コロシアムは俺の想定通り、VIPと一般客の経路が完全に分断されている作りになっていた。
俺たちは普通に並んで、普通に観客としてコロシアムに入る。
それで普通に入れたのだから、一般客に対する警備体制はガバガバである。
見せしめ的な意味もあるのだろうけれどね。
逆らったらお前らもこうなるんだ、的な意味でね。
コロシアムは、中央が闘技場、両端に魔物が通る程大きい入場口があり、それを取り囲むようにぐるりと一般席がある。その上にはめ込みガラスで囲われたVIP席があり、一部が豪華な感じになっていた。
チラリと見ると、側近と思わしき尖兵が待機している。
そして、そこにある椅子はまるで王の座る椅子であった。
あそこにマリティナが座るのだろう。
闘技場の4角にはマリティナの像が設置されている。
いや、なかなかに悪趣味だなこれは。
人々は賑わっており、娯楽としての機能も果たしていそうである。
一般席は一人30銅貨と言うお手頃価格だしね。
しかし、今日に限って言えば超満員である。
「おい、今日は何かのイベントか?」
俺が隣の席に座っているやつに話しかけると、興奮気味に答えてくれる。
「お前知らずにきたのか? ああ、旅人か。なんでも、重罪人同士を殺し合わさせる新しい試みをされるそうなんだ。それで、賭けが盛り上がっているのさ。それに、この街に住む連中は必ずこの戦いを観るようにとのマリティナ様の御達しなんだぜ」
「ふぅん、なるほどな。ありがとうな」
俺は情報料がわりに銀貨1枚を渡す。
「え、くれるの? わりぃな」
ちなみに、対戦カードは事前にわかっている。
ジャンヌvsレジスタンスの連中である。
決着はどちらかが死ぬまでとなっている感じだ。
マリティナから益を享受している連中にとっては見せしめであり娯楽なんだろうな、と思う。
安全圏であるからこそ、楽しめるのだろうなと俺は感じた。
『さて、諸君!』
コロシアムに声が響く。
見上げると、銅像の女……マリティナが偉そうに立っていた。
奴が居るのは例の王座の部屋である。
まさに高みの見物だろう。
気づけば、VIPの観戦席も人が歓談しながら見ていた。
マリティナ派の貴族だろう。
しかし、マリティナを見た瞬間に、心に黒いドロッとしたものが溢れてくる。
声を聞くだけで、何かの呪いを発しているんじゃないかと思えるほどである。
『今日は諸君らに素敵なものを見せることになった! 愛らしく、強い剣闘士ジャンヌ=ダルクと人間の殺し合いだ! 魔物との殺し合いとは違って、楽しめる事は間違いないだろう』
普通に美声の筈なのに、俺には耳が腐るような声にしか聞こえなかった。
まさに、汚物・オブ・汚物だろう。
さっきから感じていた殺意レーダーは奴を指していたのだ。
『さあ、殺し合いをお楽しみください。極上の狂気と悲鳴をご用意しています!』
マリティナが宣言するとともに、角笛が鳴り響く。
そして、巨大な扉が開き、それぞれ女性と男性が剣とバックラーのみを装備して舞台の上に上がる。
『さて、つまらない小細工が入らないように、それぞれ命の他に奪われたくないものを賭けている。ジャンヌは母親、ガインはそこに張り付けてある妹の命だ!!』
胸糞悪い奴だ。
遠くて見えにくいが確かに、女の子が貼り付けにされている。
こちら側は、母親らしき女性だ。
「ジャンヌぅぅ!」
マリティナの宣言に、コロシアムが歓声に包まれる。
流石に人間無骨とクロスボウは持ち込めなかったので、手元にある剣だけで解決する必要があるな。
『では、始めよ!』
殺し合いが始まった。
「ガインって、あのガインさん?! こんな、ひどい! ソースケ、助けなきゃ!」
リノアが反応する。
確かに、助けるべきである。
だが、よく考えれば今すぐに動くわけにはいかなかった。
奴隷紋のオーナーが誰かわからない、あの人質をどうやって助けるかもわからないのだ。
「……皆殺ししかないかな」
俺はそう呟くと、立ち上がった。
「ソースケ?」
「リノアはリーシアやえーっと」
「レイノルズです」
「そうそう、レイノルズさんと一緒に人質が救出できないか調べておいてくれ」
「ソースケはどうするの?」
「皆殺しだ」
「え?!」
そう、俺は置いてきた人間無骨+を取ってきて、VIP席側に侵入して皆殺しにするつもりだった。
誰が奴隷紋オーナーかわからない以上、皆殺しする以外にないだろう。
あの格闘家の尖兵やもう一人強力な波の尖兵がいるようだが、知ったことではない。
こんな残酷な事を見過ごせるほど俺は人間ができてはいなかった。
「待って、ソースケ。私も行くわ」
リノアがそう言うが、俺は手で制した。
「悪いが、それこそクラスアップでもしていない限りは足手まといだ。人質を解放する方を考えて欲しい」
「でも……」
「大丈夫。どうせ俺が暴れ出したらアーシャも出てくるだろうしな」
正直言うと、これから俺が作る地獄をリノアに見せたくないと言うわがままである。
俺はもう、堕ちるところまで堕ちたが、リノアはまだ堕ちていない。
人間の命と言う重りを担がせるわけにはいかないだろう。
「……やっぱり私も行く」
ぬーん、どうしよう。
好きにしろとは言えないしなぁ。
「いや、だから……」
「ソースケが暗殺するのは見ているわ。だから大丈夫よ」
「どこがだ」
俺とリノアの押し問答に、レイノルズさんが割って入る。
「時間がありません。20分程でしょう。その間に我々はやるべきことをやらなければ! リノアさんとソースケさんが奴隷紋の対処を、私とリーシアさんで人質の救助ができないか、探ります。良いですね?」
そこまで言われたならば、俺が引き下がるしか無かった。
「わかった。リノア、地獄を作るが後悔するなよ?」
「任せて!」
やれやれ、仕方ない。
俺はリノアと共に、コロシアムの会場を抜け出たのだった。
樹達は樹達で、ジャンヌを救うために動いています。
ただし、救うのはジャンヌのみですが。