第19話 克服の時間
「イリーナ先生が師匠に認めてもらうための2人の勝負。烏間先生にもご協力頂きましょう」
「先生…あれ…」
「気にするな。続けてくれ」
今は丸太の上に乗ってバランスをとる訓練中。ゆるふわ女子の倉橋さんが、丸太の上でしゃがみながらある方向を指した。
狙ってる……狙ってるぞ。
「「「なんか狙ってるぞ」」」
その方向を見てみると、茂みでこちらを伺ってる殺せんせー、ビッチ先生、ロヴロさんの姿が見えた。
この状況はロヴロさんとビッチ先生による師弟対決のルールが関係しているらしい。
「ルールは簡単。イリーナ先生とロヴロ氏のうち、烏間先生を先に殺した方が勝ち! イリーナ先生が勝ったら…彼女がここで仕事を続ける許可をください」
「おい待て!なんで俺が犠牲者にされるんだ」
「烏間先生なら公正なターゲットになるからです。私がターゲットになっては…イリーナ先生に有利なように動くかもしれませんし、第一私じゃだ〜れも殺せないじゃないですか」
「くっ」
「使用するのは人間に無罪な対先生用ナイフ!期間は明日1日!どちらか先にこのナイフで烏間先生に当ててください」
なるほど、それで『殺せ』ってことか。
「互いの暗殺を妨害するのは禁止!生徒の授業の邪魔になっても失格です」
「なるほど…要するに模擬暗殺か。 いいだろう、余興としては面白そうだ」
ロヴロさんの方は乗り気なようだ。
「チッ…勝手にしろ!」
烏間先生はルールを聞くなり、扉の音を立て出て行ってしまった。
「フッフッフ。殺せんせー。なかなかできるなあの男」
「それはもう。この私の監視役に選ばれるくらいですから」
「あいつに刃を当てるなどお前には無理だイリーナ。お前に暗殺の全てを教えたのはこの俺だ。お前に可能な事、不可能な事。俺が全て知っている。この暗殺ごっこでお前にそれを思い知らせ、この仕事から大人しく降りてもらう。そして…誰も殺れない殺せんせーよ。お前を殺すに適した刺客、もう一度選び直して送ってやるさ」
ロヴロさんはそう言うと出て行ってしまった。
「………私をかばったつもり?」
「?」
「どうせ、師匠が選ぶ新たな手強い暗殺者より、私の方があしらいやすいと考えてんでしょ。そうはいくもんですか!!カラスマもアンタも絶対に私が殺してやるわ!!」
………………と、これが昨日の出来事だ。
「迷惑な話だが君らの授業に影響は与えない。普段通り過ごしてくれ」
苦労が絶えないな烏間先生は。
「今日の体育はこれまで、解散!!」
ありがとうございました、と号令が響き渡り、授業を終えた時だった。
「カラスマ先生〜お疲れ様でしたぁ〜♡」
え…?ビッチ先生…?どないしたん…?
「ノド乾いたでしょ?ハイ、冷たい飲み物!!」
絶対なんか入ってるよな…あれ。
「ホラグッといってグッと!美味しいわよ〜」
「おおかた筋弛緩剤だな。動けなくしてナイフを当てる……言っておくがそもそも受け取る間合いまで近寄らないぞ」
どうやら図星らしいな。なんかギクってしてたし。てか殺し屋なら悟らせるなっての。
「あ、ちょまって!じゃ、ここに置いておくから…あっ」
地面に置いた瞬間、ビッチ先生はコケてしまった。どうやったら屈伸運動でコケるのか。おそらくわざとだな。
「いったーい!!おぶってカラスマおんぶ〜!!」
「………ビッチ先生…流石に俺らだって騙せないですよ」
「仕方ないでしょ!顔見知りに色仕掛けとかどうやったって不自然になるわ!」
俺が起こしてやると、クワッと言ってきた。
「キャバ嬢だって客が偶然父親だったらぎこちなくなるでしょ!?それと一緒よ!」
「「「知らねーよ!!」」」
「まずいわ…師匠は凄腕…その気になれば一瞬でターゲットをやってしまうわ…」
「大丈夫です。きっとあの人では烏間先生を殺れませんよ」
「なんであなたにそんな事わかるのよ」
「おそらく格が違います。無警戒ならともかく、警戒している烏間先生なんてそうは殺れませんよ。それよりもビッチ先生…先生は確か授業で、『相性が悪いものは逃げずに克服する』とおっしゃいましたね」
「そうよ。それがなんだって言うの」
「先生の得意とする暗殺が通じない今、苦手な暗殺スタイルで勝負しないといけませんよね?」
求められるのは卓越した技の精度とスピードだ。それこそがビッチ先生の暗殺スタイルに最も欠くものであり、殺せんせーを殺すのに不可欠なものだ。
「先生がその課題を克服するために頑張ってた事は、知ってます。頑張ってください」
「あんた…なんで知って…?」
実はビッチ先生は、自分のスタイルが通じない時のための訓練を行っていたのだ。凛香と居残り訓練をしている時に、よく見かけるのだ。
やはりその努力こそが、彼女の殺し屋としての才能なのかもしれない。
(……ん?)
昼休みの時間。俺は凛香と射撃の訓練をしようと教室を出ると、ちょうどロヴロさんが教員室の前で構えていた。どうやら烏間先生の様子を伺ってるらしいな。
「凛香…ちょっと見ていかないか?」
その矢先ーーーロヴロさんが扉を開け放ち…教員室からはバンッと大きな音がなった。
俺たちの角度からは見えないので、走って教員室まで行くと…ロヴロさんが机の上で這いつくばっていた。
「熟練とはいえ年老いて引退した殺し屋が、先日まで精鋭部隊にいた人間を、随分と簡単に殺せると思ったもんだな」
その言葉を吐く烏間先生の表情は…まるで鬼だ。
あの怖そうな人がこうも一瞬でやられたのだ。
ビッチ先生が今日中に殺れるのだろうか。
「フッ…相手の戦力を見誤った上にこの体たらく、歳はとりたくないもんだ」
どうやらロヴロさんは手を怪我したらしい。ひどいあざだった。
「戦力差を見極め…引くときは素直に引くのも優れた殺し屋の条件なのだ。イリーナにしても同じこと。殺る前に分かる。あの男を殺すのは不可能だ…どうやらこの勝負引き分けだな」
ロヴロさんの言う通りかもな。なぜか烏間先生はやたらやる気を出してるし。
だが…そう思っていないタコがいるようだ。
「そうですか…あなたが諦めたのは分かりました」
殺せんせーはそう言ってイリーナ先生の肩に手を置いた。
「ですがあれこれ予測する前に…イリーナ先生を最後まで見てください。経験があろうがなかろうが、結局は殺せた者が優れた殺し屋のなんですから」
まさに殺せんせーらしい言葉だな。
「フン…好きにするがいい」
そう言ってロヴロさんは教員室を出て行くのであった。
「ビッチ先生」
俺は師匠にきつめの言葉を言われて俯いていたビッチ先生を呼びかけた。
「ビッチ先生の力を見せてあげてください。烏間先生に、師匠に、何より俺たち生徒に」
俺の言葉に殺せんせーも同意するように、にっこりと笑うのでであった。
その後、時間も微妙だったので、昼休みの訓練は中止にして俺たちは教室に戻ることにした。
「あ、遠山君!見てみてあそこ」
席に着くと、神崎さんが寄ってきて、窓の外を指した。
「ああ…烏間先生よくあそこでご飯食べてるよな」
「その烏間先生に近づいてく女が1人」
今度は凛香が言ってきた。なんか神崎さんを少し睨んでいるのは気のせいだろう。
そんなことより…やる気だなビッチ先生。
「ナイフを持ってる…どう思うキンジ」
そう言いながら根本さんも椅子を寄せてきた。うん…とりあえず今思うことは女子離れてくれない?
「正面からいっても烏間先生には通じなのは承知のはずだよな…だから結局は…」
俺が言いかけると同時にビッチ先生はジャケットを脱ぎ出した。やっぱり、色仕掛けか。
しょせんこの程度…と烏間先生も、みんなもそう思うだろう。
見せてやれビッチ先生。あなたの努力を。
「じゃあ、今そっちに行くから待っててね♡」
そう言ってビッチ先生が木の裏に回り込んだ瞬間ーーー
脱いだ服が引っ張られ、見事、烏間先生の足をとった。
これは…ワイヤートラップ。
烏間先生も予想外という表情で、倒れている。その隙を見逃さず、ビッチ先生はマウントをとった。
つまり、倒れている烏間先生に対し、馬乗りの状態…圧倒的優位な立場だ!
ビッチ先生が勝った、おそらくみんな、本人でさえもそう思っただろう。
だがしかし…
(……甘い……)
勝ちを確信してナイフを振り下ろすが…簡単に烏間先生に手首を掴まれ止められてしまった。
「!」
ビッチ先生万事休す…と思ったが…意外にも烏間先生が力を抜き、ナイフに当てられてしまった。
その瞬間、教室は大歓喜。
烏間先生が諦めたからとは言え俺も少し嬉しくなってしまった。
苦手なものに一途に挑んで克服して行く彼女の姿。俺たちがそれをみて挑戦を学べば、1人1人の暗殺者としてのレベルの向上に繋がる。
だから、殺せんせーを殺すなら彼女はこの教室に必要なのだ。
「良かったですね!ビッチ先生!」
「あ…遠山っ…!」
俺を見るなりビッチ先生は頰を赤らめて、恥ずかしそうにした。
どうしたんだ?いきなり。
「今回はあなたのおかげで勇気が出たわ。ありがとう。また、あなたには助けられたわ…」
そう言ってぎこちなく笑って見せた。
(うおっ…この笑顔は反則…)
作り笑顔でも魅了するのだが、ナチュラルなこの笑顔は…予想以上に可愛かった。
俺が照れていると、キラッと鋭い視線を感じた。根本さん、神崎さん、矢田さん、あと、凛香。他にもいた気が…?
まあいいや。これにて一件落着ーーーと。
速水さんはこれから急成長します。