鬼殺隊一般隊員は鬼滅の夢を見るか?   作:あーけろん

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鬼滅の刃が面白かった為衝動で書いた。後悔も反省もしていない。

※続編を書くかも知れませんが、一応短編として投稿します。


小屋内権兵衛という少年
鬼殺隊一般隊員は鬼滅の夢を見るか?


雫が落ちる。流れ出た雫は緩やかな曲線を経て先端へと至り、赤に染まった床へとぶつかる。

 

「––––あぁ、遅かった」

 

泣く子も黙る丑三つ時に、少年が灯りの消えた民家の前で佇んでいる。背中に吊られた何かに掛けていた手を離し、ダランと降ろす。

 

「カァー!遅イ!遅イ!」

 

少年の肩に居座っているのは闇と同化しているのかと勘ぐる程の黒い鴉。騒がしい声と共にバッサバッサと翼を広げては少年の右頬を叩いている。

 

「ここに鬼が出るって情報はついさっき聞いたんだ、流石に対応出来ないよ」

「ナンジャクモノ!モット速クコノ街デ動イテイレバ良カッタンダ!」

「昨日も一昨日も更にその前の日も鬼を殺したり捕まえたりしてるんだ。これ以上働いたら俺が鬼になる」

 

「労働の鬼にね」と肩を竦めて首を振る少年。鴉はそんな少年の頰目掛けて嘴を走らせる。

 

「痛いな!つつく事は無いだろ!」

「アマエルナタワケ!働ケ!働ケ!」

 

なおも暴れる鴉に等々勘弁したのか、がっくりと少年が肩を落とす。

 

「わかった、わかったから。行くよ、行く」

「カァー!急ゲ!急ゲ!マダコノアタリニイルハズダ!」

「あいよ。………鬼殺隊って、なんでこんなに忙しいんだろうな」

 

背中に『滅』と大きく書かれた藍色の羽織を翻し、民家を後にする。点々と、しかし確かに血痕が続く林へと足を運ぶ–––が、その途中で足を止めて振り返る。

 

「必ず取り戻してくるから。それまで待っててくれ」

 

首から流れる鮮血が腕を伝い、指から床へと落ちる。–––その人には、あるべき筈の頭が無かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

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「–––––んあ?なんだテメェ?」

 

時折木々の隙間から下弦の月が覗く夜。森の中でも多少拓けた場所に、ソレは居た。

肩口から露出した肌は浅黒く変色し、何本もの血管が浮かびあがる。手には凡そ普通の人には備わっていないような長い爪が月の光を反射し、口から覗く歯はギザギザと肉食獣を思わせる形状をしている。

 

「–––見つけた」

「カァー!ハッケン!ハッケン!コロセ!」

 

かつて人だったものであり、今は人でないもの。–––即ち、鬼である。

 

「あぁ?その格好–––お前、鬼殺隊だな?」

「そうだ。早速で悪いけど、その首頂戴する」

「プッ、アッハッハ‼︎こいつは傑作だ!お前まさか、俺を殺せると思ってるのか⁉︎」

 

血のついた右爪を長い舌で舐め回し、少年を威圧する。しかし少年の表情に変化は見受けられない。少年の視線は正確には鬼ではなく、鬼の持つものへ向けられているからだ。

 

「お前の首も貰うが–––––それより重要なのはそっちの首だ。その人の首を離せ」

 

鬼の左手–––そこには、人の頭部が乗せられていた。顔には既に目と呼ばれるものが無く、口元は苦悶に歪められている。とても、人が死に際に浮かべる顔ではない。

 

「これか?なんだ、返して欲しいのか?」

「あぁ。それがないとその人はあの世に行けないからな」

「へっへっへ。どうしようかなぁ…」

 

下卑た笑みを浮かべ、口元を三日月に歪める鬼。すると何かを思いついたように笑う。

 

「そうだ!もしお前がその大層な刀を俺にくれるって言うなら、この頭を返してやっても良いぜ?」

 

そう言い少年の背中を指差す。少年の背中には身長と同等か、若しくはそれ以上の長さを誇る大太刀が紐によって吊られている。

 

「…それは、この刀か?」

「そうだよ。それをこっちに渡すなら、この頭はお前に返してやるよ」

「そうか…」

 

少年は吊られた大太刀の柄を右手で掴み、少し前屈みになりながら抜き放つ。シャリンと音を立てながら抜かれた刀身は、深い藍色を湛えている。

 

「–––––全集中、水の呼吸」

「あぁん?今なんて––––––」

 

ザァァと風が林を抜け揺れた木々の間から月が刀身に反射する。身体を右側に逸らし、刀を鬼から見えないよう脇に構える。

鬼と少年の距離は凡そ五丈程度。幾ら刀を抜いた所で一息に詰められる距離ではない。

 

 

––––––本来ならば。

 

「壱の型(あらため)飛沫・水面斬り」

 

シャリリンと音が流れ、大太刀が横一文字に振るわれる。それから一拍遅れて、カサカサと落ち葉の上を何かが転がる音が響く。

 

「––––はっ?」

 

鬼の右腕から先が刈り取られ、鮮血を噴き出していた。何が起こったのか、何故自身の腕が切られたのか。茫然とした表情のまま鬼が固まる。

 

「い、痛ぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!」

 

自身の現状に頭が追いついたのか、錆びれた金切り声を上げる。

 

「騒ぐなよ」

 

シャリンと音が二つ鳴る。今度は鬼の左脚と右脚が宙を舞い、切り口から鮮血を撒き散らす。

 

「グギャッ⁉︎何だよ!お前!何なんだよ!」

「俺が何か?そんなの、お前がさっき言っただろう」

 

身体を捻り大太刀を逆手に構える。鍔に括られた鈴はシャリンと音を立て、ピタリと音を止める。

 

「––––––只の鬼殺隊だよ。書いて字の如く、人間を喰らう害獣駆除の専門家さ」

 

静寂な夜の帳が落ちる中、シャリンと鈴が一つ鳴る。落ち葉に何かが落ちる音が聞こえたのは、それから僅か一拍を置いた後だった。

大太刀を納刀すると落ち葉を踏みしめながら歩き、灰になり掛けている鬼の腕から人の頭部を持ち上げる。–––––その頭は、まだ少女とも言える顔立ちだった。

 

「–––––ほんと、無情すぎるよ」

 

伽藍堂になってしまった目の瞼を優しく閉じ、抱える。静かな夜がまた一つ、明けようとしていた–––––。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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––––––鬼殺隊本部 産屋敷邸

 

 

時代の変遷に伴い急速な変化を強いられる明治、大正時代。多くの人々が文明開化を謳い、途轍もない勢いで西欧の文化を取り入れる謂わば時代の変遷期。

そんな時代の中では少し遅れた印象を受ける純和風建築の家屋。その広大な面積の平屋に置かれた、最も大きな広間には九人の鬼殺の剣士が集められていた。

 

––––––『柱合会議』である。

 

岩柱悲鳴嶋(ひめじま) 行冥を筆頭とした、其々の全集中の呼吸を極めし鬼殺の剣士。死亡率の極めて高い下級の隊員達と違い、彼等は持ち前の呼吸法を使用し数多の鬼を葬ってきた文字通り鬼殺隊の『柱』である。

 

「………」

「………」

「………」

 

その九名の剣士は一言も話す事なく正座し、奥の襖が開くのを待っている。そのまま数分が過ぎると、襖が開け放たれる。

 

「お館様のお成りです」

 

二人の童に引き入れられ大広間に現れたのは、額上半分が焼き爛れた痣を持つ細身の男だった。

 

「やぁ皆んな、遅れてすまなかったね」

「いえ、その様な事は」

 

男が部屋に入ると九名全員が一糸乱れず頭を伏せる。

男の名は産屋敷 輝哉。鬼殺隊の現当主であり、九名の柱達の全幅の信頼を寄せられている人物である。

 

「こうしてまた誰も変わらず柱合会議を開けることを嬉しく思うよ」

「お館様も壮健そうで何よりです」

「ありがとう。さて、それじゃあ議題を始めたいんだけど–––」

 

「その前に」、と言葉を続ける。

 

「今現在、日光から帝都に伸びる街道から人が消える事件が増えているんだ。恐らく鬼の仕業だね」

「規模はどの位でしょうか?」

「凡そ百人程度」

 

息を呑む音が聞こえる。鬼は基本的に人を喰った数分だけ強力になる。百人を超える人を喰った鬼となると、その力は「十二鬼月」の下弦に相当する。

 

「私の子供達も既に二十二人がそこで消息を絶っている。そこで君達柱に白羽の矢が立ったという訳なんだ。頼り切りになってしまって済まないね」

「決してその様な事は–––。しかし、誰を派遣しましょうか?」

「鴉達からの情報によれば、その鬼は分裂する血鬼術を使うらしい。長期戦が考えられるから––––義勇、頼めるかい?」

「御用命とあらば」

 

表情の見えない男–––水柱、冨岡義勇が二もなく返答する。

 

「ありがとう。出来れば後もう一人に頼みたいんだけど–––」

「でしたら、私が」

 

柱の中で最も小柄な少女–––蟲柱、胡蝶しのぶが声を上げる。冨岡と胡蝶は柱として共に行動する事が多く、この行動は簡単に予想する事が出来た。–––別に、水柱と付き合えるのが蟲柱のみと言うわけではない。

 

「ありがとう。それじゃあ日光の方は二人に任せるよ。頼んだよ、二人共」

「お任せを、お館様」

「それじゃあ、いつも通り会議を始めようか。先ずは鬼舞辻について何か–––––」

 

 

 

 

 

 

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最近、目を覆う勢いで忙しい日が続いている。毎日鬼を殺す事なんか日常茶飯事で、酷い時は一日に二体の鬼を殺す事もある。はっきり言って異常事態だ。

鬼の数自体が増えているのか、それとも鬼を殺す鬼殺隊の人が減っているのか。どちらが原因かはわからないけれど、まぁこの際どちらでも良い。

 

「おい!さっさと離せ!おい!」

 

最後に藤の花の紋の家でゆっくり休養したのが二ヶ月ちょっと前の事で、それ以来ずっと西へ東へ鬼を殺してまわる毎日、最近働きすぎで目眩がしてきている。

 

「こっちを見ろ!おい!この縮れ頭!聞いてんのか!」

 

せめていっしょに行動する仲間がいれば気も晴れるのだろうが、相方は口が悪くて煩い、何かあると直ぐに突いてくる意地の悪い鴉のみ。望むべくもなし、とはこの事だ。

 

「テメェ!早くこの刀を「ちょっと黙ってくれ」ギャァァァァ⁉︎腕が⁉︎腕がぁぁぁぁ⁉︎」

 

木に括り付けた鬼の腕を斬り落とす。尋問の仕方は慣れていない為少々手荒になってしまうが、そこはご愛嬌だろう。

 

「それで?お前がこの街道で人を喰ってた鬼なのか?」

「知るかよ‼︎俺は偶々此処を通っただけで人なんか「嘘は良いから」ガァァァ⁉︎」

 

胴体に何本も突き立っている、木の枝を削って作った槍のうち一本を抜き、再び突き刺す。

 

「君の口に良く似た噛み跡が付いた死体が二つあったんだ、君もここら一帯で人攫いに加担してるんじゃないのか?」

 

口に日輪刀を当てて端を抉るように切り取り、徐々に角度を変えて抉る量を増やしていく。

 

「話せば楽になれる。さぁ、早く吐け」

「じらない!お゛ればぼんどうにじら゛ない!」

 

目に涙を溢れさせる鬼。–––そこまで精神力が強そうな鬼には見えないし、これは本当に知らないと見た。

 

「時間を無駄にしたな……」

「頼む!許してくれ!俺は本当に人は」

「もう再生したのか。流石鬼は、便利な身体を持ってるな」

 

口から刀を離し、無造作に首に一閃。シャリンと鈴が鳴ると同時に首が地面に落ち、続けて大木と鬼を縫い合わせていた木の槍がガラガラと音を立てて地面に落ちた。

 

「なぁ鴉。ここら辺で百人程度人が消えたんだよな」

「カァー!間違イ無イ!鬼殺隊員含メテ既ニ百二十人程人ガ消エテイル!」

「酷いな…」

 

捕らえた鬼は百二十人を喰ったと言うには弱過ぎた。恐らく成り立てで、空腹からここら辺にやってきた野良鬼だったのだろう。となると、それだけの人を襲った鬼は何処に–––––。

 

「考えても仕方ない。取り敢えずは腹拵えでもするか」

 

手近な岩に座り込み、雑嚢の中にある笹の葉に包まれた握り飯を取り出して一口頬張る。鬼探しが長引きそうだし少しでも英気を養って置かなければ。

 

「ほら鴉、お前も食え」

「カァー!美味イ!美味イ!」

 

米粒を美味しそうに啄む鴉を余所目にこれからの予定を頭に浮かべる。

鬼が現れているのはこの辺り、日光と帝都を結ぶそこその大きな街道の山側の道だ。

人が消え始めたのは今から三週間程前から。性別年齢に然程区別されてないようで、消えた人は老若男女関係無しだ。–––全く、好き嫌いのない事で。

 

「反吐が出るな…」

「カァー?」

「いや、何でもない」

 

鬼探しの現状は手詰まりの様相を呈している。…早めに決着を付けたかったけれど、どうやらそうも行かないようだ。既に別の場所に移動しているという可能性も考慮しつつ鬼を探す必要があるだろう。

 

「鬼探しはお前が頼りだからな、頼むぞ鴉」

「任セロ!任セロ!」

 

握り飯を大きめの一口で飲み込み、岩から立ち上がる。傍に立て掛けてある大太刀–––日輪刀を掴み、一息に抜く。

 

「そろそろ斬れ味が落ちそうだな…。もうじき研いで貰った方が良いかも知れない」

 

美しい藍色が映える刃には細かな傷がいくつも刻まれ、これまでに酷使された事が伺える。

 

「もし長引くようなら後任の鬼狩りが来るまで粘って、俺達は刀を研ぎに行くか」

「カァー‼︎」

 

『多くの人を救いたいと思う事は大事だ。けどね権兵衛、人助けも自身の命あっての物種だ、決して無理をしてはいけないよ。良いね?』

 

頭の中で師範の言葉が再生される。遺言のようになっているが、あの爺さんは今でも元気に刀を振り回しているに違いない。

 

「まだ夜は長い、ぼちぼち頑張るか」

「頑張ルゾ!頑張ルゾ‼︎」

 

 

雑嚢を肩に掛け、森の中へ脚を踏み入れようとした時––––––。

 

 

「一体何を頑張るの?お兄ちゃん」

「………えっ?」

 

–––––その子供は、何もない所から現れた。

 

白い模様の浴衣を着た、白い肌の少女。黒い髪に赤い蝶々を模した髪飾りを付けた自分の腰程の大きさしかない彼女は、コテンと首をもたげてこちらを見ている。

 

(いつから此処に居た?気配は一切感じなかったし、足音もまるでしなかった。落ち葉が積もっているこの森の中で、そんな事が可能なのか?)

 

大太刀をいつでも抜刀出来る様に左手に持ち替えつつ、自身も口を開く。

 

「危ないよ、こんな夜更けに森の中に入ってきちゃ。お母さんは?」

「お母さん?お母さんはね、居ないの」

 

童女は花が咲く様な笑みを浮かべる。

 

「………居ない?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そうなの!みぃんな私が食べちゃったから!」

 

 

–––––水の呼吸 壱の型 水面斬り

 

シャリンと鈴が鳴り、鞘から大太刀を抜き放つ。抜き放ち際に水平に刃を走らせ、幼子の首へと向ける。

放たれた藍色の刃は一寸の狂いも無く首元に吸い込まれ––––––。

 

「っ」

「アハハ!お兄さんも私と遊びたいの?」

 

彼女の手から伸びた爪によって弾かれ無理やり軌道が逸らされる。

 

「クソッ!鴉!空に逃げろ!」

「カァー‼︎」

「鴉とお友達なの?じゃあ先に鴉から食べてあげるね」

 

幼い見た目から想像も付かない速さで跳躍し、飛び立った鴉を追う。伸ばした手が鴉まで一寸の程まで近づくが、その前に返した刃で腕を斬り飛ばす。

 

「逃すかよ!」

「もう、邪魔しないで!」

「ほざけ!–––全集中 水の呼吸」

 

肺いっぱいに空気を吸い込み、血液中に酸素を送り込む。上半身を捻り、反動を利用して腕を振り回す。

 

「陸ノ型 捻れ渦」

 

激流に似た剣圧が発生し、幼子の鬼の上半身と下半身を分断する。

 

「このぉ‼︎」

「終わりだ––––」

 

上半身のみになっても残った左手の爪を振るう鬼の首に下から刃を走らせ、胴体と首を断ち切る。落とされた首は遠くに飛び、木々の枝に突き刺さって止まった。

自分は落ち葉を舞い上がらせながら地面に着地し、落ちて来た下半身と上半身を三枚に下ろす。–––どうやら、何とかなったようだ。

大太刀を納刀しようと落ちていた鞘を拾いあげると–––––。

 

「アハハハハハハハ‼︎凄い‼︎凄いよお兄ちゃん‼︎こんなに早く私の首を落としたのはお兄ちゃんが初めてだよ‼︎」

 

枝に突き刺さった鬼の首が、その半分を灰に変えつつも無邪気に笑っている。–––何故、首を落としたのに何でこいつは笑っていられるんだ?

そんな俺の心情を知ってか知らずか、鬼が言葉を続ける。

 

「ほらお兄ちゃん。後ろを見て?きっと気にいると思うから」

「背後––––っ」

 

 

 

 

 

 

「凄い凄い!強いねお兄ちゃん!」

「ねぇねぇ!次は私達と遊ぼうよ!」

「きっと楽しいと思うよ!早く遊ぼう!」

「隠れんぼやろうよ!きっと楽しいよ」

「私達が鬼ね!で、お兄ちゃんが隠れる人!」

「私達がお兄ちゃんを見つけるたびにお兄ちゃんの身体を食べるの!」

「最初が指で、その次が腕!」

「骨ばった手がコリコリして美味しいんだよ!」

「けどお兄さんの腕は筋肉がついてて柔らかくなさそう」

「大丈夫だよ!その時はズタズタに切れば柔らかくなるから!」

「それでその次に目を食べるの!」

「変わった味なんだけど私は好き!」

「目を食べたら次に耳を食べて、脚はその次!」

「脚を食べ終えたら脳味噌を生きたまま食べて、最期に身体を食べるのよ!」

「心配しないで!骨の一つも残さずきちんと食べるから!」

「残さず食べるんだから、お兄さんもきっと許してくれるよね?」

 

 

––––––視界を覆い尽くす程の幼子が、キャッキャと笑いながら俺を見ていた。

…夢だと思いたいが、そんな都合の良い事があるはずが無い。

握っていた鞘を落ち葉の上に落とし、落ち葉が軽く舞う。––––頭がガンガンと警笛を鳴らし、背中には脂汗が浮き出るのが分かる。

 

 

「「「「「さぁ?遊びましょう?」」」」」

「–––––ははっ、冗談だろう?」

 

一斉に走り出す鬼を後ろ目に、俺は全力で逃走を始める。–––––まともに相手をしていたら瞬く間に挽肉にされる。

 

「あれ?隠れんぼじゃなくて鬼ごっこ?」

「どっちでも良いでしょ!早く遊ぼうよ!」

「アハハ!待て待てー!」

 

 

童女の愉しげな笑い声を聴きながら落ち葉の上を走り抜ける。–––––月の位置はまだ高く、俺のことを嘲笑うかの様にプカプカ浮かんでいる。

 

「今夜一杯は全力疾走確定、か–––––死ねるな」

 

夜が長い事に辟易としつつ、俺は死なないために脚を走らせるのだった––––––。

 

 

 

 

 

 

 

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––––––夜も更けた田圃の畦道を、二つの影が疾走する。

 

「冨岡さん、冨岡さん」

「………………」

「冨岡さん、聴いてますか。冨岡さん」

「……………」

「走るの速くないですか?少しは相手に合わせようとはしないんですか?そんなだから貴方は皆んなに–––」

「俺は嫌われていない」

 

風の様に走る、と言う慣用句は二人の為にあるかのような速さで走っている。息一つ挙げるどころか、日常会話にも勤しんでいると言う点から二人が如何に人外じみているかわかるだろう。

 

「はいはい、そう言う事にしておきます。それより、先程から一目散に走っていますけど、どこに鬼がいるか分かるんですか?」

「………行けば分かる」

「驚きました。まさか何も考えずに走っていたんですか、それで鬼がいなかったらどうするんですか?無駄に疲れて、それで鬼に不覚を取ったとなったら恥を晒したどころの騒ぎでは済みませんよ?」

「……………」

「全く、分が悪いと思えば直ぐにダンマリですか。最近の子供でももう少し…」

「待て」

「え、ちょ」

 

突如先頭を走っていた義勇が突然止まり、後続の胡蝶は勢いを殺しきれず男の背中に顔を埋め「わっぷ」と謎の言葉を発してしまう。

 

「……流石に酷すぎませんか」

「静かに」

 

抗議の声を上げる胡蝶を腕で静し、義勇が耳を澄ませる。それに合わせて胡蝶も辺りの音に集中すると–––––––。

 

「聞こえたか、胡蝶」

「えぇ、笑い声ですね。それも複数」

「決まりだな」

 

日光と帝都を結ぶ街道に出現する、増殖する血鬼術を使う鬼。此処が日光側に近い畦道であり、しかも複数の声が聞こえるとなれば、条件は揃ったと言っていいだろう。

 

「悔しいけど、どうやらそうみたいですね……。ちょっと冨岡さん、今威張った顔しませんでしたか?」

「してない」

「いやしてましたよね?凄い「どうだ、見つけただろう」って。威張りたいのはわかりましたけど、その顔で威張っても可愛いだけ–––」

「行くぞ」

 

土埃を舞い上がる勢いで踏み込み、飛ぶように笑い声の方へ走る。

 

「あっ、ちょっと!待って下さいよ冨岡さん!」

 

その後を追従するかのように疾走する胡蝶。彼等こそ、人ではありながら只人を超えた存在–––––––即ち『柱』である。

 

 

 

 

 

 

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「うぉぉぉぉぉぉぉぉ!死ぬ死ぬ死ぬぅ⁉︎」

 

紅葉著しい地面を力の限り走り抜ける。少しでも気を抜けば最期、背後から迫ってきてる素敵集団にあっという間に挽肉にされるからだ。

 

「アハハ!待ってよおにーちゃん!」

「待て待てー!」

「待つ訳ない、だろ‼︎」

 

––––––参の型、流流舞い

 

落ち葉の上に足を滑らせて刀を振るい、群れから突出した二人の首を斬り落とす。–––––もう既に三十程首を落としているが、集団の勢いは一向に留まる気配が無い。

 

(どうする⁉︎このペースで朝まで走り抜けるなんて不可能だぞ‼︎)

 

走り始めてどれ程経ったかは判らないが、月の位置を見るとまだまだ夜明けは遠い。このままでは体力を消耗し続ければいずれ群れに捕まってしまう。

 

(考えろ!じゃなきゃ死ぬだけだ!)

 

「頑張るねお兄ちゃん!けどもう疲れて来たんじゃない?」

「私達はまだまだ元気だよ‼︎」

「うん!いつまでだって走っていられるんだから」

 

後ろ目で確認したところ鬼の数は残り五十とそこそこ。このペースで斬り続けても、体力の残り具合から全員の首を斬るのは無理だ。

 

(周りに何か使えるものはないか⁉︎周りにあるものは––––)

 

視界に入るもの––––落ち葉、小さめの岩、小枝、木………。

 

「っ、それだ!」

 

–––水の呼吸 弐の型改 横水車

 

身体を横向きに飛ばし、前転の要領で木に切り込みを入れる。そのまま即座に反対側に移動し、鬼の集団目掛けて蹴りつける。

 

「アハハ!そんな攻撃なんて当たらないよ!」

「とうとう諦めちゃったのかな?」

 

緩慢な動作で倒れる木は当然に避けられる–––––そう、避けるのだ。鬼はその小柄な体型から大木に押し倒されることを望まない、必ず避ける。そして速度を落とさず避ける方法は、たった一つだけ。

 

「鬼の身体って凄いでしょ!こんなに高く飛べるんだから!」

「–––––飛んだな、お前ら」

 

殆どの鬼が木を避ける為に宙に舞う。––––宙に舞っているのなら、集団であってもどこに首があるのか正確に把握することが出来る。

そして、俺の振るう日輪刀は通常の日輪刀よりおおよそ二倍弱長い。纏めて首を斬るには適している。

 

「–––––全集中、水の呼吸」

 

踏み込みで舞い上がる落ち葉の中上半身を捻り、刀を添える。肺が破れるかと錯覚する程酸素を吸い込み、溜め込む。

身体が一気に熱くなり、視界の縁が黒くなる。–––此処で誤れば最後、三十を超える鬼達に殺到されるが、構う暇は無い!

 

「四の型(あらため) 荒波・打ち潮‼︎」

 

シャララランと鈴が鳴り響く。一瞬とも思える間、宙を舞った鬼達の首に流れるように刃が走り–––––それら全ての首を、胴体から斬り飛ばした。

 

「–––う、そ」

 

斬り飛ばした首の数は三十八、驚きと興奮に満ちた顔は地面に落ちる事なく、空中で灰になり大気に流れていく。

 

「っ、怯まないで!今なら––––」

 

––––––参の型、流流舞い

 

木を飛び越えず、その場で足を止めた鬼達の首に大太刀を振るう。目の前で三十を超える仲間の首が一斉に刎ねられたせいで浮き足たっていたのか、動きの鈍い鬼の首へ次々刃を振るっていく。

流れるような動作で刀を振り終えると–––––一匹たりとも鬼は残って居なかった。

 

「が、はぁ!はぁ、はぁ、はぁ」

 

緊張状態から解放され、息を吸っては吐くを繰り返す。–––長物を使用した水の呼吸は、それ相応の筋力と酸素を消耗する。それ故の結果だ。

 

「何とかなったか……。おい鴉!無事か⁉︎」

「……カァー」

「無事だな…良かった」

 

遠くから鴉の鳴き声が聞こえたのを確認し、その場に座り込む。……今までの中で上位に食い込む鬼殺の難しさだった。全力で山中を走り回ったせいか、脚が自分の意思に反して震えている。

 

「……生き残れた、な」

 

傍にある大太刀を拾い上げる。菱形の鍔に括られた二つの鈴がチリンと鳴り、静かな森に響き渡る。

 

「師範。お陰で今日も自分は生き残れましたよ」

 

–––この日輪刀は、自分のものではない。かつて師範が現役の時に使用していたものだ。藤襲(ふじかさね)山での選別の際に持たされ、今でも使い続けている日輪刀である。

当然自分用の日輪刀は支給されているが、それでも俺はこの刀を使い続けている。師範からは新しい物を使えと散々言われたけれど、この刀を手放す気はしなかった。–––自分の中で、御守りの様な扱いだからだろうか。

 

『物持ちが良いのは君の美徳だけど、生き残る為に最善を尽くす事は必要だよ。生き残る為にその刀が不要になったのなら、迷わず捨てなさい。良いね?』

 

––––––生き残る為に動く。師範の口癖だった。

 

野宿の仕方、食べれる野草の見分け方、火の起こした方、野生動物の血抜きの方法、簡単な塗り薬の調合。剣の振り方を教わったのは、それら全てを物にしてからだった。

 

『先ずは生き残る。生き残れば多くの人を救えるし、多くの鬼を殺す事が出来る。良いかい?権兵衛、君は生き残るんだ。生き残って––––––」

「–––––でき得る限りの、鬼を滅殺する」

 

地面から立ち上がり、刀を持つ。根元に刻まれた銘は『悪鬼滅殺』の四文字。–––かつて師範が柱だった時に刻まれた、誓いの言葉。

 

「さて、早く移動するか。ここで野生動物に襲われたら––––––」

「––––––襲われたら、どうするの?お兄ちゃん」

 

–––––殺気に身体が反応できたのは紛れも無く僥倖だった。

 

反射的に頭を右に逸らす。一瞬先まで首があった所に鋭利な爪が走るのを横目に、脚の筋力を総動員して距離を取る。

 

「アハハ!凄い凄い!よく避けたね!」

「–––––まさか、まだ残ってたなんてな」

 

頰に汗が流れる。–––––爪の速さが、最初に首を切った鬼のそれじゃなかった。気付くのが刹那遅ければ、俺の首は辺りに転がっていただろう。

 

「ウフフ、そりゃそうだよ!だって、お兄ちゃんが頑張って殺したのは、私の分身なんだもの!」

「–––成る程、分身か」

 

背丈と服装はなんら変わりない–−––が、髪が鮮血を浴びたかの様に真っ赤に染まっている。こいつが本体である事は間違いない様だ。

 

「ここまで追い詰められたのは初めてだよ!お兄ちゃん、本当に強いね!」

「お褒めに預かり光栄だよ。–––その流れで首を切らせてもらえると助かるんだけど?」

「えー?駄目だよ〜。だって私、まだまだ遊びたいんだから!」

 

無邪気に笑う少女を前に、手足が恐怖で軽く震える。

 

「それじゃあ、始めよっか」

「––––––っ」

 

鬼の体形が幼児のそれから、女性らしい丸みを帯びた肉体へと変貌する。髪は腰程にまで長くなり、爪はより鋭利なものへと変わって行く。

 

「この格好は久し振りだなぁ〜!思いっきり遊べそう!」

「–––因みに、何をして遊ぶんだ?」

「何って、勿論––––お兄ちゃんで遊ぶんだよ?」

 

鬼の身体から一滴血が流れ落ちると、そこから鬼が生えてくる。自ら腕を切り裂いて血を地面にばら撒くと鬼はあっという間に二十を超える数へと増殖する。–––分裂したものは髪が黒いが、本体は変わらず赤いままだ。恐らく本体を殺さないと鬼は増え続けるのだろう。

 

「–––絶体絶命、だな」

 

先程よりも強力な鬼が複数体、何処まで増え続けるかもわからない。体力と筋力は消耗し、全集中の呼吸が連発出来る状況ではない。正に、絶望的な状況。–––それでも、やるしかない。

 

チリンと鈴が鳴り、刀を上段に構える。相手の身体能力が先程よりも高い以上、逃げる事は不可能。

 

「–––全集中 水の呼吸」

「アハッ、アハハッ!」

 

集団で殺到する鬼へ刀を振るう。欠けた月が、地に落ちようとしていた––––––––––。

 

 

 

 

 

 

 

 

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「はぁ…はぁ…はぁ…はぁ…」

 

身体中が、灼ける様に痛い。

爪によって抉られた脇腹から血が吹き出る。

呼吸するたびに肺が軋み、想像を絶する痛みが走る。

視界が暗く、節々から冷たくなってる感覚を覚える。

 

–––––けれど、俺はまだ生きている。

 

「––––驚いた。お兄ちゃん、まだ動けるんだね」

 

赤い髪の鬼が驚きの表情を浮かべる。こんな状態で動き回る人間がいたら俺でも驚くだろう。

師範から教えてもらった止血の呼吸法が無ければとっくに涅槃に転がり落ちていたに違いない。–––もしかしたら地獄かもしれないが。

 

「まぁ、な…。で?俺は後何十回、お前を殺せば良いんだ?」

「–––ふぅん?まだ余裕なんだね?」

「馬鹿、余裕な訳、ないだろ」

「そっか…じゃあ試してあげる!」

 

血で滑る柄を握り直し迫り来る爪–––では無く根本である指を斬り落とす。通常の刀では届かない間合いだが、六尺弱あるこの大太刀ならば届く。

 

––––肆の型 打ち潮

 

返した刃で首を断ち、続けて背後から迫ってきた鬼の腕を斬り落とす。痛みで怯んだ所を横一閃、首と胴体を泣き別れさせる。

 

「–––凄いね。もうとっくに死にそうなのに、全然動けるんだ」

「生憎、生半可な鍛え方してないもんでね」

「そっか–––––。けど、もう限界みたいだね」

「何、を–––––––?」

 

視界がふらつく。姿勢を維持出来ず、意図せず片膝をついてしまう。

 

「あ、れ。何で–––––」

「血を流しすぎたんだよ。ほんと、人間って脆いよね」

 

グラつく視界の中、赤い髪の鬼が分裂体を分けて正面に出てくる。その顔には何かに諦めているかの様な表情を浮かべている。

 

「あーあ、残念。もっと遊べると思ったのに…」

 

呼吸法を変えて体力の回復に努める。

少しの間回復の呼吸を繰り返すが、一向に体調が良くならない。コイツの言う通り、本当に血を流しすぎたようだ。

 

「けど心配しないで。お兄ちゃんとはたっぷり遊べたから、ちゃんと丁寧に食べてあげる!」

「……はっ、そりゃ有難い事で」

 

刀を握る手がカタカタと震えて上手く力が入らない。関節を動かそうにも軋んだ音が鳴るだけで動く気配が無い。言い逃れのしようもない程の、絶望的状態。

 

(こりゃ、もう無理かな……)

 

揺れる視界に瞼が重くのしかかる。ちょっとでも気を抜けば直ぐにでも意識が落ちると直感が伝えてくる。

 

(月は–––––もうすぐ夜明けか)

 

地平線を眺めると、微かに白が差している事がわかる。

 

(それなら、今日は誰かが死ぬ事は無かったって事か。それは良かった)

 

身体の節々から冷たくなり、感覚が無くなっていく。

 

(すいません、師範。生き残って鬼を殺し続けると言う約束、果たせそうもありません)

 

等々耐えきれなくなり、瞼が徐々に落ちてくる。何処が夢心地の様な感覚を覚えながら、意識を闇へと––––––––––。

 

「でね––––お兄ちゃんを食べたら、もっと多くの人を食べるの‼︎」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『やだよ…!助けてよ!お兄さん‼︎』

 

 

 

––––––その言葉を聞いた途端、身体の震えが止まった。

 

『–––鬼と戦って負けても良い、逃げられても良い。それでも生きろ。生きて生きて生きぬいて、最期まで鬼を追い続けろ。そして人を、人の世を守るんだ、権兵衛』

 

「大人も子供も、男の人も女の人も、みぃんな残さず食べるの!今までも、これからも!」

「もっと強くなって、あのお方に認められて、色んな人と遊ぶの!そして–––––」

「––––––れ」

「………うん?」

 

 

 

 

 

「黙れよ、害獣風情が」

 

 

チリンチリンと鈴が鳴り、詰め寄ってきた三つの鬼の首が弾け飛ぶ。–––赤い髪の鬼の首は半分切れただけで、断ち切るには至っていない。

 

「ガッ⁉︎まだそんなに⁉︎」

 

首を半分斬られてたじろぐ赤い髪の鬼を傍目に、地面にしゃがみ込み脚に血液を送り込む。

 

–––––脚はまだ動く。

–––––刀を握れる。

–––––頭も回る。

 

 

 

–––––––––––––––さぁ、鬼を殺しに行こう。

 

 

「もういい!遊びはこれまでよ!早くこの人を殺して‼︎」

 

赤い髪の鬼の指示で黒い髪の鬼が殺到する。

その集団の中、低い姿勢から落ち葉を舞い上がらせながら疾走する。–––さっきまで冷たかった身体が、今はこんなに熱い。

それにヤケに視界が綺麗だ。ゆっくりと流れる視界のお陰で、彼等が何をしようとしているのか、どこを守ろうとしているのかが手に取るようにわかる。

 

––––––弐の型改 横水車

 

シャリンシャリンと鈴が鳴り、それに合わせて鬼の首が宙を舞う。壁となって襲いくる鬼の胴体を裂き、腕を落とし、目を突き、足を斬り払う。

 

「そろそろシツコいよ!お兄ちゃん!」

「–––しつこくて結構、首を斬るまで何処までも追い続けてやる」

 

––––––肆の型(あらため) 荒波・打ち潮

 

軽く反動をつけ、その勢いで大太刀を縦横無尽に振り回す。大太刀特有のリーチの広さと振るわれる遠心力とが合わさり、鬼で出来た壁を瞬く間に解体する。

 

「チッ、このぉ!」

「–––もう慣れたよ」

 

尚も迫る鬼達を跳躍する。–––目指すは当然、赤い髪の鬼。

状況の不利を悟ったのか、自身から離れる様に走り始める鬼を木の枝の隙間から目視する。

 

「–––逃すか」

 

鬼達を飛び越えた後、すぐさま疾走。落ち葉が舞う中を駆け抜け、鬼の背中を捉える。

 

「ヒッ⁉︎このぉ‼︎」

 

指先から血液を飛ばし、二体の分身を構築する。–––が、その身体を構築し切る前に肉体を粉微塵に切り裂く。

–––血液から鬼が生まれるまでには一定の時間差が存在している。その隙に肉体を刻めば首を斬る事なく殺す事が出来るらしい。

 

「来るな!来るなぁ!」

「–––––捉えた」

 

尚も走り続ける鬼の背中を見据え、刀を脇に構える。

 

––––––壱の型(あらため) 飛沫(しぶき)・水面斬り

 

鈴の音が鳴り、正面を走っていた赤い髪の鬼の腰から下が消える。全力で走っていた為か、鬼は受け身を取る事すら出来ず顔から落ち葉の上を転がっていく。

 

「が、ぁぁぁぁぁ⁉︎」

 

顔中泥塗れになり、下半身が無くなった鬼。腕だけになっても尚逃げようとする鬼に近づいて行く。

 

「やめて!来ないで!」

 

這いずる腕を思い切り踏み付ける。するとバキリと音が鳴り、腕から白い骨が剥き出しにされる。

 

「痛い痛い痛い!やめて!なんでこんなに酷い事–––––」

 

これ以上逃げられない様にする為、喉と地面を刀で縫い合わせる。

 

「がぁぁぁぁぁぁ⁉︎」

「漸く…、お前を殺す事が出来るな」

 

喉から刀を抜き取る。抜き取った剣先から血が滴り、鬼の頰に落ちる。

 

「うがぁぁぁぁぁぁぁぁ‼︎‼︎」

「–––––騒ぐなよ、害獣」

 

チリンチリンと鈴が鳴り響く。–––この鈴は確か、鎮魂の鈴だと師範が言っていたっけ。

 

「や゛だ!わ゛だじまだじにだぐない!まだ遊び–––––」

「–––どうか、お前に喰われた全ての人に。安らかな眠りが訪れますように」

 

静かな森に、鈴の音が響き渡る。それは、今宵の鬼滅の終結を示した––––––––。

 

 

 

 

 

 

 

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「……疲れ、たな」

 

カランと刀を落とすと、まるで糸の切れたカラクリ人形の様にバタンと倒れ込む。その際に落ち葉が舞い上がり自分の身体に降り積もるが、払う気力も体力も無い。

 

「あー……。これは、不味いな…」

 

薬が詰め込まれた雑嚢はここから遥か遠く、この状態ではとても取りに行ける距離ではない。そして今の傷は、少しでも治療しなければ助かる見込みはない。––––所謂、詰みと言う状況だ。

 

「せめて最期位、好物の団子を頬張りたいけどなぁ」

「……ァー」

 

止血の呼吸を試してはいるが、いかんせん欠損部位が多過ぎて間に合ってない。

普段は悪口ばかり言う鴉が団子を持って来てくれないかと愚考するが、まぁ無理な話だろう。そもそも今鴉がどこに居るかすらわからない。

 

「落ち葉に埋もれながら、生物宜しく、自然に帰るのも乙かも知れないな」

「…カァー」

 

然程抵抗する事が出来ず、瞼が勝手に降ろされる。

 

「…最期に死ぬ気で頑張ったんだ。師範もきっと、許してくれるだろうさ」

「……カァー!カァー!」

「煩い、な…。最後位…静かに、眠ら、せてくれよ」

 

鴉の鳴き声が嫌に耳に響く。けれど、既に視界は黒一色で何も写す気配は無い。そんな中、落ち葉が踏まれる音が耳に入る。

 

(誰だ…?もしかして鬼か…?)

 

一瞬身体が強張るが、刀どころか指一本動かせない現状を思い出す。

 

(最期は鬼に喰われるのか…それならせめて、舌を噛み切ってでも……)

 

残った力を振り絞り、顎に力を入れ––––––。

 

「大丈夫、貴方は助かりますよ」

 

––––––ふと、花の様な香りが鼻についた。

 

(あれ?この香り、何処かで––––––?)

 

自身の首が起こされ、何かの液体が自分の口に流し込まれる感覚を覚える。

(そうだ、この匂いは確か–––)

 

意識を過去に向けようとした途端に意識は途切れ、自我は闇の中へと落ちていった–––––。

 

 

 

 

 

 

 

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「…………死んだか?」

「生きてますよ。不思議ですけどね」

 

落ち葉の上で死んだ様に眠る少年を見る。肌が見える部位の殆どに切り傷があり、右脇腹に関してはごっそり抉られていた。–––もっとも、既に治療済みで出血は収まっている。

 

「どう見ますか、この少年」

「…止血の呼吸については俺以上だ」

「端的ですね、私も同意見ですが」

 

普通の人間ならあっという間に死に至る傷。その状態で彼は三十を超える鬼の首を取り、最期は本丸の鬼の首を落として見せた。

欠損部位が多過ぎて出血を止めきれてなかったが、それがなければこの少年はとっくに死んでいたに違いない。

 

「もっと早く応援に駆けつけられば良かったんですけどね…」

 

柱二名が戦場に到達した時には既に少年はボロボロの様子であり、周りの鬼達を殺して回る事で援護する事しか出来なかった。–––全く、柱が聞いて呆れる。

 

「今言った所でそれは結果論に過ぎない。こいつは一人で鬼の首を斬って生き残った、そこを評価すべきだろう」

「……冨岡さんに励まされるなんて心外ですね」

 

そう言うとバツが悪そうに頰を掻く義勇さんに笑みを浮かべる。

 

「それにしてもこの日輪刀、随分と長いですね。六尺弱はあるんじゃないですか?」

 

傍に転がっていた大太刀–––日輪刀を拾い上げると『チリン』と鈴が夜の森に響く。

 

「自分の身長よりも長い刀を振り回すなんて、この少年も酔狂ですね」

「酔狂でもなんでも、鬼の首を斬ったのだから問題ない」

「それもそうで…あら?」

 

括られた鈴に目が引かれて気がつかなかったが、刀身を見ると根元に『悪鬼滅殺』の文字が刻まれている。

 

「この刀、柱の方のものだったんですね。しかし、こんな長い刀を使う柱なんて–––」

 

歴代の柱達の顔立ちに意識を馳せるが、「そんな事より」と思考を切り替える。

 

「カァー!カァー!」

「ありがとうございます鴉さん、この子の位置を教えてくれて」

 

少年の横に立つ鴉は翼を広げて鳴く。この鴉が居なければ、少年を見つける事は出来なかっただろう。–––鴉と信頼関係を結べている事が分かる。

 

「それにしても、応急用品を完備しているなんて随分用意の良い人ですね」

 

鴉の嘴には茶渋色の雑嚢が掛けられている。–––恐らく少年の物であろうその中には塗り薬を始めとした応急用品、牛革の水筒や鮭を乾燥させた保存食などが詰め込まれていた。

 

「用心深い性格なんでしょうね。誰かさんとは大違いです」

「………………」

「胡蝶様、痕跡の隠蔽が終了致しました」

 

森の陰から黒装束を纏った数人–––––隠の集団が現れる。ここに来る際に召集し、鬼殺の痕跡を消す為にあちこちで行動していた。

 

「ご苦労様でした。–––それで、死体の方は?」

 

肩を竦めて首を振る。

 

「残念ながら、一つたりとも見つかりませんでした。恐らく骨まで喰らったのだと思われます」

「そうですか……。わかりました、ありがとうございます」

 

八十余名の遺体全てが見つからなかった、と言うことから今回の鬼の残虐さが滲み出ている。

 

「はっ。所で、その少年はどう致しましょうか?」

 

落ち葉の上で転がっている少年に目をやる。瀕死の重傷を負ったにも関わらず、落ち葉の上で気持ちよさそうに眠っている。–––––よく見ると、目の下に隈が浮かび上がっているではないか。

 

「この子は私の屋敷にお願いします。怪我が酷いですし、少し言いたい事もありますから」

「畏まりました」

 

白い担架に少年を乗せる隠を余所に、いつもより雄弁な同僚に目をやる。

 

「何か気になる事でもあるんですか?いつもより口が開いているように感じますけど」

「…いや、何でもない」

「…?まぁいいでしょう」

 

前から気難しい性格の彼の事だ。きっとまた難しい事を考えているに違いない。そう頭の中で結論づけ、思考を切り替える。

 

「さぁ、帰ってお館様に報告しましょうか」

「…あぁ」

 

夜明けの森を歩く。–––地平線から覗く太陽は、いつもよりも綺麗に見えた。

 

 

 

 

 

 

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–––––目を覚ましたら、木目の天井が目に入った。

 

どこか薬品の匂いが鼻に付く、沢山のベットが並んだ部屋。そのベットの一つに、自分が寝かされていた。

 

「ここは……」

「目が覚めましたか」

 

ぼやける視界の中に髪を二つに纏めた少女が現れる。–––白の服を着ているから、ここは医療施設で彼女は看護師なのだろうか。

挨拶をしようと身体を起こすと、脇腹辺りに針を刺したかのような激痛が走り顔が強張る。

 

「まだ身体を動かさないで下さい。貴方、三週間近くも眠っていたんですよ」

「さ、三週間……?」

 

自分があの増殖する鬼と戦って、それから三週間も経ったと言うのか。窓から見える景色を確認しようにも、綺麗な青空が浮かんでいるだけで違いはわからない。

 

「出血過多もそうですけど、目の下に隈が濃く出てました。恐らく過労も含まれていたのだと思います」

「過労、か…身に覚えがあり過ぎるなぁ…」

 

最後に布団で眠った日付が曖昧になっている。それ程までに鬼を殺して回っていた、と言うことか。

 

「駄目じゃないですか!自分の身体を大事にしないと!」

「いやぁ、返す言葉も無いです…」

 

腰に手を当ててこちらを叱る少女に頭を下げる。

次々指令が来るとは言え、少しの間休息を挟むべきだった。これは自分の健康管理の問題だろう。

 

––––––––––本当にそうか?

 

そう思った時、ふと疑問が自分に投げかけられる。

自分が鬼を探している時、被害が出るか出ないかの瀬戸際に鬼を見つけた事が何度かあった。それは、もし自分が休んでいたら被害が出ていた事を意味している。

 

––––––––唯一鬼を殺すことのできる鬼殺隊が、助けられる人々を見過ごす。それは果たして許されることなのか。

 

「–––?何かありましたか?」

「えっ?あぁ、なんでもないです。少し考え事を」

 

そこまで考えた後、看護師の人から話し掛けられて思考を止める。どこか訝しげな表情で睨まれているので、慌てて別の話題を振る。

 

「それより、ここは一体?見た所病院のようですけど…」

「あぁ、ここは蝶屋敷。蟲柱の胡蝶しのぶ様のお屋敷です」

 

蟲柱–––というと、鬼殺隊の最高位である柱の内の一人という事だろうか。となると、尚更今の状況が不可解だ。

 

「そうですか。…因みに自分は何故ここに?特にその胡蝶何某さんと面識はないと思うんですが…」

 

看護師の少女は呆れた表情を浮かべる。

 

「しのぶ様は重傷を負った鬼殺隊の方々を治療する事があるんです。貴方の傷もしのぶ様が治して下さったんです」

「そうなんですか…。凄い人ですね」

 

傷口のあった辺りを摩るとそこには包帯が巻かれていた。–––どうやら、適切な処置が施されたようだ。

 

「後でお水を持ってきます。それまで安静にしてて下さい」

「はい、お願いします」

 

テキパキとした様子で部屋から出て行く彼女に「そう言えば」と声をかける。

 

「君の名前、もし良ければ教えて欲しいんですけど」

「私ですか?私は神崎、神崎アオイです。貴方は?」

「自分は小屋内(こやない)小屋内権兵衛(こやないごんべえ)です。よろしく、神崎さん」

「はい、よろしくお願いします」

 

「少し待っていてください」と言い残して部屋を出て行った神崎を見送り、視線を周りに向ける。

数あるベッドは自分以外誰も寝ておらず、この広い部屋で自分はひとりぼっちだった。

 

「……なんだか、眠くなってきたな」

 

自分が生きていると安心したからだろうか、さっきまで散々眠っていたにも関わらず眠気が襲ってくる。

窓から差し込む日差しを浴び、瞼を静かに閉じる。

 

(ベッドって初めて使ったけど、布団よりも柔らかいんだなぁ…)

 

そんな庶民染みた事を思い、俺は再び意識を手放した––––––。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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––––––不思議な人が入院してきた、と思う。

 

水差しに煮沸した水を冷まし、ぬるま湯にしたものを入れて廊下を歩く。唯一此処に入院している鬼殺隊員である小屋内権兵衛に差し入れる為だ。

年若い顔立ちとは裏腹に、何処か物静かな印象を受ける少年。鬼殺隊という変人や変わり者が集い易い隊の中で、彼のような真っ当な人間は至極珍しい部類だ。

 

(しのぶ様曰く、優秀な剣士だと言っていたけれど……)

 

目覚めて会話した第一印象から、強者特有の凄みや威圧感は感じなかった。本当に、ごく普通の一般人と思った程だ。

 

(それでも、あの人は鬼を殺して生還してるのよね…)

 

あんななりかも知れないが、あの人も鬼を殺している立派な鬼殺の剣士。–––––私のような臆病者とは違う。

 

「小屋内さん、お水を–––––あれ?」

 

少し憂鬱な気分になるものの、怪我人と顔を合わせるのだからと気持ちを無理やり切り替える。そのまま件の小屋内の眠る病室に入ると、そこにはスヤスヤと寝息を立てる姿があった。

 

「––––––寝てる?」

 

お盆をすぐ近くにある台の上に置き、近くで様子を見る。まるで眠るのが幸せで堪らないといったような見事な顔で寝ており、起こすのが忍びなくなる。

 

「…しょうがない、お水は横に置いておきますか」

「アオイ、彼は起きましたか?」

 

声の方向を振り向くと、そこには蝶を模した羽織を羽織った女性–––––九本の柱の内の一つを務め上げる、蟲柱の胡蝶しのぶが立っていた。

 

「しのぶ様、お帰りなさい。早かったんですね」

「えぇ、事前情報よりも手強い鬼ではありませんでしたから」

 

そのまま私の近くまで来て小屋内権兵衛の顔を覗き込む。

 

「あの、小屋内さんは今さっきまで起きていたんですけど、また眠ってしまいました」

「そうですか。…なんだか起こすのも悪いですし、このまま寝かせてあげましょうか」

 

そう言って微笑むと「彼が起きたら私に伝えてください」と伝えて、病室から足を運ぶ。しのぶ様を見送った後、再び目を小屋内さんに向けると黒い目と視線が合う…って。

 

「起きてるじゃないですか!」

「いや、さっきまで寝てたんですよ。けど何か、気配を感じまして」

「気配?」

「…まぁ、悪い気配じゃなかったので別に良いんですけど」

 

「お水ありがとうございます」というと水差しから茶飲みに水を入れて一気に煽る。それを二、三回程繰り返すと漸く落ち着いたのか、ふぅと一息つく。

 

「…そう言えば自分の日輪刀が見えないんですけど、あれは今何処に?」

 

彼の持つ長い日輪刀は損耗が激しく、しのぶ様経由で刀鍛冶の里へ修理に出している。そんな事を知ってか知らずか、辺りを注意深く見ている。

 

「貴方の日輪刀なら損耗が酷いとの事で刀鍛冶の里で研ぎ直している最中ですよ」

「そっか…何から何までありがとうございます」

 

刀が研がれている事を知るとにこやかに微笑む。–––なんだか周りがホワホワしている様な気がする。

 

「それと、その怪我は後二、三週間もすれば治るそうです。それまでは安静にしてて下さい」

「わかりました…所で代金とかは…」

「しのぶ様のご厚意ですから要りませんよ。そんな事は気にせず、しっかり休んで早く良くなって下さい」

「–––それじゃあご厚意に甘えて、少しの間お世話になります」

 

「宜しくお願いします、神崎さん」と差し出された手をこちらも握り返す。–––とても、硬い手だった。

 

「こちらこそ、よろしくお願いします」

 

その硬い手を握りしめて、私はそう言った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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「–––––小屋内権兵衛君か。彼の噂は私の耳にも入っているよ」

 

産屋敷本邸の広間。産屋敷輝哉相手に胡蝶しのぶ、富岡義勇の二名は今回の日光の山間での鬼殺の状況を報告していた。–––最も、ほとんどを説明したのは胡蝶なのだが。

 

「お館様はご存知だったのですか」

「うん、凄く頑張り屋な剣士だと聞いてるよ」

 

「頑張り過ぎかも知れないけどね」と輝哉は頰を綻ばせながら口を開く。

 

「鴉からの報告によると、彼の鬼の討伐数、捕獲数累計は今回の鬼殺で百二十を超えたらしいね」

「百二十……ですか?」

 

胡蝶から思わず疑問の声が出る。百二十体の鬼を狩る、それは鬼殺の難易度は元より、それほどまでに鬼と遭遇する事の難しさから出た疑問だ。口を開かないだけで、冨岡も疑わしげな表情を浮かべている。

 

「私も記録を間違えたんじゃないかと思ってね、少し調べて見たんだ」

 

「そしたら、ちょっと考えられない事実が発覚してね」と言葉を続ける。

 

「今から半年前、実弥と天元に任せた箱根山の鬼追いは覚えてるかい?」

「覚えています。確か、下弦の参の鬼を討伐した時の事ですよね」

「そうそう。その時に小屋内権兵衛君もそこにいたんだ、その場にいた隊士からも確認が取れてる」

「そうですか…。あの戦いを生き残るなら、相当に優秀な剣士なのですね」

 

山のあちこちに血鬼術による致死の罠を仕掛け、計30を超える鬼殺隊の隊士の命を奪った当時の下弦の参。投入した殆どの隊士が死亡する過酷な戦場の中生き残ったのだから、その優秀さは押して測るべきだ。

 

「箱根戦のその次の日、富士の麓で彼を見かけたと他の隊士から報告が上がってるんだ」

「––––は?」

 

胡蝶の口から驚きの声が上がる。箱根富士間の距離は凡そ60km、一日で到達できる距離ではない。

 

「それは本当なのですか?見間違い、と言うことは…」

「自分の背丈よりも長い日輪刀を振るい、鈴の音を鳴らす剣士。–––彼以外に該当する隊士は居ないよ」

 

輝哉の言葉に思わず絶句する胡蝶。–––横に座る冨岡も僅かに驚きの表情を浮かべる。

 

「それじゃあ彼は、一日で箱根から富士へと移動したと言うのですか?」

「箱根山での鬼殺を経て、ね。–––それだけの活動範囲と速さがあるなら、短期間で鬼を複数狩る事も不可能じゃない」

 

「もちろん無茶ではあるけどね」と言って言葉を区切る。

 

「とんでもない子だよ彼は。少し、常軌を逸していると言っても良い」

「確かに、そうですね」

 

輝哉の言葉に胡蝶も同意する。

 

「そこで何だけど、しのぶ。彼を少し休ませてあげてくれないかい?」

「勿論構いませんが、何か意図があるのでしょうか?」

「いや、少しの間休んで欲しいだけだよ。–––子供が無茶をして死んで行くのは、見たくないからね」

 

そう言って寂しげな表情を浮かべる。

 

「そう言う事でしたら、お任せ下さい」

「頼むよしのぶ。–––義勇からは何かあるかな?」

「特には。––––ただ、一つだけ」

 

毅然とした表情のまま口を開く。

 

「彼の実力を、計らせて頂きたく思います」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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「いやぁ、目を覚ましてくれて良かったです!心配したんですよ?」

「は、はぁ…」

 

多少の疲労感を感じながら自身のベッドの横の椅子に腰掛ける女性–––––現役の蟲柱、胡蝶しのぶを見遣る。

極めて整った顔立ちをしている、と庶民の目ながら判断する。あんまり女性と会話しないため、目の前の女性が世間一般からどれ程綺麗なのかは判らないけれど、凄い美人であるという事だけはわかった。

 

(なんでにこにこ笑ってるんだ…?)

 

神崎さんが呼びに行って此処に来てからずっとこの調子だ。

 

「身体の方は大丈夫ですか?まだ脇腹が塞がってないとは思いますけど…」

「あ、はい。確かに脇腹は少し痛みますけど、身体を動かす程度には支障ありません」

「そうですか!それは良かった」

 

先程から笑みを絶やさない彼女。–––流石に、そろそろ不気味に思えてくる。このまま話していても疲れるだけだと思い、自ら口を開く。

 

「…あの、何か話があるんですよね」

「–––––どうして、そう思うんですか?」

 

少し雰囲気が変わったことを肌で感じつつ、言葉を続ける。

 

「神崎さんから現職の柱の方だと伺いました。柱は日々激務に追われていると聞いています。…それが、自分の様な只の一般隊員に時間を割くとは思えないのです」

「只の一般隊員、ですか」

「はい。自分は……」

「只の一般隊員が、二ヶ月弱で40を超える鬼を討伐出来ますか?」

 

口調は穏やかなままだ。–––––にも関わらず、言葉の端々に氷の様な冷たさを感じる。

 

「謙遜は日本の美徳です。–––しかし、行き過ぎた謙遜は嫌味に繋がりますよ?」

「自分は只、鬼を殺して––––」

「鬼を殺す事で命を落とす人が大勢います。鬼を殺す事は、決して簡単なことでは無いんですよ」

 

諭すような声色が耳に響く。

 

「確かにそうですけど、本当に俺は自分の出来る範囲で鬼を殺してただけ–––」

「兎に角、貴方は決して只の一般隊員ではありません」

 

尚も食い下がろうとするが、無理やり会話を打ち切られる。「全く……」なんて顔をしかめてる様子を見ると、なぜか申し訳ない気持ちが湧いてくる。

 

「自分の成し遂げた功績に自信の持てない人は早死します。–––貴方は凄い、もっと自信を持って下さい」

「…はい、ありがとうございます」

 

–––褒められているのにこんなに申し訳なくなる事があるとは。正に穴があったら入りたい気分だ。

 

「まぁ叱るのはこのへんで…。あんまり自分を追い詰めると、どこぞの水柱の様に成っちゃいますよ?」

「…はぁ。気を付けます?」

 

「よろしい」と満足げに笑うと、冷たかった雰囲気に暖かさが戻る。椅子から立ち上がるとそのまま部屋から出て行く…前に「そうそう」と首だけ振り向ける。

 

「もしかしたら髪の毛がもじゃもじゃしている人が来るかも知れません。口下手な方ですけど、根気よく話を聞いてあげて下さい」

「…?わかりました」

 

それを聞いてまたニコニコと笑うと、今度こそ部屋から出て行った。彼女が視界から消えるまで見送るとベットに体重をかけ、脱力する。–––なんだか不思議な人だった。

 

(あれ?そう言えば、何か聞こうとしたような……)

 

枕に顔を埋め瞼を閉じる。それからあまり掛からず睡魔が襲ってきて、俺は特に抵抗する事なくそれを受け入れた–––––。

 

 

 

 

 

 

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––––––––十五日後

 

 

『チリン、チリン』と鈴の音が蝶屋敷に響き渡る。時に優しく、時に激しく鳴り響くその音は、心地よい旋律を奏でている。

 

「すぅ…はぁ…」

 

和風建築の庭先にその音の正体はいた。緩やかな浴衣に身を包み、手には自分の背丈よりも長い日輪刀を握る少年–––––小屋内権兵衛である。

振るわれる藍色の刃は流れる川の様に、しなやかに伸びる刃は剛の剣ではなく柔の剣。淀みなく振るわれる剣戟は、一種の舞を幻視させる。

 

「精が出ますね、権兵衛さん」

「アオイさん!洗濯物ですか」

 

そんな中、ひとりの少女が洗濯籠を持って庭に出てくる。髪を二つに纏め、キツ目な顔立ちな少女–––神崎アオイである。洗濯物を抱えてはテキパキと洗濯竿に干していく。

 

「はい。––––私の事は気にせず続けて下さい」

「そう言う訳には…」

「今日はいつもより少ないですから」

 

権兵衛はなおも食い下がろうと口を開くが、こうなった彼女がテコでも動かない事はこの二週間程度で散々わかっている為、渋々口を閉ざす。

 

「…良い天気ですね」

「…そうですね」

 

二人が空を見上げれば澄み渡る様な青空が広がっている。雲一つない快晴から燦々と日光が降り注いでいる。

 

「…前から気になっていたんですけど、どうしてそんなに長い刀を振るっているんですか?」

 

ふと、そんな疑問が神崎の口から溢れる。権兵衛は普通の鬼殺隊が使用する日輪刀よりも凡そ二倍程長い物を使っているのだから、その疑問も当然といえば当然だろう。

権兵衛は口元に手を当てて首を捻る。

 

「んー…、特にこれと言った理由は無いんです。師範から教えて貰った剣の長さが元々これだったので」

「けれど、そんなに長いと色々と不便じゃ無いですか?」

「色々と不便ですよ。たまに木々に引っかかるし、街を歩けば殆どの確率で憲兵に追い回されるしで」

 

「お陰で満足に補給もできなくて、保存食の乾燥鮭を愛用する事になっちゃったし」と不満げに言い放つ。その様子を見て、再び神崎は疑問を投げかける。

 

「普通の刀にしよう、とは思わないんですか?」

「思わないですね」

 

一瞬の間もなく即答。続けて口を開く。

 

「これは元々師範が俺にくれた刀なんです。よっぽどの理由が無い限り、手放す事はないかと」

「…そうですか。その、師範の方は––––」

 

神崎の言葉が続く事はなかった。何故なら、蝶屋敷の塀を何者かが飛び越えて来たからだ。二色に揃えられた陣羽織を着たその人物は太陽に照らされた青い鋼–––––日輪刀を抜刀している。

 

「っ、権兵衛さん!」

 

音を置き去りにするかの速度で振るわれた刃は小屋内の胴体目掛けて振り抜かれ–––––鈴の音が鳴ると同時に侵入者の身体が壁に叩きつけられる。

 

「–––何が目的かは知らないが、襲ってきた以上返り討ちに遭う覚悟はあるんだろうな?」

「––––––っ」

 

–––––聞いた事もない、冷たい声色だった。普段の温厚そうな雰囲気とはまるで異なる、冷たい鋼のような声。聞いてるこっちが震えてしまう程の、凍える殺気。

土煙が晴れた時に現れた侵入者は、端正な顔を持つ青年だった。特に傷を負った様子もなく、刀を構えている。–––そしてその顔は神崎アオイにとって見覚えのあるものだった。

 

「えっ?水柱の冨岡––––」

 

神崎の声は地面を踏み抜いた小屋内の音で掻き消される。リハビリを行なっていたとは思えない流暢な動きで侵入者へと刃を向ける。

 

–––––漆ノ型・雫波紋突き

 

神速もかくやという速さで放たれる大太刀–––––しかし、侵入者はそれを首を傾けるだけで避け、塀に刀が突き刺さる。

その隙を流すまいと身体を傾けたまま小屋内に刃を振るうが、突如動きを変更して大きく横に移動する。その僅か数瞬後、突いた塀ごと侵入者を斬り殺す刃が走る。

 

––––––壱の型 水面斬り

 

(今のを避ける…危機察知能力が常人のそれじゃない)

 

塀を大きく切り裂いた後、大太刀を中段に構え直す。それに対し、侵入者は脇に構える。

 

––––––肆の型改 荒波・打ち潮

 

大太刀特有の遠心力を存分に利用する型を侵入者へと振るう––––が、全く同じ動きを持ってその技が去なされる。

 

(この動き…、同じ呼吸の使い手か⁉︎)

 

全く同じ動きを見せられた事から即座に反応し、型ではなく剣術を持って侵入者へと剣を振るい––––––。

 

「そこまでです、二人とも」

 

胡蝶しのぶの声でギリギリの所で刀が止まった。その胡蝶しのぶの横には彼女の継子–––栗花落カナヲが控えている。その手元は腰にある日輪刀に当てられており、いつでも抜刀出来る事が伺える。

侵入者–––水柱、冨岡義勇の日輪刀は小屋内の喉元に当てがわれ、対する小屋内の刀は肩口に食い込んでいる。そのまま双方刀を退け、胡蝶の方を見遣る。

 

「–––しのぶさん、どうして止めるんですか」

「その人が水柱だからですよ。–––私が止めなければそのままバッサリ斬る気でしたね?」

「否定はしません」

 

頭に手を置いて顔を顰める胡蝶に、態度を改めない小屋内。–––その様子は出来の悪い生徒を叱る先生のようだった。

 

「全く–––。貴方もですよ、冨岡さん。いきなり襲いかかるなんて、何考えてるんですか」

「……俺は口下手だからな」

「それを言い訳に斬りかかるなんて通り魔でもしませんよ…」

 

「どうしてこの人達は…」なんて頭を抱える胡蝶の横で栗花落はニコニコと笑っている。–––その光景は混沌極まっていた。

 

「取り敢えず、二人とも私の部屋に来て下さい」

「えっ、自分もですか?自分は正当防衛––––」

「い い で す ね ?」

「………はい」

 

チリンと鈴が鳴る。何処か寂しげに鳴るその音は、持ち主の遣る瀬無さを表してた––––。

 

 

 

 

 

 

___________________

 

 

 

 

「––––––それで、弁明を聞きましょうか?冨岡さん」

「…実力を測っただけだ」

「流石に怒りますよ?どれだけ天然なんですか貴方は……」

「あの、そろそろ正座を解いても良いですか…?」

「駄目です。まだそのままでいて下さい」

 

自身の自室に二人を連行し、端の方で正座させる。権兵衛君は不服そうに正座し、冨岡さんに関しては憮然とした表情を崩してすらいない。–––なんで私が説教みたいな事を……。

 

「冨岡さん、私言いましたよね?ちゃんと話し合って下さいって」

「……刀で話し合った」

 

しれっと言い放つ冨岡さん。–––自分でも額に血管が浮き上がっている事が分かる。

 

「………そう言えば、最近拷問用の薬の実験台を探していまして」

「………………済まなかった」

 

頭を下げる水柱、らしき男性の背中から哀愁が漂ってくる。

…私の方が年下なのに、なんで年上の人を叱らなければならないんでしょうか…。

 

「小屋内君も、いきなり殺す気で刀を振るうなんて何を考えているんですか」

「襲われたので、つい…」

 

先程まで纏っていた殺気が胡散する。相手が現役の柱だとわかったからだろう。–––柱と聞いた途端疲れたような顔をしていたのは、きっと気のせいだろう。

 

「視界の悪い中、同じ鬼殺隊の隊員が間違えて襲ってくる事も稀にあります。襲われたからと言って、即座に斬り殺そうとするのはやめなさい。良いですね?」

「はい…」

 

一通り言いたい事は済ませた為、一息吐く。目元を伏せて反省の意を示しているため、説教はここまでにしておく。

 

「…それで、冨岡さん。権兵衛君に話があるんですよね」

「………あぁ」

「私は一旦席を外しますので、終わったらまた呼びに来てください」

 

頭に疑問符を浮かべる権兵衛君と相変わらず表情の読めない冨岡さんを置いて部屋から出る。–––あの人、ちゃんと話せるんでしょうか…?

 

 

 

 

_____________________

 

 

 

 

 

「……………」

「……………」

 

しのぶさんを見送ってから数分。待てど暮らせど、隣にいる水柱、冨岡義勇さんから何も言ってこない。

横目で顔を見ても憮然とした表情を浮かべるばかりで、表情から何を考えているかはわからない。

 

(き、気不味い…)

 

空気が重さを持っているような感じがする。自分から話しかけた方が良いのかとも思うが、階級の差からそれも憚られる。

 

(これなら風柱の方がまだマシだ…!)

 

今から半年程前、箱根で出会った風柱の不死川さんも口が悪かったがそれでも意思疎通は図る事が出来た。

今の所遭遇した柱の中で一番親しみ易かったのは音柱の宇髄さんだった。–––あの人も相当な変わり者の筈なんだけれど、何故かまともな人に見えてしまう。

 

「………あの、何かあるんですよね?」

 

流石にこれ以上時間を無駄にするのは看過できないと口を開く。–––今日から外出許可が出たのだ、お団子を食べに行きたい。

 

「…………お前は、鬼を憎んでいるのか?」

「……鬼を、ですか?」

 

散々待って出てきた言葉はそんなものだった。しかし、鬼殺隊の中でも本質を問う問答でもあると思う。

鬼殺隊なんて死亡率の高い職を志望する人、しかも柱になるまで自分を鍛え抜いた人だからこそ、それは気になるのだろう。

–––けれど、多分彼が期待するような答えを自分はできないだろう。

 

「–––いいえ。私は鬼を憎んでいません」

「–––では、何故鬼狩に?」

 

鋭い刃の様な視線が向けられる。–––多分この人も、身内を鬼に殺された人なんだろう。自らの幸せを奪った存在であるからこそ、鬼という存在が許せないんだ。

 

「なんだか誤解があるようなので、先に言っておきます。私も、人を喰う鬼は憎いです」

「………どういう事だ?」

 

 

 

 

「鬼であるから憎い訳では有りません。–––––俺は、人を害する存在全てが憎い」

 

敢えて強い口調で言い放つ。–––今まで出会ってきた鬼狩は皆そうだった。鬼は無条件で憎い存在だが、人は親愛を向ける存在であると。

 

「人を喰う鬼は憎い。それと同時に、人を殺す人も同じくらい憎い」

 

他人の幸せを奪う者はいつだって勝手だ。己の事情のみを考えて他人を害する。自らの衝動のまま人を喰う鬼も、自らの勝手で人を殺す人もそこは変わらない。

 

「人を害する存在であるならば–––人と鬼に、違いはありません」

「–––それが、お前の考えか」

「はい。–––ですので、貴方に殺す気で刃を振るった事は謝りません」

「…随分豪胆だな」

「自分の持論ですので」

 

言いたい事は言った。–––処断されるにしろ、これで文句は無い。

 

「–––そうか」

 

何かに納得したのか、軽く目を伏せると水柱は静かに立ち上がる。

 

「もし今からお前を水柱にすると言ったら、お前は納得するか」

 

…何を言っているんだ、この人は。

 

「……どう言う意図でそんな質問をするのか測りかねますが、謹んでお断りさせていただきます」

「何故だ?お前の実力は先程測らせて貰った。お前ならば–––」

「貴方の方が確実に強いですよ、冨岡さん」

 

自分の型を、同じ型で完全に去なされた時点で実力に大きな差があった。自分の僅かな挙動から使う型を判断し、振るわれる大太刀を普通の刀で難なく防いだのだから、その実力差は押して測るべきだ。

–––全力のこの人と戦えば、地を這うのは間違いなく自分だ。

 

「強さは絶対の指針。柱なら尚更、俺の様な半端が柱になるなんて言語道断でしょう」

「–––それでも、お前は鬼殺隊員だ」

「–––ご自分は違うと仰るのですか?」

「そうだ。–––詳しくは言えないが、俺は最終選別を突破していない」

 

最終選別を、突破していない–––?しかし選別を突破しないで鬼殺隊に入隊する事は不可能だ。だからあの1週間、死ぬ気で山中を走り回ったのだから。

 

「…仰る意味が分かりかねます。貴方は現に鬼殺隊の柱として鬼を滅殺しているではありませんか」

「–––俺はあの選別で助けられただけだ。自分の力で選別を乗り越えた訳じゃない」

 

悲しげな表情を浮かべる。–––生真面目な人なんだろう、自らの力で選別を突破していないことを、今でも悔やんでいる事が分かる。けどその考えには少し誤っているとは思う。

 

「助けられて選別を突破してはならないと、どうして決めつけるのですか」

「選別は己の力を発揮する場所だ。助けられただけの俺は、その試験を突破したとは言えないだろう」

 

–––ここで言葉を重ねるのは容易だ。けれど、幾ら重ねた所で心には響かない事は分かる。結局の所、彼に言葉を掛けるのは自分の役割ではないのだろう。

 

「–––貴方の事情がどうあれ、私は柱にはなれません。お力になれず、申し訳ありません」

「いや、別に良い」

 

「時間を取らせてすまなかった」と告げると、悲しげな表情を浮かべながら部屋から出て行く。姿が見えなくなるまで彼を見送り、息を吐く。

 

「–––––お団子、食べに行こう」

 

元々考える事は得意ではない。何故水柱があんな事を口走ったのか、なんて難しい事はさっさと忘れ、好物のお団子を求めて茶屋に行くとしよう。

 

「みたらし、三色、餡子…何を食べようかなぁ」

 

がま口を浴衣から取り出し、しのぶさんの部屋から出る。

アオイさん達にお土産でも買うか、なんて思いながら軽い足取りで外へと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

____________________

 

 

 

 

 

 

「–––––フラれてしまいましたね」

「………やはり聞いていたのか」

 

部屋から出た先の廊下で待っていると、しょんぼりした様子の水柱–––––冨岡義勇が出て来る。

 

「いえ?ただその顔を見れば結果は分かりますよ」

「…そうか」

「どうでしたか、彼は」

 

彼、というのは当然小屋内権兵衛の事だ。百二十を超える鬼を短期間で殺し、手を抜いていたとはいえ水柱と互角以上に斬り結んだ剣士である。

優秀な剣士とは総じて変わり者が多い。彼もまたどこか変わっている所があったか、という意図で聞いたのだが––––。

 

「…………わからない」

「…はい?」

「……………」

「えっ?それだけですか?他に説明は無いんですか?」

 

早歩きで廊下を歩く彼の後ろをついて行く。なにかを考えている様な素振りをしているが、相変わらずの仏頂面でなにを考えているのかはわからない。

 

「これから任務がある、俺はここで失礼する」

「本当に分からなかったんですか⁉︎ちょっと、もう少し詳しい事を–––」

「別に–––。ただ、あれは苦労するだろうな」

「えっ?ちょっと、それはどういう–––––」

 

それだけを告げると、玄関からそそくさと外に出て行ってしまった。–––––本当に、あの人ときたら。

 

「…はぁ。気にしても仕方ありません。私も仕事を–––あら?」

 

彼が何故あの様な言葉を残したのか。その意図を頭の中で考えつつ足を自室へと向ける。すると、茶色のがま口を持って歩く小屋内君の姿が目に入った。

 

「お出掛けですか、権兵衛君」

「はい、近くの茶屋でお団子でも食べてこようと思いまして」

 

何処からかホワホワとした雰囲気を醸し出している。–––団子が好物なのだろうか。

 

「そうですか。あまり遅くならない––––」

 

そこまで口を開いた後、少し考える。–––冨岡さんから彼について聞くのが難しくなった以上、彼の口から直接聞くのが良いのではないだろうか。

 

「なら、私もご一緒しても良いですか?」

「–––はい?」

 

キョトンとした表情を浮かべる。

 

「迷惑なら別に構わないですけど…」

「あぁいえ。別にそう言う訳じゃ無いんです。無いんですけど…」

 

あたふたと視線を彷徨わせている。

 

「美味しいお団子のお店、紹介しますよ?」

「…じゃあ、お願いします」

「はい、お任せ下さい」

 

駄目押しに押され、渋々頷く権兵衛君。それを見て微笑むと、二人並んで玄関を出る。ある程度歩いて街中に出ると、ふと彼が口を開く。

 

「…しのぶさんは、面倒見が良いんですね」

「……?」

「いえ、なんでもありません」

 

儚げに笑ったその顔が、何故か印象に残った–––––。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




小屋内 権兵衛

「親無い 名無し」という意図で自ら名乗っている名前。実際は親も名前もあるが齢六の時に捨てられた為自分で捨てた。自分の背丈よりも長い日輪刀を扱う、持久戦に特化した鬼殺隊員。止血の呼吸と回復の呼吸については全ての鬼殺隊員を上回る実力を持つ。人並み外れた体力を持ち、鬼の集団と四時間程度鬼ごっこできる程度の体力がある。
あんまり頭の出来は良く無く、読み書きも大して出来ない。性格は人並み程度に温厚であり、特出した点は無い。人を殺す鬼や人を見たり、そのような意図の発言をするものを見ると激情。生き残る事を優先する普段の戦法から一転、相手をなんとしても殺す手法を取り始める。
持久戦を得意とする為、長い時間戦って鬼を陽の光で焼く事もしばしばある。首が硬かったり、異常に手強い相手には首を斬るよりも焼く事を主としている。


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