不意に、空が素の青い空に戻った。
どうやら、波は無事に抑えられたらしい。
私が避難所から外に出ると、空の割れ目がスゥッと消えて行くところだった。
「おお、勇者様が波を収められたぞ!」
「おおお!」
「やったああああ!」
村人の方々が喜びの歓声を上げる。
私も、ホッと一息をつくことができる。
「それじゃあ、村の復興に向かうぞ!」
「おお!」
「男衆が先頭に立つのだ! ラグラロックの婆さんがいるとは言っても、討ち漏らしの魔物がいるかもしれないからな」
私はそれに同行する事にした。
ソースケも心配だけれども、今の私には何もできない。
だから、ソースケの代わりに目になるのが私にできる事だ。
「私もついていきます!」
「え、お嬢ちゃんは大丈夫だよ。避難所で待ってなさい」
「これでも、魔物となら戦えます!」
村人たちは困った顔をしたが、私は押し通した。
村は、大体の魔物は討伐されており、魔物にやられて怪我をしている兵士さんが治療を受けていたりした。
村の治療院には、建物はそこまで破壊されていないが倒された勇者様とその仲間が、運び込まれていた。
「盾の勇者様!」
「レイファか。無事で何よりだ」
道中で村の復興を手伝っている盾の勇者様に出くわしたので、声をかけた。
怪我をしていたのか、包帯を巻いているが全然元気そうであった。
「はい、おかげさまで。ソースケは無事とは言い難いですが……」
「仕方ないだろう。だが、騎士団の連中が来る前に去ったほうがいいだろうな」
「そうですね」
私は同意する。
この国は、ソースケには厳しすぎるのだ。
正直、あんなソースケはもう見たくなかった。
「そういえば、他の勇者様方は?」
「ああ、元康と樹は治療院行きだな。錬は……あそこにいる」
盾の勇者様が指差す方に居たのは、剣の勇者様だった。
確かに包帯をしているし重症だが、剣を振り回している。
「宗介に負けたのがよほど応えたらしい。復興の邪魔だし、村の外で魔物狩りなんてされたら色々面倒だから、素振りをしてもらっている。まあ、アイツの仲間も重症で治療院にいるがな」
「そうなんですね……」
「それに、波のボスが人型だったせいか、錬だけ怖じ気付いてしまったらしくてな。アイツだけ比較的軽症だったんだ」
剣の勇者様は険しい顔をして剣を振っていた。
盾の勇者様の情報は、恐ろしい話である。
事実ならば、勇者が波に勝てないかもしれないと言う事なのだから……。
「その、勇者様が波に負けた情報はあまり口外しないほうが良いです」
「……まあ、そうだな。下手にパニックが起きると厄介だしな。村の連中にもそう伝えておくか」
ラフタリアさんやフィーロちゃんは木材の運搬をしているようだ。
「しかし、勇者どもがこんな体たらくじゃ、先が思いやられるな……」
盾の勇者様はため息をつく。
「正直、勇者どもに変わって、宗介が勇者をやってくれれば話が早くて済むんだがな」
「あはは……」
私は苦笑するしかない。正直、ソースケにはこれ以上勇者様と関わって欲しくなかった。
どう考えてもその先には辛い戦いしか待っていないからだ。
ただ、この世界規模の厄災である。力のあるソースケは求められてしまうのだろう。
「だが、気になるのが人型の波のボスのグラスの目的だ。宗介が言っていた、『世界を破壊するために、勇者を殺す』と言う言動からして、グラスの狙いはそれか?」
盾の勇者様がよくわからない事を言い出した。
私が分からないことが顔に出ていたのか、盾の勇者様は解説してくれる。
「ああ、グラスと言うのは、波から出てきた人型の敵だ。宗介が持っていた武器と似たような宝石のついた扇の武器を持っていた」
「はぁ……」
「こいつの目的が、『勇者を殺す事』だったんだ。暴走した宗介の行動と一致しないか?」
「た、確かに……」
ただ、やはりよくわからない。
そもそも、波から人が出てくるなんて聞いたことがなかった。
「だが、グラスは錬たちを勇者だとは思っていなかった。『眷属器』とも言っていたな。どう言うことかわかるか?」
「い、いえ。すみません、お役に立てず」
「ああ、すまなかった。レイファや宗介はラフタリアやフィーロ、武器屋の親父の次に信用がおけるやつだから、聞いてしまった」
そう言われると照れるものがある。
「いえ、ただ、波って謎が多いんですね」
「ああ、もしかしたら、波の正体を探る必要があるのかもしれないな」
盾の勇者様は厳しい顔でそう仰っていた。
その日の夜、私は旅立つ事になった。
同行者はソースケ、リノアさん、アーシャさん、そして、3人の意識が回復するまでライシェルさんが同行する事になった。
「レイファと言ったな」
「えーと、剣の勇者様でしたっけ」
「そうだ。天木錬と言う。宗介の事を頼む」
剣の勇者様もどうやらソースケの事を聞いたようであった。
呪いで暴走状態であった事、両手両足が今でも、真っ黒に焦げている事をである。
「もちろんです」
「そして、今度は俺の仲間を失わないよう、お前を超えて見せると伝えておいてくれ」
「わかりました」
剣の勇者様は、自分の強さに真摯な人のように感じた。
その真摯さがソースケ以外の仲間にも向けばもっと良いんじゃないかなとは思うけれど、私は口にしなかった。
だって、ソースケも自分一人で抱え込んでしまうのだから。
だから、ソースケと似た剣の勇者様に言えるアドバイスはこれだけである。
「早く、信頼できる仲間ができると良いですね」
「……? ああ、そうだな。アンタみたいな人がいるから、宗介も強かったのだろうしな」
「うーん? まあ、頑張ってくださいね!」
剣の勇者様は私と同じくらいの年齢なので、師匠と呼べるような人を見つけるのが良さそうではあるけれど……。これ以上は聞かなそうなのでやめておいた。
「じゃあな、レイファ。今度は捕まるなよ」
「はい!」
「それは私が同行しているから大丈夫だろう」
馬車の中からライシェルさんがそう答えてくれた。
「まあ、気をつける事には越した事ないさ」
ライシェルさんは盾の勇者様の連れてきた兵士さん達と仲よさそうだったので、なんとかしてくれそうである。
「我が弟子候補の一人を頼んだぞ」
「はい!」
ソースケに【気】と言うものの使い方を教えてくれたおばあさんも見送りに来てくれた。
「それでは、お先に失礼しますね」
私は馬車と馬を借りて旅立つ事になった。
目指すは、女王さまのいる東の国である。
ラヴァイトも連れて行きたかったけれど、残念ながらメルロマルク城下町に立ち寄ることはできない。
そうして、私達はメジャス村を出発したのだった。
だけれども、槍の勇者様との騒動はこれで終わったわけではなかった。
まだまだ槍の勇者編は終わりませんよ!