「楽な相手だったぜ」
抜き身の日輪刀を鞘に納めつつ1人そう嘯く。つい先日に最終選別を終え、選んだ自分だけの鋼で打った刀の切れ味は素晴らしいの一言だ。己の呼吸を吸収した証である深い枯茶色は狙った鬼の頸を豆腐のように一刀両断だ。
先程遭遇した鬼は、今までで1番弱かったぜ。
鬼殺隊の哨戒の任務の最中に会敵したのは鬼に成り立てだったようで動きは緩慢で頭も弱かった。
もしかするとまだ近くに、今の奴を鬼に変えた元凶である鬼舞辻無惨が近くにいるかも知れない。
「なんてな、そんな奴柱でも会ったことが無いぜ。ん?」
先程まで誰も居なかった筈なのに、なにやら気配が現れたぜ。俺がその気配の方に視線を向けるとそこには、西洋の着物を着た男が立っていた。
「人間っぽい見た目をしてるが俺の目は誤魔化せないぜ。お前鬼だろ」
「ほう、私の気配に気付くか鬼狩り。折角人間を1人鬼に変えたと思ったらこんなにも早くに討伐されてしまうとはな」
「今日はついてるぜ。ただの哨戒任務で1日に2匹も鬼を狩ったとなると昇進間違い無しだぜ。お前みたいな青白い顔をした今にも死にそうな優男なんて俺1人でも倒せそうだ」
チャキリ
油断無く刀を抜いた俺は呼吸を調えて目の前の敵に向けて突進する。
「賽子の呼吸 壱の型 弱火出実苦鯉」
何度も何度も繰り返し練習したこの奥義をこの病弱鬼が耐えられる訳がないぜ。すれ違い様に何度も何度も細切れにしようと切り刻んでやったぜ。
「お?」
そう思ったが何も手応えが無かった。避けられたみたいだぜ。
「私が今にも死にそうな病弱な男に見えるだと?」
優男鬼の手が醜く肥大化し、振り払って来たので賽子の呼吸で切り刻んでやったぜ。
「ああ、やっぱり訂正するぜ。ゴキブリみたいに素早しっこくてしぶとそうだ」
どうやら見た目よりもちょこまかと動いて鬱陶しいようだから、速さに重点を置いた技を使う必要があるぜ。
呼吸を再度調えて、目の前のゴキブリ鬼に向けて突進するぜ。
「賽子の呼吸 弐の型 強火出黒焦訝」
弐の型は最速の一閃だ。いくらゴキブリと言えど、この剣は狙った鬼の頸を絶対に逃がさない。
一刀両断した感触が手元に確りと残っている。大した鬼じゃなくて助かったぜ。残心していた俺は振り返って鬼の死体を確認することにした。
「どういうことだぜ?」
「貴様程度の剣士がこの私を殺せたと本気で思ったのか」
振り返った俺の目の前にはゴキブリ鬼の醜い巨大化した腕が迫っていたのでまた切り刻んでやったぜ。
確かに頸を切ったと思ったが生きていたのでもう一度弐の型で頸を両断してやったぜ。
すると残った胴体からまた頸が生えてきた。
「本当にゴキブリ並のしぶとさかよ」
弱い癖に面倒臭い鬼も居たものだぜ。俺はもっと楽に出世して給金を貰いたかったのだが仕方がない。
「この鬼舞っ!!」
生えた頸をまた弐の型で跳ねてやった。何か喋ろうとしてたが関係ない。安全に迅速に鬼は倒したいからな。
頸を跳ねた後は残った胴体も壱の型で微塵切りにしてやったぜ。それでもまた再生し始めたようなのでまた刻んでやるぜ。
「何で再生するのかはよく分からんから朝になるまで続けるぜ」
鬼が太陽に弱いことは確かなので日の光を浴びせてやれば倒せるだろう。鬼1匹倒すのに割に合わん労力だぜ。
とりあえず斬って斬って切り捲っていたらどれ程時間が経ったのか。もうそろそろ日の出の時間だぜ。やっと終わるぜと思ったその時だった。
「がぁっ!」
突然気配が現れて攻撃を仕掛けられたので慌てて飛び退く。
「これはとびきりに強そうな鬼だぜ」
全長3メートルはありそうな巨大な獣のような異形の鬼が目の前に立ち塞がっていたぜ。
「なっ、臆病者が!」
俺が攻撃の手を止めたのを見計らってゴキブリ鬼が全速力で走って逃げて行くのが見えた。これじゃあ出世が遠退いちまう。慌てて追い掛けようにも目の前のでかくて強そうな鬼が許してくれなそうだ。あっという間にゴキブリ鬼の姿は豆粒みたいになって見えなくなったぜ。
ふざけるな。らくな獲物を逃がしてなんかいたら他の隊士に舐められて出世の道が遠退いちまう。絶対にバレないようにしてやる。
それにしても。
「こいつは十二鬼月に違いないぜ。勝てる訳がねえ」
俺も目の前の異形鬼からは逃げたほうが良さそうだ。異形の鬼の迫力は桁違いだぜ。こんなにヤバい危機は生まれて初めてだぜ。
幸い朝が近いから死ぬ気で逃げればなんとかなりそうかもしれない。
俺が必死の覚悟で決意を固めると、突然目の前の異形鬼の頸が跳ねて行った。
「無事か?!」
その声の持ち主はいつか遠目に見た柱の姿だった。どうやら俺は救われたようだぜ。登った朝日を背にする凛々しい姿は男であるけど憧れるぜ。
つい腰を抜かして尻餅を着いたのは許して欲しいぜ。
あんな強い鬼と戦うつもりなんてなかったんだからな。
手を差し伸ばしてくれた柱に応えながら1人ごちる。
俺は安全に出世したいんだ。弱い鬼だけを狙って確実に。
先輩が弱そうな鬼だけを狙う切っ掛け的な話だと思う