鬼殺隊一般隊員は鬼滅の夢を見るか?   作:あーけろん

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アニメどんどん面白くなっていくの素晴らしい。

※前話の誤字修正、本当にありがとうございました…。あれだけの数の誤字を直してくれた方々には本当に頭が下がります。これからもどうかよろしくお願いします!
※お気に入り、感想、評価ありがとうございます。投稿を続ける上でとても励みになっております。


鬼殺隊一般隊員はかつての夢を見るか?

「––––––思ったより手早く済みましたね」

 

チャキン、と甲高い音を立てながら日輪刀を納める。頰を撫でる微風は湿り気を帯びた生暖かい風で、少し不快感を覚える。

 

「さて、早く帰って水浴びでもしましょうか」

 

足元に転がっている、かつて鬼だったモノには一切目をくれる事もなく踵を返す。空に高く浮かぶ三日月が眩く輝き、真夜中にも関わらず辺りを明るく照らしている。

 

「–––––小屋内君はちゃんと寝ているでしょうか」

 

ぼんやりとその月を見上げ、蝶屋敷で預かっている一人の少年に思いを馳せる–––––お団子をこよなく愛す、頑張り屋の少年だ。

カナヲに刃を向けた懲罰と休ませる目的で預かった彼。尤も、結局休むことなく働き過ぎたけれど。

 

「彼には一息いれるという気持ちは無いんですかね…」

 

深夜帰ってきた時はのんびりした様子で傷病人達を回診し、朝帰ってきた時は朝餉を作っている彼は、殆ど寝ずに働いていたのだ–––本当に加減を知らない少年だ。ついつい本気で怒ってしまったが、あそこまでしないと彼にとっては薬にならないとの判断だ。

 

「…それにしても、彼はどうして睡眠を取らずに走り回れるのでしょうか」

 

そこまで考えた後、当然の疑問が頭の中に浮かぶ。

殆ど睡眠を取らずに鬼を殺し続けていたという彼––––しかし、睡眠を取らずに動き続ければいつかは倒れる筈だ。

倒れるまではいかないといても、何処かしらの体調不良を訴えてもおかしくない–––いや、むしろ普通だ。にも関わらず、彼からそう言った事は今まで一度も聞いた事がない。

顔色も隈を除けば普通だし、動きも全く衰えていなかった。これは、異常な事なのではないだろうか。

 

「–––呼吸に、何か秘密があるのでしょうか」

 

いの一番に思いつくのは全集中の呼吸・常中だが、この呼吸は身体に常に負荷を与えて身体を作り変える事が旨だから恐らく違う。

 

「わからなくなってきましたね…」

 

益々謎が深まっていく少年、小屋内権兵衛君を思い溜息を零す。四ヶ月前に始めて出会った時は、まさかここまで付き合いが長くなるとは思っていなかった。

優秀な剣士、それは鬼殺隊全員の隊士が納得する事だろう。–––しかし、それだけでは終わらないのが彼なのだ。

寝ずに鬼を殺し続ける化け物のような彼、お団子を頬張りニコニコと笑う彼、人ですら躊躇わず殺す事が出来る彼、鬼にすら情を与える彼、救えない命に号哭する彼、多くの命を救う為に走り続ける彼–––––––ここまで多くの一面を持った人を、自分は見た事がない。

 

「––––さて、そろそろ帰りましょうか」

 

都合の良い事に、明日は非番の日だ。自分の言いつけで彼も一日休みの筈だから、たまにはお団子を食べに誘っても良いかもしれない。

そう考え蝶屋敷への帰路に着く––––––––––その時、鎹鴉の鳴き声が響く。

 

「カァー‼︎カァー‼︎緊急‼︎緊急‼︎」

「–––––緊急?」

 

息を上げながら近くの木の枝に止まり、緊急と叫ぶ鴉に首を傾げる。鬼殺隊になってから一度も聞いた事が無いその言葉に、思わず声をかける。その言葉が、自分を駆り立てる言葉とも知らずに。

 

「–––––蝶屋敷襲撃‼︎蝶屋敷襲撃‼︎現在階級甲、小屋内権兵衛ガ交戦中‼︎柱及ビ階級丁以上ノ隊士ハ直チニ蝶屋敷ニ向カエ‼︎繰リ返ス!蝶屋敷襲撃‼︎蝶屋敷襲撃––––」

「–––––––えっ?」

 

口から言葉が溢れる––––––空に浮かぶ月が雲に覆われる事に気付かず、私は目を見開いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

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–––––照りつける月明かりが厚い雲に覆われる深夜。

月の灯りが届かなくなり暗闇が一帯を支配する中、甲高い金属音が幾度となく響き渡る。

 

「鬱陶しい鬱陶しい鬱陶しい‼︎なんて鬱陶しいのでしょうか⁉︎ちょこまかちょこまかちょこまかと…‼︎」

 

凡そ人とは思えぬ目玉を付けた異形の顔面を歪ませ、耳障りな高音を撒き散らす存在––––鬼が幾度目かわからない棘を飛ばす。不規則な軌道を描く黒い棘は寸分の狂いなく、鬼に立ちはだかる一人の人間に殺到する。

人間は向かってくる棘の群れを一瞥すると、身にそぐわない大きな刀を振りかぶりその棘を迎撃する。上から降り注ぐ棘は横方向への強撃で軌道を逸らし、正面から突き立てる棘には刀の峰を使って軌道をずらし、下から突き上げる棘には軽やかな跳躍を持って躱す。

十や二十では聞かないその棘に当たるどころか、掠りもしない様子に益々鬼は激昂し、次から次へと棘を繰り出す。

 

「そろそろ、半刻程度かな」

 

月明かりで時間の確認が取れない彼は自らの体感時間を基に経過した時間を想定し、再び殺到する棘の群れをいなし続ける。数えるのも億劫な程繰り広げられた攻防の結果、地面の至るところに無数の穴が穿たれ、綺麗に整頓された庭の面影は最早ない。

 

「逃げ回るだけでは勝てないのですよ‼︎それとも、怖気付いて近づく事もできませんか⁉︎」

「斬れない首を追う程、愚かじゃない」

 

鬼の挑発に軽口で返すと、息一つあげる事なく棘の群れを躱しいなし続ける。

一見逃げ惑っている彼だが、その実蝶屋敷に流れ矢が向かないように立ち回っており、現に背後にある蝶屋敷には傷一つつけられていない。その事実が、より一層鬼の堪忍袋を刺激する。

 

「–––良いでしょう。あくまで時間を稼ぐのであれば、こちらにも考えがあります」

 

引き攣った笑みを浮かべた鬼の周りに再び棘が生成される。同じ手順を踏んで産み出されたそれらは、先ほどと同じように人間へ牙を向ける。それを見た彼は再び日輪刀を振り上げ––––––––その直後、弾かれたように背後へ後退する。

 

「もう遅いですとも!」

 

人間が後退した直後、殺到した棘は華が咲くように散らばり背後にある蝶屋敷に向かう。数にして十三に及ぶそれらは鈍色の瓦に向けられ、鬼が歪な三日月のような笑みを浮かべる–––––が、それらは鈴の音と同時に軌道が渦のように纏まり最期は靄になって消滅する。

 

「なに……⁉︎」

 

突如軌道が変わった棘に下卑た笑みを浮かべた鬼は顔色を変え、人間の方に顔を向ける。そこには日輪刀を斬り上げるように振り抜いた姿があった。

 

「–––やらせるかよ」

 

––––––六の型改 登り渦

 

上半身の捻りから発生する筋肉の収縮により、振り上げた刀が擬似竜巻を発生させる型。権兵衛の振るう大太刀の遠心力を頼りにする技であるから、普通の日輪刀では使う事が出来ない。

屋敷を狙った攻撃すら軽々と防がれた事実に鬼は目をギョロギョロとうごかし、汚い声で絶叫する。

 

「アァァァァァァァァァ⁉︎貴様貴様貴様貴様貴様貴様貴様ァァァァァァァァァァ‼︎」

「–––煩いな。これなら善逸君の方がまだマシだよ」

 

その様に思わず顔を顰める人間–––––小屋内権兵衛は日輪刀を構え直す。チリンチリンと鈴が響き渡るのを耳で感じつつ、正面の鬼を見据える。

 

(時間を稼ぐのは問題なさそうだな。あと半刻もすればしのぶさんか他の柱が到着する筈、そうしたらこの鬼の最期だ)

 

単独で討伐する事を諦めた権兵衛は、既に時間稼ぎの路線で闘いを進めていた。一対一において、この鬼は柱とも張り合う事が出来るだろう––––––しかし、数に差が出れば優位性も傾いてくる。

そう考え鬼の出方を伺っている––––すると、二つの足音が権兵衛の耳に届いた。

 

「鬼殺隊です!応援に駆けつけました!」

「大丈夫ですか⁉︎」

 

小豆色の隊服を纏った隊士が二人、蝶屋敷の門から現れる。既に抜刀状態にある二人は権兵衛を見るとそちらに駆け寄り、その背後に構える。全く同じ顔の造形をしている二人は揃って権兵衛の左右に備え、鬼を見やる。

 

「応援ですか、助かります」

 

駆けつけて来た双子の隊士に礼を告げる権兵衛に、二人は首を振るう。

 

「いえ、それよりあの鬼は」

「眠らせる術と見ての通り、棘を使って来ます。首を斬るのは難しそうですから、取り敢えずは蝶屋敷の専守防衛を意識して下さい」

「了解しました!これ以上鬼の好きにはさせません!」

 

落ち着いた隊士と元気の良い隊士という、どこか対照的な二人は鋭い眼孔を鬼に向ける。その様を見た鬼は髪を掻き毟り、奇声を上げる。

 

「塵が何匹増えようが関係ありません‼︎まとめて肉片に返してあげますとも!」

「お手本を見せますから、よく見ていて下さい」

 

その言葉と共に棘が十数本現れ、権兵衛達へ殺到する。瞬く間に距離を詰めるそれらに即座に反応する権兵衛は日輪刀を振り翳し、その全てを叩き落とす。叩き落とされた棘は靄になって霧散し、鬼の元へ戻る。

 

「す、すげぇ…」

「棘は斬るのではなく叩くように。大まかな棘は自分が叩き落としますから、自分の手から離れた棘の対応をお願いします」

「了解しました!」

 

権兵衛は意気込む隊士に笑い、正面を向き直る。尚も向かってくる棘の群れから蝶屋敷を守る為に一歩踏み出す––––––––その時、ふと違和感が脳裏をよぎる。

 

(そう言えば、この鬼は特定の範囲に入った者を全て眠らせる血鬼術を使うと言っていた。ならどうして、この二人は眠っていないんだ?)

 

権兵衛の耳は確かに、正面に佇む鬼が放った『私の術にかかった者はすべからく眠ると言うのに…』との一言を覚えていた。この鬼が虚偽を吐いたのであればその仮定が崩れるが、正面にいる鬼のような狂気染みた鬼がその手の嘘をつかない事を権兵衛は経験則上理解していた。

恐らく辺りに充満する甘い花のような匂いが睡眠薬のような役割を果たしているのだろうが、だとしたらこの二人が眠っていない、若しくは眠そうにしていなければおかしい。

 

(俺や柱の人達のように解毒の呼吸ができる?いや、この二人がそれほどの実力を持っているとは思えない)

「くそッ、硬い!」

「落ち着け、横から叩くように刀を振るうんだ」

 

自分の範囲から離れた一、二本の棘に苦戦している様を見ていると、突出した実力を持っているとは思えない。兄弟二人で協力して事態に対処しようとするその様子は評価に値するが、それと実力の話は全く別の話だ。

 

(動き自体は悪くない。–––––けれど、柱達と比べれば何十歩も劣る実力に過ぎない)

 

二人が影の実力者であるという過程が間違いだとすれば、どうして二人は血鬼術の効果を受けていないのか。

そこまで考えた後、正面に棘の束が向かってくる為思考を一度打ち切る–––––––––––––––その直後、権兵衛は背中に強烈な熱量を幻視した。

 

「–––––ッッ⁉︎」

 

直感に従って背後へ大きく跳躍する。何か硬いものが右腕に掠り熱を帯びるのを感じつつも脚を止めず、尚も迫り来る棘を見る。

 

–––––四の型改 荒波・打ち潮

 

脚を滑らせながらの不安定な状況にも関わらず放たれた技は寸分の狂いなく棘を叩き落とし、靄へと変える。その後右腕に出来た切創から鮮血が垂れ、藍色の甚兵衛を赤く染め上げる。

 

「–––––––––––––––どう言う事だ、これは」

 

右腕から流れる鮮血には目もくれず、正面に目を向ける。カタカタと握る日輪刀が音を立てている事から、激情に駆られている事がわかる。

その様子を見た双子は、権兵衛に向かって振り抜いたであろう日輪刀を下に降ろし嘆息する。

 

「…避けなければ一瞬で殺してあげたのに」

「そうそう!避けても苦しいだけだよ?」

 

月が見えない深夜。甘い香りが鼻に付く蝶屋敷にて、戦局が変わろうとしていた–––––––。

 

 

 

 

 

 

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「–––––棘と隊士を見間違えた、なんて言い訳はしないよな」

 

意図せず日輪刀を握る右手が震え、鈴がチリンチリンと音を吐き出す–––––殺意の篭った日輪刀は、もし避けるのが後数瞬遅かったら我が身を切り裂いていた確信があるからだ。

 

「まさか…そんなに馬鹿じゃありませんよ」

 

冷静そうな口調の双子の片割れが口を開く。心底がっかりした様子に虫酸が走るが、口を開かない。

 

「そうそう。俺たち兄弟がそんな馬鹿なわけないだろ」

 

それに同調するようにおちゃらけた様子でもう片方も口を開く。自らの声が震えている事を覚えつつも、口を開く。

 

「–––藤の花の香を消したのは、お前らか」

 

あっけらかんと口を開く。

 

「勿論。那田蜘蛛山での傷病者のゴタゴタに紛れて、屋敷の中に入るのは簡単でした」

「–––––人間だよな。お前ら」

 

奥に佇み、下品な笑みを浮かべている鬼とは明らかに気配が異なる二人に確認を取る。すると明るい方の双子が笑いながら口を開く。

 

「当たり前じゃん!鬼だったら昼間出歩けないし、藤の花の香も消せないだろ!」

「…なら、どうして鬼に加担する」

 

人を喰らい、人を騙し、人を陥れる悪鬼。–––––たった一人の少女を除いて、鬼とは人に害を成す害獣だ。

百害あって一利なし、それを体現する存在であるからこそ鬼殺隊という物が存在している。仮にも鬼殺隊として籍を置いているのであればそれくらいは把握している筈。だからこその質問だったが、双子は不思議そうに首を傾ける。

 

「逆に聞くけど、貴方はどうして鬼と戦っているの?–––––もしかして、鬼を全滅出来ると本当に思ってるの?」

「鬼殺隊に所属している隊士は、鬼の滅殺を望んでいる筈だが」

「クッ、アハハハ!どれだけおめでたい頭をしてるんだよアンタは!」

 

至極当然の事を言ったと思えば、双子が揃って突然笑い出す。

 

「鬼を殺す事ができる隊士を育てるのに短くて一年!その間に鬼はドンドン増える!そのくせ鬼は強くせっかく育てた隊士はバタバタ死んでいく!戦い続けた先に何が待つかなんて、赤子でも簡単に想像が付くよ‼︎」

「鬼には十二鬼月のように柱でも敵わない化け物が存在してるのに、鬼の滅殺が出来る?本当におめでたい頭としか思えないね」

 

ギリッ、と歯を噛み締める––––まだだ、まだ確認は取れていない。

 

「…なら、どうしてお前らは鬼殺隊に入った。そう思うなら、鬼殺隊に入らなければ良かっただろ」

「僕たちだって最初は鬼を滅殺して、人を助けたいと思っていたさ–––けどね、そんなの不可能だってわかったのさ」

「鬼はドンドン強くなるのに、対して鬼殺隊は新人が育たない。これじゃあいつか鬼に鬼殺隊が滅ぼされるのも時間の問題だよ」

 

やれやれと首を振る双子の片割れが口を開く。

 

「だから思ったんだよ–––勝てないのなら、いっそ鬼になれば良いんじゃないかって」

 

 

–––––その言葉を聞いた時、頭の中で何かが弾けた音がした。

 

「その直後かな?背後にいる鬼さんに話を持ちかけられたのは」

 

鬼は大きな目玉を細め、和かな笑みを浮かべる。

 

「えぇ。私に羨望の目を向けていましたから、もしやと思いましてね」

「–––––––鬼になって、人を喰っても良いのか」

 

薄気味悪い笑みを浮かべる鬼と笑い会う二人に向けて最期の通告を投げかける。すると、おちゃらけた方が楽しそうな口調で口を開く。

 

「世の中は弱肉強食だからね!弱き者は淘汰され、強き者が生き残る!これ以上に簡単な事は無いでしょ?」

 

その言葉を聞いた途端、ピタリと日輪刀の震えが止まった。

 

「蝶屋敷の隊士を皆殺しにしたら、僕たちも血を分けて貰える手筈になっているんだ」

「貴方にはなんの恨みもないけど、ここで死んで貰うよ」

 

チャキンと日輪刀がこちらに向けられる。–––––––確認は取った。分水嶺は、当に過ぎ去った。

 

「––––––––––簡単に死ねると思うなよ、害獣ども」

 

自分でも驚く程冷たい声が吐き出される。身体が熱を帯びるのを感じつつ、地面を踏み抜いて低い姿勢から突貫する。

 

「まともに相手するわけないだろ!」

 

こちらが疾走すると、瞬く間に身を翻して走り出す。逃げ出した背中目掛けて日輪刀を振るう––––が、突如現れた黒い壁によって刀が阻まれる。

 

「この猿は私が相手をします。貴方達は蝶屋敷にている隊士を皆殺しにしてきなさい」

「了解です」

「ちゃんと守ってくださいよ!」

 

そのまま壁から数多の杭が現出するが、大きく飛び退く事でそれらを全て避ける。尚も追撃してくる棘の群れを体捌きだけで避け、再び双子に接近する。

 

「甘いですよ‼︎」

 

地面から突き出す棘が身体を掠る。柵のように入り乱れるそれらを前に背後に下がるしかなく、その間にも双子は蝶屋敷へと距離を詰める。

 

「屋敷の隊士が皆殺しにされるのを待っていなさい。–––大丈夫です、殆ど時間はかかりませんから」

 

三日月のように裂けた歪な笑みを浮かべ、そう宣う––––––––––その瞬間、視界が真っ赤に染まった。

 

「–––––殺してやる」

 

憎悪に満ちた声を出し、自身の横を過ぎて蝶屋敷へと向かう双子–––––––その片方に、全力で日輪刀を投げつける。槍投げの用法で放たれた刀は狙いを違えることなく直進し、胴体へと向かう。

 

「はぁ⁉︎」

 

––––が、命中するその途中に片方が振るった日輪刀によって弾かれる。弾かれた日輪刀は地面へと突き刺さり、鈴の音を鳴らす。

 

「刀を手放すとか、あんた馬鹿だろ‼︎」

 

手ぶらになった状態で突貫する。数多の棘が行く手を阻むが、妙に視界が遅く映る今ならば避けるのは容易い。縦横無尽に突き立てられる棘の群れを刀を使う事なく全て捌ききり、双子へ肉薄する。

 

「なんで当たらないんだよ⁉︎」

「落ち着け!相手は無手だ!刀で応戦しろ‼︎」

 

–––––––水の呼吸 九の型 水流飛沫・跳魚

 

左右に振るわれる二つの日輪刀–––––しかし、浮き足立った状態で振るわれるそれらに当たる事は無い。緩慢な斬撃を跳躍する事で避ける––––––その際、懐から短い日輪刀を掴み取る。

 

「何処だ⁉︎何処へ行った!」

「兄貴、上‼︎」

 

そのまま重力に従って落下する際に鞘から日輪刀を抜き放ち、明るい水色の刀身を露わにする。

刀身に移る自分の瞳が光を失っているが、気にする事は無い。目の前の害獣を殺せれば、それで良い。

 

「––––まず、一匹」

 

上を見上げ驚愕の顔を向ける兄貴と呼ばれた方の右肩を、落下際に切断する。肉と骨を断つ慣れた感覚と同時に生暖かい液体が顔右半分に着くが、努めて無視する。

 

「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁ腕が‼︎俺の腕が⁉︎」

 

鮮血を吹き出し、肩口から弾け飛んだ右腕に叫び声を上げる。生暖かい血が自らの甚兵衛を染め上げる事を気にもせず、日輪刀を逆手に持ち帰る。

 

「て、めぇぇぇぇぇ⁉︎」

 

左腕に握り締めた日輪刀をこちらに振るう––––––その前に、刀を握る手を左腕ごと空へ切り飛ばす。体幹が崩れ、正面へ凭れかかるその両足も右から斬り裂き、瞬く間に喋る肉達磨へと姿を変える。

 

「あがァァァァァァァァァァ⁉︎⁉︎」

「あ、兄貴…⁉︎」

 

一瞬で手足をもがれて肉達磨になった姿に顔面蒼白になる片割れに、血に塗れた日輪刀を向ける。剣先から滴り落ちる雫が双子の流した血溜まりに落ち、ポタポタと音を立てる。

 

「–––––どうした?これがお前らが好きな『弱肉強食』だぞ」

「う、うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ‼︎‼︎」

 

激昂し日輪刀を振るう片割れに四閃。鮮血を撒き散らせながら四肢を解体し、兄と同じ肉達磨へと姿を変える。

 

「同じ人間なのに、躊躇いなく斬る、のか……‼︎」

 

口の端から血を流し、吐くように喋る。

 

「–––人を殺そうとしたお前が、人間を語るなよ」

「は…?」

「人を殺そうとした時点で、お前たちは鬼だ。そして、鬼は滅殺しないといけない。当然だろう?」

 

そう言い放つと、二人の両目に刃を走らせて瞳を潰す。くぐもった悲鳴をあげるが、別に大した問題では無い。獣が死に際に叫ぶなんてよくある事だ。

 

「殺して…殺してくれぇ…」

 

潰された瞳から、涙にも似た血を流しながら懇願する––––それを一瞥すると、何も返す事なくそのまま振り返って鬼へ向き直る。

 

「––––止めなかったって事は、大して重要な駒じゃなかったんだな」

 

血に塗れた日輪刀を振るって血を落とし、納刀して懐にしまう。傍に突き立てられた日輪刀を引き抜き、鬼へと向ける。

 

「ククッ、いえ失礼。鮮やかな手際でしたので、つい見惚れてしまいました–––それより、とどめを刺さなくても良いのですか?」

「あと数瞬もしないうちに死ぬ。別に、必要は感じないな」

 

仲間がバラバラに解体されたにも関わらず、鬼はプルプルと震えて笑いを堪えている。

 

「貴方、とても良い表情をしていますねぇ。–––まるで飢えた狼のような目です」

 

靄から顔を出した鬼はこれは傑作を見たとばかりに目を輝かせ、声をあげる。

 

「先ほどの手並み、その顔、なによりその目‼︎貴方––––人を殺すのは初めてではありませんね?」

 

どこか嘲りが入った言葉に口を閉ざす。こちらの対応が琴線に触れたのか、より一層笑みを深めて口を開く。

 

「何人殺しました?何人斬りましたか?とても十や二十では済まない数でしょう?いやはや、鬼狩よりも人狩をした方が合っているのでは無いですかな?」

「––––随分と余裕なんだな。このまま時間を無為に過ごせば、いずれ柱が到着してお前の首を斬るぞ」

 

大太刀を肩に担ぎ、半身を反らす。そのまま地面を踏み抜こうとした矢先、鬼が両腕を拡げる。

 

「あぁ、その件でしたらご心配には及びませんとも」

 

突如、屋敷に充満していた甘い花のような匂いが鬼へ集まっていく。黒い靄は次第に歪な球体を形成し始め、その大きさを次第に増していく。

 

『どうですか?貴方は鬼に興味はありませんか?貴方ならとても強い鬼になるでしょう』

「––––畜生に堕ちる気は、無い」

 

自分よりもふた回り程大きくなった球体から声が聞こえ、「それは残念ですね…」と声が届く––––––その瞬間、球体の表面が硬質化した。

 

「–––ッ」

『屋敷に張り巡らせていた靄を全て回収致しました–––さて、貴方に凌ぎ切れますかな?』

 

尋常では無い数の棘が生成される。–––––その数、凡そ百程度。

その切っ先は全て此方を向き、放たれる時を今か今かと待っている。

 

『楽しい見世物を見せてくれた礼です––––丁寧に肉団子へと変えて差し上げましょう』

 

直後、黒の棘が曇天の空を舞った––––––––。

 

 

 

 

 

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「–––––あれ、ここは……」

 

 

徐々に視界に光が入り、瞼を開く。意識が徐々にはっきりしてくるのを感じると、頭部の右側頭部が何かにぶつけたように痛む。

 

「痛っ…ここは、厨房かな」

 

鈍く痛む頭を抑え、身体を起こす。そこは自身が見慣れた蝶屋敷の厨房で、辺りを見回すと傍に落ちたお盆と割れた湯呑みを見つけた。そこで、どこか曖昧だった記憶から徐々に倒れる前の場面を思い出し始める。

 

「確か、少し休憩しようと湯呑みを取って…」

 

そこから記憶が飛んでいる事から、自分が倒れた事を理解する–––我ながら情けないと言うか、何というか。

 

「…これじゃあ、権兵衛さんの事を笑えないわね」

 

痛む頭を抑えつつ立ち上がる。十分に休息を取っていた筈だが、知らないうちに疲れが溜まっていたらしい。

なるべく人目につかないように移動し、自室へと向かう。–––––もし自分が倒れた事を権兵衛さんが知れば、また過剰な労働に身をやつすことが目に見えるからだ。

 

「えぇと、自室は…」

 

まだ何となくぼやける視界を擦り、壁を伝って廊下を歩く––––––その時、キンッと甲高い金属音を耳にする。

 

「…何の音?」

 

普段聞かない音だったそれは、今も断続的に続いている。あんまり止まらないようならば注意しに行こう、そう考えて少し足を止める。ぼんやりと続く金属音に耳を傾けると、時たま別の音が混じっている事に気付く。

 

「–––––これって、まさか‼︎」

 

断続的に続く金属音に、綺麗な鈴の音が混じっている。それを感じ取ると、弾かれたように音の発生源へと向かう。

多少息を上げつつ、目的地である庭先にたどり着く––––––そこで、私は地獄を見た。

 

「––––––えっ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

『アハハハハハハッ‼︎それそれ!逃げなければ蜂の巣ですよ‼︎』

 

庭先に浮かぶ、とても大きな黒い球体。甲高い嫌な声を上げ、何か靄みたいなものが集合して出来たそれからは、数多の棘のようなものを飛ばしてひとりの人間を追っている。

対する人間–––––––権兵衛さんは、全身の殆どを赤黒く染めていた。元の色が何だったのか判別がつかないほど赤黒く塗れた甚兵衛からは、離れていても判るほど酷い鉄錆の匂いがする。

けど何より、彼が浮かべている表情が、私は一番怖かった。

 

「権兵衛…さん……?」

 

顔の右半分を赤黒く染め上げて浮かべている表情は、まぎれもない憎悪だった。

穏やかな光を湛えていた黒い瞳はドス黒く濁り、柔らかな笑みを浮かべていた口元は見る影も無い。

そんな彼は迫り来る数多の棘を綺麗な鈴の音を響かせながら全て迎撃し、一つ足りとも受ける事なく地を駆け回っている。一種の舞を幻視する程に流麗な剣戟だが、彼の姿からそれが余計歪なものに見えてしまった。

 

「–––っ」

 

彼のあまりに凄惨な姿を見て、思わず目を逸らす––––––その先には、人が二人倒れていた。

 

「あ、あぁ…」

 

––––いや、人間だった、が正しいのだろう。四肢を捥がれ、目を潰されたそれらは確認を取るまでもなく絶命し、物言わぬ骸へと変わっていた。

今まで見たこともない凄惨な現場に思わず尻餅をつく。その時、黒い靄が此方を見た気がした。

 

『うん?…これはこれは、目が覚めてしまったのですか。可哀想な子羊ですね、すぐ楽にしてあげましょう』

 

笑って言っただろう声色に思わず震えた声が出てしまう。瞳なんてないのに目が合ってしまった感覚に襲われ、足がすくんでうまく動けない。

 

(殺される‼︎)

 

球体から吐き出された黒い棘は寸分の狂いなく私へと向かう。権兵衛さんが相手にしているより遥かに大きな棘は、黒く光りながら私目掛けて疾走する。

迫り来る恐怖に、思わず目を閉じてしまう。襲い来る痛みに耐えようと身を固くすると、人影が見えた気がした。

 

「––––大丈夫ですか、アオイさん」

 

––––––––軽やかな鈴の音と共に、頰に何か生暖かい液体が付着する。

 

「ご、権兵衛、さん……?」

 

恐る恐る頰に付着した液体を手に取る。鉄臭く、赤い液体だったそれは、紛れもない鮮血だった。

顔を見上げるとそこには、左脇腹を拳大程度の太さの棘が貫通している権兵衛さんの姿があった。

 

「すいません、棘が思った以上に太かったので、弾く暇がありませんでした」

「そ、そんな…‼︎」

 

口の端から血を流して笑う。靄になって棘が霧散すると、貫かれた穴から鮮血が漏れ出す。

漏れ落ちる鮮血は縁台の木材へと染み込み、赤黒い模様となっていく。

 

「待って下さい‼︎今応急処置を–––––‼︎」

「そんな暇は、残念ながらありません」

 

直後、数多の黒い棘が空を駆ける。権兵衛さんはそれを全て弾き返すと、此方を見据える。その瞳は、言いようもない程に濁っていた。

その目に少し恐怖を感じると、庭先の黒い球体から声が聞こえる。

 

『…理解できませんね。先ほどの二人は容赦なく刻んだというのに、今度は身を呈して人を助ける。貴方、矛盾していませんか?』

「–––えっ?」

 

黒い球体が言った言葉の意味が、私には分からなかった。恐る恐る口を開き、権兵衛さんに投げかける。–––けれど、帰ってきた言葉は私の望むものでは無かった。

 

「う、嘘ですよ、ね?権兵衛さん……?」

「……………いいえ、事実ですよ」

 

––––––とても、とても悲しい笑みだった。諦めたような、そんな笑い方だった。その笑みを見た時、初めて自分が言ってはいけない事を告げたのだと、唐突に理解した。

 

「ど、どうして……?」

「–––彼らは鬼だったんです。只、それだけの話ですよ」

 

それだけ告げると、背を向ける。チリンと鈴の音を鳴らし、日輪刀を肩に構える。

 

「自分が今から四半刻、時間を稼ぎます。その間に隊士を避難させて下さい」

「そ、そんなの出来る訳……‼︎」

「–––––人殺しを、野放しには出来ませんか?」

「違っ、そういう訳じゃありません‼︎貴方を置いて逃げるなんて出来る訳ないって言ってるんです‼︎」

 

そう叫んだ時、彼の持つ日輪刀が向けられる。–––研いだばかりだと言うのに傷が犇めく刀身は、今までどれだけの激戦だったのか物語っている。

 

「それでもやるんだよ、神崎アオイ」

 

再び迫り来る黒い棘と藍色の日輪刀が火花を散らす。日輪刀を振るう度に彼の傷口からは血が吹き出し、廊下を赤く染めていく。

 

「しのぶさんとカナヲちゃんが居ない今、君がここの責任者だ。そして責任者は、傷病人を守る義務がある」

「そんな……‼︎」

 

その言葉に、下を向いてしまう–––––こうして守られてばかりの自分に、本当に嫌気が差す。自分がもっと強ければ、この人と肩を並べて戦う事も出来るのに。

 

「大丈夫。時間は必ず稼ぐから、だ、から––––」

「……権兵衛さん?」

 

突如、権兵衛さんの声が途切れる。すると、黒い球体からクックッと抑えきれない笑みが零れ始め、ついには笑い声をあげる。

 

『アハハハハハハッ‼︎何やら話し込んでいたようですが無駄ですとも!どういう仕掛けで私の術を無効化していたかは知りませんが、流石に体内に直接摂取するのは防げませんでしたか!』

「権兵衛さん…!権兵衛さん‼︎」

 

いくら呼びかけても反応がない。日輪刀を構えたまま固まっている彼を無理やり引っ張り、顔を見る。

 

「これは…寝てる、の?」

 

瞼を閉じている姿は、死んでいるのか寝ているのか分からないほど静かだ。口元に手を当てると、僅かな吐息を感じる事が出来る。

 

「権兵衛さん‼︎起きて下さい!権兵衛さん‼︎」

『無駄ですよ。私の血鬼術「堕睡黒棘」を直接体内に取り入れたのですから、少なくとも一週間は眠ります』

「そんな…!」

 

権兵衛さんを何度も揺するが、目を覚ます事はない。すると、黒い球体が割れ中から人影が現れる。人の目におおよそ不釣り合いな目玉を付け、曲芸師もかくやの衣装を身につけるその姿は、言いようもないほどに不気味だった。

 

「–––さて、そろそろ時間も押していますので始めましょうか」

「っ」

 

球体に固まっていた靄が扇の形に変わり、その表面に一本の棘が生成される。

 

「貴女には感謝しないといけませんね。お陰で目障りな猿を殺す事が出来ます」

 

仰々しく頭を下げ、不気味な笑みを浮かべる。

 

「では–––––––さようなら」

 

放たれる棘を見て、権兵衛さんの頭を抱え庇うように抱きしめる。私がもっと強ければこの人を守れたのかななんて、意味のない思考が頭に過ぎる。

 

(ごめんなさい、権兵衛さん。私は、やっぱり剣士じゃありませんでした)

 

迫り来る黒い殺意に目を背けず、正面から見据える。瞬く間に距離を詰めるそれは私達の眼前に迫り–––––––直後、桃色の着物が視界の端に映った。

 

「むー‼︎」

 

声にならない叫びを上げる彼女は、直進する棘を両手で掴んで抑え込む。が、次第に力負けし徐々に地面に跡を残しながら後退する。しかし、突如として棘が靄になって搔き消える。

 

「–––これは、一体どういう事でしょうか」

 

厚い雲が抜け、月明かりが照らす。月に照らされた黒と桃色の着物は、自分が見たことのある市松模様で彩られていた。

 

「禰豆子、さん…?」

 

口に竹筒を嵌め目の前の鬼に敵視を向ける彼女は、先日の那田蜘蛛山で保護した竃門兄妹の妹、竃門禰豆子さんだった。

 

「何故、どうして、鬼が人間を庇っているのですか?」

「うーー‼︎」

「…言葉が喋れない?随分特異な鬼のようですね」

 

首を捻り、心底不思議そうに口を開く。

 

「––––まぁ良いでしょう。人に与するのであれば、纏めて殺すだけの事」

 

再び扇に棘が生成される。その数は十を優に超え、思わず顔が強張る。

 

「禰豆子さん、私は良いからこの人を…‼︎」

 

自身が抱えている権兵衛さんを差し出す。–––ここで二人とも死ぬくらいなら、せめて一人だけでも…‼︎

しかし、私の言葉にブンブンと首を横に振り、拒絶される。

 

「このままじゃみんな死んでしまいます!だったらせめて、権兵衛さんだけでも…!」

「させるとお思いですかな⁉︎」

 

弾かれたように棘が飛び出し、瞬時に此方へ迫る。再び迫る殺意だが、その前に二つの足音が耳に届く。

 

「–––全集中、水の呼吸」

「–––我流、獣の呼吸」

 

廊下を走るその後は独特の呼吸音とともに踏み出し、縁台から外に出る。色の付いていない、蝶屋敷が保管している予備の日輪刀が月明かりに照らされ、鋼色に輝く。

 

「四の型・打ち潮‼︎」

「弐の牙・切り裂き‼︎」

 

二つの人影は外に飛び出すと技を繰り出し、迫り来る棘を打ち返す。

 

「なんだなんだ⁉︎本当に鬼がいるじゃねぇか!」

「大丈夫ですか!アオイさん!」

「竃門さん⁉︎どうして…」

 

白の病人服に市松模様の羽織を羽織った彼と猪頭がこちらを振り返る。

 

「禰豆子に起こされたんです。そして、何か異様な匂いがすると思って駆けつけたら…」

「俺は感覚で気づいてたぜ!なんかヤバい雰囲気が屋敷の中にいるってな‼︎」

「そうでしたか…っ、それより!権兵衛さんが!」

 

脇腹の血が徐々に止まりつつある––––眠らされても尚止血の呼吸ができている証拠だ。しかし、傷口が広過ぎて止めきれず血が流れている。

 

「アオイさんは治療を‼︎この鬼は俺たちが抑えます!」

「ガハハッ!腕が鳴るぜ‼︎」

「…わかりました!お願いします‼︎」

 

彼らが病み上がりな事も、あの鬼が尋常じゃない程強い事も理解している–––けど、わたしにはやるべき事がある。

 

『私は、貴女が蝶屋敷に居てくれて良かったと、心からそう思います』

 

懐に入っていた紫色の鈴を取り出す。軽やかな音色を奏でるそれを、彼は自らの進むべき道を示す物だと言った。

 

(私は、私が進むべき道を進む‼︎)

 

それを握りしめて再びしまうと、包帯とガーゼを胸ポケットから取り出す。権兵衛さんの患部を見る為に血で汚れた甚兵衛を手で破き、貫かれた部分を露わにする。

 

「酷い…!」

 

赤を通り過ぎて桃色の肉が見えてしまっている傷口と時間が差し迫っている状況を考え、最適解を頭の中で導き出す。

 

(縫合している時間はない…!なら、ガーゼと包帯で圧迫して止血するしかない!)

 

金属音が響く中、自分が今までした事も無いような速さで処置を施し始める。傷口にガーゼを有るだけ当て、上から包帯を巻き始める。すると、嫌な声が耳に響く。

 

「羽虫が鬱陶しい…。もう一度眠って貰いますか」

 

鬼の後ろにあった黒い扇が靄になり、地面を伝って広がり始める。

 

「それを吸い込まないで下さい!それを吸い込むと眠ってしまいます‼︎」

「聞いたな、伊之助‼︎」

「おうよ‼︎」

 

靄が広がり、竃門さん達の直ぐ側まで迫る。二人はそれから距離を置こうと背後に跳び退く–––––––その時、稲妻にも似た音が屋敷に響き渡った。

 

「–––––雷の呼吸 壱の型・霹靂一閃」

 

蝶屋敷の壁を突き破り、金色の髪の少年が目にも留まらぬ速さで鬼へ直進する。

 

「目障りな‼︎」

 

しかし、距離が遠過ぎたために見切られ黒い棘によって迎撃される。防がれると分かると途中で身を翻して棘を全て避けて屋敷の前に戻る。

 

「–––ごめん、遅れた」

「我妻、さん…?」

「善逸!来てくれたのか‼︎」

 

何処と無く雰囲気が異なる彼は瞳を閉じ、静かに呼吸を整えている。けれど、裾から見える手は未だ毒に侵されており、一部が紫に変色してしまっている。

 

「えぇい、目障りな羽虫どもが‼︎貴様ら全員肉片に変えてやる‼︎」

 

散乱していた靄が一つにまとまり、再び扇へと変わる。その後、扇から数多の棘が生み出される。数える事すら出来ないその多さに、わたしを含めた全員が固唾を呑み込む。

 

「…権兵衛さん」

 

けれど、それを一瞥した後、処置を続ける。–––今はできる事をやるしか無い‼︎

 

「むー?むー」

「ね、禰豆子さん?」

 

すると、唐突に縁台に登ったねずこさんが権兵衛さんの頰を撫でる––––突如、彼の身体が燃え始める。

 

「えっ⁉︎ちょっと、何を–––––‼︎」

「死ね、羽虫が‼︎‼︎」

 

棘が一斉に放たれ蝶屋敷へ迫るのを余所目に、焚火のように燃え盛る権兵衛さんを見る––––––その時、右手が動いた気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

_____________________

 

 

 

 

 

 

 

 

「–––––ねぇ、師範。どうして師範が振るう木刀は音が鳴るのですか?」

 

穏やかな木漏れ日を浴びる初夏の日。潰れた血豆で握りにくくなった木刀を手放し、傍で本を読む老人に声をかける。

 

「うん?権兵衛が質問してくるなんて珍しいね」

 

師範と呼ぶ老人は本を閉じるとすっと立ち上がり、木に立てかけてある木刀を持つ。

 

「こんなに血が出るまで素振りをしているのに、僕の木刀は全然音が鳴らないんです。師範の振るう木刀は、振るう度に音がなるのに…」

 

血だらけの木刀を離し、師範に愚痴る。

師範は「あぁ、成る程」と納得した様子で頷くと、木刀を構える。

 

「いいかい?よく見ておくんだ」

 

師範は中段に構えた木刀をゆっくりと振りかぶり、剣先が天上を差した所で止める。ふぅ、と息を吐くと同時に静かに木刀が振り下ろされる。その際、微風にも似た音が辺りに響く。

 

「刀というのはね、心技体の三つ全てが揃わないと音が鳴らないんだ」

 

軽快な風切り音と共に木刀が振るわれる。その後も何度も木刀が振るわれ、その全てが音を立てる。

 

「心技体…?」

「そう。権兵衛の場合、技と体は揃っているけど心が追いついてないんだね」

「心……。心は、どうやったら鍛える事が出来ますか?」

 

心臓に手を当て口を開く。すると師範は朗らかに笑い、自分の頭に手を置く。

 

「心は簡単には鍛えられないよ。それは、君が時間をかけて育むものだからね」

「…難しいです」

 

むぅ、と少しむくれる。–––心なんてよくわからないものが必要と言われても、鍛えようが無いからだ。

 

「いつか、わかる時がくるさ–––––そうだ、良いものを見せてやろう」

「良いもの?」

「うん、多分気にいると思う」

 

すると師範は木造の納屋に引っ込み、とあるものを持ってくる。それは、師範の身長と対して変わらない程長い刀だった。

 

「それは?」

「私が現役時代に使っていた刀さ。鉄珍っていう偏屈な刀鍛冶に作ってもらった刀なんだけどね」

「へぇ…」

 

師範はその刀を鞘から抜き放つ。見事な藍色が太陽に反射して眩しく輝くそれは、とても綺麗だった。

 

「さぁ、ちゃんと聞いているんだよ?」

「はい、師範」

 

師範はその刀を半身を反らして肩に担ぎ、袈裟懸けに刀を振るう。

 

『シャリリン』

 

–––するとどうだろう、刀が鈴のように鳴いたではないか。

 

「!」

「ははっ、凄いだろう」

「はい!とても凄いです‼︎」

 

それから師範が何度も刀を振るう度に、綺麗な鈴の音が響き渡る。どこか落ち着くような鈴を聞き、目を細める。

 

「どうだい?権兵衛も素振ってみるかい?」

「良いんですか⁉︎」

「あぁ、ほら」

 

師範から刀を貰う。ずっしりと肩にくる重さだけれど、持てない重さではない。

 

「さぁ、集中」

 

師範の言葉と共に意識を研ぎ澄ませ、先程見せてもらったように半身を反らして肩に刀を担ぐ。

 

「すぅ…はぁ…」

 

肺を意識して呼吸を整えて、思い切り刀を振るう。

 

『…………』

「…師範、音が鳴りません」

「それはそうだろうね」

「むう…。心技体が揃ってないからですか?」

 

多少拗ねたように口を開くとうんうんと師範が頷く。

 

「その通り。まだ権兵衛には早かったみたいだな」

「むむむむ…!」

「ははははは。もっと精進しなさい」

 

そう言うと師範は刀を鞘に納め、傍に置いて再び本を読み始める。自分はそれを見た後、渋々自分の木刀を振り始める。

どれくらい振っただろうか、日がだいぶ傾く程木刀を振るっていると唐突にある疑問が頭に浮かぶ。

 

「所で師範、どうして師範の刀は振るうと鈴の音がするんですか」

「うん?それはそういう刀を作って貰ったからだね」

「自分も同じ刀が欲しいです」

「鉄珍の刀をかい?それはあんまりおススメしないなぁ…」

「どうしてですか?」

「彼、刀にはとことん煩いから」

「そうなんですか」

「そうなんだよ」

 

沈黙。無言で木刀を振り続けると、ふと師範が口を開く。

 

「そうだ、もし権兵衛が最終選別に向かう時は私の刀を貸してあげよう」

「良いんですか?」

「埃をかぶってばかりじゃ刀に申し訳無いからね」

「ありがとうございます。師範」

 

「ここまでにしようか」と師範の言葉で素振りを止める。血に塗れた手を川で洗いに行こうとすると、「権兵衛」と声が掛けられる。

 

「鈴の音はね、鎮魂の意味があるんだ」

「鎮魂、ですか?」

 

どこか誇らしげに話す師範に、首を傾げる。

 

「鈴の音で死んだ魂を収めるんだ。いつか権兵衛も、鬼を殺す時には鈴を鳴らして欲しいな」

「それは、別に構いませんけど…」

 

渋々、と言った様子で頷く。すると師範は和かに微笑む。

 

「けどね、鈴には魔を祓う意味もあるんだ」

「魔を、祓う…」

 

師範が「そう」と頷くと、また和かに微笑む。

 

「君に降り注ぐ魔が祓われるように、僕はここで祈っているよ」

「…師範?」

 

どこか突き放すような口調に不思議がる。

すると、その言葉と同時に突然自らの身体が燃え始める。熱いというより、暖かい炎だけれど突然の事に思わず驚きの声を上げてしまう。

 

「えっ⁉︎なんだ、これ⁉︎」

「権兵衛、君は強い。恐らく、私よりも遥かに高みに到達できるだろう」

「師範⁉︎一体、何を––––⁉︎」

 

燃え盛る視界の中で、藍色の日輪刀が渡される。

 

「鈴を外せ権兵衛。君に、もうそれは必要ない」

 

その日輪刀を受け取ると、視界が瞬く間に炎で埋め尽くされる。その時、自分の記憶が瞬く間に回復していく。

蝶屋敷が襲われている事、二人の隊士を手にかけた事、アオイさんを庇った事。全てが頭に巡っていく。

 

「–––––ありがとうございます、師範」

 

受け取った日輪刀を抱きしめ、瞳を閉じる。暖かな炎が身を焼き、視界が白く塗りつぶされていった––––––––。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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『シャリリリリン』

 

盛大な鈴の音が蝶屋敷に響き渡り、透き通るようなその音色は全員の耳に届く。

 

「––––何故、どうしてどうしてどうしてどうしてどうして⁉︎どうして貴方が立っているのですか⁉︎⁉︎」

 

鬼が頭を掻き毟り、縁台に立つ1人の少年を睨む。腹部に白い包帯を巻き、身体中真っ赤に染まっている彼の手には、藍色に輝く日輪刀が握られている。

 

「ありがとう、アオイさん。禰豆子ちゃん」

 

禰豆子の頭を撫でる少年、小屋内権兵衛は日輪刀を持ち上げ鍔に括られている鈴を手に取り、強引に引き千切る。

 

「えっ⁉︎」

 

その鈴を「持っていて下さい」とアオイさんに預ける。その様子を見た炭治郎は驚愕の声を上げるが、それを気にする事もなく縁台から降り地面に立つ。

 

「こ、小屋内さん?大丈夫なんですか…?」

「うん、お陰様で。すごいね、君の妹は」

 

心配そうに駆け寄る炭治郎の肩を叩き、「少し下がってて」と背後に下げさせる。

 

「伊之助君も善逸君もありがとう。––––––合図をしたらそれぞれ全力の一撃を頼む」

 

そう言い残し、三人の前に立つ。すると、伊之助が権兵衛に取って掛かる。

 

「あぁ⁉︎あいつは俺の獲物だぞ⁉︎」

「伊之助!今はあの人に任せるんだ‼︎」

「そうだよ猪野郎!怒らせてどうすんだよ‼︎」

 

食い下がろうとする伊之助を他の二人が抑え込むのを見て微笑み、鬼を正面から見据える。

 

「私が玉壺様から頂いた鬼の力‼︎どうして貴方には通用しないのですか⁉︎」

「さぁ?生憎玉壺なんて名前も聞かないし、君の血鬼術の効果も知らないな」

 

先ほどとは打って変わって冷静な権兵衛に、鬼は額に青筋をうかばせる。

 

「–––随分と余裕そうですね。そんな満身創痍で、私の相手が務まりますかな?」

 

目が覚めたところで、依然として権兵衛の左脇腹には大きな穴が空いており、包帯を徐々に赤く染め上げている。しかし、権兵衛はそれを指摘されても「あぁ、それか」と軽く流す。

 

「お陰で血が抜けてすっきりしたよ。頭に血が上っちゃうといけないね、どうも」

「…猿が、死ねぇ‼︎」

 

黒の棘が権兵衛に迫る。すると彼は刀を肩に担ぎ、静かに息を吐く。

 

「––––全集中・鈴の呼吸」

 

半身を反らし、上半身を引き締めるように捻る。そんな彼目掛けて数多の棘が殺到する。

 

「壱の型 鳴き地蔵」

 

『カランカラン』とした音と共に袈裟懸けに降り抜かれた日輪刀は、迫り来る黒い棘を一刀で全て弾き飛ばす。

 

「っ、まだまだ‼︎」

 

権兵衛の足元から棘が突き立つ。それを跳躍して全て避けると、鬼の目掛けて上段に構える。

 

–––––––肆の型 天上麒麟

 

水の呼吸の弐の型に似た回転と共に『シャリリン』と軽やかな音が響き、棘が全て切り裂かれる。

 

「なっ⁉︎」

 

切り裂かれた棘に鬼が目を見開くが、臆せず次々と棘を権兵衛に向ける。

権兵衛は地面に着地すると地面を滑るように駆け、日輪刀を脇に構える。

 

「その耳障りな、鈴の音をやめろ‼︎」

 

–––––伍の型 神楽舞・天女

 

軽やかな足取りと共に軽快に刀が振るわれ、次々と迫り来る棘が瞬く間に解体される。先程と異なり簡単に切られる棘に焦燥感を増しながら、鬼は次々と棘を繰り出す。すると、炭治郎がある点に気付く。

 

「靄が、薄くなっている…?」

 

黒よりも黒かった靄が、徐々に薄くなっている。権兵衛が日輪刀を振るい、鈴の音を響かせる度に靄は徐々に薄くなり、それと同時に柔らかくなって行く。

そしてその事は、当然鬼も理解していた。

 

(何故だ⁉︎どうして私の血鬼術が弱まっているのだ⁉︎)

 

靄の色が薄まり、硬度が落ちている。今はまだ本体が切られるような事は無いが、いずれ我が身が切られるかも知れない恐怖が鬼を襲う。

 

(長く戦えば戦う程此方の力が弱まる!しかし、短期決戦を望もうにも…)

 

既に弱まっている棘では権兵衛に届かず、また生み出す棘もすぐに切られてしまう。

権兵衛は軽やかな鈴の音を響かせながら、縦横無尽に入り乱れる棘を次々と切り裂いて行く。

 

「伊之助‼︎」

 

粗方棘を切り飛ばすと、背後に振り向いて伊之助に声を荒げる。

 

「仕方ねぇな‼︎」

 

指名された伊之助が地面を駆ける。当然棘が伊之助に向かうが、それを伊之助はスパスパと竹のように切り裂いて進む。

 

「ガハハハ!!切れる!切れる俺つえぇ!」

「舐めるな小蠅が‼︎」

 

地面から跳躍し、月を背景に二振りの日輪刀を構えて型を放つ。

 

「参の牙 喰い裂き‼︎」

 

鬼の本体目掛けて振るわれる日輪刀。しかし、それらは束になった棘によって阻まれる。

 

「チッ、外した‼︎」

 

空中で無防備になる伊之助に迫る棘を権兵衛が切り払う。その直後、稲妻のような踏み込み音が響く。

 

「壱の型 霹靂一閃‼︎」

 

雷の如き居合が鬼の首に向かう。しかし、その一閃は本体を捉える事なく靄を削って終わる。

 

「目障りな小虫だ!消えろ‼︎」

「させるか‼︎」

 

善逸の背中に迫る黒い棘を炭治郎が切り飛ばす。粗方切り飛ばすと地を駆け、鬼の目掛けて日輪刀を振るう。

 

「っ、調子に乗るな‼︎」

 

黒い靄が鬼の首辺りに集中する。炭治郎の振った刀は靄に阻まれる–––ように見え、その実多くの靄を切り取る。

 

「狙いは、そこじゃない‼︎」

「何っ⁉︎」

 

炭治郎の刀は鬼の首を狙ってのものではなく、その靄を切り裂くものだったからだ。上半身を覆っていた黒い靄が取り払われ、鬼の頭が露わになる。その時、権兵衛の姿が見えない事をようやく認識する。

 

 

「何⁉︎あいつは––––––––」

「此処だよ、鬼」

 

–––––鈴の呼吸 陸の型 暮れ破魔矢

 

『カランカラン』と鈍い音が鳴り、鬼の視界が逆さまになる。ぼとりと音が響き、その時初めて鬼は自らの首が切られた事を理解した。

 

「何故だ‼︎何故私の首が切られているのだ!」

「靄を集めたのは失策だったな。彼等の助けで、こうしてお前の首を切る事が出来た」

 

首が落ち、灰になり掛けている鬼の正面に権兵衛が立つ。

 

「クソッ!お前だけは、お前だけは––––––!」

「––––––終わりだ、害獣」

 

 

鈴の音が鳴り、甲高い声が途切れる。鬼の身体が灰になって消え、暫し静寂が辺りを包む。

 

「お、終わった…」

 

最後に屋敷に漂っていた黒い靄が空に溶けて行くのを見て、辺り一面に張り詰めていた雰囲気が弛緩する。

 

「き、緊張が解けたら凄い筋肉が痛い…!」

「お、俺は、平気……!」

「ふがっ…って。あれ?なんで俺外にいるの?なんで日輪刀持ってるの?–––っていうか全身すっごい痛いんですけど‼︎なんで⁉︎なんでなの⁉︎」

「ふがっふがっ」

 

張り詰めていた糸が解けた為か、炭治郎達三人組の身体中を筋肉痛が襲い、地面でもがく。そこへ禰豆子がトテトテと走り、三人の背中を撫でる。

–––長い間使っていなかった筋肉でいきなり全集中の呼吸を使った為、当然とも言える。

 

「あの人達は…って、権兵衛さんは⁉︎」

 

アオイは三人組を見た後、この戦いで一番重傷を負っている人を探す。

 

「権兵衛さん⁉︎大丈夫ですか⁉︎」

「あ、うん。大丈夫、少し、血を吐いてるだけだから」

 

口から血を吐いている彼の元に走る。彼に巻かれた包帯は真っ赤に染まってその役割を放棄し、口からはとめどなく血が流れている。

 

「慣れない呼吸を連発したから、肺を痛めたかな…」

「良いですから!ほら、身を預けて下さい」

「うん、そうさせて……」

 

アオイの肩に凭れかかると、権兵衛はそのまま意識を手放す。血を失いすぎたのか、顔色も白くなっている。

 

「早く治療しないと…!」

「アオイさん!とにかく権兵衛さんを中に……その人達は、どうしますか?」

 

脚を引きずりながら炭治郎がアオイの側に寄り添い、一緒に権兵衛を担ぐ。その時、屋敷の前にある二つの死体を見る。

 

「今は生きている人を優先します–––詳しい話は、また後で」

「…はい」

 

どこか釈然としない彼と一緒に権兵衛を運ぶ。なんとか縁台にのせ、これから治療を始めようとしたその時、ふわりと花の匂いが届く。

 

「–––どうやら、一足遅かったみたいですね」

 

忙しない足取りで蟲柱、胡蝶しのぶが屋敷に降り立つ。その顔には汗が滲んでおり、ここまで全力で来た事が伺える。

 

「しのぶ様‼︎」

「アオイ!無事で何よりです!」

 

胡蝶はアオイを軽く抱き抱え、頭を撫でる。少し気恥ずかしくなるが、それよりもやらなければいけない事を思い出し口を開く。

 

「そ、それより!権兵衛さんが、私をかばって…」

「…随分酷いですね」

 

アオイを離すと権兵衛の横に立ち、赤く染まった甚兵衛を見る。

 

「縫合用の糸と新しい包帯をお願いします。謝罪は、全部済んでからになりそうですね」

 

屋敷に転がる二つの死体を見て、しのぶは一人呟く。ぞろぞろと現れる隠に炭治郎達が連れていかれるのを最後に、蝶屋敷の一幕は幕を閉じた–––––––。

 

 

 

 

 

 

___________________

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「–––––以上が、蝶屋敷襲撃の顛末です」

 

鬼殺隊本部、産屋敷亭。蝶屋敷が鬼に襲われた為に緊急で開かれた柱合会議だが、普段とは打って変わって冷たい雰囲気が漂っている。緊急である点と当主である産屋敷輝哉の体調が優れない点から、当主は席に居ない。

 

「それより、鬼に加担したっていう隊士の身元は割れたのか?」

「えぇ。どちらも階級は辛、二年前の選別で合格して鬼殺隊に入隊しています」

「育手は?」

「今は隠の方々に拘束されています。処罰の内容は、お館様が来てから決めるのが賢明でしょう」

 

傷だらけの男、風柱を務める不死川実弥が声を荒げる。今回の柱合会議の雰囲気が悪いのは、蝶屋敷襲撃に現役の隊士が関与していたからに他ならない。

 

「その隊士は……確か、権兵衛君が殺したんだよね?」

「はい。四肢を捥ぎ、目を潰していました」

「…よもやだな」

 

悲しそうな声色で恋柱、甘露寺蜜璃が口を開く。権兵衛という少年の人となりを知っているからこそ、彼が隊士を手にかけた事を悲しんでいるのだ。

対する金髪の青年、炎柱の煉獄杏寿郎が唸るのみ。裏切り者を殺すのは当然として、そのような殺し方をする必要があったのかと悩んでいるが故だ。

 

「件の権兵衛少年は今どうしている?」

「蝶屋敷で治療しています。怪我が酷く、完治までにあと一週間以上掛かるでしょう」

「…それ程の鬼ならば、権兵衛少年が居なければ全滅もあり得たな」

 

怪我人を収容する蝶屋敷。そのため藤の花のお香や見張り鴉などを多く配置していたのだが、隊士の裏切りによってそれは簡単に破られてしまった。小屋内権兵衛という柱に匹敵する実力者が滞在していなければ、蝶屋敷が壊滅していたと考えるのが相当だろう。

 

「取り敢えずの対策を打ち立てなければならないが、その前にこの事実は公表するのか?」

「よっぽどの馬鹿でもない限り公表はあり得ない。隊士同士が疑心暗鬼に陥って、最悪鬼殺隊がバラバラになりかねないぞ」

「…難しいな」

 

蛇柱の伊黒小把内の諫言によって公表は見送られるが、それでも何か対策は打ち出さなければならない。

 

「鎹鴉を増やし、空からの監視を増やす。今打てる手は、それくらいだろう」

 

岩柱の悲鳴嶼行冥の言葉に口を閉ざす。結局、すぐに打てる手はそれくらいしか無いからだ。

 

「暗い話はこれくらいにしてよ。そろそろ派手な話をしようぜ」

「派手な話?何かありましたか?」

「権兵衛だよ。あいつ、新しい呼吸を編み出したらしいな」

「確か、鈴の呼吸でしたっけ」

 

音柱の宇髄天元が話題に挙げた、蝶屋敷襲撃の際権兵衛が編み出した新たな呼吸。どのような呼吸なのかはまだ把握してはいないが、彼と肩を並べた竃門隊士達の話を聞く限り強力な呼吸であるには間違いないらしい。

 

「鈴なんてあいつらしいじゃねぇか!なんか俺の音の呼吸と被ってる感じがしないでも無いけどよ」

「それより、権兵衛君の精神状態は大丈夫なんですか?隊士を二人、その、四肢を捥いで殺しているから…」

 

ニコニコと笑う宇髄とは裏腹に、甘露寺は心配そうな表情を浮かべる。

 

「心配でしたら、お見舞いにでも行ってあげて下さい。きっと彼も喜びますから」

「そ、そうね!顔を見るのが一番ね‼︎」

 

胡蝶の笑みに釣られ、甘露寺も笑みを浮かべる。「どれくらいお団子買って行こうかなぁ…」とすでにお土産を考え始める彼女に伊黒が頭を抱えつつも、会議はつつがなく進んでいく。

 

「–––さて、議題もそろそろ尽きてきたと思うので。ここで私から一つ提案があるんです」

 

粗方議題が終わった時点で、胡蝶が口を開く。

 

「提案?何かあるのか?」

「はい。蝶屋敷の防衛についてです」

「鴉の監視を増やして、藤の花のお香を増やすじゃ足りねぇのか?」

「蝶屋敷は多くの隊士の治療を行います。隊士を守るためにも、万全を期したいんです」

 

胡蝶が告げる言葉に全員が沈黙する。蝶屋敷は多くの隊士の命を救い、時たま柱も利用する程の重要な施設である。胡蝶の言い分が尤もであることは、この場にいる全員が理解していた

 

「それで、どんな案があるんだ?」

「不足の事態に対応出来、今回の様な強力な鬼に対処できる人員を蝶屋敷に常駐させるべきだと思います」

「ちょっと待て。それはもしかして、小屋内権兵衛を蝶屋敷に常駐させたいって事か?」

「はい」

 

不死川の言葉にしれっと頷く胡蝶。しかし、周りの柱の達の反応は先程とは打って変わって芳しくない。

 

「…階級が丁以上の隊士を四人、回し回し配備するのはどうだろうか」

「強力な鬼相手に数を用意しても意味がありません。ここは特記戦力である権兵衛君が適任かと」

「むぅ…」

 

岩柱の言葉をバッサリ切る。蝶屋敷の重要性を皆が理解しているからこそ、余り強く出られない。–––ただ一人を除いて。

 

「それは無理だろォ。どう考えたって」

「…不死川さん、どうしてそう思うんですか?」

 

馬鹿らしいと言わんばかりの彼に顔を顰める。

 

「ここ一年間であいつが殺した鬼の数は此処にいる全員が把握してるだろ?なら、あいつが今鬼殺隊でどんな立ち位置にいるか位わかるだろ」

「…むぅ、確かに」

 

不死川の言葉に煉獄が頷く。

 

「アイツに求められているのは遊撃だ。只でさえ新人が育たない現状で、なんとか古参だけで戦線を回せてるのは間違いなくアイツの戦果だからな」

「しかし、それは彼一人に負担を強いている事になります。それを強制するのは、余りに酷では?」

「そ、そうよね!権兵衛君一人に任せるのは酷いものね」

 

パチパチと火花が聞こえてきそうな程雰囲気が緊迫する。––––そんな中、今まで沈黙を守っていた一人の男が口を開く。

 

「権兵衛も人間だからな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

沈黙が続く。

伊黒が再び頭を抱え、甘露寺と煉獄が頭に疑問符を浮かべる。悲鳴嶼は沈黙し、まだ一言も発していない霞柱の時透無一郎もまた沈黙する。宇髄はプルプルと笑いを堪え、胡蝶と不死川の二人は額に青筋を浮かべる。

 

「–––––冨岡さん。嫌われているからって話し合いに水を差すのはやめて下さい。そういう所に水要素を期待していませんから」

「おい冨岡ァ!テメェが何言いたいのかさっぱりわかんねェからちゃんとまとめてから口を開けよォ‼︎」

「…………」

 

どこかしゅんとしてしまった冨岡に耐えきれず宇髄が爆笑する。

 

「冨岡、お前面白すぎだろ…‼︎」

「宇髄さん、今は笑っている場合じゃありません」

「そォだよ。良いから黙ってろ」

 

二人から睨まれると「ん?」と不思議そうな顔を浮かべる。

 

「なんだ、まだ下らない話をすんのか?」

「下らないって…」

 

苦言を呈す胡蝶に宇髄が返す。

 

「そりゃ下らないだろ。だって権兵衛だぞ?幾ら命令したって、自分が決めた事をやり遂げるのがアイツなんだよ」

 

正座を崩し、胡座をかく。

 

「まぁ、蝶屋敷を守るって案も、遊撃に専念するって考えもわかる。けどよ、それは多分権兵衛だってきっとわかってる」

 

「馬鹿だけどそういうところは目敏いからな、アイツ」と笑う宇髄に二人が毒気を抜かれる。

 

「…一度会議は此処で終了とする。改めて口にするが、今回は現役の隊士が裏切るという異常事態だ。一週間後、お館様を交えて再び会議を行うから、その時は全員出席するように」

 

悲鳴嶼のその言葉と共に会議が終わり、各々が席を立つ。その際最後まで残った冨岡に胡蝶がつんつんと突き、声をかける。

 

「冨岡さん、あれはどういう意味だったんですか?」

「……権兵衛だって人間だ。休息や帰る家は必要だろう、と言った」

 

やや拗ねた風に口にする冨岡に、胡蝶は嘆息する。

 

「ちゃんと全文を言ってもらわないとわかりませんよ…」

 

どこか抜けている水柱に遣る瀬無い気持ちになる蟲柱。どこか通例になりつつあるそれを最後に、本日の柱合会議は終了した–––––––。

 

 

 

 

 




小屋内権兵衛

水柱との会合で自身の型が本来の水の呼吸と離れていると薄々感付いていたが、夢の中で本来の鈴鳴り刀の使い方を思い出し、自身が使っていた水の呼吸は鈴の呼吸の前身だったのだと知る。
長期戦に優れた彼と血鬼術を弱める鈴の呼吸とは極めて相性が良く、これを師範は知っていたとされる。現在は重傷を負い、蝶屋敷に入院している。


鈴の呼吸 概略

大太刀「鈴鳴り刀」を使用する全集中の呼吸の一つ。鈴の持つ退魔の一面を強調した呼吸であり、型にはなんらかの神聖な一言が含まれる。突破力、瞬発力共に他の呼吸に一歩劣るが、数ある呼吸法の中で唯一血鬼術を弱める事が出来る。どうして弱める事が出来るのかは不明だが、鈴鳴り刀の製法は代々刀鍛冶の里に受け継がれている。小屋内権兵衛が使う鈴鳴り刀は刀鍛治の里の長である鉄地河原鉄珍作が若い時に打った刀であり、現在も彼が某日輪刀を研いでいる。


鈴の呼吸 壱の型 鳴き地蔵

鈴の呼吸の基本の型。肩に担いだ刀を袈裟懸けに振り下ろし、重厚感のある鈴の音を辺りに響かせる。水の呼吸改 飛沫・水面斬りの動きが含まれている。

同呼吸 肆の型 天上麒麟

空中で円を描くように刀を振るう型。軽やかな鈴の音と共に舞う姿が麒麟の所以とされている。水の呼吸弐の型改 横水車の系譜を辿っている。

同呼吸 伍の型 神楽舞・天女

地面を滑るように動き、上半身の動きのみで辺り一面に刃を振るう型。水の呼吸参の型 流流舞の動きと似ているが、鈴の呼吸特有の大太刀により広範囲への斬撃が可能となっている。

同呼吸 陸の型 暮れ破魔矢

鈴の呼吸の中で一番突破力に優れた型。重心の載った横方向への斬撃で鬼の首を飛ばす、水の呼吸肆の型改 荒波・打ち潮の系譜を引く技。鈴の呼吸の中で最も低い鈴の音を鳴らす事から「鈍鈴」とも言われる。

師範

小屋内権兵衛の育ての親にして育手。鈴の呼吸の会得の難しさから先に全ての基本になり得る水の呼吸を権兵衛に手解きした。しかし、随所に「改」として鈴の呼吸の動きが盛り込まれている事から、正確に言えば権兵衛が使っていた呼吸は水の呼吸では無い。

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