波の尖兵の意趣返し   作:ちびだいず@現在新作小説執筆中

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web版と書籍版の異なる点を見落としていたため再掲です。


分かち合う理不尽

 翌朝、勇者たちの食事が終わった後に食事を取ることになった。

 案の定不機嫌顔の尚文を横目に、案内された席に座り食事をとる。

 ヴィッチはどうやら、勇者たちと食事をとったためか居なかった。

 

「おい! 貴様! いつまで兜を被っている! 冒険者は四六時中兜を被っててむせないのか?」

 

 何故か燻製に指摘された。

 まあ、野営で寝るときは基本いつも見張りを買って出てるし、その時に外していたりする。

 それに、親父さんの好意によって、この兜はむせないので、頭を洗う時以外はついついつけたままにしても問題ない高性能な兜なのだ。

 

「問題ないだろう」

 

 マナーなど知ったことではない。

 黒髪である事を勇者に知られる事の方が問題なのだ。

 メルロマルクは、実は黒髪の人間を見かけることはほぼない。

 黒髪の子供は勇者の血が濃く出たものとして、フォーブレイに送られるからである。

 そんな感じのせいで、転生者が生まれにくい土壌がメルロマルクには形成されているのだ。

 これは日頃の情報収集の賜物だな。

 何で、口の軽い燻製には絶対に知られたくないのだ。

 

「ぐぬぬ……」

「いいからさっさと食えよ。勇者様を待たせることになるぞ?」

「ふんっ!」

 

 燻製は自分の席にどかっと座ると、汚く食べ始めた。

 俺は、フォークとナイフでいつも通りに食べ進める。

 食器に関しては、メルロマルクは洋食に近いせいか、スプーン、フォーク、ナイフが主流だ。

 文化上での食器と言うのは、異世界でも変わらないのだなと思う瞬間である。

 俺たちが出る頃には尚文の姿はなかったが、どこか別の場所で待機しているのだろう。

 メルロマルクの連中は現実を直視できてないんだな。いや、主にクズが私怨でやっている事だったな。

 

 およそ10時頃、俺たちは勇者たちと共に呼び出された。

 

「あ、そこの君!」

 

 呼び止められたのは、元康だった。

 

「……なんだ、槍の勇者」

「あれ、俺って君に何かしたっけ?」

「……なんでもない。どうしたんだ?」

「貴方! モトヤス様になんて態度なのよ!」

 

 ヴィッチがなぜかこっちに寄って来た。面倒臭い奴め! 

 ヴィッチの服装は、王女のそれである。豪華絢爛なドレス姿だ。

 

「……槍の勇者、要件は何?」

「ああ、君の槍を見せて欲しくてね。結構いい槍だし、見せてもらえないかなって」

「ウェポンコピーしたいなら、そう言えばいいじゃないか。ほら」

 

 俺は呆れながら、槍を渡す。

 

「え、あ、ありがとうってなかなか強い槍だな!」

 

 元康は驚きながら俺から槍を受け取ると、ニアフェリーランスをウェポンコピーする。

 ウェポンコピーした槍は、聖武器特有の核がついたものになる。

 

「……ほい、サンキューな。君、ウェポンコピーについて知ってたんだ」

「錬サマから見せてもらったからな」

「……なるほど」

 

 聖武器を間近でしっかりと見たのは初めてだが、これは表層ですら俺には奪えないだろうことがわかる。

 聖武器を奪えるのはタクトの特権だからな。俺はどうやら眷属器4つが奪える最大の容量らしい。

 

「ほらよ、返すぜ」

 

 俺は槍を受け取る。

 

「しかし、錬の名前を正確に発音出来てるんだな。君、もしかして日本人だったり?」

 

 頭がピリッとする。

 ここで正しい答えを言わなければ、頭が破裂するのだろう。

 どちらにしても、答えは決まっている。

 

「これでもメルロマルク人だ。錬サマの発音を真似してるだけだよ」

「お、おう。……そりゃ残念」

「モトヤス様、こんな冒険者風情なんて相手にせずに行きましょう!」

「わかった。じゃな! 頑張れよ」

 

 道化様はそう言うと、颯爽と謁見の間に入っていった。

 俺達冒険者組は、勇者様が入場した後に脇に並ぶ感じで入場する。

 尚文とラフタリアは二人で並んで待機していた。

 

「では今回の波までに対する報奨金と援助金を渡すとしよう」

 

 報奨金と言う単語に対して、尚文がピクリと反応する。

 ギルドやクズから依頼があったりしたんだが、それに対するものだろう。

 錬が仲間と共に挑むクエストの大半は王家からの依頼だったりする。

 

「ではそれぞれの勇者達に」

 

 遠くからだからあまり見えないが、それぞれに銀貨の入った袋が渡される。

 最初は元康からみたいだ。

 

「モトヤス殿には活躍と依頼達成による期待にあわせて銀貨4000枚」

 

 あからさまな贔屓である。

 非常に不快でしか無い。

 周囲を見渡せば、貴族や大臣連中がニヤニヤしていやがる。

 

「次にレン殿、やはり波に対する活躍と我が依頼を達成してくれた報酬をプラスして銀貨3800枚」

「王女のお気に入りだからだろ……」

 

 錬は不快そうな表情をする。

 それもそうだ。

 錬はかなり精力的にギルドや王……クズの出す依頼をこなしていたからな。

 

「そしてイツキ殿……貴殿の活躍は国に響いている。よくあの困難な仕事を達成してくれた。銀貨3800枚だ」

「この辺りが妥当でしょうね」

 

 そうは言いつつも樹の表情は元康を羨む感じである。

 

「ふん、盾にはもう少し頑張ってもらわねばならんな」

 

 クズは偉そうにそんな事を宣う。

 勇者だからそこまで不快さを感じないが、常識で考えればおかしいだろう。

 

「奴隷紋の解呪代として援助金は無しとさせてもらう」

 

 あ、クズには常識がなかったな。

 袋をつかもうとしてスカした尚文は怒りの表情をクズに向ける。

 

「……あの、王様」

 

 ラフタリアが手を上げる。

 

「なんだ? 亜人」

「……その、依頼とはなんですか?」

 

 当然知る由の無いラフタリア達が質問をする。

 

「我が国で起こった問題を勇者殿に解決してもらっているのだ」

「……何故、ナオフミ様は依頼を受けていないのですか? 初耳なのですが」

「フッ! 盾に何ができる」

 

 場内が失笑で溢れる。

 勝手に見下し、勝手に評価して、勝手に失笑するとか、この国やばいな。

 知ってはいるが実際に目にすると、この末期感はヤバい。これは国が自滅により滅ぶ兆候だろう。

 女王が戻らなければ、確実にメルロマルクは亡国だ。

 それに気づかぬ無能な連中がこの場に揃っているのだ。

 

「ま、全然活躍しなかったもんな」

「そうですね。波では見掛けませんでしたが何をしていたのですか?」

「足手まといになるなんて勇者の風上に置けない奴だ」

 

 やはり、錬もその程度の認識かと思った。

 実際はまあ、評価を上げる要素を目撃していないことが原因だろう。

 当然ながら、尚文が反論する。もちろん、皮肉たっぷりだが。

 

「民間人を見殺しにしてボスだけと戦っていれば、そりゃあ大活躍だろうさ。勇者様」

 

 それに元康がスカした表情で答える。

 

「ハッ! そんなのは騎士団に任せておけば良いんだよ」

「その騎士団がノロマだから問題なんだろ。あのままだったら何人の死人が出たことやら……ボスにしか目が行っていない奴にはそれが分からなかったんだな」

 

 元康、錬、樹が騎士団の団長の方を向く。

 団長の奴、忌々しそうに頷いていた。

 

「だが、勇者に波の根源を対処してもらわねば被害が増大するのも事実、うぬぼれるな!」

 

 どちらも正論ではある。

 あんな怪物を普通の冒険者が討伐できるはずもない。

 今の弱っちい勇者なら、3人居てようやく一人前状態だろう。

 逆に、誰も防衛に行かなければ、リユート村は確実に滅んでいたのも事実である。

 

「はいはい。じゃあ俺達はいろいろと忙しいんでね。行かせて貰いますヨー」

 

 尚文は苦虫を噛み潰したような表情で立ち去ろうとする。

 

「まて、盾」

「あ? なんだよ。俺は城で踏ん反り返っているだけのクズ王と違って暇じゃないんだ」

「お前は期待はずれもいい所だ。消え失せろ! 二度と顔を見せるな」

 

 ははは、こりゃ傑作だ。

 勝手に呼んでおいて、散々いじめ倒してコレとか、マジで終わってるな。

 俺がちらっと他の冒険者を見ると、笑ってる連中がほとんどだった。

 ウェルト達は苦笑しているみたいだが。

 

「それは良かったですね、ナオフミ様」

 

 クズの言葉に満面の笑みでラフタリアが答える。

 

「……え?」

「もう、こんな無駄な場所へ来る必要がなくなりました。無意味な時間の浪費に情熱を注ぐよりも、もっと必要な事に貴重な時間を割きましょう」

「あ……ああ」

 

 尚文の表情が若干明るくなる。

 

「では王様、私達はおいとまさせていただきますね」

 

 ラフタリアはそう言うと軽やかな歩調で俺をリードし、尚文達は謁見の間を後にしようとした。

 が、ここで待ったがかかる。

 

「ちょっと待ってください」

 

 樹が自身の正義感に任せて手を挙げてクズに異論を唱える。

 

「なんじゃ弓の勇者殿?」

「昨日の事なのですが、尚文さんに対して行った不正に関する問題はどう考えているのですか? と尋ねているのです」

 

 ああ、あれは確かにただの不正行為……すなわち【悪】だ。樹としては看過出来る話では無いだろう。

 思わぬところから、思わぬクレームが入り、場の空気が固まる。

 

「どう、とは?」

「ですから、ラフタリアさんを賭けた勇者同士の戦いにおいて不正を行なったにも関わらず、勝手に奴隷紋でしたっけ? ……を、解いておきながら援助金を支給しないのはどうなのですかと聞いているのです」

 

 樹の目は、悪を断罪する目をしている。樹の正義感の強さが珍しく、正しく働く場面だろう。

 尚文もその様子に困惑している。

 

「そうだな、俺も見ていたが、明らかに尚文は元康にルール上は勝っていた」

「俺は負けてねぇ!」

 

 錬も便乗する。

 二人とも正義感は正しくあるからな。

 援助金を渡したのならいざ知らず、渡さないというのは勇者的に【無い】行為なのだろう。

 俺は、少しだけ安堵した。

 

「返答次第では尚文さんが本当に性犯罪を犯したのか? というところまで遡る事になります」

「あ、う……」

 

 クズは残念ながら、ヴィッチが尚文に強姦未遂にあったと信じている。ヴィッチの事だから証拠はすでに隠滅済みだとは思うが、遡った際に用いられた証拠が消えていたら? 

 面白いことになるだろうな。

 俺はその事を想像してしまい、ついにやけてしまった。

 

「違いますわイツキ様、レン様!」

 

 さっき元康と一緒に謁見の間に入っていったヴィッチが異論を唱える。

 おそらく、俺が考えた通りを想定したのだろう。

 尚文を追い詰めたあのネグリジェはすでに処分済みなのだ。

 証拠を処分した以上、【なぜ処分する必要があったのか?】【仮に見たく無いという王女の要望があったとしても、国が保管していないのはおかしいでは無いのか】と問い詰めればおしまいである。

 だから、ヴィッチはここで反論する必要があった。

 

「盾の勇者は一対一の決闘においてマントの下に魔物を隠し持っていたのです。ですから私の父である国王は采配として決着を見送ったのです」

 

 苦し紛れの言い訳だ。それなら、解呪した理由を問うことになる。

 決着がついていない以上、奴隷紋を解呪するのは当然保留になるべきだからだ。

 

「考えはわかりますけど……」

「納得は無理だな」

 

 所詮高校生か。

 それは仕方ないだろう。

 ここで邪魔してやりたい気持ちもあるが、こんなくだらないことで死にたくは無いので黙っていることにする。

 内心では馬鹿にするが。

 

「マインさん。それでもあなたが後ろから魔法を放ったことは反則です」

 

 樹は論点を戻した。

 まあ、イタチごっこだからねこういう奴は。

 論点戻して徹底的に追求してやるのが一番ヴィッチには効くだろう。

 

「仕事をしていないのは確かだろうが、見た感じだとギルドからの依頼も来ていないみたいだし、最低限の援助は必要なんじゃ無いか? 実際、騎士団の代わりに村を守ったんだろ?」

 

 ヴィッチは舌打ちをする。

 ここで援助金を渡さないのは、ただの藪蛇だろう。

 クズもそれをようやく理解できたのか、指示を出す。

 

「……しょうがない。では、最低限の援助金だけは支給してやろう。受け取るがいい」

 

 兵士の持った盆から尚文は援助金を奪い取る。

 

「では王様、私達はお暇させていただきますね。勇者様方、正しい判断に感謝いたします」

 

 尚文はラフタリアに先導されて、謁見の間を後にする。

 

「負け犬の遠吠えが」

 

 などと元康が意味不明な供述をしていたが、まあ置いておこう。

 この阿呆はすでにヴィッチとセックスしたにもかかわらず、未だに尚文が強姦魔などという夢を信じているからな。

 ま、錬も樹も及第点をやろう。

 あとで錬には突っ込みどころを教えてやってもいいかななんて考えながら、謁見は終了したのだった。




書籍版の方が後半部分の追求がある分マイルドなんですね。

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