GBDEX-DW   作:顔剥ぎの屠竜刀

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第五話/音の無い部屋

 

 

波のように押し寄せてくる

例えようのない寂しささえ

忘れてしまうのが怖い悲しい愛しい

あなたの居ない部屋

あなたの居ない街

ここから私のこの物語は続いていく

 

 

ーーーーー

 

 

私が再び旧校舎の屋上に着いた時には、青空は橙色から濃紺にその色を変えていた。

まだ熱が残る屋上を歩き、その端へ向かう。

 

底の磨り減ったローファーが足音を立て、微かに聞こえる虫の音と重なった。

規則正しく聞こえるその音は、私だけの二重奏。

 

時間を掛けて辿り着いた屋上の端、掴んだ欄干はいつの間にかすっかり冷め切っていて、熱くて触れれなかった昼間とは大違いだ。

手摺りを乗り越え、私はゆっくりと夜空を仰ぐ。

 

濃い藍色の空には星が瞬き、私はその煌めきを掴もうと手を伸ばした。

しかし、届く事は決して無かった。

 

けれど、星々の輝きは掴めなくても、夜空に飛び込んでいけそうな気がした。

 

今この瞬間だけでも良い、天地が逆さまになれば良いのに。

そうなれば、目の前に広がる星の海へ飛び込めるのに。

 

私は一歩、足を前に踏み出した。

屋上の縁からローファーの先が少し飛び出す。

 

不意に吹く夜風が髪を靡かせ、右耳のリングピアスが揺れた。

涼しげな夜気を孕んだ風に背を押される様に、私は更に進む。

 

両手は夜空へ伸ばしたまま、躊躇う事なく私は飛んだ。

浮遊感が身体を包み、目一杯伸ばした手が星座を掴もうと広がる。

 

そして、一拍の間を置いて重力と言うしがらみが私を伽藍締めにして……

 

ーーーーー

 

アラームが鳴った。

枕元のスマホが震えながら音を吐き出す。

 

ぼやけていた音の輪郭が揺れ、段々とはっきり聞こえてくる。

それは学生の頃によく聴いていたロックバンドの曲だった。

 

強烈なギターフィードバックのイントロから続く、疾走感のあるメロディと忘れる事無い歌詞。

このボーカルは英詞より日本語の歌詞の方が味があるよ、そんな言葉を思い出しながら私は目を覚ました。

 

アラームを止めて時間を見た。

午前7時、寝坊せずに済んだ。

 

サークルの呑み会は日付が変わっても終わる気配がなく、フェードアウトするように抜けて帰ったのだが、正解だったようだ。

SNSにアップロードされている写真を見る限り、明け方まで続いていたらしい。

 

寝ぼけ眼を擦り、私はベッドから抜け出した。

裸足で板の間を歩き、冷蔵庫から取り出したミネラルウォーターのボトルを開く。

 

水を口に含み、その心地良い冷たさが目を醒ます。

喉を通る冷感が食道を抜け、胃へと辿り着く頃には、私は風呂場へと向かっていた。

 

鏡に映る化粧っ気のない顔は、多少は垢抜けてきたのだろうか。

シャワーヘッドから溢れるお湯が雨の様に降り注ぎ、そんな考えごと寝汗を流していく。

 

茶色のボブカットが濡れ、首筋から肩へ、胸から下腹部へと暖かい液体が流れ落ちる。

小さくはないが決して大きくもない胸と、下腹部に走る大きな傷痕。

 

股から大腿、膝から足先までを眺め終え、私は目を閉じた。

 

ーーーーー

 

日笠を差して、キャンパスまでの長い一本道を歩く。

カフェで優雅なひと時を過ごす程の余裕はなかったが、ちゃんと目覚めれたおかげで朝食を摂る時間はあった。

 

家を出る前に食べたサンドイッチが良い具合に消化され、エネルギーとなって私を動かしている、気がする。

このペースなら一限の講義には十分間に合うだろう。

 

日笠に描かれた猫と地球儀のイラストを見て、今日が6月24日なのを思い出した。

誰が言ったか、6月24日はUFOの日らしい。

 

窓から“おっくれてるーー!!”と叫ぶ輩が居るかもしれない、寧ろ何人か居て欲しいとも思った。

しかし、UFOの日は今の私にとってはまた別の意味を持つ日付なのだ。

 

同じような格好の大学生に混じり、私も進む。

校舎に入り、階段を登った。

 

丁度一年前の今頃だったか、ここではいまた別の学校、高校の屋上へ登ったのは。

あの時掴んだ欄干の熱さは未だに覚えている、夜になれば冷め切ったソレも、その後の事も。

 

「おっはよ」

 

背後から人影。

160代中程の私より頭一つ小さな、少女と言っても通るであろうサークル仲間が、相合い傘をするように私の隣に並んだ。

 

彼女は私と同じく、昨夜の呑み会に参加していた。

いつの間にかその姿は見えなくなっていたから、タイミングを見計らって帰ったクチなのだろう。

 

「なーんか暗い顔してるけど、元カレの事とか思い出したり?」

 

覗き込んで来る彼女の言葉に、私は返事に詰まった。

それは“そうです”と言っている様なものだ。

 

「一年前の事でしょう?

 連絡取ってないって聞くし、向こうからも連絡がないなら自然消滅だよソレって」

 

苦笑いにも見える笑みを向けられ、私は薄い笑みを返した。

確かにそう言われればそうだ。

 

“事故”の後、“彼”は半年程目を醒まさなかった。

転落事故による大怪我、半ば植物人間に近い形になってしまったのだ。

 

そんな彼が奇跡的に目を醒ましたのはバレンタインデー頃だったか。

その頃には私はもう引っ越して居たし、彼が高校に戻って来る事もなかった。

 

日常生活に支障が出る程の後遺症を負ったと聞いたのはつい最近だったが、メールすら送る事はしなかった……出来なかった。

向こうからの着信は一度だけあったが、受ける事も出来なかったのだ。

 

「ホラ、切り替えないと変な男の付け入る隙になっちゃうよ?」

 

続く言葉にもぐぅの音すら出ない。

わかっている、つもりなのだ。

 

世間一般からすれば、一年……半年以上連絡を取らない事は“そう言う事”と括られてしまうだろうか。

それでも、私は未だに右耳のピアスを外す事はしていない。

 

揺れる白金のリングピアスが、窓から射し込む日に煌めいた。

 

ーーーーー

 

終業のチャイムが鳴る。

相変わらずの間延びした声に続くクラスメート達の一礼。

 

バラつきのあるソレから目を離し、燈真はスポーツバッグの肩紐を掛けた。

今日からテスト準備期間と言う事で、

 

“部活ねーしゲーセンな”

“バーガーショップで勉強する?”

 

そんな声が教室を埋めていく。

高校三年生となれば受験や就職が控えている筈だが、それを感じさせない……考えたくない生徒も少なからず居るようだった。

 

「逆神君」

 

前方から聞こえる輝の声に頷き、燈真は歩き出す。

輝とは昨日と同じように昼休みを一緒に過ごし、帰り道も駅まで同じだ。

 

廊下を進み階段を下る。

下駄箱から靴を取り出して履き替え、昨日と同じく輝を待った。

 

昨日と違うのは天気で、今日は昼過ぎから雲が広がりぐずついた空模様だ。

今すぐでは無さそうだが、じきに雨が降り始めるだろう。

 

曇り空を仰ぎ、輝を待つ。

そんな燈真に声を掛ける者達がいた。

 

「よぅ、逆神」

 

視線を空から戻し、声のする方へ向ける。

視線の先には三人の学生が居たが、顔はわからない。

 

「……ごめん、誰」

 

燈真とそう変わらない身長の三人組は、燈真の返事に“はぁ?”と息を吐いた。

 

「クラスメートだよ、覚えてねーのか」

 

三人組の中央、短く刈り込んだ短髪の生徒が続ける。

 

「暇なら遊ばねーか?

 七星とつるむより、お前“こっち寄り”だろ」

 

その口調は荒く、燈真は片眉を上げた。

 

「メガネオタクより俺らとつるむ方が良いだろうと思ってよ。

 ほら、七星のヤツ変わりモンだし、頭おかしいしな」

 

「変わり者?」

 

“頭がおかしいのはお前だろう”と、燈真は言葉尻を飲み込んで聞き返す。

どうやら彼ら三人は所謂ヤンキーの類いで、燈真も“そう”見られているらしい。

 

「そうだよ、障害持ちのオタクだよ、他のクラスの奴と揉めた時凄かったしなぁ……拘りが強い、つーの?知らんけど」

 

障害持ちと言う単語を強めて話す短髪の顔には、恐らく笑みが浮かんでいるのだろう。

しかし、その話の内容に燈真を笑わせる様な部分はなかった。

 

「……そうやって人を障害者呼ばわりして笑う様な奴と遊んでも面白く無さそうだわ、実際障害持っててもお前ら何も理解してなさそうだし」

 

 

嘲り笑っているであろう短髪と、その両端のクラスメートに燈真は言葉を投げた。

 

「わりぃけどお前らと遊ぶのは無し、文句あるなら明日な」

 

そして、彼らの返事を聞く前に足早に歩き出す。

すぐさま手を出して来る様な事は無さそうだが、絡む必要もない。

 

丁度、背後からベルを鳴らしながら輝が自転車を押して歩み寄って来ていた。

 

「行こう、面倒くさいのに付き合う暇ねーし」

 

輝に声を掛けると、反応は鈍いながらも彼も頷いた。

二人で足早にその場を立ち去り、駅へと向かっていく。

 

 

教師や他の生徒が見ている手前、三人組が追い掛けて来る事はなかった。

 

ーーーーー

 

「さっきのクラスのヤンキーグループ、何か言われたの?」

 

駅前広場のベンチに座る燈真の隣で、輝が問い掛ける。

曇天が今にも雨を降らしそうな素振りで揺れる下、燈真はどう応えるかを考えた。

 

「……不良グループ?入らないかってさ。

 別にヤンキーとかじゃないけど、俺はそう見えるらしいよ」

 

少しの間を置き、答える。

嘘は言っていない、全部を話さないだけだ。

 

障害者云々はとてもデリケートな話であり、燈真にとっても簡単に話す様なモノでもなかった。

 

「まぁ、今日は七星君と帰るって先約あったしさ」

 

昨夜のあかりの言葉と、先程のクラスメートの言葉、二つを合わせると“何か”が見える様な気もするが、詮索する必要もない。

 

「雨降りそうだし、と言うか降り出したしどっか店にでも入らない?

 ほら、そこのハンバーガーショップとか」

 

会話を終えるべく燈真は立ち上がり、隣の小柄なキノコカットへ声を掛けた。

丸い縁の眼鏡が此方を向くが、燈真にその表情は見えない。

 

だが、彼が頷いた事はわかった。

自転車に跨がる輝の隣を、燈真は足早に歩く。

 

降り始めた雨は秒刻みでその激しさを増し、燈真が駆け出す頃には本降りの手前となっていた。

 

「やっべ、七星君急げ!」

 

「逆神君こそ!」

 

鞄を抱え、燈真は走る。

その少し先を、雨の匂いを掻き分ける様に、輝が自転車で疾走していった。

 

ーーーーー

 

大手チェーンのハンバーガーショップは、席も多いが混雑していた。

混雑と言ってもその客層は殆どが学生で、燈真が通う高校の学生達だ。

 

偶然にも空いていた窓際のボックス席に荷物を置き、カウンターへと向かう。

そこまで腹が減っている訳でもないが、店に入った手前何も頼まない訳にもいかないだろう。

 

チーズバーガーセットの氷抜きメロンソーダ、頼むのは一年振りだろうか。

隣の輝はビッグサイズのバーガセットを二つオーダーしていた。

 

小柄ながらも大食漢である彼は、昼間にも大きな弁当箱を広げていた。

その小さな身体のどこに入るのか、不思議である。

 

バーガーセットを乗せたトレイを運び、テーブルに置く。

窓側のソファ席へ座り、燈真は一息着いた。

 

「少し濡れたけど、ギリギリセーフって感じだね」

 

対面に座る輝が、燈真の肩越しに、どしゃ降りの景色を見て口を開いた。

確かにほんの数分遅れれば豪雨の中に身を曝す羽目になっただろう。

 

頷きながら、燈真はメロンソーダを口に含む。

氷抜きで頼んだ為、そこまで冷えてはいなかったが、逆にそれが丁度良かった。

 

一口、二口と緑色の液体がストローを通っていく。

 

「ねぇ、逆神君。

 昨日の事なんだけどさ、昨日一緒にしたゲーム、GBDEX-DW」

 

 

輝が声のトーンを落とし、口を開いたのと、燈真がチーズバーガーにかぶりついたのは同時だった。

そして更に、隣の席からも声が掛かる。

 

「やっぱりそうだ、輝じゃん!」

 

輝の低いトーンとは真逆、周囲のざわめきに負けない声。

見れば隣の席には自分達と同じ様な二人の学生の姿があり、その内の片方……明るく長い金髪の少年がヒラヒラと振っていた。

 

しかし、声の主はテーブルを挟んだ先、窓際に座る燈真の隣の青年だった。

よく陽に焼けた浅黒い肌に、短く刈った茶髪、ゴーグル焼けを見るに水泳部か近い部活をしているのだろう。

 

「蓮だよ、中学一緒だっただろう?

 こっちは優斗、覚えてねーのかな?」

 

蓮と名乗った学生はスマホを置き、影のない笑顔を輝へ向ける。

その笑顔に輝もまた、笑みを返した。

 

「いや、忘れた訳じゃなかったけど……蓮君スッゴい背が伸びて大きくなってるからわかんなかったよ。

 優斗君も髪の毛染めてるし……久し振りだね」

 

どうやら二人は輝の知り合いらしい、着ている制服が違うのと、会話からして学校は別だろう。

そして、話す様子と声色からして二人共に輝と仲は良い様だ。

 

「テスト前で部活無くてさ、暇だしちょっと遠出して服買うかって話してたんだよ。

 そしたら優斗がバイトしてないからあんまし金無いっつってさ、かと言って暇だしゲームしてた」

 

何のゲームをしているのだろうか、燈真は隣のテーブルに置かれたスマホに目を向ける。

スマホとしては大きな液晶画面に映るのは、昨日見たゲーム画面だった。

 

「あ、ソレあれだ。

DWだっけ」

 

口に出すつもりは無かったのだが、燈真は思わず呟いてしまった。

そしてその呟きを輝が聞き逃す事は無く、運動音痴な筈の彼は、予想出来ないスピードで蓮のスマホを覗き込む。

 

耳を澄ませば優斗が持つスマホからも聞いた覚えのあるBGMが流れており、二人がやっていたゲームmGBDEX-DWで間違いないようだった。

 

 

 

 




五話目、主要キャラが出揃う回。
次回から一章の山場、長編バトル回です。

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