鬼殺隊一般隊員は鬼滅の夢を見るか?   作:あーけろん

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しのぶ様が美し可愛過ぎて生きるのが辛い(率直)

※誤字脱字修正、及び感想評価ありがとうございます。とても励みになりました、これからもよろしくお願いします。



鬼殺隊一般隊員は胡蝶の夢を見るか?

 

 

 

活気ある喧騒が遠くに聞こえ、暖かな日差しが射す日中。穏やかな風が多くの人々の肌を撫でる中、二人の男女が茶屋の縁台で寛いでいる。

 

「今日はいい天気ですねぇ」

「そうですね」

 

何処か浮世離れした美貌を持ち、和かな笑みを浮かべる女性––––胡蝶しのぶと、ホワホワした雰囲気を辺りにばら撒き、来たる団子を今か今かと待ちわびる少年–––小屋内権兵衛である。

 

「ここは甘露寺さん–––恋柱の方が紹介してくれたんですよ。みたらし団子が絶品だそうです」

「そうなんですか!それは楽しみです!」

 

背丈は然程変わらない二人の為、背後から見れば姉弟に見えなくも無い。正面から見れば、それは間違いである事は明白なのだが。

 

「恋柱の甘露寺さんとは前に出雲の方でお会いした事があります。見た目によらず凄い健啖家でした」

「–––出雲の方まで行ったんですか?」

 

「お待たせしましたー」と間延びした声の店員から、みたらし団子を始めとした餡子や三色、よもぎの団子が山になって置かれる。

それを見た権兵衛は「おぉ」と感嘆した声をあげ、みたらし団子を一串手に取る。

 

「取り敢えず食べましょう。せっかくの団子が硬くなってしまっては事ですから」

「いえ、私は–––––むぐ」

 

遠慮する為に開いた口に容赦なくみたらし団子を突っ込む。権兵衛はそれを見てニコニコと笑うと、自分の口の中に餡子がたっぷり乗った団子を頬張る。

 

「美味しい団子なんですから、一緒に食べましょう」

「…中々強情ですね」

 

「団子に関しては強気なんです」なんて笑うと、次々団子を口に入れていく。権兵衛が団子を食べる度にホワホワした雰囲気が広がり、和やかな空間が一瞬で構築される。

 

「本当に美味しそうに食べますね、そんなに団子が好きなんですか?」

「はい。モチモチした食感がとても好みなんです」

 

そんな彼の雰囲気に当てられてか、胡蝶も団子を口にして行く。

 

「–––それで、出雲の話でしたか」

 

ある程度満足したのか、一緒に出された暖かいお茶で一服すると胡蝶の方に向き直る。といっても、手にはよもぎ団子が握られているのだが。

 

「出雲というより、貴方は普段どの辺りで活動しているんですか?」

 

三つに連なったよもぎ団子の内一つを頬張り、茶をすする。

 

「何処へでも、が正直なところです。北は津軽、南は薩摩まで行った事があります」

「津軽から薩摩、ですか」

 

津軽から薩摩と言えば、殆ど日の本全てを歩き回っている事になる–––常人では考えられない範囲だ。

 

「鬼の出現場所は固まってませんから。自分で行ける範囲なら行くようにしているんです」

 

「うまうま」と呑気に団子を頬張る権兵衛とは裏腹に、胡蝶の顔には驚愕の表情が浮かんでいる。–––柱でさえ活動範囲を絞るほど、鬼殺と言うものは体力精神共に疲弊する。にも関わらず、彼はそれを些事とでも言わんばかりに笑う。

 

「それ程までに、鬼を憎んでいると?」

「鬼を憎む、ですか」

 

胡蝶の質問を反芻する。それはつい先程水柱、冨岡義勇から受けた質問と同じだったからだ。団子を一串食べ終わる程度に悩んだ後、お茶を飲んでから口を開く。

 

「先程水柱の冨岡さんからも同じ質問を受けました。お前は、鬼を憎んでいるのかと」

「それで、どう答えたんですか?」

「憎んでいない、と答えました」

 

何でもないような体で言い終えると、再び団子を手に取ろうとお盆に手を伸ばす––––が、その手は空を切って終わる。何故なら、ニコニコとしている胡蝶がお盆を手に取っているからだ。

 

「どうしててですか?鬼の事を憎んでいるからこそ、日の本中を巡っているのではないんですか?」

 

和かに笑う彼女だが、その目は決して笑っていない。権兵衛は彼女の瞳の奥に黒いナニかを見ると、寂しげに笑う。

 

「–––何故、笑うんですか?」

「人は楽しいから笑うわけじゃないって、師範が言っていました。–––––貴方も、そうなんですね」

 

権兵衛のその一言で、言い訳のしようもない程剣呑な雰囲気が茶屋に蔓延する。発生させているのは、当然胡蝶の方だ。

 

「貴方に、私の何が分かりますか」

「当然分かりません。会って数日足らずの人間に、一体何が分かりますか」

 

「ただ」と言葉を付け加える。穏やかな雰囲気の一切を廃し、鋭い視線を胡蝶へと向ける。

 

「–––––貴女の考えを、私に押し付けられても困ります」

 

権兵衛の手に残っていた竹串の内一本が胡蝶の顔のすぐ横を走る。

 

「先程の言葉に付け加えさせて貰います。–––私は鬼であるから憎い訳ではありません。人を害するモノ全てが憎いのです」

「…それは、鬼を憎む事となんら変わらないのでは?」

 

胡蝶の質問に対し、権兵衛は即座に断言する。

 

「変わります。同族を殺す人がいるように、人を喰わない鬼がいるかも知れませんから」

「居ませんよ、そんな鬼は。鬼はすべからず人を騙し、喰べます。それに例外なんてあり得ない」

 

そう言い放つ胡蝶の瞳の奥が微かに揺れた事を、権兵衛は見逃さなかった。

 

「そうだとしても–––私は、鬼であるからと言って彼等を殺したりはしません」

 

手に残っていた竹串を全て叩き折ると、自らの傍に置く。それを見た胡蝶もまた取り上げていた団子のお盆を置く。

権兵衛が餡子の団子を頬張るところを見ると、胡蝶は静かに口を開く。

 

「–––辛くありませんか?人を喰わない鬼がいるかも知れないと信じるのは」

 

胡蝶の言葉に軽くうなづく。

 

「それは、多少しんどい事はあります。–––––けど」

 

言葉を区切り、なにかを決心するかのように口を開く。

 

「信じない訳には、いきません」

 

最後の一本になってしまったみたらし団子を見つめ、悲しげに笑う。

 

「どうして、そこまで信じるのですか?」

 

頑な、というまでに意思を曲げない権兵衛に対し、胡蝶は疑問を口にする。

 

「貴方は既に百二十を超える鬼を討伐しています。–––その中で、人を喰わなかった鬼は見つけられましたか?」

「…いえ、見つけられていません」

「なら–––––」

「それでも、です。この考えを、曲げるわけにはいきません」

 

覚悟を持った目だと、胡蝶は思った。だからこそ、度し難いとも思う。

 

「理解出来ません。–––事実、鬼は人を喰います。何故そんな頑なまでに区別をつけようとするんですか?」

 

鬼は人を喰うのだから鬼を殺すのは当然だ。なぜそこで人を殺すのか殺さないのかで一度区別を分ける必要があるのか、胡蝶には理解出来なかった。––––彼の言葉を、聞くまでは。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「簡単ですよ。––––人を殺す人を、躊躇わず殺す為です」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

–––刹那、世界が止まったような感覚を胡蝶は覚えた。

 

「––––––実は、自分が鬼殺隊に入って初めて殺したのは、鬼じゃないんです」

「…………えっ?」

 

意図せず、胡蝶の口から声が漏れる。何故なら、その言葉が意味する事実を正確に予知してしまったからだ。

 

「自分に与えられた最初の任務は、山中にある小さな農村に出現した雑魚鬼の討伐でした」

 

なんて事は無い、なんて口調の権兵衛だが、その手は微かに震えていた。

 

「あの時の自分はまだ未熟で、目的地に向かう途中で道に迷ってしまったんです。そしたら、偶然その村の出身だという少女が現れたんです」

 

「可愛らしい少女でした」笑うと花の様に綻ぶ、可愛い盛りの子でしたと噛み締める様に呟く。

 

「自分の身の上を正直に話すと、彼女は笑って道案内をしてくれました。––––彼女は裸足で、何も履いてなかった事に気が付かず」

 

「馬鹿みたいでしょう?そんな間抜けが、鬼殺隊に入ったんですから」と自嘲した笑み浮かべる。

 

「目的地の村に着いたら、まず始めに初老の男性に遭いました。––––そうしたらなんて言われたと思いますか?」

 

自嘲した笑みが固まり、死んだ魚の様な目をしていた。

 

「『若い男はお呼びじゃない』って、そう言われました」

 

権兵衛の手に持っているみたらし団子がカタカタと震える。

 

「自分は駆けつけてきた村の人々に身体を拘束され、道案内をしてくれた彼女と離されました」

 

「暴れたら少女を殺すと脅されたので、自分にはどうしようもありませんでした」と続ける。

 

「拘束されたまま村の広場に向かうと–––––そこには鬼が居ました。恰幅の良い、赤茶色の肌をした鬼が」

「村の人々は彼に–––鬼に祈りを捧げていました。彼こそ神である、と」

「そうして少しの間待っていると、白粉を塗った少女が鬼の前に連れて来られました」

「–––––その子は、自分を案内してくれた少女でした」

「自分はその時全てを理解しました。彼女が裸足だった訳も、自分が鬼狩りだなんて言葉を信じた訳も」

「彼女は村から逃げ出してきた子だったんです。自分はそんな事もわからず、彼女に道案内をさせてしまった」

 

震えていた手がピタリと止まる。

 

「彼女は笑っていたんです。笑って、後はお願いと言ったんです」

「権兵衛君、そこまでで結構です」

「けど、いざ自分の肩が鬼に齧られると、彼女は大声で叫びました。『助けて、お兄さん‼︎』って」

「止めなさい、権兵衛君」

 

権兵衛は笑っている。なのに、胡蝶にはその表情がどうしようもない程に泣いていると思えた。

 

「そこから先は、あまり覚えていません。ただ、気がついたら辺り一面血の海の中で、冷たくなった彼女を抱いていました」

 

みたらし団子を齧り、お茶を一息に飲み干す。

 

「––––––あの時、彼女の異常に気が付いていれば、あの子は喰われずに済んだかもしれない。あの時、村の人々をもっと早くに殺せて居れば、あの子だけでも助けられたかもしれない」

 

すっと縁台から立ち上がり、胡蝶を見る。

 

「人は簡単に鬼になれる。そんな事がわからなかったから、自分は彼女を助けられなかった。––––––だからこそ、次は迷う訳にはいかないんです」

 

そう言って儚げに笑う彼を、胡蝶はただ見つめる事しか出来なかった––––––––。

 

 

 

 

 

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アオイ達へのお土産と言って団子を買った権兵衛君と別れ、私は夕暮れの街を一人で歩いている。

 

「『…人を殺す人を、迷わず殺す為』ですか」

 

それを口にした彼の表情は、今でも頭の中に鮮明に焼き付いている。–––––見えない涙を流し、聞こえない号哭を叫んでいた彼は、どうしようもない程に泣いていた。

鬼を滅殺する為に打たれ、握った刀で初めに人を斬り殺す–––その葛藤は、考えることすら出来ない。

 

「…私では、何も言えなかった」

 

言葉を重ねる事はきっと出来たのだろう。けれど、それらの言葉は彼にとってなんの価値もない事は分かる。

–––––あの子は、これからも地獄の様な日々を送るのだろう。

人を疑い、鬼を疑いながら成し遂げる鬼殺。信じる物が何も無い中戦い続けるのは、紛れも無い地獄そのものだ。

 

「…恨みますよ、冨岡さん」

 

別れ際に彼が言い放った「苦労するだろうな」との一言の意味を理解し、軽く毒吐く。–––彼が端的にでも教えてくれれば、ここまで深入りする事も無かったのに。

 

「姉さんなら、彼になんて言葉をかけたのでしょうね」

 

誰にでも優しく、多くの人に分け与えられる程の慈愛を持っていた、私の最愛の姉。鬼を殺す時でさえ、彼等を憐れむ程に優しかった彼女。

 

『彼等だって元は人間なんだもの。最期に祈る位は、許されるでしょ?』

 

–––そうして鬼にすら優しさを振りまいていた姉も、結局鬼に殺されてしまった。

鬼は憎むべき存在である、それは絶対に揺るがない。最愛の姉を奪った鬼を、許す道理は無い。

 

「……もうこんな時間ですか」

 

自問自答を繰り返している内に高かった日差しは地平線に沈み、綺麗な茜色で街を照らしている。–––そろそろ帰らないと心配してしまいますね。

そうして脚を蝶屋敷に向けようと方向を変えると、見覚えのある髪が目に入る。

 

「–––––あら?」

 

桃色の先に緑色を垂らした髪が揺ら揺らと揺れている。何か風呂敷に包んだものを抱えている彼女は、こちらに気付くと太陽のような笑みを浮かべ、腕が千切れんばかりに手を振る。

 

「おーい!しのぶちゃーん‼︎」

「…相変わらず、甘露寺さんは元気ですね」

 

花が咲くような笑みを浮かべる彼女に、私は疲れたように笑いかけた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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「こんな所で会うなんて奇遇ね!お買い物?」

「えぇ、まぁ。そんな所です」

 

まるでこうなる事が当然のように並んで歩く。–––––彼女の底なしの明るさは美徳ですけど、疲れる時があるのが玉に瑕ですね。

 

「そういう甘露寺さんは何を買ったんですか?」

 

彼女の腕の中には大きな風呂敷が抱えられている。それを指摘すると彼女は頰を赤らめる。

 

「服を買ったの。偶々通りかかったら凄い綺麗な布があって、一目で気に入っちゃって…」

「そうですか。甘露寺さんが着たらきっと似合いますよ」

 

「そうかな…」とはにかむ彼女。––––そこで、ついさっきまで話していた少年の事を思い浮かべる。

 

「つかぬ事を聞くんですけど、甘露寺さんは、小屋内権兵衛君という剣士をご存知ですか?」

「しのぶちゃん権兵衛君を知ってるの⁉︎」

「えっ」

 

突如食い気味に詰め寄ってくる彼女に思わずたじろいでしまう。–––この反応を見るに、どうやら知っているようですね。

 

「えぇ、まぁ。つい先程まで一緒にお茶を–––––」

「えぇー⁉︎権兵衛君と⁉︎良いなぁ…」

「そ、そんなにですか?」

「うん。権兵衛君、お茶とか誘おうとしても直ぐに何処か行っちゃうから…」

 

しょんぼりした様子で肩を落とす。

 

「権兵衛君とは何回か合同で任務を行なっているんですか?」

「そうだよ?もう四回くらいになるかなぁ…」

 

「私とは全然お茶してくれないのに…」と若干憤ってる彼女を余所目に、心の中で驚きの声を上げる。

柱と合同で任務、しかも複数熟す事が出来るなんて–––。

 

「あの子はどんな戦い方を?」

「どんな戦い方かぁ……」

 

可愛らしく下唇に指を当て、首を傾ける。ある程度悩んだ後、口を開く。

 

「生き残る戦い方、かな?」

「生き残る、ですか?」

 

「うん、そう」と言葉を続ける。

 

「絶対に深追いはしないし、無茶な行動もしない。堅実に、確実に鬼を追い詰める子だよ」

「そうですか…」

 

日光で見た彼の戦い方とそんなに違いはない。あの戦法を確立させたのは最近ではないようだ。

彼の戦い方がある程度わかったと思った時「けどね?」と彼女から言葉が入る。

 

「一度だけね?一度だけ、凄い戦い方をする事があったんだ」

「どんな戦い方だったのですか?」

「本当に凄かったよ?私でも近づくのが嫌になる位」

「具体的に言うと?」

「うーん…。視界に入るもの全部斬り捨てる感じかな?」

 

視界に入るものを全て切り裂く……彼の性格、戦法からも懸け離れている。何か切っ掛けがあったに違いない。

 

「–––詳しく聞かせてもらっても?」

「別に良いけど…そんなに面白い話じゃないよ?」

「大丈夫です。少し興味があるので」

 

「そっかぁ…」と少し悩むと、話す決心をしたのか「よし!」と意気込む。

 

「じゃあ端的に話すね。あれは、今から三ヶ月前の事なんだけど–––––」

 

 

 

 

 

 

 

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あれは、月の姿が見えない曇天の夜の日だった。

お館様の任を受け、伊勢の山間部に潜伏している鬼の討伐に向かった時だった。彼に、再び出会ったのは。

身の丈に合わない大太刀を背負い、肩に乗っかった鴉と軽口を叩き合う少年––––小屋内権兵衛と。

 

「おーい!権兵衛くーん!」

「……甘露寺さん、ご無沙汰してます」

「久しぶり!元気にしてた?」

「えぇ、まぁ。–––あの、上着を着てくれませんか?」

 

私と会うといつも顔を赤くする彼は、最初に出雲で会った時と同様自分の羽織を渡してきた。

 

「権兵衛君はどうしてここに?」

「鴉から情報があったんです。ここらで人喰い鬼が出るって」

「そっか!じゃあ今回も合同で任務だね!」

「あ、はい」

 

話を聞くと、なんでも同じ鬼が討伐対象である事を知り、現地まで一緒に行く事になった。

 

「今回の鬼は幻覚を使う鬼だそうです。本人の嫌な記憶を思い出させて動きを鈍らせるとか」

「えぇ…なんだか嫌な鬼だね…」

「人を喰う鬼に好きな鬼も嫌いな鬼も居ませんよ。等しく害獣です」

「カァー!害獣!害獣!」

「それもそうだよね…」

 

初めて彼と合同で任務を遂行した際に、彼が鬼を害獣と呼ぶ事は知っていたから、特にそれに触れることはなかった。

そのまま会話を挟みながら鬼が潜伏しているとの情報があった場所を虱潰しに探したけれど、いつまで経っても鬼は見つからなかった。

鬱陶しい木々を全部薙ぎ倒す、なんて強行案を私が出す程には探した覚えがある。

 

「もぉー!鬼は何処にいるのよ!」

「場所を移動した可能性も考慮する必要がありますね…」

「このままじゃ日が昇っちゃうよ…」

「二手に別れましょう。ここで逃すのは不味い」

 

私は彼の提案した二手に別れて探す事に同意し、その場で別れた。––––––今思うと、それが悪手だったのは間違いない。

 

二手に別れて四半刻が過ぎた辺りで、突如小屋内君の方から鈴の音が聞こえた。前に出雲で聞いた物とは違う、叫び声のような鈴の音を。

 

『ヂリリリン、ジャラララン』

「––––––っ、権兵衛君⁉︎」

 

私は足場の悪い山の中を彼の元へ精一杯走った。万が一にでも彼が死んでほしくなかったから。そうして彼の元に駆けつけると–––––。

 

「何、これ………」

 

ある一点を中心に、木々が全て薙ぎ倒されていた。刀で斬ったとは思えない荒々しい切り口だったのを、今でも覚えている。

 

「権兵衛、君………?」

 

目当ての人物は直ぐに見つけることが出来た。–––もっとも、普段通りの彼とは別人のようだった。

黒い瞳からは涙がポロポロと溢れ、口の端から血を流している彼は、何か鬼の血鬼術にかかっていることは直ぐにわかった。–––けど、私は近づく事は出来なかった。

 

「助けられなかった‼︎救えなかった‼︎俺が迷ったから‼︎俺が止まったから‼︎」

「クソッ⁉︎なんでだ!なんで幻覚を見せているのに止まらない⁉︎」

 

哭き叫びながら振るわれる刀は、剣士の叫びにも似た鈴の音を撒き散らす。

 

「止めろ!こっちに––––ギャ⁉︎」

 

視界に入る全てを切り裂く彼は、そのまま鬼の五体をズタズタに切り刻み、最後は千切れかかった首を断ち切った。

鬼の首が斬られた事で血鬼術が止まったのか、彼はその場でぐったりと座り込んだ。

 

「大丈夫⁉︎権兵衛君⁉︎」

「–––あぁ、甘露寺さん。鬼は、倒せましたか?」

「何言ってるの⁉︎権兵衛君が倒したんだよ!それより大丈夫⁉︎汗が酷いよ⁉︎」

 

顔を青白くし、珠のような汗をかいていた彼は、はっきり言って病人みたいだった。

 

「問題ありません。少し、疲れただけです」

「そんな訳…!兎に角、少し休んだ方が良いよ!」

「大丈夫です。俺は、止まる訳––––––––」

 

何か言いかけた瞬間、糸が切れたように眠った彼を抱き抱える。ただ、異常に身体が熱かった事がよく印象に残っている。

 

「…本当、何があったんだろう」

 

木々や岩、地面すら切り裂かれたその場所で、私は彼を抱き続けた–––––––。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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「––––その時だけだったな。彼があんな風に戦ったのは」

 

「あの時の権兵衛君は正直見てられなかったわ」と悲しげに笑う彼女。––––その時彼が鬼に見せられたのは、恐らく最初の鬼滅、その情景だろう。今の考えを持つに至った、始まりの鬼狩。

 

「気絶した後は私が彼を藤の花の家まで連れて行って…彼と伊勢での話はそれで終わり」

「…そうですか。話してくれてありがとうございます」

「ううん、気にしないで。–––それより、なんでしのぶちゃんは権兵衛君の事が気になったの?」

 

こてんと首を傾けて聞いてくる。–––そう言えば、理由を話していませんでした。

 

「先程、彼とお茶をしていた時に聞いたんです。–––鬼を憎んでいるのかと」

 

鬼殺隊に入り、百二十もの鬼を滅殺した剣士が鬼を憎んでいないと言った事。–––私は、その理由が知りたかった。

日の本中を駆け回り、鬼を殺して回るのは辛い事だ。とても、覚悟だけで成し遂げられるような偉業ではない。–––それこそ、私のように鬼を憎んでいなければできない筈だ。

 

「それで、彼はなんて言ったの?」

 

少し身を乗り出して来る彼女に対し、困った様な笑みを浮かべて口を開く。

 

「憎んでいない、と言っていました」

「やっぱり」

「…えっ?」

 

まるでその答えを予想していたかのように笑う。その顔は、正しく花のように可愛らしい笑みだった。–––それに対して、私は間抜けな顔を晒したと思いますけど。

 

「権兵衛君はね、鬼を憎んでいるから鬼殺隊に入った訳じゃないよ」

「では、何故?」

 

困惑する私を余所目に、何処か自慢気に口を開く。

 

「––––人を、助けたいと思ったからなんだよ」

 

 

 

 

 

 

––––––甘露寺さんの言葉を聞いた時、思わず目を見開いてしまった。

 

「一月程前、権兵衛君と会った時なんだけどね?」

 

甘露寺さんはニコニコと、まるで自分の話をするかのように彼について話し始める。

 

「山中を二人で歩いていたら声が聞こえてきたの。その声の人を探していると崖下の川––––大体八丈位の所で男の子が流されていたのを見つけたんだ」

 

嬉しそうに話す彼女の話を、私は只聞くことしか出来ない。

 

「そしたら権兵衛君、刹那すら迷わず直ぐに崖を飛び降りたの」

 

「日輪刀すら投げ捨ててね」と可笑しく笑う彼女は、本当に楽しそうだ。

 

「溺れていた子は何とか助かったんだけど、私その時権兵衛君に怒ったの。『もっと自分の命を大切にしろー』って」

 

「そうしたらなんて言ったと思う?」と聞いてくる彼女に対して「なんて言ったのですか」と聞き返す。すると、白い歯を見せながら子供のように笑って言った。

 

「『あぁ、死ぬかと思った』って、ずぶ濡れになりながら笑ってたの。その時思ったんだ–––この子は、命を大切にする人なんだって」

 

 

 

 

『鬼であるから憎い訳ではありません。人を害するモノ全てが憎いのです』

『–––鬼であるからと言って彼等を殺したりはしません』

『––––人を殺す人を、躊躇わず殺す為です』

 

彼の言った言葉が頭の中で反芻される。彼は、人を殺すのか殺さないのかに明確な基準を設けていた。人を害する存在を許さないと、そう言っていた。–––それはつまり、人を守るという事の裏返しではないのか。

 

「今の鬼殺隊の強い人って、鬼に家族、若しくは大切な人を奪われた人が殆どじゃない?」

「…それは、そうかもしれません」

「だからみんな、鬼に憎しみを抱いてる」

 

どこか寂し気に言った彼女の言葉は事実だ。現に現役の柱の半分以上は鬼に家族、若しくは親族を殺されている。–––私を含めて。

 

「それが悪いとは言わないのよ?けど、だからこそ、権兵衛君みたいに純粋に「人を助けたい」って思える子は大事なんだなって思うの」

 

「私みたいな不純な動機で鬼殺隊に入るよりもね」と笑う彼女。–––この人は、どこまでも純粋なんだ。

 

「…そうですね。そういう人が、増えてくれれば良いですね」

 

姉が鬼に殺されてから、鬼を殺す事にのみ注力していた。–––どうして鬼を殺すのか、その根源には目もくれずに。

けど彼は、権兵衛君は違ったのだ。

 

『––––だからこそ、次は迷う訳にはいかないんです』

 

見えない涙を流し、嘆いた過去を振り返り、決して忘れずに前を向く。今ある地獄が少しでも良くなるように祈って、彼は日輪刀を振るい続けるのだ。–––今度こそ、間に合うようにと願って。

 

「甘露寺さん、この後よろしいですか?」

「別に大丈夫だけど…何かあったの?」

 

首を傾ける彼女に笑いかける。

 

「知っていますか?–––権兵衛君は、団子が大好きなんですよ?」

 

頑張り屋の彼を少し甘やかしても、バチは当たらないだろう。小首を傾げた後、意図を理解したのかニコニコと笑う彼女を連れて先程歩いてきた道を引き返す。夕日はもう、沈みかけていた–––––。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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「ただ今戻りました」

「お邪魔しまーす!」

 

すっかり日が暮れた夜に、二つの影が蝶屋敷の門をくぐる。–––胡蝶しのぶと、甘露寺蜜瑠の二人である。甘露寺の手には先程と変わらず大きな風呂敷があるが、胡蝶しのぶの手にも灰色の包みが収まっている。

 

「しのぶ様、おかえりなさい。其方は恋柱の甘露寺様ですね」

「久しぶりだねアオイちゃん!元気にしてた?」

 

迎えにやってきた神崎アオイを見ると、甘露寺は手荷物を放り投げてすぐさま神崎を抱きしめる。突然の事に一瞬驚いたものの、すぐさま身体を離す。

 

「私はいつも通り元気です。–––それより、甘露寺様はどうしてこちらに?」

「あぁ、彼女は私がお呼びしたんです。よかったらお茶でも、と」

 

疑問符を浮かべている神崎はその言葉を聞いて「成る程」と納得すると、テキパキと二人から荷物を預かり始める。

 

「後でお茶を持って行きますから、それまで中でゆっくりとしていていてください」

 

座敷に案内しようと背を向けた神崎に「それと」と胡蝶が声をかける。

 

「権兵衛君は帰ってきてますか?」

「小屋内さんなら半刻程前に帰ってきてますよ。それが何か?」

「もし起きてるなら呼んできて下さい。–––美味しいお団子があると伝えれば来ると思いますので」

 

神崎が「わかりました」と了解の意を伝えると、廊下の陰から丁度一人の少女が出てくる。蝶屋敷に住んで鬼殺隊員の治療をする人物の一人で、周りから「なほ」と呼ばれる少女だ。

彼女は三人を見つけるとパタパタと走り、笑顔で出迎える。

 

「お帰りなさい、しのぶ様!甘露寺様もお久しぶりです!」

「ただいまなほ。悪いですけど、権兵衛君を呼んできてくれませんか?」

「わかりました!」

 

快活な返事でそのまま病室へと向かう。–––口の端にみたらしのタレが付いていた点は、触れないのが一番だろう。

 

「–––権兵衛君、どれ程のお団子を買ってきましたか?」

「––––山ほど、でしょうか」

 

どこか疲れた顔で神崎が言う。権兵衛が満面の笑みを浮かべ、大きな包み一杯にお団子を持って帰って来た時の衝撃は、未だ記憶に新しいからだ。

 

「甘露寺様が来て下さって助かりました。とても、ここの住人だけで食べきれる量では無かったので…」

「そうなの?なら遠慮なく頂こうかしら!」

「そんなに買ってきたなら、私が買ってくる必要はなかったかも知れませんね…」

 

常識を弁えているのかいないのか、そこはあまり掴み所がない少年に二人が息を吐く。–––––そんな暖かな雰囲気で談笑している中、慌ただしい様子でなほが戻ってくる。

 

「しのぶ様!大変です!」

「どうしたの?何か問題が–––––」

「それが、小屋内さんが病室から居なくなっているんです!」

「––––なんですって?」

 

なほは「ベッドはもぬけの殻で、枕元にこれが…」とおずおずとした様子で胡蝶に紙を渡す。傍目からみると手紙のようだ。胡蝶は慣れた手つきで封を切り、中の手紙を開く。

手紙にはあまり綺麗とは言えない字で、以下のように書いてあった。

 

 

『怪我も殆ど治りましたので、今日から鬼狩に復帰しようと思います。神崎さん、なほちゃん、すみちゃん、きよちゃんには、本当にお世話になりました。機能回復訓練の準備をしていた矢先に抜け出す事になってしまい、大変申し訳ありません。買ってきたお団子はせめてもの気持ちです。皆様で召し上がって下さい。

栗花落カナヲさん、胡蝶しのぶさんにつきましても、どうか身体に気をつけて、健やかな日々を過ごして貰える事を願っています。小屋内権兵衛』

 

「……勝手な事を言いますね」

 

当たり障りのない、普通の手紙だった。胡蝶はその手紙を読んだ後、ぐしゃりとそれを握りつぶす。周囲が怯えているように見えるが、気にしている余裕はない。

 

「…あら?」

 

今すぐ勝手者を探しに向かおうと足を外に向けると、ふと握り潰した紙の裏に何か聞いてあることに気がつく。

くしゃくしゃになった紙を広げると、裏に短い一文が綴ってあった。

 

『追記 しのぶさんへ

お団子美味しかったです。機会があればまたいきましょう』

 

慌てて書いたかのように文字の節々が掠れているその一文は、胡蝶の目を引きつけて離さなかった。

少しの間その一文を見ると、今度はビリビリと文を破り捨てる。

 

「–––本当、馬鹿みたいですね」

「し、しのぶ様?」

 

困ったモノを見たように笑った彼女は、手を叩いて視線を集める。

 

「お茶会をしましょう。アオイはカナヲを、なほはすみときよを呼んで来て下さい」

「えっ?あの、権兵衛君は…」

「知りません、あんな勝手者」

 

胡蝶はピシャリと言うと、直ぐに中に入っていく。なほと神崎は慌ただしくその場を離れて、甘露寺は胡蝶に慌てて付いていく。

 

「い、良いの?彼に–––––」

「良いんです」

 

何か言いたげな甘露寺を遮って口を開く。–––彼女の顔は、咲いた花のように可憐だった。

 

「彼とは何処かで逢えます。–––今は、それで充分です」

 

––––その時の胡蝶の微笑みはとても綺麗だった、とは甘露寺の談だ。

もっとも、彼が再び蝶屋敷に収監される日はそう遠くはないのだが、それはまた別のお話–––。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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「カァー!カァー!良イノカ、ゴンベエ」

 

殆どの人が寝静まった静かな街に、鴉の声が響き渡る。昼過ぎに聞いた喧騒は影も形もなく、ただ静かな世界が辺りに広がっている。

 

「うん。お陰で傷も塞がったからね」

 

脇腹のあたりを摩る。ポッカリと空いていたそこはすっかり塞がり、硬い筋肉が押し返してくる。–––治療を施してくれたしのぶさんには、本当に頭が下がる。

 

「鴉、鬼の出現情報を寄越してくれ」

「…カァー」

「……鴉?」

 

肩に乗っかった鴉がしょんぼりした顔で俯いている。

 

「どうした?お腹でも痛いのか?」

「………ゴンベエ、大丈夫カ?」

「…お前」

 

自身の頰を力無く突く鴉の頭を撫でる。–––口が悪いが、こいつもこいつで良い奴なんだな。

 

「俺は大丈夫だよ。–––心配してくれてありがとな、鴉」

「カァ……南西、南西」

 

不服そうに行き先を伝えてくれる鴉の羽を撫でると、肩から飛び去って空へと舞い上がる。俺の視界から消えない範囲で飛んでいる事から、どうやら道案内をしてくれるらしい。

 

「さて、と–––––」

 

振り返ると、視界に蝶屋敷が映る。–––自分には、勿体ない程良いところだった。だからこそ、何も言わずに出てきたのだが。

 

「本当に、ありがとうございました」

 

蝶屋敷に向かって深々と頭を下げる。

とても有意義な休息だったと、胸を張って言える。怪我をして運び込まれたのが蝶屋敷で良かったと、断言出来る。

 

「–––––行こう」

 

頭の片隅に残る未練に蓋をして、歩く速度を速める。歩く度にチリンチリンと鈴が鳴り、閑静な街中に響いて行く。

 

「月が綺麗だな」

 

空を見上げると、雲一つ無い空に上弦の月が浮かんでいる。曇りなく照らされる月の光は、自分の行く末を照らしている様に思えた––––––––。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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–––––––四ヶ月後。

 

 

 

宿場町の近くにある河川。川の流れによって削られた丸石が敷き詰められた河岸にて、『チリン』と鈴の音が鳴った。

 

「フハハハハハ‼︎足りん!全く持って足らんぞぉ‼︎」

 

月夜に煌く大太刀が幾度となく血に塗れた錆び刀と激突し、眩い火花を散らす。

七尺はある大男の振るう血に塗れた二振りの錆び刀を、五尺程度しかない少年が、分不相応に長い大太刀を持って斬り返す。

幾度となく剣戟は繰り返されるが、互いにその身を斬られることはない。

 

「…全く、今日の鬼はやたらと煩いな」

 

強撃によって受けた衝撃を利用して距離を置き、大太刀を構える少年–––––小屋内権兵衛。頰に痛々しい痣がある以外に外傷は無く、悠々と刀を握っている。

それに相対するは、『滅』と書かれた隊服を着込む、口から肉食獣の様な歯を見せて笑う大男––––鬼である。

 

「正に僥倖!1日に二人の剣士を殺すことが出来るとは‼︎」

 

高々と笑う鬼の足元には首から先がない人間の亡骸が転がっている。背中に『滅』と描かれた隊服を着た死体の切り口からは鮮血が吹き出ている。その事から、殺害されたのは先程だと言うことが分かる。

 

「この剣士は全く歯応えが無かったが、お前とは中々楽しめそうだな」

「……………」

 

足元に転がる死体を足蹴にする。口には下衆な笑みがこぼれている事から、明らかな挑発だと言う事が分かる。それ故に、権兵衛も一切反応を返さない。

その反応が面白くないのか、再び鬼が口を開く。

 

「なんだ、同族が殺されたのに怒りもしないのか?随分薄情な奴だな」

 

鬼の服装は藍色の羽織を除けば権兵衛が着ているものとほぼ同じ–––即ち、鬼殺隊の隊服である。つまり、目の前の鬼は元鬼殺隊の隊員という事だ。

 

「–––鬼を滅殺する為の刀で人を斬り殺すのか」

 

赤錆た刀から血が滴り落ちる。陽光山で産出された玉鋼を叩いて作られた刀––––––日輪刀が、人の血を吸って曇っている。

 

「ふん!知ったことではない。これは日輪刀である前に刀だ。そして刀は人を殺す為にある。なら、人を殺すことに使っても問題はあるまい」

「–––そうだな」

 

これ以上喋るのは無駄とばかりに話を切り上げ、大太刀を持って鬼へと斬りかかる。

鈴の音と合わせて振るわれる剣撃はしかし、鬼の持つ圧倒的な膂力と生前持ち合わせていた刀の技量で難なくいなされる。

 

「そんな霞の様な攻撃で、私の首が取れると思うな!」

 

赤錆た刀が権兵衛の首元へ迫る–––が、その刹那の隙を縫う様に身体を翻す。躱す際に腕を斬りつけるが、筋肉に阻まれて切断には至らない。

 

「ぬぅん!」

 

力の載った刀を側面で去なす。橙色の火花が辺りに飛び散り、足の上に消える。

再度振るわれる剣戟の合間を縫って身体に切り込みを入れて行くが、強靭な筋肉に阻まれてロクに傷が入らない。

 

「えぇい!ちょこまかと小賢しい猿めが‼︎」

 

横薙ぎに振るわれる強撃の力に逆らわず、石を弾きながら背後へと大きく後退する。左頰から血が流れ出る権兵衛だが、特に気にしている様子はない。

 

「貴様の塵の様な力では、私を殺すことは出来ない–––やはり、人間というものは無力だ」

 

再び距離を置いて一息。その間にも鬼の傷は見る見る塞がっていき、数秒もすれば元どおりとなる。

 

「このまま戦ってもお前に勝ち目はない。しかし、私はお前を逃すつもりはない。–––このまま嬲って殺してくれる」

 

息巻く鬼相手に、権兵衛は何一つ反応しない。しきりに空を見るだけで、まるで鬼が眼中にないかの様だ。そしてその反応は、鬼の逆鱗に触れるものだった。

 

「貴様…!この私を愚弄するか!」

「……………」

 

無反応。ただ大太刀を構えるだけで、権兵衛は一言も発しない。その反応に鬼は激高する。

 

「私は鬼殺隊の柱を殺した事もあるのだぞ!貴様の様な塵剣士一人、簡単に葬って–––––」

「––––––そろそろか」

 

吠える鬼に怯むこと無く、石を撒き散らしながら鬼へと疾走する。独特な呼吸の音が響き、それに合わせて鈴が激しく鳴り響く。

権兵衛は低い姿勢から疾走し、刀を脇に構える。鬼は上から叩き潰す為に刀を振り上げ–––––。

 

––––––水の呼吸 壱の型改 飛沫・水面斬り

 

シャララランと鈴が響く。その音の最中に鬼の両足が切り落とされ、姿勢を維持出来ずにうつ伏せに倒れ臥す。

 

「な、にぃ⁉︎」

 

大太刀とは言えまだ届く間合いではなかった–––にも関わらず、鬼の足は切り落とされた。その事実を頭が理解出来ず、受け身を取ることが出来なかった。

 

「–––終わりだ」

「くっ、まだだ!」

 

鬼はうつ伏せの状態で残った両手で首を守る。そのまま襲いくる刀の衝撃に備え––––––。

 

「ぐ、うぉぉぉぉぉ⁉︎」

 

その屈強な胸元を、深々と突き刺された。滅の字を貫く様に突き立った刀は河原の礫石を軽々と貫通し、その下にある地面と鬼とを縫い合わせる。

 

「ぬ、抜けん⁉︎何故だ、何故抜けない⁉︎」

「六尺弱もある刀を刺されたんだ、抜ける訳ない」

 

必死に身体を起こそうと腕に力を入れるが、礫石が粉々に砕けるだけで上手く力が入れられず立ち上がる事が出来ない。再生した足を利用してもがくが、刀は一向に抜ける気配がない。

 

「貴様!卑怯だぞ!剣士なら正々堂々、刀で戦え!」

 

叫ぶ鬼の事などどこ吹く風で、権兵衛は鬼の正面に回る。

 

「–––お前の視点じゃよく見えないと思うから教えてやるけど、もうすぐ日が昇る」

「………はっ?」

 

空は既に明るくなり始めており、あと数分もすれば朝日が昇ることが分かる。そして河原にはなんの障害物もなく、朝日を直接望む事ができる。

 

「お前は元剣士だからな、だから刀では殺さない」

 

傍に投げ捨てられた赤錆た刀を鬼の目の前で踏み抜いて叩き折る。真ん中辺りで折れた刀を鬼の手に突き刺し、鮮血が吹き出る。

 

「ぐぁぁぁぁぁぁ⁉︎」

「––––このままじっくり太陽で焼いてやる」

「嫌だ!せめて、死ぬなら刀で–––––」

 

鬼の言葉は最後まで続かなかった。–––なぜなら、指の先が太陽に当たって燃え始めたからだ。

 

「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁ⁉︎熱い!熱いぃぃぃぃぃ⁉︎」

 

その火は瞬く間に燃え広がって行き、鬼の全身を焼き始める。苦悶の声を上げる鬼を一瞥すると、鈴の音を鳴らしながら大太刀を地面から引き抜く。同時に鬼から吹き出た鮮血も、太陽によって瞬く間に蒸発される。

 

「頼む!殺して、殺してくれぇぇぇぇぇ‼︎」

 

燃えて灰になりかかっている手で権兵衛の足を掴む。鬼の顔には涙が溢れ、その涙も直ぐに蒸発する。権兵衛は一息吐くと、刀を振り抜き–––––。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「悪いな。お前の首は硬いから、俺の力じゃ斬れそうもない」

 

掴んだ腕を、容赦なく切り落とした。

 

「あ、あぁ…私は、最強の、剣豪に………」

 

鬼は切り落とされた自分の腕を最期に、黒い灰になって空へと消えていった–––––。

 

「–––害獣なんだから、最期位黙って死んでくれないかね」

 

『チリン』と音が鳴ると同時に刀を鞘に納め、背中に吊る。そのまま首から先が無い隊員の元へ向かい、膝を折って手を合わせる。

 

「–––貴方が時間を稼いでくれたお陰で、鬼を殺す事が出来ました。どうか、安らかに眠ってください」

 

風に揺られて鈴が鳴る。小屋内権兵衛の一九八回目の鬼殺が、これで終わった––––––。

 

 

 

 

 

 

 

 

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「––––––よぉ。相変わらず派手な刀で地味な事やってんな」

 

隊員の埋葬を終え、雑嚢を肩に掛けて次の街へ赴こうとした矢先、背後から声が掛けられる。

一切気配を感じない辺りあの人らしいと苦笑しつつ振り向くと、そこには予想通りの人物が立っていた。

 

「–––宇髄さん。お久しぶりです」

「よっ、坊主。久し振りだな」

 

快男児の様な屈託のない笑みを浮かべる–––––鬼殺隊現音柱、宇髄天元。輝石を当てがった額当てを身につけ、全体的に眩しい印象を受ける剣士だ。

 

「––––やられたのか」

「……はい。間に合いませんでした」

 

石で組まれた墓前を見る。–––先ほどの鬼に命を奪われた隊員の墓だ。

彼は墓の前で黙祷を捧げた後、無言で自分の頭をクシャクシャに撫で回す。

 

「お前の所為じゃねぇよ。派手に気にすんな」

「…ありがとうございます」

 

六尺はある彼と五尺程度自分では親と子程の身長差があり、されるがままに頭を撫でられる。–––元忍びだったのが信じられない程のお人好しなのだ、この人は。

気の済むまでやったのか、頭から手を離す。

 

「それで今回の鬼なんだが–––やっぱり、元鬼殺隊の隊員だったのか?」

「間違いないですね。赤錆が酷いですけど、日輪刀を使ってました」

 

河原に転がっている、半ばから折れた日輪刀を宇髄さんに手渡す。ある程度それを見た後、その刀を川へと投げ捨てる。

 

「–––鬼殺隊が鬼殺隊の奴を殺すんなんざ反吐がでるな」

 

唾棄すべき存在だと吐き捨てる。–––本当に、優しい人だ。

 

「鬼殺隊の奴ばかり狙う鬼ってのは、こいつで間違いなかったのか」

「–––恐らく。剣士ばかり狙って襲っている様でしたから」

「そうか…。またお前に任務を取られちまったな」

 

「ったく、お前ほんとに休んでるのか?」と仕方ない子を見るような目で見られる。–––問題児の柱に問題児と思われるのは流石に心外なので、しっかりと反論する事にする。

 

「失敬ですね。しっかり休みましたよ」

 

軽く胸を張る。前の蝶屋敷での一件から体を休めるよう心掛けているので、最近は調子が良いのだ。

 

「いつ?」

「一月と少し前ですね」

「馬鹿野郎」

 

鍛え上げられた拳が頭に突き刺さる。形容もできない程の激痛が走り、暫しその場に蹲る。その後、怨めしい視線で宇髄さんを見る。

 

「ひ、酷いじゃないですか…いきなり殴るなんて…」

「痛くなきゃわかんないだろ?だから俺がやってやったんだよ」

 

「殴られたくなかったら派手に休め」と笑う彼–––これで柱の中で最も一般常識を持っていると言うのだから、現役の柱達は笑えない。

 

「それより、その頰どしたんだ?鬼にやられたのか?」

「あぁ、これですか…」

 

宇髄さんが自分の右頬を指差す。–––多分痛々しい青痣があるに違いない。

 

「違います。実は、一週間ほど前に恋柱の甘露寺さんに逢いまして–––」

 

そこまで言って言葉を濁す。–––流石に詳細を全て話すのは気が引けるからだ。

 

「なんで甘露寺とその痣が関係あんだよ?–––––まさか」

「違います。貴方が考えていることは何一つ合ってません」

 

ハッとした後、ニヤニヤと見てくる宇髄さん相手に全力で否定する。こんな子供地味た嫌がらせをしてくるのに嫁が三人もいると言うのだから、顔立ちと言うのは狡いと思う。

 

「なんだ、違うのか。てっきりお前が一夜の過ちを犯そうとしたのかと…」

「しませんよそんな命知らずな事…相手は上司ですよ?それに、自分はあの人の好きな容姿をしていないと思いますし」

「そりゃな。お前の顔、派手に地味だし」

「…それはどうも」

 

吊られた刀に手がかからなかった自制心を褒めつつ、息を吐く。–––勘違いされたままなのも面白くないので、正直に話すとしよう。

 

「……怒られたんですよ、それはもう派手に」

「怒られた?甘露寺にか?」

「はい。–––実は自分、四カ月程前に蝶屋敷から抜け出しまして」

 

それだけ言うと宇髄さんは「あぁ〜」と納得したような声を出す。

 

「そりゃお前が派手に悪いわ。しっかり怪我治せよ」

「怪我は完治していたんですよ。ただ機能回復訓練が残っていただけで…」

「それでもだよ。自分の身体は案外自分じゃわかんねぇんだから、専門家に聞くのが一番だろ」

「返す言葉も御座いません……」

 

「ほんと馬鹿だな」と呆れる宇髄さんに頭を下げる。–––全面的に悪いのは自分なので、甘んじてお叱りを受けるしか無いのが辛い。

 

「甘露寺はやたらお前を気に入ってるからな…。言う事聞かないとその内、腕の一本や二本折られてでも休まされるぞ」

「穏やかじゃないですね…」

「そんだけお前が考え無しだって事だよ」

 

「…それで」と向き直る。気の良い兄の様な顔立ちから一転、歴戦の鬼狩の表情へと変わる。

 

「お前、これで鬼を殺したのは何回目だ」

「………大体、百九十かそこらでしょうか」

「……そうか」

 

思考を巡らせているのか、少し間が空く。やがて言葉が纏まったのか、再び口を開く。–––それは、自分にとって予想通りの言葉でもあった。

 

「お前、俺の継子になる気は無いか?」

「謹んでお断りさせて頂きます」

 

間を置かずに放った言葉を最後に、沈黙が流れる。どれだけの時が経ったのか、風の向きが変わった辺りで、再び宇髄さんが口を開く。

 

「……ったく。お前も強情な奴だな」

「申し訳ありません。性分ですから」

 

苦笑をする宇髄さんとは対照に、自分は和やかな笑みを浮かべる。

 

「派手に可愛げのないやつだな…」

「可愛げだけで継子にはなれないと思いますけど?」

「…それもそうか」

 

やがて観念したのか、自分に背を向けて河原から跳躍し、大木の上に乗る。

 

「行くんですか?」

「あぁ。お館様から受けた任務は「鬼殺隊を狙う鬼の討伐」–––––お前が殺したんだから、俺はここにもう用はないからな」

 

「お前がいるなら嫁たちとイチャついてれば良かったぜ…」と憎まれ口を叩く彼に、自然と笑みが零れる。

 

「…なぁ権兵衛」

「何ですか、宇髄さん」

「生き残れよ、派手にな」

 

彼はそれだけ言うと木々の中に消えていった。少しの間消えていった方向に頭を下げ、再び顔を上げる。–––本当、素直なのかそうじゃないのかわからない人だ。

 

「良い天気だ。––––行こうか、鴉」

「カァー!次ハ那田蜘蛛山!那田蜘蛛山!」

 

空を舞う鴉を見上げ、次の方向を確かめる。最後に石で組まれた墓に一礼し、再び歩き始めた–––––––。

 

 

 

 

 

 

 

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一つの陰が木々の枝の間を飛ぶように駆け抜ける。

普通の人間ならば容易く折れてしまう様な細枝も、かつて忍として拷問に近い訓練を熟した彼–––宇髄天元ならば足場にする事ができる。

ある程度進んだ所で足を止め、木々を背もたれに座り込む。そこでふと、さっきまで話していた少年–––小屋内権兵衛の顔が浮かぶ。一見健康体に見えた彼だが、眼の下にある黒い隈を宇髄は見逃さなかった。

 

「…あんにゃろう、しっかり休んでねぇな」

 

本当なら拳骨一発ではなく無理矢理にでも藤の家紋の家に突っ込みたい所だが、それをした所で隙を見て逃げ出す事は容易に想像が付く為、やる意味が無い。

本当に可愛げのない奴、それが宇髄から権兵衛に下した評価だ。休めと言われても休まず、五回の任務の内一回は必ず遭遇し、戦い方は地味。宇髄とは正反対の人物–––にも関わらず、彼は権兵衛に構う事を辞めない。

 

『よぉ、今日も元気そうだな?』

 

見かけたら必ず声を掛ける。

 

『飯いくぞ権兵衛!心配すんな、俺の奢りだ!』

 

時間があれば飯も奢る。

 

『鬼も狩ったし、飲みに行くぞ!ここら辺には良い店があってだな––––』

 

夜が空いてるなら酒の席に無理やり引っ張ることもある。–––それは多分、彼が権兵衛という人物を理解しているからなのだ。

小屋内権兵衛という人物は基本的に休まない。日中は目的地目指して走り、夜は鬼と命を掛けた争いに殉じる。そのサイクルの中に休息の二文字はなく、只管に鬼を狩る事に尽力する。

それを知っているからこそ、宇髄は権兵衛に構うのだ。適度に甘やかし、適度に休ませる。そうしなければ人は潰れると、知っているから。

 

「アイツ、本当にわかってるのかね…」

 

一年と少しで百九十を超える鬼を狩るなんて正気の沙汰ではない。しかも柱が呼ばれる程強力な鬼や、十二鬼月の討伐戦においても必ずその姿を見せるのだから鬼殺の難易度は推して知るべしだろう。

しかし、彼はそれをするのが当然とばかりに戦場へ駆けつける。命知らずなのではない、命を知っているからこそ、権兵衛はそうするのだと宇髄は理解している。–––だから、隈があった事に触れずに送り出したのだ。

 

常識ある大人なら権兵衛を止めるのだろう。しっかり休め、無理をするなと。しかし、宇髄は彼を決して止めない。

–––そうする事の方が、権兵衛を苦しめると知っているからだ。

 

「生きて帰ってこないと派手に承知しないからな、権兵衛」

 

那田蜘蛛山に向かっているだろう生意気な少年を思い、宇髄は再び次の任務地へと足を運び始めた––––。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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那田蜘蛛山へと続く道を軽快に走り抜ける。辺りは既に暗くなり始め、山奥である此処は既に陽の光が届いていない。

 

「鴉ー!そろそろかー⁉︎」

「カァー!目的地!目的地!」

 

鴉の先導が視界から消える。そこで一度足を止め、正面の山を見据える。

 

「–––––嫌な感じだな」

 

百を超える鬼を滅殺してきたからか、何となく雰囲気というものが掴めてきたような気がする。第六感、ともいうべき感覚だろうか。

その第六感が目の前の山に向けて警鐘を鳴らしている。–––彼処は、危険な場所であると。

 

「鴉ー!お前は空を飛び回ってろよー!」

「……カァー」

 

遠くの方で鴉の声が聞こえる。–––どうやら、言われるまでも無いらしい。

 

「さて、と–––––」

 

雑嚢を肩から降ろし、空から見え易い場所に放り投げる。鴉に後で回収してもらう為だ。背中に吊られた大太刀を静かに引き抜き、鞘を同じ場所に置いておく。

那田蜘蛛山を正面に見据え、目を閉じて耳を傾ける。

 

「––––––––––––見つけた」

 

『キンッ』と微かに聞こえる、鋼と鋼が打ち合う音。日輪刀同士が打ち合っている音だと断じ、すぐさま駆け出す。

途中に蔓延る蜘蛛の巣を全て斬り払って、山道を一直線に駆け抜ける。

音が次第に近くなっていく事を感じ、肺に酸素を送り込む。

暗い森の中、遠目で一人の鬼殺隊員が複数の隊員に襲われている事を確認すると、土煙を巻き上げながら疾走する。

 

「くっ、やっぱり多勢に無勢–––––ん?」

「そこの人、しゃがんで頭を伏せろ‼︎」

 

–––––水の呼吸 肆の型改 荒波・打ち潮

 

集団で襲われている人の頭を下げさせ、大太刀を振り抜く。鈴の音が山の中に鳴り響き、それと同時に襲いかかっていた鬼殺隊隊員の日輪刀が根元から斬り落とされる。

 

「うわぁぁぁ⁉︎なんだ、急に!」

「まだ頭上げないで‼︎」

 

虚な瞳の隊員は刀が折られても素手で掴みかかってくるのを見て下唇を噛み、刀を脇に構える。殺すならせめて、痛みの無いようにと力を入れ––––。

 

「背中だ!背中に操り糸が付いてる‼︎」

「–––––っ‼︎」

 

–––––壱の型改 飛沫・水面斬り

 

シャララランと鈴が鳴り、何もない虚空に向けて大太刀を振るう。それから一拍置くと糸が切れたのか、バタバタと隊員達が地面に倒れ伏す。

それを確認すると息を吐き、頭を下げている隊員に向き直る。

 

「–––ありがとうございます、お陰で殺さずに済みました」

「そ、それは良いけど–––君は?」

「自分は鬼殺隊所属、小屋内権兵衛です。応援に来ました」

 

「立てますか?」と手を差し伸べ、立ち上がれるように引っ張り上げる。

 

「俺は村田だ、助けてくれてありがとう」

「それくらいは–––それより、あれは?」

 

横目を見ると、不可思議な動きで鬼殺隊員が起き上がっている。その様子を見た村田さんは「クソッ、まただ!」悪態をつく。

 

「蜘蛛だよ!ここらにいる蜘蛛が操り糸を引っ張っているんだ!」

「成る程、蜘蛛ですか––––」

 

草木に少し目を凝らすと、白い小さな蜘蛛が多数蠢いている事が分かる。

 

「所で君、階級は⁉︎」

「甲です–––村田さんは下がって下さい」

 

「えっ?」と信じられないものを見るような目で見てくる村田さんを下げさせる。

ぎこちない動きで襲いかかってくる鬼殺隊員–––、既に命を落としている人もいれば、まだ息をしている人もいる。

日輪刀を壊した以上、大した脅威ではないけれど、このままにはして置けない。

持久戦になる事を頭に入れ、刀を握り直す––––その時だった。

 

「殺…してくれ……」

 

目の前の短髪の鬼殺隊員が口から血を吐き出す。–––暗くてよく見えなかったが、腹部に大きな切り傷が出来ている。致命傷となる傷ではないけれど、すぐに手当てをしなければ手遅れになる。

 

「頼…む…もう、限界なんだ…」

 

目から涙を零し懇願するように頼む鬼殺隊員––––治療して助かるのは、二人か。

 

「––––村田さん。人を二人程度、担いで走れますか?」

「…はっ?それはどういう–––––」

「答えて下さい、自分と同じ程度の背丈を二人、担いで走れますか」

 

少し怯えた様子で答える。

 

「は、走れるとは思う。けど、そんなに担いだら日輪刀を抜くのは無理だ。それに、ほかの奴らに–––」

「大丈夫です」

 

シャリンと鈴が鳴り、瞬く間に目の前の二人の隊員から糸が切られる。

 

「村田さん!」

「ちょ、まじか!」

 

崩れ落ちた隊員の首根っこを掴み、村田さんの方へ投げる。抱えるように掴んだ村田さんの上に人を二人積み上げると、刀を構えながら叫ぶ。

 

「山を降りて、医者を探して下さい。その二人はまだ助かる」

「ほ、ほかの人はどうするんだよ⁉︎」

「–––彼らはもう、死んでいますから」

「そ、それって––––」

 

大太刀を肩に担ぎ、静かに息を吐く。–––大丈夫だ、今度は間違えない。

力を抜き、刀を逆さに持ち替える。大きく足を踏み抜き、刀を振るう。

 

–––––参の型 流流舞い

 

操られた隊員達の間を縫って操り糸に棟を通していく。糸は切られる事なく刀に引っ張られ、次々と糸が刀に引っかかって行く。

 

「ぐ、おぉぉぉぉぉぉぁ‼︎」

 

全員の糸を通すと近場にある木を裏側に回り込み、木に巻き取るように糸を巻いて行く。すると木に隊員達が次々と貼り付けられ、自らに繋がれた糸で雁字搦めにされて行く。

 

「––––これで大丈夫でしょう」

 

木に繋がれて動けなくなった所を確認し刀に付いた糸を切り離す。

 

「…す、凄い」

「村田さんは早く山を降りて下さい。急がないと手遅れになる」

 

「わ、わかりました!」と慌てて山を駆け下りて行く彼を見てから、木に繋がれた鬼殺隊員達を見遣る。

深く身体を切り裂かれている者や喉元から血を流している者–––死屍累々の状況を見て、身体が熱くなって行く感覚を覚える。

 

風に揺られて鈴の音が鳴る–––これだけの人を、殺したのは誰だろうか。

地面に染み込んだ血を踏みしめ、ピチャリと血が跳ねる–––尊い命を、奪ったのは誰だろうか。

日輪刀を固く握りしめ、深く息を吸い込む。–––この惨状を作り出した者への慈悲など、自分は持ち合わせていない。

 

「–––心の底から、憎悪を持って殺してやる」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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月明かりを反射した鋼を頸動脈スレスレの所で躱す。薄皮が切られる感覚を感じながら、それでも反撃できずに身を翻す事しかできない。–––相手が生身の人間で、生きているからだ。

 

「クソッ、考えろ!考えろ炭治郎!」

 

額に痣を持つ少年–––––竃門炭治郎は日輪刀を振り回す鬼殺隊員に追われながら、それでも現状を打破するために頭を働かせていた。

 

「どうすんだ権八郎⁉︎このままじゃこっちがやられちまうぞ‼︎やっぱり切っちまうか⁉︎」

「駄目だ伊之助‼︎手を考えるから、もう少し待ってくれ‼︎」

 

伊之助と呼ばれた、猪頭を被った剣士–––––嘴平伊之助も炭治郎同様、操られた鬼殺隊員に刃を振るう事なく逃げ回ってる。しかし、徐々に追い詰められている事が傍目からもわかる。

 

(技を使えば人に当たる!それに操り糸を切った所で、また直ぐに繋がってしまう!どうすれば良い⁉︎どうすれば–––)

「–––もう、殺してくれ」

 

刀を振るって来る鬼殺隊員が涙を流す。–––その身体は切傷と骨折でズタボロにされ、それでも糸によって無理やり動かされている。

 

「諦めないで下さい‼︎まだ方法はあるはずです、何か、方法が–––」

「おい紋八郎‼︎もう限界だ、やっちまうぞ‼︎」

「待ってくれ!まだ何か–––」

「–––ありがとう、けど大丈夫だよ」

 

ふと、優しい声が掛けられる。長い髪を後ろで纏めた女性隊員で、その顔には優しい笑みが浮かんでいる。–––その手に血に塗れた日輪刀を持ちながら。

 

「諦めないで下さい!まだ、方法はあるはずです!」

「いいのよ–––もう、足手纏いにはなりたくないの」

「そんな–––––」

 

女性隊員の動きが鈍る。–––全力を振り絞って糸に逆らっているからだ。口の端から血を流しながら叫ぶ。

 

「貴方も鬼殺隊員なら、あの人のように気高く生きて‼︎」

「よっしゃぁぁ‼︎」

「伊之助、駄目だ‼︎」

 

止まった女性隊員の首に刃毀れした刀が走るのをみて、思わず叫ぶ。––––––––その時だった。

 

『チリン』

 

「–––––––––えっ?」

「––––––––あぁ?」

 

突如、視界から女性隊員が消える。伊之助の刃は空を切るだけで終わり、気の抜けた声が出る。

 

「この鈴の音–––そんな、また私は––––」

 

声のした方向を見ると、誰かに抱えられた女性隊員が離れたところにいた。その時、炭治郎の優れた嗅覚はある匂いを感じる。–––今まで感じた事のない、霞のような匂いを。

 

『チリン』

 

「–––良かった。今度は間に合った」

 

穏やかな声色だ、そう炭治郎は感じた。しかし、彼の優れた嗅覚はその言葉に怒りが含まれていることを察する。

 

「すいません、私、また貴方に–––」

「–––話は後に、少し待っていてください」

 

突如現れた人物は女性隊員を優しく地面に降ろすと、藍色の刀–––日輪刀を握り直す。

 

(なんだコイツ!肌がビリビリしやがる!)

 

チリンと鈴が鳴るたびに、伊之助は肌がビリビリとする感覚を覚える。

 

「君達、鬼殺隊員だね」

 

木々から漏れる月明かりを反射して光る日輪刀は、深い藍色の刀身を湛えている。炭治郎や伊之助の持つ刀をよりも遥かに長いそれは、油断すれば木々に引っかかりそうな程だ。

 

「は、はい!」

「なんだ、お前は?」

「自己紹介している暇はないんだ。君達、この糸を操っている鬼の居る場所はわかるかい?」

 

無造作に刀を振るう。––––背後から迫ってきた鬼殺隊員が崩れ落ちる。一瞥すらせずに振るった刀が、操り糸を正確に切り裂いたのだ。

 

「わ、わかります!といっても、わかるのは伊之助ですけど–––」

「そうか。なら本丸は任せていいかい?」

 

すぐに糸が繋がり直し、また動き始める鬼殺隊員の糸を再び切り裂く。

 

「ここは俺が抑える。君達は鬼を殺しに行ってくれ」

「一人じゃ危険です!彼らは––––」

「大丈夫。時間稼ぎは慣れてるから」

 

「それに」と言葉を区切ると、同時に襲いかかってくる三人の糸を瞬く間に斬る。

 

「–––君達じゃここにいる人達を生かすのは無理だ。だから鬼を殺してきてもらう。なるべく急いでね」

 

安心させるような笑みを浮かべる。しかし、炭治郎は言葉を重ねる。

 

「けど––––」

「迷うな」

 

鈴の剣士の瞳が炭治郎を貫く。藍色の混じったそれには、強い覚悟が見て取れる。

 

「迷えばそれだけ人が死ぬ。俺たちは、人の命を背負っているんだ」

 

伊之助と炭治郎に背を向け、刀を構える。その背中に刻まれた『滅』の文字の端が血に濡れている。–––それはまるで、鬼殺隊の行く末を示しているかのようだった。

 

「–––お前達も鬼殺隊の一員であるならば、人の命を救ってみせろ」

 

男––––小屋内権兵衛の言葉は、炭治郎と伊之助の胸に入り込む。鉛にも似た重さを持つ言葉は、否が応でも聞いたものの心を打つ。

 

「–––わかりました。すぐ戻ります‼︎」

「戻ってきたら勝負だからな!覚えとけよ‼︎」

 

その場から駆け出す彼らを見た権兵衛は自然な笑みを浮かべる。

 

「ありがとう–––––さて」

 

キリキリと音が鳴ると、糸を切ったはずの隊員達が再び動き出す。その中には当然、先程抱えた女性隊員も含まれている。

 

「無茶です!この数を一人でなんて–––!」

「大丈夫、つい四カ月程前にこの十倍の鬼と鬼ごっこしたから」

 

「これくらい余裕だよ」と笑いかける。刀を担ぐように構え、静かに息を吸う。

 

「絶対に助けるから–––貴方達も、死ぬ気で生きて」

 

血の匂いが充満する山で鈴の音が鳴る。夜はまだ、始まったばかりだった–––––––。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

________________________

 

 

 

 

 

 

 

–––那田蜘蛛山に響く微かな鈴の音は、二人の耳に届いていた。

 

「–––聞こえましたか、冨岡さん」

「あぁ」

 

腰に日輪刀を携え、那田蜘蛛山の前に控える二人の剣士–––––鬼殺隊現蟲柱、胡蝶しのぶと同水柱の冨岡義勇である。

額に指を当て顔を顰める胡蝶とは裏腹に、冨岡は憮然な表情を浮かべている。

 

「恐らく居るとは思っていましたけど、まさか本当に…」

 

彼女の脳裏に浮かぶのはひとりの少年。背丈に見合わない日輪刀を携え、鈴の音を鳴らす鬼殺の剣士。–––小屋内権兵衛である。

 

「…会いたくなかったのか」

「いえ、そういうわけではありません」

 

首を振って否定すると腰から刀を抜き放つ。–––通常の日輪刀とは異なる刺突に特化した形状の刃には『悪鬼滅殺』の文字が刻まれている。

 

「ただ、小言を言うのが面倒臭いだけです」

「………言わなければ良いだろ?」

 

小首を傾げる冨岡にため息を吐く。口下手にド天然を満載したのが目の前の男だと早々に諦め、山へと向き直る。

 

「冨岡さん、そう言うところですよ?」

「……?」

 

言葉の意味がわからないと首を傾ける冨岡を無視し、視線を山へと向ける。そこには濃密な血の気配がそこら中を巡っている事がわかる。殆どの隊員は、今頃生きていないだろう。–––そう思った矢先のことだった。

 

「–––冨岡さん、あれ」

 

胡蝶が指差す。そこには山道から人を二人抱えて必死の形相で走る鬼殺隊員の姿が見えた。相手も二人の姿が見えたのか「おーい!」と声をあげて脚をそちらに向ける。

 

「怪我人ですかね」

「行くぞ」

 

汗を大量に流しながら走る隊員の元へ向かう。二人の姿が見えたからか、隊員はその場で二人を下ろすと崩れ落ちるように地面に凭れ、顔だけ向ける。

 

「大丈夫ですか?そちらの方達は一体?」

 

「はぁ、はぁ」と息をある程度整えた後、焦った様子で口を開く。

 

「怪我人です!ここら辺で医者を見ませんでしたか⁉︎」

 

隊員の顔から汗が滴り落ち、地面に染みを作る。

 

「いえ、医者は見ていません」

「そんな…!」

 

その言葉に悲痛な表情を浮かべる隊員に対し、胡蝶は笑いかける。

 

「ですが大丈夫です」

「…えっ?」

 

どこからともなく現れた黒染めの衣装を纏った人物、隠が応急道具を胡蝶に手渡す。胡蝶は慣れた手つきで道具を開くと患部に処置を施し始める。

目まぐるしく変わる展開に頭が追いついていないのか、困惑した表情の隊員が問う。

 

「あ、貴方達は一体–––––」

「そう言えば、自己紹介がまだでしたね」

 

治療するための手を止める事なく顔を向ける。

 

「–––鬼殺隊現蟲柱の胡蝶しのぶです。ここまでよく頑張りました」

 

隊員––––村田が見た胡蝶のその顔は、まるで女神のようだった。

 

 

 

 

 

 

______________________

 

 

 

 

 

 

 

「すいません!すいません!本当にご迷惑をおかけしました!」

「いやいや、そんな畏まらないでください」

 

折れてしまった左手を木の枝に当て、包帯で固定する。–––応急処置としてはこんなものだろう。

怪我の軽い女性隊員–––尾崎さんの治療を最後に、全ての応急処置が終わった。怪我の酷かった二人は穏やかな寝息を立てて、尾崎さんはペコペコと頭を下げている。

 

「久し振りですね、尾崎さん。上総以来でしょうか」

「はい…その節は本当にお世話になりました」

「いえいえ、此方こそ」

 

生きているのが恥ずかしいと言わんばかりの彼女の背中を摩って慰める。–––前も思ったけれど、この人は随分感情の振り幅が大きい。

 

「–––彼等は帰ってきませんね」

「ですねぇ…」

 

猪頭と額に痣のある少年を送り出してはや半刻程。

彼等が奥に向かって数分は切り結んでいたのだが、ある程度経つと糸が不自然に張り詰め、尾崎さん達の首を捩じ切ろうとしたから慌てて切った所で糸は繋がらなくなった。–––恐らく、そんなに多くの人を同時に操ることは出来なかったのだろう。

 

「助けに向かわなくて良いんですか?もしかしたら今頃……」

「それも考えたのですけど…。此処を離れる方が危険だと思いますから」

 

この山には歪な雰囲気がいくつも存在している。恐らく複数体の鬼が居座っているのだろう–––と言うことは、この山にいるのは十二鬼月に連なる鬼と思われる。

自分ならば三人程度担いで山を降りるのは造作も無いのだが、重症の二人を激しく動かすことは死を意味する。隠か、もしくは増援が来るまでは此処で様子を見るのが得策だろう。

 

「それにしたって、先ほどの雷は大丈夫でしょうか?」

「あぁ、さっきのですか」

 

重傷者の二人を治療した時に鳴り響いた落雷のような音。音の大きさからそれ程近くなかったそれだが、空に雨雲がないことから落雷ではない事は明らかだ。

 

「あれは落雷ではありませんよ。恐らく、雷の呼吸の音でしょう」

「えっ?雷の呼吸ですか?」

 

疑問の声を上げる尾崎さんに「はい」と言って言葉を続ける。

 

「前に雷の呼吸を使う人と合同で任務をしまして、その時に雷の呼吸の音を聞いたんです」

「そ、そうなんですか…」

「えぇ。腕は良かったですよ––––まぁ、少しだけ性根は叩きなおしましたが」

 

感情が漏れていたのか、「ひえっ」と怯えた声を出す尾崎さんに軽く謝り、「それはそうと」と会話を変える。

 

「このまま日が射すまで粘る事も考えられます。尾崎さんも休んでおいた方が良いですよ」

「流石にそう言う訳には––––っ、小屋内さん‼︎」

 

 

日輪刀に付けられた鈴が風に揺られる。生温い風が肌を撫で、草木が揺れる–––––視界が真っ白に染められたのは、その矢先だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

____________________

 

 

 

 

 

「小屋内さん!小屋内さん‼︎」

 

何処から現れた白い糸のようなもので包まれてしまった小屋内さんへ声をかける。しかし、一向に返事は帰ってこない。

 

「これは…糸?」

 

絹のような白い糸が雁字搦めに絡みつき、指で切ろうとしても弾かれるだけで終わる。

脇に納められた刀を引き抜いて糸を切ろうと片手で振り下ろす–––が、独特の感触が手に届くのみで切断には至らない。再度振り下ろそうと腕を上げた時、背後から声がかかる。

 

「–––無駄よ。その糸は切れないわ」

「っ、お前は––––」

 

病的なまでに白い肌に白い髪–––人から余りに離れた彼女は、明らかに鬼である事が分かる。鬼は呆れた視線を隠しもせずに口を開く。

 

「敵地で呑気にお喋りなんて、ほんと馬鹿よね。こんな奴らさえまともに殺せないなんて…」

 

辺りに視線を向ける––––すると、小屋内さんから手放された日輪刀が地面に転がっているのが見え、思わず血の気が引く。

 

(小屋内さんは今刀を持っていない⁉︎それじゃあこの糸は––––!)

 

自分は片腕が骨折で上手く使えない。それに加えここには重傷者が二人いて、無闇に動く事も出来ない。頼りの小屋内さんも、いくら優秀な剣士であっても刀が無ければただの人だ。

 

「最初に無事な奴を仕留めて良かったわ。後は手負いを片付けるだけだもの」

「そ、そう簡単に行くかしら?それに、小屋内さんはまだ–––」

 

言葉を重ねようと口を開くと「無駄よ」と一蹴される。

 

「その糸は柔らかいのに硬い、人間の力じゃ切れない。それに、その糸の中には溶解液が入っているから、今頃中の人はドロドロかしらね?」

「そんな……!」

 

嘲笑の笑みを浮かべて近づいてくる鬼に刀を向けるが、カタカタと手元が震え、足も思うように力が入らない。

肌で感じる、目の前の鬼の強さ。その気に当てられて手足が震えて、歯の根元が噛み合わない–––そこで、ある言葉が頭の中に反芻される。

 

『––––––貴方達も、死ぬ気で生きて』

 

それを思い出した途端、身体の震えがピタリと止まる。

 

(諦めるな、私!まだ手は尽くしていない!二度も助けてもらったこの命、無駄には出来ない!)

 

左腕は折れている為満足に使えない。けれど、右腕はまだ動く。–––なら、まだ諦める訳には行かない。

 

「貴方達は弱そうだから直接食べて上げる。精々いい悲鳴を聞かせてね?」

「舐めるなぁ‼︎」

 

嘲笑う鬼目掛けて低い姿勢から駆け出す。–––左腕が使えない以上、勢いをつけて首を切るしか勝機がない!

首めがけて袈裟懸けに日輪刀を走らせる。振るわれた刀は片手とは思えない程正確な太刀筋で首へと向かい–––途中で掴まれる。

 

「抵抗しても良いけど無駄よ。貴方達は私の食料になるんだから」

「ガッ⁉︎」

 

ガキンと音を立てて真一文字に折られる。その後腹部に膝を入れられ、受け身を取る事も出来ずに地面に転がる。

肺から直接空気を吐き出される感覚に眩暈が起こり、平衡感覚を失って立つ事もままならない。

 

「…弱いわね、貴方。本当に鬼殺隊なの?」

「だ、まれ…」

「こんな奴らが相手なら、態々隠れる必要も無かったかしらね?それとも、貴方が特別弱いだけ?」

「黙れ……!」

 

ボヤける視界の中右手を伸ばすと、何かを握る。それを引き寄せると、鈴の音が鳴った。–––小屋内権兵衛の、日輪刀だった。

刀を支えになんとか立ち上がり、正面の鬼を見据える。

 

「…私が弱いのなんて、最初からわかってる」

「ふぅん?なら–––––」

「けど」

 

日輪刀を鬼に向ける。綺麗な藍色の刀身には数え切れないほどの傷が刻まれている––––なんて、重い刀なんだろう。

 

「私は、あの人と同じ鬼殺隊員だから。だから–––––」

 

刀を肩に担ぐと、肌を撫でる風に揺られ、銀色の鈴が『チリン』と鳴った。

 

「私は、私の命を諦めたりしない‼︎」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「–––ありがとう。尾崎さん」

 

–––ふと、優しい声が聞こえた。

 

 

 

 

 

 

_______________________

 

 

 

 

 

 

 

 

 

身体にまとわりつく糸を取り払い、繭の中から出る。溶解液に似たなにかによって羽織が一部破損してしまったが、隊服はそこまで損傷していない。

 

「お前…!どうやって糸を!」

 

驚愕の声を上げる鬼を無視しつつ、髪先から溶解液が滴り落ちるのを鬱陶しく払いながら、鬼と尾崎さんへと足を向ける。

 

「小屋内さん…!ご無事でなによりです!」

 

自分の日輪刀を持っている尾崎さんの口の端から血が出ている事が見える。腹部に擦った跡が見受けられるから、恐らく殴打されたのだろう。–––鬼らしい下賎なやり方だ。

 

「すいません、遅れました」

 

警戒を怠り、あまつさえ同僚に怪我を負わせる––––自分のあまりの不甲斐なさに唇を噛みしめる。

 

「あの、それは…?」

 

月明かりに照らされた一尺半の刀身が水色に光る。切っ先から溶解液が滴り落ち、地面に染みを作る。

 

「これが、自分の日輪刀です。派手な色でしょう?」

 

–––廃刀令が進む今の日本では日輪刀を携えて街中に入る事は難しい。しかし、隠すにも自分の大太刀はあまりに目立ち過ぎる。街中での任務に対応するために作ったのが、この短い日輪刀なのだ。

 

「そんな…。とても綺麗な色だと思います」

 

綺麗だ、と言う尾崎さんに微笑みつつ前に出る。

 

「ありがとうございます–––尾崎さんは休んでいていて下さい。後は俺が」

 

短刀の切っ先をこちらの出方を伺っている鬼へと向け、腰を低く据える。

 

「この日輪刀は?」

 

大太刀を見せる尾崎に首を振る。

 

「持っていて下さい。この鬼は–––––少し刻みます」

 

––––––水の呼吸 玖の型 水流飛沫 陣

 

逆手に持ち替えた小太刀を携えて疾走する。通常より遥かに早いそれは瞬く間に間合いへと詰め寄り––––左腕を空へと飛ばした。

 

「っ⁉︎この!」

 

残っている手から糸の束を飛ばしてこちらを絡めようとしてくるが、空中に踊り出す事でそれを躱す。飛び上がる最中に胴体に二度、頭部に一度斬り込みを入れる。

うめき声を上げる鬼の背後へと着地し、両足の腱を斬り付ける。姿勢が維持できなくなった鬼は地面に倒れこむ––––前に、その顔面に膝を入れる。

 

「ガッ⁉︎」

 

全集中の呼吸によって強化された肉体から放たれた脚撃は顔面を崩し、木々へと体を激突させる。激突させた直後に胴体に小太刀を突き刺し、鮮血とともに鬼を木に貼り付ける。

怒涛の勢いで押し寄せる痛覚からか、目の前の鬼の目から何か透明なものが出てくる–––––が、その目を抜いた小太刀で横一文字に斬る。

 

「––––今からお前に聞きたい事が二つある」

 

重力に従って地面に倒れ込んだ鬼の頭蓋に小太刀を突き刺し、地面と繋ぎ合わせる。

 

「一つ、この山には何匹鬼がいる?」

「やめ…て…」

「質問に答えろ」

 

頭蓋に刺した刀を右に捻る。柔らかいものをぐちゃぐちゃにする感覚を手に覚えるが、勤めて無視する。

 

「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁ⁉︎」

「もう一度聞くぞ。この山には何匹鬼がいる?」

「五人です!五人います!」

「そうか」

 

血を吐きながら鬼が吐露する。–––嘘か真実かはともかくとして、こいつは口は軽そうだ。

 

「質問には答えた!私を––––」

「二つあると言っただろう」

 

頭蓋から引き抜いた小太刀を今度は胴体に突き刺す。くぐもった悲鳴を上げる鬼の髪の毛を掴んで顔を上げる–––そこには、顔の造形が崩れ去った醜女のような顔があった。

 

「次の質問だ–––この山には十二鬼月がいるな?」

「そ、それは……」

 

掴んだ頭部を地面に叩きつける。グシャ、と潰れる音が辺りに響く。

 

「この山にいる鬼はお前を含めて蜘蛛に則した統一の血鬼術を使う。けど、普通ならこれは有り得ない」

「が、ぁ…」

 

再生しかかっている足の腱を再び切りつけ、今度は右手を切断する。もはや感覚がないのか、掠れた声を上げるだけだ。

 

「血鬼術は本来バラバラになるはずだ。にも関わらず、お前らは皆蜘蛛に則したものを使う–––さて、何故だろうな?」

「…………」

「もう一度聞くぞ–––––––この山に十二鬼月がいるな?」

「い、ます…」

 

掠れた声を出す鬼–––気管支に血が詰まっているのか、口を開くのすら辛そうだ。

 

「それは上弦か?それとも下弦か?」

「下弦…です…。下弦の伍、です…」

 

それだけ聴くと、うつ伏せに倒れこむ鬼の脊椎に短刀を差し込み、捻るように断ち切る。灰になって消えていく様を最後まで見る事なく、後ろを振り向く。

 

「お待たせしました、尾崎さん」

「は、はい…」

 

自分の日輪刀を我が子のように抱えて震える尾崎さん–––何か怖い思いでもしたのだろうか?

 

「何かありましたか?ほかに鬼を見たとか–––」

「いえいえ!見ませんでしたよ⁉︎」

「そ、そうですか…」

 

やたら大袈裟に頭を振る様子を見て苦笑する。–––そんなに凄惨なやり方とは思えないんだけど…。

 

「あ、これ!お返ししますね」

「ありがとうございます」

 

尾崎さんの手元から藍色の大太刀を受け取る。その際にチリンと鳴り、手元に帰ってきた感触を覚える。

 

「取り敢えずは尾崎さんの治療をしましょう。そこに横になって…」

 

鴉に雑嚢を取ってきてもらおうと上を向くと「いいえ」と声が掛けられる。

 

「私は大丈夫です–––それよりも、ほかの隊員の所に行ってあげて下さい」

「この山には複数体の鬼がいます。怪我人を置いていくわけには…」

「行って下さい。小屋内さん」

 

彼女の視線と合う。–––微かに怯えているのか、目の奥が震えているのがわかる。

 

「私だって、鬼殺隊の隊員です。怪我をしているとはいえ、有事の際にはそれなりに対応出来ます」

「……良いんですか」

 

言葉を重ねようと口を開くと「私は」と言葉を遮られる。

 

「貴方が来てくれて、本当に安心しました。けど、だからこそ思うんです–––私はもう、臆病者でありたくない」

 

瞳の奥の震えが止まる。それを見て、水色の日輪刀を尾崎さんに手渡す。

 

「これを渡して置きます。–––必ず、返して下さい」

「わかりました、約束します」

 

それを受け取った彼女が笑うのを見て、地面から立ち上がる。シャランと鈴を鳴らし、大太刀を手に取る。–––あまり、時間は掛けられない。

 

「–––それじゃあ、お気をつけて」

「小屋内さんも、御武運を」

 

尾崎さんを置いてその場から駆け出す。空に浮かぶ月は高く、夜明けには程遠い事を見て、駆ける速度を速めた––––––。

 

 

 

 

 

 

 

 




小屋内権兵衛
始まりの鬼殺に於いて楔を打ち込まれてしまった人物。今度こそ間に合うようにと手を伸ばし、それでも尚零れ落ちる命を悲しむ、ごく普通の少年である。これは余談だが、少年の持つ紫色の御守りには件の少女の髪が入れられている。
四ヶ月の鬼殺を経て体力、剣術、呼吸共に底上げされ、現役の柱と遜色ない実力を有している。下弦、若しくは下弦相当の鬼であるならば余力を残して対応する事ができる。その気になれば日没から夜明けまで戦い続ける事が可能となった。

小屋内権兵衛(小太刀の姿)
廃刀令の進む大正時代にて、街中での鬼殺を可能にする為の日輪刀を持った状態。常時水の呼吸の玖の型を使用する為、回復の呼吸や止血の呼吸をする事が出来ない。街中での戦闘が想定される為、周囲の人々への影響を極力抑える旨で短期決戦を主とする。通常の大太刀とはあまりに使い勝手が違う為、一つを除いて玖の型以外を使う事が出来ない。



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