落枝蒐集領域幻想郷   作:サボテン男爵

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落枝蒐集領域幻想郷 その7

 景虎は結局『放っておけない』と宝塔探索を手伝うことになり、ノッブもそれに付き合うことにして星たちと行動を共にすることになった。

 命蓮寺を後にした立香たちは、一旦人里へと取って返す。

 

「とりあえずもういい時間ですから、昼食にしましょうか」

「そうですね。美鈴さん、何処かお勧めの店などはありますか?」

「残念ながら、わたしはほとんど紅魔館で過ごしていますからね~。外食となると、ほとんどが宴会ですし」

 

 立香は食事処を探そうと辺りを見渡す。

 基本的な家屋は木造平屋。行きかう人々は基本的に着物。

 現代育ちの日本人としては、“まるで映画のセットのようだ”とも感じる。

 もっともそれで片づけるには染みついた生活感が強すぎるし、立香自身レイシフトで様々な時代の日本に赴いているので慣れた光景ではあるのだが。

 

「さすがにちょっと見られるね」

「お二人とも珍しい格好ですから。マシュさんは特に」

「オルテナウスは優秀な装備なのですが、町中に溶け込むには無理がありますからね……」

 

 どこか近未来的な風情のある装甲服に、身の丈ほどもある巨大な盾を軽々と扱う少女。

 目立たないわけがなかった。

 

「美鈴さんも、ほとんど紅魔館にいるって言った割には時々知り合いがいるみたいだけど」

「あぁ、たまに人里から手合わせに来る人がいるんですよ」

「吸血鬼の館に、ですか? 先ほどの命蓮寺からしても、人と妖怪の距離というのは意外に近いのでしょうか?」

「そうですね……基本的に人里は人のものという不文律ですが、暴れない限りは妖怪が入り込んでも深くは追及しないというのが暗黙の了解みたいです。わたしたちが紅魔館と一緒に幻想入りする前の時代には、もっとピリピリしていた時期もあったと聞きますが――弾幕ごっこが出来てからは、垣根は更に低くなったようですね」

「なるほど、あの決闘方式にはそんな意味もあったのですか。考案した博麗の巫女という方は、さぞ思慮深く聡明な人物なのでしょうね」

「……………………いえ、多分たまたまというか……あっ! あそこで食事にしましょうか!」

 

 不自然に話を切られた感があったが、美鈴が見つけた食事処に一同は入っていく。

 人影はまばらで、親子連れ、仕事の休憩中と思しき男性、巨大な人魂を連れた少女、その隣には華やかな衣装を身にまとった見覚えのある女剣士――

 

「って武蔵ちゃん!?」

「え、立香君!?」

 

 すすっていたうどんの丼からばっと顔を上げた女性――宮本武蔵が目を丸くしている。

 もっともその際汁が飛んで、隣のボブカットの少女が迷惑そうにしていたが。

 

「驚いた……これも合縁奇縁というやつですか」

「お知り合いで?」

「うん、前に話したカルデアのマスター君よ。妖夢ちゃん」

「ほう、彼が――」

 

 何故かじいっと顔を見つめてくる少女

 

「えっと、なにか?」

「――失礼しました。わたしは魂魄妖夢。冥界の西行寺家で剣術指南役と庭師の役職についています。武蔵さんほどの剣達者と共に数多の死地を潜り抜けたと聞いていたのでその、実物を見てちょっと拍子抜けしたといいますか」

「アハハ、素直ねぇ妖夢ちゃん」

「あ、え、いえ、今のは別に愚弄するつもりとかそういう訳では……あっ、一緒にごはん食べますよね? わたしはもう行くので、席をどうぞ」

 

 そう言って慌てたように立ち上がる妖夢に、立香は声をかける。

 

「別に一緒でもいいけど?」

「お言葉はありがたいですが、あんまり人里に居続けると閻魔様に怒られますので。では武蔵さん、お昼ご馳走様でした」

「うん、またね――とは立場上言いきれないか。幽々子さんにもよろしく」

「はい。では皆さま、失礼します」

 

 そう言い残すと、彼女は人魂と共に荷物を抱えて去っていった。

 そんな彼女の背を見送り、武蔵はポツリと零す。

 

「いや~、いい娘よね。妖夢ちゃん……器量よし、性格もよし、料理も上手。時々暴走しがちだけど、それも可愛らしいというか。はぁ、これで性別さえ逆なら最高だったんだけど」

 

 欲望駄々洩れな女剣士であった。

 

「でもね、わたしは最近こうも悟ったのです。即ち、“手には入らぬからこそ、美しいものもある”んだって」

「格好いいセリフだけど、もっと別の場面で使ってほしかった……」

 

 彼女の発言と現実との落差に肩を落としながらも、立ちっぱなしも何だったので武蔵と同じ卓を囲むことにした。

 

「お久しぶりです、武蔵さん。ロシア異聞帯以来ですね」

「うん、お久しぶり! その装備も、だいぶ慣れたみたいね?」

「はい、おかげさまで。あの時背中を押していただいてありがとうございました」

「アハハ、どういたしまして。あっ、とりあえず何か注文したら? おばちゃーん! わたしもうどんお代わり!」

「あいよー!」

 

 皆で注文を取り、お互いの近況を交換し合う。

 

「そっか、相変わらず険しい旅みたいね」

「武蔵さんこそ、今も一人で放浪を続けられているんですね。幻想郷にはいつ頃?」

「んー、10日くらい前になるかな。最初は冥界に流れ着いたから『わたしの旅もいよいよ終わりなのかー』なんて思いもしましたがビックリ! 普通に地上に出てこれるものなのね」

「その辺り、ウルクの冥界とちょっと似てるね。あっちも地下がそのまま冥界だったから」

「以前はここまで容易く行き来できるものじゃなかったんですけどねー。幻想郷に春が来なくなる異変が起こって、その時のごたごたで冥界との境界が緩くなっているんです。そのせいでよく幽霊たちも遊びに来るようになって……まあ人間たちは人間たちで、捕まえて冷房器具代わりに使っていたりするのですが」

「それは斬新な涼のとり方と言いますか……肝が太いのですね」

 

 美鈴の説明に、マシュは何とも言い難い表情になっていた。

 立香はというと、嬉々として幽霊レンタルを商業化するシバの女王の姿を幻視してしまったのだが。『この温暖化が進む夏、エコで長持ちする冷たい幽霊はいかがですか~?』とか。

 

「ところでそちらの美鈴さん、でしたか。相当に練り込まれた功夫とお見受けしますが……」

「アハハ、普段なかなか褒められることがないのでちょっと照れますね~。武蔵さんの方こそ、その若さで一つの境地に至っているご様子。これだから人間って怖いんですよね。妖怪が1000年かけて辿り着く場所に、100年足らずの人生で至ってしまいますから」

「いや~、それほどでも……あるかしら?」

 

 嬉しそうな顔で笑う武蔵。基本、おだてには弱い女性であった。

 

「わたし一人では、到底ここまでは至れなかったでしょうが。“数奇”としか言いようのない身の上ですが、人生万事塞翁が馬とはあなたの国のことわざでしたか。数多の世界を巡りに巡って、出会いと別れと戦いを繰り返し、その総仕上げとして立香君との下総国での七番勝負。その全てがわたしの血となり肉になっています」

「なるほど、良くも悪くも狭い幻想郷ではなかなかできない体験ですね。最近でこそ新たに入ってくる人外や異変も増えていますが、そも幻想郷では“少女であり続ける限り永遠”――でもそれは逆に言えば、永遠に完成も成熟もしないということなのかもしれません。永遠という心の余裕が、その足取りをどこまでも遅くする」

 

 美鈴の言葉に、武蔵は神妙そうに頷く。

 

「物事の良し悪しの話ですね。単純な二元論ではなく、表裏一体。行い一つとっても、メリットとデメリットがついて回る――わたし自身至ったはいいもののその後すぐに死んで、今度はサーヴァントの体でまたもや放浪者――極楽からも地獄からも門前払いされ、行きつく先は無間の果てか」

「行ってみればいいんじゃないですかね、無間の果て。あるいはあなたこそが、最初に“其処”に到達した者になるかもしれません」

「フフ、その考え方は前向きで結構! そうね、斬るべきものはもう一つあると思っていたけど、それが終わったら“其処”を目指してみるのも一興ですか」

 

 カラカラと笑う姿に、やはり笑顔の方が彼女には似合うと、立香も笑った。

 

「ところで美鈴さん、一つ手合わせなんていかがかしら?」

「武蔵ちゃん……もう“零”にはたどり着いたんじゃ――」

「それはそれ、これはこれ! わたしも剣聖の域に辿り着きはしたものの、まだカルデアの但馬の爺様のように“果て”は見ていません! だったらこの両腕が上がり続ける限りは、剣を振るいましょう!」

 

 例え腕が上がらなくなっても、何だかんだで剣を振り続けそうだなと立香は思ってしまった。文字通り、“剣に生き剣に死んだ人生”なのだ。

 

「それでしたら、一つ付き合って貰えればわたしも助かります。久々に剣の錆を落とそうと思いまして」

「ほう! 美鈴さんも剣士だったのですね。あれ? でも妖夢ちゃんは『周りに剣を振るう相手がほとんどいないから張り合いがない』とか零していたような」

「褒めてくれた相手もいなくなったので、永い事おざなりになっていたんですよ」

「……えっと、聞いちゃいけないことだったかしら?」

「いえいえ、ただちょっと元気を貰ったのでやる気が出たと言いますか――」

 

 そこからはしばし雑談を続け、食事を終え皆で店を出た。

 

「それじゃあ、また夜に!」

 

 武蔵は手を上げ去っていく。何でもこれから里の退治屋たちに、剣を教える約束をしていたそうだ。

 立香たちも行動を再開しようとするが――

 

「アレ? 先輩、あそこにいらっしゃるのは――」

 

 マシュの言葉につられその視線の先を追うとそこには――

 

                      ◇

 

「フ、フフフフフ……」

 

 押し殺したような、不敵な笑い。

 しかし興奮を隠しきれないかのように、段々とそれは大きくなっていき――

 

「アッ、アハハハハハハ!! 来ています……これは来ていますよ! このわたしの時代がっ!!」

 

 幻想郷では珍しい紅葉色のジャケットを着こんだ少女が、バッと両腕を広げる。

 

「大量に入り込んでくるイロモノ達っ! 溢れかえるネタっ! しかも彼らは人里を中心に行動している……まさに僥倖――否ッ、天恵ッ! ハ、ハハハ……ざまぁ見ろ! 御山に籠ったエリート気取りの老害天狗どもっ!! このネタの全ては、“里に一番近い天狗”たるわたしの総取りだー!!」

 

 見目麗しい少女ではあるのだが、いろいろ残念なことになっているというか……ぶっちゃけ不審者であった。

 

「あやややや、これはいけない。わたしともあろうものがはしたない声をあげてしまって。ともかくここでうまく立ち回れば、次の新聞大会では約束された勝利の筆というもの。ともかく迅速に取材を。いえ、カルデアとやらの責任者に接触するほうがいいですか――」

「おい、そこの女」

 

 捕らぬ狸の皮算用を続ける少女の耳に届く、威嚇めいた色が混じった言葉。

 とんと、少女がいた屋根の上に降り立つ影が一つ。

 

「おや、あなたはもしやカルデアの方ですか?」

「わたしはアタランテ。まったく、真昼間から大きな声をあげて……」

 

 厳密には、カリュドーンの毛皮を纏ったアタランテ・オルタである。

 

「これは失礼しました。ああ、わたしは社会派ルポライターの射命丸文という者です。ちょうどよかった、是非ともあなた方カルデアの取材の申し込みをしたいのですが――」

「うん、そういう話なら窓口を紹介してもいい。だがその前にまず、里から出てもらおう」

「……はい? 何故です?」

「お前の怪しげな笑い声で子供たちが怖がっている。人里は人外にも寛容だそうだが、それはあくまで“おとなしくしている場合”のみ。そもそも例え人間同士でも、不審者はお断りだそうだ」

「ふむ、なるほど事情は分かりました。道理の通ったお話、わたしは一旦退却させてもらいます」

 

 物わかりよく文は翼を広げると、一瞬で人里から離脱する。

 風のような速さで移動し、彼女は少し離れた場所で着地する。

 

「では着替えてから折り返しますか。こんな大事な時に現場から締め出しを喰らうなど記者の名折れ。宣言通り“一旦退却”したのですから無問題。ネタの海がわたしの帰りを待っている」

「やけに素直だとは思ったが、そんなところだろうとは思っていた」

「――っ!?」

 

 つい先ほど聞いたばかりの声に文がばっと振り向くと、そこにはいつの間にかアタランテ・オルタの姿が。

 

「あやややや、“幻想郷最速”たるわたしに追いすがるとは、なかなかのスピードのようで」

「おや、そうだったのか? 幻想郷で最速というのは、風に流される風船のことを言うんだな。勉強になったよ」

「椛の亜種みたいな見た目の癖に猪口才な……今のは温厚で知られるわたしもちょっとカッチーンときましたよ」

 

 不敵な笑いを見せるアタランテ・オルタに、文は目を細める。

 

「ともかく、今人里に戻るというのならわたしが阻ませてもらおう。お前は子供たちに悪影響だ」

「はぁ? 何様のつもりですか? 第一子供への悪影響云々だったら、あなただって人のこと言えないでしょう。なんですかその肌を露出した格好。あなたみたいなのが傍にいたら、絶対に性癖を歪ませますって」

「なあっ!? い、言ってしまったな!? わたしも現代に召喚されて薄々そうじゃないかと思いつつ、誰も指摘しないから敢えて流しておいた疑問をっ!」

「思考停止の八つ当たりをこちらにされても困ります! ともあれあなたが阻むというのなら、わたしはそれを越えていきましょう。地を這う獣風情が、わたしの翼に届くとは思わないことです!」

「甘く見るな! 今のわたしなら空だって駆けられる!」

「いいでしょう――手加減してあげるので、本気でかかってきなさい!」

 

 こうして幻想郷を股にかけた、壮絶な鬼ごっこは始まることとなる。

 ちなみにこの光景にたまたま出くわした“姫海棠はたて”の新聞記事は、なかなかに好評を博したそうな。

 

                      ◇

 

 一方その頃、幻想郷の“元”唯一の神社・博麗神社にて――

 

「おーい、霊夢~」

「なんだアンタか。今日は何の用?」

「相変わらず来客に冷たい神社だぜ」

 

 博麗の巫女たる博麗霊夢は、縁側にて別に珍しくもない客――霧雨魔理沙を迎えていた。

 

「いやちょっとな。なんか今日は見知らぬヤツをちょこちょこ見かけるんで、ひょっとしたら異変の予兆かと思ってな」

「そうね。わたしの勘は今日も一日、神社でのんびり過ごしなさいって言ってるわ」

「勘も陽気でうたた寝してるんじゃないか? ところで――」

「なに?」

「あそこで萃香のやつと酒盛りしてるの、誰だ? 角からして鬼っぽいけど……ってかスゴイ格好だな、アレ」

「さあ? なんかふらっとやって来たのよ。なんでも『妖気と神気と酒気に誘われて』って」

「アハハハハ! まさにこの神社を端的に表した言葉だな」

 

 お腹を抱える魔理沙に、霊夢は眉を顰めた。

 

「邂逅早々、『その真っ赤なおべべは妖怪の返り血なん?』とか言い出すのよ。きっと碌な奴じゃないわ」

「えっ、違ったのか?」

「わたしの巫女服は霖之助さん謹製よ。アンタだって知っているでしょ」

「そうだったな。『金も払って貰えない』って香霖がぼやいてたぜ」

「奇遇ね。わたしは『金も払わない金髪がいる』って聞いたわ」

「それはきっとアリスのことだな。ヒドイヤツだぜ。さて――わたしもちょっとご相伴にあずかってくるかな」

 

 そう言って鬼たちの元に行こうと立ち上がった魔理沙の首の裾を、霊夢がグイっと掴んで押しとどめる。

 

「ぐえっ。ちょ、なんだよ霊夢。お前の分も取って来いってか?」

「違うわ。自己責任だけど、あんた最近“妖怪の怖さ”ってやつを忘れかけているみたいだからね。ちょっと忠告」

「こりゃ珍しい。天すら恐れぬ巫女様が」

「明日のごはんがないのは怖いけどね。アレ、幻想郷でもあんまり見ないレベルの“魔性”ってやつよ。いつかの花火大会覚えてる? 物事の物差しが、完全に人間とは別物。近づくのは別にいいけど、一応気を付けておきなさい。山の天気と同じ――どう転がるかわからないから」

 

 そう言って霊夢は、スッと鬼の姿を見据えた。




〇宮本武蔵
 剪定された世界から転がり出たストレンジャー。通称武蔵ちゃん。
 “無空”の高みを求めて彷徨い、紆余曲折の果てサーヴァントとなる。
 それでも彼女の放浪の旅は終わらない――

〇射命丸文
 妖怪の山に住まう烏天狗。多分ライダークラス。あやややや。
 新聞記者であり、ネタを求めて今日も幻想郷の空を飛ぶ。
 組織の中に身を置くので、ストレスがたまることもあるのだろう。
 なお、彼女の新聞への世間の評価は――

〇博麗霊夢
 幻想郷の守護者。空飛ぶ巫女さん。きっとルーラー。
 神職者であるが、自分がいる神社の祭神の名さえ知らない。いいのかそれで。
 彼女の“空を飛ぶ程度の能力”は、物理的な飛翔のみならずあらゆるものからその身を浮き上がらせ、ある種の無敵状態となる。ふわふわと空を飛ぶその様は、地を歩き続けるしかない立香とは対照的。
 ただ仮に、“空”にすら届きうる異形ともいえる領域にまで達した剣ならば、彼女の身に触れることができるのかもしれない。

〇幻想郷では少女であり続ける限り永遠
 一説には、幻想入りした“永遠の17歳”とかいう概念が利用されているとも……

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