鬼殺隊一般隊員は鬼滅の夢を見るか?   作:あーけろん

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やっぱり柱の方々はカッコいい。

※下部に文字数についてのアンケートを設置しました。回答頂ければ幸いです。





鬼殺隊一般隊員は空を見上げる

–––––慣れた薬品の匂いが鼻に付き、朦朧としていた意識が徐々に覚醒する。

 

「ここは…」

 

薄っすらと入る光を頼りに瞼を開くと、正面に見慣れた木目の天井が視界に入る。軽く視界を左右に巡らせると、あたりに多くのベットが見受けられる事から、ここが蝶屋敷である事がわかる。

もっと情報を集める為に身体を起こそうとするが、その時に左脇腹に刺すような激痛が走り、思わず顔を顰める。

 

「…そう言えば、穴が空いているんだったな」

 

呼吸を整えて痛覚を鈍くすると、そのまま身体を起こす。視界が暗く、窓から月の光が差し込んでいる事から、今が夜である事がわかる。

 

「なんだか、半年前に戻ったみたいだな」

 

今から半年程前に、自分が此処に入院していた事を思い出す。あの時と同じ場所で寝かされているのは多分、気のせいでは無いのだろう。

 

「炭治郎君達は無事なんだろうか…」

 

肩を並べて戦った彼等を思う。しかし、彼等はすでに完治間際で病室を移された事を思い出し、此処にはいない事を悟る。

長い間使っていない筋肉で全集中の呼吸を使ったのだから、恐らく筋繊維が損傷している筈だ。大事に至ってなければ良いのだが…。

 

「…みんな寝ているか」

 

背を枕に預け、周りを見渡す。殆どの隊士が退院し任務に復帰した為か、この大部屋には殆ど人がいない。重傷を負っている隊士が何名か散見されるが、その全員が整った寝息を立て熟睡している。

 

「あれから、何日位経ったんだ…?」

 

今日が何日なのか聞こうにも、周りには起きている人が居ない為に聞くことが出来ない。情報を集める為に、ベットから這い出て病室の出入り口へと向かう。

どこかふらつく足元でヨロヨロと外に向かうと、その時に足音がこちらに向かっているのがわかる。

 

「あれは…」

 

やがて灯りを持って歩く人影が見え、薄目でそちらを見る。

 

「ご、権兵衛さん…?」

 

灯りに照らされているせいか、頰がいつもより赤く映えている彼女。神崎アオイさんが驚愕に目を見開いてる。傍目から見て、怪我を負っている様子もない––––––良かった、ちゃんと守れたようだ。

微かに震えている彼女を安心させるように笑みを浮かべ、口を開く。

 

「今晩は、アオイさん。今日は––––––」

 

自分の言葉は長く続かなかった。目元に浮かぶ、小さな光を見てしまったからだ。

 

「良かった…本当に良かった…」

 

どこか涙ぐんだ声に目を丸くする––––そんなに心配する事なんてないのに…。

 

「アオイさん?大丈夫ですよ、俺は」

「大丈夫じゃないです!私を庇って、あんな大怪我をしたのに…」

 

そう言って目を伏せる彼女に、困ったような笑みを浮かべる。

 

「気にしないでください。怪我をしたのは、自分の力不足の所為なんですから」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

––––––なにも考えずに放った言葉だった。それが、どれだけ彼女を傷付ける言葉とも知らずに。

 

「–––––なんですか、それ。貴方が怪我を負ったのは、自分のせいだって言うんですか」

 

目元に涙を浮かばせながら彼女が自分を見る。その顔は、今まで見た事がない程に怒っていた。

どうして彼女が怒っているのかも分からず、自分は言葉を続ける。

 

「だって、自分が強ければ怪我を負わずに済んで、アオイさんに気を使わせる事も無かったじゃないですか」

「っ、そんなわけ有りません!だって貴方は、私を庇って怪我をしたんですよ⁉︎」

「ですから、それは自分の力不足の所為なんですよ。決して、アオイさんが悪いわけではありません」

「っ……‼︎」

 

微かに震えながら口を開く彼女からは、様々な感情が蠢いている事がわかる。–––––しかし、その感情の波はやがて決壊した。

 

「貴方は‼︎どうして自分にそんなに無頓着なんですか‼︎」

「…アオイさん?」

 

いままで感じた事が無い雰囲気で怒るアオイさんに驚く。–––どうして、彼女は怒っているんだ?

 

「私が無警戒に彼処に向かわなければ、貴方はそんな怪我を負う事も無かったんです!それを、自分の力不足が原因?どれだけ自罰的になれば気が済むんですか⁉︎」

 

瞳から涙がポロポロ溢れ出し、感情のままに叫ぶ彼女に戸惑う。しかしそんな自分に構う事なく、彼女は続ける。

 

「どうして自分を大切にしないんですか⁉︎どこまでも自分を追い込む貴方を見ていると、こっちが辛くなるんですよ‼︎」

 

–––––けれど、彼女のそんな姿を見ていると、何故だが、心がとても痛くなる。左脇腹の痛みなんて霞んでしまう程に、彼女の叫びは痛かった。

 

「貴方はもう充分に自分を追い込んでいます!これ以上圧を掛けたら潰れてしまう程に、貴方は頑張っているんです‼︎なのに、これ以上自分を追い込んだら…!」

「アオイさん、アオイさん」

 

叫ぶ彼女の頰に掌を当て、顔を上げさせる––––そこには、涙を流して目元が腫れ上がってしまった顔があった。

 

「すいませんでした。自分が少し、無頓着すぎましたね」

「権兵衛、さん…」

 

未だに雫が落ち続ける彼女の目元に病人服の裾を当て、涙を拭う。

 

「ですけど、アオイさんが悪くないのは本当なんです」

「っ、どうして、ですか?」

 

粗方涙を拭い切ると、彼女から離れて微笑む。

 

「––––だって、自分には、アオイさんを見捨てると言う選択肢もあったんですから」

「そんな事、権兵衛さんがする筈がありません!」

「そうでしょうか?自分は、そんなに優しい人ではないですよ」

 

–––––だって、四肢を捥ぎ、目を潰すような、残虐な殺し方を取る者が優しい筈が無いのだから。

 

「アオイさんは、蝶屋敷に転がっていた二つの死体は見ましたか?」

「……はい」

「あんな事を平気でするのが自分なんです。ほら、優しい訳ないでしょう?」

「彼等は蝶屋敷襲撃に加担しました。権兵衛さんが悪い訳じゃ…」

 

自らを擁護してくれる彼女の言葉に微笑み、首を横に振るう。

 

「別に、殺すだけだったら首を伍の型で断ち切れば済む話だったんです。けど、自分はそうしなかった。敢えて、あの殺し方を取ったんです」

 

水の呼吸、伍の型 干天の慈雨。切った相手に痛みを感じさせる事なく首を断つ技。そんな技があったにも関わらず、自分はあの殺し方を選んだのだ。自らの、憎しみに身を任せて。

 

「だから、自分は決して優しい訳じゃないんです」

「…そんな」

 

また涙を溢れさせそうになる彼女に「けど」と言葉を続ける。

 

「そんな俺でも、貴方を守ろうと脚が勝手に動いたんです。–––それはきっと、アオイさんの事が大事だと思ったから」

 

灯りを持っていない彼女の左手を両手で握り、正面に持ち上げる。

 

「アオイさんの事を助けたい、そう自分が思ったから怪我をしたんです。ほら、別にアオイさんが悪い訳じゃないでしょう?」

「……無理がありませんか、その理論は」

 

どこか小馬鹿にしてくる口調に「そんな風に言わなくても…」と苦言を溢す。けれど、それを言った彼女の口元は笑っていた。

 

「…これ以上話していても、平行線で終わるのは間違いないですね」

「はい。俺は、絶対にアオイさんの事を悪いとは思いませんので」

 

自信満々に言い切ると、アオイさんが顔を覆って俯く。––––そんなに酷いか…。

 

「兎に角!貴方は必要以上に自分を追い込む癖があるんですから、少しは自分に楽をさせてあげて下さい!良いですね?」

「最大限努力はします」

「……まぁいいでしょう」

 

疑わしき目を向けた後、彼女が背を向ける。そのまま歩き去っていく彼女を見て、自分も病室に戻ろうと脚を運ぶ–––––その時、「権兵衛さん」と声がかけられる。

 

「言い忘れていた事がありました。–––––––助けてくれて、ありがとうございました」

 

「お休みなさい!」と言い残した後、ツカツカと向こうへ歩き去っていく彼女を見送る。耳が赤かった事には、触れないのが花だろう。

 

「さてと、もう一眠りしようかな」

 

気が強いのにとても優しい彼女に微笑み、自分の病室へと向かう。窓から見える月明かりを頼りに廊下を進むと、とある人影が月夜に見える。

 

「あれは……」

 

見知った顔の少年に笑みを浮かべ、口を開く。

 

「今晩は、炭治郎君」

「…今晩は、小屋内さん」

 

複雑な表情を浮かべ、どこか浮かない顔で通り過ぎる彼を見てとある事を思いつく。

そのまま歩き去って行く彼の後ろから「炭治郎君」と声をかけると、こちらに振り向く。

 

「今から夜のお茶会をするんだけど、一緒にどうかな?」

「…えっ?」

 

––––––今夜は長い夜になりそうだなと考え、自分は彼に笑いかけた。

 

 

 

 

 

 

 

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「今日は本当にいい月だね。炭治郎君」

 

ぷかぷかと空に大きな満月が浮かぶ夜。白の病人服を羽織り、縁台に腰掛ける。先の襲撃によって受けた傷跡が既に片付けられ、綺麗に元どおりになっている庭先を眺める。

そんな自分の隣には、同じ病人服を着た炭治郎君が茶色のお盆を挟んで座っている。

 

「あと、この事は内密に。部屋を抜け出したのがバレると、アオイさんに怒られるから」

「…わかりました」

 

こちらの言葉に、どこか複雑そうな表情を浮かべる。あまりにも正直なその姿に笑みが零れ、手に持っている饅頭を頬張る。

 

「炭治郎君も食べな、美味しい饅頭だよ」

「–––その前に、聞きたい事があるんです」

 

お盆に載せられた饅頭を勧めると、真っ直ぐな瞳で自分を見つめる。何が聞きたいのかは何となく理解しているが、念のためと思い口を開く。

 

「何かな?自分に答えられる範囲だったら、なんでも答えるよ」

 

そうやって笑いかけると、病人服を固く握り締め俯いて口を開く。

 

「どうして、あんな殺し方をしたんですか」

「…そっか。流石にわかるよね」

 

彼の言葉にバツが悪いような笑みを浮かべる。実直な彼の事だ、まず間違いなく聞いてくるとは思っていたが、ここまで真っ直ぐ聞いてくるとは思っていなかった。

 

「あれは、人の死に方じゃありませんでした。四肢を捥いで、目を潰すなんて…」

「そうだね。どちらかと言えば、あれは化け物の死に方だ」

「っ、幾ら化け物が相手でも、あんな殺し方は酷すぎますよ!」

 

声を荒げる彼に、口に指を当ててみせる。深夜にそんな大声を上げれば、誰かが起きてしまう恐れがあるからだ。

 

「す、すいません…」

「いや、良いよ。––––君は、本当に優しいんだね」

 

声を荒げた炭治郎君の頭に手を置く–––––前に、自分の手が血に塗れている事を悟って手を引く。

 

「権兵衛さんも、優しい人です」

「違うさ。優しい人って言うのは、無条件に優しさを振り撒ける人を言うんだよ」

 

手に持っていた食べかけの饅頭をお盆の上に置き、お茶を啜る。

 

「俺はそんなに出来た人間じゃない。人を喰う鬼は憎いし、人を殺す人も同じくらい憎い。奴らの様な害獣相手に、哀れみや悲しみを持つ事は出来ない」

「…だから、あんな殺し方をしたんですか」

 

寂しそうな表情を浮かべる彼に、あっけらかんと言い放つ。

 

「そうさ。酷かっただろう、アレは」

 

あの死体を想像したのだろう、少し顔を青くする彼に申し訳なくなる。–––今思えば、屋敷の中であんな殺し方をするべきではなかったな。

 

「…そんなに、憎かったんですか」

 

彼の言葉に気絶する前の景色が想起され、無意識に掌に力が篭る。

 

「––––蝶屋敷にいる隊士を皆殺しにすると彼等は言っていた。とてもじゃないけど、冷静じゃいられなかったよ」

 

自分の言葉に俯いてしまう炭治郎君。僅かに震えている事から、色んな感情が蠢いている事がわかる。

 

「–––炭治郎君は、目の前で人が死んでいくのを見た事はあるかい?」

「…あります」

 

苦虫を噛み潰したような顔で呟く。それを聞き、さらに言葉を重ねる。

 

「…それじゃあ、人間が人を殺すのを見た事は?」

 

ハッとなって顔を上げる彼に、静かに頷く。

 

「もしかして、小屋内さんは…」

「そうさ。–––俺は、何度も見てきた」

 

手に持っていたお茶をお盆に置き、ぼんやりと月を見上げる。空に浮かぶ綺麗な満月を見て、再び彼に向き直る。

 

「君はまだ見た事がないかもしれないけど、一般人の中には鬼と協力して悪事を働く者や、鬼を崇める奴らが現れる。定期的にね」

「そんな…!けど、鬼は人を喰うんじゃ…?」

 

悲痛な面持ちの彼に首を振るう。

 

「世の中は善人ばかりでもないし、正常な人ばかりでもない。山奥の山村とかに鬼が出ると、それを神と崇め始める場合もあったね」

 

特に外界と隔絶された閉鎖社会だと、そうなる傾向が強い。–––そうなった場合、もう手遅れになる。行き過ぎた信仰が狂気となって、不幸の温床となる前に、適切な処置が必要となる。

–––処置がどういう物なのかは、言わずもがなだろう。

 

「信じられません。鬼を、崇めるなんて…」

 

自分の言葉を正確に理解し、顔色を青くする彼に頷く。

 

「そう思うのが普通だよ。そうして、鬼に協力する人間は平気で人を、同族を殺す」

 

思い起こされるのは、始まりの鬼殺。鬼を神と崇めた彼等は、同じ人間である少女を生け贄として鬼に差し出した。自分と同じ人間を、だ。

 

「そんな人間達を何人も見ているとね、段々鬼と人間との違いがわからなくなってくるんだ。–––だから平然と、あんな風に人間を殺す事が出来るようになる」

 

四肢を捥ぎ、目を潰し、息の根を止めずに放置する。まともな精神をした人物ではできない芸当を、自分は息を吸うように実行した。良心のかけらも、咎めることも無く。

 

「良いかい、炭治郎君。言わなくとも分かるとは思うけれど、俺の行為を正しいと思ってはいけないよ」

「…えっ?」

 

自分の言葉に目を見開く。––––彼のような少年が自分と同じ人間になってしまえば最後、優しい人間が一人消えてしまうからだ。

 

「けど、結果として小屋内さんは、蝶屋敷を救いました。それは、躊躇い無く刀を振るったからじゃないんですか?」

「必要に迫られたからといって、簡単に人を殺す事ができるのは単なる人でなしだよ。それに、君の刀は人を殺すためのものじゃない」

 

微かに震える彼の手を握り、視線を合わせる。–––那田蜘蛛山で操られている隊士を相手に、自らが危険に晒されようとも、それでも彼らを生かそうと尽力していた彼は、間違いなく善人だ。

対する自分は、あくまでも救えると思ったから助けただけで、もし助けられないと判れば、最期は切って捨てた筈だ。そこが、自分と炭治郎君との明確な違いだろう。

 

「この手は、人を助けるための手だ。多くの人と手を結び、輪を作る手だ。俺の手とは、全く違う」

「そんな事ありません!小屋内さんの手も、多くの人を救う手です!輪を広げる手です…!」

 

彼の両手に自分の右手が包まれ、暖かな感覚が染み込んで行く––––人が良すぎる、この少年は。

 

「ありがとう。君がその優しさを、最後まで手放さない事を願うよ」

 

庭先を穏やかな風が吹く。彼の瞳から涙が溢れて縁台に落ち、黒い斑点を作る。

 

「–––いい月だね、炭治郎君」

「…はい」

 

二人で見上げる満月は、とても輝いて見えた。

 

 

 

 

 

 

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––––––どうして、こんなに悲しい匂いがするのだろうか。

 

隣に佇み静かに饅頭を頬張る彼、小屋内さんを見て思う。ぼんやりと月を見上げる彼を見ると、心が締め付けられる。

彼の身体からは、とても大きな悲しみの匂いがする。自分とそれほど変わらない背丈に、収まらない程の悲しみを背負っている。

 

「小屋内さんは、後悔した事はないんですか?」

 

だからだろうか、ついこんな事を口走ってしまったのは。

 

「人を殺したことをかい?」

「はい。だって、今の小屋内さんからは、とても悲しい匂いがします」

 

自分の問いに「悲しい匂い…そっか」と何かを考えた素振りを見せると、再び口を開く。

 

「まぁ、悲しんだ事はあるよ。どうして俺は、簡単に人を殺す事が出来るのだろう、ってね」

「それじゃあ…」

「けど、人を殺した事について後悔した事は一度もない」

 

そう言った彼の言葉には、言いようもない重さが含まれていた。

 

「それは、どうしてですか?」

 

間を置く事なく口を開く。

 

「自分が人に向けて刃を振るった事で、確実に救えた命があった。その命に報いる為に、背を向けない為に、絶対に後悔はしない–––絶対に」

 

噛みしめるように呟く–––その横顔から、とても強い決意を感じた。

 

「君も、妹を連れて鬼を狩る事を後悔した事はないだろう?それと同じさ」

「同じ…ですか?」

 

疑問符を浮かべる自分に「そうさ」と頷く。

 

「君が妹を背負う事を決めたように、俺はどんなに手を汚しても人を助けると決めたんだ」

 

「この手でね」と、そう言って掌を見つめる。–––計り知れない覚悟だ、とても、自分程度じゃその重さの一端ですら持てないと思うほどの覚悟。

 

「後悔は、自分の過去の行いを誤りだったと認める行為だ。俺は、今まで救ってきたであろう数少ない命を誤りだとは思いたくない」

 

すると、小屋内さんがこちらを見る。穏やかな黒い瞳が、自分の視線を掴んで離さない。

 

「君は、妹を連れてここまで来た事が間違いだったと、そう思えるかい?」

「いいえ、絶対に思えません」

「…だよね」

 

一瞬も間を開ける事なく言い切ると、はにかんだような笑みを向けられ、視線を外す。そのあと、目を伏せて頭を下げる。

 

「…すいません。不躾な質問をしてしまいました」

「謝る事じゃない。寧ろ、俺も再認識したよ」

「再認識、ですか?」

 

小屋内さんが空を見上げると、決心したように口を開く。

 

「俺は、これからも同じ様に進んでいける。何度この手で人を殺めても、それでも人を助けたいと走り続けるよ」

 

–––敵わないな、とつい思ってしまう。自分も彼の様に強く在れるのだろうかと、意味もない想像をしてしまう。

 

「…本当は、殺さずに助ける事が出来ればそれが一番なんだけどね。中々、上手くいかないもんだ」

 

寂しそうに笑ってから饅頭を頬張ると、「硬くなる前に食べた方が良いよ」と勧められたので、自分も饅頭を一つ取る。

 

「…小屋内さんは優しい人じゃなくて、強い人なんですね」

 

饅頭を一口頬張り、小豆の仄かな甘味を感じた後に呟く。すると、小屋内さんが目を丸くする。

 

「どうしたんだい、急に?」

 

キョトンとする彼に、なんて言葉を使うか少し考えた後に口を開く。

 

「その、なんというか、在り方が強いんだと思います」

「そんな事ないさ。在り方で言ったら、きっと君の方が強い」

「そう、でしょうか?」

 

どこか確信めいた口調に首を傾ける。

 

「そうだよ。………まぁ、隊士としては俺の方が強いけどね」

 

彼がおちゃらけた風に笑うと、一口で残った饅頭を食べ切る。

 

「もうすぐ機能回復訓練だっけ?」

「はい。アオイさんとカナヲさんが相手をしてくれるそうです」

「そっか…。本当は俺も参加したかったけどね」

 

そう言って左脇腹をさする権兵衛さん。上から分かるほどしっかり包帯が巻かれたそこは、つい二日前まで穴が開いていたのだ。

 

「傷の方は大丈夫なんですか?」

「うん。後五日もしたら日輪刀を素振れるようになるさ」

「…えっ?」

 

五日という短さに思わず素っ頓狂な声を上げてしまう。–––確か、拳大ほどの大きさの穴が開いていたはずなのだが…。

 

「い、五日でそこまで良くなるんですか?」

「全集中の呼吸で代謝と細胞を活性化させているからね」

「…呼吸って、そんな事が出来るんですね」

「他にも色々出来るよ?出血を止めたり、毒の回りを遅らせたりね」

「…凄い」

 

まざまざと実力差を見せつけられ、少し落ち込みそうになる。が、落ち込んでいる暇がない事は自分が一番わかっているため、心の中で自らを鼓舞する。

 

「もしよければ、その呼吸法を教えてくれませんか?」

「勿論。怪我が治ったら必ず教えるよ」

「はい!」

 

–––そこで、ある違和感を覚える。

 

「あれ?どうして怪我が治ったらなんですか?」

「だって、実際に傷を付けないとわからないじゃないか」

「……はい?」

 

どこか物騒な事を言い始める小屋内さんに震える。まるで言っている事がわからないと言わんばかりの彼に、益々震えが強まる。

 

「止血の呼吸は実際に怪我をして覚えるし、解毒の呼吸は毒を吸って覚える。それを実践させる為には、俺が炭治郎君に怪我をさせないといけないだろ?」

「あの、もっと穏便に習得する方法は……」

「炭治郎君。君に良い言葉を教えてあげよう」

 

今まで見た小屋内さんの表情の中で一番イイ笑顔を浮かべる。

 

「『痛くなければ覚えませぬ』…至言だと思わないかい?」

「あ、あははは…」

 

なんて返そうか考えたが、なんと返しても藪蛇だと考え至り、苦笑いを浮かべた後に饅頭を頬張る。––––何故だが、さっきより苦く感じた。

 

「––––––冗談だよ。ちゃんと穏便に習得できる方法があるから、それで教えよう」

「…心臓に悪いですよ」

「あはは、ごめんね」

 

やや憎たらしい視線を向けるとさっぱりした様子で笑い、彼が縁台から席を立つ。–––彼からは嘘の匂いがしなかったから、おそらく本気だったのだろう。

 

「そろそろ夜も遅い。お茶会はここまでにしようか」

「わかりました。お盆は俺が下げて置きますね」

「悪いね、ありがとう」

「いいえ、これくらいは」

 

自分も饅頭を食べ切り、お盆を持って席を立つ。

 

「それじゃあおやすみ、炭治郎君」

「お休みなさい、小屋内さん」

 

そう言って別れようとすると「ちょっと待って」と呼び止められる。「はい?」と振り返ると、そこには微笑んでいる彼の姿があった。

 

「権兵衛、で良いよ。そんなに年が離れている訳じゃないし、もう知らない仲じゃないだろう?」

 

そう言って笑う彼を見ると、不思議と自分も笑ってしまう。

 

「はい!…それじゃあ権兵衛さん、お休みなさい!」

「うん、お休み。良い夜を」

 

その言葉を皮切りに、互いに別方向に向かう。板張りの廊下を歩きながら外を見ると、先ほどと変わらない月がそこにある。

 

「明日からの訓練、頑張るぞ!」

 

それを見た後、人知れず気合を入れる。静かに輝く月を背に、自分は縁台を後にした–––––––。

 

 

 

 

 

 

 

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「権兵衛さん!お部屋に戻って下さい!」

「そうですよ!お身体に障りますって!」

「傷口が開いちゃいますよ〜!」

 

穏やかな日差しが差し込む蝶屋敷の廊下。そこには、いつもとはちょっと違う光景が繰り広げられていた。

 

「いやいや。これくらい大丈夫だよ」

 

白の病人服を着込み、上から穴が空いた藍色の羽織を羽織った少年、小屋内権兵衛が腕いっぱいに洗濯物を抱えて廊下を歩いている。対するすみ、きよ、なほの蝶屋敷三人娘は彼の前に立ち塞がり、両手を広げて通せんぼをしている。

 

「ついさっきまで寝ていたんですから、まだ休んでいないと不味いですよ〜!」

「二日も寝たんだからもう平気さ。だから通して欲しいんだけど…」

「絶対に通しません!さぁ、洗濯物を私たちに預けて下さい!」

 

先程から同じ押し問答が繰り返され、権兵衛はほとほと困り果てているような表情を浮かべる。

 

「とは言っても、寝ているのも暇だし…」

「暇していて下さい!ただでさえ権兵衛さんは蝶屋敷を守る為に怪我をしたんですから、そんな貴方に家事をさせるわけには行きません!」

「そんなぁ…」

 

いよいよ強行突破してしまうか、なんて権兵衛が考え始めると、彼の背後から足音が響く。その瞬間、権兵衛の顔が強張る。

 

「–––––一体、なんの騒ぎでしょうか」

 

鈴のような綺麗な声とともに、可憐な女性が姿を現わす。紫色の蝶を模した髪飾りをつけ、ニコニコと笑う彼女、胡蝶しのぶである。

 

「しのぶ様!」

「聞いてください!権兵衛さんが…!」

 

三人娘がわらわらとしのぶの所へ集まり、涙ながらに権兵衛の悪事を吐露する。対する権兵衛は通せんぼが消えたのをいいことに、そのまま庭先にある物干し台へと向かう–––前に、ひとりの少女が立ちふさがる。

 

「貴方は一体…何をしているんですか!」

「あ、アオイさん…」

 

アオイと呼ばれた少女は、二つに纏められた髪がゆらゆらと蠢き、怒髪天を突く雰囲気を醸し出している。そのあまりの気迫に、権兵衛はたちまちたじろいでしまう。

 

「病室から突然いなくなったと思えば、洗濯物を干しに庭先に向かうなんて何を考えているんですか!傷口が開いたら危ないんですよ‼︎」

「傷口なら大丈夫ですよ。たかが拳大程度の穴が空いてるだけです」

「それは世間一般だと大怪我って言うんです!良いから貸して下さい!」

 

「あっ」と名残惜しそうな声と共に洗濯物が権兵衛の手からアオイの手に渡る。「全く…」と呆れた声を隠しもせずに呟くと、そのままテキパキと庭先に向かってしまった。

 

「それじゃあ俺も手伝おう……」

「権兵衛君?」

 

穏やかな口調に、どこか凄みを感じながら振り向く。そこには、何か得体の知れない液体が入った試験管を持ち、可愛らしい笑みを浮かべた胡蝶しのぶの姿があった。

 

「お薬、欲しいですか?」

「いえ、遠慮しておきます」

「だったらどうすればいいか……わかりますよね?」

「…はい」

 

しゅんとした様子で頷く彼にしのぶがため息を零す。

 

「次やったら問答無用で薬を飲んで貰いますからね」

「以後気をつけます…」

「よろしい……それより、そんなに暇なんですか?」

「寝ているのはあまり性に合わなくて…」

 

頰を掻いて目を伏せる彼にしのぶが笑いかける。

 

「でしたら、私と少しお話しませんか?」

「お話、ですか?」

 

首を傾ける権兵衛に「はい」と頷く。

 

「丁度美味しい団子があるんです。良かったら如何ですか?」

「良いんですか?それだったら、他の人も…」

「少し込み入った話になりますから、出来れば2人きりが良いですね」

 

少し考え込む権兵衛…しかし、美味しい団子という言葉に惹かれて容易く頷く。

 

「わかりました。自分で良ければお付き合いします」

「ありがとうございます。それじゃあ行きましょうか」

 

なほ達に「後はお願いしますね?」と伝えると二人並んで廊下を歩く。

 

「怪我の具合は如何ですか?かなりの重傷だったと思いますけど」

「問題ありません。後五、六日もすれば戦線に復帰出来そうです」

「……無理していませんか?」

 

左脇腹を穿いた大穴。只人であれば二月程の療養が必要になる大怪我だが、それをたった一週間足らずで戦線に戻れると権兵衛は言い放つ。決して気負っていないその口調から、それが真実であるという事がわかる。

 

「いいえ?別に大丈夫ですよ」

「………そうですか」

 

しのぶの心配そうな声色になんて事無いように笑う。その姿に口を閉ざすしのぶの後に続き、権兵衛は蝶屋敷に置かれた客室に辿り着く。

 

「楽にして待っていて下さい。今お茶とお団子を持ってきます」

「それくらい自分が…」

「私が誘ったんですから、ゆっくりしていて下さい」

 

「あなたは怪我人なんですから」との言葉に閉口する権兵衛。素直な態度に笑みを零すと、客室からしのぶから離れる。

一人ポツンと取り残された権兵衛は辺りをキョロキョロと見回し、やがて飽きたのか瞳を閉じる。すると、静かな呼吸音が客室に響き始める。

緩やかな、大きくて静かな呼吸音が三度響くと、権兵衛が瞳を開いて呼吸を元に戻す。

 

「……良かった。忘れてないようだ」

 

–––––全集中、鈴の呼吸。先の蝶屋敷襲撃の際に権兵衛が習得、思い出した呼吸法。その感覚が未だ体に残っている事に安堵し、ふぅと息を吐く。

 

「師範は、どうして教えてくれなかったのだろう…」

 

自身の呼吸法が鈴の呼吸に通ずるものだと、権兵衛の師範は一度だって言った事が無かった。事前に伝えてくれれば、もっと早く使えていたかも知れないなんて、思っても仕方ない想像が彼の頭を過る。

 

「おまたせしました……何かしていましたか?」

 

そんな事を考えていると、お盆にお団子とお茶を載せたしのぶが客室に入ってきた。権兵衛はしのぶの姿を見て思考を切り替えると、彼女に笑いかける。

 

「いいえ、特になにも」

 

そんな権兵衛の様子に小首を傾げるが、やがて些事だと思い彼の正面にお盆を置き、自らも座る。しのぶと権兵衛の視線が一瞬交わるが、それはしのぶが頭を下げた事で途切れる。

 

「改めて、蝶屋敷を守ってくれた事、本当にありがとうございました」

 

深々と頭を下げる彼女に、権兵衛も同じように頭を下げる。

 

「どうか気にしないで下さい、しのぶさん。俺も、ここを守れて心から良かったと思っているんですから」

「…相変わらずですね、君は」

 

ある種予想通りの言葉を放つ権兵衛に微笑むと、「固くならないうちにどうぞ?」とお盆に乗せられているお団子を勧める。

 

「頂きます」

 

白いお皿に乗せられたみたらし団子を一串手に取り、一つを頬張る。その瞬間ホワホワとした雰囲気が客室に広がり、ニコニコと権兵衛が笑う。

 

「懐かしいです。しのぶさんと一緒に食べた茶屋のお団子ですね」

「流石、よく分かりましたね」

「あそこのお団子はとても美味しかったですから」

 

もきゅもきゅと瞬く間に団子を一串平らげる権兵衛に、湯呑みに注いだお茶を差し出す。権兵衛は「ありがとうございます」とそれを受け取ると一口啜り、白い息を吐く。

 

「本当に美味しそうに食べますね」

「好物ですから」

 

どこか自慢気な権兵衛に笑うしのぶも湯呑みに口を付ける。

 

「––––それで、話というのは?」

 

ある程度お団子も減り、お茶を啜る権兵衛が切り出す。

 

「別に、そんなに難しい話では無いですよ。権兵衛君、貴方の今後についてです」

「自分の今後について、ですか?」

 

小首を傾げる彼に「はい」と言葉を続ける。

 

「もうすぐ那田蜘蛛山での傷病人が全員退院します。そうなると、貴方の懲罰も終わります」

「そうですか。それは、少し寂しくなりますね」

「本題はここからです。権兵衛君、貴方はここを出た後、前と同じような生活を送る気ですか?」

 

前と同じような生活。それはつまり、不眠不休による鬼殺に他ならない。当然それを理解している権兵衛は持っていた湯呑みをお盆に置き、瞳を閉じる。

 

「–––––えぇ」

 

僅かな沈黙の後、瞳を開いて口を開く。開かれたその瞳は、とても黒かった。

 

「正気ですか?あんな生活を続ければ、いつか死んでしまいますよ」

 

敢えて強い口調で問い詰めるしのぶ。けれど、権兵衛はそれに笑って答える。

 

「そうかも知れません。ですけど、立ち止まっている訳にはいかないんです」

「–––––もし貴方が蝶屋敷に必要だと言った場合は、どうですか?」

 

しのぶの声に疑問の声を上げる。

 

「蝶屋敷に自分が必要…?」

「はい。先の蝶屋敷襲撃の時、現役の隊士が裏切ったのは当然知っていますね」

「…えぇ。自分が手にかけましたから」

 

変わらない権兵衛の口調に、少しの罪悪感を覚えながらしのぶが続ける。

 

「その事実を受けて、柱合会議で隊士への監視の強化が決定しました。しかし、それだけでは不十分だと私は考えています。特に多くの隊士が出入りするここは、全ての隊士に目を光らせる事は不可能と言っていいでしょう」

「…つまり?」

「襲われる事を前提に動かなければならない、という事です」

 

しのぶの言葉に権兵衛が返す。

 

「蝶屋敷には、すでに蟲柱のしのぶさんと継子のカナヲさんが居ます。十分な戦力だと思いますが…」

「けれど、今回は留守を襲われました。今回のように、二人が同時に屋敷を空ける事は別に珍しくないですから、いつでも動ける人材が欲しいんです」

「…成る程。理に適っていますね」

 

胡蝶しのぶは現役の蟲柱。その継子であるカナヲもまた隠の隊長である事から、その任務内容は激務だろう。そう考えて権兵衛は唸る。

 

「そこで権兵衛君、私としては貴方に留守の間を守って欲しいんです」

 

「どうですか?」と尋ねるしのぶに、権兵衛は少なくない時間を思考に費やす。時折「うーん」となれない頭を使う程に悩む権兵衛––––––しかし、やがて結論を出したのか正面に向き直る。

 

「申し訳ありません。それを受ける事は、自分には出来ません」

 

––––その時、部屋の雰囲気が変わった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

____________________

 

 

 

 

 

 

 

 

「–––––何か、理由があるんですか?」

 

浮かべている笑みは同じだが、視線が一気に冷たくなったしのぶさんに困ったような笑みを浮かべる。–––––先の提案は、おそらく自分を気遣ってのものだったのだろう。彼女の様子から簡単に想像できる。

こちらに気を使ってくれた彼女にこれ以上言葉を続けるのは良心が痛むが、その痛みを無視して口を開く。

 

「はい。まず蝶屋敷の防衛についてですが、それについては自分よりも適役が居ます」

「…それは?」

「炭治郎君達です。彼等とは一度肩を並べて戦いましたが、あれは伸びます。護衛に回すなら彼等が適役でしょう」

「理解できません。あの三人が、貴方よりも強いと?」

「いいえ、今はまだあの三人を相手にしても自分が勝ちます」

「なら–––––」

「ですけど、それはあくまでも今の話です」

 

口を閉ざすしのぶさんに、言葉を続ける。––––ここで素直に蝶屋敷に残ると言えばおそらく事は丸く収まるのだろうが、蝶屋敷の事を考えるのであればそれが得策でない事は明らかだ。

 

「そもそも、屋敷の防衛を考えるのであれば一人よりも三人の方が効果的です。彼等の連携は特出しているものがありますから、守る事にはうってつけだと思いますよ」

「…例え彼等が貴方の通りに育ったとしても、それまでの間は誰が蝶屋敷を守るんですか?」

「しのぶさんが守ればいいと思います」

「私は現役の柱です。受け持っている担当区域があるのですから–––––––まさか」

 

自分が言いたい事に気がついたのだろう。ハッとした表情を浮かべるしのぶさんに言葉を続ける。

 

「はい––––––彼等が育つまでの間、自分がしのぶさんの区域を担当します」

「っ……⁉︎」

 

しのぶさんが立ち上がり、目を見開く。––––結局の所、多分これが最善なんだと自分は思う。

 

「貴方は…そこまでして…!」

「…これが一番、合理的かと。しのぶさん本人が、ここを守るべきだと思います。だって貴女が、ここの主人なんだから」

「–––蝶屋敷は、気に入りませんでしたか?」

 

微かに震えるしのぶさんに首を振るう。

 

「正直な話、ずっと居たいと思うほど居心地の良い所です」

「なら…」

「だからこそダメなんですよ。ここは、自分が長居して良い場所じゃありません」

 

はっきりと断じる。

 

「しのぶさんだって見たんでしょう?庭先に転がる、二つの死体を」

「…えぇ」

「憎しみに任せてあんな事が出来る奴なんですよ、俺は。そんな奴に、気を使う必要はありません」

 

「もちろん気を使ってくれるのは嬉しいですけど」と口を閉ざす。

 

「だからどうしたというんですか。貴方は貴方の考えに基づく『鬼』を殺したに過ぎません」

「それはあくまでも自分の考えですよ。客観的に見れば、自分は感情のままに人を二人解体した異常者です」

「……その考えは嫌いです。二度と口にしないで下さい」

 

気分が悪そうな表情を浮かべるしのぶさんに「すいません」と頭を下げる。

 

「…どうしても、先の生活に戻りたいんですね?」

 

しのぶさんの問いに、心の奥底にある思いに蓋をして、口を開く。

 

「はい。…立ち止まるのは、性に合いませんから」

「わかりました。なら、この話はここまでにしましょう」

 

「少し用事を思い出しました。外に出ているので、権兵衛君は安静にしていて下さいね」と部屋から出て行くしのぶさんを見て、ふぅと息を吐く。

 

「…我ながら、なんて馬鹿なんだろうな」

 

たった一言「是非、よろしくお願いします」と伝えるだけで、ここの微睡みのような生活を続ける事が出来たのに、自分は敢えてそれを手放した。全く合理的とは思えない判断をした事実に、思わず顔を掌で覆う。

 

「けど、それが一番良いのは間違いないよな…」

 

やがて顔を戻し、少し冷めた湯呑みを手に取る。

蝶屋敷に滞在しながらでは、どうしても行動範囲に制限が付いてしまう。自身が今鬼殺隊でどういう立ち位置にいるのかは重々承知している為、この生活が続く事が、鬼殺隊全体にとって良くない事はわかっていた。

 

「…さてと、硬くなる前にお団子を食べちゃうか」

 

なるべく早くここを出よう、そう決意して目の前の団子を手に取る––––––前に、目の前からお団子が載せられた白い皿が消える。

 

「あれ?お団子は…?」

「ここだよ、大馬鹿野郎」

 

ゴンッと鈍い音と共に頭蓋に拳のような硬いものが突き刺さる。どこか懐かしいその痛みに涙目になりながら背後を見ると、そこには予想通りの人物がお団子を持って立っていた

 

「な、何をするんですか、宇髄さん⁉︎」

 

輝石を嵌めたバンダナを付け笑顔を見せる彼に、俺は堪らずそう叫んだ。

 

「何をすんだ、じゃねぇよ。何胡蝶の誘いを断ってるんだよ、お前馬鹿か?」

「馬鹿って…俺には俺の考えがあるんですよ!」

「お前の考えってあれだろ?どうせ「自分のような人でなしはここにいちゃいけないー」みたいな奴だろ?」

 

「あーヤダヤダ。青臭くて涙が出るね」と小馬鹿にしてくる宇髄さんに多少イラつきながらも、一度落ち着いて笑みを浮かべる–––––多少引きつっているかも知れないが、多分気のせいだ。

 

「大体なんですか、不法侵入ですか?現役の柱があまり関心しませんね」

「俺は今日あいつに用事があったんだよ」

「用事?例えば?」

「嫁のすまが転んで腰を打ってな、その張り薬を貰いに来たんだよ」

「…あ〜」

 

なんとなく予想できる絵面に納得する。–––––成る程、たしかにそれはあり得る話だ…。

 

「で、胡蝶を探してここをうろついてたら、青臭い奴のアホみたいな言動を聞いたってわけだ」

「…それはどうも。生憎ですけどしのぶさんはここには居ませんよ。さっき出て行きましたから」

「おう、知ってる。んで、その時去り際に張り薬はもらった」

 

そう言って紙袋を見せてくる。それを見て思わず脱力する。

 

「じゃあなんでここに居るんですか…」

「お前の様子を見に来たんだよ。––––今ならまだ間に合うぞ?」

 

何が間に合うのか、とは聞かなかった。

 

「…こっ酷く言いましたから、今更訂正できませんよ。それに、後悔は少ししかしていませんから」

「少しは後悔してるのな」

「そこに突っ込まないで下さい。俺だって、ここに居たい気持ちはあるんですから」

「なら居りゃ良いじゃねぇか。絶好の誘いだったろ、今のは」

 

そういう宇髄さんに首を振るう。

 

「人を助ける場所に、人でなしは不要でしょう。傷が治り次第、ここを出て行きますよ」

「…そうかい。まぁ、それがお前の考えなら俺は止めねぇよ」

 

宇髄さんが客室から出て行くのを見送る–––––その時「権兵衛」と短く呼ばれる。

 

「まだ何か?」

「お前は鬼殺隊の隊員だよな?」

「…そうですけど?」

 

要領を得ない言葉に首を傾けるが、一応頷く。「そうか」と小さく呟くと宇髄さんはそのまま部屋から出て行った。

 

「…何だったんだ?」

 

意味深な言葉と共に消えた宇髄さんに思いをはせる–––––そのあと、「あっ」と、間の抜けた言葉と共にある重要な事を思い出す。

 

「お団子、返してもらうのを忘れた……」

 

まだ半分程度しか食べていなかったお団子が消えた事に静かに涙し、冷めたお茶を啜った–––––––––。

 

 

 

 

 

_________________________

 

 

 

 

 

–––––––四日後。

 

穏やかな日差しが肌を差す日中に、その知らせは唐突に届けられた。

 

「カァー!伝令!伝令!」

「お、久し振りだな鴉。元気にしてたか?」

 

窓から突如現れた鴉が肩に乗り「伝令!伝令!」と叫ぶ。そんな鴉の羽を二、三度撫でると、正面に持ってくる。

 

「それで、内容は?」

「小屋内権兵衛!二日後ニ行ワレル柱合会議ヘノ出頭ヲ命ズル‼︎」

「柱合会議に出頭?俺が?」

「カァー‼︎」

 

コクコクと頷く鴉を見て疑問符を浮かべる。最近は特になにか、それこそ柱合会議に呼ばれるような事をした覚えがないのだ。

 

「どうして俺が呼ばれたかはわかるかい?」

「蝶屋敷襲撃ノ詳細ノ報告!」

「あぁ、成る程ね」

 

些か以上に特殊さを帯びた今回の襲撃。その仔細を直接聞き、今後の対応に役立てる腹積もりなのだろう、そう考えて一人納得する。

 

「わかったよ。それでついでなんだけど、それまでに鬼の出現情報をまとめて置いて欲しい」

「………」

「鴉?」

 

本部に帰るついでに鬼の出現情報が欲しい、そう考えての言葉だったのだが…。

 

「………カァー‼︎」

「ちょ、鴉⁉︎何処に行くんだよ⁉︎」

 

なにも返事をすることなくその場から飛び立つ鴉を呼び止めるが、こちらの言葉などどこ吹く風で視界から消える。どこか冷たげな感じに頭を悩ませるが、どうせいつもの事だろうと割り切る。–––––それよりも、可及的速やかに対応しなければならない事態があるからだ。

 

「…おーい、すみちゃん達ー?」

 

病室から三人娘に声をかける。すると、顔半分だけを入り口から見せる三人が現れる。その顔はむー、とむくれており、とても不機嫌な事がわかる。

 

「そろそろ機嫌を直して欲しいな、なんて……」

「むー!」

 

一言こちらを威嚇すると、視界の外に引っ込んでしまう三人に溜息を吐く。––––三日前の昼過ぎからずっとこんな調子で、正直参っているのだ。

彼女らに特に何かしたわけでもないのにあんな状態になってしまい、途方に暮れているのが現状だ。しかし、あの三人はまだ可愛い方だ。

 

「–––お水を持ってきましたよ」

 

触れるな、とでも言いたげな冷たい雰囲気を纏う彼女、アオイさんが水差しを持って傍に置いてくれる。

 

「あ、アオイさん。ありがとうございます」

「………」

 

それを置くと無言で部屋から立ち去る彼女に何か声を掛けようと手を伸ばすが、何も話題が浮かんでこずに手を引っ込める。

 

「…一体、なんだって言うんだ」

 

突如豹変してしまった彼女達に頭を悩ませるが、結局答えが浮かんでこずに枕に頭を埋める。そのままぼんやり病室の出入り口を見ていると、見慣れた三人組の姿が見えた。

 

「おーい、炭治郎君達ー」

「あっ、権兵衛さん!怪我の調子は–––––」

「あぁー!そういえばこれから機能回復訓練なんです!すいません権兵衛さん!一回失礼しますー‼︎」

 

額に痣のある少年、竃門炭治郎君に髪を金色に染めた我妻善逸君、頭に猪の被り物をした嘴平伊之助君に声をかける。すると笑顔で炭治郎君がこちらに寄ってきてくれるが、善逸君に引っ張られてその場から立ち去ってしまう。

突然の流れに思わず呆然としてしまうが、今回のような事が此処三日間で数える程度にはあったのですぐに目を覚ます。

 

「炭治郎君に呼吸を教えてあげられてないのに…」

 

なんとなく避けられている、そんな風に覚えつつ布団に潜り込む。

 

「…寝るか」

 

やる事が消えてしまった今、大人しく瞳を閉じて思考を落とす。柔らかいベットは自分のささやかな悩みを優しく包み込み、そのまま眠りに落ちていった–––––。

 

 

 

 

 

 

_________________________

 

 

 

 

 

 

「…なぁ善逸。さっきのは不味かったんじゃないか?」

「……やっぱり?」

 

板張りの廊下を歩いていると、ふと炭治郎から声が出てかけられる。–––やっぱり、さっきのは不味かったよな…?

 

「権兵衛さん、とっても寂しそうな匂いをしてたぞ。流石に可哀想じゃないか?」

「俺もそう思うよぉ…けどさぁ」

 

そう言って、廊下を歩いていく髪を二つに纏めた少女、神崎アオイさんを見る。––––やっぱり、めちゃくちゃ怒っている音がする…!

 

「炭治郎もわかるだろ?なんか屋敷の人達がみんな怒ってる事がさ」

「まぁ、それは…」

「怒ってるからなんだってんだ?別に放っておけば良いだろ?」

 

伊之助の言葉に首を振るう。

つい三日程前から、なんだか屋敷で働いている人達から怒っている音が聞こえるのだ。それも、とてもつもない怒りだ。とても饅頭を盗み食いした程度で怒るほどではない。

 

「そういう訳にもいかないだろ?なんとなく、権兵衛さんに怒っているのはわかるけどさ…」

 

どことなく権兵衛さんに向ける視線が厳しい事から、今はあの人から距離を置いている。もし関わって藪蛇を喰らうことはなんとしても避けたいからだ。

 

「そろそろ権兵衛さんから止血の呼吸法を教わりたいんだけど…」

「もう少し時間を置いてからにしようぜ?なんだか今はピリピリしているしさ」

「うーん、そうかな…」

 

俺も権兵衛さんからお団子とかご馳走して欲しいけれど、もし関わって女の子に怒られたら俺は泣く。

 

「…ほんと、何があったんだろうな」

「何かありましたか?」

「ヒエッ!いえ何も!」

「何もないなら廊下に立たないで下さい!ほかの人に迷惑になりますから!」

 

そうやって三人で考えていると、背後からアオイさんに怒られる。とっさに道を開ける–––––その時、炭治郎が「すいません!」と声を掛ける……ってまじか⁉︎

 

「ちょ、炭治郎さん⁉︎」

「アオイさんは一体何に怒っているんですか⁉︎」

「おいぃぃぃぃぃぃ⁉︎何言っちゃってるんですかねぇぇぇ⁉︎」

 

アオイさんに質問する炭治郎に飛びつき、口元を押さえつける。

 

「少しは空気を読むってことを覚えようよ!何自分から藪蛇に突っ込んでいってるのさ⁉︎」

「け、けど………」

「–––––そんなに、怒っている風に見えますか?」

 

炭治郎ともみ合いをしていると、ふとそんな言葉がかけられる––––あれ?なんだか…。

 

「は、はい。とっても怒っている風に見えました」

「そう、ですか……」

 

やがて何かを考え出した彼女は少し暗い顔になる。しかし、それも一瞬で、すぐにキツイ目をこちらに向ける。

 

「貴方達には関係ありません!さぁ、用がないなら早く病室に戻って下さい‼︎」

「あぁん⁉︎テメェ俺に指図すんのか⁉︎」

「落ち着くんだ伊之助!ほら、早く行こう!」

「そうだよ!あー!今日も疲れたなー!」

 

暴れる伊之助を炭治郎と二人で押さえつけて連行し、その場を後にする––––––––その時、アオイさんが言ったであろう独り言が耳に残った。

 

「…馬鹿」

 

声色ともに響く鈴の音色は、とても寂しそうな音だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

__________________

 

 

 

 

 

 

 

 

 

白の病人服から小豆色の隊服に着替えて、上に藍色の羽織を羽織る。背中に大太刀、鈴鳴り刀を紐で吊り下げる。懐には水色の短刀をしまい込み、肩には茶渋色の雑嚢を掛ける。

 

「––––––––行こうか」

 

身につけている備品の確認を全て完了し、蝶屋敷の病室を後にする。

自身が持ってきた手荷物は全て肩にある雑嚢に押し込み、本部からそのまま鬼を殺しに行けるように態勢を整えている。

 

「…怪我は治ってないけど、これ以上ここには居られないな」

 

どこか雰囲気が悪くなってしまったここに、原因である自分は長居するべきではない。本当に何かした覚えはないのだが、おそらく自分が原因だろうとはなんとなくわかっていた。

 

「権兵衛さん!」

 

板張りの廊下を歩いていると、背後から明るい声色が聞こえる。振り向くと、そこには病人服を着た炭治郎君の姿があった。

 

「もう行くんですか?」

「うん。結局、止血の呼吸は教えることが出来なかったね」

「気にしないで下さい。機能回復訓練が思ったよりキツくて、余裕が無かった自分が悪いんですから」

 

約束を違える事になってしまった彼に頭を下げると、炭治郎君は笑って首を振るう。

 

「落ち着いたら鴉を伝ってやり方を教えるよ。半分独学で覚える事になるけど、大丈夫かい?」

「大丈夫です!–––本当に、色々とありがとうございました!」

 

頭を下げる彼の肩に置き、二度優しく叩く。

 

「君の道行きに、幸運がある事を」

「小屋内さんも、どうかご無事で‼︎」

 

二人笑いあってから彼と別れ、長い廊下を歩いて蝶屋敷の玄関に辿り着く。そこには、すでに二人の隠が頭を下げて待機していた。

 

「産屋敷への道先案内人を任された隠です。小屋内様、よろしくお願い致します」

「そんなにかしこまらないで下さい。こちらこそ、よろしくお願い致します」

 

「荷物はこちらに」と手を出す片方に荷物を預けてから玄関から外に出る。

 

「随分大荷物ですね?今回は質疑応答だけだと聞いていますが…」

「中に資料が入ってるんです。日輪刀は一応の護身用ですね」

「は、はぁ…」

 

困惑する隠を余所目に照りつける太陽に少し目を細めると、玄関先にアオイさんを見つける。

 

「…アオイさん」

「出発ですか、権兵衛さん」

 

ぶっきらぼうに口を開く彼女にどこか寂しさを感じるが、悟らせないように笑みを浮かべる。

 

「はい。少し出て来ます」

「…今日は甘露寺様がお見えになるそうです。夕食は腕によりをかけて作りますから、なるべく早く帰ってきてくださいね」

「はい、ありがとうございます」

「私は機能回復訓練があるので、それでは」

「頑張って下さい、アオイさん」

 

テキパキと屋敷の中に入っていったアオイさんを見送った後、頭を下げる。

 

「小屋内様、そろそろ」

「はい、それじゃあよろしくお願いします」

 

最後に蝶屋敷に頭を下げた後、目元に黒の手拭いが当てられ、視界が遮られる。

 

「それではこのまま本部までお送り致します。短い間となりますが、よろしくお願いします」

「はい。よろしくお願いします」

 

視界が遮られたまま、自分は産屋敷へと向かう。頰を撫でる暖かな風にどこか寂しさを感じながら、自分は蝶屋敷を後にした–––––––––。

 

 

 

 

 

 

__________________

 

 

 

 

 

 

「階級甲、小屋内権兵衛入りま……」

 

荘厳な襖を開け、一際大きな客間に出る。そこにはお館様を真ん中に横に柱の方々が佇んでいる。柱合会議には初めて招集された身であるからこういう物なのか、と庶民じみた事を考える。が、何かその雰囲気が変だ。

 

「………」

「………」

「………」

 

全員が沈黙している、そこまでは良い。厳粛な会議の場だ、騒がしかったらそれこそ問題になる–––––しかし、ここまで敵意ある視線がこちらに向けられているのはどう言う事なのだろうか。

お館様はどこか悲しそうに目を伏せて、不死川さんについては目だけで鬼が殺せそうな眼光を自分に向けて放っている。

よくわからない状況に思わず言葉が詰まってしまうが、とりあえず立ち尽くすのも良くない為客間に入る。

 

「…やぁ、権兵衛。よく来てくれたね」

「は、はい…。あの、一体どうしたのでしょうか?これは……」

 

悲しげな表情を浮かべるお館様に困惑しつつ、言葉を返す。

 

「一体どうしたのだァ?随分なご挨拶じゃねぇか?」

「し、不死川さん…?」

 

より一層の眼光を放ちながら風柱の不死川さんがこちらを睨む。

 

「落ち着け不死川。権兵衛は早く座れ、話はそれからだ」

「りょ、了解しました…」

 

岩柱の悲鳴嶼さんの言葉に従い、下座に座る。

 

「あの…蝶屋敷襲撃の仔細について報告せよ、との連絡を受けて来たのですが…」

「えぇ、そうですよ。私が依頼しました」

「しのぶさん……って⁉︎」

 

しのぶさんの手には、自分がたしかに隠に預けた茶渋色の雑嚢が収まっていた。

 

「おかしいですね…。今日はここに説明に来るだけの予定なのに、どうしてこんなものが中に入っているんですか?」

 

そう言って雑嚢の中から痛み止めの薬や包帯、保存食を取り出して行く。

 

「これだけの装備…まるでこれから鬼を殺しに行くみたいですね?」

「……そ、それは」

「怪我、治ってませんよね?権兵衛君?」

 

言い得ぬ凄みを持つ彼女に閉口する。–––––…と、言う事は。

 

「あぁ、度し難い度し難い。怪我が完治していないのに蝶屋敷を脱走し、剰え鬼を殺しに行く?よほど頭が悪いと思える。いっそ脳味噌を洗浄してもらった方が良いんじゃないか?」

「あまりの愚行、言葉に詰まる!蝶屋敷防衛の功績を帳消しして余りあるな‼︎」

「本当にバカだなぁ、君は。一度蝶屋敷を抜け出しているんだろう?胡蝶さん相手に二回目が通用するわけないじゃないか。そんな事も分からないならいっそ考える脳みそなんて要らないんじゃない?」

「可哀想だ、可哀想だ…。自らの怪我の具合も分からず鬼を殺しに行くとは…」

 

柱の方々から浴びせられる罵声に唸り声が出る–––流石に見通しが甘すぎたか…。

 

「し、しかし、鬼を殺す事はこれ鬼殺隊の本分。特に罰せられる様な事では無いのでは…」

「お前は蝶屋敷の雰囲気に居た堪れ無くなって抜け出しただけだろ。鬼殺隊の本分を挙げてド派手に嘘をつくな」

「……むむむ」

「むむむじゃねぇよ…」

 

せめてもの反論をしようとしたが、宇髄さんの一言に完全に説き伏せられる。…駄目だ、これは不味い。

背中に嫌な汗が吹き出るのを感じつつ、口を閉ざす。

 

「…権兵衛」

「お、お館様…」

 

とても悲しそうな声色のお館様に益々肩を縮める。

 

「権兵衛がとても頑張り屋な人なのはここにいる全員がよくわかっている。だからね、君の無茶や無謀を咎めているんだ」

「……はい」

「怪我が治っていないのに、蝶屋敷を抜け出すなんてやってはいけない事だ。そんな状態の君に鬼を殺して貰っても、誰も喜ばないよ」

「返す言葉も御座いません……」

 

––––どうして自分は、本部にきた途端にこんなに怒られているのだろうか。そもそも、自分が蝶屋敷を抜け出そうとしたのは柱合会議に出席せよと命令を受けたからで……。

その時ふと、一つの可能性に行き着く。

 

「ま、まさか…」

 

震えながらしのぶさんの方を見る。そこには毅然とした表情を浮かべている彼女が見える……が、その瞳の奥が微かに震えている事が見えた。

 

「…さて。これでよくわかって貰ったと思います。権兵衛君は少し加減を知らなさ過ぎます。例え傷が完治し、再び遊撃の任に就かせたとしても、同じ事を繰り返す事が目に見えています」

「そ、そんな事は…」

「現に貴方は2回目です。反論できる要素はありますか?」

「…いえ」

 

何を言っても論破される。そんな確信が自分にあった。

 

「しかも権兵衛君は必要以上に自罰的になるきらいがあります。この前も自分のことを人でなしと罵り、気を使われる様な人間では無いと宣っていました」

「なんと言うことだ……自らの価値すらわからないとは…」

「…権兵衛、君は」

「ち、違います!いえ、そう言ったのは違いませんけど…」

「諦めろ権兵衛。ここに完全装備で来た時点で、お前に言い逃れできる道はねぇ。派手にちゃんと話を聞け」

 

呆れた宇髄さんの言葉に閉口する。…どうやら、宇髄さんの言うとおりらしい。

 

「…このままでは柱に匹敵する人材が無為に失われてしまいます。そこで改めて、彼を蝶屋敷で預かる事を提案します」

「そ、それは駄目です!それだけは……‼︎」

「–––自分が人でなしだから、ですか?」

 

しのぶさんの問いに静かに頷く。すると、しのぶさんが「はぁ…」とため息を吐き、目を伏せる。

 

「言っておきますけど、ここにいる人達は私を含めて、誰もそう思っていません。勿論、お館様もです」

「…それは」

「それとも、許されるのが怖いんですか?」

「––––っ」

 

しのぶさんの核心を突く言葉に言葉が詰まる。

 

「…貴方はもう十分過ぎる程に頑張っています。そして、そんな貴方を私は殺したくない。貴方はこれからも、多くの人を助ける人なんだから」

 

懐から紫色の御守りを手に取る。自らを戒める、誓いの象徴。

 

「–––俺は、このあり方を変える事はありません。人を傷つける人は鬼と変わらず殺します。そこに、分別を付ける気はありません」

「知っています」

 

もし何度あの場面に遭遇したとしても、自分は同じ殺し方であの二人を殺すだろう。しかし、そんな事は些事だというようにしのぶさんが笑う。

 

「……俺は頭が悪いです。しかも頑固で、あまり聞き分けが良くありません」

「知っています」

「…………自分は、肝心な所で間に合わない人間です。今回は偶々間に合いましたが、次も間に合うとは限りません」

「貴方なら出来ると、私は信じています」

 

ここで断れば全てが丸く収まるのだと、最後通告として告げる言葉にすら、しのぶさんが笑う。––––––敵わないな、この人には。

 

「しのぶさん。先日の話ですが、撤回してもよろしいでしょうか」

「仕方ないですね、私は寛大ですから」

 

手に持っていた御守りを懐にしまい、頭の中で謝罪する–––––––ごめん、少し足を止めるよ。

 

「–––––蝶屋敷防衛の任務、改めて受領したく思います」

「はい。よろしくお願います」

 

花のように笑うしのぶさんを見る––––––この日俺は鬼殺隊に入って、初めて足を止める事を決めた。

 

 

 

 

 

 




小屋内権兵衛
胡蝶しのぶの提言によって足を止める事を決断した少年。彼の持つ人を殺す物が鬼という考えは、始まりの鬼殺から持ち始めたものである。集落一つを潰すという鬼に等しい所業を成した彼は、「こんな事をする奴は鬼に違いない。つまり自分は人では無く鬼だったのだ」と考える事でしか、精神の安定を図る事が出来なかった。人を殺した自分が鬼であるのだから、人を殺す奴が鬼なのだという考えに行き着いた。蝶屋敷に定住しなければどこかで鬼になっていた事は明白である。

胡蝶しのぶ
権兵衛の危うさを見抜き、蝶屋敷に囲い込んだ人物。鴉を使って権兵衛を本部に招集するようお館様に嘆願した人物でもある。抜け出す事を予想し、逆に追い詰める様はまさに策士のそれ。

神崎アオイ
胡蝶と権兵衛の話を聞き、自らを必要以上に戒める権兵衛に怒りを持っている少女。一般隊士の中で唯一権兵衛の事を真正面から叱りつける事が出来る貴重な人材でもある。

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