イリーナ先生が手入れされた次の日。俺の言った言葉が少しでも効いたのか、ちゃんと授業をしてくれるらしい。どうやら心配事は一つ消えたようだな。
俺と倉橋さんは事情が分かっているが他の生徒は受け入れてくれるかどうか。
倉橋さんには昨日のことは俺の事も含めて秘密にしてもらったのだ。なぜか嬉しそうに許諾してくれたから助かったぜ。
(さて…授業の方はどうなるか…)
「「「出て行けクソビッチ!!」」」
「なっ…何よあんたちその態度!殺すわよ!?」
「上等だ!やってみろコラァ!!」「殺せんせーと代わってよ!!」「出てケェ!」「巨乳なんていらない!!」
ギャーギャーギャーギャー。
(やっぱりこうなったか…)
何故こうなったか簡単に言うと、イリーナ先生の授業は初めてと言うこともあり、少しぎこちなかった。その上会話術しか出来ずに、しかもその内容が破廉恥なものばかりで、文句が殺到したのである。
最初は学級委員の片岡さんの一言だったーーー
「先生。もう少し真面目に授業してもらえませんか?」
「な、何よ。私だってあんたらガキどものためにやってるんじゃない。文句言うんじゃないわよ」
「どこに『ベットの君は…』なんて文章を読ませる先生がいるんですか。受験で使えるとは思いません」
「そーだそーだ!」
女子の生徒からはやはり気持ちの悪い内容らしく、女子からの批判が多かった。
「真面目に授業してくれないなら殺せんせーと交代してくれませんか?一応私ら今年受験なんで…」
学級委員としての責任感の元、片岡さんが手厳しい言葉を言った。どうやらまだイリーナ先生のことを許してないらしい。
イリーナ先生的には真面目にやっているんだろうが、他の生徒には伝わっていない。イリーナ先生が片岡の一言でムッとした顔つきになった。
「はん!あの凶悪生物に教わりたいの?地球の危機と受験を比べられるなんて…ガキは平和でいいわね〜。それに聞けばあんた達E組って…この学校の落ちこぼれそうじゃない。勉強なんて今さらしても意味ないでしょ」
それを言った瞬間イリーナ先生はハッとなって口を押さえた。そしておずおずと俺の方を見てくる。どうやら俺との約束を破ってしまったという自覚はあるらしい。
また、聞いたクラスメイトの表情も一変した。俺らが一番言われたくない事を言われたのだ。そりゃ怒るわな。なんかカルマは笑ってるけど。
「出てけよ…」
「「「出て行けクソビッチ」」」
ーーーと言うものだった。
その後イリーナ先生は出て行き。授業は途中で終わってしまった。
「マジでありえねーよな、あいつ」「もう顔も見たくないわ」「まず殺し屋ってだけで無理」「そんなに可愛くもないのに威張っちゃって」
よくもまぁこんなに罵詈雑言の数々を言われるものだ。あの先生も。
だが…俺は今は悪口を言ってる奴にイライラしている。
「ねえ遠山。あの先生と何とか上手くやれないもんかな?」
根本さんもこの状況もに戸惑っているらしい。
「ああ…だよな。ぶっちゃけ今回は俺はE組のみんなが悪いと思うし」
「え…」
俺がそれを言った直後ーーークラス全体が静まり返った。
「それってどう言う意味?遠山君」
この喧嘩を起こす火種となった片岡さんが口調を強めて聞いてきた。
いけね。イライラしてて声が少し大きかったか。
E組のみんなの視線が俺に集まる。目立ちたくないのに。けど、今どうしても言いたいことがあった。
「そのままの意味だぞ、片岡さん」
「だから、その理由を聞いてるの」
「じゃあ聞くけど、さっきの授業…なんで真面目にやってないって思ったんだ…?」
「それは…!あんな汚い言葉…授業で言うもんじゃないからでしょ!普通!」
「イリーナ先生は殺し屋だぞ。多分教師なんてやった事ない。それなのに昨日の事を反省して今日初めて授業をしてくれた。その意味が分かるか?」
「…!」
聡明な彼女のことだ…気づいたに違いない。
「最初の授業なんてイリーナ先生に限らずみんなぎこちないに決まってる。そりゃあ、内容は良くなかったかもしれないが、あれは彼女の経験したきた事だ。それを否定したって事は、彼女の人生を否定したも同然なんだぞ。自分たちと境遇が違う…だからと言って、それを頭ごなしに否定してみんなで石を投げる。本校舎の生徒のやってる事と何が違うって言うんだ…」
俺がそう言うと、片岡さんは俯いてしまった。
「まあこれは俺の意見だから、イリーナ先生に授業をしてもらうかどうか、多数決を取るなり意見を聞くなりしたらいいんじゃないか?」
しばらく沈黙が訪れる。
「………ごめんなさい。確かに私が間違ってた」
どうやら片岡は分かってくれたらしい。
他のクラスメイトも反省した様子で
「言いすぎたよな」「決めつけてたわ…」「確かに全然ふざけた感じじゃなかった…」
などと言っている。
良かった…分かってもらえたようで…。
「…っ!…」
頭に痛みが走った。
(なぜ分からないんだ…!こいつは、お前が思ってるような奴じゃない!アリア…!)
たまに起こるんだよな。この曖昧な記憶っぽいのを言葉で思い出すやつ。きっと夢だな。
その後俺はイリーナ先生を説得すべく、教室を出ていった。さっき外に出ていくのを見たので、きっと庭のどこかに…
(いた…)
「イリーナ先生!」
ビクッ。木の下で体育座りになって泣いている様子だった。
「遠山キンジ…なによ…授業やれっていっておいて、あんたまで文句を言いにきたの!?」
どうやらさっきみんなに言われたことが予想以上に刺さっているらしく、涙を流しながらひどく落ち込んでいた。文句を言うつもりなんてない。だが励ますつもりもない。
「なんなのよあのガキ共!!こんないい女と同じ空間にいれるのよ?有難いと思わないわけ!?」
「有難くないから軽く学級崩壊したんでしょうに。いいから彼らにちゃんと謝って来てください。このままここで暗殺を続けたいなら」
「なんで!?私は先生なんて経験ないのよ!?暗殺だけに集中させてよ!」
「……仕方ないですね。ついて来てください」
シュパッ シュバババ バシュ
「何してんのよあいつ?」
俺は殺せんせーがいつもテストを採点したり作ってるところに連れてきた。そこは校舎から少し離れた茂みの中で、机と椅子があるだけだった。
「テスト問題を作っています。 どうやら水曜6時間目の恒例らしいです」
「…なんだかやけに時間かけてるわね。マッハ20なんだから問題づくり位すぐでしょうに」
「ひとりひとり問題が違うんです」
「えっ…」
「他の友達に見せてもらって驚きました。苦手教科や得意教科に合わせて…クラス全員の全問題を作り分けています。高度な知能とスピードを持ち、地球を滅ぼす危険生物。そんな奴の教師の仕事は完璧に近い」
イリーナ先生も当然驚いていた。
「他の生徒たちも見てみてください。暗殺など経験のないみんなですが、もちろん賞金目当てとは言え、勉強の合間に熱心に腕を磨いてます。暗殺対象と教師、暗殺者と生徒。あの怪物のせいで生まれたこの奇妙な教室では…誰もが2つの立場を両立しています。イリーナ先生はプロであることを強調しますが…暗殺者と教師を両立できないなら、ここではプロとして最も劣るという事です」
イリーナ先生も片岡さん同様、何かを悟ったように黙っていた。
「ここに留まって殺せんせーを狙うつもりなら、見下した目で生徒を見ないでください。生徒たちがいなくなればこの暗殺教室は存続できない。だからこそ、生徒としても殺し屋としても対等に接してください。それができないなら…」
「殺せるだけの殺し屋なんていくらでもいる。順番待ちの一番後ろに並び直さないといけないということね…」
「そういう事です」
「ふう…まさかこんなガキに説教垂れるなんてね。あ、ガキじゃなくて生徒ね。分かったわ。ありがとう、キンジ。肝に命じておくわ」
この先生も分かってくれたようで何よりだ。
ワイワイガヤガヤ。
クラスのみんなが談笑してる中、扉が開いた。
「「「!」」」
カツカツっと教室に入って来たのは、言うまでもないイリーナ先生だ。
教壇に立ち、俺たち全体を見渡している。そして、本当の授業が始まった。
「外国語を短い時間で習得するには、その国の恋人を作るのが手っ取り早いとよく言われるわ。相手の気持ちをよく知りたいから、必死で言葉を理解しようとするのよね。
私は仕事上必要な時…その方法で新たな言語を身につけてきた。だから私の授業では…外人の口説き方を教えてくれる」
言ってる内容はトンチンカンかもしれない。イリーナ先生も自信が無い様子だ。だが、それでいい。頑張れ、先生。
「プロの暗殺者直伝の仲良くなる会話のコツ。身につければ実際に外人とあった時に必ず役に立つわ。受験に必要な授業なんて、あのタコに教わりなさい。私が教えられるのはあくまで実践的な会話術だけ。もし…それでもあんた達が私を先生と思えなかったら、その時は暗殺をやめて出て行くわ」
さっきした事を心から詫びているからこそ言える事だ。
「……それなら文句ないでしょ?あと、色々悪かったわよ」
「………ふっ、あはははは」
「何ビクビクしてんだよ。さっきまで殺すとか言ってたくせに」
クラスの中の1人が吹いてからまた1人、1人と笑いがこみ上げてくる。
「なんか普通に先生になっちゃったな」
「もうビッチねえさんなんて呼べないね」
前列の前原と岡野もそんな話をしている。
「先生。私からも…ごめんなさい!」
席を立って謝ったのはさっききつい言葉を浴びせた片岡さんだ。
「…! あんた達…分かってくれたのね…」
イリーナ先生は感動して泣いている様子だった。殺し屋の生活ではあまり経験のない事だろう。案外情にもろいのかもしれない。
「考えてみりゃ先生に向かって失礼な呼び方だったよね」「うん、呼び方変えないとね」「じゃ、ビッチ先生で」
!!?
「えっ…と。ねえ君達。せっかくだからビッチから離れてみない?…ホラ、気安くファーストネームで呼んでくれて構わないのよ」
「でもなぁもうすっかりビッチで固定されちゃったし」「うん」「イリーナ先生よりビッチ先生の方がしっくりくるよ」
先生はオロオロしながら視線を俺に寄せて助け舟を求めてくるが俺はやれやれと言った感じで小さくお手上げのポーズをした。
「そんなわけでよろしくビッチ先生!!」「授業早く始めようぜビッチ先生!」
「キーーーッ!!やっぱりキライよあんた達!!」
こうして平和に授業が始まるのであった。
放課後
俺は根本さんに帰りを誘われて、帰ろうと教室を出たら殺せんせーが立っていた。
「イリーナ先生。すっかりなじんでますねぇ」
「はい、そのようですね」
「………ありがとうございます遠山君。やはり生徒には生の外国人と会話をさせてあげたい。さしずめ、世界中を渡り歩いた殺し屋などは最適ですねぇ」
こいつ…ここまで見越した上で?
殺せんせーは…このE組の教師になった理由を頑なに語らない。だが、暗殺のために理想的な環境を整えるほど、学ぶために理想的な環境に誘導されてしまっている。
みんなが踊らされているようだ。このモンスターの触手の上で。