地球に選ばれた家族~夏季休業で帰省中、冬の駒王町に転移させられガイアメモリが生えてきた~   作:ロード・ドーパントB
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「この本によれば、普通の大学生・郷秋敏(ごうあきとし)。彼には星の端末にして地球の守護者、ガイアの婿となる未来が待っていた。『渦の団(ヴォルテックス・バンチ)』を傘下に収めた彼は、駒王学園2年生、塚土筬(つかどおさむ)になりかわり……おっと、先まで読みすぎました」



第0話後編「Vの衝撃/ヴォルテ――ックスッッ‼ 」

 日本近海の孤島にその組織の秘密基地はあった。

 

 組織の名は悪の秘密結社『渦の団(ヴォルテックス・バンチ)』。

 

 アジトの奥にある広間――集会場に集うのは、全身黒づくめで統一された戦闘員や怪人たち。

 

 皆、一糸乱れず整列しているものの、集会場には困惑の空気が広がっていた。

 

 

「(一体なんだというんだ…)」

 

 他の戦闘員同様に困惑を抱えながらチラチラと視線を泳がせるこの戦闘員は本名:田中仁志、43歳。戦闘員歴23年のベテランでありながら、体力の低下から離職を考えつつも、大学受験の迫った息子の学費やまだ少し残っているローンの支払いなどを考えると辞めるに辞められない。そんな単身赴任中の父親である。

 

 

「(確か今日は四覇将合同の大作戦が行われるから、集会の類は開かれることはないはずだったのに…)」

 

 戦闘員田中は横目で同僚の様子を見る。隣に整列しているのは後輩の戦闘員佐藤。彼も何かあったのかと困惑した様子が黒ずくめの上からでも感じ取れた。そして彼もこちらに気づいた。

 

 

「(田中さん、何か知りませんか? 今日ってなんも予定なかったっすよね? )」

 

「(うん。特になかったはずだよ。もしかしたら何か不測の事態が起きたのかも)」

 

「(なんすか、それ。俺等下っ端に関係あるんですか? あぁ、もう。船の時間遅れちゃいますよ。この前負傷手当が出たからレストラン予約してたのに………)」

 

「(こらこら、駄目だよ佐藤くん。下っ端でも、組織の人間なんだから上の呼び出しにはしっかり応じないと。………ん)」

 

「(どうしたんですか? )」

 

「(いや、大したことじゃないんだが………いつもより人数が多いと思わないかい? )」

 

「(え…? ………言われてみれば、確かに、見える範囲だけでも知らない怪人サンや…戦闘員じゃない奴らも大勢いますね)」

 

「(普段の集会では見かけない研究員や技術チームの人たちもちらほらと見えるね………)」

 

「(………これってもしかして、本当にガチで重要かつ緊急な何かなんでしょうか)」

 

「(多分そうだろうね………)」

 

 

 二人が目と目で会話をし終えたその時、前方にある一段高い壇上に光が灯った。

 

 壇上の、禍々しい装飾を施された椅子。本来なら座っているはずの、威厳に満ちた組織の首領 カイザー・ヴォルテックスの姿はない。

 

 そして、常ならばそばに並ぶ幹部たちの姿もない。 

 

 

 

 暗転。

 集会場の灯りが落とされる。

 

 

「(………)」

 

「(おぉ…?! )」

 

 落とされた灯りが戻り、誰もいなかったはずの壇上に一人の美女が現れた。

 

 突然現れたその女は戦慄するほど美しかった。経験の浅い佐藤は不可解な現実に戸惑いながら鼻の舌を伸ばしているが、戦闘員歴23年の田中は女の正体が異形の存在――悪魔であることに気づいた。

 

 

「(いや、これは、悪魔というだけではない…この女、何かがやばい…! )」

 

 集会場に整列した戦闘員・怪人たち、それぞれが状況判断に従い行動を起こそうとした瞬間だった。

 

 

 

 

跪きなさい(ヒザマズキナサイ)

 

 

 

 

 

 たった一言、女が言葉を発した。

 

 その言葉を聞いて、全員が、考えるよりも先に身体を動かし跪いた。

 

 

「(………………は? )」

 

 田中を始め、誰もかれもが理解できなかった。自分はなぜ跪いてしまったのか。そして、何故―――

 

 

「(なんっ、だ…これは。………体の震えがッ! 止まらない?! )」

 

 ―――何故、震えて動けなくなっているのか、と。

 

 心を埋め尽くすのは得体のしれない()()()()()。考えることすら拒絶したくなるほどの「恐怖」だった。

 

 

「(動けない?! なんだってんだよ、これはよぉ! )」

 

「(違う、動けないのは問題じゃない。これはそんな生易しいものじゃない………ッ! )」

 

 悲鳴の一つも上がらない。誰もかれもが女のたった一言に屈服して、声をあげることすらできなくなっている。跪き、首を垂れ、怯えて小さくなっている。

 

 強力な魔物も、意気軒高な獣人も、多才な異能者も、誰も何もできなくなっていた。

 

 

 

 

 

「おっおー、さっすが姫ちゃん。見事な手際だねぇー」

 

(ココ)はぁ、これやる意味あるの? って正直思っちゃうんだけどぉ」

 

「こら、(ココ) それはいっちゃだめよ。お父様がやりたいって言ったんだから、馬鹿な真似と思ってもやらせてあげるのが私たちの役目でしょ」

 

「竜ねぇ、竜ねぇ、フォローになってないよ」

 

 頭を下げたままでいると、何人かの女性の声が新たに聞こえてきた。声の様子からしてまだ年若い少女だと思われる。

 先ほどの跪けとの命令を発した者とは違い、その声には恐怖は感じなかった。

 

 だが、それでも動けないことには変わりがなかった。

 

 

「やぁやぁ、待たせたねマイディアードーターズ」

 

「お父さん! へーい! 」

 

「へーい! 」

 

 パチン! と音がする。蜂蜜のように甘ったるい声の少女と男がハイタッチを交わした。

 

「…ねぇ、ずっと思ってたんだけどこれ意味ある? 」

 

「意味なんてないよ! お父さんとするの楽しいからやってるの! 」

 

「そ、そう。あー、うん、僕もナイちゃんとハイタッチするのけっこう楽しいよ」

 

「ナイ、ちゃん。お父さん、困って、る! 」

 

「そんなことないよ冠ねぇ。これはナイちゃんとお父さんのスキンシップなんだから口を挟んじゃやーよー」

 

 

 あからさまに引いた様子の男の声と、どもり気味にたしなめる幼い声、そしてそれをからかう様な、ひどく甘い声。

 

 

「(なんなんだ…一体何がどうなっているんだ…)」

 

 田中はもう頭が混乱してしまっていた。状況がまるでわからない。顔をあげて様子をうかがおうにもどうしようもできない。

 

 

 

「む、ー………」

 

「ナイちゃん、あんまりお姉ちゃんをからかうもんじゃない。それと、冠ちゃん怒ってくれてありがとう。でも僕は本当に大丈夫だから、ね? 」

 

 

「………え、へへ♪」

 

「あー! 冠ねぇずるい! 皆みてみて、冠ねぇがなでなでされてる! 」

 

「ずるいもなにもないでしょ。あまりわめくものじゃありません。はしたないわよ」

 

「でもいいなぁ…(ココ)も冠ちゃんみたいに小っちゃかったら…」

 

「大きさの問題なのでしょうか………」

 

 

 

 

「さてと、茶番はこのくらいにしよう。恐姫」

 

「はい。【面をあげなさい】」

 

 

 また、逆らえぬ声。

 考えるよりも先に顔が上がる。正面を向き、戦闘員田中は――否、その場の『渦の団(ヴォルテックス・バンチ)』の全団員は、驚愕に目を見開いた。

 

 

 

 視線の先、本来なら組織の首領が座るはずの椅子には見知らぬ男がニヤニヤとした笑みを浮かべながら座り、その周りには戦慄する美貌を持ったかの美女と、他に4人。合わせて5人の女が並んでいた。

 

 大柄な者、小柄な者、てんでばらばらな5人ではあったが、その美しい()()()()を見れば、彼女たちが姉妹かなにかであることは簡単に理解できた。

 

 

 

 

 だが、団員たちの目にそんな些事は入らなかった。

 

 

「「「「「「(首領―――ッ‼ )」」」」」」

 

 

 彼らの主、彼らを統べる首領 カイザー・ヴォルテックスが椅子の前に這いつくばり、黒い鎖のような何かで拘束されていたのだ。

 

 戦闘の痕、だろうか。カイザーの顔や手には無数の傷があり、鮮血がとめどなく滴っている。

 

 カイザーの象徴たるドラゴンを思わせる意匠の兜もボロボロになったうえで敢えて被せられている。嘲るように、侮辱するように。

 

 

「………っ! 」

 

 

「………!」

 

 

 カイザーがこちらに何かを伝えようともがくが、拘束は外れず声すら出ない。

 そして団員達も、今すぐにでも飛び出して首領を救い出したいはずなのに、動くことも叫ぶこともできない。

 

 

 

 

 

「ふひ―――ひゃっひゃっひゃっひゃっひゃっ! 」

 

 その様子を見て、椅子に座った男が笑う。

 

「いっひっひっひっ! おい皆見てみろよ! こいつらの表情! これだよ、コレが見たかったんだよ! 」

 

「お父さん相変わらずいい趣味してるよねー」

 

「ええ、まったく」

 

「う、ん」

 

 男はちょっぴり悲しげな表情になって口をとがらせる。

 

「えー? そういうこと言うー? 」

 

「違うったらぁ、そうじゃなくてぇ…ね? 」

 

「うんうん。ナイちゃんが言ったの皮肉じゃないよ。ほんとに、最っ高」

 

「………ふふ」

 

 

 にやにやと、くすくすと、笑う女たち。

 

 絶望と驚愕と苦悶の表情を浮かべる団員たち。その様を眺めるのが最高に面白いというような、文字通り悪魔の笑みで嘲笑する5人。

 

 

 それを見て田中は自分の直感が正しかったことを悟った。そして、おそらくはもうどうしようもない…ということも。

 

 

 

「さて、悪の秘密結社『渦の団』のォ、諸君ッッ!

 ご覧の通り、君たちの首領は私と私の娘たちによって倒された。意外と強くはあったがこの通り無傷で勝たせてもらった。

 君たちを集めたのは他でもない。勝利宣言をさせてもらうためだ」

 

 

 誰もなにも耳に入らない。聞いているか聞いていないか、そんなことはどうでもいいとばかりに男は興奮しつつ朗々と語る。

 

 

「まぁ特にする必要はなかったんだがな。でもこういうのはロマンだと思うし? ともかく我々は勝った。そして君たちも我々には敵わない。今も君たちは、末の娘である恐姫の力の前になすすべもない。やれやれ、こんなざまで世界征服などとよくも言ったものだな。真面目にやれと言いたくなる。ああいや、失敬。真面目にやていたのは検索したから知っている。力不足を笑うのはよくないな。君たちは君たちなりによく頑張った。お疲れ」

 

 うけけ、うけけ! とわざとらしく嘲笑する。

 

 田中の横で佐藤が歯を食いしばって今にも飛び掛からんとする様相で震えていた。それを田中は悲し気に見やる。

 わかっているから、諦めているから。この拘束は外れないし、首領を助けることもできない。あの男に怒りをぶつけることは決してできないと。

 

 

「我々の組織は新興でね。戦力と人員はそれなりにあるんだが、コネがなくてね。組織が組織であるために必要な情報網や諜報能力…あとは資金元とかね。そういう組織力が全くないんだ。だからいただく『渦の団』の全てを」

 

『全てを奪う』男はそう言い放った。

 

 

「全てだ。やるからにはすべてをいただく。食べ残すのはもったいないからな。人手も技術も財産も人脈も秘密も一切合切全てをいただく。『VORTEX・BUNCH』が半世紀以上をかけて積み上げてきたすべてを僕ら『GAIA』がいただく―――お? 」

 

 

 ぐぐぐ、と首領の体がわずかに動く。

 

 

 

「ひ―――面白い。冠ちゃん、あー、そうだな口元だけでいいか。外してくれる」

 

「え、っと、()()()()も、とる? 」

 

「ああ」

 

 男が頷いた後、首領を拘束していた黒い帯のようなものが蠢き外れた。

 団員たちが安堵した次の瞬間、

 

 

「―――ッ! ッハ! 」

 

 首領の口から真っ黒な何か、大量の丸い何かが溢れ出した。

 

 かさかさと動き、触覚を動かす。ただそこにいるだけで人に生理的嫌悪感を抱かせるそれはまさに、“G(ゴキブリ)”だった。

 

 地に落ちたゴキブリたちは首領を拘束する帯に群がり同化した。

 

 

 

「(なんだ?! なんなんだ一体?! )」

 

 異常な光景に田中の背筋が凍る。

 《首領の口からゴキブリが溢れ、出てきたゴキブリは拘束具と一体化した》。言葉にすればそれだけなのだが、彼には何一つ理解できなかった。

 

 

「ガハッ! カハッ! ―――…っ! 」

 

 カイザーが男の顔を激しく睨む。傷つけ痛めつけられてなお薄れぬ威厳とオーラをたたえ声を出す。

 

 

 

「貴様に―――ッ! 」

 

 一瞬のうちにまた帯が首領を拘束し、喉が蠢く。

 先ほど以上の拘束がなされ、首領カイザー・ヴォルテックスは完全に動きを封じられた。

 

 

 唖然とする集会場。

 

 

「――――ひゃははははははははは! ヴァカめ! 敗者に語る言葉などないわ! ああ、ああ‼ その顔が見たかった! 最高だよカイザー! 驚愕と屈辱と怒りのマリアーッジュ! そして観客の団員達(みんな)! 最高のリアクションをありがとう! 」

 

 

 笑いが響く。椅子をバシバシと叩き前のめりになって笑い転げる男。何がそんなに面白いのか、そんな怒りは届かない。

 

 

「冠ちゃんもえらいぞ! 打合せなしでよく合わせてくれた。よーしよしよしよし」

 

「えへ、へ♪ 」

 

 撫でる男と嬉しそうに撫でられる少女。他の姉妹は何とも言えない表情をしている。

 

 ポロリ、と何かが少女から落ちた。

 カサカサ、と落ちたものは少女の足元から戻っていく。

 

 

 

「(あれは、まさか…いや、そうか、そういうことなのか…! なんてことだ…なんなんだあいつは! )」

 

 田中は理解した。首領を縛っているのはゴキブリの集合体であり、そのゴキブリのもとはあの少女であると理解した。そして理解したからこそ恐れた。

 

 異形の少女を? 違う。

 少女の能力を? 違う。

 

 田中が恐れたのは椅子に座った男だった。男の表情には恐れがなかった。嫌悪がなかった。ただ普通に、笑って少女の頭を撫でていた。

 

 なぜ恐れない、なぜ嫌悪しない。男からは特別な存在のオーラを感じない。なのになぜ…。

 

 

 

「さて、爆笑のショーは終わり。君たちにはこれからについてを説明してあげよう。不安だろう? 『新しい環境でやっていけるのかな? 』『怖い上司がいたらどうしよう…』『給料はちゃんと出るの? 』『危険な仕事をさせられたりしないかな…』と不安いっぱいのことだろう! 大丈夫! 心配いらないとも! 」

 

 大げさな動作で腕を広げて高らかにうたう。

 

 

 

「君たちは脳改造を受けることになる! 不安なんてなくなるとも! 」

 

 

 

 

 憎たらしいほどに輝いた笑顔で、とんでもないことをさらりと言った。

 

 

「脳改造と聞いて驚いたかい? 驚いただろうね。だけど安心して欲しい。君たちは君たちのままだ。ただ少し…僕らに絶対服従になるだけで。

 

 日向ぼっこのできなくなった悪の救世主いわく、『人間は誰でも不安や恐怖を克服して安心を得るために生きる』という。

 不安や恐怖の感情は消去してあげよう。愛情や友情も必要ないから消してあげよう。僕らは君たちの積み重ねたものには興味があるけど、君たち個人には全く興味がないからね。だから奪う」

 

 

「お父さんサイテー♪ 」

 

「はっはー。サイテーだろう? ………誉め言葉だよね? 」

 

「もちろん♪ そんなサイテーサイアクなお父さんがだーい好き! 」

 

 ぎゅっ、と5人の中で2番目に小柄な少女が抱き着く。

 

 

「むぅ…(ココ)も大好きぃ」

 

「冠、も」

 

「わ、私だって! 」

 

「………」

 

 

 他の4人も次々に抱き着く。

 おいていかれた田中たちは呆然とそのふれあいを見つめるしかない。

 

 

 

 

 

 

 

 バン! と、静寂を破り集会場の扉が開く。

 

「―――なんということだ…まさか我らの留守に、賊が侵入しようとは」

 

「―――ワイら『四覇将』が全員出張なんておかしな指令やと思っとったんや」

 

「―――ぶひっ。その指令からして、奴らの策であったということでしょうな」

 

「―――せめて私が残っていれば…首領には指一本触れさせなかったというのに…」

 

 

 開かれた扉の向こうには4つの影があった。

 集会場の中で跪いている者たちは、その姿を見ることはできない。だがその声で、扉の向こうにいる者が誰なのかを察した。

 

 

「………全員、離れて」

 

 もみくちゃにされていた男が静かに言う。その言葉に従い女たちが離れ、男の目が『四覇将』を捉える。

 

 

 

「知っている」

 

 男が褐色の肌に陰陽師の衣装、顔面に五芒星といういでたちの男を指さした。

 

「ペンタグラム伯爵」

 

 

 そのままスライドさせ、大阪タイガースのユニフォームを着た虎の獣人を指した。

 

「タイガー監督」

 

 

 続いて額にタオルを巻いたラーメン屋姿の豚の獣人を指した。

 

「豚丸骨大将」

 

 

 最後に黒い毛並みのシーサーを指さした。

 

「彷徨海大元帥ファイナル・シーサー」

 

 

 

「ほう、我らを知っているか」

 

「もちろん。この秘密結社の大幹部様を知らないわけがないだろう? 」

 

「にゃっにゃっにゃっ! ワイらを偽の指令で誘導して、その間に目的を果たそうっちゅう算段だったんやろうが詰めが甘かったようでんな」

 

「まぁ、うん…そうだな…」

 

「ぶっひっひ、我ら4人は正に『渦の団(ヴォルテックス・バンチ)』の最大戦力。その我らがまさかこの危機に間に合わなかったなど―――首領! こ奴らを始末した暁には、我らいかような罰も受ける所存! 」

 

「あー…話し合いで解決する気はない………? 」

 

「今さら怖気づいたか。だがもはや言葉は不要。我ら『四覇将』、首領を害した貴様らを縊り殺すまで止まることはないと知れ」

 

 シーサーのその言葉が最後通牒だったのか、4人が戦闘態勢に入る。

 

 タイガー監督と豚丸骨大将がオーラを解放し、スペクトラム伯爵が符を構え、シーサーが咆えて味方に守護を掛ける。

 

 

 

 イスに深く腰掛けた男は天井を見上げ、小さくオーダーを発した。

 

「竜子、炉心」

 

「はい」

 

「えぇ」

 

 

 閃光と疾風が駆け抜ける。

 

 

「にゃ? 」

「ぶ? 」

「は? 」

「え? 」

 

 

 どしゃり、とも ばちゃん、ともとれる音とともにすべてが終わった。

 

 

 

 

 

 

 田中は思い出したように震え出した。

 

 まさかそんな、ありえない。あってはならない。

 

 『四覇将』の強さは何度も目にしてきた。彼らが負ける姿など想像もつかなかった。彼らが首領を補佐している限り、この組織は安泰であると思ていた。

 

 

「(なのに、ああ、なんで…なんで…

 なんでそんなに、絶望したような顔をしているのですか、首領………)」

 

 

 

 

 

「いぇ~い、(ココ)ちゃん大勝利ぃ」

 

「パパ、パパ、どうだった? 私の振動波。がんばって練習して魔力で包んで絞れるようになったの。どう? どう? すごい? 」

 

 

 大柄の美女が機械的な大筒へと変化した腕を戻しながら勝利をかわいらしく喜ぶ。

 手足の長い美女が恐竜のようになった頭部を戻しながら男に感想をねだる。

 

 

「ああ、竜子も炉心もすごかった。ありがとう、あいつらは僕よりも強いからね。お前たちがいなかったら今頃僕は八つ裂きにされていたところだよ」

 

 よしよーし、と二人の頬を撫ですさりながら、そんなことを男は言った。

  

 そしてその言葉は客観的にみて事実だった。男の自己評価は間違っていない。彼は単独ではカイザーはおろか『四覇将』一人一人にも遠く及ばない。【変身】してもあっさり力負けしていただろう。

 

 改造手術を施したといっても、結局は人と比べて化け物になっただけ。

 人であることを止めていない、怪人でしかない。

 

 

 

「ナイちゃん」

 

「ん。もういいの? 」

 

「ああ、もういい。眠らせてやって」

 

 男は少女の方を向かずに、どこからともなく取り出した細長い何かを投げた。

 

 少女は軽くそれをキャッチし、右手に構えた。

 田中の目にはよく見えなかったが、投げ渡された長方形の物体。それは機械のようでありながら何故か有機的な、不思議な気配を感じさせる、記録媒体…USBメモリのようなものだった。

 

 

「ナイトメア! 」

 

 少女の手の中で音が響く。

 起動音を響かせたそれを、少女は首筋に押し当てた。

 

 押し当てられたそれはそのまま少女の体に吸収され、次の瞬間 美しい紅髪の少女は無数の貌を覗かせた怪物の姿へと変貌を遂げた。

 

 

 その様を見て、戦慄を隠せない一同。

 それが彼らの最期の自由な時間となった。

 

 

「はーい! それじゃあ、良い子の皆 お休みの時間だよ~?

 必殺! 強制熟睡…ナイナイビームッ! 」

 

 

 元の姿であったのならかわいらしいかったのであろうサイドピースのポーズをとり、怪物が全身から波動を放つ。

 

 紅色の波動は集会場の隅々まで広がり、団員たちの体を通り抜けて散った。

 

 

「(………う、あ、ぁ)」

 

 通り過ぎてすぐに、田中を抗い難いほど強力な睡魔が襲った。

 咄嗟に目線を隣に向けると、佐藤が睡魔に負け、崩れ落ちていた。

 

「(ああ、もう、駄目だ………冬美…俊則…)」

 

 最後に、最愛の家族を思い戦闘員田中の意識は闇に落ちて消えた。

 

 

 

「(…すまないな。さっきまで話した理由は正確じゃない。情報網も諜報能力も資金元も今の僕らなら簡単に用意できるんだ。だから、それが理由なら『渦の団』は必要なかった。

 組織としての形が欲しかったんだ、正義のヒーローに倒される悪の秘密結社という形が)」

 

「(許してくれとは言わない。ただ、僕に課せられたであろう“敗北の運命”を殺すために死んでくれ)」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふぅ………どや! 」

 

 人の姿に戻った少女が鼻高々に胸を張る。体格に見合わない大きな胸がより強調され揺れる。

 

「………(チラッ)」

 

 男のサガというか、ちらりと(ちち)に目を向ける「父」と呼ばれていた男。

 

「~♪ 」

 

「………」

 

「………」

 

「………」

 

「………」

 

 

「おおう、ジト目はつらい…。ナイちゃん煽らないで、こっちに殺気逸れてきてるから。

 ああいや、すごかったぞ。さっすが過剰適合者やハイドープなんかを軽く超えた融合適合者の一人。羨ましいよ」

 

「フヒヒ、はーい♪ もっと褒めてくれていいんだよー? 」

 

「あ、ナイちゃん、使ったメモリ消しちゃって」

 

「えー? 中身(データ)食べちゃったからもうガラクタだよ? 」

 

 排出された【ナイトメアメモリ】をプラプラ振りながら不思議そうに言う。

 

「だとしても、だ。外装だけでも解析されて情報を掴まれるかもしれない。スタンダードメモリなら僕がいくらでも生やせるから、ほら」

 

「はーい…えい」

 

 紅のオーラが放出され、メモリは消滅した。

 

 

 

「………では、転送しますわ。お父様、よろしいですか」

 

「うん。恐姫ちゃん補給足りてる? 」

 

「大丈夫ですわ。私を誰だと思っているのです」

 

 恐姫と呼ばれた戦慄するほどの美女が一歩前に踏み出す。

 

 足のかかとが離れ、床に打ち付けられる一瞬の間に【変身】は完了していた。

 

 

 カツン、とヒールが床を叩く音が静まり返った集会場に響く。

 紅髪の美女の姿はなく、彼女がいた場所には、見るものを威圧する巨大な仮面を帽子のように被り、マントを纏った奇怪で蠱惑的な怪物の姿があった。

 

 

 彼女を中心に血のように紅く、血のように黒い、粘液状の精神干渉波「テラークラウド」が広がっていく。

 精神干渉空間「テラーフィールド」を集会場の全体に展開し、彼女は男を振り返って準備ができた事を暗に告げた。

 

 男が頷くと、「テラーフィールド」を用いた多人数空間転移が始まった。

 彼らを含めたこの場の全員が呑まれ消えていく。

 

 

 数秒後、『渦の団』の秘密基地は空っぽの城になった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

*******************

 

「よし、それじゃあ転送した元『渦の団』団員達は改造塔に送って作業員に感情抑制と絶対服従の施術を行わせる感じで。遠征前の会議で言っていた通り、責任者は恐姫だ、しっかり頼むぞ」

 

「わかりました。完璧に役割を果たしてみせます」

 

「うん。彼らはうちが吸収したわけだから、会社でいうなら『GAIA』が親会社で『VORTEX・BUNCH』は子会社だ。そして恐姫は親会社から出向した幹部。組織運営とか大変だと思うが信じてるからな」

 

「! はい、必ず」

 

「よしよし、そんならあとはよろしく。僕は―――」

 

 嬉しそうに頷いて踵を返そうとした男。

 

 

 

「………! 」

 

「―――ガハァッ! 」

 

「お父さんが悲鳴を上げて転がっていったー! 」

 

「なぁに、その説明口調ぅ…? 」

 

「いつものお遊びでしょう。ナイのことを気にしていたら頭が持たないわよ」

 

「お留守番だった分、(うい)姉さまが寂しさを感じるのも仕方ありませんわね。…まぁ、あの勢いはどうかと思いますけれど」

 

「お父、さん、だいじょ、ぶ かな? 」

 

 

 

 

 転がっていった二人だったが、かたや改造人間、かたや上級悪魔の血を引く者。傷一つなく立ち上がってみせる。

 

 

「………。初、突然危ないだろう? 」

 

「………うるさい」

 

「初…」

 

「うるさい」

 

「………」

 

「なんで私を連れていかなかったの」

 

「………」

 

「…どうせ、私がキレて殺すと思ったんでしょ」

 

「………」

 

「…それでもいいから、ちゃんと行くって言ってから行ってよ」

 

「ごめん」

 

「…ん。反省したなら許してあげる」

 

「反省した、反省したよ。だからそろそろ放してくれないかな? 」

 

「…………もうちょっと、このままで」

 

 

 

 ひしっ、と男の胸に抱き着いて離れない少女。

 

 仕方がないのでくっつけたまま歩いて娘たちの元まで帰る。

 

 

 

「ほら、着いたよ。そろそろ降りない? みんなの顔すごいことになってるよ? ほらほら」

 

「………………わかった」

 

 のそりと少女が降りる。

 

 

「はい、それじゃこれで今日の作戦は終了! お疲れさまでしたー! 」

 

「「「「「「「お疲れさまでした」」」」」」」

 

 

 向かい合って整列し、互いに頭を下げる。挨拶は大事。

 

 

 

「じゃあ、幹部一同は通常業務に移行、区切りが付いたら帰ってしっかり休むこと! 」

 

「はい」

 

「なにかな? りゅーちゃん」

 

「パパはなにするの? 」

 

「うん?! あー………一号のところに行って………」

 

「あ、うん。わかった。早く行ってあげれば? 」

 

 竜子の口調に棘が混じる。男はそれに気づいているのかいないのか、照れたように頬を掻いて、懐から拳銃のような何かを取り出した。

 

 

「それじゃ、サラバ! 」

 

 

 男がロードメモリを銃――才古銃(さいこがん)に装填し、引き金を引く。

 彼はそのまま、作られた“道”を通り表の駒王町に戻っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一方、残された6人は心底憎々しいという表情で突っ立っていた。

 

 

「………クソが」

 

「………クソとか言っちゃだめだよ初ねぇ」

 

「腐っていてもしょうがないわよ。私たちは私たちの仕事をしましょう」

 

「う、ん。………でも、やっぱ、り。あのクソ女は、許せな、い」

 

「………体しか取り柄がない癖にぃ…魔力だって使えない、失敗作のくせにぃ…! 」

 

「………。では、私はお父様に任された仕事がありますので、失礼いたします」

 

 恐姫が脳改造塔へと短距離転移で向かおうとテラーフィールドを生身で展開し潜っていった。

 

 転移跡が大きく削れている。怒りと嫉妬を抑えることができなかったようだ。

 

 他の5人も各々オーラを抑えきれず一帯を破壊してしまっているが、後始末は整備用のロード・ドーパントがこなすので問題ない。

 

 

 

「…チッ。私も仕事に戻るよ。培養の途中だったからね」

 

(ココ)もエネルギー制御室に行かないとだねぇ…はぁ、もっと褒めてほしかったなぁ…」

 

 

 

「竜ねぇ、戦闘用の悪魔兵士を5体ぐらいあとで技術開発部(ウチ)に寄越してくれない? 才古銃の新型プログラム作ったんだけど、反動とか対応するメモリの副作用が心配なの」

 

「ええ、いいわよ。ちょうど訓練で傷物になったのがいるから実験でも何でも好きに使ってちょうだい。あ、記憶はあった方がいいかしら? いらないならこっちの方で記憶処理しておくけど? 」

 

「んー、そうだね。兵士としての記憶は消去でいいかな。でも命令を理解できる程度には残しておいて」

 

 

 

 この街、“裏駒王”の支配者たち、各部門を取り仕切る幹部たちは各々の持ち場に戻り、街の管理運営や情報収集、技術兵器開発の仕事を再開するのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 表の駒王町に戻った男―――本名を郷秋敏(あきとし)。またの名を田中耕一、またの名を塚土(おさむ)という彼はルンルン気分で帰路についていた。

 

 

 とあるアパートの一室。「田中」という外れかけの表札がかけられた扉を開け中に入る。

 

 

「ただいまー! 」

 

「あ、秋敏さん お帰りなさい! 」

 

 玄関を抜けると、彼の帰宅を笑顔で迎える美女がいた。

 

 彼女の名は「一号」。郷が生み出した人造悪魔第一号にして、魔力を使えなかった失敗作。そして、彼を助けるために命を落とし…彼に生き返らされたガイアメモリを核とした死体人形。

 そして、愛するパートナーでもある。

 

「イヤー疲れた。さっさとシャワー浴びてのんびりしたい気分だ」

 

「お疲れ様です。今日はカレーを作ってみたんです。もうすぐ完成するので、一緒に食べましょうね」

 

「くぅ………っ」

 

「どうしました? 」

 

「尊みがやばい。帰ってきたら好きな人がカレー作って待っててくれるとか、幸せすぎて死にそう」

 

「そんな…私の作ったカレーですから、あんまり美味しくないかもですよ? 」

 

「いや! 絶対うまい! 愛情は最高のスパイスというからね! シャワー浴びてくる! 」

 

 

 

「………愛情。

 おいしくなーれ、おいしくなーれ。私の愛、秋敏さん、大好きです…」




 次回、『Tの異変/平凡な男子高校生、塚土筬』
 ――兵藤一誠は悪魔である。いつものように教室に入ると、そこには4月の初めから病気で休んでいたクラスメイトの『塚土筬』の姿があった。数週間ぶりに会う級友はどこか雰囲気が違っていて………。


(前日譚。
 異世界転移から幹部製造まで⇩ 
 https://syosetu.org/novel/185279/31.html

 ↑ 『用語集』に飛びます。合計127,886文字、読むのがおっくうな方はそちらをどうぞ。


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