回復魔法をかけて、どうにか二人を連れて宿に戻ると辺りはすっかり暗くなっていた。
「そんじゃ、飯でも食べながら親睦会というか色々と話そうぜ」
「そ、そうですね」
「……」
疲れた顔で返事をしたり無言で頷く二人。パワーレベリングって実際にやるとこんなことになるのか。
そんなことを考えながら酒場に降りていくと、他の冒険者らが飲んでいたり騒いだりしていた。
そんな中とある姿が目に入った。
「我らが勇者、イツキ様にカンパーイ!」
「「「カンパーイ!」」」
とあるテーブルで弓の勇者である樹とその仲間達が結成パーティーを開いているのが目に入った。
ここは樹が泊まってる宿だったのか、すると通りの向こう側にあるのが元康で近くに尚文もいるだろう。
「樹ー」
「おや、刹那さん。どうもこんばんは」
「偶然だな、お前もこの宿に泊まってるのか」
「ええそうです。ちょうど今から皆で結成パーティーをやるところなんです」
「へえ、そうか。そんじゃ俺らは邪魔にならないように飲んでるよ」
俺は樹達のいる席から離れ、カウンター近くのテーブルに座った。
「そんじゃ色々と頼んで、飲もうか」
俺は文字が読めないので、クルトに代弁して酒や料理を注文してもらい、出てくる料理を次々と口の中へと放り込んだ。
しばらく食事をしながら談笑を交わしていると、なんとなく気になったことがあった。
「そういえば二人って何で冒険者になったんだ?」
ーー後になって思うが、この時にそれを聞いておいて本当に良かった。
「……自分には母親がいるのですが……母は……病に冒されておりまして、その薬代を稼ぐために……」
母親のためか、なんて献身的なんだろうか。
「わ、私はっ!そのっ!」
「落ち着け」
「は、はい!私は妹がいるのですが、まだ幼くて、両親は……つい最近、依頼で失敗して……生活費を稼ぐために冒険者になりました」
随分と重い話だな、よくある冒険者の最期って、実際に聞くとかなり心にくる。
けど二人とも家族のために冒険者になったということかぁ。
「セ、セツナ様?」
「うぅぅうう!苦労してるんだなぁぁぁ!お前らぁぁぁ!」
両目から滝のように涙を流し、俺は二人の肩を叩く。
「ひゃあっ!セツナ様!?」
「クルトも!ローゼも!家族想いなんだなぁぁ!」
俺は家族ものの話に弱い、映画とかでそういうジャンルを観ると必ずと言っていいほど泣く。
酒も入っているせいか少々テンションが上がっているのもあるだろう。
「苦労しているんだなぁ、二人とも」
「い、いえ、そんなことは……」
「それに比べて俺なんかさ、元の世界じゃーー」
ここでふと思い出した。そうだ、尚文の宿も近くにあるのならヴィッチに装備や財産を盗られる前に俺が預かることもできるんじゃないか?
だが、実際に枕荒らしをするようなものだし、それで俺に疑いをかけられたら助けるどころの話じゃない。うーむ、どうするか…
「セツナ様?どうなされました?」
「あ、すまん。少し考え事をしていた」
とりあえず尚文のところへ行って、その時に考えよう。
「少し飲みすぎた、風に当たってくる」
俺はそう言って外に出た。
「ふんふ〜ん、ふふっふー」
気分良く鼻歌を歌いながら尚文の宿を探していると、元康の泊まっている宿の前に来た。
中からは元康と仲間の女の子の楽しそうな笑い声が聞こえてきた。
「チッ、リア充爆発しろ」
ガンッと壁を蹴ってそのまま俺は通りを歩く。
「ここかな?」
時間帯的にまだ備え付けの酒場で2人で飲んでいる頃かな。一応姿を隠して……姿を消す魔法はまだ使えないし、ローブもないな。武器屋で買っておけばよかった。しょうがない。
「ああ、俺はあんまり酒が好きじゃなくてな」
「そうなんですか、でも一杯くらいなら」
ちょうど尚文がヴィッチにワインを勧められ、それを断っている会話だった。それを俺は近くのテーブルの影に隠れながら聞いていた。
「今日は早めに休むから」
尚文はそう言って席を立ち、自室へと戻っていった。
俺は尚文の後をこっそりストーキングして、尚文の部屋を確認すると酒場の入り口まで戻り再び入店する。
「おや、そこにいるのは尚文の仲間の……」
「っ、あらセツナ様ではありませんか。どうなされたのですか?」
ヴィッチは繕ったような笑顔でそう答える。
最初「なぜここに?」みたいな驚きが見えたのを俺は見逃さなかった。
「いやぁ、ちょっと飲みすぎて夜風に当たってたら尚文の姿が見えてね。アイツはもう寝ちまったのか?」
「ええ、盾の勇者様は早めに休むとおっしゃられてました。私ももう休もうかと」
これから尚文の部屋に行って装備と金を盗むんだろ?そうはさせないからな。
「そうか、尚文とも話がしたかったが寝たのなら仕方ないな。俺も戻って休むとしよう」
「はい、おやすみなさいセツナ様」
俺は尚文の宿を出てすぐに裏口から中へと入り尚文の部屋へと向かった。
「ここだな」
尚文がいると思われる部屋のドアの前で俺は立ち止まる。
「尚文は……もう寝ているようだな」
「zzz」
ドアの隙間から尚文が寝ているのを確認して、俺はこっそりと中へと入った。
ヴィッチが来る前に、ちゃちゃっとすませますか。
「全く、尚文も不用心だな」
机の上に銀貨の入った袋とくさりかたびらが無造作に置かれていた。
「とりあえず……すまん、絶対に、絶対に返すから、一時的に預かるだけだから……」
小声で尚文に謝りながら俺は銀貨の入った袋を自分の懐へと入れた。
くさりかたびらはーー
そう思っていると廊下を歩く音が聞こえてきた。ヴィッチの奴もう来たのか、仕方がない、装備は諦めるしかない。
俺は尚文のベッドの下に潜り込み、ヴィッチが入ってくるの待った。
少ししてガチャリとドアが開く音が聞こえると誰かが中に入ってくる。隙間から目を凝らして見るとヴィッチだった。
「…あら?」
机の前まで歩いてくると少し困惑したような様子になった。銀貨の入った袋が見当たらないのだろう、残念だがお前には一銭たりとも渡さん。
「んんぅ」
すると真上から尚文の寝言が聞こえてきた。
「っ!」
ヴィッチはそれに少しだけ動揺すると仕方なしにくさりかたびらと尚文の服を取って呟いた。
「フフフ……馬鹿な男、騙されちゃって……明日が楽しみだわ」
そう言ってヴィッチは出て行き、足音が遠くなるのを待った。
確かヴィッチの部屋は尚文の隣だったはず、左右からドアの開閉音が聞こえなかったということはこれから元康のところへ行くのだろう。
俺は音を立てないようにゆっくりとベッドの下から這い出て、尚文の宿を後にした。
さて、とりあえずこれで金銭の確保はできた。明日、俺にも冤罪が被さらないように自分の宿に戻ってアリバイ工作だ。