り過ぎて、一先ずは里付近にある幻想郷唯一のお寺である“命蓮寺”へと向かっていた。
『最初はクロスロードが繋がった紅魔館に、聖杯と同調している“ナニカ”があると思っていたんだけど、残念ながらそれらしいものはなかったからね』
スクリーンに映ったダ・ヴィンチちゃんに対し、マシュは頷いた。
「はい。同調先も、聖杯によく似たものである可能性が高い――ということでしたよね」
『うん、同調するなら同調するなりに、理由がある。“類似”――魔術においては基本中の基本だけど、似ているモノ同士は互いに影響し合う』
「だから聖杯の同調先も、同じように高い魔力を秘めた礼装である可能性が高いってことだね」
『よくできました、マスター君!』
「なるほど、それで命蓮寺の“宝塔”を確認するという訳ですね」
美鈴がポンと手を叩く。
『高い魔力を秘めたモノ――っていう条件だけだと大雑把過ぎるけど、闇雲に探し回るよりはいいさ。それに聞いたところによると、命蓮寺の本尊は毘沙門天の代理人だとか。宝塔が違っても、財宝神としての側面も持っている者なら、何かそれらしいモノの情報を持っているかもしれない。まあ正直どっちも希望的観測だから、あんまり期待し過ぎないように』
「了解です、ダ・ヴィンチちゃん。――? あれは……」
何かに気付いたかのように視線を移動させるマシュ。立香もその先を追ってみれば、そこには見知った戦国武将の姿が。
「ノッブ! 景虎さんも!」
「おやマスター、奇遇ですね」
笑顔で振り向いてきたのは、再現された戦国の世で出会ったサーヴァント・長尾景虎。
隣に並び立つのは、同じ時代を生きた戦国武将・織田信長。
二人は足を止めて美鈴と自己紹介を交わし合い、目的地は同じということで同行することになった。
「あの、お二人は何故命蓮寺に?」
「ええ、何でもこの先には毘沙門天の代理人がいらっしゃるとか。平行世界とはいえこの長尾景虎、毘沙門天の化身を自負する身としては挨拶しておかねばと」
なるほど、納得できる理由であった。
「わしはアレじゃ。ついさっき口にするのも憚られる恐るべき事態に遭遇してしまっての。先の仮想戦国の一件も相まって、さすがに何か悪いものに憑かれているんじゃないかと疑わざるを得ん。徳の高い僧がいると聞いたから、厄落としでもしてもらおうかと思っての」
なるほど、まるで納得できない理由であった。
「あの……お言葉ですが信長さんとお寺の相性は、あまりよろしくないのではないかと」
なんせ経歴を考えたら寺を焼いたり、焼かれたりな人物である。
「うわっはっは、聞けば妖怪だらけの妖怪寺。ならばそこらの仏閣とは勝手は違おうよ。どんなイロモノ寺か興味もあるところだしの。それに里で出会った仙人から、寺相手の火攻めの極意を伝授するよう頼まれたんじゃ。その下見も兼ねておる」
「ノッブ、ステイ」
「そ、そう言えば沖田さんはどうされたんですか?」
よく信長と行動を共にしている、相方とでもいうべきサーヴァントの姿をない事にマシュは疑問を呈する。
「小学生のツレションじゃないんじゃ。四六時中一緒におるわけではないわい。――あの人斬りなら、なんでも水着の為に断イベして願掛けするそうじゃ。正直夏までの期間が短すぎて、効果ない気がするんじゃが」
「断イベって、沖田さんそこまで追いつめられて……」
「サーヴァントって、やっぱり悲しいお仕事なんですね……ちなみにどなたに願掛けを?」
「メジェド様」
ぐだぐだな話題が飛び交う道中、突如墓石の影からアンブッシュ!
「おどろ――」
スチャッ、ガチャッ。
飛び出てきた緑っぽい妖怪に対し、景虎が長刀を首元に添え、信長は火縄銃を額に押し当てた。
舌を出した顔のままフリーズする妖怪。
「ふむ、据物斬りへの志願とは感心な心掛けです」
「わしは戯れは許すが侮りは許さん。処す? 処しちゃう?」
「えっと、二人ともその辺で――」
「し、失礼しました~……」
そそくさと墓場の影にフェードアウトしていく妖怪。
景虎と信長はそれを見送った後、何事もなかったかのように歩みを再開する。
その背中を見つめていたマシュが、ポツリと一言。
「ちょっとビックリしましたけど、お二人のおかげで吹き飛んでしまいました」
「小傘さん、惜しかったですね……」
美鈴は哀愁のこもった目を消えていった影へと向けた。
◇
そこからは特に何事もなく命蓮寺に到着することができ、目的の人物と面会を果たすことができた。
「はじめまして、私は命蓮寺の本尊を勤める寅丸星と申します」
「あなたが毘沙門天の代理人、なのですね?」
「ええ、まだまだ修行中の身ではありますが、その責務を授かっています。あいにく、住職の聖は所用で留守にしているのですが……」
「また里への出張説法ですか?」
「いえ、美鈴さん。実は先刻訪ねてきた男性と、つーりんぐ? とやらに。数少ない趣味なので、しばらくは戻らないでしょう」
「幻想郷にもバイクがあったんですね。人里の様子を見る限り機械文明に依存している様子はなかったので、意外です」
「そこは紆余曲折ありまして……ところで本日のご用件は?」
立香の頭に浮かんだのはゴールデンな姿だったが、その隣で景虎が一歩前に出る。
「初めまして、私は長尾景虎と申します」
「長尾……その名前は確か――」
「上杉謙信、の方が通りはいいかもしれませんね。正直私としては、そちらの名の方が強く後世に残っているのは意外でしたが。毘沙門天の化身として、代理人たるあなたに是非ご挨拶をと」
にこやかな景虎に、星も笑顔を浮かべる。
「なるほど、殊勝な心掛けですね。巫女たちにも見習わせたいくらい。同じ神に仕えるものとして、こちらからもよろし……ん? んんん? 毘沙――門天?」
「はい!」
「む、むむむむむ……?」
景虎の顔――というよりその背後を見て、大きく首を傾げていく星。
景虎自身は相変わらずの笑顔で見守っているが――
「のう、越後の龍」
「何ですか信長。かしこまって」
「いや、このタイミングで言うのもどうかと思うのじゃが、お主の毘沙門天云々――ぶっちゃけ自称じゃろう? 流石にマジモノ前にして言うのは痛くないか?」
「――――――」
か げ と ら の え が お が こ お っ た。
「の、ノッブ……」
「いやマスター、そんな目をされても、正直この空気に耐えられなかったというか。そこの代理人を見てみろ。首を傾げすぎてそろそろ180度いきそうじゃぞ」
「星さーん!? ちょっと乙女としてどうかと思うビジュアルになってるんで、首戻してください!? 信者の方が見たら引きますよ!」
「むむむー?」
星の頭を掴んでマニュアルで元の位置に戻す美鈴。
そんな光景の傍ら、景虎が肩を震わせる。
「わ、私だって……」
「ん?」
「私だって、一応悩んだんですよ!? 3分くらい考え込んで、正面から堂々勢いで乗り切ろうと決意したのに――!!」
「判断早い!?」
「景虎さん、さすがは戦国武将ということでしょうか」
立香の驚愕とマシュの感心など知らぬとばかりに、景虎は言葉を叩きつける。
「大体! あなたも! 人のこと言えないでしょーが!!」
「え、わし?」
「知ってるんですよ!? 時々カーマが凄く訝しげな眼であなたのこと見てるのをっ! あなたの第六天魔王こそ自称じゃないですか!」
「ぐさりと刺さるブーメラン!? いや、わしの場合もとは信玄の奴との売り言葉に買い言葉じゃしそっちほど自意識高くないというか……まあ思いのほか気に入ったんで度々使ってはいたが、まさか後世でここまで有名になっておるとはのう。ぶっちゃけ対神性スキルになるとか、わしが一番びっくり」
「あ、それは確かに。ただの人間だったくせにとは思いましたが――って一息の間に話を変えるとはっ!? やはり侮れない相手ですか……」
お目目がぐるぐるなり始めた景虎に、信長はドウドウと声をかける。
「まあまあ少し落ち着け。サーヴァントデビューに失敗した新人みたいな顔しおって。ほら、厠行く?」
「その話度々振ってくるのやめません!? 噂になったら恥ずかしいでしょう!」
「いや、噂も何もw〇kiに載っとるし」
「ウィ――なんです、それ?」
「電子辞書。ネットにさえ繋がれば、世界中誰でも見れる」
「え……うそ、そんな――ま、マス、ター?」
立香は目を逸らした。
「かはっ」
「吐血っ!? 景虎さん、しっかりしてください! それは沖田さんの持ちネタです!」
「うん、マシュも落ち着こうか」
「有名になるって、大変なんですねぇ」
美鈴は一連の流れを目の当たりに、しみじみと呟いた。
「うう、生前の私の不摂生が恨めしい……」
「景虎さん――今からでも間に合います! エミヤ先輩や紅閻魔女将にも相談して、食生活の改善を――」
「いくら飲み食いしても大丈夫なサーヴァントの体って、素敵ですよねっ!」
花の咲くような笑顔。
まるで反省していない軍神ちゃんなのであった。
そして、その肩に手を置く者が――
「わかります。体を壊すほどは論外としても、闇雲に耐え忍ぶこともまた体に毒。要は節度を守ればよいのです――たまに羽目を外しちゃうこともあるかもしれませんが、きっと毘沙門天も許してくれます」
「星さん……」
「あなたのルーツが何であろうと、その信仰心は紛れもなく本物。改めて、よろしくお願いします」
「――! ええ、こちらこそ!」
がっつりと握手を交わす毘沙門天の化身と代理人。
「いい話風に見えるけど、あれって要するに飲兵衛同士の意気投合なんじゃ……」
「ノッブ、し~」
藪をつついて蛇どころか虎と蟒蛇のキメラを出す必要もあるまい――立香はそう達観した。
「それではこの出会いを記念して、ちょっと寺の裏の方で般若湯の味見でも――」
「し、星さん! その前に少しよろしいでしょうか?」
「はい?」
そのまま景虎と立ち去りそうだった星を、マシュは慌てて呼び止めて事情を説明する。
「――という訳で、是非とも宝塔を確認させていただきたいのですが」
「なるほど、事情は分かりました」
しかし星は申し訳なさそうな笑みを浮かべつつ――
「宝塔は毘沙門天から授かった神宝――残念ながら、そうやすやすとお見せするわけにはいきません」
「そこを何とか――」
「落ち着いてください。少し準備が必要なので、時間を貰いたいと言っているのです」
「そうなのですか――それでしたら仕方ありませんね。いつ頃お伺いすれば?」
「いや、別にいいじゃないか。見せてあげれば」
二人の会話に口を挟んできた、新たな声。
「鼠っ子……」
「初めまして、お客人方。私はナズーリン、そこの代理人の――まあ付き人みたいなものさ。それでご主人、何を勿体ぶっているんだい? 別に準備とかないだろう」
「え、ええと……」
ぎこちない笑顔になる星。心なし、汗ばんでいるようにも見える。
「別に弾幕ごっこでも普通に使っているんだし、隠すものじゃないだろう。むしろ毘沙門天の代理人としての象徴みたいなもので――」
「そ、それがですね……」
「え、なんだいその反応。――まさかまたいつぞやみたいに、なくしたとか言わないだろうね?」
し ょ う が え が お で か た ま っ た。
「おぉいぃ!? マジか! マジなのかい!? 一度ならず二度までもっ!? その頭の中には何が入っているんだ!?」
「あっ、私妖怪なので、別に脳みそでモノを考えている訳じゃあ――」
「皮肉だよ! 察してくれっ!? まったく……普段はしっかりしているくせにここぞという時大ポカをやらかすんだから!」
そのフレーズに、立香はカルデアの女神たちを連想してしまった。
天空の女主人と、冥界の女主人を――
「ああすまないお客人方。今からちょっと忙しくなりそうなんで、今日の所はお引き取り願えるかな?」
「探すの、手伝おうか?」
「ありがたい話だが、そこまでさせる訳にはいかないさ。でももしどこかでそれらしいものを見つけたら、知らせてくれると助かる。ああ門番さん……このことは是非、紅魔の主には内密に」
「聞かれない限りは、答えませんよ」
「……その辺りが妥協点か。すまないね」
「いえいえ、早く見つかるといいですね」
「う~ん、ぐだぐだじゃのう」
◇
――時は少し遡る。
「この先が日本の地獄というやつね! ……それにしても、賑やかなのだわ」
冥界の女神・エレシュキガルは中有の道に降り立った。
数々の屋台に気を取られそうになるが、ぶんぶんと首を振るって誘惑を振り払う。
「ここの地獄は、最新の運営体制を敷いていると聞いたわ! 見学させてもらえば、今後の冥界運営のためになるはず。 ……花を咲かせる妖怪の方も気になったけど、今回はこちらを優先。いざっ!」
その足取りからしばしの時が経ち――
「それで、参考にはなったでしょうか?」
幻想郷周辺を管轄とする閻魔・四季映姫・ヤマザナドゥは業務に一息付け、金色の髪を持つ赤い希人に話しかけていた。
「そうですね。私の冥界とは体制が違い過ぎるのでそっくりそのままとはいきませんが、今後の運営を考えるというか、将来的なビジョンを描くという意味ではとても参考になりました」
はきはきとした物言いに、映姫はコクリと頷く。
「それは何よりです。遠い異郷から見えた同業者に、何の成果も上げさせられなかったとなれば地獄の名折れ。安心しましたよ」
「こちらこそ、忙しい中急な訪問を受け入れてくれて感謝しています」
「どういたしまして。ところでよろしければ、そちらの冥界の情勢や今後の展望を聞かせていただいても? 第3者的な視点からだと、何か見えてくる問題もあるかもしれませんし」
「そうね……」
エレシュキガル少し考え、ポツリと呟く。
「やはり目下の課題というか、数千年間ずっと考えているんだけど、どう考えてもマンパワー不足なのだわ」
「人手不足、ですか。なるほど、人が増えて組織が大きくなれば、また人手が足りなくなる。いたちごっことでもいうべきことなので、どんな組織でも往々として起きる問題ですね」
「こっちでも地上の人はどんどん増えてるんで、しっちゃかめっちゃかですからね~、映姫様」
たまたま居合わせた死神・小野塚小町も横から口を挟んできた。
「今や地上は人口70億時代――いやぁ~、増えに増えたというか。その内どっかで大きくパンクするんじゃないかと、世界中の死後勢力はハラハラしっぱなしですよ」
小町の言葉に、映姫は頷く。
「ええ、閻魔庁もかつては閻魔10人体制だったのですが、それではとても手が回らず私のように新たな閻魔が何人も生まれました。ちなみに、そちらの冥界ではどの程度の人数で業務を――?」
「――なのだわ……」
「? 失礼、小声でよく聞き取れなかったのですが?」
「わたしっ! 一人なのだわっ!」
第3者的に見ずとも問題しかなかった。
がっくりとうなだれるエレシュキガル。映姫と小町は無言で顔を見合わせた。
「何千年経っても誰も応援に来ないしっ! 頼れと言われた神格はどんどん権能を失って零落していくし! かといって生まれた時からずっと冥界にいるから、誰かに頼ろうにも大した伝手もないのだしっ!」
「えっと、それはその、なんというか……」
「――ハッ! 失礼、取り乱したのだわ。と、ともかくわたしも冥界の女主人! まるで解決の兆しが見えない問題だけど、きっと何とかして見せるのだわ!」
決意を新たにするエレシュキガル。そんな彼女に、小町がおずおずと声をかける。
「えーと、ちなみにそんな状態で休みとかは……」
「? 魂は毎日来るのだから、冥界のお仕事に休みなんてないわ。あっ、この霊基はサーヴァントとして現界しているけど、本体はちゃんと冥界でお仕事中だから安心してほしいのだわ!」
「映姫様も大概のワーカーホリックだと思っていたけど、こりゃ極まってるというか……」
「……失礼、エレシュキガルさん。今夜時間をいただいても?」
「え? ええ。今日のことをレポート化して本体に送る予定くらいしかなかったですし、それは別に明日でもいいから」
「そうですか――ちょっと失礼」
そう断りを入れ、映姫は黒電話の受話器を取る。
「もしもし、わたしです。突然で済みませんが、今晩仕事を変わってもらっても? え、『明日槍が降るんじゃないかって?』。新しい地獄の考案ですか、それ? ――ええ、ではそのような手はずで」
「ええっと?」
突然の通話に、不思議そうな顔になるエレシュキガル。
「小町。今日はもうあがって構いません。代わりに……」
「ええ、店の方はとっておきますよ」
「頼みます。仕事でも、それくらい察しが良ければいいんですけどね。さて、エレシュキガルさん――」
そう言って閻魔は、女神に微笑みかけた。
「今晩は、飲みましょう」
〇長尾景虎
越後の軍神ちゃん。生まれながらの超人気質。毘沙門天の化身を名乗っているのだが――
名前繋がりか猫属性あり。ニャー!
〇寅丸星
虎の妖怪で、毘沙門天の弟子にして代理人(正式)。ちなみに不飲酒戒という教えがあってですね……
“物をよくなくす”“うっかりさん”という無辜の怪物持ち。でもノルマならば果たさねば!
〇沖田総司
言わずと知れた新選組一番隊隊長。増殖を見せる相方に焦りを隠せず、水着実装へのプレゼンを繰り返す日々。その望みが叶うかは、運営のみぞ知る。
「オルタ? いえ、あの子もうなんか完全に別キャラじゃないですかヤダー!」
〇エレシュキガル
冥界の女主人。地の底の赤い天使。作者の財布も冥界に送られた。
一縷の望みをかけた福袋は、2回連続エルキドゥ。ウルクのランサーな辺り惜しい。
ここまで来ないとなると、誰かが運命を操作しているとしか思えない。FGOあるある。
????「風評被害で提訴する」
〇四季映姫・ヤマザナドゥ
幻想郷担当の閻魔の片割れ。もう一人は不明。地蔵から昇進した。
「あなたの罪(ガチャ回転数)を数えなさい」
「それでもッ! 回したいガチャがあるんだっ!」
〇謎の邂逅
「ノブのノブ?」
「ゆっくりしていってね!」