第一話/ROCKSTEADY
旅立ちの時はすぐに訪れた
夜だってのに空は明るかった
見覚えの無い星が馬鹿に目立つ夜だ
珍しく口を開いた君が言った
ーーーーー
初夏には遠く、梅雨明けには早い6月の半ば。
梅雨時の半ばとしては奇跡的に晴れた、それはまるでエアポケットの様な1日だった。
「逆神燈真です、よろしく」
担任に促され、黒板に書かれた文字通りに少年は自分の名前を告げた。
僅かなざわめきと集束する視線の先で、少年、燈真は目を伏せ小さく御辞儀をする。
「あー、逆神君。
ピアスは一応校則違反だから気をつけるように」
再び促され席に着く燈真へと、くたびれたと形容するのが最適な風貌の担任が声を投げ、燈真は頷く。
しかし、頷くだけで燈真が左耳のリングピアスを外す事は無かった。
“転校生、ちょっとヤンキーみたい。
チャラいね、こわ”
新しいクラスメートへ好機の視線とヒソヒソ話を受け、燈真は声のする方へ視線を投げ返す。
切れ長の瞳は二人の女子生徒を映すも、すぐさま外の景色へと向けられた。
雲一つ無い青空、カラッと晴れ上がった1日。
高校三年生の夏前、転入日としては幸先が良いのだろうか。
チャイムが鳴り、担任と入れ替わりに教室へ入ってきた眼鏡の教師が、黒板の文字を大雑把に消していく。
「きりーつ、れーい」
どこか間延びした教師の声にクラスメートは立ち上がって礼をし、やや遅れて燈真もソレに習った。
そして、言われるがままに教科書を開き、ノートを取っていく。
(数学、好きじゃないんだよな……)
しかし、それも途中で意味のない落書きへと変わり、最終的にはペンが止まる。
頬杖をつき、視線は再び窓の外へ。
窓際の一番後ろの席は、余所見をするのには一番良い席だろう。
クーラーは掛かっておらず、開いた窓からは微かに湿気を孕んだ風が入っていた。
遠くに聞こえる車の音と、僅かなざわめき。
自然と起こる欠伸と続く眠気に、燈真は身を委ねた。
ーーーーー
「……君、逆神君」
どうやらと言うか、確実に眠っていたらしい。
側で聞こえる高い声に、燈真は薄く目を開く。
視界に射す一筋の明かりにゆっくりと目を慣らし、数秒掛けて瞼を上げた。
「……誰?」
視界に映る声の主、明るい茶髪に大きなメガネ。
小柄なキノコカットをした、前の席の少年へと燈真は声を投げる。
ぶしつけと言えばぶしつけだが、単刀直入に問うた。
明るい茶髪は地毛だろうか、切り揃えられた前髪を揺らして少年が答える。
「僕の名前は七星輝。
逆神君、一限目からずっと眠ってたみたいだけど……もうお昼休みだよ」
「シチセイアキラ……あぁ、もう昼なんだな」
律儀にフルネームを答えた少年、輝の名前を反芻し、燈真は寝ぼけ眼を擦った。
机に突っ伏していた身体を起こし、椅子に座ったまま上半身を伸ばす。
教室を見渡せば生徒の姿は疎らで、残っている何人かは机を対面同士にくっつけて弁当箱を広げたりしている。
「お昼、食べないの?」
昼休みのざわめきの中、輝が問い掛ける。
「食べるよ、寝てても腹は減るみたいだ。
ただ、今日は昼飯を用意してなくてさ……購買なり食堂なりに行かないと」
輝の問い掛けに答えながら燈真は立ち上げるも、何かを思い出したかの様に立ち止まった。
「……行かないと、なんだけど来たばかりで場所がわからない。
七星君、良ければ場所教えてくれない?」
そう、燈真は転校初日でトイレの場所すらわからないのだ。
購買も食堂も、恐らくはあるのだろうが場所がわからなければ辿り着くのにはそれなりに時間が掛かるだろう。
辿り着いた所で時間切れ、になるのは避けたいとすれば……聞けばいい。
何、簡単な事だ、丁度目の前のクラスメートが声を掛けてくれたのだ。
別段臆する事もない、目の前のこのキノコカットは見るからに大人しそうなだし少なくともヤンキーには見えない。
むしろ襟足を伸ばし、ピアスをつけている自分の方がヤンキーと言われるだろう。
目つきが悪いと時折言われる、切れ長の瞳を向けて燈真は問うた。
「良いよ、せっかくだから一緒にお昼食べないかな?」
ーーーーー
二つ返事の後。
着いて来てとの輝の言葉に燈真は頷き、席を立つ。
教室を抜けて廊下を進み、階段を登り切った先に辿り着いたのは屋上だった。
施錠されていないドアノブを回し、屋上へ歩み出る輝と燈真に、突如として容赦ない照り返しが襲い掛かかった。
しかし、目を細める燈真とは反対に輝は瞬きすらせず、歩を進めていく。
「遅いじゃん、……ってその後ろの人が転校生?」
輝の進む先、屋上の端に立てられたビーチパラソルの小陰から声が飛ぶ。
「ごめんね、飲み物買ってた。
こっちはメールで話した転校生の逆神君、お昼持って来てなかったらしくてね」
声の主、黒髪の少女へと輝は返事をし、その隣へ座り珈琲の缶を渡した。
そして、燈真を手招きしながら持って来た自身の弁当箱を広げていく。
端から見れば二人はカップルに見えるし、その間を割って入るのはどうかと燈真は躊躇った。
しかし、此処まで来て断る訳にも行かず、丁度腹の虫も“ぐぅ”とその声を挙げた為に、燈真もパラソルの作る小陰へと進んで腰を下ろした。
「私はあかり、黒野あかり。
輝の幼なじみで別に恋人とかじゃないからね」
輝を挟んで逆隣、ビニールシートに座る少女が自己紹介をしながら、男物の大きな弁当箱を取り出す。
幼なじみであると言った以上、輝の恋人ではないらしい。
「……弁当、余り?」
各々広げらる二人の弁当箱とは別に、あかりが新たに広げる弁当箱。
数としては余るソレに視線を落とし、燈真は聞いた。
あかりが持って来たであろうそれは明らかに男物のデザインが施された弁当箱であり、おかずの種類はあかりの物とほぼ同じ。
恐らく別の誰か別の人の分なのだろうか。
「そうそう、部活の朝練があるから、弟の分も先に私が持って行ってたんだけどね……弟の奴、今日学校サボリみたいで。
結構あるんだよね、サボリ。
だからそんな日は輝と分けて食べるんだけど、今日は……えっと、逆神君に譲ろうってね」
あかりの答えに納得し、燈真は頷く。
そして、小さく“頂きます”と手を合わせ、箸を手に取った。
ーーーーー
輝は小柄だが意外にも良く食べるらしく、弁当箱を空にした後もデザートと言ってあんパンを頬張っていた。
隣のあかりも大食いのようで、輝から菓子パンを奪って口にしている。
「逆神君のピアス、それ女物じゃない?」
飲み干した珈琲の缶を置き、不意にあかりが燈真に声を掛けた。
燈真の左耳たぶに揺れる白金の輪、ソレを見詰めてあかりは返事を待っている。
「……そうだよ」
質問されている以上、答えない訳にもいかず、燈真は一拍の間を置いて短く答えた。
しかし、それ以上の会話の続きを拒む様にポケットからスマホを取り出す。
ほぼ無意識の内にロックを解除しホーム画面を表示させた。
丁度その時だった。
「あっ!そのアイコン……GBDEXだよね!?」
ピアスの話には殆ど反応しなかった輝が声を挙げ、燈真の手元を覗き込んで来たのだ。
燈真が持つスマホのホーム画面に映る一つのアイコン、GBDと表示されているソレを輝は見つけたらしい。
「逆神君もやってるんだぁ……」
アイコンから視線を燈真へと移し、輝は嬉しそうな声を上げた。
「あぁ、ガンダムのゲーム、兄貴と一緒に……やってたと言うかやらされてたと言うか。」
どうやら輝も同じアプリを持っているらしい。
ピアスの話をしたくない燈真としては、こっちの方へ話を移す方が良い。
「七星君もやってるみたいだし、久々にやってみようか」
あかりとの話は終わったと言う風に、燈真はアイコンをタッチしアプリを起動する。
久々の起動の為、更新データを受信しインストールしていく合間に、輝との会話を進めた。
「何だっけ、実はあんまり覚えてないんだよね、このゲーム」
「GBDEX-DWだよ、ガンダムビルドダイバーズエクストラ・デュアルウォリアー
自分で作ったガンプラをデータとして取り込んで、自由に対戦出来るゲームだよ」
「あー、そんな名前だっけか。
プラモデルの写真を撮ってすればゲームで使えるんだったっけ」
「そうそう、今年の4月にABからDWに更新されたんだよ。
って2カ月前に実装された新作を久々にって……」
どうやら更新には時間が掛かるらしい。
思ったより長く空いた間を埋める様に、ピアスの話題は全く入らない様に、燈真は輝との話を続ける。
「あ、ダウンロード終わりみたいだね。
ログインして、ホームへっと」
輝の声に従い、燈真は新たに更新されたアプリを開く。
ログインして、ホームページへ進んだ。
(懐かしいな、前にやってたのとは色々違うみたいだけど……)
新たに開かれたページ、所謂マイホームと言われる画面に表示されるのは大きな菱形のアイコンが三つと、その隣に立つ“ガンダム”の姿。
それを見て、燈真は懐かしいと小さく息を吐いた。
「おぉー、これが逆神君の機体なんだね!」
先程よりも近く、身を乗り出して輝はスマホを覗き込んで感嘆の声を挙げた。
どうやら彼はこのゲームがとても好きなようだ。
「黒を基調に赤と金の差し色に、アクセントのライトグリーン……大きな翼は片方だけ?
大型のライフルと言うか何だろう、ドラゴンの顔みたいだね」
燈真のスマホを覗き込んだまま、画面に映る機体の姿形を口にする輝。
その隣ではあかりが呆れた様に、どこか寂しそうに青空へ視線を向けていた。
「名前はLFDW……なんて読むんだろう」
機体の上に表示される名前の読み方がわからず、輝が首を傾げた。
「何か略称じゃないの?」
隣のあかりが口を挟む。
「名前、何だったかな……」
兄と共に、と言うより兄に“手伝え”と言われやっていたゲームであり、機体等は全て兄が用意していた為に燈真はノータッチなのだ。
操作方法等はそれなりに覚えているが、名前はすっかり忘れてしまっていた、元より、覚えていなかった。
「あー、あれだよ。
デミ・ウィングって呼んでた」
記憶を辿り、兄の声を思い出す。
何しろ高校受験前後、数年前の話だ。
「デミ・ウィング……片方だけの翼、片翼か」
微かに思い出したその単語を輝は反芻し、その意味を口にする。
そして、残るLFの意味を予想しだした所で、燈真が口を開いた。
「思い出した、名前」
丁度その時、昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴った。
響く鐘の音が、大気を揺らす。
その音に掻き消されないよう、燈真は
その名前を呼んだ。
「ロストフリーダム……
“ロストフリーダム”デミ・ウィング」
pixivにて連載中の同名小説を改稿した作品です。
現在26話+外伝3話+extrastory3話有り。
よろしくお願いします。
主人公ビジュアル追加しました。8/28