「俺は小手は外した方が良いのか?」
「いえ、構いませぬですじゃ。このババアに気を使う必要はありません」
「そう言うならば遠慮なく」
このババアは作中、勇者以外で最強なのだ。
遠慮なんてしたらそれこそ失礼に値するだろう。
俺が聞きたかったのは、どう言う形式かである。
それにしても、俺の世界でも爺様は最強の人が多かった気がする。
生身でトラックにぶつかって生きている人もいるくらいだ。
あの時、俺が死んだ理由はトラックと壁に挟まれてミンチになったからだ。
他の人間も巻き込まれたんじゃ無いかと思う。
じゃなきゃ、俺は生きているはずだしな。
おっと、思考がそれた。
「え、えええぇぇぇ?!」
レイファだけが驚いているのはまあ、仕方ないだろう。
レイファはこのババアが最強であると知らないのだ。
「では、行きますじゃ!」
俺は脳内を戦闘モードに切り替える。
先程は対応できなかったババアの動きも、目で捉えることができる。
ババアのハイキックに俺は力の流れを見切り、一歩踏み込んで対処する。
俺の当身は当然のことながら、ババアを捉えることができない。
「さすがですじゃ。これならどうかな?」
くんっと足が動き、俺は足を払われる。
「ふっ」
俺は合気道で鍛えた体幹で、足を移動させて対応する。
ババアの正拳突きも、俺は片手で払い当身を入れる。
「なるほど、カウンターの武術ですじゃ。相手の力を利用して攻撃を入れる。これなら、相手の攻撃力に自分の攻撃力を上乗せしたダメージを与えられそうですじゃ」
ババアはそう言うと、飛びのいて間合いを開ける。
作中最強は伊達じゃねぇな!
全ての当身は払われているし、そもそも
「武術はなるほど、このまま鍛錬し続ければよろしいですじゃ。しかし、カゲトラ殿の武術はこの、変幻無双流に通ずるところがありますですじゃ」
俺はカウンターをカウンターで返された。
俺は上手い具合に受け身を取る。
結構激しい音がしたが、ほぼノーダメージだ。
「では、行きますじゃ!」
ババアはそう言うと、俺の胴体に向け突きを放つ。
うがっ、グハッ!
身体の中を何かが暴れまわる!
意図的に弱い部分を作って逃すんだっけ?
ゴリゴリ削られるHPに焦りを感じるが、やるしかなかった。
「ブフゥ!」
何とか、逃すことに成功した。
「ほう、やはりカゲトラ殿には才能があるようですじゃ。初見で気の攻撃である【点】でのダメージを抑えるとは、やはり戦闘センスずば抜けておりますな」
「かはっ、ぜぇ、ぜぇ……」
「ファスト・ヒール!」
レイファのお陰で、なんとか落ち着いた。
俺に戦闘センスなんて無い。ただの経験の積み重ねと、事前知識で知っているからだけだろう。
「さて、カゲトラ殿はこの気を使うセンスがある様子。例え対処法を知っていたとしても、それを実行できるかどうかはやはり才能ですじゃ」
「な、なぜ俺が知っていると……」
「動きですじゃ。ババアから【点】を受けた後、自分の弱点を作り出すように動いておったじゃろう?」
「知らなかったら?」
「そもそも、そこまで続くような量の気を込めておらんでな。体力が四分の一ほど削れる程度で霧散するようにしていましたですじゃ」
つまり、そこまで読んで攻撃したと言うことね……。
原作読んでいても思ったが、何だこのババア。
さすが原作最強のババアと言わざるを得ない。
俺では到底敵わないだろう事は、少し手合わせをしただけではっきりと理解できた。
「お主に時間があるならば、稽古をつけてやっても良いのじゃが、ババアも聖人様のお役に立ちたいと考えておる身じゃ。気の概念を身につける方法程度ならば伝授するがどうですかじゃ?」
「基本?」
「そうですじゃ。本来であれば山に1月ほどこもる必要はありますが、カゲトラ殿は既に掴みかけているように感じますじゃ。ならば、普段から行なっているその呼吸法に気の概念を交えるだけで基本の『き』の字程度ならば使えるようになるはずですじゃ」
「そ、そうなのか?」
ババアはコクリとうなづく。
合気道の『気』は確かに近いものがあるかもしれないからな。
あの時、白い奴と戦っていた時も、俺は呼吸を深くしていた。
あれに秘密があるのだろうか?
「もちろんですじゃ。魔力とは違う力なので、違いをはっきりと意識する必要がありますが、呼吸法は『気』を扱う上で最も重要な基本ですじゃ」
それは流石に理解できる。
武術を嗜んでいるものは誰だって呼吸法は意識するからだ。
正しい呼吸法が身体の体幹を整えるし、いざという時に力を発揮するための鍵になる。
正しい呼吸法は全身に血液を、酸素を巡らせるための重要な方法なのだ。
「そう! その呼吸じゃ! 後は気を意識して、ババアの指示するリズムで呼吸を行うことを毎日続けてみることじゃ」
それから俺は、呼吸トレーニングをババアに見てもらうことになった。
簡単にタイミングと『気』を意識するためのトレーニングだったが、少し変えただけで身体に力がみなぎってくる気がした。
ちなみに、レイファにはそこまでの才能はないとの事であった。
俺も、恐らくリーシアはもちろんのこと、ラフタリアほどの才能ではないのだろう、ババアから門下生だとか、弟子だとか言われなかったので、そう言うことだと解釈した。
「ふむ、いい感じですじゃ。ある程度したらもう一度この村、メシャス村に来なさい。その時は門下生として、指導をさせていただきますじゃ」
「あ、ああ。それは助かる」
メシャス村……確か、ラファン村の南東だっけか。
無茶苦茶に逃げていたせいで、目的のアイヴィレット領からは離れてしまったみたいであった。
「母さん、そろそろ飯だよ!」
ふと、空を見ると夕暮れ時になっていた。
待たせていたレイファには申し訳がなかった。
「では、カゲトラ殿。また会いましょうですじゃ」
「では、冒険者様、失礼します」
ババア達は立ち去る。
俺はレイファのところに向かう。
「レイファ、待たせてすまなかったな」
「うんん? 私はソースケが稽古している間は村の散策をしていたから大丈夫だよ。必要な食料品の買い出しもできたし」
レイファはしっかりしているな。
俺はちゃんとこの子を守らないとなと改めて誓う。
その為にも、早く北に行って、メルロマルクから脱出する必要がある。
「ソースケ、あの強いおばあさんから色々学べた?」
「簡単なことだけれど、ある程度は教わったさ」
正直、web版のタクト戦で殿になって死亡したが、多勢に無勢ではなくタクトvsババアだと、ババアの方が勝つに違いないと改めて感じた。
それほどまでに技は洗練されていたからな。
変幻無双流……その『気』の概念と、俺の合気道を合わせたら、かなり強力な武術になりそうだなと改めて感じたのだった。
さて、俺たちは樹から逃げる為にも、夜中に逃走する必要がある。
西側に移動したいためだ。
亜人の国なんかに逃げてもロクなことにならないのはわかっている。
俺が逃げるべきは北西の国境地帯だ。
ゼルトブルに逃げてしまう予定だ。
メシャス村を出て、3日が経った頃、ついに樹に発見されてしまった。
そして、冒頭の状態になったわけである。
「いい加減に止まりなさい! そして、その女性を解放するんです!」
まるで警察官が立てこもり犯に説得するかのようなセリフに俺は呆れるしかなかった。
「私はソースケといたくて一緒にいるんです! それにソースケは犯罪者じゃない!」
「イツキ様、彼女はキクチ=ソースケにそう言うように脅されているんです!」
「でしょうね、助けてあげますから、我慢していてください!」
まるで、あの時の道化様のような事を言いやがる!
「ふぇぇ、イツキ様、あの子はそうじゃないと思うんですが……」
リーシアがレイファを擁護するようなことを言うと、即座に燻製が否定する。
「リーシア、下っ端のお前がイツキ様に口答えするのか?」
「ふぇぇ、ち、ちがいますぅぅ!」
「ならば黙っていろ。イツキ様の行いこそ、絶対正義なのだ!」
「死ね! クソ燻製死に晒せ!」
俺はそのやり取りを聞いて、燻製に中指を立てる。
「キサマ……! 許さんぞ!」
「何が正義だ! 独善野郎め! どうせお前のことだから、錬に見限られたんだろうが脳筋! いい加減俺とお前の縁を切りたくなってきたわ!」
「何だと!? キサマ……! 犯罪者風情が偉そうに!」
「はっ、事実だからキレるんだろこのスカタン! 少しは陰謀ばっかりに頭を使うんじゃなくて、戦闘中も考えろよボケ!」
あまりにもムカついた為、言いたい放題である。
「ムッカアアアアアアアア!」
地団駄を踏む燻製。
やっぱり、追い出された様子だな。
俺と燻製の応酬に、なぜか引き気味の独善の勇者様。
「マ、マルドさんとは因縁があるようですね。それならば、マルドさんが引導を渡してください。僕達はマルドさんの援護をします」
「ありがとうございます! イツキ様!」
「ふぇぇ」
樹達の馬車が接近してくる。
「ラヴァイト! 近寄らせるな!」
「グアアアアアア!!」
ラヴァイトはさらに加速する。
前回、馬車の中で暴れたのがよほど嫌だったのだろう。
馬とフィロリアルのレースの様相を呈していた。
前回俺に蹴り落とされた事がトラウマになってか、なかなか飛び乗って来ない燻製。
俺は飛び乗ってきた瞬間に撃ち落としてやろうとクロスボウを装備していた。
またナイフを腹にさして蹴落としてやる。
俺がそんな事を考えていると、レイファの悲鳴が聞こえたのだった。
「ソースケ! 前に人が!」
「スケアードさん、止めてください!」
競っていた馬車二台が、人の近くで進みを止めた。
「覚悟しろ! 犯罪者!」
燻製が当然のように馬車から降りると斧を構えて俺の馬車に乗り込んでくる。
俺は当然蹴り飛ばすが。
一方、馬車の前方では、樹が倒れている人を抱き起こしていた。
「大丈夫ですか?」
「……あ、……あ」
「スケアードさん、水を飲ませてあげてください」
「わかりました、イツキ様! おい、リーシア!」
「ふぇぇ、は、はい、すぐに準備しますぅ!」
はてさて、この人物を助けたことはいい事だったのか悪い事だったのか、俺には判断付かなかった。
だが、この件に女神が介入していることに気づいたのは、その途中のことであった。