第28話 円陣の時間
「お、来たか女子」
ベンチの後ろに片岡さん率いる女子が来た。どうやら女子は終わったようだ。
確かバスケットボールだったよな。結果はどうなったんだろうか。
「凄い!!野球部相手に勝ってるじゃん!!」
女子はテンション高く、そんなことを言ってくれる。
「おいキンジ!男子もやるじゃねーか!」
根本さんも、手をメガホン替わりにして可愛く男口調で言ってくる。
「あーまあ、ここまでは」
「なんだよ、ここまでって」
見てもらったほうが早いと思い、俺はグラウンドを指さす。根本さんの視線もそっちへ向くと、納得した様子だった。
「なるほど・・・1回表からラスボス登場ってわけ」
理事長からすると、ここで俺たちを勝たせてはいけない。
俺らの目には自信が漲りつつある。それでは良くない。『やればできる』と思わせてはいけない。常に下を向いてもらわねば、と思ってるはずだ。
秀でるべきでない者たちが秀でると・・・理事長の教育理念が乱れるからな。
理事長はマウンドに生徒を集めて、何かを話している。
そして円陣を組んだ後、野球部全員の目つきが変わっていた。
「「「なッ!」」」
そして驚いたことに、外野手も全員内野にやってきた。内野手は超前進守備と言ってもいいくらいだ。
「ダメだろあんな至近距離で!!目に入ってバッターが集中出来ねぇよ!」
と、岡島が文句を言うがルール上、フェアゾーンならどこを守っても自由だ。審判がダメだと判断すれば別だが。
(・・・審判の先生はあっち側だ、期待できない)
目つきを変えた野球部の前に、あえなく俺らは三者凡退に終わった。
進藤は完全に復調だな。
ベンチに戻った進藤に対し、理事長は何かをささやいている。
あの男もまた教育の名手だな。生徒の顔と名前をよく覚えていて・・・教えるのもやる気を引き出すもの抜群にうまい。
うちのタコと理事長のやり方はよく似ている。なのに何故、教育者としてこうも違うんだろうか。
選手とし出ているにも関わらず、この2人の采配対決に興味がわいてきた。
一回の裏となり、俺らは守備についた。ピッチャーはもちろん、杉野だ。
ちなみに俺はファーストだ!
バシィ!
「ストライーク!バッターアウト!」
それにしてもすごいな杉野は。進藤の前にエースをやっていただけあるな。特にカーブボール。なんて曲がり具合だ。今度教えてもらおう。
俺らは打撃に時間を注いだ分、守備はかじる程度にしかやっていない。平凡なあたりならまだしも、強いあたりがきたらまず取れないだろう。暗殺で鍛えているとはいえ、守備は完全に努力がモノを言うしな。
「ストライーク!バッターアウト!チェンジ!!」
「「「おおお!!」」」
杉野は鋭い変化球を活かして三者三振だった。この光景に、E組のベンチにいる男子と応援席にいる女子から歓声が聞こえた。
さすがだ杉野。
二回の表、E組の攻撃。
相変わらず鉄壁のバントシフトだった。
バッターのカルマはネクストバッターサークルから出てはいるものの、打席に入ろうとしない。
「どうした?早く打席に入りなさい!」
審判に注意されるが、全く聞く耳を持っていない様子だ。
「ねーーーえ。これズルくない理事長せんせー」
「「「!」」」
カルマのいきなりの無礼な態度に、周りが固まる。
「こんだけ邪魔な位置で守ってんのにさ、審判の先生も何にも注意しないの?お前らギャラリーのやつらもおかしいと思わないの?」
カルマはギャラリーで見ていた生徒に向かい、いつものような悪戯顔で言う。
「あーーーそっかぁ。お前らバカだからぁ、守備位置とか理解してないんだね」
「「「・・・・・・・」」」
「小さいことでガタガタぬかすなE組が!!」「たかがエキシビジョンだぞ!!」「守備にクレームつけてんじゃねーよ!」「文句あるならバットで結果出してみろや!」
E組の生徒に『バカ』と侮辱された本校舎の生徒たちからは、罵声が飛び交う。
カルマはその様子を愉快そうに見て笑っている。その強靭なメンタル、欲しい。俺とかあんな風に言われたら悲しすぎて泣いちゃう。
カルマはライトのポールの方に向かってベロを出した。そこにいるのは今の指示を出した我らが殺監督だ。
『ダメみたいよ殺監督』『いいんですそれで。口に出すことが大事なんです』
とでも言うように。
なすすべなく3アウトとなり、その後、二回の裏で集中打を受け、2点を返された。いよいよ俺らも追い詰められてしまった。
(とは言え・・・守備はほぼ杉野便りというこの状況で、よく2点で抑えたもんだ)
後1点取られたら実質負けみたいなもんだからな。
その表、E組は三者凡退してしまい・・・いよいよ最後に野球部の攻撃を残すのみとなった。
さて・・・どうくるか。
この回1番打者からで、3人で押さえないとあの進藤にまで打順が回ってしまう。
なんとかして押さえてくれよ、そう思った矢先―――
コッ
「「「!」」」
なんといきなりバントをしてきた。俺ら未経験者が処理なんてできるはずもなく、ランナーを一塁に許してしまう。
なるほどね・・・。
野球部が素人相手にバントなど、普通なら見てる生徒も納得しないだろう。だが、俺たちが先にやったことで大義名分を作ってしまった。『手本を見せてやる』というな。
小技でも強いという印象を与え、しかも確実に勝てる。
あっという間にノーアウト満塁になってしまい、迎えるバッターは、怪物・進藤だった。
「踏みつぶしてやる・・・杉野!!」
理事長に何か言われたのか、目つきが尋常じゃないほど怖いものになっていた。
もとは野球部で競い合った二人。しかし方やE組に落ちて野球部を追放された杉野。やはりここでも待つ運命は負け・・・
(と、普通なら思うだろうなぁ)
ここで殺監督が俺の足元に出てくる。踏みつぶしてほしいのかな、このタコは。
まあ冗談はさておき、殺監督から指令が入る。
「了解」
相変わらず無茶をさせるなぁ。この監督は。
俺は指示通り、前に出る。
「こ・・・この前進守備は?」
俺は進藤のバットの間合いギリギリまで近づいた。
「明らかにバッターの集中を乱す位置で守ってますけど、さっきそっちがやった時、審判は何も言わなかった。文句はないですよね?」
あの理事長のことだから即座に理解しただろう。さっきのカルマのは文句を言わせないために布石だったということに。
明確に打撃妨害と見なされるのは、守備側がバットに触れた時のみ。前進守備が集中を乱す妨害行為と見なすかは・・・審判の判断次第だ。
さっきのクレームを却下した以上、今回も黙認するしかない。観客たちも同様だ。
「ご自由に。選ばれた者は守備位置くらいで心を乱さない」
俺はそれを聞いた瞬間、笑みがこぼれてしまう。
「言いましたね、理事長先生。では、遠慮なく」
そう言って俺は、進藤の目の前・・・つまりバットを振れば確実に当たる位置まで前進した。
前進どころかゼロ距離守備。振れば確実にバットが当たる。
「・・・・・・は?」
さすがの進藤も困り顔のようだ。
「気にせずに打っていいぞスーパースター。杉野のボールは邪魔しない」
「フフフ、くだらないハッタリだ」
俺の行動が面白かったのか、理事長は鋭い目で笑ってきた。
「構わず振りなさい進藤君。骨を砕いても打撃妨害を取られるのはE組の方だ」
その理事長の言葉を聞いた進藤は、危険がある俺よりも明らかに動揺してる。当たり前だ。自分の商売道具で人に大けがを負わせてしまうかもしれないからだ。
だが後には引けないこの状況、おそらく最初は大きく振って俺をどかせようとしてくるだろう。
ボッ
杉野の1球目、予想通り明らかに大きく乱れたスイングをしてきた。
そのバットを俺は、ほとんど動かずに躱す。
イトナが転校してきた日、俺が皆に打ち明けた力。そしてマッハ20のターゲットへの暗殺で鍛えられた動体視力。バットを躱すだけならバントよりも簡単だ。
「・・・進藤。それじゃだめだぞ。もっと、殺す気で振らないと」
この時点で進藤は理事長の戦略に体がついていけなくなった様子だ。ランナーも観客も、野球の形をした異常な光景に吞まれていた。
そして杉野の2球目。
「う、うわああぁ」
恐怖により腰が引けた進藤のスイングは、俺でも取れるほどの凡打となり、それをすかさずキャッチしてホームベースへ。
「渚!」
「!」
まずは1アウト。
「渚!そのボールを三塁へ!」
「う、うん!」
俺の指示通り渚は三塁へボールを投げセカンドランナーもアウト。
これで2アウト。
「木村!次は一塁だ!バッター走ってないから焦らなくてもいいぞ!」
「りょーかいっと」
木村が投げたボールはポーンポーンとツーバウンドし、無事一塁へ届いた。
進藤は腰が抜けて走っていなかったので、その送球で十分だった。
「ス、スリーアウト・・・ゲームセット・・・」
予想できなかったであろう展開に、審判も戸惑っている。
観客も呆然としている。
ただ、それとは裏腹に
「「「よっしゃああああ」」」
「キャー!」「男子すげぇ!」「やったやった!」
E組サイドは大はしゃぎ、大喜びであった。
見せ物とするはずだったのにこの幕切れで、観客も散り散りと帰ってしまう。
(・・・まあ、それも当然か・・・)
見てた人達は知る由もないだろうな。試合の裏の、2人の先生の戦略のぶつかり合いを。
中間テストと合わせて1対1だな。次は期末試験かな。
「進藤」
俺は座り込んで俯いている進藤に向かって話しかける。
「・・・?」
「すまなかったな。ハチャメチャな試合をやっちまって。お前は予想以上の怪物だったよ」
「なんで・・・ここまでして勝ちに来た・・・?」
「んー。例えば・・・お前がよく知る杉野。あいつの変化球凄かったろ?お前には無理だったけど他のやつらから三振とって」
「・・・!」
「それに、その変化球を捕れるように、キャッチャーの渚だったり、他のE組のバントの成長具合だったり」
「確かに・・・完璧なバントだった・・・」
俺はスーパースターからその言葉が聞けてついつい頬を緩ませてしまう。
「だろだろっ! ・・・そのE組の凄さを、結果を出してうまく伝えようと思ってな。もちろん杉野は野球でお前に勝っただなんて思ってないだろうし、お前が1番凄いやつってことはみんな知ってる」
「・・・」
「けど、いくら自分が努力して強くなったからと言って、弱者を悪く言うなんて間違ってる」
「そうだな・・・現にその貶めてた奴らに負けたんだ。今の俺には何かを言う資格はない」
「そういう意味じゃない」
「・・・?」
じゃあどういう意味だ、と言わんばかりの進藤の表情。
「今回は正式なルールが適用されなかっただけだ。お前は負けてないよ。これを糧にして、頑張ってほしいだけだ、純粋にな」
そう言って進藤に手を差し出す。
「応援してるぜスーパースター。いつか『俺にはプロ野球選手の知り合いがいる』って自慢させてくれ」
「・・・!」
そう言って、進藤を引っ張って立たせてやるのであった。
「杉野――!覚えとけよ!次やるときは高校だ!!」
「―――?お、おう!!」
進藤はもう、杉野を見下してなんていない。まっすぐとした純粋な目だった。
(いけね・・・杉野の高校野球のライバル、増やしちまったか・・?)
そう不安になるが、きっと杉野はそのことを喜ぶだろう。
「あ」
俺ははっと思い出す。
そして苦虫を噛み潰したように苦笑する。
―――まず来年、地球があるかどうかだなーーー
そんな出来事。
彼らの高校野球のためと、殺監督・・・いや、殺せんせーを殺す動機がまた一つと増えたのであった。
「レディを守るために潰れるのならッ!この脚も本望だ!! ・・・・エクスッ!カリバー―――!!!」
「「「烏間先生!?」」」